説明

エポキシ化合物の脱酸素によるアルケンの製造方法

【課題】エポキシ化合物を脱酸素して対応するアルケンを製造するアルケンの製造方法であって、温和な条件下で、優れた収率で目的化合物を製造することができるアルケンの製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のアルケンの製造方法は、担体表面に金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を固定化して得られる表面金属固定化触媒及び第1級又は第2級アルコールの存在下、エポキシ化合物を脱酸素して対応するアルケンを製造することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温和な条件下でエポキシ化合物を脱酸素して、対応するアルケンを高収率で得ることができるアルケンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、金属ナノ粒子のなかには、従来の金属化合物触媒に比べて優れた触媒作用を有するものがあることがわかってきた。そして、金ナノ粒子は一酸化炭素の酸化反応に対する触媒作用を有することが発見されて以来、アルコール酸化反応、ニトロ化合物の水素添加反応、エポキシ化反応等の多様な有機合成反応に用いられてきた。
【0003】
一方、エポキシ化合物のアルケンへの脱酸素反応については、ホスフィン、シラン、ヨードや重金属等を還元剤として使用した例が知られている。しかしながら、これらの還元剤は毒性を有すること、還元剤を多量に必要とすること、不要な副生物が多量に生成することに加え、これらの方法により反応を行うには特別な技術、厳しい反応条件を必要とする点が問題であった。
【0004】
また、非特許文献1〜4等にも、エポキシ化合物のアルケンへの脱酸素反応が開示されているが、これらは量論反応である点、基質適応性及びアルケンの選択率が低い点が問題であった。すなわち、エポキシ化合物の脱酸素反応によりアルケンを製造する方法であって、温和な条件下で、効率よく製造することができ、操作性及び作業性に優れるアルケンの製造方法が未だ見出されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Firouzabadi, H.; Iranpoor, N. & Jafarpour, M. Rapid, highiy efficient and stereoselective deoxygenation of epoxides by ZnCl4/NaI. Tetrahedron Lett. 46, 4107-4110 (2005)
【非特許文献2】Oh, K. & Knabe, W. E. Lewis acid-promoted electron transfer deoxygenation of epoxides, sulfoxides, and amine N-oxides: the role of low-valent niobium complexes from NbCl5 and Zn. Tetrahedron 65, 2966-2974 (2009)
【非特許文献3】Mahesh, M.; Murphy, J. A. & Wessel, H. P. Novel Deoxygenation Reaction of Epoxides by Indium. J. Org. Chem. 70, 4118-4123 (2005)
【非特許文献4】Patra, A., Bandyopadhyay, M. & Mal, D. Mo(CO)6-promoted facile deoxygenation of α,β-epoxy ketones and α,β-epoxy esters. Tetrahedron Lett. 44, 2355-2357 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、エポキシ化合物を脱酸素して対応するアルケンを製造することを特徴とするアルケンの製造方法であって、温和な条件下で、優れた収率で目的化合物を製造することができるアルケンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を担体に担持させて得られた表面金属固定化触媒は、酸素受容体であるアルコールを水素受容体である分子状酸素と反応させて、ケトンを製造する反応に優れた触媒作用を発揮することを見出した。更に、前記反応において、エポキシ化合物を分子状酸素の代わりに水素受容体として使用することができることを見出した。本発明者等は、更に、前記発見をもとに、前記触媒が、第1級又は第2級アルコールの存在下、エポキシ化合物を脱酸素してアルケンを得る反応にも優れた触媒作用を有することを見いだした。本発明はこれらの知見に基づいて完成させたものである。
