説明

エレベータ用ワイヤロープ

【課題】本発明は、駆動シーブ通過時に受ける自転性を少なくした樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープを提供することにある。
【解決手段】 本発明は、細鋼線2a〜2gを撚り合わせて形成したストランド2と、このストランド2を撚り合わせて形成したシェンケル3と、このシェンケル3を撚り合わせて形成したワイヤロープと、これらワイヤロープに樹脂4,5を充填すると共に表面に樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープ1において、細鋼線及びストランドの撚り方向とシェンケルの撚り方向を逆方向にすると共に、撚り合わせた複数のシェンケルの内接円径dを、前記シェンケルの直径dよりも小さくしたのである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレベータの乗かごを懸架するワイヤロープに係り、特に、外周に樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、エレベータの乗かごはワイヤロープによって懸架されており、このワイヤロープを巻上機の駆動シーブに巻き掛け、シーブ表面のロープ溝とワイヤロープとの摩擦によって駆動することで前記乗かごを昇降させている。
【0003】
ところで、巻上機を昇降路内に設置した機械室レスエレベータでは、昇降路の断面積を縮小するために、巻上機の小型化が求められている。この実現手段として、駆動シーブの小径化がある。駆動シーブを小径化することによって、巻上機に低トルクのモータを用いて乗かごを昇降させることが可能となり、モータを小型化することができる。このため、ワイヤロープとして、小径の駆動シーブに追従して容易に屈曲することができる柔軟性の高いワイヤロープが求められている。
【0004】
ワイヤロープの柔軟性を高める構成として、例えば、特許文献1に開示のようなワイヤロープがすでに提案されている。即ち、特許文献1に開示のワイヤロープは、ワイヤロープを構成する素線を伸線加工して細線化し、破断強度を2600MPa(通常のA種エレベータ用ワイヤロープの素線破断強度は約1600MPa)以上まで高めた細鋼線を用いている。鋼線を細線にすることで、小径の駆動シーブへの巻き掛けても容易に屈曲するので、ロープ溝とワイヤロープとの接触長さを確保することができる。
【0005】
しかしながら、このように細線化した鋼線は、鋼線の断面積縮小によって、フレッティング摩耗による疲労破壊を起こしやすい。このため、特許文献1に開示のワイヤロープは、細鋼線やストランド群からなるシェンケルの周囲に樹脂を充填するとともに、ワイヤロープ全体を樹脂で被覆した構成となっている。尚、この樹脂被覆層は、隣接するシェンケルの接触を防止するスペーサ部分を有しており、円周状に配置したシェンケルにほぼ均等な隙間を形成して、シェンケルが互いに金属接触しにくい構成となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−9174号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般的にワイヤロープには、張力や曲げ力が作用すると、ワイヤロープの中心軸の周りにワイヤロープの全体が回転しようとする特性(自転性)がある。そしてエレベータでは、ワイヤロープが駆動シーブのロープ溝上を通過する際に、この自転性によってワイヤロープがロープ溝の上を微小に滑っている。これに対し、特許文献1に開示の外周を樹脂で被覆したワイヤロープでは、ロープ溝と外層樹脂の摩擦係数が高いため、ワイヤロープの外周表面が拘束された状態となる。このため、ワイヤロープの内部に生じるトルクが、被覆樹脂を捩る力として作用し、長期に使用すると、被覆樹脂を損傷させてワイヤロープを剥き出し状態にして駆動シーブとの摩擦力を低下させる可能性がある。
【0008】
