説明

ウルトラミクロトーム

【課題】アームの動きを止めることなく良好に連続した薄片試料を作成するためのウルトラミクロトームを提供すること。
【解決手段】ダイヤモンドナイフ4dを用いて試料ブロック10の断面を切削することにより薄片試料を作成するためのウルトラミクロトームであって、
前記断面切削時に、前記試料ブロック10の断面が描く軌道上51に、前記試料ブロックの断面に付着する水を除去する手段37を備えることを特徴とするウルトラミクロトーム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体試料の断面切削から薄片試料を作成するためのウルトラミクロトームに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ウルトラミクロトームは、光学顕微鏡や電子顕微鏡等で観察するための試料の前処理作業である樹脂包埋された試料ブロックの断面出しや薄片作成装置として用いられてきた(例えば非特許文献1参照)。樹脂包埋は、試料が柔らかい、または非常に薄膜である場合などに、切削の衝撃により破損、変形するのを防ぐために、おこなわれる操作である。包埋された樹脂は、内部に埋め込まれた試料面が露出するまで、削られ、最終的には、削り跡が目立たなくなるまで、平滑になるように、ガラスナイフやダイヤモンドナイフで仕上げる。ウルトラミクロトームは、上下に動くアーム、微量移動が可能なナイフ用台座、実体顕微鏡を備える。削る際には、試料ブロックを試料ホルダーに固定し、アームに試料ホルダーを挿入固定し、試料近傍までナイフの台座を近づけ、アームが上下することにより、切削される。このとき切削は繰り返しおこなわれ、これらは自動で行うことも出来る。試料断面を繰り返し切削する際に、ナイフ台座を切削ごとに微量動かすことにより、薄片切片をつくることも可能となる。そして、断面をダイヤモンドナイフにより切削することにより形成された薄片試料の採取の方法としては、水を用いたウェット切削法が用いられることが多い。ウェット切削法は、不溶性で常温切削可能な試料を用いた場合に限られるが、ダイヤモンドナイフのナイフボート内に水を張ることにより、試料ブロックにダイヤモンドナイフを通過させることにより形成された薄片を、ナイフボート上の水面上に浮かばせる方法である。このとき、断面切削は連続しておこなわれることから、薄片試料が切削により形成される毎に薄片試料は連なり、薄片群となり、水面上に浮かぶ。そして、その薄片群をメッシュで採取することにより、電子顕微鏡用薄片試料として用いることが出来る。中でも、透過電子顕微鏡(TEM)で観察するには、電子線を透過させる必要があるため、厚みが10〜100nm程度の非常に薄い薄片試料を形成する必要がある。
【非特許文献1】朝倉健太郎、広畑泰久共編,「電子顕微鏡研究者のためのウルトラミクロトーム技法Q&A」,第1版,アグネ承風社,1999年9月30日,p.3−5、p.18−20、p.24−27、p.33−34、p.44−45、p.47−48、p.51、p.57−59、p.61、p.63、p.66、p.75−77
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来一般でおこなわれてきたナイフボートに水をいれるウェット切削法では、試料断面形状や水面高さやナイフの角度によって、試料ブロックの切削面にナイフボート内の水が付着することがある。特に、有機物試料において、透過像に成分の違いによるコントラストをつけるために化学的処理をおこなう電子線染色という作業があるが、この処理をした後などは微細な凹凸、染色剤のカス等が試料ブロック表面にあるため、親水性が上がり、わずかな接触であってもナイフボート上にある水が試料ブロック表面に付着しやすくなる。さらに、一度水が付着した場合、微量な水量であっても試料断面の親水性が上がり、ダイヤモンドナイフが試料表面に接触するたびに試料面に水がつく。試料面に水が付着すると、ナイフと薄片の接触状態、張力の変化などのため、切削力が低下する。また、生成した薄片が水の張力でナイフの刃の裏にまきこまれ、ナイフボート側の水面からひきずられ、水面に浮かばない、等の不具合が発生する。従って、試料面に水が付着した場合には、アームの動きを止め、試料切削面を濾紙等で拭く作業が必要となるが、アームひと振りごとに止めていたのでは、作業効率が悪くなるという問題があった。
