説明

エンテロバクター属細菌を用いた植物栽培方法

【課題】作物植物の栽培において、植物への窒素供給のための窒素肥料の投入による地下水の汚染を防止するために、化学肥料投入に代わる植物への窒素の供給方法を提供する。
【解決手段】本発明は、エンテロバクター属細菌を発芽後の植物の根に感染させることによる、植物の生育を促進する方法、該方法を実施するためのエンテロバクター属細菌および該細菌が固定化された担体に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンテロバクター属細菌を発芽後の植物の根に感染させることによる、低窒素供給状態での植物の栽培方法、該方法を実施するためのエンテロバクター属細菌および該細菌を固定化した担体に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の生育には、三大栄養素といわれる窒素、リンおよびカリウムが必要である。それらのうち、窒素は、自然界では、窒素固定菌と呼ばれる微生物により空気中の窒素がアンモニウムへと変換されることにより、植物に供給される。窒素固定菌としては、マメ科植物の根に根粒を形成し、そこに生息する根粒菌がよく知られているが、非マメ科植物と共生する共生窒素固定菌、および細菌単独で空気中の窒素を固定することができる単生窒素固定菌も存在する。イネ科植物の根に緩く共生する窒素固定菌が比較的よく知られている。
【0003】
一方、窒素固定菌が共生しないと考えられている作物植物の栽培では、窒素固定菌によるそれら植物への窒素供給が行われないため、窒素肥料を土壌に投入することが必要である。しかし、この場合、施肥窒素の利用率は50%程度に過ぎないため(ケルダールの全窒素測定法、安定同位元素15N測定法を用いたものなど、多数の報告がある;例えば、非特許文献1〜5)、作物に利用されない窒素は土壌中に残る。したがって、施肥窒素による地下水の汚染は無視できない問題である。この問題は、作物植物の栽培規模の拡張に伴い拡大する。
【0004】
現在までに、植物の栽培において、細菌もしくは菌類を人為的に土壌に混入する試みが行われている(特許文献1〜9)。それらの多くは植物の生育促進作用または病害菌の防除を得るためのものである。
【0005】
【特許文献1】特開平6−7037号公報
【特許文献2】特開平6−233675号公報
【特許文献3】特開平9−194315号公報
【特許文献4】特開平10−7483号公報
【特許文献5】特開2003−212708号公報
【特許文献6】特開2002−233246号公報
【特許文献7】特開2004−143102号公報
【特許文献8】特開2004−189545号公報
【特許文献9】特開2004−307342号公報
【0006】
【非特許文献1】茨城県農業総合センター園芸研究所報告,第15号,p.29−36,2007
【非特許文献2】北海道立農試集報,51,p.43−54,1984
【非特許文献3】日本土壌肥料学会雑誌,第72巻(第1号)p.88−91,2001
【非特許文献4】日本土壌肥料学会雑誌,第75巻(第1号)p.99−102,2004
【非特許文献5】中央農業研究センター研究報告,第3巻,p.89−97,2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような作物植物の栽培により生じる環境への窒素負荷を軽減する理想的な方法は、非マメ科作物植物にマメ科植物のような生物学的窒素固定機能を付与することである。これに対する検討は多くの研究者により行われてきたが、いまだ実用化に足る技術の開発には至っていない。これに関して、サトウキビ、サツマイモ、野生イネなどから窒素固定菌が分離され、その利用が注目されている(Plant and Soil,Vol.108,p.23−31,1988;土と微生物,第60巻(第1号)p.3−9,2006;Soil Science and Plant Nutrition,Vol.46,p.759−765,2000;Microbes and Environment,Vol.21,p.122−128,2006;Applied and Environmental Microbiology,Vol.67,p.5285−5293,2001)。
【0008】
そこで、窒素固定菌を利用することにより、マメ科植物のように生物学的窒素固定機能を持たず、かつ窒素要求量の高い葉菜類および果菜類などへの生物学的窒素固定からの窒素の供給を実現し、それにより窒素肥料の投入量を低減することが求められている。このような技術が実現すれば、施肥窒素による地下水汚染が緩和され、また同時に経済的効果も有するものと思われる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、発芽後の非マメ科植物の根にエンテロバクター属細菌を感染させることにより、窒素肥料の投入量を該植物の通常の栽培条件と比較して低くした条件で、該植物の良好な発育を実現できることを見出した。
