説明

エトリンガイトの遅延生成の判定方法

【課題】水和初期に高温養生を受けたコンクリート、モルタル等のセメント組成物を用いた硬化物において、供用後生じる恐れがあるエトリンガイトの遅延生成の発生有無を粉末X線回折によって早期に判定する方法を提供する。
【解決手段】高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度と、高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度との差が5%以下の場合に、DEFが発生しないと判断する判定方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水和初期に高温養生を受けたコンクリート、モルタル等のセメント組成物を用いた硬化物において、供用後生じる恐れがあるエトリンガイトの遅延生成の発生有無を粉末X線回折によって早期に判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高度経済成長に伴う建築需要の拡大により、プレキャストコンクリートが使用される建設工事が増加している。プレキャストコンクリートは、設備の整った工場で製造されるため、品質が安定し、現場作業を大幅に省力化できる利点がある。通常、これらプレキャストコンクリートは、初期強度発現性を向上させるため、コンクリート打設後に蒸気養生されている。
【0003】
しかしながら、近年、高温で蒸気養生されたコンクリート製品が施工後数年で膨張し、ひび割れやせり上がりを生じるという異常膨張現象が報告されている(例えば、非特許文献1)。このような異常膨張は、コンクリートが硬化後においてエトリンガイトを生成し、その際の体積膨張によるもの、すなわちエトリンガイトの遅延生成によるものと推察されている。エトリンガイトの遅延生成は、以下のメカニズムで生じると推察されている(例えば、非特許文献2)。(1)コンクリートが初期養生中に高温養生、例えば70℃以上の温度で養生されると、水和初期に生成したエトリンガイトが分解してモノサルフェートを生成し、硫酸イオン(以下「SO2−」と略記する)を空隙水中へ放出する。(2)放出されたSO2−がカルシウムシリケート水和物に吸着される。(3)このような高温養生を受けたコンクリート製品が長期間湿潤環境下に置かれると、雨水などの影響でアルカリが外部へ溶出し、エトリンガイトの溶解度が低下する。(4)同時に、カルシウムシリケート水和物に吸着されていたSO2−が放出され、モノサルフェートと反応してエトリンガイトが遅延生成する。以上のようなメカニズムで発生する「エトリンガイトの遅延生成」は、「Delayed Ettringite Formation(DEF)」として、海外においても注目され問題視されている。
【0004】
エトリンガイトの遅延生成(以下「DEF」と略記する)を評価する方法は、現在のところ、モルタルの水中膨張試験を行い、その膨張量や発生時期を特定する方法が多く検討されている(例えば、非特許文献3)。しかし、このような方法では、DEF発生の判定に3ヶ月〜数年間の時間を要し、DEFの発生を簡便に判断することができない。さらに、セメントの組成からDEFの発生を予測する方法も検討されているが(例えば、非特許文献4)、DEFの発生は養生温度にも左右されることから、セメントの組成のみから判定することは困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「土木学会第60回年次学術講演会」、(社)土木学会(2005)、pp.409−410
【非特許文献2】「コンクリート工学,Vol.44,No.7」、(社)コンクリート工学協会(2006)、pp.44−51
【非特許文献3】「セメント・コンクリート論文集,No.60」、(社)セメント協会(2006)、pp.335−340
【非特許文献4】「コンクリート工学年次論文集,Vol.29,No.1」、(社)コンクリート工学協会(2007)、pp.987−992
【非特許文献5】「コンクリートテクノ,Vol.26,No.3」、(株)セメント新聞社(2007),pp.9−16
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、打設後の初期に高温養生を受けたコンクリート及びモルタル等のセメント組成物を用いた硬化物が、長期供用後にDEFによる膨張によってひび割れやせり上がりが生じる現象が起こるか否かを、施工前に簡易且つ短期間で判定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料と高温養生を受けた後の水和試料とを粉末X線回折による半定量分析により、DEFの発生を早期に判定できるという知見を得た。
【0008】
すなわち、本発明は、粉末X線回折を用いてセメント組成物の水和試料を分析することによる、エトリンガイトの遅延生成の判定方法であり、特に、高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料と高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料とのエトリンガイトの相対強度の差が5%以下ではDEFが発生しないと判断する判定方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の判定方法を用いることによって、セメント組成物の硬化物が長期供用後にDEFを発生するか否かを施工前あるいは配合設計段階で判定することができる。製造前及び施工前に判定することにより、DEF発生の危険性がある硬化物は設計段階で排除でき、発生の危険性がある硬化物は流通することがない。これらのことから、DEFによる硬化物の劣化を解消することができ、補修及び再施工で発生する廃棄物やコストが削減できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】材齢500日におけるモルタルの膨張量とA値との関係を示す図である。
【図2】高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料の粉末X線回折図である。
【図3】高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料の粉末X線回折図である。
【図4】対象物のX線回折強度の算出方法を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明は、粉末X線回折によって測定したセメントセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトのX線回折強度から、DEFの発生を判定する方法である。
【0013】
本発明の判定方法は、高温養生を受けた水和試料と高温養生を受けない水和試料のエトリンガイトの強度を粉末X線回折によって得られたX線回折強度から半定量分析してエトリンガイトの遅延生成を判定する方法である。
用いるX線回折強度には、線強度(ピーク強度)又は面積強度が使用できる。線強度あるいは面積強度は、粉末X線回折の実測値から求めるか、もしくはRietveld解析のようなX線回折図のフィッティング関数から数値解析に求めても良い。このようにして得られた回折強度の定量性を高めるため、内標準物質の回折強度との相対値(相対強度)を、水和の進行に伴う結合水量の増加による固形分の減少を補正して判定評価の変数として用い、高温養生前後の相対強度差(A値)が5%以下ではDEFは発生しないと判断する方法である。
【0014】
本発明の判定方法が主に適用される硬化物としては、蒸気養生を行うパイル、U字溝、溝蓋、舗装用ブロック、縁石等のコンクリート製品が対象である。
【0015】
次にA値の算出方法に関して述べる。
粉末X線回折によって測定するセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトのX線回折強度は、測定する試料の条件によって異なるため、エトリンガイトのX線回折強度と、セメント組成物の水和試料100質量%に対して10質量%を内標準物質として外割添加した酸化マグネシウムのX線回折強度との比を基準とする、相対強度で評価する。なお、試料によって強熱減量が異なるため、結合水を除く固形分あたりの内標準物質の割合が変化するので、試料の強熱減量を用いてエトリンガイトの相対強度を補正した。エトリンガイトの相対強度の算出式を式(1)に示す。次に、式(1)を用いて算出した、高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度と高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度との差を式(2)によって算出し、この値をA値とする。
【0016】
【数1】