【0004】
そこで、本発明は、アームの動きを止めることなく良好に連続した薄片試料を作成するためのウルトラミクロトームを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明において上記課題を達成するために、まず請求項1の発明では、ダイヤモンドナイフを用いて試料ブロックの断面を切削することにより薄片試料を作成するためのウルトラミクロトームであって、
前記断面切削時に、前記試料ブロックの断面が描く軌道上に、前記試料ブロックの断面に付着する水を除去する手段を備えることを特徴とするウルトラミクロトームとしたものである。
【0006】
また請求項2の発明では、前記手段が、前記試料ブロックの断面に吸水物を接触させることにより、前記試料ブロックの断面に付着する水を除去するものであることを特徴とする請求項1記載のウルトラミクロトームとしたものである。
【発明の効果】
【0007】
請求項1に記載の発明により、ウルトラミクロトームにおいて試料を切断する際に、ダイヤモンドナイフ水面から試料ブロックの断面に付着した水を連続的に除去することができ、この水を拭きとるためにアームをとめて、切削を中断することがなくなり作業効率を飛躍的に向上することが出来るようになった。
【0008】
請求項2に記載の本発明より、試料ブロックの断面に付着した水を、ダイヤモンドナイフ水面の振動等を引き起こすことなく、効率的に除去することが可能となった。
【0009】
以上、本発明は、アームの動きを止めることなく良好に連続した薄片試料を作成するためのウルトラミクロトームを提供できるという効果がある
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明の最良の一実施形態を、図1〜6を用いて説明する。
【0011】
まず、本実施形態に係るウルトラミクロトームについて述べる。ウルトラミクロトームは、図1に示したように、断面切削対象の試料ブロックを保持する試料ホルダー1、ホルダーの角度調整をおこなうセグメントアーク2、上下に振れるアーム3、ナイフ4を前進させる台座6、実体顕微鏡7、などから成る。試料ブロックを試料ホルダー1で固定し、この試料ホルダー1をセグメントアーク2に固定し、ナイフ4をナイフホルダー8に固定し、ナイフ4の台座6が前後することで試料プロックの切削をおこなう。また、ナイフ4としてダイヤモンドナイフを用いウェット切削をおこなう場合、ナイフボート上に水を注入するが、注入後の水位調整をおこなう水位調整機5も存在する。切削の様子は、実体顕微鏡7で確認を行い、薄片化するための前処理である鏡面の確認も、実体顕微鏡7で行う。
【0012】
また一般に、図2に示すように、試料ブロック10は、試料を包埋樹脂に埋め込んだ包埋樹脂試料ブロックであって、元々は直方体の形状を有し、試料12が露出するまで樹脂11の先端を細く削り、トリミングする。但し、試料が断面切削するための十分な強度を有している場合には、包埋せずにそのまま試料ブロックとしてもよい。断面切削をおこなうにあたり、試料周囲に樹脂が少なくとも3方向に存在することが望ましく、更には、試料に沿って樹脂の残量が少ないほうが望ましく、薄片となる断面が0.2〜0.4mm四方程度の大きさになることが望ましい。また、切削の衝撃を減らし、より平らな薄片を得
るためには、断面のみならず、断面の側面の樹脂部分も滑らかな鏡面仕上げにすることが望ましい。
【0013】
また、図3に示すように、ダイヤモンドナイフ4dは、水を用いたウェットでの切削が可能なタイプであり、最上部のナイフボート23の端に、ダイアモンドの刃先21がある構造になっている。台座6に設置する際には、逃げ角をつくるため、4〜6°程度傾けることが多い。ナイフ刃先を傾ける角度は各種ナイフの固有の値である。薄片切削時には、刃先21まで水が覆われるように、ナイフボート23上にやや多めに水を注入し、ウルトラミクロトーム付属の水位調整機5で水量調整をおこなう。水量が多すぎると、刃先21から水が溢れ出たり、試料につきやすくなったりするため、水面が表面張力で盛り上がらない程度に水平な状態にすることが望ましい。水面が水平である状態は、実体顕微鏡7で水面を観察すると、白く反射してみえることが多い。ウルトラミクロトームで切削を進めると、刃先21を起点として順次薄片試料22が連なり、水面上に短冊状に連なっていく状態がメッシュでのサンプル採取に望ましい。
