エネルギー可変型の光イオン化装置および質量分析方法
【課題】 分子をイオン化し及び/又は開裂するためのエネルギー可変型光イオン化装置(12)を使用する質量分析計を提供する。
【解決手段】 本装置は、特定の分子結合だけを断ち切ることによって分子を制御された態様で開裂しあるいは過度な断片化を伴うことなく分子をイオン化するようにイオン化光子エネルギーを調整可能にする波長の範囲からイオン化光子波長を選択できるようにする。波長の選択は、プラズマチャンバからのイオン化光子(38)の窓なし放射と組み合わせられるプラズマ形成ガス(34)の選択によって可能となる。選択されたイオン化光子波長を特徴とする質量分析方法も開示される。
【解決手段】 本装置は、特定の分子結合だけを断ち切ることによって分子を制御された態様で開裂しあるいは過度な断片化を伴うことなく分子をイオン化するようにイオン化光子エネルギーを調整可能にする波長の範囲からイオン化光子波長を選択できるようにする。波長の選択は、プラズマチャンバからのイオン化光子(38)の窓なし放射と組み合わせられるプラズマ形成ガス(34)の選択によって可能となる。選択されたイオン化光子波長を特徴とする質量分析方法も開示される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
質量分析計は、化合物から得られるイオンをそれらの質量対電荷比にしたがって分離することによって分子化合物を特定するための分析的ツールを与える。質量分析計は、その最も基本的な形態において、分析されるべきサンプル化合物の分子をイオン化するイオン化装置と、イオンをそれらの質量対電荷比に基づいて分離する質量分析器と、質量分析器によって供給される各質量対電荷比のイオンの数を計数するイオン検出器と、例えばサンプルの質量スペクトルグラフ特性を生成することによってイオン検出器からの計数値を使用できる形式にするデータ分析装置とを備える。
【背景技術】
【0002】
特定のタイプの質量分析器、例えば、多重極型の飛行時間質量分析計(QTOF−MS)は、それらが高濃度の分子イオンをイオン化装置から受けるときに最も効果的に動作する。しかしながら、全てのイオン化装置が必要な濃度の分子イオンをサンプル化合物から生み出すことができるとは限らない。例えば、サンプルに強力な電子を衝突させて(電子衝撃またはEIイオン化として知られる)サンプルをイオン化するイオン化装置は、多くの場合、サンプル分子の著しい断片化を生み出す。これにより、質量分析器が利用できる分子イオンの濃度が低下し、したがって、質量分析計の性能に悪影響が及ぶ。過度な断片化へのこの傾向は、EIイオン化を、生体サンプルなどの複合分子の分析にとって不適切なものにする。これは、そのような分子の質量対電荷比をそれらの断片から決定することが困難な場合があるからである。
【0003】
特定のイオン化装置の更なる不都合な態様は、それらのイオン化装置が、イオン化のためにサンプル分子へ伝えられるエネルギーを正確に決定できず、それにより、様々な異なる分子の分析のために質量分析計を適合させることができないことに関連している。一例として再びEIイオン化を使用すると、衝突する電子のエネルギーは一般に70eVとなるように選択され、70eVの任意の一部が衝突中にサンプル分子に対して与えられる。
【0004】
大きな分子、例えば500000amu以上の分子の分析では、多くの場合、分析のために分子を制御された態様で分断または開裂することが有益である。これは、分子の意図的な開裂と相まって複数の質量分離ステップを行なうことによって成されてもよい。3つの多重極型の質量分析器を連続して使用するタンデム質量分析は、そのような技術の一例を与える。第1の多重極型の分析器は、フィルタとしての機能を果たし、所望の質量対電荷比を有する分子イオンを選択する。これらの分子イオンは第2の多重極型の質量分析器へと送られる。第2の多重極型の質量分析器は、選択されたイオンが不活性ガスおよび断片と衝突させられる衝突セルとしての機能を果たす。イオン断片は第3の多重極型の質量分析器へ送られる。第3の多重極型の質量分析器は、分析を完了させるために選択されたイオン断片をイオン検出器へ送ることによってもう1つの質量分離ステップを行なう。
【発明の概要】
【0005】
本発明の実施形態は、イオン化チャンバと、選択可能な波長範囲でイオン化光子を放出するように構成されたエネルギー可変型光イオン化装置とを備える質量分析計を提供する。イオン化装置はイオン化チャンバ内に位置される。第1の多重極型の質量分析器がイオン化チャンバに隣接し且つイオン化チャンバと流体連通した状態で位置される。第1の多重極型の質量分析器からイオンを受けるために、イオン検出器が第1の多重極型の質量分析器と流体連通する。
【0006】
本発明の実施形態は質量分析方法を更に包含する。この方法は、選択可能な第1の波長範囲内の波長を有するイオン化光子を電気エネルギーに応じて発生させるように選択される第1のプラズマ形成ガスを供給するステップと、第1のプラズマ形成ガスを第1のプラズマへ変換するために電気エネルギーを供給するステップであって、第1のプラズマが、選択可能な第1の波長範囲内の波長を有する第1のイオン化光子を放出するステップと、第1のイオン化光子を使用して、サンプル分子をそれぞれのイオンへとイオン化するステップと、イオンをそれらの質量対電荷比にしたがって分離するステップと、分離されたイオンを検出するステップとを含む。
【0007】
一例では、電気エネルギーがマイクロ波エネルギーである。電気エネルギーの他の例としては、直流電流、パルス電流(スパーク放電)、誘電体バリア放電、および、マイクロ波と関連付けられる周波数以外の周波数の高周波エネルギーが挙げられる。電気エネルギーは、プラズマ形成ガスに対して誘導結合されあるいは容量結合されてもよい。
【0008】
この方法は、サンプル分子を分断することなく第1のイオン化光子がサンプル分子をイオン化するように選択可能な第1の波長範囲を選択することを更に含んでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を有するイオン化チャンバの概略図である。
【図2】格納構造体が除去された基板の平面図である。
【図3】格納構造体が所定位置にある基板の平面図である。
【図4】図3の4−4線に沿た断面図である。
【図5】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図6】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図7】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図8】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図9】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図10】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図11】本発明の実施形態に係る方法を示すフローチャートである。
【図12】本発明の実施形態に係る代わりの方法を示すフローチャートである。
【図13】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【図14】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【図15】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【図16】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、エネルギー可変型光イオン化装置12の一例が内部に位置されるイオン化チャンバ10の概略図である。イオン化装置12は基板14を備え、基板上には窓なしタイプのプラズマ格納構造体16が装着される。プラズマ格納構造体16は、入口開口20と窓なしタイプの出口開口22とを有するプラズマチャンバ18を形成する。図2に示されるように、基板14上には分割リング共鳴器24が装着される。共鳴器24は、放電ギャップ26を有し、マイクロ波エネルギー源、例えば図1に示されるマイクロ波電源28に対して接続される。電源28に対する接続は、図2に示される1/4波長ストリップライン30によって行なわれる。マイクロ波エネルギーが共鳴器24に対して供給されると、放電ギャップ26内に存在するプラズマ形成ガスが、ガスの特性によって決まる波長範囲の光子を放出するプラズマへと変換される。基板14を貫通して入口通気孔32が延び、通気孔32は放電ギャップ26と位置合わせされる。プラズマ形成ガスが入口通気孔32を通じて放電ギャップ内へと流れる。
【0011】
図3に示されるように、プラズマ格納構造体16は、共鳴器24の放電ギャップ26上に位置して基板14上に装着される。図4に示されるように、格納構造体16の入口開口20は、基板14の入口通気孔32および放電ギャップ26と位置合わせされる。プラズマ形成ガス34が入口通気孔32を通じて放電ギャップ26内に入る。共鳴器24に対して供給されるマイクロ波エネルギーは、放電ギャップ26内でプラズマ形成ガスを光子放出プラズマ36へと変換する。その後、プラズマ36は、入口開口20を通じてプラズマチャンバ18内に受けられる。プラズマ36によって発生される光子38は、窓なし出口開口22を通じてプラズマチャンバから抜け出てイオン化チャンバ10内へと入る。光子38の波長(したがって、光子のエネルギ)はプラズマ形成ガスの特性によって決まるため、特定のガスまたはガスの組み合わせをプラズマ形成ガスとして選択することにより放出される光子のエネルギーを変えることができる。
