説明

エチレンオキシド製造用触媒およびそれを用いたエチレンオキシドの製造方法

【課題】本発明を用いることでエチレンを酸化しエチレンオキシドを製造するとき、エチレンオキシドへの選択率を向上させることができる。更に反応温度を低く維持した状態でもエチレンオキシドを製造することができるものである。
【解決手段】本発明は、ナトリウムを含むアルミナ担体に、銀(Ag)と、セシウム(Cs)と、レニウム(Re)と、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)およびバナジウム(V)からなる群より選ばれる少なくとも1つの元素とを含む触媒成分を担持した触媒であって、X線光電子分光法を用い式1により算出されるAlに対するNaの相対表面濃度が0.015〜0.170であることを特徴とするエチレンオキシド製造用触媒である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチレンを気相酸化することでエチレンオキシドを製造するための触媒および当該触媒を用いたエチレンオキシドの製造方法である。
【背景技術】
【0002】
エチレンを銀触媒の存在下で分子状酸素含有ガスにより接触気相酸化してエチレンオキシドを製造することは工業的に広く行われている。この接触気相酸化に用いる銀触媒については、その担体、担持方法、反応促進剤の種類やその添加量などに関し、多くの技術が提案されている。
【0003】
銀を主成分に用い他成分として、レニウム、モリブデン、タングステン、バナジウム及びアルカリ金属等の他の金属/その化合物を用いるものが多く提案されている(特許文献1)。更に担体にシリコンを添加した触媒において添加物であるシリコンとアルカリ金属であるナトリウムとの担体表面濃度に着目しX線光電子分光法により検知される表面に存在するこれらのイオン濃度を低下させることがエチレンオキシドの製造には有効であることが提案されている(特許文献2)。また、ナトリウムとシリコンとの担体に含まれる質量の有効範囲を提案しているもの(特許文献3)、担体の比表面積で担体に含まれるシリコン質量を除したものがある(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭63−126552号
【特許文献2】特表2002−524245号
【特許文献3】特開2007−301553号
【特許文献4】特開昭63−116743号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記触媒ではエチレンオキシドへの選択率が低く長時間エチレンオキシド製造に用いたとき累積生産量が稼げないこと、選択率が低いため副生物が大量に併産され原料であるエチレンを浪費することになる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討の結果、下記技術を見出し発明を完成した。本発明は以下の通りに特定される。
【0007】
ナトリウムを含むアルミナ担体に、銀(Ag)と、セシウム(Cs)と、レニウム(Re)と、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)およびバナジウム(V)からなる群より選ばれる少なくとも1つの元素とを含む触媒成分を担持した触媒であって、X線光電子分光法により得られるデータを式1を用いて算出されるAlに対するNaの相対表面濃度が0.015〜0.170であることを特徴とするエチレンオキシド製造用触媒である。
【0008】
【数1】

【0009】
更に当該触媒の存在下に、エチレンを酸化することを特徴とするエチレンオキシドの製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明を用いることでエチレンを酸化しエチレンオキシドを製造するとき、エチレンオキシドへの選択率を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明を具体的に説明するが、本発明の効果を奏すものである限り以下に記載するものに限定されるものではない。
【0012】
(担体)
本発明において、担体組成は、α−アルミナを主成分とするものであればよく、担体が「α−アルミナを主成分とする」とは、担体におけるα−アルミナの含有量は担体の全質量100質量%に対して、70質量%以上含まれることを意味する。好ましくは90質量%以上であり、より好ましくは95質量%以上含まれるものである。
【0013】