【0010】
したがって、本発明は以下の特徴を有する。
(1)発芽後の非マメ科植物の根にエンテロバクター属細菌を感染させること、および窒素肥料の投入量を同種の植物と比較して低くすることを含む、植物の栽培方法。
(2)前記エンテロバクター細菌が、感染後に内生菌として前記植物と共生する、前記(1)に記載の方法。
(3)前記エンテロバクター属細菌がEnterobacter sp.35(FERM P−21484)である、上記(1)または(2)に記載の方法。
(4)エンテロバクター属細菌Enterobacter sp.35(FERM P−21484)または窒素固定化能を有するその変異株が固定化された担体。
(5)発芽後の非マメ科植物の根にエンテロバクター属細菌を感染させること、および窒素肥料の投入量を同種の植物と比較して低くすることを含む、植物の栽培方法での使用のための、エンテロバクター属細菌Enterobacter sp.35(FERM P−21484)または窒素固定化能を有するその変異株。
(6)担体に固定化されている、上記(5)に記載の細菌。
(7)エンテロバクター属細菌Enterobacter sp.35(FERM P−21484)と共生しており、かつ同種の植物と比較して窒素肥料の要求が少ないことを特徴とする、サトウキビ以外の非マメ科植物。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本明細書中において「窒素固定」とは、空気中に窒素分子として存在する窒素を、植物が生育のために用い得るアンモニウム塩等の窒素化合物へと変換する過程を指す。本明細書中、窒素固定を行う能力を窒素固定化能と表す。
【0012】
本明細書中において「共生窒素固定菌」とは、植物に病害を引き起こすことなく植物と共生し、かつ窒素固定化能を有する微生物を指す。共生窒素固定菌には、植物組織表面および/または周囲の土壌に生息する着生菌(エピファイト)、ならびに植物組織内部に侵入してそこに生息する内生菌(エンドファイト)が含まれる。
【0013】
本発明において開示されるEnterobacter sp.35は、サトウキビから単離された。この菌株は、平成19年(2007年)12月27日に産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に寄託され、受託番号はFERM P−21484である。
【0014】
属の特定は16S rRNA遺伝子の塩基配列の比較により行った。単離した菌株から得られた16S rRNA遺伝子の5’末端側部分配列は、配列番号1に示したとおりである(DDBJ(DNA Data Base of Japan)/EMBL/Genbank登録番号:AB256515)。この配列を用いてデータベースとの配列同一性の比較を行った。その結果、該配列はエンテロバクター属の主要な種であるエンテロバクター・クロアカ等の一部の菌株の16S rRNA配列(Genbank登録番号:AY297791.1等)と98%の配列同一性を有していた。また、完全に同一の配列はデータベースには登録されていなかった。これらのことから、単離した菌株はエンテロバクター属に属する細菌であると考えられた(Tanaka et al.,Microbes Environ.,Vol.21,No.2,p.122−128,2006)。
【0015】
また、下記の実施例に示すとおり、Enterobacter sp.35は、天然の宿主であるサトウキビ以外の植物に感染し、感染後に内生菌として該植物と共生する能力を有する。
【0016】
本発明の方法に用いるエンテロバクター属細菌は、窒素固定化能を有し、植物に感染しうるものであれば特に限定されないが、好ましくは感染後に細菌の一部または全部が内生菌として植物と共生するエンテロバクター属細菌である。最も好ましくは、本発明の方法に用いるエンテロバクター属細菌はEnterobacter sp.35または窒素固定化能を有するその変異株である。変異株の作製方法としては、紫外線、放射線などの高エネルギー線の照射による方法および変異原性化合物(例えば、N−ニトロソ−N−メチルウレア、エチルメタンスルホネート、エチレンイミン、アジ化ナトリウムなど)を用いる方法などが挙げられる。本発明の方法に用いることができるエンテロバクター属細菌は、いずれの植物を宿主とするものでもよい。
