説明

エタノール測定方法及びエタノール測定用キット

【課題】簡易、迅速に且つ正確にエタノールを測定することができ、低濃度でも安定性および定量性があるエタノール測定技術を提供することを目的とする。
【解決手段】エタノール含有試料を、酸素、水及びアルコールオキシダーゼの存在下に酵素反応させることにより過酸化水素を発生させ、該過酸化水素と、4−アミノアンチピリン、フェノールを、ペルオキシダーゼの存在下に酵素反応させることにより赤色キノン色素を発色させるエタノール測定方法及び上述したエタノール測定方法をより簡易、迅速に実施するためのエタノール測定キットにより解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低濃度のエタノールを測定するためのエタノール測定方法及びエタノール測定キットに関する。
【背景技術】
【0002】
エタノールの分析は、従来からガスクロマトグラフィー(GC)や高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの分析機器が使用されている。しかしながら、GCは、測定成分をガス化する過程でブレが生じやすいため、低濃度のエタノールを分析する場合は、定量性がなく安定性に欠ける。また、HPLCは溶媒を用いるため、低濃度のエタノールがさらに希釈されることになり、やはり定量性がなく安定性に欠ける。
【0003】
そこで、低濃度アルコール類の定量について、種々の提案がなされている。例えば、特開2009−128160号公報には、シクロオレフィンポリマーなどの飽和含水率2質量%以下のマトリックスポリマー中に、ローダミンBベースなどのアルコールの存在または非存在に応じて可逆的結合変化し、アルコール存在下で発色および/または発光する色素が分散している薄膜からなるアルコールセンサにより、感度でアルコールを測定することができると記載されている(特許文献1)。
【0004】
特開2002−277392号公報には、入射光を波長180〜220nm付近で反射光と透過光に分離する波長特性をもち、反射光と透過光のうち波長200nmを含む光を測定光として選択するように配置され、測定用光路を形成するミラーを備えた微量イソプロピルアルコール測定装置が、そのミラーの波長特性と試料水中の水の吸収とから、微量IPAの濃度測定に必要な波長域の光を選択的かつ効率良く利用することができると記載されている(特許文献2)。
【0005】
また、特開平9−15185号公報には、10〜40μmのFe−Pd合金線に、Ptブラック−Al23 又はPdO−Al23 或いはPt・ブラックPdO−Al23 の触媒を電着してなり、メチルアルコール用には140〜160℃を、また、エチルアルコール用には150〜200℃を設定温度とする接触燃焼式低濃度用アルコールセンサが開示されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−128160号公報
【特許文献2】特開2002−277392号公報
【特許文献3】特開平9−15185号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで低濃度のエタノール分析は、分析装置の検出感度を向上させる方向に注力されている傾向にあるが、分析装置を用いてエタノールを分析する場合、サンプル数が多くなればなるほど時間も手間もかかり、例えば土壌からエタノール発酵性酵母をスクリーニングする場合などはサンプル数が膨大な数になるため、作業効率が極めて悪い。また、例えば飲酒運転の検問など屋外でアルコール濃度を測定する場合はその場で結果が判定することができなければならないため、分析装置を用いることはできない。
【0008】
このような事情から、より簡易かつ迅速に且つ正確にエタノールを測定する方法の開発が望まれていた。
【0009】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたものであり、簡易かつ迅速に且つ正確にエタノールを測定することができ、低濃度でも安定性および定量性があるエタノール測定技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討した結果、アルコールオキシダーゼの作用でエタノールから過酸化水素を生成させ、ペルオキシダーゼ(POD)の作用でキノン系色素を生成させ、これを比色定量するエタノールの測定方法が、簡易かつ迅速に且つ正確にエタノールを測定することができ、低濃度でも安定性および定量性に優れているとの知見を得た。
【0011】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、エタノール含有試料を、酸素、水及びアルコールオキシダーゼの存在下に酵素反応させることにより過酸化水素を発生させ、該過酸化水素と、4−アミノアンチピリン及びフェノールを、ペルオキシダーゼの存在下に酵素反応させることにより赤色キノン色素を発色させる、エタノール測定方法を提供するものである。
【0012】