ナトリウム(Na)をNaO換算で0.001〜1.0質量%含むものであっても良い。以下、「%」で表示するが特に記載しない限りは担体全体で100質量%とする。他に含まれる成分として例えば担体にケイ素(Si)をSiO換算で0.1〜5.0質量%含むことができる。
【0014】
上記成分以外に他の成分としては、例えば、アルカリ金属(Naを除く)及びアルカリ土類金属ならびにこれらの酸化物、遷移金属およびこれらの酸化物などが挙げられる。このうち、ナトリウム及びセシウム以外のアルカリ金属を実質的に含まないことが好ましく、より好ましくはナトリウム及びセシウム以外のアルカリ金属の含有量(酸化物換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0〜0.1質量%含まれるものである。また、アルカリ土類金属の好ましい含有量(酸化物換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0〜0.1質量%含まれるものである。また、遷移金属の好ましい含有量(酸化物換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0〜0.3質量%含まれるものである。
【0015】
(アルミナ源)
上記担体であるアルミナに関する原料であるα−アルミナは通常粉体であり、その純度は90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上、特に好ましくは99.5%以上のものが用いられる。α−アルミナ粉体のほかに、酸化アルミナ、特に無定形のアルミナ、シリカ、シリカアルミ、ムライトなど(これらを「無定形アルミナ等」と総称する);酸化セシウムを除く、酸化カリウム、酸化ナトリウムなどのアルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物など(これらを「アルカリ等」と総称する);酸化鉄、酸化チタンなどの遷移金属酸化物を含んでいてもよい。なお、担体を成型体にする前の原料α−アルミナ粉体には、微量ながらナトリウム(酸化ナトリウム)が含まれていることがある。この場合には、予めその粉体中のナトリウム量を把握することにより、担体が特定量のナトリウム含有量となるように、担体調製時にナトリウム化合物を添加し、担体を得ることができる。
【0016】
担体原料のα−アルミナ粉体の粒径に関しても特に制限はないが、α−アルミナ粉体の一次粒子径は、好ましくは0.01〜100μmであり、より好ましくは0.1〜20μmであり、さらに好ましくは0.5〜10μmであり、特に好ましくは1〜5μmである。また当該α−アルミナ粉体の二次粒子径は、好ましくは0.1〜1,000μmであり、より好ましくは1〜500μmであり、さらに好ましくは10〜200μmであり、特に好ましくは30〜100μmである。
【0017】
担体原料に用いるα−アルミナ粉体の比表面積(窒素ガスを用いたBET法による測定、以下、BET比表面積と略す。)に関しても特に制限はないが、α−アルミナ粉体のBET比表面積は、好ましくは0.01〜20m/gであり、より好ましくは0.1〜10m/gであり、さらに好ましくは0.1〜5m/gであり、特に好ましくは0.3〜4m/gである。
【0018】
また、当該α−アルミナ粉体の線収縮率は12〜20%のものが好適に用いられる。ここで示す「線収縮率」とは、α−アルミナ粉体に約1〜5質量%のフラックスを添加し、約50MPaの圧力で成形した後、約1600〜1700℃で2〜3時間焼成したときの長さ方向の収縮率を指す。
【0019】
(ナトリウム源)
担体に含まれるナトリウム(Na)は、NaO換算で0.001〜1.0質量%含まれていてもよく、このような量でナトリウムを含むことにより、触媒性能の低下を抑制・防止できる利点がある。好ましくは、担体中のNa含有量(NaO換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0.001〜0.9質量%、より好ましくは0.001質量%以上0.8質量%未満、さらにより好ましくは0.001〜0.75質量%、特に好ましくは0.005〜0.7質量%である。なお、担体中のNa含有量(NaO換算)が上記下限を下回る場合には、十分な寿命安定性が得られないおそれがあり、逆に上記上限を超える場合には、初期から高い選択率が得られないおそれがある。
【0020】
ナトリウム原料としては、硝酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの無機塩、および酢酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどの有機酸、およびカルボキシメチルセルロースナトリウムなどの高分子カルボン酸塩を用いることができる。