【0008】
すなわち、本発明は、担体表面に金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を固定化して得られる表面金属固定化触媒及び第1級又は第2級アルコールの存在下、エポキシ化合物を脱酸素して対応するアルケンを製造することを特徴とするアルケンの製造方法を提供する。
【0009】
前記第1級又は第2級アルコールとしては、飽和若しくは不飽和脂肪族第2級アルコール又は芳香族アルコールが好ましい。
【0010】
前記担体としては、ハイドロタルサイトが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るアルケンの製造方法は、触媒として金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を無機担体に担持させて得られた表面金属固定化触媒を使用する触媒反応であり、第1級又は第2級アルコールの存在下でエポキシ化合物の脱酸素反応を行うため、前記触媒が優れた反応促進作用を発揮することができ、温和な条件下でも、極めて高い収率で目的とするアルケンを選択的に製造することができる。また、広い範囲の基質に対して適応性を有し、20000を超える優れたターンオーバー数を示す。本発明に係るアルケンの製造方法によれば、有機合成の分野において選択的官能基変換反応に新たな選択肢を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例9及び10の結果を示すグラフである。
【図2】実施例11及び12の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[表面金属固定化触媒]
本発明で用いる表面金属固定化触媒は、担体表面に金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を固定化して得られる。前記担体としては、例えば、ハイドロタルサイト、アルミナ(Al23)、チタニア(TiO2)、マグネシア(MgO)等を挙げることができ、なかでも、目的化合物を極めて高い収率で得られる点でハイドロタルサイトが好ましい。従って、本発明における表面金属固定化触媒としては、ハイドロタルサイト表面に金ナノ粒子が固定されたハイドロタルサイト固定化金ナノ粒子触媒(以下、「Au/HT」と称する場合がある)、ハイドロタルサイト表面に銀ナノ粒子が固定されたハイドロタルサイト固定化銀ナノ粒子触媒(以下、「Ag/HT」と称する場合がある)、又はこれらの混合物が好ましい。
【0014】
上記ハイドロタルサイトとしては、特に制限されることはなく、天然に産出されたハイドロタルサイトを使用してもよく、また、合成ハイドロタルサイト又は合成ハイドロタルサイト様化合物を使用してもよい。
【0015】
上記ハイドロタルサイトは、例えば、下記式(1)
II8-XIIIX(OH)16A・nH2O (1)
(式中、MIIは、Mg2+、Fe2+、Zn2+、Ca2+、Li2+、Ni2+、Co2+、Cu2+、Mn2+から選択された少なくとも1種の二価の金属であり、MIIIはAl3+、Fe3+、Mn3+、Ru3+から選択された少なくとも1種の三価の金属である。xは1〜7の整数を示す。Aは二価のアニオンを示し、nは0〜30の整数を示す)
又は、下記式(2)
[Mg2+1-yAl3+y(OH)2]y+[(Ds-y/s・mH2O]y- (2)
(式中、yは0.20≦y≦0.33を満たす数を示し、Ds-はs価のアニオンを示す。mは0〜30の整数を示す)
で表される。本発明におけるハイドロタルサイトとしては、なかでも、目的化合物を極めて高い収率で得られる点で、上記式(1)においてMIIがMg2+、MIIIがAl3+、AがCO32-であるものが好ましく、特に、Mg6Al2(OH)16CO3・4H2Oで表されるハイドロタルサイトを好適に使用することができる。
【0016】
本発明におけるハイドロタルサイトとしては、商品名「Tomita AD-500」(富田製薬(株)製)等の市販品を使用してもよい。
【0017】
