説明

エリスロポエチン含有水性液剤

【課題】安定化剤としてヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、及び尿素を含有しない、新たなエリスロポエチンを含有する水性液剤を提供すること。
【解決手段】
1万〜5万IU/mLの濃度のエリスロポエチンと、0.01〜1mg/mLの非イオン性界面活性剤と、緩衝剤および塩とを含有するエリスロポエチン水性液剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液状態で貯蔵安定なエリスロポエチンの水性液剤に関し、詳しくは、安定化剤としてヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、および尿素を含有しない、エリスロポエチンを含有する水性液剤に関する。
【背景技術】
【0002】
エリスロポエチンは、赤芽球前駆細胞に働いて赤血球へと分化させることによって、赤血球の産生を促進する糖タンパク質である。このため、エリスロポエチンは、ヒトの腎性貧血治療剤として、また手術に備えた自己血による貯血のために用いられている。医薬品として市販されているエリスロポエチン製剤には、凍結乾燥製剤と水性液剤があるが、水性液剤は使用時における薬剤の溶解操作が不要であるので、凍結乾燥製剤に比べて利便性が高い。
【0003】
エリスロポエチンを水性液剤として供給することにより、その使用時における利便性は向上する。しかし、水溶液中ではエリスロポエチンの変性、凝集、凝集による沈殿、容器の壁への吸着が起こり易く、薬剤としての安定性が損なわれるので、水性液剤を市場に流通させるためには、水溶液中におけるエリスロポエチンの安定性を高める必要がある。そこで、水溶液中におけるエリスロポエチンの安定性を高めるために種々の試みがなされている。例えば、エリスロポエチン製剤に関して、貯蔵安定性を高めるために、尿素、種々のアミノ酸および非イオン性湿潤剤を含有するものが報告されている(特許文献1参照)。この文献に示されたデータによれば、エリスロポエチンの良好な安定性を得るには尿素が必要である。
【0004】
また、安定化剤としてアミノ酸を含むエリスロポエチンの水性液剤が報告されている(特許文献2参照)。この文献に記載された試験結果は、加速試験による安定性試験に付したアミノ酸のうち、L−ロイシン、L−トリプトファン、L−グルタミン酸ナトリウム、L−アルギニン塩酸塩、L−ヒスチジン塩酸塩およびL−リジン塩酸塩で安定性の向上が得られる一方、L−フェニルアラニン、L−システインでは、無添加に比し安定性が却って大幅に低下すること、および、L−セリンでは無添加と実質的な差が見られないことを示している。
【0005】
また、安定化剤としてアミノ酸、特にグリシンを含むエリスロポエチンの水性液剤が報告されている(特許文献3参照)他、安定化剤としてトリプトファン又はトリプトファン誘導体を含むエリスロポエチンの水性液剤(特許文献4参照)、安定化剤としてメチオニンを含むエリスロポエチンの水性液剤(特許文献5参照)、安定化剤として、グリシン、アラニン、ロイシン又はイソロイシン等の中性アミノ酸を含むエリスロポエチンの水性液剤(特許文献6参照)が報告されている。更に、安定化剤としてロイシン、イソロイシン、スレオニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、フェニルアラニンあるいはグリシンを含むエリスロポエチンの水性液剤が報告されている(特許文献7参照)。
【0006】
市販されているエリスロポエチンの水性液剤には、エリスロポエチンの安定化剤として、ヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、又は尿素が含有されている。すなわち、市場に流通させることが可能な程度に安定なエリスロポエチンの水性液剤を得るためには、エリスロポエチンの安定化剤として、ヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、又は尿素を添加する必要があることが知られていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】 特公平7−80782号公報
【特許文献2】 特開平10−182481号公報
【特許文献3】 特表2002−541208公報
【特許文献4】 WO2001/064241
【特許文献5】 特表2002−527470公報
【特許文献6】 特表2007−528842号公報
【特許文献7】 特表2007−536215号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記背景の下で、本発明の目的は、安定化剤としてヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、および尿素を含有させることなく、市場に流通させることが可能な程度に安定なエリスロポエチンの水性液剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的に向けた研究において、本発明者らは、水性液剤中にエリスロポエチンを比較的高濃度で含有させることによって、安定化剤としてヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、又は尿素を添加させることなく、エリスロポエチンの水性液剤中の安定性を高めることができることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は以下を提供する。
(1)10000〜50000IU/mLの濃度のエリスロポエチンと、0.01〜1mg/mLの非イオン性界面活性剤とを含有し、安定化剤として尿素およびアミノ酸を含有しないことを特徴とする、エリスロポエチンの水性液剤。
(2)エリスロポエチンの濃度が、12000〜48000IU/mLである、上記(1)に記載の水性液剤。
(3)非イオン性界面活性剤が、ポリソルベート又はポロキサマーである、上記(1)又は(2)に記載の水性液剤。
(4)非イオン性界面活性剤が、ポリソルベート20、ポリソルベート80およびポロキサマー188よりなる群から選ばれる、上記(1)又は(2)に記載の水性液剤。
(5)緩衝剤および等張化剤を更に含有し、pHが5.5〜7.2である、上記(1)〜(4)に記載の水性液剤。