【0021】
(その他成分源)
担体はケイ素(Si)をSiO換算で0.1〜5.0質量%含むことができる。このような量でケイ素を含むことにより、セシウム、特にセシウムと、レニウムと、タングステン、モリブデン、クロムおよびバナジウムからなる群より選ばれる少なくとも1つの元素の触媒機能低下を抑制・防止でき、高選択率を長期間安定的に維持できるという利点がある。好ましくは、担体中のSi含有量(SiO換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0.1〜3.0質量%、さらに好ましくは0.5〜2.5質量%である。なお、担体中のSi含有量(SiO換算)が上記下限を下回る場合には、十分な寿命安定性が得られないおそれがあり、逆に上限を超える場合には、初期から高い選択率が得られないおそれがある。
【0022】
また、当該ケイ素原料としては、酸化ケイ素、窒化ケイ素、炭化ケイ素、シラン、硫化ケイ素などの共有結合化合物;ケイ酸ナトリウム、ケイ酸アンモニウム、アルミノケイ酸ナトリウム、アルミノケイ酸アンモニウム、リンケイ酸ナトリウム、リンケイ酸アンモニウムなどのケイ酸塩類;長石、粘土などのケイ素を含むシリカの複塩;およびシリカ混合物を挙げることができる。このなかでも、酸化ケイ素、ケイ酸ナトリウム、粘土などのケイ素を含むシリカの複塩などを使用することが好ましい。ここで、ケイ素化合物の添加量は、上記したようなSi含有量(SiO換算)となるような量に調節される。
【0023】
なお、上述した担体の組成や各成分の含有量は、蛍光X線分析法を用いて決定できる。より具体的には、測定装置として株式会社RIGAKU製RIX2000を用い、ファンダメンタルパラメータ法(FP法)或いは検量線法にて測定することができる。
【0024】
担体は上記成分を混合し一定の形状に成形し製造するものであるが、成形する際にバインダーを添加して製造することもできる。例えば、当該バインダーは、滑性を付与することによって押出工程を容易にせしめる。無機バインダーには、特に硝酸または酢酸のようなペプタイザーと組合せたアルミナゲルが含まれる。有機バインダーとしては、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチまたはそれらのアルカリ金属塩などを挙げることができる。この中でも、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどを使用することが好ましい。
【0025】
当該担体を製造する際に気孔形成剤を添加することも好ましい。当該気孔形成剤は、焼成時に担体から完全に除去されて、該担体中に制御された気孔が残るように混合物に添加される材料である。これらの材料は、コークス、炭素粉末、グラファイト、(ポリエチレン、ポリスチレン、ポリカーボネート等のような)粉末プラスチック、セルロースおよびセルロース基材料、おが屑、ならびに粉砕堅果穀(カシュー、くるみ等)のような他の植物材料、のような炭質材料である。炭素基材バインダーもまた気孔形成剤として役に立つことができる。
【0026】
(担体の製造方法)
担体は以下のような方法により調製される。少なくともα−アルミナを主成分とするα−アルミナ粉体およびバインダーと、シリカを提供する原料としてのケイ素化合物、他に気孔形成剤と、適当量の水とを加えて十分混練し、押出成形法等により所定の形状、例えば、球状、ペレット状等に成形したのち、必要に応じ乾燥し、ヘリウム、窒素、アルゴン等の不活性ガスおよび/または空気等のガス雰囲気下で1,000〜1,800℃、好ましくは1,300〜1,700℃で焼成することにより、本発明に係る担体を製造することができる。
【0027】
担体中のシリカ含有量は、α−アルミナを主成分とする粉体およびケイ素化合物に含まれるシリカ量から算出することができる。担体中のナトリウム含有量は、ケイ素化合物、有機バインダーおよびα−アルミナに含まれるナトリウム量を勘案し調整すればよい。更には、このようにして得られたSiO、NaOを含有する担体に、ケイ素化合物、ナトリウムを含有する化合物を後添加することで含有量を調整してもよいが、担体調製時にシリカおよびナトリウム化合物を添加することもできる。
【0028】
本発明により規定される表面Na濃度を有する触媒は、担体調製の面において、上記の含有量の調整以外に、担体の洗浄、担体焼成の温度、時間、及び雰囲気の調整、担体原料のナトリウム源やシリカ源の選定、担体調製時における原料の混練度合いの調整によって得られる。これらの上記の手段は単独で用いられても良いし、各々の手法を適宜組み合わせて用いても良い。