ハイドロタルサイトの表面に金ナノ粒子又は銀ナノ粒子を固定化する方法としては、特に制限されることがなく、例えば、塩化金(AuCl3)、塩化金酸(HAuCl4)等の金化合物、又はAgCl、AgBr、AgI、AgNO3、Ag2SO4、Ag2S等の銀化合物とハイドロタルサイトとを溶媒中で混合し、撹拌することによりハイドロタルサイト表面に金イオン又は銀イオンを固定化した後、該金イオン又は銀イオンを、適宜な方法により還元することにより行う方法等を挙げることができる。
【0018】
前記溶媒としては、使用する金化合物又は銀化合物を溶解することができればよく、例えば、水、アセトン、アルコール類等を挙げることができる。金ナノ粒子又は銀ナノ粒子の固定化処理を行う際の金化合物又は銀化合物の溶液中の濃度としては、特に制限されることがなく、例えば、0.1〜1000mMの範囲から適宜選択することができる。撹拌時の温度は、例えば、20〜80℃の範囲から選択することができるが、通常室温(25℃)で行われる。撹拌時間は撹拌時の温度によっても異なるが、例えば、6〜24時間、好ましくは、8〜12時間程度である。撹拌終了後は、必要に応じて水や有機溶媒等で洗浄し、真空乾燥などにより乾燥してもよい。
【0019】
表面金属固定化触媒中の金属(金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子)含有率としては、例えば、ハイドロタルサイト等の担体1gに対して0.01〜3mmol、好ましくは0.045〜0.1mmolである。表面金属固定化触媒中の金属含有率が上記範囲を下回ると、触媒作用が低下する傾向がある。一方、表面金属固定化触媒中の金属含有率が上記範囲を上回ると、目的化合物の収率が低下する傾向がある。
【0020】
前記還元剤としては、例えば、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)、水素化ホウ素リチウム(LiBH4)、水素化ホウ素カリウム(KBH4)等の水素化ホウ素錯化合物、ヒドラジン、水素(H2)、ジメチルフェニルシラン等のシラン化合物、ヒドロキシ化合物等を挙げることができる。ヒドロキシ化合物としては第1級アルコール、第2級アルコール等のアルコール化合物が含まれる。また、ヒドロキシ化合物は、複数のヒドロキシル基を有していてもよく、1価アルコール、2価アルコール、多価アルコール等の何れであってもよい。
【0021】
本発明におけるハイドロタルサイト表面に金属固定化処理を施す際に使用する還元剤としては、なかでも、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)、水素化ホウ素リチウム(LiBH4)、水素化ホウ素カリウム(KBH4)等の水素化ホウ素錯化合物が好ましく、特に、水素化ホウ素カリウム(KBH4)が好ましい。水素化ホウ素カリウム(KBH4)で還元することにより得られた表面金属固定化触媒は、固定化した金属粒子の平均粒径がより小さくなる傾向があり、それにより、比表面積を増大することができ、触媒活性を著しく向上させることができる。
【0022】
[エポキシ化合物]
本発明におけるアルケンの製造方法の基質となるエポキシ化合物としては、アルコールの酸化反応において分子状酸素の代わりに水素受容体としての作用を有し、脱酸素してアルケンを形成することができるものであればよく、下記式(3)
【化1】

(式中、R1、R1'、R2、R2'は同一又は異なって、水素原子又は炭化水素基を示す。R1、R1'、R2、R2'から選択された2つが互いに結合して、エポキシ環を形成する炭素原子と共に環を形成していてもよい。尚、R1、R1'、R2、R2'のうち、少なくとも1つは炭化水素基である)
で表される。
【0023】
1、R1'、R2、R2'における炭化水素基としては、例えば、脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基、及びこれらの結合した基が含まれる。前記炭化水素基には、置換基を有する炭化水素基も含まれる。
【0024】
脂肪族炭化水素基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル、デシル、ドデシル基などの炭素数1〜20(好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜3)程度のアルキル基;ビニル、アリル、1−ブテニル基などの炭素数2〜20(好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜3)程度のアルケニル基;エチニル、プロピニル基などの炭素数2〜20(好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜3)程度のアルキニル基等を挙げることができる。