【0014】
本実施形態に係るウルトラミクロトームには、試料ブロックの断面に付着する水を除去する手段として、図4に示すような水拭き取り用治具41が設置される。水拭き取り用治具41は、水拭きをおこなうための治具であって、図4に示すように支柱34があり、支柱34に直行するようにねじ棒39があり、ねじ36で左右方向の位置調整をおこなう。水拭き取り用の吸水物37はクリップ35で挟んで固定する。また、試料ホルダー1側を前方向とすると、図5に示すように、水拭き用治具41は、ダイヤモンドナイフ4dが固定された左横側に設置する。ウルトラミクロトームが備えるナイフの台座6の右側はスペースが狭く、水拭き用治具41の設置には適さない。図5中のダイヤモンドナイフ4dは、刃先21の無い裏側から見ている状態である。水拭き用治具41の底38は磁石になっており、ナイフの金属性台座6上で固定される。水拭き取り用の吸水物37としては、濾紙を1〜2cm四方程度に切り取ったもの、キムワイプ(クレシア社製)、ベンコット(旭化成社製)等の不織布を5cm四方に切りとったものを2〜3回程度おりまげたものが望ましい。濾紙に分液用にコーティングがされていると水分を瞬時に吸い取ることができない場合があるので、定性用、または定量用の濾紙がのぞましい。試料が柔らかく、濾紙では露出面が傷つく恐れのある試料では、キムワイプ等柔らかいが吸水性の高い素材が望ましい。
【0015】
水拭き用治具41を設定する順としては、ダイヤモンドナイフ4dの刃先21が試料ブロックに接するようにナイフの台座6を移動させ、薄切可能な状態に位置合わせをしたのち、ダイヤモンドナイフ4dや試料ホルダー1の角度等を変更することなく、水拭き用の治具41の位置の設定をおこなうことが望ましい。図6に、ウルトラミクロトームのアーム3が動くときに、試料ブロック10の断面の描く軌道51を示したが、アーム3が一周するまでに、試料ブロック10の断面は、やや弧状の軌道を描く。アーム3が振り下ろされるときは、ダイヤモンドナイフ4dに近い側で弧状に動き、下部まで到達すると、ダイヤモンドナイフ4dへの接触を避けるためアーム3側にやや引き込まれ、下部から上部に弧状に上がる。試料ブロック10の断面の水拭き位置は、アーム3の動きが、上部から下部に振り下ろされる状態において、試料ブロック10の断面が、ダイヤモンドナイフ4dの刃先21と離れた位置とするのが望ましい。アーム3が下部から上部に振り上げられるときに水拭きをおこなうと、アーム3が振り下ろされるときに、試料ブロック10の断面が水拭き治具に押し付けられる危険性がある。また、試料ブロック10の断面に付着する水を除去する他の手段としては、風を断面に当てることにより水を除去するものを用いることが出来るが、風乾により水を除去しようとした場合、発生する風が水面の振動等を引き起こす場合があり、吸水物により水を除去する手段の方が望ましい。
【0016】
次に、ウルトラミクロトームと、それに設置する水拭き用治具とを用いて、薄片試料の
形成方法について示す。まず、試料ブロックを、試料面が露出し鏡面状態になるまでガラスナイフ等でトリミングする。トリミング後、ガラスナイフをダイヤモンドナイフに置き換え、試料表面とナイフの刃先の角度が平行になるように、実体顕微鏡で確認しながらセグメントアークやナイフホルダーで角度調整をおこなう。ウェットでの切削をおこなう場合は、ダイヤモンドナイフ上のナイフボートに水を注入する。水位を調整したのち、試料面とナイフの距離を縮めていくが、試料面とナイフの隙間の光が金色から赤色程度になるまで縮めてからアームを自動切削モードにすると、時間の短縮となり、望ましい。試料面とナイフの隙間の光が金色から赤色になる状態で切削厚み設定を0.1μm程で自動切削をおこなっていると、数回で薄片試料が生成されるようになることが多い。水拭き用治具を設置するのは、薄片試料が生成され始めるときで、軌道が最上部に上がった際に自動切削モードを解除し、手動で最上部からナイフの刃の上まで上下させながら、水拭き取り治具位置の確認をおこなうと、ナイフにダメージを与えずに、吸水物の位置の微調整が可能であるため、望ましい。
