説明

エチレンオキシド製造用触媒および酸化エチレン製造方法

【課題】本発明は、触媒の選択性および触媒寿命(耐久性)に優れるエチレンオキシド製造用触媒を提供するものである。
【解決手段】本発明は、液体窒素温度で測定したアルゴン吸着等温線からSF法解析により算出される細孔直径0.5〜2.0nmの細孔容積が0.1×10−4〜8.0×10−4cm/gである担体に、銀(Ag)、セシウム(Cs)、レニウム(Re)およびタングステン(W)を含む触媒成分を担持して得られることを特徴とするエチレンオキシド製造用触媒および当該触媒を用いたエチレンオキシドの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチレンオキシド製造用触媒および酸化エチレン製造方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
エチレンを銀触媒の存在下で分子状酸素含有ガスにより接触気相酸化してエチレンオキシドを製造することは工業的に広く行われている。この接触気相酸化に用いる銀触媒については、その担体、担持方法、反応促進剤の種類やその添加量などに関し、多くの技術が提案されている。
【0003】
銀を主成分に用い他成分として、レニウム/その化合物及びアルカリ金属等の他の金属/その化合物を用いるものが多く提案されている(引用文献1他)。当該触媒成分は担体に担持され触媒を形成するものであり、当該担体において以下の技術が提案されている。例えば、20m/g未満の表面積を有する担体を用いたエチレンオキシド製造用触媒組成物が開示される(引用文献1)。触媒成分と担体との組合せとして、銀金属と、レニウム、タングステン、モリブデンまたはその化合物と、ルビジウムまたはセシウムの一部をカリウムで置換した成分とを、500m/kg以上の表面積を有する担体上に堆積してなるエチレンオキシド製造用触媒組成物が開示される(引用文献2)。
【0004】
更に担体を検討した技術として、少なくとも1m/gの表面積と、0.2μmから10μmまでの範囲の直径を有する細孔が細孔容積の合計の少なくとも70%に相当し、かつ該細孔が合わせて担体の重量に対して、少なくとも0.27ml/gの細孔容積を与えるような細孔径分布とを有する担体を用いる触媒が開示される(引用文献3)。また比表面積が0.6〜3.0m/g、かつSiO/NaO換算値で2〜50である担体を使用することが開示される(引用文献4)。これらは担体と触媒成分との関係、触媒調製により活性、耐久性が左右され十分満足できるものといいがたいものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭63−126552号公報
【特許文献2】特表2006−521927号公報
【特許文献3】特表2005−518276号公報
【特許文献4】特開2007−301553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1、2では、レニウムの酸化状態の変化や移動・凝集などが起こりやすく、触媒の耐久性という面で問題があった。また、特許文献3では、触媒組成によっては、触媒成分の移動などが生じ、触媒の耐久性が著しく低下しやすい。さらに、特許文献4では、このようなNa含有率では、触媒反応とともに進行する担体内部から表面への微量のナトリウム成分の移動が、触媒表面の銀と助触媒の間の相互作用を変化させ、触媒組成によっては、選択率及び活性の急激な低下を引き起こすという問題がある。これらの技術では、各種の触媒組成、物性が提案されているが、単に触媒組成等のみに着目するに止まり、反応ガス条件にあった触媒組成などおよび物性との相互関係を十分に生かしたものではない。本発明は、反応ガス条件に適合した触媒組成・物性を提案しエチレンオキシドを製造する方法を提供することで、酸化エチレンへの高選択性を得ることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討の結果、一般的に測定される水銀圧入法により得られる触媒担体の細孔径ではなく、より微細な細孔径を制御することで上記課題を解決するに至ったのである。本発明は以下のように特定されるものである。
【0008】
