説明

エバネッセント光を用いた化学物質の濃度分布測定法及び装置

【課題】細胞が放出した化学物質の二次元的濃度分布を測定するための光学的方法及びその装置を提供すること。
【解決手段】エバネッセント光を発生しうる界面領域に酵素を固定しておき、前記酵素の作用下で、前記化学物質と蛍光元物質とを前記酵素の作用下で反応させさせることにより蛍光物質を生成させ、前記エバネッセント光によって励起された前記蛍光物質由来の蛍光を検出することにより、前記細胞が放出した当該化学物質の二次元的濃度分布を測定する光学装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生理活動を行っている細胞が何らかの理由で細胞自身の外に放出したが、まだ細胞膜に付着、もしくは細胞の近傍に存在する化学物質の二次元的濃度分布を、エバネッセント光を用いて測定するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞が細胞外に放出する物質の多くは生理活性物質であり、細胞間の情報伝達物質として、重要な役割を担っている。従来、細胞の近傍に存在するこれら化学物質の濃度を調べるために、NMR、質量分析、HPLCなどの技術が知られている。しかしながら、これらの物理化学的分析法は、高感度な測定が可能ではあるが、一般に、試料中に含まれる分析対象化学物質の平均的な濃度、例えば、試料1グラム中に含まれる分析対象化学物質の質量とかモル数を求めるものである。すなわち、本発明が目的としているような細胞に付着、もしくは近傍に散在する化学物質を位置情報も含めた内容で測定するものではない。すなわち、原理的に分析試料に関わる化学物質の濃度分布情報(二次元分布、或いは三次元分布)を得ること目指した分析法ではない。加えて、一般論ではあるが、従来の物理化学的技術では、前処理もしくは分析試料から化学物質を抽出する過程を要するので、この間に分析対象化学物質の損失もしくは変質を招くおそれもある。
【0003】
また分光分析法は、一定のセル内部に封入した分析試料の吸光または蛍光を測定することにより、分析対象化学物質の濃度を求める方法であるが、セル中に分析試料を封入する過程が必要であるので、その時点で試料の位置分布の情報は喪失される。すなわち、特定の化学物質の分析に有用であるはものの、化学物質の濃度分布を求めるには不向きな方法である。
【0004】
更に、分析型電子顕微鏡によれば、物質分布を観察することができるが、生体組織由来の分析試料が原形を留めたまま濃度測定を行うことは難しい。加えて、従来の分析型電子顕微鏡的方法は、分析試料を破壊・変性させる恐れのある前処理を行う必要があるため、生体組織由来の分析試料中もしくは近傍の特定化学物質の分析には用い難かった。
【0005】
一方、近年になって、エバネッセント光を用いた顕微鏡装置の開発が進んでいるが(特許文献1、2)、エバネッセント光を用いた顕微鏡装置は、光ファイバーやコンピュータを駆使した大規模なものであり、高価であるため、汎用的なものとはなっていないし、とくに本発明が意図するような生体組織由来の細胞近傍の特定化学物質の濃度分布を求めるには至ってない。
【0006】
【特許文献1】特開2002−031591号公報
【特許文献2】特開2005−214745号公報
【0007】
以上のような従来技術の状況に鑑み、本発明者らはすでにエバネッセント光を用いた化学物質の濃度分布を測定する方法並びに装置を(特許文献3)を工夫しているが、生体内組織中、とりわけ細胞から放出されて細胞の近傍に存在する化学物質の、もしくはその組織表面付着している特定の化学物質の二次元的濃度分布を測定できるほどには小型化されていない。
【0008】
【特許文献3】特願2006−304116
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、非破壊的な方法によって、生理活動を行っている細胞が何らかの理由で細胞自身の外に放出したが、まだ細胞自身の表面組織に付着、もしくは当該細胞の近傍に存在する化学物質の二次元的濃度分布を測定するための光学的方法、及びその装置を提供することである。さらには、生体組織中に存在する特定の化学物質の濃度分布を、生体内で測定するための小型化された光学装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、エバネッセント光が発生する界面領域に酵素を固定し、この酵素の作用下に分析対象の化学物質を置くことにより蛍光物質を生成させ、この蛍光物質に由来する蛍光を測定すれば、細胞の近傍に存在する特定の化学物質の二次元的濃度分布を求められることを見だした。さらに上記課題を解決すべく努力を重ねた結果、生体組織中の細胞の表面組織に付着もしくは当該細胞の近傍に存在する化学物質の二次元的濃度分布を測定することが可能なほどに小型化された光学的測定装置を工夫するに至り、本発明を完成した。本発明は以下の[1]〜[10]に記載の事項により特定される。