【0012】
多数の利点は、エネルギー可変型光イオン化装置12の使用によって実現される。放電ギャップ内で発生される光子放出プラズマは、“マイクロプラズマ”、すなわち、1立方ミリメートル程度の容積を占めるプラズマである。マイクロプラズマは、イオン化チャンバ10内でイオン化光子とサンプル分子との間の効率的な幾何学的結合を可能にする高容量光出力密度を有する。効率の良さは、質量分析計のイオン光学素子がイオンを収集して分析できる容積が一般に小さい(数立方mm〜1立方cm程度)ために達成され、また、これは、利用できるイオン化領域のサイズを効果的に制限する。また、対象の波長範囲の光子は、従来の光学素子を使用して方向付けて集束させることが難しい。効率的な結合は、光イオン化装置12の出口開口22を、サンプルがイオン化チャンバ10へ入るのを許容する入口の直径と一致させることによって更に達成されてもよい。
【0013】
光イオン化装置12は低い電力(100W未満)で動作する。また、光イオン化装置は、低いプラズマ形成ガス流量で動作し、それにより、一般に質量分析に関連する高真空間環境内での窓なし動作が可能となる。窓は経時的に汚染されて見えなくなる傾向があり、それにより、光子出力が減少するため、窓の不存在は性能劣化の根源を排除する。更に、窓のない構造により、様々な窓材料によって大きく弱められる波長でイオン化光子を放出させることができる。したがって、光イオン化装置12によって出力される光子波長の範囲は、プラズマ形成ガスの組成だけによって決定される。
【0014】
イオン化光子の波長は、プラズマ形成ガスの選択に基づいて選択できる。害プラズマ形成ガスの賢明な選択により、対象分子を分断することなく対象分子をイオン化できる十分なエネルギーを光子が有するように光子のエネルギーを選択することができる。光子が制御された態様で大きい分子を開裂し且つ例えばタンデム質量分析と同様に分断が望ましいときに光子が過度の分断を回避するように、光子のエネルギーを選択することもできる。分断を殆ど伴うことなくあるいは全く伴うことなくイオンを生成できると、所定のサンプルからの分子イオンの濃度が更に高くなり、それにより、前述したQTOF−MSなどの特定の質量分析計の構成要素の性能が向上される。これにより、分子全体の質量対電荷比を決定することができ、したがって、この分子全体の質量対電荷比をいくつかの分子断片の質量対電荷比から推論しようとする試みが避けられる。
【0015】
希ガス、すなわち、ヘリウム、ネオン、クリプトン、アルゴン、および、キセノンは、放電ギャップ26内の電場によって加速された電子との衝突により励起されるときに激しい共鳴放射を生み出すことができるため、エネルギー可変型光イオン化装置12におけるプラズマ形成ガスの成分としての使用に適している。希ガスまたは希ガスの組み合わせの選択は、選択可能な波長範囲内の波長を有するイオン化光子を与える。例えば、ヘリウムは、58.43nmの光学共鳴を有するとともに、21.22eVのエネルギーを有する光子を放出する。クリプトンは、116.49nmの光学共鳴を有するとともに、10.64eVおよび10.03eVのそれぞれのエネルギーを有する光子を放出する。アルゴン共鳴線は104.82nm(11.83eV)および106.67nm(11.62eV)にあり、一方、キセノンは、129.56nm(9.57eV)および146.96nm(8.44eV)で強い共鳴放射を示す。光イオン化装置12の窓なし構造は、この波長範囲内で十分な波長選択可能性を可能にする。更に、注目に値するのは、ヘリウムをプラズマ形成ガスとして用いて120nm未満の真空紫外線範囲で光子を発生させることができる窓なしタイプの光イオン化源12の能力である。希ガスに加えて、121.57nmで光子を放出する混合水素/ヘリウムプラズマもプラズマ形成ガスのための候補である。
【0016】
本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置12の特定の実施形態において、図2に示される分割リング共鳴器24は、7mmの直径を有するとともに、2.4GHzの周波数で動作し、また、放電ギャップ26は約1mmの幅を有する。放電ギャップ26は、約10°〜約14°の範囲のオフセット角度40だけ1/4波長ストリップライン30からオフセットされる。直径およびオフセット角度のこれらのパラメータは、他のマイクロ波エネルギー周波数に関して最適化されてもよい。図4に示されるように、共鳴器24は、基板14の誘電体コア42の一方側に装着される。コア42の反対側には導電性の背面44が装着される。背面は、共鳴器24および誘電体コア42と協働して、マイクロ波が伝搬する導波管を形成する。絶縁層46が共鳴器上にわたって位置される。一例では、コア42が誘電セラミックであり、絶縁層46がガラスである。
【0017】
プラズマ格納構造体16は絶縁層46上に装着される。ある実施形態において、格納構造体16は、サファイア宝石から形成され、0.6mmの高さを有する。入口開口20が1mmの直径を有し、出口開口22が約0.2mmの直径および約0.2mmの長さを有する。入口通気孔32は0.3mmの直径を有する。出口開口22のサイズおよびプラズマチャンバ18内の圧力は、プラズマがチャンバ18から流れる速度を制御する。出口開口のサイズは、イオン化光子がプラズマチャンバからイオン化チャンバ内へ抜け出ることができるようにしつつガス流を抑制するように選択される。これにより、1Torrよりもかなり小さいイオン化チャンバ内圧力でエネルギー可変型光イオン化装置12がイオン化チャンバ10内において動作できる。例えば、約1Torrのイオン化チャンバ内圧力においては、出口開口22の近傍のプラズマチャンバ18内の圧力が約1Torrであり、入口通気孔32の上流側のプラズマ形成ガス34の圧力が約70Torrである。プラズマ形成ガスの流量は約2ml/分〜約4ml/分の範囲内である。エネルギー可変型光イオン化装置12は、更に高い圧力で作用するイオン化チャンバ内で動作されてもよい。例えば、イオン化チャンバがほぼ大気圧(760Torr)であってもよい。この場合、プラズマチャンバ18内の圧力は約780Torr〜約810Torrであり、また、プラズマ形成ガスの圧力は約830Torrである。
【0018】
ここで、図1を参照して、分子を分断することなく分子をイオン化するエネルギー可変型光イオン化装置12の動作について説明する。対象の特定の分子を分断することなく分子をイオン化する波長(したがって、エネルギ)を有するイオン化光子をマイクロ波エネルギーに応じて発生させるプラズマ形成ガス34が選択される。ガス34は、基板14に隣接するプラズマ形成ガスプレナム48に対して加圧下で供給される。ガス34は、放電ギャップ26へ向けて入口通気孔32を通過する。マイクロ波エネルギーが電源28から分割リング共鳴器24へ供給され、そのため、光子放出プラズマ36がギャップ内に形成されてプラズマチャンバ18内で維持される。1または複数の選択された波長を有するイオン化光子38が、プラズマによって発生されるとともに、出口開口22を通じてプラズマチャンバ18から出て、イオン化チャンバ10内へと至る。分断されることなくイオン化されるべきサンプル分子50がイオン化チャンバ入口51を通じてイオン化チャンバへ供給され、イオン化チャンバにおいてイオン化光子38がサンプル分子をイオン化する。このようにして形成されたイオン52は、イオン化チャンバ出口53を通じてイオン化チャンバから抜け出て、質量分析のために利用できる。
【0019】
ここで、図1を参照して、分子を分断しあるいは開裂するエネルギー可変型光イオン化装置12の動作について説明する。特定の分子結合だけを断ち切ることによって制御された態様で対象の分子を開裂する波長(したがって、エネルギ)を有するイオン化光子をマイクロ波エネルギーに応じて発生させるプラズマ形成ガス34が選択される。ガス34は、基板14に隣接するプラズマ形成ガスプレナム48に対して加圧下で供給される。ガス34は、放電ギャップ26へ向けて入口通気孔32を通過する。マイクロ波エネルギーが電源28から分割リング共鳴器24へ供給され、そのため、光子放出プラズマ36がギャップ内に形成されてプラズマチャンバ18内で維持される。1または複数の選択された波長を有する光子38が、プラズマによって発生されるとともに、出口開口22を通じてプラズマチャンバ18から出て、イオン化チャンバ10内へと至る。サンプル分子50がイオン化チャンバ入口51を通じてイオン化チャンバへ供給され、イオン化チャンバにおいてイオン化光子38が望み通りにサンプル分子を開裂する。このようにして形成されたイオン断片は、イオン化チャンバ出口53を通じてイオン化チャンバから抜け出て、質量分析のために利用できる。
【0020】
図5〜10は、本発明の一実施形態に係るエネルギー可変型光イオン化装置12を使用する様々な質量分析計を示している。図5は、多重極型の質量分析器56(以下、Q56)と流体連通する前述したイオン化チャンバ10(以下、IC10)を備える質量分析計54を示している。Q56は検出器58(以下、D58)と流体連通する。D58は、マイクロチャンネルプレート検出器、ファラデーカップ、イオン−光子検出器、光電子増倍管、電子増倍管、および、他の検出装置などの質量分析で使用される任意の既知の検出器のうちの1つであってもよい。質量分析計54は、一般に、化合物の種類をそれらのイオン化ポテンシャルによって特定するために基本的な化学分析において使用される。