本発明は、液体窒素温度で測定したアルゴン吸着等温線からSF法解析により算出される細孔直径0.5〜2.0nmの細孔容積が0.1×10−4〜8.0×10−4cm/gである担体に、銀(Ag)、セシウム(Cs)、レニウム(Re)およびタングステン(W)を含む触媒成分を担持して得られることを特徴とするエチレンオキシド製造用触媒である。また当該触媒の製造方法および当該触媒を用いたエチレンオキシドの製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の触媒を使用することによって、エチレンオキシドを高選択率で製造できるものである。更に本発明が提案する反応条件で選択性は顕著になるものである。エチレンオキシドの生産規模は、年間約1800万トンと見積もられており、非常に大きい。このため、例えば、100日後の選択率の低下が僅か1%抑えられるだけでも、原料エチレンの使用量が著しく節約され、その経済的効果は非常に大きい。このような事情から、より優れた選択性を有する銀触媒の開発が当該技術分野の研究者の継続的なテーマとなっている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は担体の細孔径(横軸)および細孔容積(縦軸:細孔容積の積算値、いわゆる積分表示である)を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明を具体的に説明するが、本発明の効果を奏する限り下記記載に限定されるものではない。
【0012】
(担体)
本発明において、担体組成は、α−アルミナを主成分とするものであればよく、α−アルミナの他、ケイ素(Si)を、SiO換算で0.1〜5.0質量%、ナトリウム(Na)を、NaO換算で0.001〜1.0質量%含むものであっても良い。以下、「%」で表示するが特に記載しないかぎりは担体全体で100質量%とする。また、担体が「α−アルミナを主成分とする」とは、担体におけるα−アルミナの含有量が、担体の全質量100質量%に対して、70質量%以上(上限=100質量%)であることを意味する。担体におけるα−アルミナの含有量は、好ましくは90質量%以上(上限=100質量%)であり、より好ましくは95質量%以上(上限=100質量%)である。担体は、α−アルミナを主成分とし、上記含有量でSi及びNaを含むのであれば、さらにその他の成分を含んでもよい。
【0013】
上記成分以外に他の成分としては、特に制限されないが、例えば、アルカリ金属(Naを除く)及びアルカリ土類金属ならびにこれらの酸化物、遷移金属およびこれらの酸化物などが挙げられる。これらの含有量については、特に制限はない。このうち、ナトリウム及びセシウム以外のアルカリ金属を実質的に含まないことが好ましく、より好ましくはナトリウム及びセシウム以外のアルカリ金属の含有量(酸化物換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0.001〜5質量%である。また、アルカリ土類金属の好ましい含有量(酸化物換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0.001〜5質量%である。また、遷移金属の好ましい含有量(酸化物換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0〜5質量%である。
【0014】
上記担体原料であるα−アルミナは通常粉体であり、その純度は90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上、特に好ましくは99.5%以上のものが用いられる。α−アルミナ粉体のほかに、酸化アルミナ、特に無定形のアルミナ、シリカ、シリカアルミ、ムライト、ゼオライトなど(これらを「無定形アルミナ等」と総称する);酸化カリウム、酸化ナトリウム、酸化セシウムなどのアルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物など(これらを「アルカリ等」と総称する);酸化鉄、酸化チタンなどの遷移金属酸化物を含んでいてもよい。なお、担体を成型体にする前の原料α−アルミナ粉体には、微量ながらナトリウム(酸化ナトリウム)が含まれていることがある。この場合には、予めその粉体中のナトリウム量を把握することにより、特定量のナトリウム含有量となるように、担体調製時にナトリウム化合物を添加し、担体を得ることができる。
【0015】
担体原料のα−アルミナ粉体の粒径に関しても特に制限はないが、α−アルミナ粉体の一次粒子径は、好ましくは0.01〜100μmであり、より好ましくは0.1〜20μmであり、さらに好ましくは0.5〜10μmであり、特に好ましくは1〜5μmである。また、α−アルミナ粉体の二次粒子径は、好ましくは0.1〜1,000μmであり、より好ましくは1〜500μmであり、さらに好ましくは10〜200μmであり、特に好ましくは30〜100μmである。
【0016】
担体原料のα−アルミナ粉体の比表面積に関しても特に制限はないが、α−アルミナ粉体の比表面積は、好ましくは0.01〜20m/gであり、より好ましくは0.1〜10m/gであり、さらに好ましくは0.1〜5m/gであり、特に好ましくは0.3〜4m/gである。
【0017】