【0025】
脂環式炭化水素基としては、例えば、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロオクチル基などの3〜20員(好ましくは3〜15員、さらに好ましくは5〜8員)程度のシクロアルキル基;シクロペンテニル、シクロへキセニル基などの3〜20員(好ましくは3〜15員、さらに好ましくは5〜8員)程度のシクロアルケニル基;パーヒドロナフタレン−1−イル基、ノルボルニル、アダマンチル、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカン−3−イル基などの橋かけ環式炭化水素基等を挙げることができる。
【0026】
芳香族炭化水素基としては、例えば、フェニル、ナフチル基などの炭素数6〜14(好ましくは6〜10)程度の芳香族炭化水素基等を挙げることができる。
【0027】
脂肪族炭化水素基と脂環式炭化水素基とが結合した炭化水素基としては、例えば、シクロペンチルメチル、シクロヘキシルメチル、2−シクロヘキシルエチル基などのシクロアルキル−アルキル基(例えば、C3-20シクロアルキル−C1-4アルキル基など)などが含まれる。
【0028】
また、脂肪族炭化水素基と芳香族炭化水素基とが結合した1価の炭化水素基には、アラルキル基(例えば、C7-18アラルキル基など)、アルキル置換アリール基(例えば、1〜4個程度のC1-4アルキル基が置換したフェニル基又はナフチル基など)等を挙げることができる。
【0029】
前記炭化水素基は、種々の置換基、例えば、ハロゲン原子、オキソ基、ヒドロキシル基、置換オキシ基(例えば、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、アシルオキシ基など)、カルボキシル基、置換オキシカルボニル基(アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基など)、置換又は無置換カルバモイル基、シアノ基、ニトロ基、アシル基、置換又は無置換アミノ基、スルホ基、複素環式基などを有していてもよい。また、前記ヒドロキシル基やカルボキシル基は有機合成の分野で慣用の保護基で保護されていてもよい。さらにまた、脂環式炭化水素基や芳香族炭化水素基の環には芳香族性又は非芳香属性の複素環が縮合していてもよい。
【0030】
好適に使用されるエポキシ化合物の具体例としては、下記化合物(3a)〜(3o)を挙げることができる。
【化2】

【0031】
また、表面金属固定化触媒として銀ナノ粒子を固定化して得られる表面金属固定化触媒を使用する場合は、上記エポキシ化合物のなかでも、特に、スチレンオキサイド誘導体(例えば、上記式(3a)〜(3f)で表される化合物等)が好ましい。
【0032】
[第1級又は第2級アルコール]
本発明においては、エポキシ化合物を脱酸素して対応するアルケンを製造する際に、担体表面に金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を固定化して得られる上記表面金属固定化触媒と共に第1級又は第2級アルコールを使用することを特徴とする。
【0033】
前記第1級又は第2級アルコールとしては、1価アルコール、2価アルコール、多価アルコールを挙げることができる。本発明においては、なかでも、下記式(4)
【化3】

(式中、R3、R4は、同一又は異なって、水素原子又は炭化水素基を示す)
で表される1価アルコールが好ましい。
【0034】
3、R4における炭化水素基としては、上記R1、R1'、R2、R2'における炭化水素基の例と同様の例を挙げることができる。
【0035】