【0021】
いくつかの用途において、IC10は、ガスクロマトグラフ60などの第1の分離装置からサンプル分子50を受ける。他の例では、例えば大気サンプリングまたは直接注入によってサンプルがIC10へ直接に供給される。IC10は、サンプル50をイオン化してイオン52を生成する。Q56は、IC10からイオン52を受けるとともに、マスフィルタとしての機能を果たして、特定の質量対電荷比を有するイオン52’だけをD58へ送る。IC10は、いくつかの用途では減圧または真空で動作される質量分析計54の領域62に位置され、一方、他の構成要素(Q56、D58)は真空で動作される領域64にある。
【0022】
図6は、この場合も先と同様にQ56と流体連通するIC10を使用する質量分析計66の他の実施形態を示している。飛行時間分析器68(以下、TOF68)がQ56とD58との間に位置されて両方の構成要素と流体連通している。サンプル分子50は、図示のように直接にあるいは第1の分離装置を介してIC10へ供給されるとともに、イオン化されてイオン52を形成する。イオンはQ56へと移動し、Q56は、質量分析計66が単段モードで動作されるときにイオンガイドとしての役目を果たし、あるいは、質量分析計がタンデム質量分析などの多段モードで動作されるときに質量選択装置としての役目を果たす。TOF68は、質量分析計の単段動作および多段動作の両方で質量分析器としての機能を果たす。質量分析計66は、一般に、高い分解能および精度が必要とされるときの未知の化合物の定性分析のために使用される。
【0023】
他の実施形態の質量分析計70が図7に示されている。この実施形態は、質量分析計66に類似するが、TOF68と協働してイオンをD58へと方向付けるリフレクトロン72を組み込んでいる。質量分析計66と同様、質量分析計70は、一般に、未知の化合物の定性分析を高い信頼度をもって行なう。
【0024】
図8に示される実施形態の質量分析計74は、Q56とTOF68との間にこれらと流体連通した状態で位置される開裂セル76を備える。開裂セル76は第2のイオン化チャンバ10を備え、第2のイオン化チャンバ内には第2のエネルギー可変型光イオン化装置12が装着される。開裂セル76は、質量分析計74が多段モードで動作されるときにQ56によって供給されるイオン52’を開裂するために衝突セルの代わりに使用される。エネルギー可変型光イオン化装置12の利点は、この実施形態では、第1のイオン化段階で容易に実現される。この場合、サンプル分子50は、イオン化光子の波長(したがって、エネルギ)を選択できる能力に起因して過度な分断を伴うことなくイオン化される。利点は、開裂セル76においても同様に実現される。この場合、光子エネルギーは、例えば他の分子結合を除外して対象の特定の分子結合だけを開裂するエネルギーを有する光子を発生させることによってイオン52’(Q56によって選択された分子イオン52の一部を含む)を制御された態様で開裂するように選択される。開裂されたイオン78は、質量分析器としての役目を果たすTOF68へ送られた後、検出のためにD58へ送られる。質量分析計74は、一般に、複合タンパク質の識別における定性分析のために使用される。
【0025】
質量分析計75の実施形態が図9に示されている。この質量分析計は、Q56とTOF68との間にこれらと流体連通した状態で位置される衝突セル77を備える。この例では、衝突セル77が多重極型の質量分析器を備え、多重極型の質量分析器は、Q56によって選択されたイオン52’が多重極型の質量分析器内で入口ガスと衝突できるようにすることによって衝突セルとして動作される。衝突セル77によって発生されるイオン断片79は、質量分析器としての役目を果たすTOF68へ送られた後、検出のためにD58へ送られる。質量分析計75は、質量分析計74と同様に、複合タンパク質の定性分析のために使用される。
【0026】
質量分析計80の実施形態が図10に示され、この質量分析計は、サンプル分子50をイオン化してイオン52をQ56へ送るIC10を備え、Q56は、他の実施形態において前述したようにマスフィルタとして作用してイオンの選択された一部52’を通過させる。Q56からのイオン52’は、イオン52’がヘリウムやアルゴンなどの不活性ガスと衝突できるようにすることにより衝突セルとしての機能を果たす第2の多重極型の質量分析器82(以下、Q82)へ送られる。これは、イオンの断片化をもたらすとともに、第3の多重極型の質量分析器86(以下、Q86)によって受けられるイオン断片84を生成する。Q86は、もう1つの質量分析器として作用して、断片84の一部84’を検出のためにD58へ送る。質量分析計80は、一般に、例えばどのくらいの量の既知の化合物がサンプル中に存在するのかを決定するために既知の化合物の定量分析において使用される。
【0027】
本発明に係る質量分析方法が図11に示されている。この方法は、第1のプラズマ形成ガスを供給すること(88)を含む。供給されるプラズマ形成ガスは、選択可能な第1の波長範囲内の1または複数の波長(したがって、1または複数のエネルギ)のイオン化光子を、電気エネルギー、例えばマイクロ波エネルギーに応じて発生させるように選択される。第1のプラズマ形成ガスは、単一のガスまたはガスの組み合わせであってもよく、また、分子イオン信号が最大となるようにイオン化光子がサンプル分子をイオン化するべく選択される。ヘリウム、ネオン、クリプトン、アルゴン、キセノン、および、水素、並びに、これらの組み合わせは、プラズマ形成ガスのための候補ガスの不完全なリストを構成する。
【0028】
90では、マイクロ波エネルギーがプラズマ形成ガスへ供給される。マイクロ波エネルギーは、プラズマ形成ガスを、選択可能な波長範囲内の波長を有する第1のイオン化光子を放出するプラズマへと変換する。92では、第1のイオン化光子を使用して、サンプル分子をそれぞれのイオンへとイオン化する。94では、サンプル分子から形成されたイオンが、例えばそれらの質量対電荷比にしたがって分離され、分離されたイオンが96で検出される。
【0029】
また、96での検出前に、図12に98で示されるように、第2のプラズマ形成ガスが供給されてもよい。第2のプラズマ形成ガスは、第2の選択可能な波長範囲内の1または複数の波長(したがって、1または複数のエネルギ)の光子を、電気エネルギー、例えばマイクロ波エネルギーに応じて発生させるように選択される。第2の波長範囲は、94で分離されたイオンを開裂するように選択される。第2のプラズマ形成ガスは単一のガスまたはガスの組み合わせであってもよく、また、第2のプラズマ形成ガスは、第2の波長範囲内の波長を有する光子が制御された態様でイオンを開裂し、例えばそれによって対象の特定の分子結合だけが断ち切られるように、選択される。100では、マイクロ波エネルギーが供給されて、第2のプラズマ形成ガスが、第2の波長範囲の第2の光子を放出する第2のプラズマへと変換される。102で示されるように、第2の光子は、第1の光子によってイオン化されたイオンを開裂するために使用される。開裂されたイオンは、104で分離された後、106で検出される。
【0030】
エネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計は、選択可能な波長範囲内の波長を有する光子を供給することにより制御された態様で分子をイオン化しあるいは開裂するために使用される光子エネルギーを選択できる光イオン化装置の能力に起因する明確な利点を得る。
【0031】
例
以下に記載される例は、イオン化された分子すなわち分子イオンを少ない断片化を伴ってあるいは断片化を全く伴うことなく生成するための本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置の有効性を示している。この例では、既知のステロイドである314amuの分子量を有するプロゲステロンが4つの異なるイオン化状態に晒される。第1のイオン化状態は、電子衝撃イオン化源によって与えられる。残りの3つのイオン化状態は、それぞれが異なるエネルギーを有する光子を生成する3つの異なるプラズマ形成ガスを使用する本発明の一実施形態に係る光イオン化源によって与えられる。ステロイドの識別は、本発明の実施形態に係る光イオン化装置の使用によって利益を得ると期待される。これは、ステロイドが一般に高い電子衝撃エネルギ(例えば70eV)に晒されるときに広範囲に及ぶ断片化を受けるからである。そのような断片化は、同様の質量を有する化合物の一意的識別を困難にする可能性がある。したがって、ソフトイオン化源、すなわち、断片化を伴うことなく多量の分子イオンを生成できる装置は、分子量の正確な測定を行なうことができ、したがって、同様の質量の分子間を区別するのに役立つことができる。この例は、少ない断片化を伴うあるいは断片化を全く伴わない異なる分子のイオン化において最適化された様々なエネルギーを与えるイオン化装置によって与えられる利点を示している。
【0032】
図13は、改善されていないガスクロマトグラフ質量分析計Agilent Model 5973を使用して70eVの電子を伴う電子衝撃(EI)によってプロゲステロンがイオン化された後に得られるスペクトルグラフを示している。この装置は、電子衝撃イオン化源と、単一の多重極型の質量分析器と、電子増倍管とを備える。装置は、Agilent“Chemstation”ソフトウェアを実行するコンピュータの制御下で動作された。
【0033】