担体原料のα−アルミナ粉体の0.5〜2.0nmの細孔直径を有する細孔の容積に関しても特に制限はないが、好ましくは0.1×10−4〜10×10−4cm/gより好ましく0.5×10−4〜8.0×10−4cm/g、さらに好ましくは1.0×10−4〜7.0×10−4cm/g、特に好ましくは1.0×10−4〜6.0×10−4cm/gである。ここで示す0.5〜2.0nmの細孔直径を有する細孔の容積については、後述する液体窒素温度で測定した試料のアルゴン吸着等温線からSF法解析により算出する方法を用いた。なお、上記のナノメートルオーダーの範囲の直径を持つ細孔を、以下、微細細孔と記載することもある。
【0018】
また、担体原料のα−アルミナ粉体の線収縮率は12〜20%のものが好適に用いられる。ここで示す「線収縮率」とは、α−アルミナ粉体に約1〜5質量%のフラックスを添加し、約50MPaの圧力で成形した後、約1600〜1700℃で2〜3時間焼成したときの長さ方向の収縮率を指す。
【0019】
担体は、ケイ素(Si)を、SiO換算で0.1〜5.0質量%含むこともできる。このような量でケイ素を含むことにより、レニウムおよびタングステンの触媒機能低下を抑制・防止でき、高選択率を長期間安定的に維持できるという利点がある。好ましくは、担体中のSi含有量(SiO換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0.1〜3.0質量%、さらに好ましくは0.5〜2.5質量%である。なお、担体中のSi含有量(SiO換算)が上記下限を下回る場合には、十分な寿命安定性が得られないおそれがあり、逆に上限を超える場合には、初期から高い選択率が得られないおそれがある。
【0020】
また、当該ケイ素原料としては、酸化ケイ素、シリカゾル、窒化ケイ素、炭化ケイ素、シラン、硫化ケイ素などの共有結合化合物;ケイ酸ナトリウム、ケイ酸アンモニウム、アルミノケイ酸ナトリウム、アルミノケイ酸アンモニウム、リンケイ酸ナトリウム、リンケイ酸アンモニウムなどのケイ酸塩類;長石、粘土などのケイ素を含むシリカの複塩;およびシリカ混合物を挙げることができる。このなかでも、酸化ケイ素、ケイ酸ナトリウム、粘土などのケイ素を含むシリカの複塩などを使用することが好ましい。ここで、ケイ素化合物の添加量は、上記したようなSi含有量(SiO2換算)となるような量に調節される。
【0021】
担体に含まれるナトリウム(Na)は、NaO換算で0.001〜1.0質量%含まれていてもよく、このような量でナトリウムを含むことにより、触媒性能の低下を抑制・防止できる利点がある。好ましくは、担体中のNa含有量(NaO換算)は、担体の全質量100質量%に対して、0.001〜0.9質量%、より好ましくは0.001質量%以上0.8質量%未満、さらにより好ましくは0.001〜0.75質量%、特に好ましくは0.005〜0.7質量%である。なお、担体中のNa含有量(NaO換算)が上記下限を下回る場合には、十分な寿命安定性が得られないおそれがあり、逆に上限を超える場合には、初期から高い選択率が得られないおそれがある。また、このような量で含まれたナトリウムは、担体焼成時に融剤として働き、担体の微細細孔容積を本発明の範囲内に収める働きもある。
【0022】
ナトリウム原料としては、硝酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの無機塩、および酢酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどの有機酸、およびカルボキシメチルセルロースナトリウムなどの高分子カルボン酸塩を用いることができる。
【0023】
なお、上述した担体の組成や各成分の含有量は、蛍光X線分析法を用いて決定できる。より具体的には、測定装置としてRIGAKU製RIX2000を用い、ファンダメンタルパラメータ法(FP法)或いは検量線法にて測定することができる。
【0024】
担体は上記成分を混合し一定の形状に成形し製造するものであるが、成形する際にバインダーを添加して製造することもできる。例えば、当該バインダーは、滑性を付与することによって押出工程を容易にせしめる。無機バインダーには、特に硝酸または酢酸のようなペプタイザーと組合せたアルミナゲルが含まれる。有機バインダーとしては、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチまたはそのアルカリ金属塩などを挙げることができる。この中でも、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどを使用することが好ましい。
【0025】
当該担体を製造する際に気孔形成剤を添加することも好ましい。当該気孔形成剤は、焼成時に担体から完全に除去されて、該担体中に制御された気孔が残るように混合物に添加される材料である。これらの材料は、コークス、炭素粉末、グラファイト、(ポリエチレン、ポリスチレン、ポリカーボネート等のような)粉末プラスチック、セルロースおよびセルロース基材料、おが屑、ならびに粉砕堅果穀、カシュー、くるみ)のような他の植物材料、のような炭質材料である。炭素基材バインダーもまた気孔形成剤として役に立つことができる。
