説明

エレベータ装置およびエレベータ用ワイヤロープ

【課題】エレベータ用ワイヤロープの寿命を向上し、かつ、製造コストを安くする。
【解決手段】エレベータ用ワイヤロープは、全体が略円形断面を有し、かつ、複数の鋼製素線8を撚り合わせた鋼心10と、合成繊維を筒状に編んで鋼心10全体の周囲を覆うように配置された心綱被覆材12と、心綱被覆材12内に充填された固体潤滑剤13と、それぞれが複数の鋼製素線8を撚り合わせたもので、心綱被覆材12を囲むように配列されたストランド7dと、複数のストランド7d全体の周囲を覆うように配置されて当該ワイヤロープ表面を覆う合成樹脂製の外側被覆層14と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、エレベータ装置およびエレベータ用ワイヤロープに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の中低層建物向けのエレベータについては、建築設計の自由度が大きく、省スペース化を図ることができる機械室なし構造が一般的になりつつある。
【0003】
図2に機械室なし構造のつるべ式エレベータの一例を示す。図2において、1は乗りかご、2はつり合いおもり、3は巻上機に備わる駆動綱車、4は主索、5a、5bは乗りかご1、および、つり合いおもり2を吊持する吊り車、6は昇降路である。主索4の一端は、昇降路6の上部に固定され、乗りかご1の吊り車5a、駆動綱車3、つり合いおもり2の吊り車5bの順で引廻され、もう一端が再度昇降路6の上部で固定されている。主索4の乗りかご1側張力とつり合いおもり2側張力との差と、駆動綱車3と主索4の間に生ずる摩擦力とが釣り合い、乗りかご1とつり合いおもり2とをつるべ式に駆動している。
【0004】
また、主索4に関して、これまでエレベータに用いられてきた構造は、JIS B 3525に規定された繊維心構造が最も一般的である。繊維心を有する主索の断面の一例を図3に示す。図3において、7aはストランド、8は素線、9は合成繊維、または天然繊維から作られる心綱である。心綱9の周囲に6本または、8本程度のストランド7aが撚られる構造が普通であり、主索に張力が加わると、ストランド7aが心綱9を圧縮する方向に力が作用する。主索の強さについては、前記規格に強度等級が規定され、概ね1300N/mm〜1900N/mm程度の破断荷重をもつ素線8が等級に応じて使い分けられている。
【0005】
ところで、近年、エレベータ駆動システムの小型化と、ロープ寿命の向上、また、環境調和の観点から、ロープ全体が樹脂で被覆されたロープが提案されている。そのようなロープの代表例として、特許文献1に記載されたロープの構造を図4に示す。図4において、110はワイヤロープ外周に設けられたウレタン等からなる被覆樹脂、111aはそれぞれの表面に被覆112が施された素線、113は素線111aを撚って構成され、個々にポリエチレン、ポリウレタン等からなる被覆114が施されたストランド、115は、ストランド114と同様に個々に被覆された素線を撚って構成され、周囲をポリエチレン、ポリウレタン等の被覆材で覆われた心綱である。図4の樹脂被覆ロープでは、素線間の接触圧が、素線個々の被覆により緩和され、さらに、ロープ全周がウレタン等で覆われているため、駆動綱車との接触圧も低く抑えられ、従来のワイヤロープよりも使用中の負荷が減り、寿命向上が狙えると考えられる。
【0006】
また駆動システムの小型化は、ロープ寿命に依存している。小型化では、駆動綱車3を含む巻上機(図示せず)や吊り車5a,5bを小型化することがポイントであるが、駆動綱車3や吊り車5a,5bの小型化により、主索4に生じる曲げ応力が増加し、疲労寿命が低下するため、エレベータの構造を規定する国内法規(例えば建築基準法)では、駆動綱車3や吊り車5a、5bの径Dと主索径dとの比(D/d)が40を下回らないこととしている。しかし、ロープの損傷は曲げ応力のみではなく、素線間、および、素線と綱車表面との摩擦の影響が大きく、樹脂被覆ロープはこれらの摩擦による負荷を軽減するため、駆動綱車3や吊り車5a、5bの小型化をしても従来ロープ並みの寿命を確保することができると考えられる。さらに、樹脂被覆ロープでは、潤滑のためにグリスを使うことがないため、保守時の給油が不要で、グリスによる汚損が生じず、廃油処理の必要がないので、環境負荷も軽減される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3724322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