【0011】
[1] エバネッセント光を発生しうる界面領域に細胞が放出する化学物質を保持させておく手順と、酵素の作用下で前記化学物質由来の蛍光物質を生成させる手順と、前記エバネッセント光によって励起された前記蛍光物質由来の蛍光を検出する手順と、を行うことによって細胞が放出する化学物質の二次元的濃度分布を測定する方法。
【0012】
[2] 細胞が放出する化学物質の二次元的濃度分布を測定する光学装置であって、エバネッセント光を発生しうる界面領域に酵素を固定しておき、前記酵素の作用下で前記化学物質由来の蛍光物質を生成させ、前記エバネッセント光によって励起された前記蛍光物質由来の蛍光を検出することを特徴とする光学装置。
【0013】
[3] 前記化学物質と蛍光元物質とを前記酵素の作用下で反応させることにより前記蛍光物質を生成させることを特徴とする[2]に記載の光学装置。
【0014】
[4] 前記蛍光元物質は、補酵素である[3]に記載の光学装置。
【0015】
[5] 前記酵素は、GABase、LDH、GDHからなる群から選択されるものの一つであることを特徴とする[2]〜[4]に記載の光学装置。
【0016】
[6] 片方の面に前記酵素を固定した基板と、この基板の端面に照射された光が前記基板中を伝播するように光源となる発光体を設けたことにより、前記エバネッセント光の作用領域に酵素を固定させたことを特徴とする[2]〜[5]に記載の光学装置。
【0017】
[7] 前記酵素を固定した基板面に前記細胞を載置もしくは接触させることにより、前記酵素の作用下で前記化学物質由来の蛍光物質を生成させ、前記エバネッセント光によって励起された前記蛍光物質由来の蛍光を検出することを特徴とする[6]に記載の光学装置。
【0018】
[8] 前記発光体は、LED、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプからなる群から選択されるものの一つであることを特徴とする[6]及び[7]に記載の光学装置。
【0019】
[9] 前記細胞を載置もしくは接触させる面とは反対の面側に設置された撮像装置により前記蛍光物質由来の蛍光を検出することを特徴とする[6]〜[8]に記載の光学装置。
【0020】
[10] 前記撮像装置は、ピンホール機能を備えたCCDカメラもしくはCMOSカメラであることを特徴とする[9]に記載の光学装置。
【0021】
本発明において、測定対象化学物質とは、生理活動を行っている細胞が何らかの理由で細胞自身の外に放出したが、いまだ細胞膜に付着、もしくは当該細胞の近傍に存在する化学物質である。したがって、分析対象試料は、生体試料、例えば生物から切り取った組織片、細胞、微小生物などが例示されるが、これらには限定されるものではない。細胞が細胞外に放出する物質の多くは生理活性物質であり、細胞間の情報伝達物質として、重要な役割を担っているので、本来は生体内でそれらを測定することが望ましい。生体内でそれら生理活性物質の濃度分布を測定する際には、本発明のデバイスを生体内に埋め込んで測定する。
【0022】
本発明において、測定対象化学物質とは、生理活動を行っている細胞が何らかの理由で細胞自身の外に放出した物質であり、この細胞が放出した物質は細胞間の情報伝達物質として、重要な役割を担っている。現在知られている物質としては、グルタミン酸、ガンマアミノ酪酸、乳酸などが挙げられるが、これらに限られるものではない。
【0023】
本発明は、エバネッセント光を発生しうる界面領域に化学物質を存在させ、前記エバネッセント光によって励起された前記化学物質由来の蛍光を検出することにより、当該化学物質の二次元的濃度分布を測定する方法及び装置を提供する。
【0024】
すなわち、本発明では、(1)エバネッセント光の作用領域である界面に酵素を固定しておき、(2)エバネッセント光の作用領域にある当該酵素の作用下で分析対象の化学物質と特定の蛍光元物質とを反応させることにより当該化学物質由来の蛍光物質を生成させ、(3)前期界面領域で発生したエバネッセント光を当該蛍光物質の励起光源として用いることにより発生した蛍光を検出することにより、当該化学物質に関わる二次元的濃度分布情報を得ることを特徴としている。本発明によれば、蛍光を発しない化学物質の濃度情報を二次元分布として得ることができる。
【0025】
エバネッセント光(近接場光ともいう)とは、屈折率の大きい媒質から小さい媒質に臨界角以上の入射角で光を入射すると全反射を起こす.この時トンネル効果という現象によって,屈折率の小さい媒質の表面のごく近傍に光がしみだす.この光をエバネッセント光と呼ぶ.エバネッセント光は深さ方向に急速に減衰する.すなわち、基板の表面に光が滲み出し、その光の強度が1/eとなる深さはおよそ100〜150nmである.