【0017】
本発明の方法に用いるエンテロバクター属細菌が感染後に内生菌として植物と共生しているか否かは、表面殺菌処理した植物組織片から取り出した細菌を微生物学用培地にて培養することにより決定することができる。具体的には、下記の実施例に記載の方法を用いて行う。
【0018】
本明細書中において「植物」または「作物植物」とは、食糧供給のために人工的に栽培される植物であり、かつ人工栽培においては窒素供給を必要とするものである。本発明における植物には、葉菜類、果菜類、根菜類、穀類、香辛料作物、および嗜好品作物などが含まれる。特に葉菜類の作物植物は、多量の窒素肥料の施用を必要とするので、本発明における植物として好ましい。葉菜類の作物植物としては、限定するものではないが、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ハクサイ、レタス、シュンギク、セロリ、パセリ、ホウレンソウ、コマツナ、ツルナ、ケール、ミズナ、ウド、タマネギ、ネギ、ワケギ、アサツキ、ニラ、ニンニク、ラッキョウおよびアスパラガスなどが挙げられる。果菜類の作物植物も好ましく、そのようなものとしては、限定するものではないが、例えば、トマト、ピーマン、キュウリ、トウガン、カボチャ、ナス、オクラ、シシトウ、メロン、スイカ、マンゴーおよびイチゴなどが挙げられる。
【0019】
本発明の方法において、植物の栽培方法は栽培される植物の生育に適したものであれば特に制限されないが、土壌栽培、水耕栽培などが挙げられる。
【0020】
本発明の方法における植物へのエンテロバクター属細菌の感染のためには、該植物の栽培条件に対して好適な様式を選択することができる。そのような様式としては、例えば、限定するものではないが、発芽後の植物がこれから植えられるかまたはすでに植えられている土壌に、エンテロバクター属細菌を混入する、散布する、灌注する、あるいは植物もしくは苗の根部を細菌懸濁液に浸漬するなどの手順が挙げられる。当業者であれば、そのような様式は容易に決定することができる。水耕栽培の場合、該細菌の懸濁液を含有する槽への植物の浸漬により、予め該細菌を感染させた植物苗を、水耕栽培用のより大きな槽に移し、さらに栽培する手順が望ましい。
【0021】
本発明の方法における植物への感染のためのエンテロバクター属細菌の施用形態は、該細菌が効率的に該植物に感染しうる限りどのようなものでもよいが、懸濁液および固体(固定化菌体、カプセル封入菌など)が挙げられる。好ましくは該細菌は懸濁液の状態で植物に施用される。懸濁液の濃度は、限定するものではないが、10細胞/mL、10細胞/mL、10細胞/mL、10細胞/mL、10細胞/mLまたは1010細胞/mLとすることができる。施用する細菌の量は、例えば、培土1Lあたり10細胞、10細胞、10細胞、10細胞、10細胞、1010細胞、1011細胞または1012細胞とすることができる。比較的広範囲の土壌に該細菌を施用する場合、例えば1アールあたり1013細胞を施用する。
【0022】
本発明の方法における植物へのエンテロバクター属細菌の感染のための処理は、発芽後で、好ましくは植物の生育の初期に、1回のみ行うことができ、または数回、例えば2回、3回、4回、5回および6回、繰り返して行うこともできる。好ましくは感染処理は1回のみ行われる。感染処理を複数回行う場合、処理の間の期間は、例えば3日間、5日間、1週間、10日間、2週間、3週間、1ヶ月、2ヶ月、および3ヶ月とすることができる。
【0023】
本発明の方法における植物への感染のためのエンテロバクター属細菌は、通常の微生物学的方法により増殖させる。例えば、該細菌は、LB液体培地中、27℃で12時間〜36時間、好ましくは24時間培養することにより増殖させる。
【0024】
本発明の方法により、作物植物の培土または培地に添加する窒素肥料の量を低減させることができる。窒素肥料の量は、例えば該作物植物の通常の栽培条件と比較して20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、または70%以上低減させることができる。ここで、作物植物の通常の栽培条件は、当該作物植物の種類によって異なり、当業者はこれを適宜決定しうる。作物植物の通常の栽培過程で施用される窒素肥料の量は、例えば10アールあたり3〜30kgである。
【0025】