第1級アルコール(R3、R4のうち少なくとも1つが水素原子の場合)としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、1−ブタノール、1−ペンタノール、1−ヘキサノール、1−オクタノール、1−デカノール、2−ブテン−1−オール、エチレングリコール、トリメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール、ペンタエリスリトール等の炭素数1〜30(好ましくは1〜20、さらに好ましくは1〜15)程度の飽和又は不飽和脂肪族第1級アルコール;シクロペンチルメチルアルコール、シクロヘキシルメチルアルコール、2−シクロヘキシルエチルアルコールなどの飽和又は不飽和脂環式第1級アルコール;ベンジルアルコール、2−フェニルエチルアルコール、3−フェニルプロピルアルコール、桂皮アルコール等の芳香族第1級アルコール;2−ヒドロキシメチルピリジン等の複素環式アルコール;1−アダマンタンメタノール、α−メチル−1−アダマンタンメタノール、3−ヒドロキシ−α−メチル−1−アダマンタンメタノール、3−カルボキシ−α−メチル−1−アダマンタンメタノール、α−メチル−3a−パーヒドロインデンメタノール、α−メチル−4a−デカリンメタノール、α−メチル−4a−パーヒドロフルオレンメタノール、α−メチル−2−トリシクロ[5.2.1.02,6]デカンメタノール、α−メチル−1−ノルボルナンメタノールなどの橋かけ環炭化水素基を有する第1級アルコール(ヒドロキシル基が結合している炭素原子に橋かけ環炭化水素基が結合している化合物など)等を挙げることができる。
【0036】
第2級アルコール(R3、R4が炭化水素基の場合)としては、例えば、2−プロパノール、s−ブチルアルコール、2−ペンタノール、2−オクタノール、2−ペンテン−4−オール、1,2−プロパンジオール、2,3−ブタンジオールや2,3−ペンタンジオールなどのビシナルジオール類などの炭素数3〜30(好ましくは3〜20、さらに好ましくは3〜15)程度の飽和又は不飽和脂肪族第2級アルコール;1−シクロペンチルエタノール、1−シクロヘキシルエタノールなどの、ヒドロキシル基の結合した炭素原子に脂肪族炭化水素基と脂環式炭化水素(シクロアルキル基など)とが結合している第2級アルコール;シクロペンタノール、シクロヘキサノール、シクロオクタノール、シクロドデカノール、2−シクロヘキセン−1−オール、2−アダマンタノール、橋頭位にヒドロキシル基を1〜4個有する2−アダマンタノール、アダマンタン環にオキソ基を有する2−アダマンタノールなどの3〜20員(好ましくは3〜15員、さらに好ましくは5〜15員、特に5〜8員)程度の飽和又は不飽和脂環式第2級アルコール(橋かけ環式第2級アルコールを含む);1−フェニルエタノールなどの芳香族第2級アルコール;1−(2−ピリジル)エタノールなどの複素環式第2級アルコール等を挙げることができる。
【0037】
本発明における第1級又は第2級アルコールとしては、なかでも、目的化合物を極めて高い収率で得られる点で、飽和又は不飽和脂肪族第2級アルコール(例えば、2−プロパノール、2−オクタノール等)、芳香族アルコール(例えば、ベンジルアルコール、2−フェニルエチルアルコール、3−フェニルプロピルアルコール、桂皮アルコール等の芳香族第1級アルコールや1−フェニルエタノールなどの芳香族第2級アルコール等)が好ましい。
【0038】
[アルケンの製造方法]
本発明に係るアルケンの製造方法は、上記担体表面に金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を固定化して得られる表面金属固定化触媒及び第1級又は第2級アルコールの存在下、エポキシ化合物を脱酸素して対応するアルケンを製造することを特徴とする。エポキシ化合物として上記式(3)で表される化合物を使用した場合、下記式(5)で表される対応するアルケンが得られる。
【化4】

(式中、R1、R2、R1'、R2'は上記に同じ)
【0039】
本発明に係るアルケンの製造方法は、下記式で表される反応機構に従って進行すると考えられる。尚、エポキシ化合物として、上記式(3)におけるR1'、R2'が水素原子である場合について説明するが、他のエポキシ化合物についても同様である。また、触媒としてAu/HTを使用した場合について説明するが、Ag/HTを使用した場合や、他の担体に金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を固定化して得られる表面金属固定化触媒を使用した場合も同様である。式中、BSはハイドロタルサイトの塩基サイトを示す。R1、R2、R3、R4は上記に同じ。
【化5】

【0040】