これを防止するため、表面を樹脂で被覆したワイヤロープにおいては、張力を付加しても自転しにくい特性が求められる。しかしながら、特許文献1に開示のワイヤロープでは、主として耐曲げ疲労の向上に着目しており、自転性については何ら配慮されてはいない。
【0009】
本発明の目的は、駆動シーブ通過時に受ける自転性を少なくした樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記目的を達成するために、細鋼線を撚り合わせて形成したストランドと、このストランドを撚り合わせて形成したシェンケルと、このシェンケルを撚り合わせて形成したワイヤロープと、これらワイヤロープに樹脂を充填すると共に表面に樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープにおいて、細鋼線及びストランドの撚り方向とシェンケルの撚り方向を逆方向にすると共に、撚り合わせた複数のシェンケルの内接円径を、前記シェンケルの直径よりも小さくしたのである。
【0011】
即ち、撚り合わせた複数のシェンケルの内接円径を、シェンケルの直径よりも小さくすることで、シェンケルをワイヤロープの中心側に近付けることができ、その結果、ワイヤロープに張力が作用したときに、各シェンケルが周方向に働く力と、ワイヤロープ中心からシェンケル中心までの距離の積で表わされるトルク(以下、ロープ全体トルクと称する)を小さくすることができる。そして、シェンケルの撚り方向を例えばZ撚りとした場合、細鋼線とストランドの撚り方向をS撚りとすることで、細鋼線とストランドに発生するトルクとシェンケルに発生トルクは互いに打ち消し合う方向に発生することになる。
このようにロープ全体トルクを小さくし、さらに、撚り方向をシェンケルに発生するトルクを小さくする方向にしたので、ワイヤロープの内部に生じるトルクを小さくでき、ワイヤロープの中心軸の周りにワイヤロープの全体が回転しようとする自転性を小さくして被覆樹脂を捩る力を小さくし、その結果、自転性による被覆樹脂の損傷を抑制することができる。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように本発明によれば、駆動シーブ通過時に受ける自転性を少なくした樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明によるエレベータ用ワイヤロープの第1の実施の形態を示す断面図。
【図2】図1に示すエレベータ用ワイヤロープの撚り方向を示す説明図。
【図3】図1に示すエレベータ用ワイヤロープのシェンケル数と断面積、層心径、トルク係数の関係を示す説明図。
【図4】図1のエレベータ用ワイヤロープの断面積と素線曲げ応力の関係を示す説明図
【図5】図1のエレベータ用ワイヤロープの中心近傍を示す拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明によるエレベータ用ワイヤロープの一実施の形態を図1に基づいて説明する。
【0015】
エレベータ用ワイヤロープ1は、複数の細鋼線2a〜2gを撚り合わせて形成した複数のストランド2と、これらストランド2を撚り合わせて形成した複数のシェンケル3と、これらシェンケル3を撚り合わせて形成されている。エレベータ用ワイヤロープ1の中心には、内層樹脂4を配置しており、シェンケル3はこの内層樹脂4の上に撚られている。複数のシェンケル3は、円周上にほぼ均等な隙間δを形成して配置され、隣接するシェンケル3は直接接触しないように、内層樹脂4に突起4Pを設けて前記隙間δを確保している。
【0016】
複数のシェンケル3の外周部は、外層樹脂5で全体を被覆しており、駆動シーブと金属接触しないようにしている。内層樹脂4と外層樹脂5はそれぞれ耐摩耗性や耐油性に優れた材料、例えばウレタン樹脂などを用いるとよい。それぞれの材質は、同一材料で構成すれば、内層と外層の樹脂の密着性を高めることができる。また、内層樹脂4を、耐摩耗性や摺動性に優れた樹脂材で構成し、外層樹脂5にシーブとのトラクションを確保するために、添加材、例えばアルミニューム粉末を混入させた樹脂材で構成してもよい。
【0017】