本発明はまた、本発明のエンテロバクター属細菌と共生しており、かつ同種の植物の通常と比較して窒素肥料の要求が少ない、サトウキビ以外の非マメ科植物を提供する。そのような植物は、苗の状態にあることが望ましい。この苗を土壌栽培または水耕栽培に使用しうる。該植物の種類は前記に例示したとおりである。そのような植物の栽培に要求される窒素肥料の量は、本発明のエンテロバクター属細菌と共生していない同種の植物と比較して、例えば80%以下、70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、または30%以下である。
【0026】
本発明はまた、本発明のエンテロバクター属細菌が固定化された担体を提供する。細菌が固定化された担体は、例えば植物を栽培する土壌に適量混入することにより使用することができる。担体に本発明のエンテロバクター細菌を固定化する方法としては、該細菌の培養物に担体を懸濁、混合または浸漬し、そして乾燥させることなどが挙げられる。好適な担体は、細菌が生育可能なものであり、限定するものではないが、バーミキュライト、パーライト、ベントナイト、ゼオライト、珪藻土などの無機質担体、ならびに活性炭、ピートモス、パルプ、ワラ、バガス、骨粉、貝化石、油かす、魚かすなどの有機質担体である。好ましい担体は多孔質のものである。また、担体の形状は粒子状のものが好ましい。該担体は、植物栽培用容器とは別に包装してあってもよいし、作物栽培用容器と組み合わせた状態で流通過程に置かれてもよい。
【0027】
以下に本発明を実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0028】
1.細菌株の入手および接種用細菌の調製
エンテロバクター属細菌の1種であるEnterobacter sp.35(AB256515;以下、場合により「Strain35」と記す。)を、サトウキビから単離した。この菌株は、平成19年(2007年)12月27日に産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に寄託され、受託番号はFERM P−21484である。
【0029】
属の特定は以下のように行った。まず該細菌を純粋分離し、培養した菌のペレットを洗浄し、全DNAを抽出した。抽出したDNAを鋳型として16S rRNA遺伝子配列をPCRにより増幅した。増幅産物は、アガロースゲル電気泳動により分離した後、該当するバンドを切り出し、精製した。得られたDNAをシーケンス解析に供した。16S rRNA遺伝子の塩基配列のうち、5’末端側の塩基配列を約490塩基解読し、データベース中の既知の配列とのホモロジー検索から、属の特定を行った。
【0030】
単離した菌株から得られた16S rRNA配列を配列番号1に示す(DDBJ(DNA Data Base of Japan)/EMBL/Genbank登録番号:AB256515)。この配列はエンテロバクター属の主要な種であるエンテロバクター・クロアカ等の一部の菌株の16S rRNA配列(Genbank登録番号:AY297791.1等)と98%の配列同一性を有していた。また、完全に同一の配列はデータベースには登録されていなかった。これらのことから、単離した菌株はエンテロバクター属に属する細菌であると考えられた。
【0031】
南沢博士(東北大学生命科学研究科)より提供されたハーバスピリラム(Herbaspirillum)属細菌、Herbaspirillum sp.strain B501(以下、場合によりHB501と記す。)を比較のために用いた。HB501は野生イネOryza officinalis W0012から単離された。
【0032】
GFP発現実験のためのGFP遺伝子保持菌株は、Strain35またはHB501をpTn5kmgfpmut1を保持する大腸菌s17−λpirとコンジュゲートすることにより作製し(Tanaka et al.,2006,Microbes Environ.,21,122−128)、以下では場合によりそれぞれStrain35−1およびHB501gfp1と称される。
【0033】
接種用細菌は、LB培地中で27℃にて24時間培養した細菌培養物から作製した。まず、培養物を25℃にて6,500rpmで10分間遠心し、上清を廃棄した。ペレットを滅菌窒素不含(N−free)MS培地中に再懸濁した。Petroff−Hausser and Helber菌数計算盤を用いて細菌懸濁液の濃度を10細胞/mLに調整した。
【0034】
2.温室実験
(1)植物生育条件および細菌接種法