本発明はまた、アルコールオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ及び4−アミノアンチピリンを含有する溶液からなるA液及びリン酸緩衝液及びフェノールを含有する溶液からなるB液を備えた、エタノール測定用キットを提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るエタノール測定方法及びエタノール測定用キットによれば、酵素反応を利用してエタノールを比色定量することができるため、試料中のエタノール濃度が0.001重量%程度の、ガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーでは測定困難なほど低濃度の場合でも、正確にエタノールの定性分析及び定量分析を実施することが可能となる。また、大掛かりな装置を必要とせず、エタノール含有試料を添加してから数秒で結果が判明するため、簡易かつ迅速を必要とする検査においても極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態に係るエタノール測定方法の測定原理を説明するための図である。
【図2】吸光度とエタノール濃度との相関性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態に係るエタノール測定方法について説明する。図1は本実施形態に係るエタノール測定方法の測定原理を説明するための図である。エタノール含有試料を、酸素、水及びアルコールオキシダーゼの存在下で酵素反応させると、過酸化水素と酢酸が生成する。次いで、該過酸化水素、4−アミノアンチピリン、フェノールをペルオキシダーゼの存在下で酵素反応させると、赤色キノン色素が発色する。この発色した赤色キノン色素を比色定量することにより、エタノールを定性的、定量的に測定することができる。
【0016】
本実施形態のエタノール測定方法を実施する際は、アルコールオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ及び4−アミノアンチピリンを含有する溶液(以下、「A液」という)と、リン酸緩衝液及びフェノールを含有する溶液(以下、「B液」という)を調製し、A液とB液を混合した溶液にエタノール含有試料を添加して比色定量を行うことができる。
【0017】
本実施形態において、アルコールオキシダーゼはエタノールを酵素的に分解して過酸化水素を発生させるために使用されるものである。アルコールオキシダーゼは、約9.0U/mlになるように調製したものをA液に対して0.0001〜1重量%含有させることが好ましい。
【0018】
本実施形態において、ペルオキシダーゼは過酸化水素を水素受容体として種々の基質の酸化反応を触媒する酵素として使用されるものである。ペルオキシダーゼは、例えば、西洋ワサビ、牛乳、酵母、白血球、赤血球などから得られるものがあるが、西洋ワサビ由来のものが好ましい。ペルオキシダーゼは、約0.05U/mlになるように調製したものをA液に対して0.0001〜1重量%含有させることが好ましい。
【0019】
本実施形態において、4−アミノアンチピリンはフェノールとともに発色試薬として使用されるものである。ペルオキシダーゼは、約0.05U/Lになるように調製したものをA液に対して0.0001〜1重量%含有させることが好ましい。
【0020】
A液は、アルコールオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ及び4−アミノアンチピリンを上記の範囲で水等に溶解して調製することができる。
【0021】
本実施形態において、リン酸緩衝液はpH5.5〜8.0、約70mmolになるように調製することが好ましい。
【0022】
本実施形態において、フェノールは4−アミノアンチピリンとともに発色試薬として使用されるものである。フェノールは、約5.3mmol/Lになるように調製することが好ましい。
【0023】
B液は、上記リン酸緩衝液中でフェノールが約5.3mmol/Lとなるように添加することで調製することができる。
【0024】
上述したA液及びB液は、エタノールを測定する際に混合され、その混合液にエタノール含有試料を添加する。A液とB液の割合はエタノール含有試料中に含まれるエタノール濃度や発色の度合いに応じて適宜設定されるものであるが、例えば重量比で1:5〜5:1の範囲で変更することができる。なお、A液にエタノール含有試料を添加した後にB液と混合してもよく、B液にエタノール含有試料を添加した後にA液と混合してもよい。さらに、エタノール含有試料にA液とB液の混合液を添加してもよく、エタノール含有試料にA液を添加した後にB液を添加しても、エタノール含有試料にB液を添加した後にA液を添加してもよい。
【0025】
エタノール含有試料の添加量はエタノール含有試料中に含まれるエタノール濃度や発色の度合いに応じて適宜設定されるものであるが、例えば、0.01〜1000μl程度でよい。そして、エタノール含有試料に、酸素、水及びアルコールオキシダーゼが反応して過酸化水素と酢酸が発生し、次いで、該過酸化水素と4−アミノアンチピリン、フェノール及びペルオキシダーゼが反応し、赤色キノン色素が発色する。