シェンケル3と、ストランド2と、細鋼線2a〜2gとは、それぞれ、径方向において1層で円周状に配置する他にも2層配置、さらには層を構成せずに多数本を束ねたものなどいくつかの構成が考えられる。ここでは、製造工数やストランド接触による摩擦抵抗を低減する観点より、シェンケル3と、ストランド2と、細鋼線2a〜2gをそれぞれ径方向に1層で円周状に配置する。
【0018】
また、本実施の形態では、内層樹脂4が位置する中心部にシェンケルを配置せず、内層樹脂4の外周に5つのシェンケル3を配置している。ただ、シェンケル3の個数は、図1においては5つ設置したが、後述の関係式を満たすとともに、応力や断面積により定められた限界線図の領域内であれば、5つに限定されるものではない。そして、突起4Pを設けて星形に形成された内層樹脂4の内接円径dはシェンケル3の直径dよりも小さくしている。
【0019】
次に、エレベータ用ワイヤロープ1の自転性の指標であるトルク係数Kの低減方法について、詳しく説明する。
【0020】
エレベータ用ワイヤロープ1には、張力や曲げが作用すると、ロープの中心軸のまわりにロープ全体が回転しようとする特性(自転性)がある。エレベータでは、通常のワイヤロープの場合、ワイヤロープが駆動シーブ上を通過する際に、この自転性によってワイヤロープが駆動シーブのロープ溝の上を微小に滑っている。しかし、樹脂被覆したワイヤロ
ープの場合、外層樹脂と駆動シーブの摩擦係数が、ワイヤ同士に比べて高いことから、外層樹脂がロープ溝に拘束された状態となる。このため、外層樹脂は、ねじり方向の力を受け、長期の使用において樹脂を損傷させる可能性がある。
【0021】
一方、本実施の形態において、細鋼線2a〜2gとストランド2を撚ってワイヤロープを形成する、所謂2次撚りワイヤロープの場合、トルク係数Kは、Wを張力(N)、Tを張力Wによるトルク(N・m)、Dをロープ径(mm)とすると、K=T/(W×D)×10−3の無次元量で与えられる。即ち、この指標が0に近いほど自転特性が小さくなる。さらにトルクについて、ワイヤロープを構成するシェンケルやストランドの径や層心径などの諸変数を用いれば、2次撚り構成のトルク係数は式(1)で表現することができる。これを細鋼線2a〜2gとストランド2、さらにシェンケル3を撚って図1及び図2に示すワイヤロープを構成する、所謂3次撚りワイヤロープに適用すると式(2)となる。
【0022】
K=T/(W×D)×10−3=(N1・F1・R・sinα+N2・F2・r・sinβ)/(W×D)×10−3 式(1)
ただし、N1はロープ断面内のストランド個数、F1はストランド1個に働く張力(N)、Rはロープ層心半径(m)、αはストランド撚り角(゜)、N2はロープ断面内の細鋼線数、F2は細鋼線1個に働く張力(N)、rはストランド層心半径(m)、βは細鋼線撚り角(゜)とする。
【0023】
K=T/(W×D)×10−3=(N1・F1・R・sinα+N2・F2・r・sinβ+N3・F3・r0・sinγ)/(W×D)×10−3 式(2)
ここでは、N1はロープ断面内のシェンケル個数、F1はシェンケル1個に働く張力(N)、Rはシェンケル層心半径(m)、αはシェンケル撚り角(゜)、N2はロープ断面内のストランド個数、F2はストランド1本に働く張力(N)、rはストランド層心半径(m)、βはストランド撚り角(゜)、N3はロープ断面内の細鋼線数、F3は細鋼線1個に働く張力(N)、r0は細鋼線層心半径(m)、γは細鋼線撚り角(゜)とする。
【0024】
次に、本発明による一実施の形態について、図2を用いてワイヤロープの撚り方向について説明する。
【0025】
本実施の形態では、シェンケル3の撚り方向をZ撚り、ストランド2の撚り方向をS撚り、細鋼線の撚り方向をS撚りとしている。シェンケル層心径d3を小さくしても、ロープ全体が発生するトルクはゼロにならないので、シェンケル3の撚り方向と、ストランド3及び細鋼線2の撚り方向は、互いに逆方向に撚ることによって、式(2)の第1項が表わすトルク(以下、ロープ全体トルクと称する)を、式(2)の第2項、第3項が示すストランド2と細鋼線が発生するトルクで打ち消すようにする。以降、式(3)の第2項を、シェンケルトルク、式(2)の第3項をストランドトルクと称する。