【0026】
担体は以下のような方法により調製される。少なくともα−アルミナを主成分とするα−アルミナ粉体およびバインダーと、シリカを提供する原料としてのケイ素化合物、他に気孔形成剤と、適当量の水とを加えて十分混練し、押出成形法等により所定の形状、例えば、球状、ペレット状等に成形したのち、必要に応じ乾燥し、ヘリウム、窒素、アルゴン等の不活性ガスおよび/または空気等のガス雰囲気下で1,000〜1,800℃、好ましくは1,400〜1,700℃で焼成することにより、本発明に係る担体を製造することができる。
【0027】
本発明による微細細孔容積を持つ担体を得るためには、(1)特定の比表面積を持つ原料α−アルミナ粉体の選定、(2)特定の微細細孔容積を持つα−アルミナ粉体の選定、(3)焼成温度の調整、および(4)焼成時間の調整、などの方法をそれぞれ単独で行うか、或いは適宜組み合わせても良い。
【0028】
担体中のシリカ含有量は、α−アルミナを主成分とする粉体およびケイ素化合物に含まれるシリカ量から算出することができる。担体中のナトリウム含有量は、ケイ素化合物、有機バインダーおよびα−アルミナに含まれるナトリウム量を勘案し調整すればよい。更には、このようにして得られたSiO、NaOを含有する担体に、ケイ素化合物、ナトリウムを含有する化合物を後添加することで含有量を調整してもよいが、担体調製時にシリカおよびナトリウム化合物を添加することもできる。
【0029】
担体の比表面積(窒素ガスを用いたBET法による測定、以下、BET比表面積と略して記載する。)は、0.5〜3.0m/gである。このような担体を使用することにより、触媒成分を十分量担持しつつ、レニウムおよびタングステン等の触媒成分の移動を抑制・防止でき、性能低下を抑えることができる利点がある。好ましくは、担体のBET比表面積は、0.5〜2.5m/g、より好ましくは0.5〜2.0m/gである。
【0030】
なお、担体のBET比表面積が上記下限を下回ると、吸水率が充分に確保できず、触媒成分の担持が困難になるおそれや触媒成分の分散状態が悪化し性能が低下しやすくなるおそれがある。逆に、担体のBET比表面積が上記上限を超える場合には、熱的な劣化などで触媒成分が移動し、反応前と比較して反応中の触媒の担持状態が変化しやすいため、触媒性能の低下度合いが大きくなるおそれがある。
【0031】
(担体の形状)
担体の形状は、特に制限されず、リング状、球状、円柱状、ペレット状のほか、従来公知の知見が適宜参照されうる。また、担体のサイズ(平均直径)についても特に制限はなく、好ましくは3〜20mmであり、より好ましくは4〜10mmである。
【0032】
(水銀圧入法による担体の細孔容積測定)
水銀圧入法においても細孔径および細孔容積を測定でき、本発明にかかる「液体窒素温度で測定したアルゴン吸着等温線からSF法解析により算出される細孔径および細孔容積」と区別する必要があるため、これらは「Hg法細孔径」、「Hg法細孔容積」と記載する。なお、水銀圧入法では、200℃にて少なくとも30分間脱気した担体をサンプルとし、測定装置としてオートポアIII9420W(株式会社島津製作所製)を用い、1.0〜60,000psiaの圧力範囲及び60個の測定ポイントで測定される値を採用するものとする。
【0033】
担体のHg法平均細孔径は特に制限されないが、好ましくは0.1〜10μmであり、より好ましくは0.2〜4.0μmであり、さらに好ましくは0.3〜3.0μmである。担体のHg法平均細孔径が0.1μm以上であれば、エチレンオキシド製造時の生成ガスの滞留に伴うエチレンオキシドの逐次酸化が抑制されうる。一方、担体のHg法平均細孔径が10μm以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうる。
【0034】
また、担体のHg細孔容積も特に制限されないが、好ましくは0.1〜1.0mL/gであり、より好ましくは0.2〜0.8mL/gであり、さらに好ましくは0.3〜0.6mL/gである。担体のHg細孔容積が0.1mL/g以上であれば、触媒成分の担持が容易となるという点で好ましい。一方、担体のHg細孔容積が1.0mL/g以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうるという点で好ましい。
【0035】
(液体窒素温度での担体及び原料α−アルミナ粉体のアルゴン吸着等温線の測定)