ブロッコリー(Brassica oleracea)(品種:緑嶺)の種子を市販の鉢植え用混合物(窒素110mg、リン98mg、カリウム102mgを含む)の入った250mL容プラスチックポットに播種した。1ヵ月間栽培した後、植物を取り出し、鉢植え用混合物を取り除くために滅菌蒸留水で該植物の根を洗浄した。続いて該植物を改変レオナルドジャーに植え替えた。該ジャーは、2つのプラスチックポットの組み合わせであり、直径8.5cm、高さ14.5cmである。上側のポットには水に浸した滅菌バーミキュライト(700g)を満たし、ここに植物を植えた。下側のポットは0.5mM KNOを含有するMS培地(pH5.6)300mLを入れた(Njoloma et al.,2006,Biol.Fertil.Soils,43,137−143)。下側のポットに入れられた培地は、レオナルドジャーに備えられた機構により上側ポット内のバーミキュライトに供給された。植物を温室内の半自然条件下で維持した。1週間後、窒素含MS培地を窒素不含MS培地に交換した(すなわち、窒素供給のない条件に切り替えた)。
【0035】
次の日、バーミキュライトを覆う砂利を取り除き、上記の野生型接種用細菌(Strain35およびHB501)懸濁液(10細胞/mL)200mLをジャー内のバーミキュライトに均一に注ぐことにより、植物の根の状態を崩さずに植物に細菌を接種した。対照植物には同量の滅菌蒸留水を注いだ。接種後、バーミキュライトの表面を滅菌砂利で再び覆った。実験中の温度範囲は13〜28℃とした。窒素供給のない条件で栽培を継続した。
【0036】
菌の接種から30日後(30DAI)に植物を回収し、目視による生育状態の調査および生重測定に供した。
【0037】
(2)解析方法
接種から30日後に回収した感染群および対照群(それぞれn=3)を水道水で洗浄して、付着しているバーミキュライトを洗い落とした。ペーパータオルで根の水分を取り、観察および計量した。
【0038】
(3)結果
結果を図1および図2に示す。目視による観察において、Strain35接種群(7〜9)は対照群(10〜12)と比較して、根・葉ともにより大きく発達していた(図1B)。HB501接種群(1〜3)も対照群(4〜6)と比較して若干大きく発達していた(図1A)。
【0039】
生重の比較においては、対照群(Control)と比較したStrain35接種群(Strain35)の生重は約176%であり、HB501接種群の生重は118%であった(図2)。また、草丈はStrain35接種群で対照と比較して173.8%(平均14.9cm)、HB501接種群で対照と比較して180.5%(平均14.3cm)であった。茎の直径はStrain35接種群で対照と比較して130%(平均0.48cm)、HB501接種群で対照と比較して131%(平均0.47cm)であった。葉数はStrain35接種群で対照と比較して168.4%(平均8枚)、HB501接種群で対照と比較して181.2%(平均7.25枚)であった。
【0040】
したがって、Strain35接種群は対照群と比較して顕著に増加した生重を有していた。また、この試験から、Strain35接種群は、窒素供給のない条件でも良好に生育することが明らかに示された。
【0041】
3.実験室試験
(1)植物生育条件および細菌接種法
上記と同様にして、ブロッコリー(Brassica oleracea)(品種:緑嶺)の種子を250mL容プラスチックポットに播種し、播種から30日後に植物を改変レオナルドジャーに植え替えた。植物は16時間明条件、光束密度60μmol/m/s(白色蛍光灯から発生)の明暗条件下で、13℃(夜間気温)および25℃(日中気温)で維持した。6日後、窒素含MS培地を窒素不含(N−free)MS培地に交換した。
【0042】
上記と同様にして、植物にGFP発現接種用細菌(Strain35−1およびHB501gfp1)懸濁液(10細胞/mL)200mLを接種した。窒素供給のない条件で栽培を継続した。接種15日後、KSO(16.4g/L)を含有するMS培地300mLを各ポット中のバーミキュライトに注いだ。
【0043】
菌の接種から8日後(8DAI)または30日後(30DAI)に、解析のために植物を回収した。
【0044】
また、ブッロコリー以外でも、イネおよびサトウキビにおいて同様に感染試験を行った。
【0045】
(2)解析方法
(A)微生物集団の測定
回収した植物(各時点、接種群および対照群、各n=3)の根および地上部分を蒸留水で洗浄し、該植物にゆるく付着している細菌を洗い流した。植物を小片にまで刻み、計量し、滅菌試験管に移した。各サンプルを滅菌蒸留水で3回洗浄し、乳鉢と乳棒で摩砕した。破砕物を連続希釈し、10μg/mLカナマイシンを含有するLB平板上にプレートした。28℃でのインキュベーション後に形成された緑色のコロニーを、Nikon SMZ1500蛍光顕微鏡を用いてカウントした。表面殺菌後の植物組織中の細菌数をカウントする場合には、植物を摩砕する前に70%エタノールで30秒間、および1%NaClOで1分間、サンプルを表面殺菌し、その後、滅菌蒸留水で洗浄してから解析に用いた。