【0026】
なお、エタノール含有試料が赤色又は赤色に近い色を有している場合は、エタノール含有試料を希釈するか、ブランクを準備し、酵素反応前後の発色の差を求めることにより、比色定量が可能である。
【0027】
本実施形態において「エタノール含有試料」とは、エタノールを測定する気体、液体又は固体のサンプルを意味し、本実施形態のエタノール測定方法の測定対象となるものである。エタノール含有試料は測定対象によりその形態が異なるため特に制限はないが、例えば、アルコール発酵液、唾液、糖液、食品、化粧品などを挙げることができる。
【0028】
実施形態に係るエタノール測定方法の検出限界は0.001%(w/w)であり、ガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーの検出限界である5%(w/w)を大幅に上回るものである。
【0029】
定性分析を行う場合は、赤色キノン色素の発色の有無を肉眼で観察すればよい。赤色キノン色素の発色が認められた場合は、試料中にエタノールが存在していることを示し、赤色キノン色素の発色が認められない場合は、試料中にエタノールが存在しないことを示す。
【0030】
定量分析を行う場合は、赤色キノン色素を発色した溶液の吸光度を吸光度計等で測定し、予め作成した検量線と対比することで、エタノール含有量を定量することができる。また、赤色キノン色素を発色した溶液の発色の程度を予め作成した比色表と対比することで、エタノール含有量を定量することもできる。
【0031】
本実施形態のエタノール測定方法はアルコールオキシダーゼの作用でエタノールから過酸化水素を生成させる工程と、ペルオキシダーゼ(POD)の作用でキノン系色素を生成させる工程を有するが、酵素は基質特異性を有しているため、酵素反応の各工程は同一の系で反応を行っても測定結果に影響を及ぼすことはない。もちろん、各工程を別々の系で実施することもできる。
【0032】
但し、本実施形態のエタノール測定方法は検出感度が高いため、空気中に存在するエタノールがA液又はB液に溶解して酵素反応を引き起こし、赤色キノン色素を発色する場合がある。そのため、本実施形態のエタノール測定方法は揮発したアルコールが存在しない雰囲気中で実施することが好ましい。
【0033】
揮発したアルコールが存在する雰囲気中で本実施形態のエタノール測定方法を実施する場合は、前記A液及び/又はB液に、さらに界面活性剤を添加することが好ましい。A液及び/又はB液に界面活性剤を添加することで、空気中に存在するエタノールが反応系に溶解するのを防止することができるため、より正確にエタノールを測定することが可能となる。
【0034】
前記界面活性剤は、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類であることが好ましい。ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類はソルビタン脂肪酸エステルにポリオキシエチレンを付加したもので、ポリオキシエチレンの付加モル数、ソルビタン脂肪酸エステルの構成脂肪酸種及びエステル化度の組み合わせにより様々な性質を設定することが可能である。ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類の具体例としては、例えば、Tween20(商標)、Tween40(商標)、Tween60(商標)、Tween80(商標)、TritonX(商標)、Pluronic(商標)等が挙げられる。
【0035】
界面活性剤の添加量は、A液に添加する場合は、A液に対して0.0001〜0.1重量%であることが好ましく、B液に添加する場合は、B液に対して0.001〜0.1重量%であることが好ましい。
【0036】
本発明はまた、上述したエタノール測定方法をより簡易かつ迅速に実施するためのエタノール測定キットを提供するものである。
【0037】
本実施形態のエタノール測定用キットは、下記のA液及びB液を備えている。
(A液)アルコールオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ及び4−アミノアンチピリンを含有する溶液
(B液)リン酸緩衝液及びフェノールを含有する溶液
【0038】
A液及びB液の組成及び添加量等については先述したエタノール測定方法において使用されるA液及びB液と同様である。
【0039】
本実施形態のエタノール測定用キットは、A液及び/又はB液に、さらに界面活性剤を含有していることが好ましい。A液及び/又はB液に界面活性剤を含有することで、空気中に存在するエタノールが反応系に溶解するのを防止することができるため、より正確にエタノールを測定することが可能となる。界面活性剤の具体例等については先述したエタノール測定方法において使用される界面活性剤と同様である。