樹脂被覆ロープに関して、ロープ内部の摩擦負荷を軽減するために、前述の公知例にあげたような素線ごとに被覆を施すような構造については、以下の問題が生じる。すなわち、素線間の摩擦、および、ストランド間の摩擦を低減する被覆として、ポリエチレンや、ポリアミド、ポリウレタン等の樹脂が示されているが、ストランド間、または、ストランドと心綱との間の摩擦に対して、これらの樹脂は破壊が早く、従来ロープと比較して大幅な寿命向上は望めないことを、発明者らは試験的に確認した。
【0009】
すなわち、発明者らによる曲げ疲労試験の結果によると、このような樹脂被覆ロープでは、心綱とストランドとの間、またはストランド間の被覆が最初に損傷を受け、その後、図5の黒丸で示した部分で急速に破壊が進み、使用可能な強度が確保される期間は、従来ロープと比較して、明確な差が出なかった。
【0010】
ここで、図5は、樹脂被覆ロープの破断試験結果としての破断状況を示す図であって、素線断線部120を黒丸で示し、素線非断線部121を白丸で示している。
【0011】
また、従来の樹脂被覆ロープでは、個々の素線毎に被覆を施すため、製造コストが極めて高くなるうえ、ロープ径の管理が従来以上に困難となり、そのため、実使用においては張力管理が困難となって、それによる寿命低下を生じることが考えられる。さらに全体断面積に対する素線断面積の比率が小さいため、張力負荷に対して、被覆材のクッション効果から、従来ロープより大きく絞られてロープの弾性率が低下することが考えられる。ロープの弾性率が、大きく低下するとエレベータにおいては、かごへの乗り込み時に沈み込みが大きくなる等の問題が生じる。
【0012】
本発明は、ロープ全体を樹脂被覆で覆う樹脂被覆ロープに関して、エレベータの主索に適用したときに生じる上記の問題に鑑みてなされたものであり、エレベータ用ワイヤロープの寿命を向上し、かつ、製造コストを安くすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明に係るエレベータ装置は、乗りかごとつり合いおもりとをワイヤロープにより吊持し、前記ワイヤロープを巻き掛けた駆動綱車によって、前記乗りかごとつり合いおもりとをつるべ式に摩擦駆動するエレベータ装置であって、前記ワイヤロープは、全体が略円形断面を有し、かつ、前記ワイヤロープは、複数の鋼製素線を撚り合わせた鋼心と、合成繊維を筒状に編んで前記鋼心全体の周囲を覆うように配置された心綱被覆材と、前記心綱被覆材内に充填された固体潤滑剤と、それぞれが複数の鋼製素線を撚り合わせた複数のストランドであって、前記心綱被覆材を囲むように配列されたストランドと、前記複数のストランド全体の周囲を覆うように配置されて当該ワイヤロープ表面を覆う合成樹脂製の外側被覆層と、を有すること、を特徴とする。
【0014】
また、本発明に係るエレベータ用ワイヤロープは、エレベータの乗りかごとつり合いおもりとを吊持して駆動綱車によってつるべ式に摩擦駆動するエレベータ用ワイヤロープであって、全体が略円形断面を有し、かつ、複数の鋼製素線を撚り合わせた鋼心と、合成繊維を筒状に編んで前記鋼心全体の周囲を覆うように配置された心綱被覆材と、前記心綱被覆材内に充填された固体潤滑剤と、それぞれが複数の鋼製素線を撚り合わせた複数のストランドであって、前記心綱被覆材を囲むように配列されたストランドと、前記複数のストランド全体の周囲を覆うように配置されて当該ワイヤロープ表面を覆う合成樹脂製の外側被覆層と、を有すること、を特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、エレベータ用ワイヤロープの寿命を向上し、かつ、製造コストを安くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るエレベータ用ワイヤロープの一実施形態の横断面図である。
【図2】本発明に係るエレベータ装置の一実施形態の模式的構成図である。
【図3】従来の繊維心構成ロープの横断面図である。
【図4】従来の樹脂被覆ロープの横断面図である。
【図5】従来の鋼心被覆樹脂を使用したロープの損傷状態を示す横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る樹脂被覆ロープを主索に用いたエレベータ装置の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0018】