本発明が特定する「液体窒素温度で測定したアルゴン吸着等温線によりSF法から算出された細孔容積および細孔径」は、それぞれ「A法細孔容積」、「A法細孔径」と略して記載することもある。なお、測定は日本ベル社製、高精度比表面積・細孔分布測定装置、商品面「BELSORP−max」を用いて、以下の手順で行った。所定量の試料を石英管に入れ、系内を真空にし250℃で4時間加熱した。この試料管を液体窒素で冷却した後、所定量のアルゴンを系内に導入し、その時点の圧力からアルゴンが担体に吸着した量を測定する。この測定を相対蒸気圧が約10−7〜0.99の範囲で行い、吸着等温線を作成した。得られた吸着等温線をもとに、SF法(Saito−Foley法)解析にて、A法細孔容積およびA法細孔径を算出した。なお、SF法解析により0.5nm〜2.0nmの細孔直径の範囲にある細孔の容積をVp0.5nm〜2.0nmと略して記載することもある。ここでSF法解析とは、吸着ポテンシャル理論に基づいた円筒形のミクロ細孔をモデルとして、細孔容積および細孔径を計算したものである。その詳細は、例えば、American Institute of Chemical Engineers Journal、第32巻、429頁、1991年発行、などに記載されている。
【0036】
担体のVp0.5nm〜2.0nmは0.1×10−4〜8.0×10−4cm/gであり、このような担体を使用することで、高選択性を長期間安定的に維持できるという利点がある。より好ましくは、担体のVp0.5nm〜2.0nmは0.5×10−4〜6.0×10−4cm/gであり、さらに好ましくは担体のVp0.5nm〜2.0nmは1.0×10−4〜5.0×10−4cm/gである。なお、担体のVp0.5nm〜2.0nmが上記上限を超える場合は高選択率が得られないおそれがあり、逆に下限を下回る場合は十分な活性が得られないおそれがある。
【0037】
(触媒成分)
本発明の触媒は、上述した担体上に、少なくとも銀(Ag)、セシウム(Cs)、レニウム(Re)及びタングステン(W)を含む触媒成分が担持されてなる構成を有する。
【0038】
上記触媒成分のうち、銀が、主として触媒活性成分としての役割を担う。ここで、銀の含有量(担持量)は、特に制限されず、エチレンオキシドの製造に有効な量で担持すればよい。また、銀の含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で(担体及び触媒成分の合計質量基準で;以下、同様)、1〜30質量%であり、好ましくは5〜20質量%である。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する反応を効率よく触媒化できる。
【0039】
また、セシウム(Cs)、レニウム(Re)は、一般に、銀の反応促進剤として作用する。これらの含有量(担持量)は、特に制限されず、エチレンオキシドの製造に有効な量で担持すればよい。また、セシウムの含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、500〜5000ppmであり、好ましくは1000〜4000ppmである。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する反応を有効に促進できる。また、レニウムの含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、50〜2000ppmであり、好ましくは100〜1000ppmである。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する反応を有効に促進できる。特にレニウムは触媒の選択性の点で重要な要素であると考えられる。このため、上記範囲にレニウム量を制御することによって、触媒の選択性を有効に向上できる。Reが上記範囲を超えると、選択率の上昇が認められなくなるだけでなく、反応温度を高くする必要があるため、寿命性能に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0040】
タングステン(W)は、レニウムの補助促進剤として作用する。このように各触媒成分が相互に作用することによって、本発明の触媒は、高い選択性を発揮できる。タングステン(W)の含有量(担持量)は、特に制限されず、エチレンオキシドの製造に有効な量で担持すればよい。タングステンの含有量(担持量)は、特に制限されないが、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、好ましくは10〜2000ppmであり、より好ましくは50〜1000ppmである。このような範囲であれば、エチレンを分子状酸素含有ガスにより気相酸化してエチレンオキシドを製造する際に、レニウムの効果(触媒の選択性の向上効果)を促進できる。
【0041】