【0046】
(B)蛍光顕微鏡観察
接種群および対照群の植物を滅菌蒸留水で3回洗浄し、蛍光顕微鏡下での観察に供した。植物根は直接観察して、接種された細菌の局在を決定した。茎部分は、表面殺菌後に茎の横断切片を作製してから観察した。この場合の表面殺菌は、70%エタノールで1〜2分間殺菌し、次いで滅菌蒸留水で洗浄することにより行った。蛍光顕微鏡観察はNikon Eclipse E600(Nikon,Tokyo,Japan)を用いて行った(Njoloma et al.,上掲)。
【0047】
(C)完全な植物体のアセチレン還元アッセイ(ARA)
8DAIおよび30DAIの植物を用いて、接種群および対照群の植物のニトロゲナーゼ活性を測定した。被験植物を滅菌蒸留水で洗浄し、400mL容プラスチックジャーに入れた。糖を加えた5mLの窒素不含ファーレウス(Fahraeus)液体培地(Fahraeus,1957,J.Gen.Microbiol.,16,374−381)を炭素源として加えることで根を湿らせ、ジャーはゴムキャップで密閉した。ジャーの上部空間はアセチレンガスで満たし(10%v/v)、25℃にて暗所に置いた。24時間後および48時間後にShimadzu GC−8Aガスクロマトグラフを用いてエチレンガス濃度を測定した。
【0048】
(3)結果
(A)微生物集団密度
コロニーカウント法により測定した、根および地上部分のStrain35−1およびHB501gfp1の接種菌密度を、表1に示す。
【0049】
【表1】

【0050】
Strain35−1は8DAIの植物において根(8.1×10CFU/gFW)および茎(2.8×10CFU/gFW)に定着していた。表面殺菌後のサンプルでも定着が検出されたことから、Strain35−1は、着生菌として植物組織に表在するだけでなく、内生菌として根および茎の内部組織に入り込んでいることが明らかになった。30DAIでは細菌集団は減少し、Strain35−1は根では着生および内生していたが、茎では定着が検出されなかった。葉ではStrain35−1の定着が検出されなかった。
【0051】
HB501gfp1は8DAIの植物において根に定着していた(1.7×10CFU/gFW)。茎および葉ではHB501gfp1の定着が観察されなかった(表1)。表面殺菌後のサンプルではHB501gfp1の定着が観察されなかった。
【0052】
これらのことから、HB501gfp1は被験植物の根に着生菌として表在する一方、Strain35−1は、ブロッコリーにおいて着生菌として単に表在するだけでなく、内生菌として組織に感染しうることが明らかになった。
【0053】
(B)顕微鏡観察
8DAIにおいて、Strain35−1は主根および不定根の細胞間隙ならびにもとの根から新たな根が伸び出す境界部分に定着していた(図3A、B、CおよびC−1)。30DAIにおいても、下部根の細胞間隙でのStrain35−1の定着が観察された(図3D、EおよびF)。Strain35−1は茎にも侵入し、表皮(図3GおよびG−1)および後生木部(図3H)に定着していた。葉での定着は観察されなかった。
【0054】
8DAIにおいて、HB501gfp1は根圏に局在し、根の表面および細胞間隙に定着している場合もあった(図4AおよびB)。根圏での集中的な定着は30DAIでは観察されず、わずかに主根および不定根の下部の繊維状根の細胞間隙での定着が見られた(図4CおよびD)。茎および葉ではHB501gfp1の蛍光が観察されなかった。
【0055】
新たに伸び出す根の基部および伸び出す根に近い主根の細胞間隙でのStrain35−1の定着は、これらの部位がブロッコリーに対するStrain35−1の侵入部位であることを示している。
【0056】
また、ブロッコリー以外のイネおよびサトウキビでも、植物からの蛍光が観察されたことから、該植物へのStrain35−1の感染が示された。
【0057】
(C)完全植物でのニトロゲナーゼ活性
完全植物での接種されたStrain35−1のARA活性は、8DAIおよび30DAIでそれぞれ4.4nmol/時間/植物および8.8nmol/時間/植物であった(図5)。HB501gfp1のARA活性は、8DAIおよび30DAIでそれぞれ2.5nmol/時間/植物および2.07nmol/時間/植物であった(図5)。
【0058】
このことは、Strain35−1接種植物での著しい量の窒素固定を伴う植物生長の増大を示している。
【0059】
(D)その他
感染植物での窒素固定菌から供給される窒素の利用率は、植物の内部で窒素が供給されることから、95%以上になると推定される。