図1に本発明のエレベータ装置における主索の実施形態を示す。図1において、鋼心10は複数の鋼製素線8aを撚り合わせたものである。心綱被覆材(ブレード)12は合成繊維を筒状に編んで鋼心10全体の周囲を覆うように配置されている。ストランド7dは、複数の鋼製素線8bを撚り合わせたものであって、複数(図1の例では6本)のストランド7dが心綱被覆材12の外側を囲むように配置されている。複数のストランド7d全体の周囲を覆ってワイヤロープ表面を覆うウレタン樹脂製の外側被覆層14が形成されている。心綱被覆材12内には固体潤滑剤13が充填されている。
【0019】
心綱被覆材12は、たとえば0.2mmから0.5mm程度の厚さに合成繊維を筒状に編んだものである。張力が負荷されると、心綱被覆材12は鋼心10とストランド7dとからせん断力を受ける。そのため、心綱被覆材12を構成する合成繊維としては、耐摩耗性に優れたポリプロピレンやポリエステルが望ましい。
【0020】
これらの材料からなる心綱被覆材12は、従来の樹脂材料による被覆とは異なって柔軟なため、鋼心10の曲げや、ストランド7dからの押し付け圧に対して、耐久性が高く、ロープへの繰返し曲げに対して、鋼心10とストランド7dとの間の絶縁機能を長く維持することができる。
【0021】
心綱被覆材12の内側、鋼心10の素線8a間には二硫化モリブデンMoSまたは二硫化タングステンWSからなる固体潤滑剤13が充填され、鋼心10の素線間の潤滑を担う。
【0022】
外側被覆層14は、シランカップリング剤等でストランド7dに接着され、ロープ外周を覆うJIS A 90以上の硬度をもつウレタン被覆である。外側被覆層14は、最も薄い部分においては、1mm以下の厚さとしている。心綱被覆材12の厚さ、および外側被覆層14の厚さは、それぞれの寿命と、駆動綱車に巻きかかり、送られるときの送り半径により決定される。被覆の厚さは、厚いほうが、耐久性が高いが、綱車で送られるときの送り半径が張力によって大きく変化するため、個々のロープの張力差が大きくなり、結果的にロープ寿命を低下させる。前述の厚さであれば、被覆による送り半径の変化に問題なく、また、十分な被覆寿命を得ることができる。
【0023】
鋼心10に充填した固体潤滑剤13は、心綱被覆材12内に封入されているが、経年的に心綱被覆材12の外部に漏れていく。一般の潤滑油のように流動性をもつ潤滑剤の場合、製造過程で心綱被覆材12の外部に漏れ、外側被覆層14とストランド7d間の接着寿命を低下させるが、固体潤滑剤13は、接着界面に入り込むことが少なく、外側被覆層14とストランド7dとの剥離を一般グリスよりも軽減できる。
【0024】
ワイヤロープの素線8a、8bは、原材料に対して熱処理と引き抜き加工により強化されるが、断面積が小さいほど金属組織が均質化するために強度を得やすく、細く強度の高いものでは3500N/mmを超えるものも実用化されている。一般に素線強度が高くなるほどロープの破断荷重が高くなるため、エレベータシステムにおけるロープ本数を削減できる。しかし、樹脂被覆ロープでは、張力が高くなると外側被覆層14への負担が増し、被覆寿命を低下させるとともに、素線間の摩擦が増えるため、繰返し曲げに対する素線の寿命向上も少ない。したがって、素線強度については、外側被覆層14の強度に合ったものを選ぶ必要がある。また、素線8a、8bの極端な細径化は、磁気探傷等による保守作業で作業性を悪化させ、主索に対する信頼を低下させることにもなる。そのため、素線8a、8bの断面積としては、0.05mm以上0.35mm以下が望ましく、その範囲の素線によるワイヤロープは、公称径として8mmから10mmに相当する。本実施形態のエレベータ装置に使うロープの素線8a、8bは、破断強度として2000N/mm〜2500N/mmを有するものが望ましい。なぜなら、その範囲の破断強度であれば、前記範囲の断面積を持つ素線において強度と適度な延性を両立でき、かつ、品質的なバラつきが少ないとともに、外側被覆層14の寿命も確保できるからである。
【0025】
以上、図1により本発明によるロープ構造の主要な構成部分と効果を説明した。なお、図1は、鋼心(IWRC)をもつ6ストランド・シールロープ、すなわち、IWRC6×S(19)(7×7+6×S[1+9+9])に心綱被覆材12、および外側被覆層14を加えた構成を示したが、他の構成、例えば6ストランド・ウォリントン構成のIWRCロープ(7×7+6×W[1+6+(6+6)])等であっても同等の効果を得られる。