【0026】
光学装置とは、蛍光物質から発せられる蛍光を測定できる光学的な装置を意味している。本発明の光学装置では発光体と蛍光の検出装置からなるが、これらに限られるものではない。
【0027】
本発明において、前記発光体は、LED、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプからなる群から選択されるものの一つであることが好ましく、LEDであることが更に好ましい。また、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプを用いる場合には、測定対象とする蛍光物質に応じて、適当なフィルターを用いることが好ましい。
【0028】
本発明に関わる蛍光の検出装置は、蛍光顕微鏡もしくは撮像装置を用いることができるが、これらに限定されるものではない。前記撮像装置として、ピンホール機能を備えたCCDカメラもしくはCMOSカメラを使用することができる。ここでいうピンホール機能とは0.05〜0.5mm径の孔から光を導入し、焦点距離が20mm以下の小型化されうるカメラ機能を意味し、光の導入孔にはレンズを備えるのが普通である。本発明に関わる撮像装置にはCCDカメラもしくはCMOSカメラを使うことができるが、無限焦点で近接撮影可能であればこれらに限るものではない。
【0029】
本発明では、エバネッセント光の作用領域に固定された酵素の作用下で測定対象化学物質と蛍光元物質との反応により蛍光物質を生成させ、この蛍光物質に当該エバネッセント光を作用させることにより蛍光を発生させ、この蛍光を撮像装置により撮像することにより分析対象の化学物質の二次元的濃度分布を測定する。この際、前記酵素は、前記蛍光物質の生成を特異的に生じさせ、かつ生成速度を高める働きをする。本発明では、この酵素反応を導入することにより、分析対象化学物質自身が蛍光物質でない場合にも、その濃度分布を測定することができるが、当該化学物質自身が蛍光を発する物質であれば酵素反応を利用するまでもなくその濃度分布を測定することができる。
【0030】
二次元的濃度分布を測定するとは、平面的な広がりをもって、特定の化学物質の分布を測定できることを意味している。従来の物理化学的方法では、物質に含まれる平均的な情報は得られるものの、二次元分布的な情報を得ることは難しかったが、本発明によれば、細胞の近傍に存在する特定な化学物質の二次元的濃度分布を測定することができる。
【0031】
基板とは、少なくともその一面側に分析試料を載置可能な平面を備え、かつ発光体からの光を入射可能な物質を意味する。発光体からの光は、基板の端面から入射される。基板内に入射された光のほとんどは、基板内を基板が広がる方向に伝播し、その極めて一部が、エバネッセント光として基板の表面から発せられる。そのような基板としては、平面が極めて滑らかである(例えば、入射光の波長と同程度以下の凹凸しかないこと)ことに加え、透明であることが必要である。このような性質を持つ基板の材料としては、例えば石英、ガラス、アクリルなどを例示することができるが、これらに限定されない。また、発光体として、LEDを用いる場合には、発光中に相当の熱がでるため、基板として熱に強いもの(特に、石英、ガラスなど)を用いることが好ましい。なお、基板の材料によっては低波長の光を通さない、または選択的に通すという事態が起こる。このため、必要とする波長に応じた基板材料を選択することが望ましい。
【0032】
本発明での光は、蛍光物質を励起するために用いられる。多くの場合に、蛍光物質の励起波長の最良点は、吸光極大と一致するので、吸光極大付近の波長を持つ光を用いることが好ましい。但し、多くの蛍光物質は、吸光極大以外の波長の光(例えば、吸光極大よりも長波長側の光)を当てても、蛍光を発するので、必ずしも吸光極大の波長を含む波長帯を用いる必要はない。例えば、還元型ニコチンアミドジヌクレオチドリン酸(NADPH)の吸光極大は340nmであるが、発光体として波長365nmの紫外光LEDを用いても、NADPHの蛍光が観察される。
【0033】