図13に示されるスペクトルグラフは、質量対電荷比に対するイオン存在量をプロットし、プロゲステロンの既知の分子量に近い314の最も高い質量対電荷比を示している。更に小さい分子量の多くのピークは、約10eVのイオン化エネルギーを有する分子に対して所要のイオン化エネルギーの7倍のエネルギーを有する電子が衝突されるときに予期される著しい断片化を示している。これが未知のサンプルのスペクトルグラフであった場合には、最も高い質量対電荷ピークが分子イオンを表していると容易に判断することができない。これは、ピークが分子断片に起因し得るからである。
【0034】
図14は、本発明の一実施形態に係る窓なしタイプのエネルギー可変型光イオン化装置から放出される光子によってプロゲステロンがイオン化された後に得られるスペクトルグラフを示している。エネルギー可変型光イオン化装置は、前述したAgilent Model 5973質量分析計における電子衝撃イオン化源の代わりに用いられた。ヘリウムだけがプラズマ形成ガスとして使用された。約58.4nmのヘリウムの共鳴線は、EIエネルギーよりもかなり低いがプロゲステロンのイオン化エネルギーよりも高い約21.2eVのエネルギーを有する光子をもたらす。図14のスペクトルグラフは、図13に示されるスペクトルグラフの場合よりもかなり少ないが、314の質量対電荷比(m/z)よりも小さい多数のピークによって明らかなように、分子断片化を依然として示している。
【0035】
図15は、プラズマ形成ガスとしてヘリウム中に10%アルゴンを使用して窓なしエネルギー可変型光イオン化装置から放出される光子によってプロゲステロンがイオン化された、前述した改良されたAgilent質量分析計によってもたらされるスペクトルグラフを示している。アルゴン/ヘリウムプラズマの共鳴放射は、EI源または純粋なヘリウムプラズマによって与えられるエネルギーよりもかなり低いがこの場合も先と同様にプロゲステロンのイオン化エネルギーよりも高い約11.6eVおよび11.8eVのエネルギーを有する光子をもたらす。図15のスペクトルグラフは、m/z=314未満の少ないピークによって明らかなように、図13および図14に示されるいずれかのスペクトルグラフよりもかなり低い分子断片化を示している。
【0036】
図16は、プラズマ形成ガスとしてヘリウム中に10%クリプトンを使用して本発明の実施形態に係る窓なしエネルギー可変型光イオン化装置から放出される光子によってプロゲステロンがイオン化された、改良されたAgilent質量分析計によって先と同様にもたらされるスペクトルグラフを示している。クリプトン/ヘリウムプラズマの共鳴線は、プロゲステロンのイオン化エネルギーよりも僅かに高い約10.0および10.6eVのエネルギーにある。図16のスペクトルグラフは、m/z=314未満の少数のピークによって明らかなように、僅かな分子断片化を示している。図13〜16に示される4つのスペクトルグラフを比較することにより、最も高い観察された314の質量対電荷比が分子イオンの質量対電荷比を表わすということを、いくらかの確信をもって判断することができる。また、スペクトルグラフは、機器の質量分解能に応じて分子量が近い分子同士を区別する光子を発生させることができ、それにより、組成が僅かにのみ異なるステロイドなどの化合物の特定を容易にする光イオン化装置の能力を明らかにする。
【技術分野】
【0001】
質量分析計は、化合物から得られるイオンをそれらの質量対電荷比にしたがって分離することによって分子化合物を特定するための分析的ツールを与える。質量分析計は、その最も基本的な形態において、分析されるべきサンプル化合物の分子をイオン化するイオン化装置と、イオンをそれらの質量対電荷比に基づいて分離する質量分析器と、質量分析器によって供給される各質量対電荷比のイオンの数を計数するイオン検出器と、例えばサンプルの質量スペクトルグラフ特性を生成することによってイオン検出器からの計数値を使用できる形式にするデータ分析装置とを備える。
【背景技術】
【0002】
特定のタイプの質量分析器、例えば、多重極型の飛行時間質量分析計(QTOF−MS)は、それらが高濃度の分子イオンをイオン化装置から受けるときに最も効果的に動作する。しかしながら、全てのイオン化装置が必要な濃度の分子イオンをサンプル化合物から生み出すことができるとは限らない。例えば、サンプルに強力な電子を衝突させて(電子衝撃またはEIイオン化として知られる)サンプルをイオン化するイオン化装置は、多くの場合、サンプル分子の著しい断片化を生み出す。これにより、質量分析器が利用できる分子イオンの濃度が低下し、したがって、質量分析計の性能に悪影響が及ぶ。過度な断片化へのこの傾向は、EIイオン化を、生体サンプルなどの複合分子の分析にとって不適切なものにする。これは、そのような分子の質量対電荷比をそれらの断片から決定することが困難な場合があるからである。
【0003】
特定のイオン化装置の更なる不都合な態様は、それらのイオン化装置が、イオン化のためにサンプル分子へ伝えられるエネルギーを正確に決定できず、それにより、様々な異なる分子の分析のために質量分析計を適合させることができないことに関連している。一例として再びEIイオン化を使用すると、衝突する電子のエネルギーは一般に70eVとなるように選択され、70eVの任意の一部が衝突中にサンプル分子に対して与えられる。
【0004】
大きな分子、例えば500000amu以上の分子の分析では、多くの場合、分析のために分子を制御された態様で分断または開裂することが有益である。これは、分子の意図的な開裂と相まって複数の質量分離ステップを行なうことによって成されてもよい。3つの多重極型の質量分析器を連続して使用するタンデム質量分析は、そのような技術の一例を与える。第1の多重極型の分析器は、フィルタとしての機能を果たし、所望の質量対電荷比を有する分子イオンを選択する。これらの分子イオンは第2の多重極型の質量分析器へと送られる。第2の多重極型の質量分析器は、選択されたイオンが不活性ガスおよび断片と衝突させられる衝突セルとしての機能を果たす。イオン断片は第3の多重極型の質量分析器へ送られる。第3の多重極型の質量分析器は、分析を完了させるために選択されたイオン断片をイオン検出器へ送ることによってもう1つの質量分離ステップを行なう。
【発明の概要】
【0005】
本発明の実施形態は、イオン化チャンバと、選択可能な波長範囲でイオン化光子を放出するように構成されたエネルギー可変型光イオン化装置とを備える質量分析計を提供する。イオン化装置はイオン化チャンバ内に位置される。第1の多重極型の質量分析器がイオン化チャンバに隣接し且つイオン化チャンバと流体連通した状態で位置される。第1の多重極型の質量分析器からイオンを受けるために、イオン検出器が第1の多重極型の質量分析器と流体連通する。
【0006】
本発明の実施形態は質量分析方法を更に包含する。この方法は、選択可能な第1の波長範囲内の波長を有するイオン化光子を電気エネルギーに応じて発生させるように選択される第1のプラズマ形成ガスを供給するステップと、第1のプラズマ形成ガスを第1のプラズマへ変換するために電気エネルギーを供給するステップであって、第1のプラズマが、選択可能な第1の波長範囲内の波長を有する第1のイオン化光子を放出するステップと、第1のイオン化光子を使用して、サンプル分子をそれぞれのイオンへとイオン化するステップと、イオンをそれらの質量対電荷比にしたがって分離するステップと、分離されたイオンを検出するステップとを含む。
【0007】
一例では、電気エネルギーがマイクロ波エネルギーである。電気エネルギーの他の例としては、直流電流、パルス電流(スパーク放電)、誘電体バリア放電、および、マイクロ波と関連付けられる周波数以外の周波数の高周波エネルギーが挙げられる。電気エネルギーは、プラズマ形成ガスに対して誘導結合されあるいは容量結合されてもよい。
【0008】
この方法は、サンプル分子を分断することなく第1のイオン化光子がサンプル分子をイオン化するように選択可能な第1の波長範囲を選択することを更に含んでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を有するイオン化チャンバの概略図である。
【図2】格納構造体が除去された基板の平面図である。
【図3】格納構造体が所定位置にある基板の平面図である。
【図4】図3の4−4線に沿た断面図である。
【図5】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図6】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図7】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図8】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図9】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図10】本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計の実施形態の概略図である。
【図11】本発明の実施形態に係る方法を示すフローチャートである。
【図12】本発明の実施形態に係る代わりの方法を示すフローチャートである。