ここで、
RI:セメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度(%)、
Ett:粉末X線回折で測定したセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトのX線回折強度(cps)、
MgO:粉末X線回折で測定した酸化マグネシウムのX線回折強度(cps)、
L:セメント組成物の水和試料の強熱減量(%)。
【0017】
【数2】


ここで、
A値:高温養生前後でのセメント組成物の水和試料のエトリンガイトの相対強度差(%)、
RIbefore:高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度(%)、
RIafter:高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度(%)。
【0018】
本発明のDEFの判定方法は、水和初期に高温養生を受けたコンクリート、モルタル等のセメント組成物を用いた硬化物、特に蒸気養生を行うコンクリート製品に適用できる。
【実施例】
【0019】
以下に、実施例を挙げて、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0020】
<使用材料>
(1)セメント組成物
セメント組成物としては、鉱物組成(CS、CS、CA、CAF)、化学組成(SO、Naeq)及び粉末度(ブレーン比表面積)の異なる4種類(セメントA〜D)を使用した。これらセメントの化学的性質及び物理的性質を表1に示す。
【0021】
(2)細骨材
細骨材としては、硅砂(絶乾密度2.64g/cm、吸水率0.42%、粗粒率2.70)を用いた。
【0022】
(3)混和材
混和材としては、住友大阪セメント(株)社製ノンクレーブを用いた。
【0023】
(4)混和剤
一般強度配合のモルタルには、BASFポゾリス(株)社製のレオビルド4000(高性能減水剤:メラミンスルホン酸系化合物)を用いた(AD1)。高強度配合のモルタルには、花王(株)社製のマイティHS(高性能減水剤:ナフタリンスルホン酸系)を用いた(AD2)。
【0024】
(5)練混ぜ水
練混ぜ水には、水道水を用いた。
【0025】
(6)添加剤
エトリンガイトの遅延生成を生起させるため、硫酸カリウム(広島和光(株)社製、特級試薬)を添加剤として用いた。
【0026】
【表1】

【0027】
<モルタルの配合>
表2に試験例1〜9及び高炉セメントを使用した参考例1,2のモルタルの配合割合及び蒸気養生条件を示す。モルタルの水セメント比(W/C)は、一般強度配合の場合45又は55%とし、高強度配合の場合は30%とした。
【0028】
【表2】

【0029】
<セメントペーストの配合>
表3に試験例1〜9及び高炉セメントを使用した参考例1,2のセメントペーストの配合割合及び蒸気養生条件を示す。セメントペースト配合の水セメント比(W/C)は、モルタル配合と同一とし、表3記載のモルタル配合から細骨材(S)を除いた配合とした。
【0030】
【表3】

【0031】
<モルタルの作製>
以下のようにしてモルタルを作製した。まず、20℃の恒温室においてセメント組成物、細骨材、混和材及び添加剤を容量5Lのモルタルミキサに投入し、30秒間練混ぜ後、混和剤を含む水(すなわち、混和剤+水)を投入し、90秒間練混ぜてモルタル供試体(40×40×160mm)を作製した。また、モルタルのフロー値は、JIS A 5201−1997「セメントの物理試験方法」記載の方法を用い、普通強度配合は、フロー値が200±15mm、高強度配合は、250±15mmとなるように混和剤添加量を調整した。
【0032】
<セメントペースト供試体の作製>
以下のようにしてセメントペースト供試体を作製した。まず、20℃の恒温室においてセメント組成物、混和材及び添加剤を容量5Lのモルタルミキサに投入し、30秒間攪拌した後、混和剤を含む水(すなわち、混和剤+水)を投入し、90秒間練混ぜてセメントペースト供試体を作製した。
【0033】
<蒸気養生条件>
表2及び表3に従って成形したモルタル及びセメントペーストを表4に示す条件で蒸気養生をした。
【0034】
【表4】