蛍光元物質とは、分析対象の化学物質と反応することにより、蛍光を発する蛍光物質を生成するものを意味している。蛍光元物質とは、必ずしも1種の物質には限られず、2種類以上の物質の混合物を含む。このとき、蛍光物質に変化するものとしては、化学物質または蛍光元物質のいずれでもよい。すなわち、化学物質と蛍光元物質とが反応し、その結果として生成したもの(1つの物質、或いは2以上の物質でもよい)の少なくとも1つが蛍光物質として測定できればよい。例えば、化学物質として、ガンマアミノ酪酸(GABA)を選択し、蛍光元物質としてニコチンアミドジヌクレオチドリン酸(NADP)とを選択した場合には、酵素GABAaseの存在下でGABAが酸化されてコハク酸に変化し、NADPが還元型NADP、すなわちNADPHに変化する。このNADPHは蛍光物質としてその蛍光を検出することができる。このとき、GABAの反応モル量とNADPHの生成モル量との間には、1対1の関係が成り立つので、NADPHの蛍光強度を測定すれば、GABA濃度を測定できる(WO2006/019111公報)。
【0034】
蛍光元物質としては、補酵素を用いることができる。例えば、測定対象化学物質が前記GABAである場合には、酵素としてGABase(GABAアミノトランスフェラーゼとコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素の混合物)を、蛍光元物質として補酵素 NADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を用いることができる。さらに、測定対象化学物質がグルタミン酸である場合には、酵素としてGDH(グルタミン酸デヒドロゲナーゼ)、蛍光元物質として補酵素NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド) を用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
本発明における酵素は、前記蛍光物質の生成を特異的に生じさせ、かつ生成速度を高める働きをする。GABase(GABAアミノトランスフェラーゼとコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素の混合物)、GDH(グルタミン酸デヒドロゲナーゼ)、LDH(乳酸脱水素酵素)などを用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、細胞が放出した化学物質の二次元的濃度分布を測定することができる。この測定法では、基板表面から発せられるエバネッセント光を用いるので、分析試料全体に強い励起光を直接照射することなく、分析試料に対する破壊作用をできるだけ軽減させた状態で、分析試料の表面近傍に存在する化学物質の二次元的濃度分布を観察できる。さらに撮像装置としてピンホールカメラを用いることにより小型化が計られ、細胞が放出した化学物質を生体内で観測することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
次に、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。本発明を実施するための具体的な構成を図1〜図6に示した。
【0038】
図1は、基板1(例えば、ガラス基板、または石英基板)と、発光体であるLED2を備えた光学装置の原理を示すものである。基板1の一面側(図示上面側)には、分析試料3が載置されている。LED2から発せられた光は、基板1の厚み方向から基板1内に入射され、この基板1が広がる方向に沿って、ほぼ直線状に進行する。図中には、直接光を符号Aで示す。直接光Aのうちの極めて一部は、エバネッセント光Bとして、基板1の表面から発せられる。このエバネッセント光Bは、分析試料3の表面のごく浅い部分に到達することができる。なお、図中右下のスケール(1mm)は、具体的な大きさをイメージをするためのものであり、このスケールに限られるものではない。
【0039】
図2には、本実施形態の光学装置を用いて、分析試料3を観察している様子を示した。分析試料3の表面近傍(或いは、基板1の表面上)には、エバネッセント光Bによって蛍光を発する蛍光物質が存在する(図示せず)。基板1の端面方向から入射されたLED2の直接光Aの一部は、基板1の表面からエバネッセント光Bを発する。このエバネッセント光Bによって前記蛍光物質から蛍光Cが発せられる。この蛍光Cは、基板1の下面側(分析試料3が載置された面側とは反対の面側)において、観測装置4によって検出される。観測装置4としては、例えば蛍光顕微鏡もしくはピンホール機能を備えたCCDカメラもしくはCMOSカメラを用いることができる。このように、本実施形態においては、直接光Aの進行方向(X)と、蛍光Cの観測方向(Y)とがほぼ直交している。