本発明の触媒は、上記触媒成分に加えて、他の触媒成分を含んでもよい。ここで、他の触媒成分としては、特に制限されないが、例えば、バナジウム、クロム、マンガン、コバルト、ニッケル、銅、ニオブ、モリブデン、スズ、アンチモン、タンタル、ビスマス、チタン、ジルコニウムなどが挙げられる。また、このような他の触媒成分の含有量(担持量)は、本発明による触媒成分の効果を阻害しない限り特に制限されないが、好ましくはエチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、10〜1000ppmである。
【0042】
(触媒の製造方法)
次に、上記したようにして製造された本発明に係る担体を用いて、本発明のエチレンオキシド製造用触媒を製造するが、その製造方法は、上記したような担体を使用する以外は、従来公知のエチレンオキシド製造用触媒の製造方法に従って調製されうる。以下、本発明にかかる好ましい触媒の実施形態を記載する。しかし、本発明は、下記の好ましい実施形態に限定されず、適宜修飾してあるいは他の公知の方法に本発明に係る担体を使用することによって、触媒を製造できる。
【0043】
まず、各触媒成分の前駆体を適当な溶媒に溶解して、触媒前駆体溶液を調製する。ここで、各触媒成分の前駆体としては、溶媒に溶解する形態であれば特に制限されないが、例えば、銀の場合には、例えば、硝酸銀、炭酸銀、シュウ酸銀、酢酸銀、プロピオン酸銀、乳酸銀、クエン酸銀、ネオデカン酸銀などが挙げられる。これらのうち、シュウ酸銀、硝酸銀が好ましい。セシウムの場合には、セシウムの硝酸塩、亜硝酸塩、炭酸塩、シュウ酸塩、ハロゲン化物、酢酸塩、硫酸塩、過レニウム酸塩、タングステン酸塩などが挙げられる。これらのうち、硝酸セシウム、過レニウム酸セシウム、タングステン酸セシウムが好ましい。レニウムの場合には、過レニウム酸アンモニウム、過レニウム酸ナトリウム、過レニウム酸カリウム、過レニウム酸、塩化レニウム、酸化レニウム、過レニウム酸セシウムなどが挙げられる。これらのうち、過レニウム酸アンモニウム、過レニウム酸セシウムが好ましい。タングステンの場合には、酸化タングステン、タングステン酸、タングステン酸塩、リンタングステン酸、ケイタングステン酸などのヘテロポリ酸および/またはヘテロポリ酸の塩などが挙げられる。これらのうち、メタタングステン酸アンモニウム、メタタングステン酸セシウム、パラタングステン酸アンモニウム、パラタングステン酸セシウム、リンタングステン酸アンモニウム、リンタングステン酸セシウム、ケイタングステン酸アンモニウム、ケイタングステン酸セシウムが好ましい。上記各触媒成分は、単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。また、上記各触媒成分の添加量は、上記した所定の触媒組成となるように適宜決定できる。
【0044】
上記各触媒成分の前駆体を溶解する溶媒もまた、各触媒成分を溶解できるものであれば特に制限されない。具体的には、水、メタノールおよびエタノールなどのアルコール類、トルエンの芳香族化合物などが挙げられる。これらのうち、水、エタノールが好ましい。
【0045】
ここで、触媒前駆体溶液は、上記触媒成分に加えて、必要に応じて、錯体を形成するための錯化剤をさらに溶媒に添加してもよい。錯化剤としては、特に制限されないが、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミンなどが挙げられる。上記錯化剤単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0046】
次いで、このように調製された触媒前駆体溶液を、上記で準備した担体に含浸させる。ここで、上記触媒前駆体溶液は、触媒前駆体溶液毎に別々に調製して、担体に順次含浸してもあるいは各触媒前駆体を一つの溶媒に溶解して、一つの触媒前駆体溶液とし、これを担体に含浸してもよい。
【0047】
続いて、含浸後の担体を乾燥し、焼成する。乾燥は、空気、酸素、または不活性ガス(例えば、窒素)の雰囲気中で、必要であれば減圧下で、80〜120℃の温度で行うことが好ましい。また、焼成は、空気、酸素、または不活性ガス(例えば、窒素)の雰囲気中で、100〜800℃の温度で、好ましくは100〜600℃の温度で0.1〜100時間、好ましくは0.1〜10時間程度行うことである。なお、焼成は、1段階のみ行われてもよいし、2段階以上行われてもよい。好ましい焼成条件としては、1段階目の焼成を空気雰囲気中で100〜250℃にて0.1〜10時間行い、2段階目の焼成を空気雰囲気中で250〜450℃にて0.1〜10時間行う条件が挙げられる。さらに好ましくは、かような空気雰囲気中での焼成後にさらに、不活性ガス(例えば、窒素、ヘリウム、アルゴンなど)雰囲気中で450〜800℃にて0.1〜10時間、焼成を行ってもよい。
【0048】