【0035】
<モルタルの保管条件>
表4記載の蒸気養生終了後のモルタルを、20℃の水中で保管した。
【0036】
<モルタルによる長さ変化率の測定方法>
モルタルの長さ変化率は、40×40×160mmの角柱供試体(1配合につき3本)を用いて、JIS A 1129−2:2001「モルタル及びコンクリートの長さ変化試験方法−第2部:コンタクトゲージ方法」に準拠して、水中養生下で測定した。
【0037】
<粉末X線回折に供するセメント組成物の水和試料の調製方法>
上記の蒸気養生条件で得られたセメントペーストをステンレス乳鉢で5.0mm以下に粗粉砕した後、アセトンに浸せきして水和を停止した。アセトンによる水和停止時間は3時間とし、開始から30分後及び1時間後に試料とアセトンを攪拌した後、アセトンを新しいものに取り換えた。水和停止後、試料を温度20℃、湿度60%の恒温恒湿器内で、1時間乾燥した後、メノー乳鉢を用いて75μm以下に微粉砕した。この試料に内標準物質(酸化マグネシウム)を試料の10質量%外割り添加し、メノー乳鉢を用いて均一に混合した試料を、高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料として粉末X線回析に供した。また、蒸気養生せずに水和させ、上記条件で調製した試料を、高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料として粉末X線回析に供した。
なお、粉末X線回折装置はリガク社製RINT2500を用いた。粉末X線回折の測定条件を表5に示す。
【0038】
【表5】

【0039】
エトリンガイトのX線回折強度測定には2θ=9.1°付近のピークを採用し、また、酸化マグネシウムのX線回折強度測定には2θ=42.9°付近のピークを採用した。図4に示すように、定量対象物の回折線ピーク角(図中のP)から±1°の位置をバックグラウンド強度の測定角度とした(図中のLとH)。それぞれのバックグラウンド強度I及びI、対象物のピーク位置の測定強度Iから次式(3)より対象物のX線回折強度を求めた。
【0040】
【数3】

【0041】
一例として、表3の試験例3のセメント組成物の水和試料で、高温養生を受ける前の試料の粉末X線回折結果を図2に、高温養生を受けた後の粉末X線回折結果を図3に示す。
【0042】
<判定方法の評価>
表6にモルタル供試体による膨張量及びセメントペースト供試体の粉末X線回折による測定結果の一覧を示す。また、図1に材齢500日における膨張量とA値との関係を示す。この図からわかるように、モルタルの膨張量は、A値が5%を超えるとコンクリートにとって有害とされる膨張量1000×10−6を超えた。逆にA値が5%以下の領域の膨張量は、1000×10−6以下であり、DEFが生じていないと判断される。なお、参考例として実施した高炉セメントB種のような混合セメントを用いた場合、例えば、非特許文献5に報告されているように、DEFは生じにくく、本発明の判定方法は適用できないことがわかる。
【0043】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0044】
DEF発生の危険性があるコンクリート製品の流通を未然に防ぎ、劣化したコンクリート製品の補修や再施工に伴う廃棄物及びコストを低減するために、本発明は利用される。主な利用先は、コンクリート製品工場及び第3者試験機関等が挙げられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末X線回折を用いてセメント組成物の水和試料のエトリンガイトのX線回折強度を測定する、エトリンガイトの遅延生成の判定方法。
【請求項2】
高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料及び高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料のエトリンガイトのX線回折強度を測定する、請求項1記載のエトリンガイトの遅延生成の判定方法。
【請求項3】
以下の式によって得られたA値を基準とする、請求項1又は2記載のエトリンガイトの遅延生成の判定方法:
A値(%)=(高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度)―(高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度)
【請求項4】
A値を以下の式(1)及び式(2)により算出する、請求項3記載のエトリンガイトの遅延生成の判定方法:
【数1】


(式中、
RI:セメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度(%)、
Ett:粉末X線回折で測定したセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトのX線回折強度(cps)、
MgO:粉末X線回折で測定した酸化マグネシウムのX線回折強度(cps)、
L:セメント組成物の水和試料の強熱減量(%));
【数2】


(式中、
A値:高温養生前後でのセメント組成物の水和試料のエトリンガイトの相対強度差(%)、
RIbefore:高温養生を受ける前のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度(%)、
RIafter:高温養生を受けた後のセメント組成物の水和試料中のエトリンガイトの相対強度(%))。
【請求項5】
A値が5%以下のときエトリンガイトの遅延生成が発生しないと判断する、請求項3又は4記載のエトリンガイトの遅延生成の判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−223634(P2010−223634A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−68948(P2009−68948)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】