【0026】
ストランドトルクは、細鋼線層心径r0が、ストランド層心径rに比べて十分小さいため、ロープ全体トルクやシェンケルトルクの10%以下に過ぎない。よって、ロープ全体トルクと、シェンケルトルクを主体に全体構造を決定し、最後にロープの全体撚りピッチを微調整すればトルク係数を完全に0にすることが容易である。
【0027】
撚り角とトルク係数の関係について説明すると、ロープの総負担張力は、シェンケルの総負担張力にほぼ等しいため、式(1)及び式(2)においてN1・F1=N2・F2が成立する。一方、ロープの幾何学的な関係から、シェンケル層心半径R>ストランド層心半径rであるから、トルク係数を小さくするには、第1項のロープの撚り角αを小さく(撚りピッチLを長く)し、第2項のストランド撚り角βを大きく(撚りピッチLを短かく)すれば、トルク係数を調整することができる。
【0028】
上述の設計指針を行なう上で、エレベータ用ワイヤロープ1として、屈曲性や耐曲げ疲労性を向上させるには、必要な破断強度を確保した上で、エレベータ用ワイヤロープ1の外直径を小さく、細鋼線径を小さくすることが求められる。即ち、ロープ全体トルクを、シェンケルトルクで打ち消すには、極力小さいロープ径でシェンケルトルクを増加させることが望ましい。このために、シェンケル3の数を増やすか、ストランド層心径rを大きくするかのいずれか、もしくは両方を実施する必要がある。しかし、これらはいずれもエレベータ用ワイヤロープ1の直径を増加させるので、これに伴いエレベータ用ワイヤロープ1のシェンケル層心径Rが増大する。即ち、上述のようなシェンケル3の数と、内層樹脂4の構成を実現すれば、径方向におけるシェンケル3の配置とシェンケルの数を、最適に設定することが容易で、曲げ屈曲疲労性等の諸特性を満足しながら、トルクバランスのよいロープを構成することができる。
【0029】
次に、式(2)で示した設計変数のとりうる範囲について、図3と図4を用いて詳細に説明する。エレベータ用ワイヤロープ1として必要な性能指標は、トルク係数の他、破断強度や耐屈曲寿命がある。ここでは、図3でトルク係数と破断強度、図4にて屈曲時の曲げ応力を示す。
【0030】
図3は、シェンケルの数を横軸にとり、(a)にワイヤロープの断面積(mm)、(b)にシェンケル層心径(d)、(c)にトルク係数を示している。シェンケル3の配置は、製造工数を削減する他、屈曲時に隣接するシェンケル3間に発生する摩擦に起因する損失を低減できる構成として、シェンケル3をシェンケル層心径dで径方向に1層で円周状に配置することにした。一般的にエレベータのロープ本数は少ないほど、駆動シーブの厚さを薄くして巻上機を薄型化することができる。また、ロープ本数が少なければロープの張力調整作業や交換作業を軽減することも可能である。
【0031】
図3の(a)に、ワイヤロープ1の本数について建築基準法が定めるロープ安全率10以上を満足し、Φ10の鋼線ロープと同等以下の本数を実現する破断強度の下限値を示す。図3の(a)の○印はワイヤロープ1の鋼線部外径dが9mm、△印は外径が8.5の場合の計算例を示している。この図から明らかなように、シェンケル3の数が増えると、中央の内層樹脂4の面積が拡大し、シェンケル3の直径は小さくなる。よって、鋼線部の断面積は、横軸の増加に伴って縮小する傾向を示す。シェンケルの数が6個以上では鋼線の占有率が低下し、樹脂層が増加する。これは、鋼材に比べて高価な樹脂材を多用することになり、ワイヤロープ1の製造コストが上昇し易くなる。よって、断面積の観点からは、ローワイヤプの外径は小さく、シェンケルの数は少ない方が良いことがわかる。
【0032】