このようにして得られた本発明の触媒は、選択性および触媒寿命(耐久性)に優れる。したがって、本発明のエチレンオキシド製造用触媒を使用することによって、エチレンオキシドを長期に亘って高選択率で製造でき、産業上非常に有益である。
【0049】
ゆえに、本発明はまた、本発明の触媒の存在下に分子状酸素含有ガスを用いエチレンを気相酸化するエチレンオキシドの製造方法もまた提供される。
【0050】
(エチレンオキシドの製造方法)
本発明のエチレンオキシドの製造方法は、触媒として本発明のエチレンオキシド製造用触媒を使用する点を除けば、常法に従って行われうる。
【0051】
例えば、工業的製造規模における一般的な条件、すなわち反応温度150〜300℃、好ましくは180〜280℃、反応圧力0.2〜4MPa、好ましくは0.9〜3MPaであり、空間速度は1,000〜30,000hr−1(STP)、好ましくは3,000〜8,000hr−1(STP)である。
【0052】
触媒に接触させる原料ガスとしては、エチレン0.5〜40容量%、酸素3〜10容量%、炭酸ガス1〜30容量%、残部の窒素、アルゴン、水蒸気等の不活性ガスおよびメタン、エタン等の低級炭化水素類からなり、さらに反応抑制剤としてのエチルクロライド、エチレンジクロライド、ビニルクロライド、メチルクロライドなどの有機塩素化合物を0.1〜10容量ppm含有するものが挙げられる。本発明の製造方法において使用される分子状酸素含有ガスとしては、空気、酸素および富化空気が挙げられる。
【実施例】
【0053】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の効果を奏するものであれば、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。以下に実施例、比較例に用いた各測定法について説明する。
【0054】
(担体の比表面積の測定)
担体を粉砕した後、0.85〜1.2mmの粒径に分級したもの約0.2gを正確に秤量した。秤量したサンプルを200℃にて少なくとも30分間脱気し、BET(Brunauer−Emmet−Teller)法により測定した。
【0055】
(担体中のアルカリ金属及びシリカ(SiO)含有量の測定)
蛍光X線分析法を用いて行った。測定装置としてRIGAKU製RIX2000を用い、ファンダメンタルパラメータ法(FP法)にて測定した。
【0056】
(担体の吸水率の測定)
日本工業規格(JIS R 2205(1998))に記載の方法に準拠して、以下の手法により測定した。
a)担体を120℃に保温した乾燥機中に入れ、恒量に達した際の質量を秤量した(乾燥質量:W1(g))。
b)上記a)で秤量した担体を水中に沈めて30分間以上煮沸した後、室温の水中にて冷却し、飽水サンプルとした。
c)上記b)で得た飽水サンプルを水中から取り出し、湿布ですばやく表面を拭い、水滴を除去した後に秤量した(飽水サンプル質量:W2(g))。
d)上記で得られたW1およびW2を用い、下記数式1に従って、吸水率を算出した。
【0057】
【数1】

(実施例1)
以下に、触媒Aの調製手順を示す。シュウ酸銀20g、硝酸セシウム0.2136g、過レニウム酸アンモニウム0.0457g、メタタングステン酸アンモニウム0.0308gを、10gの水に溶解し、さらに錯化剤としてエチレンジアミン6.8mlを加え、触媒前駆体溶液Aを調製した。
【0058】
この触媒前駆体溶液Aを、担体A(α−アルミナ担体、SiO含有量=1.91質量%、NaO含有量=0.19質量%、吸水率=37.1%、Hg法細孔容積=0.40ml/g、Vp0.5nm〜2.0nm=2.09×10−4cm/g、原料α−アルミナ粉体の比表面積=1.07m/g、原料α−アルミナ粉体のVp0.5nm〜2.0nm=2.69×10−4cm/g)52.2gに含浸した後、90℃で減圧乾燥した。これを空気気流中300℃で0.25時間熱処理した後、窒素気流中570℃で3時間熱処理して触媒(A)を得た。
【0059】
このようにして調製された触媒(A)の各成分の含有量(触媒の質量基準)は、Ag(銀換算)=14.8質量%、Cs(Cs換算)=2350質量ppm、Re(Re換算)=460質量ppm、W(W換算)=360質量ppmであった。
【0060】
(実施例2)
以下に、触媒Bの調製手順を示す。シュウ酸銀20g、硝酸セシウム0.1709g、過レニウム酸アンモニウム0.0457g、メタタングステン酸アンモニウム0.0308gを、10gの水に溶解し、さらに錯化剤としてエチレンジアミン6.8mlを加え、触媒前駆体溶液Bを調製した。
【0061】