(6)緩衝剤がリン酸緩衝剤であり、等張化剤が塩化ナトリウムである、上記(5)に記載の水性液剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、安定化剤としてヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、又は尿素を含有させることなく、水性液剤中のエリスロポエチンを安定化させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において、「エリスロポエチン」というときは、特にヒトエリスロポエチンのことをいうが、これに限らず、牛、馬等の家畜およびイヌ、ネコ等の愛玩動物を含む哺乳動物のエリスロポエチンをも含む。また、「エリスロポエチン」には、野生型のエリスロポエチンのみならず、エリスロポエチンを構成する1つ又は2以上のアミノ酸残基を、置換、欠失、挿入させたエリスロポエチンの類似物をも含む。
【0012】
本発明において、エリスロポエチンは、遺伝子組換え技術を用いて組換え体エリスロポエチンとして生産することができる。例えば、エリスロポエチン遺伝子を発現ベクターに組込み、これを用いて細胞(例えばチャイニーズハムスター卵巣由来のCHO細胞)を形質転換し、得られた形質転換細胞を培養することにより、生物学的に活性な組換え体エリスロポエチンを製造する方法は、当業者に周知である(WO2008/068879)。
【0013】
本発明において、水性液剤に含有されるエリスロポエチンの濃度は、1万〜5万IU/mLであることが好ましく、1.2万〜4.8万IU/mLであることがより好ましい。好適には、エリスロポエチンの濃度を1.2万又は4.8万IU/mLとすることができる。
【0014】
本発明において、水性液剤に含有される非イオン性界面活性剤は、ポリソルベートやポロキサマー等を単独で又はこれらを組合せて使用することができる。ポリソルベートとしてはポリソルベート20、ポリソルベート80が、ポロキサマーとしてはポロキサマー188(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコール)が特に好適である。また、水性液剤に含有される非イオン性界面活性剤の濃度は、0.01〜1mg/mLであることが好ましく、0.01〜0.5mg/mLであることがより好ましく、0.02〜0.1mg/mLであることが更に好ましく、0.05mg/mLであることが特に好ましい。
【0015】
本発明において、水性液剤に含有される緩衝剤は、薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが、リン酸塩緩衝剤が好ましく、特にリン酸ナトリウム緩衝剤が好ましい。リン酸ナトリウムの濃度は、好ましくは0.01〜0.04Mである。また、緩衝剤によって調整される水性液剤のpHは、好ましくは5.5〜7.2、より好ましくは5.8〜7.0、更に好ましくは5.8〜6.2、特に好ましくは6.0である。
【0016】
本発明において、水性液剤に含有される等張化剤は、薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが、塩化ナトリウム、マンニトールが好適に使用できる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが、本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0018】
〔エリスロポエチン水性液剤の安定性の検討〕
下記の表1〜表3に記載した組成からなるエリスロポエチン水性液剤を調製し、0.7mLずつガラスバイアルに充填し、密封して暗所で、50℃で7日間又は40℃で30日間保存した。水性液剤中におけるエリスロポエチンの濃度は、1500IU/mL(表1)、12000IU/mL(表2)および48000IU/mL(表3)に設定した。エリスロポエチンの濃度を1500IU/mLに設定した液剤については、pHを6.5とし、安定化剤として1、0.5および0.25mg/mLのグリシンを添加した液剤(液剤A〜C)と、グリシン無添加の液剤(液剤D)を調製した。エリスロポエチンの濃度を12000IU/mLと48000IU/mLに設定した液剤については、各々について、安定化剤として1mg/mLのグリシンを添加した液剤と、グリシンを添加しない液剤を調製した。また、液剤のpHは、6.0、6.5および7.0に調整した。また、エリスロポエチンとして、CHO細胞を用いて製造した組換え体ヒトエリスロポエチンを使用した。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
〔分析方法〕
トリフルオロ酢酸(TFA)0.5mLに水833mLを加えて0.06%TFA水溶液(A液)とした。また、TFA0.5mLにアセトニトリル666mLおよび水167mLを加えて、0.06%トリフルオロ酢酸/80%アセトニトリル水溶液(B液)とした。HPLCシステムLC−10A(島津製作所製)に固定相としてブチルシリル化シリカゲルカラム(Vydac 214ATP54、 Vydac社)(粒形5μm、内径4.6mm、長さ250mm)を取り付け、エリスロポエチン資料を注入して、25℃にて流速1.0mL/分で、A液とB液の混合物を移動相としてHPLCを行った。移動相の組成は、最初の10分間はA液とB液の混合比を50/50とし、次いでA液とB液の混合比を10分間かけて25/75へと直線的に移行させ、その比率で20分間維持し、次いで50/50に戻して10分間維持した。検出は紫外吸光光度計(測定波長215nm)にて行った。この条件でHPLC開始後約20分の位置に検出されるピークがエリスロポエチンであることを確認し、保存前後のピーク面積の比から、その残存率(%)を求めた。
【0023】
〔分析結果〕
1500IU/mLの濃度のエリスロポエチン含有水性液剤を50℃で7日間保存した後のエリスロポエチンの残存率を表4に示す。グリシンが無添加の液剤Dでは、残存率が、グリシンを0.5mg/mL以上含む液剤(液剤AおよびB)と比較して、エリスロポエチンの残存率が著しく低下しており、エリスロポエチンを水性液剤中で安定に保持するために、安定化剤としてグリシンが必要であることがわかった。この結果は、先行技術文献中における、安定なエリスロポエチンの水性液剤を得るために、グリシン等のアミノ酸を安定化剤として添加することが効果的であるとの記載を裏付けるものである。
【0024】
【表4】