【図13】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【図14】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【図15】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【図16】イオン化技術によるステロイドのイオン化を示す質量スペクトルグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、エネルギー可変型光イオン化装置12の一例が内部に位置されるイオン化チャンバ10の概略図である。イオン化装置12は基板14を備え、基板上には窓なしタイプのプラズマ格納構造体16が装着される。プラズマ格納構造体16は、入口開口20と窓なしタイプの出口開口22とを有するプラズマチャンバ18を形成する。図2に示されるように、基板14上には分割リング共鳴器24が装着される。共鳴器24は、放電ギャップ26を有し、マイクロ波エネルギー源、例えば図1に示されるマイクロ波電源28に対して接続される。電源28に対する接続は、図2に示される1/4波長ストリップライン30によって行なわれる。マイクロ波エネルギーが共鳴器24に対して供給されると、放電ギャップ26内に存在するプラズマ形成ガスが、ガスの特性によって決まる波長範囲の光子を放出するプラズマへと変換される。基板14を貫通して入口通気孔32が延び、通気孔32は放電ギャップ26と位置合わせされる。プラズマ形成ガスが入口通気孔32を通じて放電ギャップ内へと流れる。
【0011】
図3に示されるように、プラズマ格納構造体16は、共鳴器24の放電ギャップ26上に位置して基板14上に装着される。図4に示されるように、格納構造体16の入口開口20は、基板14の入口通気孔32および放電ギャップ26と位置合わせされる。プラズマ形成ガス34が入口通気孔32を通じて放電ギャップ26内に入る。共鳴器24に対して供給されるマイクロ波エネルギーは、放電ギャップ26内でプラズマ形成ガスを光子放出プラズマ36へと変換する。その後、プラズマ36は、入口開口20を通じてプラズマチャンバ18内に受けられる。プラズマ36によって発生される光子38は、窓なし出口開口22を通じてプラズマチャンバから抜け出てイオン化チャンバ10内へと入る。光子38の波長(したがって、光子のエネルギ)はプラズマ形成ガスの特性によって決まるため、特定のガスまたはガスの組み合わせをプラズマ形成ガスとして選択することにより放出される光子のエネルギーを変えることができる。
【0012】
多数の利点は、エネルギー可変型光イオン化装置12の使用によって実現される。放電ギャップ内で発生される光子放出プラズマは、“マイクロプラズマ”、すなわち、1立方ミリメートル程度の容積を占めるプラズマである。マイクロプラズマは、イオン化チャンバ10内でイオン化光子とサンプル分子との間の効率的な幾何学的結合を可能にする高容量光出力密度を有する。効率の良さは、質量分析計のイオン光学素子がイオンを収集して分析できる容積が一般に小さい(数立方mm〜1立方cm程度)ために達成され、また、これは、利用できるイオン化領域のサイズを効果的に制限する。また、対象の波長範囲の光子は、従来の光学素子を使用して方向付けて集束させることが難しい。効率的な結合は、光イオン化装置12の出口開口22を、サンプルがイオン化チャンバ10へ入るのを許容する入口の直径と一致させることによって更に達成されてもよい。
【0013】
光イオン化装置12は低い電力(100W未満)で動作する。また、光イオン化装置は、低いプラズマ形成ガス流量で動作し、それにより、一般に質量分析に関連する高真空間環境内での窓なし動作が可能となる。窓は経時的に汚染されて見えなくなる傾向があり、それにより、光子出力が減少するため、窓の不存在は性能劣化の根源を排除する。更に、窓のない構造により、様々な窓材料によって大きく弱められる波長でイオン化光子を放出させることができる。したがって、光イオン化装置12によって出力される光子波長の範囲は、プラズマ形成ガスの組成だけによって決定される。
【0014】
イオン化光子の波長は、プラズマ形成ガスの選択に基づいて選択できる。害プラズマ形成ガスの賢明な選択により、対象分子を分断することなく対象分子をイオン化できる十分なエネルギーを光子が有するように光子のエネルギーを選択することができる。光子が制御された態様で大きい分子を開裂し且つ例えばタンデム質量分析と同様に分断が望ましいときに光子が過度の分断を回避するように、光子のエネルギーを選択することもできる。分断を殆ど伴うことなくあるいは全く伴うことなくイオンを生成できると、所定のサンプルからの分子イオンの濃度が更に高くなり、それにより、前述したQTOF−MSなどの特定の質量分析計の構成要素の性能が向上される。これにより、分子全体の質量対電荷比を決定することができ、したがって、この分子全体の質量対電荷比をいくつかの分子断片の質量対電荷比から推論しようとする試みが避けられる。
【0015】
希ガス、すなわち、ヘリウム、ネオン、クリプトン、アルゴン、および、キセノンは、放電ギャップ26内の電場によって加速された電子との衝突により励起されるときに激しい共鳴放射を生み出すことができるため、エネルギー可変型光イオン化装置12におけるプラズマ形成ガスの成分としての使用に適している。希ガスまたは希ガスの組み合わせの選択は、選択可能な波長範囲内の波長を有するイオン化光子を与える。例えば、ヘリウムは、58.43nmの光学共鳴を有するとともに、21.22eVのエネルギーを有する光子を放出する。クリプトンは、116.49nmの光学共鳴を有するとともに、10.64eVおよび10.03eVのそれぞれのエネルギーを有する光子を放出する。アルゴン共鳴線は104.82nm(11.83eV)および106.67nm(11.62eV)にあり、一方、キセノンは、129.56nm(9.57eV)および146.96nm(8.44eV)で強い共鳴放射を示す。光イオン化装置12の窓なし構造は、この波長範囲内で十分な波長選択可能性を可能にする。更に、注目に値するのは、ヘリウムをプラズマ形成ガスとして用いて120nm未満の真空紫外線範囲で光子を発生させることができる窓なしタイプの光イオン化源12の能力である。希ガスに加えて、121.57nmで光子を放出する混合水素/ヘリウムプラズマもプラズマ形成ガスのための候補である。
【0016】
本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置12の特定の実施形態において、図2に示される分割リング共鳴器24は、7mmの直径を有するとともに、2.4GHzの周波数で動作し、また、放電ギャップ26は約1mmの幅を有する。放電ギャップ26は、約10°〜約14°の範囲のオフセット角度40だけ1/4波長ストリップライン30からオフセットされる。直径およびオフセット角度のこれらのパラメータは、他のマイクロ波エネルギー周波数に関して最適化されてもよい。図4に示されるように、共鳴器24は、基板14の誘電体コア42の一方側に装着される。コア42の反対側には導電性の背面44が装着される。背面は、共鳴器24および誘電体コア42と協働して、マイクロ波が伝搬する導波管を形成する。絶縁層46が共鳴器上にわたって位置される。一例では、コア42が誘電セラミックであり、絶縁層46がガラスである。
【0017】
プラズマ格納構造体16は絶縁層46上に装着される。ある実施形態において、格納構造体16は、サファイア宝石から形成され、0.6mmの高さを有する。入口開口20が1mmの直径を有し、出口開口22が約0.2mmの直径および約0.2mmの長さを有する。入口通気孔32は0.3mmの直径を有する。出口開口22のサイズおよびプラズマチャンバ18内の圧力は、プラズマがチャンバ18から流れる速度を制御する。出口開口のサイズは、イオン化光子がプラズマチャンバからイオン化チャンバ内へ抜け出ることができるようにしつつガス流を抑制するように選択される。これにより、1Torrよりもかなり小さいイオン化チャンバ内圧力でエネルギー可変型光イオン化装置12がイオン化チャンバ10内において動作できる。例えば、約1Torrのイオン化チャンバ内圧力においては、出口開口22の近傍のプラズマチャンバ18内の圧力が約1Torrであり、入口通気孔32の上流側のプラズマ形成ガス34の圧力が約70Torrである。プラズマ形成ガスの流量は約2ml/分〜約4ml/分の範囲内である。エネルギー可変型光イオン化装置12は、更に高い圧力で作用するイオン化チャンバ内で動作されてもよい。例えば、イオン化チャンバがほぼ大気圧(760Torr)であってもよい。この場合、プラズマチャンバ18内の圧力は約780Torr〜約810Torrであり、また、プラズマ形成ガスの圧力は約830Torrである。
【0018】
ここで、図1を参照して、分子を分断することなく分子をイオン化するエネルギー可変型光イオン化装置12の動作について説明する。対象の特定の分子を分断することなく分子をイオン化する波長(したがって、エネルギ)を有するイオン化光子をマイクロ波エネルギーに応じて発生させるプラズマ形成ガス34が選択される。ガス34は、基板14に隣接するプラズマ形成ガスプレナム48に対して加圧下で供給される。ガス34は、放電ギャップ26へ向けて入口通気孔32を通過する。マイクロ波エネルギーが電源28から分割リング共鳴器24へ供給され、そのため、光子放出プラズマ36がギャップ内に形成されてプラズマチャンバ18内で維持される。1または複数の選択された波長を有するイオン化光子38が、プラズマによって発生されるとともに、出口開口22を通じてプラズマチャンバ18から出て、イオン化チャンバ10内へと至る。分断されることなくイオン化されるべきサンプル分子50がイオン化チャンバ入口51を通じてイオン化チャンバへ供給され、イオン化チャンバにおいてイオン化光子38がサンプル分子をイオン化する。このようにして形成されたイオン52は、イオン化チャンバ出口53を通じてイオン化チャンバから抜け出て、質量分析のために利用できる。