この触媒前駆体溶液Bを、担体B(α−アルミナ担体、SiO含有量=0.69質量%、NaO含有量=0.03質量%、吸水率=39.5%、Hg法細孔容積=0.40ml/g、Vp0.5nm〜2.0nm=3.75×10−4cm/g、原料α−アルミナ粉体の比表面積=1.96m/g、原料α−アルミナ粉体のVp0.5nm〜2.0nm=4.96×10−4cm/g)52.2gに含浸した後、90℃で減圧乾燥した。これを空気気流中300℃で0.25時間熱処理した後、窒素気流中570℃で3時間熱処理して触媒(B)を得た。
【0062】
このようにして調製された触媒(B)の各成分の含有量(触媒の質量基準)は、Ag(銀換算)=14.8質量%、Cs(Cs換算)=1880質量ppm、Re(Re換算)=460質量ppm、W(W換算)=360質量ppmであった。
【0063】
(比較例1)
以下に、触媒Cの調製手順を示す。シュウ酸銀20g、硝酸セシウム0.2350g、過レニウム酸アンモニウム0.0457g、メタタングステン酸アンモニウム0.0308gを、10gの水に溶解し、さらに錯化剤としてエチレンジアミン6.8mlを加え、触媒前駆体溶液Cを調製した。
【0064】
この触媒前駆体溶液Cを、担体C(α−アルミナ担体、SiO含有量=0.85質量%、NaO含有量=0.09質量%、吸水率=41.1%、Hg法細孔容積=0.40ml/g、Vp0.5nm〜2.0nm=8.54×10−4cm/g、原料α−アルミナ粉体の比表面積=4.26m/g、原料α−アルミナ粉体のVp0.5nm〜2.0nm=10.2×10−4cm/g)52.2gに含浸した後、90℃で減圧乾燥した。これを空気気流中300℃で0.25時間熱処理した後、窒素気流中570℃で3時間熱処理して触媒(C)を得た。
【0065】
このようにして調製された触媒(C)の各成分の含有量(触媒の質量基準)は、Ag(銀換算)=14.8質量%、Cs(Cs換算)=2580質量ppm、Re(Re換算)=460質量ppm、W(W換算)=360質量ppmであった。
【0066】
実施例1および2ならびに比較例1にかかる担体についての細孔直径0.5〜2.0nmの細孔容積およびHg法細孔容積、並びに当該触媒を反応に用いたときのエチレンオキシドへの選択率および反応温度を表1に示した。また、図1には実施例1および2ならびに比較例1にかかる担体のA法細孔容積のデータを積分表示した。
【0067】
(触媒性能評価)
上記実施例1および実施例2ならびに比較例1で製造された触媒(A)〜(C)を、それぞれ、0.6〜0.85mmに破砕した。次に、破砕した触媒3.0gを、それぞれ、内径5mm、管長300mmの外部が加熱式の二重管式ステンレス製反応器に充填し、この充填層にエチレン24容量%、酸素7.0容量%、二酸化炭素2.0容量%、エチルクロライド2.6容量ppm、残余が窒素からなるガスを導入し、1.6MPaで、空間速度5500hr−1の条件で、エチレン転化率が約11モル%となるようにして反応を行った。下記数式2および数式3に従って、エチレンオキシド製造時の転化率(数式2)および選択率(数式3)を算出した。各触媒の性能を下記表1に示す。
【0068】
【数2】

【0069】
【数3】

【0070】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は、エチレンを酸化しエチレンオキシドを製造する技術に用いる触媒を提供するとともに、エチレンオキシドを製造することができる方法を提供するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体窒素温度で測定したアルゴン吸着等温線からSF法解析により算出される細孔直径0.5〜2.0nmの細孔容積が0.1×10−4〜8.0×10−4cm/gである担体に、銀(Ag)、セシウム(Cs)、レニウム(Re)およびタングステン(W)を含む触媒成分を担持して得られることを特徴とするエチレンオキシド製造用触媒。
【請求項2】
当該担体がα−アルミナおよびシリカを含むものであることを特徴とする請求項1記載のエチレンオキシド製造用触媒。
【請求項3】
当該α−アルミナの原料が、液体窒素温度で測定したアルゴン吸着等温線からSF法解析により算出される細孔直径0.5〜2.0nmの細孔容積が0.1×10−4〜10.0×10−4cm/gであるα−アルミナ粉体であることを特徴とした請求項1〜2記載のエチレンオキシド製造用触媒の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜2記載の触媒を用いてエチレンをエチレンオキシドとすることを特徴とするエチレンオキシドの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−206669(P2011−206669A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−76663(P2010−76663)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】