また、同図によれば、細鋼線強度が3600MPaでは、ワイヤロープ1の鋼線部外径dが9mmの場合シェンケルの個数は3〜8個の範囲を取ることができる。しかし、ワイヤロープ1の鋼線部外径dを8.5mmに減径した場合には、シェンケルの個数は3〜6個となり設計自由度は下がる。一方、細鋼線の強度が2600MPaの場合には、ワイヤロープ1の鋼線部外径dが8.5mmでは成立せず、ワイヤロープ1の鋼線部外径dが9mmの場合、3〜5個になる。さらに、ワイヤロープ1の鋼線部外径dを8.5mmまで縮小せず、例えば8.8mmで構成すればシェンケル3間の距離(図1のδ)が広がるので、内層樹脂4の摩耗に対する尤度や製造ばらつきを緩和できるというメリットもある。以上のように、ワイヤロープ1の鋼線部外径dやシェンケル数は、使用する細鋼線の強度、樹脂の使用量を考慮して、決定することができる。
【0033】
次に、図3の(b)は、ワイヤロープ1の鋼線部外径dを8.3mmの条件での、左側の第1軸にシェンケル層心径(図1中のd)を、右側の第2軸にシェンケル径(図1中のd)を示している。この図より、シェンケル3の個数が多くなるほど、シェンケルがロープ外周側に移動するので、シェンケル径dは小さくなり、シェンケル層心径dは逆に大きくなっている。
【0034】
図3の(c)は、図3の(b)で求めた値を用いて、トルク係数を計算した結果である。前述のシェンケル撚りピッチLを88mm(ワイヤロープ1の鋼線部外径d=8.3mm)のときの、シェンケル3の撚り角は、sinα=0.189である。よって、各シェンケル個数におけるシェンケル撚りピッチLは、撚り角を同じにして右表にある撚りピッチを用いた。樹脂にウレタンを用いた場合、この材料の疲労強度より許容できるトルク係数を斜線で囲んだ範囲に定めると、シェンケル3が4〜6個の場合に、許容値に入ることがわかる。それ以外の範囲では、トルク係数が増大してしまう。
【0035】
図3の(d)は、図3の(c)で求めた許容値を満足するワイヤロープ1の鋼線部外径dとシェンケル径dの関係を示している。この図より、d1/d2は、2.5〜3.2の範囲とすればよいことがわかる。
【0036】
次に、図4を用いて駆動シーブのワイヤロープ巻き付け部における曲げ応力と断面積の関係について説明する。エレベータのワイヤロープ1では、駆動シーブの屈曲部における曲げ応力が小さい方が、応力振幅が小さく長寿命化を実現しやすい。曲げ応力の計算方法としては、例えば、式(3)に示すチタリーの式(参考文献 ワイヤーロープハンドブック)がある。
【0037】
σ=E・cosΦ・δ/Ds 式(3)
ここで、σは曲げ応力(Pa)、Eはロープ素線の縦弾性係数(Pa)、Φは撚り角度(°)、δは細鋼線直径(m)、Dsは駆動シーブのワイヤロープ巻き掛け部の直径(m)である。
【0038】
そして、図4の縦軸は、式(3)を用いて細鋼線の曲げ応力を計算したものである。図中の横軸は、図3において計算した断面積であり、それぞれの断面積を縦軸に、細鋼線の曲げ応力を横軸にしてプロットしている。尚、図中の右表には、参考として、シェンケル3の数に対応するワイヤロープ1の鋼線部外径dとシェンケル径dの比d1/d2を示している。 シェンケル3の数Nが減少するにつれて断面積が増大し、4個で最大となる。シェンケル数が4個の場合の曲げ応力は、シェンケル数が5個のときよりも増大することがわかる。エレベータ用ワイヤロープとしての破断強度を確保するため、断面積には下限値が存在する。また、屈曲の長寿命化を達成するには、曲げ応力には上限値σbが存在する。この上限値は、使用する鋼材の疲労強度により定めるもので、その他にも細鋼線のフレッティング摩耗の状態や細鋼線のもつ強度ばらつきの影響を受ける。細鋼線強度2600MPaの材料を用いて、フレッティングによる摩耗を考慮した場合、σbを例えば250MPa以下で設定すればよい。尚、これらの上限値と下限値をもとに、区域A〜Dの4つの領域に分類する。領域Aは曲げ応力は小さいが断面積が不足している領域である。一方、領域Bは曲げ応力が高く、断面積不足の領域である。さらに、領域Cは、断面積は確保できているものの、曲げ応力が高い領域であることがわかる。このため、断面積を確保しつつ、曲げ応力を低減できるのは領域Dであり、この領域にかかるシェンケル数、即ち、この計算例では、シェンケル数5個がワイヤロープ1として諸性能を満たすことがわかる。
【0039】