【0029】
担体の比表面積(窒素ガスを用いたBET法による測定、以下、BET比表面積と略して記載する。)は、0.5〜3.0m/gである。このような担体を使用することにより、触媒成分を十分量担持しつつ、レニウムおよびタングステン等の触媒成分の移動を抑制・防止でき、性能低下を抑えることができる利点がある。好ましくは、担体のBET比表面積は、0.5〜2.5m/g、より好ましくは0.5〜2.0m/gである。
【0030】
なお、担体のBET比表面積が上記下限を下回ると、吸水率が充分に確保できず、触媒成分の担持が困難になるおそれや触媒成分の分散状態が悪化し性能が低下しやすくなるおそれがある。逆に、担体のBET比表面積が上記上限を超える場合には、熱的な劣化などで触媒成分が移動し、反応前と比較して反応中の触媒成分の担持状態が変化しやすいため、触媒性能の低下度合いが大きくなるおそれがある。
【0031】
担体の吸水率についても特に制限はないが、好ましくは10〜70%であり、より好ましくは20〜60%であり、さらに好ましくは30〜50%である。担体の吸水率が10%以上であれば、触媒成分の担持が容易となる。一方、担体の吸水率が70%以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうる。なお、担体の吸水率の値としては、後述する実施例に記載の手法により得られる値を採用するものとする。
【0032】
担体の平均細孔径は特に制限されないが、好ましくは0.1〜10μmであり、より好ましくは0.2〜4.0μmであり、さらに好ましくは0.3〜3.0μmである。担体の平均細孔径が0.1μm以上であれば、エチレンオキシド製造時の生成ガスの滞留に伴うエチレンオキシドの逐次酸化が抑制されうる。一方、担体の平均細孔径が10μm以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうる。また、担体の細孔容積も特に制限されないが、好ましくは0.1〜1.0mL/gであり、より好ましくは0.2〜0.8mL/gであり、さらに好ましくは0.3〜0.6mL/gである。担体の細孔容積が0.1mL/g以上であれば、触媒成分の担持が容易となるという点で好ましい。一方、担体の細孔容積が1.0mL/g以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうるという点で好ましい。なお、当該平均細孔径ならびに細孔容積は水銀圧入法により測定したものを指す。水銀圧入法では、200℃にて少なくとも30分間脱気した担体をサンプルとし、測定装置としてオートポアIII9420W(株式会社島津製作所製)を用い、1.0〜60,000psiaの圧力範囲及び60個の測定ポイントで測定される値を採用するものとする。
【0033】
担体の形状は、特に制限されず、リング状、球状、円柱状、ペレット状のほか、従来公知の知見が適宜参照されうる。また、担体のサイズ(平均直径)についても特に制限はなく、好ましくは3〜20mmであり、より好ましくは4〜10mmである。
【0034】
(触媒成分)
本発明の触媒は、触媒活性成分と助触媒成分とで構成される触媒成分を担体に担持し形成される。詳しくは、上述した担体上に、少なくとも銀(Ag)と、セシウム(Cs)と、レニウム(Re)と、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)およびバナジウム(V)からなる群より選ばれる少なくとも1つの元素とを含む触媒成分が担持されてなる構成を有するものである。
【0035】
上記触媒成分のうち、銀が、主として触媒活性成分としての役割を担う。ここで、銀の含有量(担持量)は、特に制限されず、エチレンオキシドの製造に有効な量で担持すればよい。また、銀の含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で(担体及び触媒成分の合計質量基準で;以下、同様)、1〜30質量%であり、好ましくは5〜20質量%である。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する反応を効率よく触媒化できる。
【0036】
また、セシウム(Cs)は一般に、銀の反応促進剤として作用する。これらの含有量(担持量)は、特に制限されず、エチレンオキシドの製造に有効な量で担持すればよい。また、セシウムの含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、500〜5000ppmであり、好ましくは1000〜4000ppmである。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する反応を有効に促進できる。