【0040】
図3には、図1に示すLED2と基板1を用いたときに、基板1の表面に発生するエバネッセント光の強さをグラフで示したものである。図3は、20mmx20mmのガラス基板上に直径3mmの測定点をおき、縦2〜6、横a〜eとして、ガラス基板上の蛍光強度を調べたものである。測定器材は、市販蛍光樹脂、用いたLEDは日亜化学NSPBF50S(青色LED)を用いた。また、発光スペクトルのピークは465nmであった。縦軸はCCDカメラで撮った蛍光強度を示す。この蛍光強度は、0〜4095の諧調を持つ相対値として示されている。また、ガラス基板は、マツナミ白切り放しスライドグラスを用いた。
【0041】
図4には、本発明の応用例のうちの一つの概要を示した。この例では、基板1として石英板を用いている。基板1の一面側には、分析試料3としての細胞組織が載置されている。また、分析試料3と基板1との間には、酵素5が固定されている。分析試料3から放出される生理活性物質6(本発明における化学物質に該当する)自体は、蛍光物質ではないが、生理活性物質6が酵素5の作用下で蛍光元物質と反応することにより蛍光物質7に変換される。この装置の操作概要を説明すると次の通りである。
【0042】
まず、基板1に入射されたLED2の直接光Aの一部が、基板1の表面にエバネッセント光Bとして発せられる。一方、分析試料3から放出された生理活性物質6に蛍光元物質が加えられると、酵素5の作用によって蛍光物質7が生成する。この蛍光物質7にエバネッセント光Bがあたると、蛍光Cを発する。この蛍光Cを基板1の下面側から観察する。
【0043】
次に、図5にピンホールカメラを設置した応用例を示した。基板1上面に載置された分析試料3から放出され、膜表面にある化学物質が酵素5の働きで蛍光元物質と反応して蛍光物質を生成する。一方、基板1の端面に発光体2(LED)から照射された光Aが基板1内を伝播することによって発生したエバネッセント光Bにより前記蛍光物質が蛍光Cを発し、その蛍光Cをピンホール機能を有するCCDカメラもしくはCMOSカメラ8で撮像し、前記膜表面の化学物質の二次元的濃度分布を測定する。図5のX,Yは概略の寸法を示し、いずれも10〜20mmであるが、これに限られるものではない。
【実施例】
【0044】
次に、上記実施形態を更に具体化した実施例について、詳細に説明する。
[実施例1]
出生直後の新生仔ラットを用意し、70%エタノールにて全身の消毒を行い、滅菌下にて断頭した。小脳を傷付けないように、延髄側より頭皮及び頭蓋骨を切り、切開した。その後、全脳を先曲ピンセットにて持ち上げ摘出し、生理食塩水内で血液等を洗浄した。この後に全脳をシャーレ上に移し、スカルペルナイフによって延髄及び大脳や間脳を切り離し、小脳を摘出した。小脳に付着したクモ膜及び血管を、先細ピンセットを用いて剥がし取り、再度生理食塩水にて洗浄した後、単離した小脳をロータリースライサーもしくはクリオスタット等にてサジタル方向に200μmにスライスした。これらのスライスの内、小脳虫部を選別し、充分な酸素供給下のPBSにおいて1時間浸し、断面表層の組織処理を行った。
【0045】
このサンプル組織を広口スポイトですくい取り、本実施形態の装置上に乗せ、余分な水分を吸い取とった後、測定装置の基板上に載置した。ここで、当該基板にはグルタミン酸の二次元的濃度分布の測定を行うために、酵素処理を施していないもの、すなわち、蛍光元物質であるニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)のみ添加したものと、あらかじめ酵素処理を施したもの、すなわち、NADと酵素であるグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)を添加したものを用意した。それぞれ紫外波長のLED(日亜化学NSHU550B(紫外発光LED)、発光スペクトルのピークは365nm)からUV励起光を照射し、前記基板の下方から、515nmバンドパスフィルター及びCCDカメラを装備した倒立型蛍光顕微鏡にて観察を行った。なお、基板としては、石英ガラス板(25mmx25mmx1mm)を用いた。