【0026】
以上、本発明の樹脂被覆ロープを用いることにより、エレベータロープとして繰り返し曲げが負荷される条件下であっても長寿命を確保でき、かつ、安価で製造することができる。
【符号の説明】
【0027】
1 … 乗りかご
2 … つりあいおもり
3 … 駆動綱車
4 … 主索(ロープ)
5a,5b … 吊車
7a,7d … ストランド
8、8a、8b … 素線
10、15 … 鋼心
11 … 被覆付素線
12 … 心綱被覆材(ブレード)
13 … 固体潤滑剤
14 … 外側被覆層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乗りかごとつり合いおもりとをワイヤロープにより吊持し、前記ワイヤロープを巻き掛けた駆動綱車によって、前記乗りかごとつり合いおもりとをつるべ式に摩擦駆動するエレベータ装置であって、
前記ワイヤロープは、全体が略円形断面を有し、かつ、
前記ワイヤロープは、
複数の鋼製素線を撚り合わせた鋼心と、
合成繊維を筒状に編んで前記鋼心全体の周囲を覆うように配置された心綱被覆材と、
前記心綱被覆材内に充填された固体潤滑剤と、
それぞれが複数の鋼製素線を撚り合わせた複数のストランドであって、前記心綱被覆材を囲むように配列されたストランドと、
前記複数のストランド全体の周囲を覆うように配置されて当該ワイヤロープ表面を覆う合成樹脂製の外側被覆層と、
を有すること、を特徴とするエレベータ装置。
【請求項2】
前記外側被覆層はウレタン樹脂製であることを特徴とする請求項1に記載のエレベータ装置。
【請求項3】
前記心綱被覆材はポリプロピレンまたはポリエステル製であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のエレベータ装置。
【請求項4】
前記固体潤滑剤は、二硫化モリブデンまたは二硫化タングステンであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載のエレベータ装置。
【請求項5】
前記鋼製素線は、断面積が0.05mm以上0.35mm以下であり、強度が2000N/mm以上であること、を特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載のエレベータ装置。
【請求項6】
前記心綱被覆材の厚さが0.2mm以上0.5mm以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載のエレベータ装置。
【請求項7】
前記外側被覆層は、硬度がJIS A 90以上であって、厚さが1mm以下であること、を特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のエレベータ装置。
【請求項8】
前記駆動綱車を含む巻上げ機が、前記乗りかごおよびつり合いおもりが昇降する昇降路内に配置されていること、を特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載のエレベータ装置。
【請求項9】
エレベータの乗りかごとつり合いおもりとを吊持して駆動綱車によってつるべ式に摩擦駆動するエレベータ用ワイヤロープであって、
全体が略円形断面を有し、かつ、
複数の鋼製素線を撚り合わせた鋼心と、
合成繊維を筒状に編んで前記鋼心全体の周囲を覆うように配置された心綱被覆材と、
前記心綱被覆材内に充填された固体潤滑剤と、
それぞれが複数の鋼製素線を撚り合わせた複数のストランドであって、前記心綱被覆材を囲むように配列されたストランドと、
前記複数のストランド全体の周囲を覆うように配置されて当該ワイヤロープ表面を覆う合成樹脂製の外側被覆層と、
を有すること、を特徴とするエレベータ用ワイヤロープ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−46462(P2011−46462A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194973(P2009−194973)
【出願日】平成21年8月26日(2009.8.26)
【出願人】(390025265)東芝エレベータ株式会社 (2,543)
【Fターム(参考)】