【0037】
レニウム(Re)はセシウムの補助促進剤として作用する。レニウムの含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、50〜2000ppmであり、好ましくは100〜1000ppmである。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する反応を有効に促進できる。特にレニウムは触媒の選択性の点で重要な要素であると考えられる。このため、上記範囲にレニウム量を制御することによって、触媒の選択性を有効に向上できる。Reが上記範囲を超えると、選択率の向上が認められなくなるだけでなく、活性低下により反応温度を高くする必要があるため、寿命性能に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0038】
タングステン(W)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)およびバナジウム(V)からなる群より選ばれる少なくとも1つの元素は、レニウムの補助促進剤として作用する。このように各触媒成分が相互に作用することによって、本発明の触媒は、高い選択性を発揮できる。当該群より選ばれる少なくとも1つの元素の含有量(担持量)は、特に制限されず、エチレンオキシドの製造に有効な量で担持すればよい。当該元素の含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、好ましくは10〜2000ppmであり、より好ましくは50〜1000ppmである。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する際に、レニウムの効果(触媒の選択性の向上効果)を促進できる。
【0039】
本発明の触媒は、上記触媒成分に加えて、他の触媒成分を含んでもよい。ここで、他の触媒成分としては、特に制限されないが、例えば、マンガン、コバルト、ニッケル、銅、ニオブ、スズ、アンチモン、タンタル、ビスマス、チタン、ジルコニウムなどが挙げられる。また、このような他の触媒成分の含有量(担持量)は、本発明による触媒成分の効果を阻害しない限り特に制限されないが、好ましくはエチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、10〜1000ppmである。
【0040】
なお上述した触媒の組成や各成分の含有量は、上述した蛍光X線分析法を用いて決定できる。
【0041】
(触媒の製造方法)
次に、上記したようにして製造された本発明に係る担体を用いて、本発明のエチレンオキシド製造用触媒を製造するが、その製造方法は、上記したような担体を使用する以外は、従来公知のエチレンオキシド製造用触媒の製造方法に従って調製されうる。以下、本発明にかかる好ましい触媒の実施形態を記載する。しかし、本発明は、下記の好ましい実施形態に限定されず、適宜修飾してあるいは他の公知の方法に本発明に係る担体を使用することによって、触媒を製造できる。
【0042】
まず、各触媒成分の前駆体を適当な溶媒に溶解して、触媒前駆体溶液を調製する。ここで、各触媒成分の前駆体としては、溶媒に溶解する形態であれば特に制限されないが、例えば、銀の場合には、例えば、硝酸銀、炭酸銀、シュウ酸銀、酢酸銀、プロピオン酸銀、乳酸銀、クエン酸銀、ネオデカン酸銀などが挙げられる。これらのうち、シュウ酸銀、硝酸銀が好ましい。
【0043】
セシウムの場合には、セシウムの硝酸塩、亜硝酸塩、炭酸塩、シュウ酸塩、ハロゲン化物、酢酸塩、硫酸塩、過レニウム酸塩、タングステン酸塩、モリブデン酸塩、クロム酸塩、バナジン酸塩などが挙げられる。これらのうち、硝酸セシウム、炭酸セシウム、過レニウム酸セシウム、タングステン酸セシウム、モリブデン酸セシウム、クロム酸セシウム、バナジン酸セシウムが好ましい。
【0044】
レニウムの場合には、過レニウム酸アンモニウム、過レニウム酸ナトリウム、過レニウム酸カリウム、過レニウム酸、塩化レニウム、酸化レニウム、過レニウム酸セシウムなどが挙げられる。これらのうち、過レニウム酸アンモニウム、過レニウム酸セシウムが好ましい。
【0045】
タングステンの場合には、酸化タングステン、タングステン酸、タングステン酸塩、リンタングステン酸、ケイタングステン酸などのヘテロポリ酸および/またはヘテロポリ酸の塩などが挙げられる。これらのうち、メタタングステン酸アンモニウム、メタタングステン酸セシウム、パラタングステン酸アンモニウム、パラタングステン酸セシウム、リンタングステン酸アンモニウム、リンタングステン酸セシウム、ケイタングステン酸アンモニウム、ケイタングステン酸セシウムが好ましい。