以上の制約条件のもとに、本実施の形態によれば、シェンケル3の数を5個として細鋼線直径を0.29mmとした場合、シェンケル径は2.9mm、ワイヤロープ1の鋼線部外径dは8.3mmであって、そのシェンケル撚りピッチLは、トルク係数をゼロにするための下限値として88mmとなった。
【0040】
図5に、シェンケル層心径dとシェンケル3の個数について、幾何学的関係を示す。シェンケル3a,3bについては、ストランド2を省略して幾何学的な関係が見やすいように示している。ワイヤロープ中心pとシェンケル3aの中心q及び、隣接するシェンケル3a,3bの中心q,sを結ぶ直線の中点rからなる直角三角形から、シェンケル層心径dとシェンケル径dには、式(4)が成立する。
【0041】
(d+δ)/d=sinθ 式(4)

こで、η=δ(内層樹脂4に突起4Pの厚さ)/d(シェンケル直径)とすれば、
/d=sinθ/(1+η) 式(5)
が成立する。
【0042】
一方、図1のシェンケル層心径dとシェンケル径d、星形の内層樹脂4の内接円直径dには、以下の関係式が成立する。
【0043】
=d+d 式(6)
式(6)及び式(7)から、dを消去して、θについて解くと、
θ=sin−1{(1+η)/(1+ε)}(゜) 式(7)
が成立する。ただし、η=δ/d、ε=d/dとする。
【0044】
以上から、被覆で被覆されたワイヤロープ1におけるトルク係数、断面積、曲げ応力の諸特性を満足するシェンケル3の数Nは、θ(゜)を用いて、N=180/θの値を切り上げた整数値とすればよい。
【0045】
ここで、エレベータ用ワイヤロープとして成立し得るワイヤロープ鋼線部外径d/シェンケル直径dは、前述の通り、2.5〜3.2である。したがって、d=2×d+dの関係式を用いれば、0.5<ε(=d/d)<1.2となる。しかしながら、ワイヤロープ断面の幾何学的関係より、シェンケル3の内接円径dがシェンケル直径dよりも小さいほうがトルク計数を小さくできるので、0.5<ε<1.2の範囲でシェンケル3の直径と配置数を選定すればよい。また、式(8)に、ε=0.86、η=1.14の具体的数値を代入すると、θ=37.8°となり、したがって、シェンケル数N=180/θ=4.7を切り上げた整数値は5となり、シェンケル設置数は5個となる。
【0046】
本実施の形態によれば、シェンケル3を外周上に5個配置しており、6個以上配置した場合に比べて、シェンケル3を撚る螺旋直径(以下、シェンケル層心径dと称し、d=2×Rの関係が成立する)を小さくすることができる。このシェンケル層心径dを縮小すると、前述のトルク係数を小さくすることが容易となる。
【0047】
尚、それぞれの撚りピッチは、例えば、樹脂被覆後のロープ外直径が10mmのワイヤロープでは、シェンケル撚りピッチLを88mm(ワイヤロープ鋼線部外径d=8.3mm)、ストランド撚りピッチLを12.4mm(シェンケル直径d=2.9mm)、細鋼線撚りピッチLを7.1mm(細鋼線直径d=0.89mm)とする。このストランド撚りピッチLは、ストランド2や細鋼線2a〜2gを1層で円周上に配置し、ストランド2を6個円周上に配置した構成において、撚りの製造限界から定まる最小値である。また、ストランド撚りピッチLは、シェンケル直径dの4.3倍となり、一方で、シェンケル撚りピッチL1は、トルク係数を低減するため、ワイヤロープ鋼線部外径dの10.5倍と、ストランド撚りピッチLに比較しても長めの撚りピッチとしている。以上の考え方を用いれば、ワイヤロープ鋼線部外径dが8.3mmの場合、このシェンケル撚りピッチLは88mmとなる。尚、シェンケル撚りピッチL1は、計算上ではワイヤロープ鋼線部外径dの10.5倍であるが、必ずしも10.5倍に特定されるものではなく、トルク係数を効率よく低減するためには10〜11倍とすることが望ましい。
【0048】