【0046】
結果を図6および図7に示した。図6に示すように、酵素処理を施していないものは、CCDの解像度・感度・露光時間に係わらず、なんら像が得られなかった。これに対し、図7に示すように、酵素処理を行ったものは顆粒細胞や平行線維の付近で強く発光している像が得られた。生理学的に、小脳におけるグルタミン酸放出は、顆粒細胞及び平行繊維上にのみ認められる。本実験の結果によれば、観察された発光部位と、生理学上の知見とがよく一致していた。図6に示すように、酵素処理を施さなかった場合には、ブランクの蛍光が観察されなかったことから、図7で測定された蛍光は全て測定基質由来の蛍光であることが分かる。すなわち、図7は、グルタミン酸の放出を二次元的濃度分布として画像化することに成功した像である事が裏付けられた。
【0047】
[実施例2]
成熟したラットを用意し、腹腔内注射にて麻酔薬を注入して全身麻酔をかけ、機械的反応が見られなくなった後、ハサミにて開腹し、膵臓を摘出した。この膵臓を生理食塩水にて血液及び脂肪を洗浄し、本実施形態の装置上に乗せ、余分な水分を吸い取とった後、測定装置の基板に載置した。ここで、分析試料近傍に存在するGABA(γ−アミノ酪酸)の二次元的濃度分布の測定を行うために、あらかじめ酵素であるGABase(GABA分解酵素;GABAアミノトランスフェラーゼとコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素の混合物)と蛍光元物質であるニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)および酵素反応を促進する補助剤としてα‐ケトグルタル酸を添加した。測定装置に設けた340nm波長のLEDからUV励起光を照射し、同時に前記基板の下方から、CCDカメラを装備した倒立型蛍光顕微鏡にて観察を行った。なお、LED及び基板については、実施例1と同じものを用いた。
【0048】
結果を図8に示した。図8に示すように、膵臓細胞内のランゲルハンス島の周囲から蛍光発光が観察された。膵臓はインスリンを放出する細胞集団であるランゲルハンス島を持っている。ランゲルハンス島の表層部分にはインスリンを放出し、且つγ−アミノ酪酸を放出する細胞が分布している。ここではγ−アミノ酪酸を観察することにより、インスリン放出細胞(γ−アミノ酪酸放出細胞でもある)の分布を観察した。白く光っているところが、その細胞にあたる。糖尿病においては、その病態によって、インスリン分泌細胞が死滅する場合と、インスリン自体が体内で効果を示さなくなる場合とがある。図8に示す結果は、本実施例の場合、後者であることを示している。
【0049】
[実施例3]
図5に示す装置を用いて、小脳皮質細胞からのグルタミン酸放出の空間分布を測定した。試料細胞を載置する基板である石英ガラスの表面にグルタミン酸脱水素酵素GDHを固定化し、蛍光元物質にニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを添加し、ピンホール機能を備えたCCDカメラで、エバネッセント光の作用で発生した蛍光を撮像した。結果を図9に示す。これにより、小脳皮質細胞近傍に存在するグルタミン酸の二次元的濃度分布を観察することができ、小脳皮質の神経細胞層からグルタミン酸が放出されることを実証した。
【0050】
このように本実施形態によれば、蛍光を用いた光学測定法によって、特定の化学物質の二次元的濃度分布を測定することができる。この測定法では、基板表面から発せられるエバネッセント光を用いるので、分析試料に強い励起光を照射することなく、分析試料に対する破壊作用をできるだけ軽減させた状態で、分析試料の表面近傍に存在する化学物質の二次元的濃度分布を観察できる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】光源から放出された直接光と、基板表面に発生するエバネッセント光との関係を示す側面図である。
【図2】エバネッセント光によって励起されて発生した蛍光を観察する様子を示す側面図である。
【図3】基板としてガラスを用いたときの光の強度分布を示すグラフである。
【図4】本実施形態の装置によって、生組織から放出された生理活性物質を測定している様子を模式的に示す側面図である。