【0046】
モリブデンの場合には、酸化モリブデン、モリブデン酸、モリブデン酸塩、その他、ケイモリブデン酸、リンモリブデン酸などのヘテロポリ酸および/またはヘテロポリ酸の塩などが挙げられる。これらのうち、パラモリブデン酸アンモニウム、パラモリブデン酸セシウム、リンモリブデン酸アンモニウム、リンモリブデン酸セシウム、ケイモリブデン酸アンモニウム、ケイモリブデン酸セシウムが好ましい。
【0047】
クロムの場合には、酸化クロム、クロム酸、クロム酸塩などが挙げられる。これらのうち、クロム酸アンモニウム、クロム酸セシウム、重クロム酸アンモニウム、重クロム酸セシウムが好ましい。
【0048】
バナジウムの場合には、酸化バナジウム、バナジン酸、バナジン酸塩などが挙げられる。これらのうち、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸セシウム、オルトバナジン酸アンモニウム、オルトバナジン酸セシウムが好ましい。上記各触媒成分は、単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。また、上記各触媒成分の添加量は、上記した所定の触媒組成となるように適宜決定できる。
【0049】
上記各触媒成分の前駆体を溶解する溶媒もまた、各触媒成分を溶解できるものであれば特に制限されない。具体的には、水、メタノールおよびエタノールなどのアルコール類、トルエンの芳香族化合物などが挙げられる。これらのうち、水、エタノールが好ましい。
【0050】
ここで、触媒前駆体溶液は、上記触媒成分に加えて、必要に応じて、錯体を形成するための錯化剤をさらに溶媒に添加してもよい。錯化剤としては、特に制限されないが、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミンなどが挙げられる。上記錯化剤は単独で使用されても、あるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0051】
次いで、このように調製された触媒前駆体溶液を、上記で準備した担体に含浸させる。含浸工程は20〜120℃の温度で0.1〜2時間行うことが好ましい。ここで、上記触媒前駆体溶液は、触媒前駆体溶液毎に別々に調製して、担体に順次含浸してもあるいは各触媒前駆体を一つの溶媒に溶解して、一つの触媒前駆体溶液とし、これを担体に含浸してもよい。
【0052】
続いて、含浸後の担体を乾燥し、焼成する。乾燥は、空気、酸素、または不活性ガス(例えば、窒素)の雰囲気中で、必要であれば減圧下で、80〜120℃の温度で行うことが好ましい。また、焼成は、空気、酸素、または不活性ガス(例えば、窒素)の雰囲気中で、100〜800℃の温度で、好ましくは100〜600℃の温度で0.1〜100時間、好ましくは0.1〜10時間程度行うことである。なお、焼成は、1段階のみ行われてもよいし、2段階以上行われてもよい。好ましい焼成条件としては、1段階目の焼成を空気雰囲気中で100〜250℃にて0.1〜10時間行い、2段階目の焼成を空気雰囲気中で250〜450℃にて0.1〜10時間行う条件が挙げられる。さらに好ましくは、かような空気雰囲気中での焼成後にさらに、不活性ガス(例えば、窒素、ヘリウム、アルゴンなど)雰囲気中で450〜800℃にて0.1〜10時間、焼成を行ってもよい。
【0053】
このようにして得られた本発明の触媒は、選択性および触媒寿命(耐久性)に優れる。したがって、本発明のエチレンオキシド製造用触媒を使用することによって、エチレンオキシドを長期に亘って高選択率で製造でき、産業上非常に有益である。
【0054】
ゆえに、本発明はまた、本発明の触媒の存在下に分子状酸素含有ガスを用いエチレンを気相酸化するエチレンオキシドの製造方法もまた提供される。
【0055】
(X線光電子分光法)