【0019】
ここで、図1を参照して、分子を分断しあるいは開裂するエネルギー可変型光イオン化装置12の動作について説明する。特定の分子結合だけを断ち切ることによって制御された態様で対象の分子を開裂する波長(したがって、エネルギ)を有するイオン化光子をマイクロ波エネルギーに応じて発生させるプラズマ形成ガス34が選択される。ガス34は、基板14に隣接するプラズマ形成ガスプレナム48に対して加圧下で供給される。ガス34は、放電ギャップ26へ向けて入口通気孔32を通過する。マイクロ波エネルギーが電源28から分割リング共鳴器24へ供給され、そのため、光子放出プラズマ36がギャップ内に形成されてプラズマチャンバ18内で維持される。1または複数の選択された波長を有する光子38が、プラズマによって発生されるとともに、出口開口22を通じてプラズマチャンバ18から出て、イオン化チャンバ10内へと至る。サンプル分子50がイオン化チャンバ入口51を通じてイオン化チャンバへ供給され、イオン化チャンバにおいてイオン化光子38が望み通りにサンプル分子を開裂する。このようにして形成されたイオン断片は、イオン化チャンバ出口53を通じてイオン化チャンバから抜け出て、質量分析のために利用できる。
【0020】
図5〜10は、本発明の一実施形態に係るエネルギー可変型光イオン化装置12を使用する様々な質量分析計を示している。図5は、多重極型の質量分析器56(以下、Q56)と流体連通する前述したイオン化チャンバ10(以下、IC10)を備える質量分析計54を示している。Q56は検出器58(以下、D58)と流体連通する。D58は、マイクロチャンネルプレート検出器、ファラデーカップ、イオン−光子検出器、光電子増倍管、電子増倍管、および、他の検出装置などの質量分析で使用される任意の既知の検出器のうちの1つであってもよい。質量分析計54は、一般に、化合物の種類をそれらのイオン化ポテンシャルによって特定するために基本的な化学分析において使用される。
【0021】
いくつかの用途において、IC10は、ガスクロマトグラフ60などの第1の分離装置からサンプル分子50を受ける。他の例では、例えば大気サンプリングまたは直接注入によってサンプルがIC10へ直接に供給される。IC10は、サンプル50をイオン化してイオン52を生成する。Q56は、IC10からイオン52を受けるとともに、マスフィルタとしての機能を果たして、特定の質量対電荷比を有するイオン52’だけをD58へ送る。IC10は、いくつかの用途では減圧または真空で動作される質量分析計54の領域62に位置され、一方、他の構成要素(Q56、D58)は真空で動作される領域64にある。
【0022】
図6は、この場合も先と同様にQ56と流体連通するIC10を使用する質量分析計66の他の実施形態を示している。飛行時間分析器68(以下、TOF68)がQ56とD58との間に位置されて両方の構成要素と流体連通している。サンプル分子50は、図示のように直接にあるいは第1の分離装置を介してIC10へ供給されるとともに、イオン化されてイオン52を形成する。イオンはQ56へと移動し、Q56は、質量分析計66が単段モードで動作されるときにイオンガイドとしての役目を果たし、あるいは、質量分析計がタンデム質量分析などの多段モードで動作されるときに質量選択装置としての役目を果たす。TOF68は、質量分析計の単段動作および多段動作の両方で質量分析器としての機能を果たす。質量分析計66は、一般に、高い分解能および精度が必要とされるときの未知の化合物の定性分析のために使用される。
【0023】
他の実施形態の質量分析計70が図7に示されている。この実施形態は、質量分析計66に類似するが、TOF68と協働してイオンをD58へと方向付けるリフレクトロン72を組み込んでいる。質量分析計66と同様、質量分析計70は、一般に、未知の化合物の定性分析を高い信頼度をもって行なう。
【0024】
図8に示される実施形態の質量分析計74は、Q56とTOF68との間にこれらと流体連通した状態で位置される開裂セル76を備える。開裂セル76は第2のイオン化チャンバ10を備え、第2のイオン化チャンバ内には第2のエネルギー可変型光イオン化装置12が装着される。開裂セル76は、質量分析計74が多段モードで動作されるときにQ56によって供給されるイオン52’を開裂するために衝突セルの代わりに使用される。エネルギー可変型光イオン化装置12の利点は、この実施形態では、第1のイオン化段階で容易に実現される。この場合、サンプル分子50は、イオン化光子の波長(したがって、エネルギ)を選択できる能力に起因して過度な分断を伴うことなくイオン化される。利点は、開裂セル76においても同様に実現される。この場合、光子エネルギーは、例えば他の分子結合を除外して対象の特定の分子結合だけを開裂するエネルギーを有する光子を発生させることによってイオン52’(Q56によって選択された分子イオン52の一部を含む)を制御された態様で開裂するように選択される。開裂されたイオン78は、質量分析器としての役目を果たすTOF68へ送られた後、検出のためにD58へ送られる。質量分析計74は、一般に、複合タンパク質の識別における定性分析のために使用される。
【0025】
質量分析計75の実施形態が図9に示されている。この質量分析計は、Q56とTOF68との間にこれらと流体連通した状態で位置される衝突セル77を備える。この例では、衝突セル77が多重極型の質量分析器を備え、多重極型の質量分析器は、Q56によって選択されたイオン52’が多重極型の質量分析器内で入口ガスと衝突できるようにすることによって衝突セルとして動作される。衝突セル77によって発生されるイオン断片79は、質量分析器としての役目を果たすTOF68へ送られた後、検出のためにD58へ送られる。質量分析計75は、質量分析計74と同様に、複合タンパク質の定性分析のために使用される。
【0026】
質量分析計80の実施形態が図10に示され、この質量分析計は、サンプル分子50をイオン化してイオン52をQ56へ送るIC10を備え、Q56は、他の実施形態において前述したようにマスフィルタとして作用してイオンの選択された一部52’を通過させる。Q56からのイオン52’は、イオン52’がヘリウムやアルゴンなどの不活性ガスと衝突できるようにすることにより衝突セルとしての機能を果たす第2の多重極型の質量分析器82(以下、Q82)へ送られる。これは、イオンの断片化をもたらすとともに、第3の多重極型の質量分析器86(以下、Q86)によって受けられるイオン断片84を生成する。Q86は、もう1つの質量分析器として作用して、断片84の一部84’を検出のためにD58へ送る。質量分析計80は、一般に、例えばどのくらいの量の既知の化合物がサンプル中に存在するのかを決定するために既知の化合物の定量分析において使用される。
【0027】
本発明に係る質量分析方法が図11に示されている。この方法は、第1のプラズマ形成ガスを供給すること(88)を含む。供給されるプラズマ形成ガスは、選択可能な第1の波長範囲内の1または複数の波長(したがって、1または複数のエネルギ)のイオン化光子を、電気エネルギー、例えばマイクロ波エネルギーに応じて発生させるように選択される。第1のプラズマ形成ガスは、単一のガスまたはガスの組み合わせであってもよく、また、分子イオン信号が最大となるようにイオン化光子がサンプル分子をイオン化するべく選択される。ヘリウム、ネオン、クリプトン、アルゴン、キセノン、および、水素、並びに、これらの組み合わせは、プラズマ形成ガスのための候補ガスの不完全なリストを構成する。
【0028】
90では、マイクロ波エネルギーがプラズマ形成ガスへ供給される。マイクロ波エネルギーは、プラズマ形成ガスを、選択可能な波長範囲内の波長を有する第1のイオン化光子を放出するプラズマへと変換する。92では、第1のイオン化光子を使用して、サンプル分子をそれぞれのイオンへとイオン化する。94では、サンプル分子から形成されたイオンが、例えばそれらの質量対電荷比にしたがって分離され、分離されたイオンが96で検出される。
【0029】
また、96での検出前に、図12に98で示されるように、第2のプラズマ形成ガスが供給されてもよい。第2のプラズマ形成ガスは、第2の選択可能な波長範囲内の1または複数の波長(したがって、1または複数のエネルギ)の光子を、電気エネルギー、例えばマイクロ波エネルギーに応じて発生させるように選択される。第2の波長範囲は、94で分離されたイオンを開裂するように選択される。第2のプラズマ形成ガスは単一のガスまたはガスの組み合わせであってもよく、また、第2のプラズマ形成ガスは、第2の波長範囲内の波長を有する光子が制御された態様でイオンを開裂し、例えばそれによって対象の特定の分子結合だけが断ち切られるように、選択される。100では、マイクロ波エネルギーが供給されて、第2のプラズマ形成ガスが、第2の波長範囲の第2の光子を放出する第2のプラズマへと変換される。102で示されるように、第2の光子は、第1の光子によってイオン化されたイオンを開裂するために使用される。開裂されたイオンは、104で分離された後、106で検出される。
【0030】
エネルギー可変型光イオン化装置を使用する質量分析計は、選択可能な波長範囲内の波長を有する光子を供給することにより制御された態様で分子をイオン化しあるいは開裂するために使用される光子エネルギーを選択できる光イオン化装置の能力に起因する明確な利点を得る。
【0031】
例