【0017】
本実施形態では、観察試料として、シート状ないしフィルム状の試料を用いることが出来る。シートないしフィルム状の試料としては、包装資材用ラミネートフィルム、バリアフィルム、ディスプレイ用光学フィルム等が挙げられる。前記シートないしフィルム状試料は、多層構造を有しており、これらの層構造を観察する上で断面を詳細に観察する必要がある、これらの観察用試料は、熱硬化樹脂や紫外線硬化樹脂より包埋され、試料ブロックとなる。観察用試料が断面切削するための十分な強度を有している場合には、包埋せずにそのまま試料ブロックとしてもよい。
【実施例】
【0018】
PET基材フィルム上にSiOx膜を50nm程度積層したフィルム試料をエポキシ樹脂で包埋した試料ブロックに対して、ガラスナイフで、試料面が露出するように断面出しとトリミングとをし、試料面が平滑になるように鏡面化させた。その後に四酸化ルテニウム結晶で気相染色し、染色後の試料ブロックの薄片化をおこなった。ダイヤモンドナイフのナイフボートに水を入れたのち、試料の切削面とダイヤモンドナイフの刃先との上下左右の角度調整を行った。水拭き取り用の吸水物をクリップにはさむが、この吸水物としては、5種Cタイプの濾紙を1.5cm四方程度にカットしたものを用いた。試料ホルダーの振れの軌道上と思われる箇所にクリップで固定した濾紙面が来るように水拭き取り治具を置き、ウルトラミクロトーム本体側面の手動ダイヤルでアームを動かした。ナイフ側から試料ホルダー側に治具の支柱を少しずつ回転させ、アームが上部から下部に向かって振れるときに、アームのスピードを失速させることなく、わずかに触れる程度で固定した。その後、自動切削をおこない、膜厚0.1μm設定で薄片切削をおこなうと、薄片試料が水面上に順次浮かんでいくが、試料がナイフで切削される前に試料面に水滴がつくことがなくなった。そのため、連続してアームを動かすことが可能になり、効率よく薄片試料を得ることが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ウルトラミクロトームの構成例を示す図。
【図2】試料を包埋樹脂に埋め込んだ包埋樹脂試料ブロックで試料表面が露出している様子を示す図。
【図3】ダイヤモンドナイフのナイフボート内の水上で薄切された試料が浮いている様子を示す図。
【図4】水拭き取り用治具の構成例を示す図。
【図5】水拭き取り用治具を設置する際のダイヤモンドナイフとの位置関係を示す図。
【図6】試料ブロックの断面が描く軌道と水拭き取り用の吸収物との位置関係を示す図。
【符号の説明】
【0020】
1…試料ホルダー
2…セグメントアーク
3…アーム
4…ナイフ
4d…ダイヤモンドナイフ
5…水位調整機
6…台座
7…実体顕微鏡
8…ナイフホルダー
10…試料ブロック
11…樹脂
12…試料
21…刃先
22…薄片試料
23…ナイフボート
34…支柱
35…クリップ
36…ねじ
37…水拭き取り用の吸収物
38…底
39…ねじ棒
41…水拭き取り用治具
51…軌道

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンドナイフを用いて試料ブロックの断面を切削することにより薄片試料を作成するためのウルトラミクロトームであって、
前記断面切削時に、前記試料ブロックの断面が描く軌道上に、前記試料ブロックの断面に付着する水を除去する手段を備えることを特徴とするウルトラミクロトーム。
【請求項2】
前記手段が、前記試料ブロックの断面に吸水物を接触させることにより、前記試料ブロックの断面に付着する水を除去するものであることを特徴とする請求項1記載のウルトラミクロトーム。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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