以上説明したように本実施の形態によれば、撚り合わせた複数のシェンケル3の内接円径dを、シェンケルの直径dよりも小さくすることで、シェンケル3をワイヤロープの中心側に近付けることができ、その結果、ワイヤロープに張力が作用したときに、各シェンケル3が周方向に働く力と、ワイヤロープ中心からシェンケル中心までの距離の積で表わされるトルクを小さくすることができる。そして、シェンケル3の撚り方向と細鋼線及びストランドの撚り方向を逆方向とすることで、細鋼線とストランドに発生するトルクとシェンケルに発生トルクは互いに打ち消し合う方向に発生することになるので、ロープ全体トルクを小さくし、その結果、ワイヤロープの中心軸の周りにワイヤロープの全体が回転しようとする自転性を小さくして被覆樹脂を捩る力を小さくし、その結果、自転性による被覆樹脂の損傷を抑制することができる。
【符号の説明】
【0049】
1… ワイヤロープ、2…ストランド、2a〜2g …細鋼線、3…シェンケル、4…内層樹脂、4P…突起、5 …外層樹脂 。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数本の細鋼線を撚り合わせて形成したストランドと、このストランドを複数撚り合わせて形成したシェンケルと、このシェンケルを複数本より合わせて構成したワイヤロープと、これらワイヤロープに樹脂を充填すると共に表面に樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープにおいて、細鋼線及びストランドの撚り方向とシェンケルの撚り方向を逆方向にすると共に、撚り合わせた複数のシェンケルの内接円径を、前記シェンケルの直径よりも小さくしたことを特徴とするエレベータ用ワイヤロープ。
【請求項2】
複数本の細鋼線を撚り合わせて形成したストランドと、このストランドを複数撚り合わせて形成したシェンケルと、このシェンケルを複数本より合わせて構成したワイヤロープと、これらワイヤロープに樹脂を充填すると共に表面に樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープにおいて、ストランドを円周上に1層で6個配置してシェンケルを形成し、シェンケルを円周上に1層で5個配置してワイヤロープを形成し、かつ、細鋼線及びストランドの撚り方向とシェンケルの撚り方向を逆方向にすると共に、撚り合わせた複数のシェンケルの内接円径を、前記シェンケルの直径よりも小さくしたことを特徴とするエレベータ用ワイヤロープ。
【請求項3】
複数本の細鋼線を撚り合わせて形成したストランドと、このストランドを複数撚り合わせて形成したシェンケルと、このシェンケルを複数本より合わせて構成したワイヤロープと、これらワイヤロープに樹脂を充填すると共に表面に樹脂を被覆したエレベータ用ワイヤロープにおいて、細鋼線及びストランドの撚り方向とシェンケルの撚り方向を逆方向にすると共に、撚り合わせた複数のシェンケルの内接円径を、前記シェンケルの直径よりも小さくし、かつ、前記シェンケル数Nを、シェンケル直径をd、前記内接円直径をd、隣接するシェンケル間の樹脂厚さをδとして、η=δ/d、ε=d/dと定義したときにεが0.5〜1の範囲であって、θ=sin−1{(1+η)/(1+ε)} (゜)
で導き出された角度θ を用いて180/θの値を切り上げた整数値としたことを特徴とするエレベータ用ワイヤロープ。
【請求項4】
前記シェンケルの撚りピッチは、前記ロープの鋼線部の外径に対して10〜11倍であことを特徴とする請求項1,2又は3記載のエレベータ用ワイヤロープ。
【請求項5】
前記樹脂は、ウレタン樹脂であることを特徴とする請求項1,2又は3記載のエレベータ用ワイヤロープ。
【請求項6】
前記樹脂は、複数のシェンケルの間隔を確保する突起を有する内装樹脂と、内装樹脂に間隔を確保された複数のシェンケルを被覆する外層樹脂を有することを特徴とする請求項1,2又は3記載のエレベータ用ワイヤロープ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−20793(P2012−20793A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157397(P2010−157397)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【出願人】(000003528)東京製綱株式会社 (139)
【Fターム(参考)】