【0060】
4.結論
以上より、エンテロバクター属細菌は、非マメ科非宿主植物であるブロッコリーに感染し、窒素供給を低下させた状態でも感染植物の生育を増強しうることが明らかになった。さらに、この属の細菌が内生菌として植物組織に定着する一方、比較として用いたハーバスピリラム属細菌は着生菌として植物表面に存在していた。試験に用いた細菌はいずれも窒素固定能を有する細菌であるにもかかわらず、生育増強作用およびARA活性はエンテロバクター属細菌の感染の場合の方が顕著に強かった。このことから、非宿主植物に内生菌として定着しうるエンテロバクター属細菌は、他の属に比べて窒素固定能がよりよく発揮され、低窒素供給状態での植物生育をよりよく助けることができることが示された。
【0061】
したがって、本発明のエンテロバクター細菌を用いることで、栽培中に人為的に投入する窒素肥料の必要量が低減されることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明により、作物植物の栽培における窒素肥料投入を減少させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】細菌接種後30日での、温室条件で栽培されたブロッコリーの生育状態を示す写真である。AはHB501接種群(1〜3)および対照群(4〜6)、BはStrain35接種群(7〜9)および対照群(10〜12)を示す。
【図2】細菌接種後30日での、温室条件で栽培されたブロッコリーの生重を示すグラフである。値は3検体の平均を表す。
【図3】実験室栽培したStrain35−1接種植物の顕微鏡写真である。Aは8DAIの植物の細胞間隙における細菌の内生性定着を表す。Bは8DAIの植物の主根と側根との境界および細胞間隙における細菌の定着を表す。CおよびC−1は8DAIの植物での主根から伸び出す根の基部での細菌の定着を表す。D〜Fは30DAIでの細菌の局在を表し、根の表面下の細胞間隙(DおよびE)ならびに根表面(F)での局在が見られる。GおよびHは30DAIの植物の横断切片の顕微鏡写真であり、表皮(GおよびG−1)ならびに後生木部組織(H)内での細菌の存在を表す。スケールバー=10μm。
【図4】実験室栽培したHB501gfp1接種植物の顕微鏡写真である。Aは8DAIの植物の不定根の表面および根圏での細菌の定着を表す。Bは8DAIの植物根の細胞間隙での定着を表す。CおよびDは30DAIの植物根の細胞間隙に沿って見られる小さな細菌定着部を表す。スケールバー=10μm。
【図5】細菌接種植物および対照植物でのアセチレン還元活性を表すグラフである。値は2検体の平均を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発芽後の非マメ科植物の根にエンテロバクター属細菌を感染させること、および窒素肥料の投入量を同種の植物と比較して低くすることを含む、植物の栽培方法。
【請求項2】
前記エンテロバクター細菌が、感染後に内生菌として前記植物と共生する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記エンテロバクター属細菌がEnterobacter sp.35(FERM P−21484)である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
エンテロバクター属細菌Enterobacter sp.35(FERM P−21484)または窒素固定化能を有するその変異株が固定化された担体。
【請求項5】
発芽後の非マメ科植物の根にエンテロバクター属細菌を感染させること、および窒素肥料の投入量を同種の植物と比較して低くすることを含む、植物の栽培方法での使用のための、エンテロバクター属細菌Enterobacter sp.35(FERM P−21484)または窒素固定化能を有するその変異株。
【請求項6】
担体に固定化されている、請求項5に記載の細菌。
【請求項7】
エンテロバクター属細菌Enterobacter sp.35(FERM P−21484)と共生しており、かつ同種の植物と比較して窒素肥料の要求が少ないことを特徴とする、サトウキビ以外の非マメ科植物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−232721(P2009−232721A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−81319(P2008−81319)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】