【0025】
12000IU/mLおよび48000IU/mLの濃度のエリスロポエチン含有水性液剤を、50℃で7日間保存した後のエリスロポエチンの残存率を表5および表6に示す。エリスロポエチンの濃度が12000IU/mLの場合、pH7.0に調整した液剤で、エリスロポエチンの残存率が、グリシンを含有する液剤に比較して、グリシンを含有しない液剤で若干低下したが、pH6.0と6.5に調整した液剤では、グリシンの有無によってエリスロポエチンの残存率が大きく異なることはなかった(表5)。エリスロポエチンの濃度が48000IU/mLの場合も同様の結果が得られた(表6)。特に、pHを6.0に調整した液剤では、いずれの濃度においても、グリシンを含有しない液剤が、グリシンを含有する液剤に比較して、高い残存率を示した(液剤1と2、液剤7と8)。これらの結果は、水性液剤中におけるエリスロポエチンの濃度を、比較的高濃度の12000IU/mL以上とすることにより、グリシン等の安定化剤を添加することなく、水性液剤中におけるエリスロポエチンを安定に保持できることを示し、特に、pH6.0では、グリシンを含有しない液剤が、エリスロポエチンの安定性をより高めることを示す。これらの事実は、表4の結果および先行技術文献中の記載から、水性液剤中におけるエリスロポエチンを安定に保持するためには、グリシン等の安定化剤が必要であると考えられたことからして、驚くべきものである。
【0026】
【表5】

【0027】
【表6】

【0028】
次に、エリスロポエチン含有水性液剤を40℃で30日間保存した後のエリスロポエチンの残存率を表7および8に示す。エリスロポエチンの濃度が12000IU/mLの場合、グリシンの有無によってエリスロポエチンの残存率が大きく異なることはなかった(表7)。エリスロポエチンの濃度が48000IU/mLの場合も同様の結果が得られた(表8)。但し、pH6.5および7.0の場合、エリスロポエチンの残存率が、グリシンを添加した液剤と比較して、グリシンを含有しない液剤で、若干の低下が認められた。しかし、pH6.0では、グリシンの有無は、エリスロポエチンの残存率にほとんど影響を与えなかった。
【0029】
【表7】

【0030】
【表8】

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、安定化剤としてヒスチジン、アルギニン、グリシン等のアミノ酸、又は尿素を含有しないエリスロポエチン含有水性製剤を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
10000〜50000IU/mLの濃度のエリスロポエチンと、0.01〜1mg/mLの非イオン性界面活性剤とを含有し、安定化剤として尿素およびアミノ酸を含有しないことを特徴とする、エリスロポエチンの水性液剤。
【請求項2】
エリスロポエチンの濃度が、12000〜48000IU/mLである、請求項1に記載の水性液剤。
【請求項3】
非イオン性界面活性剤が、ポリソルベート又はポロキサマーである、請求項1又は2に記載の水性液剤。
【請求項4】
非イオン性界面活性剤が、ポリソルベート20、ポリソルベート80およびポロキサマー188よりなる群から選ばれる、請求項1又は2に記載の水性液剤。
【請求項5】
緩衝剤および等張化剤を更に含有し、pHが5.5〜7.2である、請求項1〜4に記載の水性液剤。
【請求項6】
緩衝剤がリン酸緩衝剤であり、等張化剤が塩化ナトリウムである、請求項5に記載の水性液剤。

【公開番号】特開2011−116752(P2011−116752A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−246829(P2010−246829)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】