上記反応は、液相で行われる。溶媒としては、例えば、水;トリフルオロトルエン、フルオロベンゼン、フルオロヘキサンなどのフッ素系溶媒;芳香族炭化水素(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、ニトロベンゼン等)や脂肪族炭化水素(例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等)等の炭化水素;1,2−ジオキサン、1,3−ジオキサン、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、ジエチルエーテル、ジメチルエーテル等のエーテル類;アセトアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどのアミド;酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチルなどのエステル;これらの混合物等を挙げることができる。これらのなかでも、溶媒としては炭化水素が好ましく、特にトルエン等の芳香族炭化水素が好ましい。また、溶媒の使用量としては、例えば、基質の濃度が2〜10重量%程度となる範囲内で使用することが好ましい。
【0041】
表面金属固定化触媒の使用量としては、例えば、エポキシ化合物に対して0.0001〜50モル%程度であり、なかでも0.01〜20モル%程度がより好ましい。
【0042】
また、上記反応は、不活性ガスの雰囲気下で行うのが望ましく、アルゴン、または窒素雰囲気下で行うことが好ましい。さらに、上記反応は、回分式、半回分式、連続式などの慣用の方法により行うことができる。
【0043】
本発明に係るアルケンの製造方法は温和な条件においても、円滑に反応を進行させることができる。反応温度としては、基質の種類や目的生成物の種類などに応じて適宜調整することができ、例えば、10〜200℃、好ましくは50〜180℃程度、特に好ましくは50〜130℃程度である。反応は、常圧又は加圧下で行うことができ、加圧下で反応させる場合には、通常、0.1〜10MPa(例えば、0.15〜8MPa、特に0.5〜8MPa)程度である。反応時間は、反応温度及び圧力に応じて適宜調整することができ、例えば10分〜48時間程度、好ましくは1時間〜48時間程度、特に好ましくは4〜24時間程度である。
【0044】
反応終了後、反応生成物は、例えば、濾過、濃縮、蒸留、抽出、晶析、再結晶、カラムクロマトグラフィーなどの分離手段や、これらを組み合わせた分離手段により分離精製できる。
【0045】
本発明のアルケンの製造方法によれば、エポキシ化合物の脱酸素反応を穏和な条件下で行うことができ、高い収率で対応するアルケンを製造することができる。
【0046】
また、反応に使用した表面金属固定化触媒は担体に担持されているため、有機合成反応においても担持された金属が反応溶液中に溶出しにくく、例えば、反応液から濾過、遠心分離などの物理的な分離手法により容易に回収することができる。回収された表面金属固定化触媒はそのままで、又は洗浄、乾燥処理を施した後、再利用される。洗浄処理は、例えば、酢酸エチル等の適宜な溶媒により数回(例えば2〜3回)洗浄する方法により行うことができる。
【0047】
回収された表面金属固定化触媒は、未使用の表面金属固定化触媒と比べ、ほぼ同等の触媒能を示すことができ、使用−回収を複数回繰り返しても、例えば10回程度使用−再生を繰り返しても、その触媒能の低下を著しく抑制することができる。そのため、本発明に係るアルケンの製造方法によれば、製造コストの多くの割合を占める表面金属固定化触媒を回収し、繰り返し利用することができるため、製造コストを大幅に削減することができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0049】
製造例1
50mLのナスフラスコ中に塩化金酸(HAuCl4)0.1mmolとイオン交換水 50mLを加え、その溶液にハイドロタルサイト(商品名:AD−500、富田製薬株式会社製)1.0gを加え、2分後に10%のアンモニア水溶液を0.09mL加えた。その後、空気雰囲気下、室温で12時間撹拌した。撹拌後、吸引濾過し、脱イオン水(1L)で洗浄し、24時間真空乾燥させて黄色い粉末のAu/HT(Au:3価)(Au:0.045mmol/g)を得た。
【0050】
50mLのナスフラスコ中でKBH4(0.9mmol)に水(50mL)を加えて溶解し、そこに得られたAu/HT(Au:3価)0.9gを加え、アルゴン雰囲気下、室温で1時間撹拌した。撹拌後、吸引濾過し、脱イオン水 1Lで洗浄し、24時間真空乾燥させて紫色の粉末のAu/HT(Au:0価)(担体1gに対するAuの担持量:0.045mmol/g)を得た。
【0051】
製造例2
塩化金酸(HAuCl4)に代えて硝酸銀(AgNO3)を使用した以外は製造例1と同様にして、Ag/HT(Ag:0価)(担体1gに対するAgの担持量:0.3mmol/g)を得た。