X線光電子分光法(X−ray Photoelectron Spectroscopy)とは、高真空下で軟X線により固体表面を励起し、表面より放出される光電子を測定する分析方法である(以下、XPSと称する)。本分析法により、表面近傍数ナノメートルに存在する元素の酸化状態や濃度等に関する情報が得られ、反応に有効に寄与する表面のAlに対するNaの相対濃度を特定できると考えられる。本発明にかかるAlに対するNaの相対表面濃度は、縦軸が毎秒あたりのカウント数、横軸が結合エネルギーを示すXPSのチャートから、Na1sのピーク面積をNa1sの感度係数で除した値を、Al2sのピーク面積をAl2sの感度係数で除した値で、除した値であり、式1で表わされる。Na1sとAl2sに関するピーク面積は、以下の手順により測定し算出する。測定装置としてULVAC−PHI株式会社製PHI Quantera SXMを用いた。X線源はAlKαであり、ビーム径は100μm、ビーム出力は25W−15kVであった。測定試料はおよそ5mm角にカットした後、カーボンテープを用いてホルダーに固定し、測定室に導入した。XPSスペクトルのエネルギー位置の補正は、表面汚染炭化水素に由来するC1sを採用し284.8eVを基準とした。Na1sおよびAl2sの測定では、パスエネルギーを140eV、エネルギーステップを0.125eVに設定した。Na1sのピーク面積は、1072.5eV付近のピークを300回積算したのち、Shirley法によりバックグラウンド除去して算出した。Al2sのピーク面積は119.1eV付近のピークを200回積算したのち、Shirley法によりバックグラウンド除去して算出した。なお、感度係数は測定装置固有の値であり、当該装置のNa1sおよびAl2sの感度係数は、それぞれ1.102および0.312である。
【0056】
X線光電子分光法を用いてNa1sとAl2sを測定し得られるAlに対するNaの相対表面濃度は0.015〜0.170、好ましくは0.020〜0.150、より好ましくは0.030〜0.130である。0.015未満であれば、表面Na濃度が不足するため初期から高い選択率が得られず、0.170を超える場合には、表面Na濃度が過剰であるため活性・選択率共に低くなる。
【0057】
(エチレンオキシドの製造方法)
本発明のエチレンオキシドの製造方法は、触媒として本発明のエチレンオキシド製造用触媒を使用する点を除けば、常法に従って行われうる。
【0058】
例えば、工業的製造規模における一般的な条件、すなわち反応温度150〜300℃、好ましくは180〜280℃、反応圧力0.2〜4MPaG、好ましくは0.9〜3MPaGであり、空間速度は1,000〜30,000h−1(STP)、好ましくは3,000〜8,000h−1(STP)である。
【0059】
触媒に接触させる原料ガスとしては、エチレン0.5〜40容量%、酸素3〜10容量%、炭酸ガス1〜30容量%、残部の窒素、アルゴン、水蒸気等の不活性ガスおよびメタン、エタン等の低級炭化水素類からなり、さらに反応抑制剤としてのエチルクロライド、エチレンジクロライド、ビニルクロライド、メチルクロライドなどの有機塩素化合物を0.1〜10容量ppm含有するものが挙げられる。本発明の製造方法において使用される分子状酸素含有ガスとしては、空気、酸素および富化空気が挙げられる。
【実施例】
【0060】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の効果を奏するものであれば、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。以下に実施例、比較例に用いた各測定法について説明する。
【0061】
(担体の比表面積の測定)
担体を粉砕した後、0.85〜1.2mmの粒径に分級したもの約0.2gを正確に秤量した。秤量したサンプルを200℃にて少なくとも30分間脱気し、BET(Brunauer−Emmet−Teller)法により測定した。
【0062】
(担体の吸水率の測定)
日本工業規格(JIS R 2205(1998))に記載の方法に準拠して、以下の手法により測定した。
a)担体を120℃に保温した乾燥機中に入れ、恒量に達した際の質量を秤量した(乾燥質量:W1(g))。
b)上記a)で秤量した担体を水中に沈めて30分間以上煮沸した後、室温の水中にて冷却し、飽水サンプルとした。
c)上記b)で得た飽水サンプルを水中から取り出し、湿布ですばやく表面を拭い、水滴を除去した後に秤量した(飽水サンプル質量:W2(g))。
d)上記で得られたW1およびW2を用い、下記数式1に従って、吸水率を算出した。
【0063】
【数2】

【0064】
(実施例1)
以下に、触媒(A)の調製手順を示す。シュウ酸銀20.0g、硝酸セシウム0.171g、過レニウム酸アンモニウム0.036g、メタタングステン酸アンモニウム0.039gを、約10mLの水に溶解し、さらに錯化剤としてエチレンジアミン7mLを加え、触媒前駆体溶液(A)を調製した。
【0065】
この触媒前駆体溶液(A)を、担体(A)(α−アルミナ担体、BET比表面積=0.72m/g、吸水率=41.0%)50.0gに含浸した後、90℃で減圧乾燥した。これを空気気流中300℃で0.25時間熱処理した後、窒素気流中600℃で3時間熱処理して触媒(A)を得た。