【図5】ピンホール機能を備えたCCDカメラを使用してエバネッセント光によって励起されて発生した蛍光を観察する様子を示す図である。
【図6】実施例1において、ラット小脳サンプルを酵素処理しない状態で観測した細胞近傍の状態を示す写真図である。
【図7】実施例1において、ラット小脳サンプルに酵素を添加して観測したときの細胞近傍の状態を示す写真図である。酵素を添加することによって、小脳組織から放出されたグルタミン酸由来の蛍光物質を観察することができる。本図において、白く光っている部分はグルタミン酸を多く放出している部分であり、薄く光っているところはグルタミン酸を少なく放出している部分にあたる。
【図8】ラット膵臓のランゲルハンス島における細胞が放出したγ―アミノ酪酸の分布を観測したときの蛍光写真図である。インスリンを放出する細胞は同時にγ―アミノ酪酸を放出するため、当該細胞が分泌するインスリンの分布を知ることができる。
【図9】ピンホール機能を備えたCCDカメラを使用して、小脳皮質から放出されたグルタミン酸由来の蛍光物質がエバネッセント光の作用で発した蛍光を撮像した写真。細胞が放出したグルタミン酸の分布を観察できる。
【符号の説明】
【0052】
1…基板、2…LED(発光体)、3…分析試料、4…観測装置、5…酵素、6…生理活性物質(化学物質)、7…蛍光物質、8…CCDカメラ、9…リード線


【特許請求の範囲】
【請求項1】
エバネッセント光を発生しうる界面領域に細胞が放出する化学物質を保持させておく手順と、酵素の作用下で前記化学物質由来の蛍光物質を生成させる手順と、前記エバネッセント光によって励起された前記蛍光物質由来の蛍光を検出する手順と、を行うことによって細胞が放出する化学物質の二次元的濃度分布を測定する方法。
【請求項2】
細胞が放出する化学物質の二次元的濃度分布を測定する光学装置であって、エバネッセント光を発生しうる界面領域に酵素を固定しておき、前記酵素の作用下で前記化学物質由来の蛍光物質を生成させ、前記エバネッセント光によって励起された前記蛍光物質由来の蛍光を検出することを特徴とする光学装置。
【請求項3】
前記化学物質と蛍光元物質とを前記酵素の作用下で反応させることにより前記蛍光物質を生成させることを特徴とする請求項2に記載の光学装置。
【請求項4】
前記蛍光元物質は、補酵素である請求項3に記載の光学装置。
【請求項5】
前記酵素は、GABase、LDH、GDHからなる群から選択されるものの一つであることを特徴とする請求項2〜4に記載の光学装置。
【請求項6】
片方の面に前記酵素を固定した基板と、この基板の端面に照射された光が前記基板中を伝播するように光源となる発光体を設けたことにより、前記エバネッセント光の作用領域に酵素を固定させたことを特徴とする請求項2〜5に記載の光学装置。
【請求項7】
前記酵素を固定した基板面に前記細胞を載置もしくは接触させることにより、前記酵素の作用下で前記化学物質由来の蛍光物質を生成させ、前記エバネッセント光によって励起された前記蛍光物質由来の蛍光を検出することを特徴とする請求項6に記載の光学装置。
【請求項8】
前記発光体は、LED、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプからなる群から選択されるものの一つであることを特徴とする請求項6及び7に記載の光学装置。
【請求項9】
前記細胞を載置もしくは接触させる面とは反対の面側に設置された撮像装置により前記蛍光物質由来の蛍光を検出することを特徴とする請求項6〜8に記載の光学装置。
【請求項10】
前記撮像装置は、ピンホール機能を備えたCCDカメラもしくはCMOSカメラであることを特徴とする請求項9に記載の光学装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2008−139280(P2008−139280A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−207299(P2007−207299)
【出願日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【出願人】(304027349)国立大学法人豊橋技術科学大学 (391)
【Fターム(参考)】