【0052】
製造例3
塩化金酸(HAuCl4)に代えてヘキサクロロ白金酸(H2PtCl6)を使用した以外は製造例1と同様にして、Pt/HT(Pt:0価)(担体1gに対するPtの担持量:0.045mmol/g)を得た。
【0053】
製造例4
塩化金酸(HAuCl4)に代えて塩化ロジウム(RhCl3)を使用した以外は製造例1と同様にして、Rh/HT(Rh:0価)(担体1gに対するRhの担持量:0.045mmol/g)を得た。
【0054】
製造例5
塩化金酸(HAuCl4)に代えてトリフルオロメタンスルホン酸銅[Cu(CF3COO)2]を使用した以外は製造例1と同様にして、Cu/HT(Cu:0価)(担体1gに対するCuの担持量:0.8mmol/g)を得た。
【0055】
製造例6
塩化金酸(HAuCl4)に代えてRuCl3・xH2Oを使用した以外は製造例1と同様にして、Ru/HT(Ru:0価)(担体1gに対するRuの担持量:0.1mmol/g)を得た。
【0056】
製造例7
塩化金酸(HAuCl4)に代えてジクロロビス(ベンゾニトリル)パラジウムを使用した以外は製造例1と同様にして、Pd/HT(Pd:0価)(担体1gに対するPdの担持量:0.045mmol/g)を得た。
【0057】
製造例8
ハイドロタルサイトに代えてアルミナ(Al23)を使用した以外は調製例1と同様にしてアルミナ表面に金ナノ粒子が固定化された触媒(Au/Al23)を得た。
【0058】
製造例9
ハイドロタルサイトに代えてチタニア(TiO2)を使用した以外は調製例1と同様にしてチタニア表面に金ナノ粒子が固定化された触媒(Au/TiO2)を得た。
【0059】
製造例10
ハイドロタルサイトに代えてマグネシア(MgO)を使用した以外は調製例1と同様にしてマグネシア表面に金ナノ粒子が固定化された触媒(Au/MgO)を得た。
【0060】
実施例1
ガラス製耐圧反応管に、製造例1で得られたAu/HT(Au:trans−スチルベンオキサイドに対して0.45mol%)、トルエン 5mL、2−プロパノール 10mmol、trans−スチルベンオキサイド 1mmolを加え、アルゴン雰囲気下、110℃で4時間撹拌し、trans−スチルベンを得た(収率99%、選択率99%以上)。尚、収率、選択率の測定には液体クロマトグラフィーによる標準的な測定方法を使用した。
【0061】
実施例2
反応条件について、Au/HTの使用量をtrans−スチルベンオキサイドに対して0.45mol%から1.40mol%へ変更し、110℃で4時間撹拌を60℃で12時間撹拌に変更した以外は実施例1と同様にして、trans−スチルベンを得た(収率99%、選択率99%以上)。
【0062】
実施例3〜8、比較例1〜3
下記表1に記載の条件に変更した以外は実施例1と同様にしてtrans−スチルベンを得た。
【表1】

【0063】
実施例9
ガラス製耐圧反応管に、製造例1で得られたAu/HT 1g、トルエン 5mL、2−プロパノール 10mmol、trans−スチルベンオキサイド 1mmolを加え、アルゴン雰囲気下、110℃で撹拌し、反応開始から250時間後までの間のtrans−スチルベンオキサイド転化率を測定した。尚、転化率の測定にはICP発光分析装置を使用した。
【0064】
実施例10
ガラス製耐圧反応管に、製造例1で得られたAu/HT 1g、トルエン 5mL、2−プロパノール 10mmol、trans−スチルベンオキサイド 1mmolを加え、アルゴン雰囲気下、110℃で撹拌した。trans−スチルベンオキサイドの転化率が40%となった時点で反応液を濾過し、そのろ液について、続けて、110℃で撹拌し、反応開始から250時間後までの間のtrans−スチルベンオキサイド転化率を測定した。
【0065】
実施例11
製造例1で得られたAu/HTの代わりに、製造例2で得られたAg/HTを使用した以外は実施例9と同様にした。
【0066】
実施例12
製造例1で得られたAu/HTの代わりに、製造例2で得られたAg/HTを使用した以外は実施例10と同様にした。
【0067】
上記実施例9、10の結果をまとめて図1、実施例11、12の結果をまとめて図2に示す。金ナノ粒子又は銀ナノ粒子を固定化して得られる表面金属固定化触媒から、反応液中に金ナノ粒子又は銀ナノ粒子が溶出するか否かを検討した。縦軸は基質の転化率(%)、横軸は反応時間(h)であり、基質の転化率の変化から金ナノ粒子又は銀ナノ粒子溶出の有無を判定した。図1、2より、表面金属固定化触媒(Au/HT、Ag/HT)から、反応溶液中に金ナノ粒子又は銀ナノ粒子の溶出が起こっていないことがわかった。