【0040】
本実施形態のエタノール測定用キットは、エタノール濃度に応じて色分けされた比色表を備えていることが好ましい。比色表を用いれば、吸光光度計を使用できない状況下(例えば屋外など)でもエタノール含有量を定量することができる。
【実施例】
【0041】
1.供試試薬
以下の組成からなるA液及びB液を調製した。なお、調製後は5℃で保存した。
【0042】
(1)A液の調製
酵素力価1000U/mlのアルコールオキシダーゼ(Pichea pastoris由来、SIGUMA社製)900μl、酵素力価50,000U/gのペルオキシダーゼ(わさび由来、オリエンタル酵母社製)1mg、4−アミノアンチピリン1mgを1L容メスフラスコに入れ、蒸留水で1Lになるように定容することにより、A液を調製した。
【0043】
(2)B液の調製
リン酸二水素ナトリウム(二水和物)(Sodium Dihydrogen Phosphate, NaH2PO4・2H2O, M.W 156.01(国産化学株式会社製))10.95gを1L容メスフラスコに定容し70mmolリン酸二水素ナトリウム溶液を調製した。また、リン酸水素二ナトリウム(12水和物)(di- sodium Hydorogen Phosphate, Na2HPO4・12H2O, M.W 358.14(国産化学株式会社製))25.0gを1L容メスフラスコに定容し70mmolリン酸水素二ナトリウム溶液を調製した。そして、リン酸二水素ナトリウム溶液:リン酸水素二ナトリウム溶液を4:6の割合で混合しpHを7.1に調整し、70mmolリン酸緩衝液(pH7.1)を得た。
【0044】
次に、破砕結晶フェノール(Ground Crystals、和光純薬社製)0.5g(5.3mmol/L相当)を上記70mmolリン酸緩衝液に溶解し、1L容メスフラスコに定容することにより、B液を調製した。
【0045】
さらに、Tween80(商標)をB液100mlに対して0.2mlの割合で添加した。
【0046】
2.エタノールの測定
使用前にA液500μLとB液500μLをエッペンドルフチューブに入れて混合した。その際、空気中に揮発しているエタノールの混入に留意した。これに、エタノール含有試料としてエタノール溶液を調製したものをサンプルとして約20μl採取し、A液とB液の混合液が入ったエッペンドルフチューブに添加した。そして、数秒後、発色したサンプルの吸光度(515nm)を吸光度計(日本分光社製)で測定し、相関関数を算出した。結果を図2に示す。
【0047】
図2は、吸光度とエタノール濃度の標準曲線を示したものである。図2に示すように、エタノール濃度と吸光度(515nm)はy=0.9014x+0.0132の直線性があり、吸光度とエタノール濃度は高い相関性を示すことが判明した。
【0048】
また、界面活性剤の一種であるTween80(商標)を添加することで、空中に飛散しているエタノールの吸着による発色が起きなくなることも確認した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エタノール含有試料を、酸素、水及びアルコールオキシダーゼの存在下に酵素反応させることにより過酸化水素を発生させ、
該過酸化水素と、4−アミノアンチピリン及びフェノールを、ペルオキシダーゼの存在下に酵素反応させることにより赤色キノン色素を発色させる、
エタノール測定方法。
【請求項2】
前記エタノール含有試料を酵素反応させる前に、界面活性剤を添加する、請求項1に記載のエタノール測定方法。
【請求項3】
前記界面活性剤が、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類である、請求項2に記載のエタノール測定方法。
【請求項4】
下記A液及びB液を備えた、エタノール測定用キット。
(A液)アルコールオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ及び4−アミノアンチピリンを含有する溶液
(B液)リン酸緩衝液及びフェノールを含有する溶液
【請求項5】
前記A液及び/又は前記B液が、界面活性剤を含有する、請求項4に記載のエタノール測定用キット。
【請求項6】
前記界面活性剤が、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類である、請求項5に記載のエタノール測定用キット。
【請求項7】
さらに、エタノール濃度に応じて色分けされた比色表を備えた、請求項4〜6のいずれか1項に記載のエタノール測定用キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−142223(P2010−142223A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【公開請求】
【出願番号】特願2009−283806(P2009−283806)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】