【0066】
このようにして調製された触媒(A)の各成分の含有量(触媒の質量基準)は、Ag(銀換算)=15.0質量%、Cs(Cs換算)=1880質量ppm、Re(Re換算)=360質量ppm、W(W換算)=450質量ppmであった。
【0067】
(実施例2)
実施例1において、担体(A)を担体(B)(α−アルミナ担体、BET比表面積=0.75m/g、吸水率=45.0%)に、硝酸セシウム0.171gを0.278gに、過レニウム酸アンモニウム0.036gを0.049gに、メタタングステン酸アンモニウム0.039gを0.025gに変えた以外は実施例1と同様にして触媒(B)を得た。
【0068】
触媒(B)の各成分の含有量(触媒の質量基準)は、Ag(銀換算)=14.7質量%、Cs(Cs換算)=3050質量ppm、Re(Re換算)=490質量ppm、W(W換算)=290質量ppmであった。
【0069】
(比較例1)
実施例1において、担体(A)を担体(C)(α−アルミナ担体、BET比表面積=1.80m/g、吸水率=39.8%)に、硝酸セシウム0.171gを0.150gに、過レニウム酸アンモニウム0.036gを0.052gに、メタタングステン酸アンモニウム0.039gを0.034gに変えた以外は実施例1と同様にして触媒(C)を得た。
【0070】
触媒(C)の各成分の含有量(触媒の質量基準)は、Ag(銀換算)=14.9質量%、Cs(Cs換算)=1640質量ppm、Re(Re換算)=530質量ppm、W(W換算)=390質量ppmであった。
【0071】
(比較例2)
実施例1において担体(A)を担体(D)(α−アルミナ担体、BET比表面積=0.55m/g、吸水率=38.5%)に、過レニウム酸アンモニウム0.036gを0.039gに、メタタングステン酸アンモニウム0.039gを0.028gに変えた以外は実施例1と同様にして触媒(D)を得た。
【0072】
触媒(D)の各成分の含有量(触媒の質量基準)は、Ag(銀換算)=15.1質量%、Cs(Cs換算)=1860質量ppm、Re(Re換算)=390質量ppm、W(W換算)=330質量ppmであった。
【0073】
(触媒評価)
上記実施例および比較例により得られた触媒を、それぞれ、0.60〜0.85mmに破砕した。次に、破砕した触媒1.2gを、それぞれ、内径3mm、管長300mmの外部が加熱式の二重管式ステンレス製反応器に充填し、この充填層にエチレン24容量%、酸素7.0容量%、二酸化炭素2.0容量%、ビニルクロライド2.3〜3.8容量ppm、残余が窒素からなるガスを導入し、1.6MPaGで、空間速度5500h−1の条件で、エチレン転化率が10.4モル%となるようにして反応を行った。下記数式2および数式3に従って、エチレンオキシド製造時の転化率(式3)および選択率(式4)を算出した。各触媒の選択率を、Alに対するNaの相対表面濃度と比較して下記表1に示す。本発明にかかる触媒は比較例に比べて選択率が高いことが分かる。
【0074】
【数3】

【0075】
【数4】

【0076】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、エチレンを酸化しエチレンオキシドを製造する技術に用いる触媒を提供するとともに、エチレンオキシドを製造することができる方法を提供するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナトリウムを含むアルミナ担体に、銀(Ag)と、セシウム(Cs)と、レニウム(Re)と、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)およびバナジウム(V)からなる群より選ばれる少なくとも1つの元素とを含む触媒成分を担持した触媒であって、X線光電子分光法により得られるデータを式1を用いて算出されるAlに対するNaの相対表面濃度が0.015〜0.170であることを特徴とするエチレンオキシド製造用触媒。
【数1】

【請求項2】
請求項1記載の触媒の存在下に、エチレンを酸化することを特徴とするエチレンオキシドの製造方法。

【公開番号】特開2013−81935(P2013−81935A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−200003(P2012−200003)
【出願日】平成24年9月11日(2012.9.11)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】