【0068】
実施例13
製造例1で得られたAu/HTに代えて、実施例1の反応終了後、反応液を濾過して触媒を分離し、分取された触媒を酢酸エチルで2回洗浄した後、室温(25℃)で減圧乾燥して得られた[Au/HT]’を使用した以外は実施例1と同様にして、trans−スチルベンを得た(収率99%、選択率99%以上)。
【0069】
実施例14
製造例1で得られたAu/HTに代えて、実施例13の反応終了後、反応液を濾過して触媒を分離し、分取された触媒を酢酸エチルで2回洗浄した後、室温(25℃)で減圧乾燥して得られた[Au/HT]”を使用した以外は実施例1と同様にして、trans−スチルベンを得た(収率97%、選択率99%以上)。
【0070】
実施例15〜28
下記表2に記載の条件に変更した以外は実施例1と同様にして対応するアルケンを得た。
【表2】

【0071】
実施例29
製造例1で得られたAu/HTの代わりに、製造例2で得られたAg/HTを使用し、反応時間を4時間から8時間に変更した以外は実施例1と同様にして、trans−スチルベンを得た(収率95%、選択率99%以上)。
【0072】
実施例30
製造例2で得られたAg/HTに代えて、実施例29の反応終了後、反応液を濾過して触媒を分離し、分取された触媒を酢酸エチルで2回洗浄した後、室温(25℃)で減圧乾燥して得られた[Ag/HT]’を使用した以外は実施例29と同様にして、trans−スチルベンを得た(収率93%、選択率99%以上)。
【0073】
実施例31
製造例2で得られたAg/HTに代えて、実施例30の反応終了後、反応液を濾過して触媒を分離し、分取された触媒を酢酸エチルで2回洗浄した後、室温(25℃)で減圧乾燥して得られた[Ag/HT]”を使用した以外は実施例29と同様にして、trans−スチルベンを得た(収率93%、選択率99%以上)。
【0074】
実施例32〜37
下記表3に記載の条件に変更した以外は実施例29と同様にして対応するアルケンを得た。
【表3】

【0075】
比較例4
製造例1で得られたAu/HTの代わりに、製造例3で得られたPt/HTを使用した以外は実施例1と同様にしたが、trans−スチルベンは痕跡量しか得られなかった。
【0076】
比較例5
製造例1で得られたAu/HTの代わりに、製造例4で得られたRh/HTを使用した以外は実施例1と同様にしたが、trans−スチルベンは痕跡量しか得られなかった。
【0077】
比較例6
製造例1で得られたAu/HTの代わりに、製造例5で得られたCu/HTを使用した以外は実施例1と同様にしたが、trans−スチルベンは痕跡量しか得られなかった。
【0078】
比較例7
製造例1で得られたRu/HTの代わりに、製造例6で得られたRu/HTを使用した以外は実施例1と同様にしたが、trans−スチルベンは痕跡量しか得られなかった。
【0079】
比較例8
製造例1で得られたAu/HTの代わりに、製造例7で得られたPd/HTを使用した以外は実施例1と同様にしたが、trans−スチルベンは痕跡量しか得られなかった。
【0080】
比較例9
ガラス製耐圧反応管に、製造例1で得られたAu/HT 0.1g、トルエン 5mL、スチレンオキサイド 1mmolを加え、水素雰囲気下、110℃で4時間撹拌したところ、スチレン(収率8%)、及びエチルベンゼン(収率12%)が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体表面に金ナノ粒子及び/又は銀ナノ粒子を固定化して得られる表面金属固定化触媒及び第1級又は第2級アルコールの存在下、エポキシ化合物を脱酸素して対応するアルケンを製造することを特徴とするアルケンの製造方法。
【請求項2】
第1級又は第2級アルコールが飽和若しくは不飽和脂肪族第2級アルコール又は芳香族アルコールである請求項1に記載のアルケンの製造方法。
【請求項3】
担体としてハイドロタルサイトを使用する請求項1又は2に記載のアルケンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−173829(P2011−173829A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−38841(P2010−38841)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】