以下に記載される例は、イオン化された分子すなわち分子イオンを少ない断片化を伴ってあるいは断片化を全く伴うことなく生成するための本発明に係るエネルギー可変型光イオン化装置の有効性を示している。この例では、既知のステロイドである314amuの分子量を有するプロゲステロンが4つの異なるイオン化状態に晒される。第1のイオン化状態は、電子衝撃イオン化源によって与えられる。残りの3つのイオン化状態は、それぞれが異なるエネルギーを有する光子を生成する3つの異なるプラズマ形成ガスを使用する本発明の一実施形態に係る光イオン化源によって与えられる。ステロイドの識別は、本発明の実施形態に係る光イオン化装置の使用によって利益を得ると期待される。これは、ステロイドが一般に高い電子衝撃エネルギ(例えば70eV)に晒されるときに広範囲に及ぶ断片化を受けるからである。そのような断片化は、同様の質量を有する化合物の一意的識別を困難にする可能性がある。したがって、ソフトイオン化源、すなわち、断片化を伴うことなく多量の分子イオンを生成できる装置は、分子量の正確な測定を行なうことができ、したがって、同様の質量の分子間を区別するのに役立つことができる。この例は、少ない断片化を伴うあるいは断片化を全く伴わない異なる分子のイオン化において最適化された様々なエネルギーを与えるイオン化装置によって与えられる利点を示している。
【0032】
図13は、改善されていないガスクロマトグラフ質量分析計Agilent Model 5973を使用して70eVの電子を伴う電子衝撃(EI)によってプロゲステロンがイオン化された後に得られるスペクトルグラフを示している。この装置は、電子衝撃イオン化源と、単一の多重極型の質量分析器と、電子増倍管とを備える。装置は、Agilent“Chemstation”ソフトウェアを実行するコンピュータの制御下で動作された。
【0033】
図13に示されるスペクトルグラフは、質量対電荷比に対するイオン存在量をプロットし、プロゲステロンの既知の分子量に近い314の最も高い質量対電荷比を示している。更に小さい分子量の多くのピークは、約10eVのイオン化エネルギーを有する分子に対して所要のイオン化エネルギーの7倍のエネルギーを有する電子が衝突されるときに予期される著しい断片化を示している。これが未知のサンプルのスペクトルグラフであった場合には、最も高い質量対電荷ピークが分子イオンを表していると容易に判断することができない。これは、ピークが分子断片に起因し得るからである。
【0034】
図14は、本発明の一実施形態に係る窓なしタイプのエネルギー可変型光イオン化装置から放出される光子によってプロゲステロンがイオン化された後に得られるスペクトルグラフを示している。エネルギー可変型光イオン化装置は、前述したAgilent Model 5973質量分析計における電子衝撃イオン化源の代わりに用いられた。ヘリウムだけがプラズマ形成ガスとして使用された。約58.4nmのヘリウムの共鳴線は、EIエネルギーよりもかなり低いがプロゲステロンのイオン化エネルギーよりも高い約21.2eVのエネルギーを有する光子をもたらす。図14のスペクトルグラフは、図13に示されるスペクトルグラフの場合よりもかなり少ないが、314の質量対電荷比(m/z)よりも小さい多数のピークによって明らかなように、分子断片化を依然として示している。
【0035】
図15は、プラズマ形成ガスとしてヘリウム中に10%アルゴンを使用して窓なしエネルギー可変型光イオン化装置から放出される光子によってプロゲステロンがイオン化された、前述した改良されたAgilent質量分析計によってもたらされるスペクトルグラフを示している。アルゴン/ヘリウムプラズマの共鳴放射は、EI源または純粋なヘリウムプラズマによって与えられるエネルギーよりもかなり低いがこの場合も先と同様にプロゲステロンのイオン化エネルギーよりも高い約11.6eVおよび11.8eVのエネルギーを有する光子をもたらす。図15のスペクトルグラフは、m/z=314未満の少ないピークによって明らかなように、図13および図14に示されるいずれかのスペクトルグラフよりもかなり低い分子断片化を示している。
【0036】
図16は、プラズマ形成ガスとしてヘリウム中に10%クリプトンを使用して本発明の実施形態に係る窓なしエネルギー可変型光イオン化装置から放出される光子によってプロゲステロンがイオン化された、改良されたAgilent質量分析計によって先と同様にもたらされるスペクトルグラフを示している。クリプトン/ヘリウムプラズマの共鳴線は、プロゲステロンのイオン化エネルギーよりも僅かに高い約10.0および10.6eVのエネルギーにある。図16のスペクトルグラフは、m/z=314未満の少数のピークによって明らかなように、僅かな分子断片化を示している。図13〜16に示される4つのスペクトルグラフを比較することにより、最も高い観察された314の質量対電荷比が分子イオンの質量対電荷比を表わすということを、いくらかの確信をもって判断することができる。また、スペクトルグラフは、機器の質量分解能に応じて分子量が近い分子同士を区別する光子を発生させることができ、それにより、組成が僅かにのみ異なるステロイドなどの化合物の特定を容易にする光イオン化装置の能力を明らかにする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化チャンバ(10)と、
前記イオン化チャンバ内に配置され、選択可能な波長範囲のイオン化光子(38)を発生するための、窓なしタイプでエネルギー可変型の光イオン化装置(12)と、
前記イオン化チャンバに隣接し、且つ前記イオン化チャンバと流体連通するように配置される第1の多重極型の質量分析器(56)と、
前記第1の多重極型の質量分析器と流体連通し、前記第1の多重極型の質量分析器からイオンを受けるイオン検出器(58)と
を備える質量分析計(54)。
【請求項2】
前記窓なしタイプのエネルギー可変型の光イオン化装置(12)が、
放電ギャップ(26)を形成する分割リング共鳴器(24)と、
前記放電ギャップに面する入口開口(20)と、出口開口(22)とを有するプラズマチャンバ(18)を形成する窓なしタイプのプラズマ格納構造体(16)と、
前記放電ギャップ内へ延びる入口通気孔(32)と
を備える請求項1に記載の質量分析計(54)。
【請求項3】
前記入口通気孔(32)が、プラズマ形成ガス(34)を前記格納構造体へと導くように構成され、これにより、前記分割リング共鳴器(24)に対して供給されるマイクロ波エネルギーが、前記プラズマチャンバ(18)内で前記プラズマ形成ガスを光子放出プラズマ(36)へと変換し、前記光子放出プラズマが、前記イオン化光子(38)を前記イオン化チャンバ内へ放出し、前記イオン化光子が、前記選択可能な波長範囲内の波長を有し、前記波長が前記プラズマ形成ガスの組成によって決まる請求項2に記載の質量分析計(54)。
【請求項4】
前記マイクロ波エネルギーに応じて、前記プラズマ形成ガス(34)が、サンプル分子を分断することなくサンプル分子をイオン化する波長の光子(38)を発生させる請求項3に記載の質量分析計(54)。
【請求項5】
前記イオン化チャンバ(10)と流体連通し、サンプル分子(50)を、イオン化のために前記イオン化チャンバ(10)へと供給する第1の分離装置(60)を更に備える請求項1または2に記載の質量分析計。
【請求項6】
前記第1の多重極型の質量分析器(56)と前記イオン検出器(58)との間に配置されるとともに、これらと流体連通しており、前記第1の多重極型の質量分析器から前記イオン検出器へとイオン(52’)を導く飛行時間分析器(68)を更に備える請求項1、2または5に記載の質量分析計(54)。
【請求項7】
前記飛行時間分析器(68)と前記検出器(58)との間に配置されるとともに、これらと流体連通しており、前記飛行時間分析器から前記イオン検出器へとイオン(52’)を導くリフレクトロン(72)を更に備える請求項6に記載の質量分析計(70)。
【請求項8】
前記第1の多重極型の質量分析器(56)と前記飛行時間分析器(68)との間に配置されるとともに、これらと流体連通する衝突セル(76)を更に備える請求項6に記載の質量分析計(75)。
【請求項9】
前記第1の多重極型の質量分析器(56)と前記飛行時間分析器との間に配置されるとともに、これらと流体連通する開裂セル(76)を更に備え、この開裂セルは、第2のイオン化チャンバ(10)内に位置される第2のエネルギー可変型の光イオン化装置(12)を備え、この第2のエネルギー可変型の光イオン化装置は、選択可能な第2の波長範囲で第2のイオン化光子を放出するものである請求項6に記載の質量分析計(74)。
【請求項10】
前記第2のエネルギー可変型の光イオン化装置(12)が、
放電ギャップ(26)を形成する第2の分割リング共鳴器(24)と、
前記第2の放電ギャップに面する第2の入口開口(20)と、第2の出口開口(22)とを有する第2のプラズマチャンバ(18)を形成する第2の窓なしタイプのプラズマ格納構造体(16)と、
前記放電ギャップ内へ延びる第2の入口通気孔(34)と
を備える請求項9に記載の質量分析計(74)。
【請求項11】
前記第2の入口通気孔(34)が、第2のプラズマ形成ガスを前記第2のプラズマ格納構造体(16)へと導くように構成され、これにより、前記第2の分割リング共鳴器(24)に対して供給されるマイクロ波エネルギーが、前記第2のプラズマチャンバ(18)内で前記第2のプラズマ形成ガス(34)を第2の光子放出プラズマ(36)へと変換し、前記第2の光子放出プラズマが、前記第2のイオン化光子(38)を前記第2のイオン化チャンバ内へ放出し、前記第2のイオン化光子が、前記選択可能な第2の波長範囲内の波長を有し、前記第2のイオン化光子の前記波長が、前記第2のプラズマ形成ガスの組成によって決まる請求項10に記載の質量分析計(74)。
【請求項12】
選択可能な第1の波長範囲内の波長を有するイオン化光子を、電気エネルギーに応じて発生させる第1のプラズマ形成ガスを供給するステップ(88)と、
前記第1のプラズマ形成ガスを第1のプラズマへ変換するために電気エネルギーを供給するステップであって、前記第1のプラズマが、前記選択可能な第1の波長範囲内の波長を有する第1のイオン化光子を放出するステップ(90)と、
前記第1のイオン化光子を使用して、サンプル分子をそれぞれのイオンへとイオン化するステップであって、前記イオンがそれぞれの質量対電荷比を有するステップ(92)と、
前記イオンをそれらの質量対電荷比にしたがって分離するステップと、
前記分離後に前記イオンを検出するステップ(94)と
を含む質量分析方法。
【請求項13】
前記第1のイオン化光子が前記サンプル分子を分断することなくイオン化するように前記第1の波長範囲を選択するステップを更に含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
選択可能な第2の波長範囲内の波長を有するイオン化光子を、電気エネルギーに応じて発生させる第2のプラズマ形成ガスを供給するステップ(98)と、
前記第2のプラズマ形成ガスを第2のプラズマへ変換するために電気エネルギーを供給するステップであって、前記第2のプラズマが、前記選択可能な第2の波長範囲内の波長を有する第2のイオン化光子を放出するステップ(100)と、
前記第1のイオン化光子によってイオン化された前記サンプル分子を前記第2のイオン化光子に晒すステップ(102)と
を更に含む、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
前記第1のイオン化光子によってイオン化された前記サンプル分子を前記第2のイオン化光子が開裂するように、前記第2の波長範囲を選択するステップを更に含む請求項14に記載の方法。
【請求項1】
イオン化チャンバ(10)と、
前記イオン化チャンバ内に配置され、選択可能な波長範囲のイオン化光子(38)を発生するための、窓なしタイプでエネルギー可変型の光イオン化装置(12)と、
前記イオン化チャンバに隣接し、且つ前記イオン化チャンバと流体連通するように配置される第1の多重極型の質量分析器(56)と、
前記第1の多重極型の質量分析器と流体連通し、前記第1の多重極型の質量分析器からイオンを受けるイオン検出器(58)と
を備える質量分析計(54)。
【請求項2】
前記窓なしタイプのエネルギー可変型の光イオン化装置(12)が、
放電ギャップ(26)を形成する分割リング共鳴器(24)と、
前記放電ギャップに面する入口開口(20)と、出口開口(22)とを有するプラズマチャンバ(18)を形成する窓なしタイプのプラズマ格納構造体(16)と、
前記放電ギャップ内へ延びる入口通気孔(32)と
を備える請求項1に記載の質量分析計(54)。
【請求項3】
前記入口通気孔(32)が、プラズマ形成ガス(34)を前記格納構造体へと導くように構成され、これにより、前記分割リング共鳴器(24)に対して供給されるマイクロ波エネルギーが、前記プラズマチャンバ(18)内で前記プラズマ形成ガスを光子放出プラズマ(36)へと変換し、前記光子放出プラズマが、前記イオン化光子(38)を前記イオン化チャンバ内へ放出し、前記イオン化光子が、前記選択可能な波長範囲内の波長を有し、前記波長が前記プラズマ形成ガスの組成によって決まる請求項2に記載の質量分析計(54)。
【請求項4】
前記マイクロ波エネルギーに応じて、前記プラズマ形成ガス(34)が、サンプル分子を分断することなくサンプル分子をイオン化する波長の光子(38)を発生させる請求項3に記載の質量分析計(54)。
【請求項5】
前記イオン化チャンバ(10)と流体連通し、サンプル分子(50)を、イオン化のために前記イオン化チャンバ(10)へと供給する第1の分離装置(60)を更に備える請求項1または2に記載の質量分析計。
【請求項6】
前記第1の多重極型の質量分析器(56)と前記イオン検出器(58)との間に配置されるとともに、これらと流体連通しており、前記第1の多重極型の質量分析器から前記イオン検出器へとイオン(52’)を導く飛行時間分析器(68)を更に備える請求項1、2または5に記載の質量分析計(54)。
【請求項7】
前記飛行時間分析器(68)と前記検出器(58)との間に配置されるとともに、これらと流体連通しており、前記飛行時間分析器から前記イオン検出器へとイオン(52’)を導くリフレクトロン(72)を更に備える請求項6に記載の質量分析計(70)。
【請求項8】
前記第1の多重極型の質量分析器(56)と前記飛行時間分析器(68)との間に配置されるとともに、これらと流体連通する衝突セル(76)を更に備える請求項6に記載の質量分析計(75)。
【請求項9】
前記第1の多重極型の質量分析器(56)と前記飛行時間分析器との間に配置されるとともに、これらと流体連通する開裂セル(76)を更に備え、この開裂セルは、第2のイオン化チャンバ(10)内に位置される第2のエネルギー可変型の光イオン化装置(12)を備え、この第2のエネルギー可変型の光イオン化装置は、選択可能な第2の波長範囲で第2のイオン化光子を放出するものである請求項6に記載の質量分析計(74)。
【請求項10】
前記第2のエネルギー可変型の光イオン化装置(12)が、
放電ギャップ(26)を形成する第2の分割リング共鳴器(24)と、
前記第2の放電ギャップに面する第2の入口開口(20)と、第2の出口開口(22)とを有する第2のプラズマチャンバ(18)を形成する第2の窓なしタイプのプラズマ格納構造体(16)と、
前記放電ギャップ内へ延びる第2の入口通気孔(34)と
を備える請求項9に記載の質量分析計(74)。
【請求項11】
前記第2の入口通気孔(34)が、第2のプラズマ形成ガスを前記第2のプラズマ格納構造体(16)へと導くように構成され、これにより、前記第2の分割リング共鳴器(24)に対して供給されるマイクロ波エネルギーが、前記第2のプラズマチャンバ(18)内で前記第2のプラズマ形成ガス(34)を第2の光子放出プラズマ(36)へと変換し、前記第2の光子放出プラズマが、前記第2のイオン化光子(38)を前記第2のイオン化チャンバ内へ放出し、前記第2のイオン化光子が、前記選択可能な第2の波長範囲内の波長を有し、前記第2のイオン化光子の前記波長が、前記第2のプラズマ形成ガスの組成によって決まる請求項10に記載の質量分析計(74)。
【請求項12】
選択可能な第1の波長範囲内の波長を有するイオン化光子を、電気エネルギーに応じて発生させる第1のプラズマ形成ガスを供給するステップ(88)と、
前記第1のプラズマ形成ガスを第1のプラズマへ変換するために電気エネルギーを供給するステップであって、前記第1のプラズマが、前記選択可能な第1の波長範囲内の波長を有する第1のイオン化光子を放出するステップ(90)と、
前記第1のイオン化光子を使用して、サンプル分子をそれぞれのイオンへとイオン化するステップであって、前記イオンがそれぞれの質量対電荷比を有するステップ(92)と、
前記イオンをそれらの質量対電荷比にしたがって分離するステップと、
前記分離後に前記イオンを検出するステップ(94)と
を含む質量分析方法。
【請求項13】
前記第1のイオン化光子が前記サンプル分子を分断することなくイオン化するように前記第1の波長範囲を選択するステップを更に含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
選択可能な第2の波長範囲内の波長を有するイオン化光子を、電気エネルギーに応じて発生させる第2のプラズマ形成ガスを供給するステップ(98)と、
前記第2のプラズマ形成ガスを第2のプラズマへ変換するために電気エネルギーを供給するステップであって、前記第2のプラズマが、前記選択可能な第2の波長範囲内の波長を有する第2のイオン化光子を放出するステップ(100)と、
前記第1のイオン化光子によってイオン化された前記サンプル分子を前記第2のイオン化光子に晒すステップ(102)と
を更に含む、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
前記第1のイオン化光子によってイオン化された前記サンプル分子を前記第2のイオン化光子が開裂するように、前記第2の波長範囲を選択するステップを更に含む請求項14に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2010−45023(P2010−45023A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−161604(P2009−161604)
【出願日】平成21年7月8日(2009.7.8)
【出願人】(399117121)アジレント・テクノロジーズ・インク (710)
【氏名又は名称原語表記】AGILENT TECHNOLOGIES, INC.
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月8日(2009.7.8)
【出願人】(399117121)アジレント・テクノロジーズ・インク (710)
【氏名又は名称原語表記】AGILENT TECHNOLOGIES, INC.
【Fターム(参考)】
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