説明

エンドトキシン測定用のステンレス製器具

【課題】エンドトキシンを含む測定試料において、測定用器具から溶出した鉄イオンによってエンドトキシンの活性が失われることを抑制できるエンドトキシン測定用のステンレス製器具を提供する。
【解決手段】エンドトキシン測定用のステンレス製器具の表面に、鉄イオンの溶出を抑制可能な膜厚(100nm以上)の酸化皮膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンドトキシンの検出または濃度測定を行うためのエンドトキシン測定用器具であって、特にステンレス鋼で形成されたものに関する。
【背景技術】
【0002】
エンドトキシンはグラム陰性菌の細胞壁に存在するリポ多糖であり、最も代表的な発熱性物質である。このエンドトキシンに汚染された輸液、注射薬剤、血液などが人体に入ると、発熱やショックなどの重篤な副作用を惹起するおそれがある。このため、上記の薬剤などは、エンドトキシンにより汚染されることが無いように管理することが義務付けられている。
【0003】
ところで、カブトガニの血球抽出物(以下、「LAL : Limulus amoebocyte lysate」ともいう。)の中にはエンドトキシンによって活性化されるセリンプロテアーゼが存在する。そして、LALとエンドトキシンとが反応する際には、エンドトキシンの量に応じて活性化されるセリンプロテアーゼによる酵素カスケードによって、LAL中に存在するコアギュロゲンがコアギュリンへと水解されて会合し、不溶性のゲルが生成される。このLALの特性を用いて、エンドトキシンを高感度に検出することが可能である。
【0004】
このエンドトキシンの検出または濃度測定を行う方法としては、エンドトキシンの検出または濃度測定(以下、単純に「エンドトキシンの測定」ともいう。)をすべき試料(以下、「エンドトキシン測定試料」ともいう。)とLALとを混和した混和液を静置し、一定時間後に容器を転倒させて、試料の垂れ落ちの有無によりゲル化したかどうかを判定し、試料に一定濃度以上のエンドトキシンが含まれるか否かを調べる半定量的なゲル化法がある。また、LALとエンドトキシンとの反応によるゲルの生成に伴う試料の濁りを経時的に計測して解析する比濁法や、酵素カスケードにより水解されて発色する合成基質を用いる比色法などがある。
【0005】
ここで、比濁法によってエンドトキシンの測定を行う場合には、乾熱滅菌処理されたガラス製測定セルにエンドトキシン測定試料とLALとの混和液を生成させる。そして、混和液のゲル化を外部から光学的に測定する。
【0006】
比濁法においては特にエンドトキシンの濃度が低い試料においてLALがゲル化するまでに非常に多くの時間を要する場合がある。これに対し、エンドトキシンの短時間測定が可能な方法が求められている。エンドトキシン測定試料とLALとの混和液を例えば磁性攪拌子を用いて攪拌することにより、ゲル微粒子を生成せしめ、ゲル粒子により散乱されるレーザー光の強度、あるいは、混和液を透過する光の強度から、試料中のエンドトキシンの存在を短時間で測定できるレーザー散乱粒子計測法、あるいは、攪拌比濁法が提案されている。
【0007】
ところで、エンドトキシンは鉄イオン、ならびに、アルミニウムイオンの影響を受けやすく、容易にその活性を失うことが知られている。レーザー散乱粒子計測法、ならびに、攪拌比濁法の2法は比濁法と異なりエンドトキシン測定試料とLALとの混和液を攪拌することが大きな特徴である。そのため、エンドトキシン測定試料を攪拌するためのステンレス製の磁性攪拌子は試料中のエンドトキシンを失活させる要因として問題になっていた。
【0008】
特に、エンドトキシン測定試料にタンパク質などを含まない場合、ステンレス製の磁性
攪拌子から溶出する鉄イオンは速やかに試料中のエンドトキシンと作用してその活性を失活させてしまう。なお、LALと混和した後のエンドトキシン測定試料については、たとえ、ステンレス鋼から溶出した鉄イオンが存在したとしても、鉄イオンはエンドトキシンと作用する前に、エンドトキシンの量に比べて圧倒的に大量であるLAL中に含有するタンパク質によって競合的に消費されるため、鉄イオンがエンドトキシンの活性を低下させるものではない。鉄イオンの影響は、あくまでも、LALと反応させる前のエンドトキシン測定試料のエンドトキシンとステンレス製の磁性攪拌子(器具)との接触に限定して惹起される。
【特許文献1】特開2004−061314号公報
【特許文献2】特開平10−293129号公報
【特許文献3】特開平5−287496号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、エンドトキシンを含む測定試料において、エンドトキシンの活性が鉄イオンによって失われることを抑制できるエンドトキシン測定用のステンレス製器具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するための本発明は、エンドトキシン測定用のステンレス製器具の表面に、鉄イオンの溶出を抑制可能な膜厚の酸化皮膜を形成することを最大の特徴とする。
【0011】
より詳しくは、ステンレス鋼で形成されるとともにエンドトキシンの検出または濃度測定に用いられるエンドトキシン測定用のステンレス製器具であって、前記器具表面に膜厚が100nm以上の酸化皮膜を形成したことを特徴とする。
【0012】
すなわち、本発明においては、ステンレス鋼で形成されたエンドトキシン測定用の器具の表面に、膜厚100nm以上の酸化皮膜を形成することで、当該器具からの鉄イオンの溶出を抑制することとした。
【0013】
ここで、元来ステンレス鋼においてはその組成中の特にクロムが空気中の酸素と結合して酸化皮膜を形成し、鉄イオンの溶出が抑制されている。しかしながら、ステンレス鋼とはいえ、鉄イオンの溶出を完全に無くすことは困難である。また、エンドトキシン測定は、pg/mLという極微量のエンドトキシンの存在を検出する測定であるため、鉄イオンの溶出を非常に高いレベルで抑制する必要がある。
【0014】
従って、エンドトキシン測定用の器具においては、食品製造や電子機器製造の現場における鉄イオンの溶出のための対策と比較してより完全な対策が要求される。これに対し、発明者の鋭意研究により、少なくとも100nm以上の膜厚の酸化皮膜をステンレス鋼の表面に形成することで、エンドトキシン測定用の器具として使用可能な鉄イオン溶出の抑制効果が得られることが明確化してきた。
【0015】
よって、本発明においては、ステンレス鋼で形成されたエンドトキシン測定用の器具の表面に、膜厚100nm以上の酸化皮膜を形成することで、当該器具からの鉄イオンの溶出を抑制し、エンドトキシン測定試料において、測定前にエンドトキシンが活性を失ってしまうことを抑制できる。
【0016】
また、本発明においては、前記酸化皮膜の膜厚は100nm以上1μm以下としてもよい。
【0017】
ここで、ステンレス製の器具において、酸化皮膜の膜厚が1μmを越えると、酸化皮膜が器具表面から脱落(剥離)し易くなることが分かってきた。エンドトキシン測定では上述のように、極微量のエンドトキシンの検出を問題としているので、酸化皮膜の脱落による鉄イオンの溶出が測定に対して致命的な影響を与えるおそれがある。
【0018】
従って、本発明においては、ステンレス製のエンドトキシン測定用器具の表面の酸化皮膜の膜厚を1μm以下とした。これにより、より安定した酸化皮膜を前記器具の表面に形成し維持することができるので、より確実に鉄イオンの溶出を抑制することができる。
【0019】
また、本発明においては、ステンレス鋼または前記器具を250℃以上1000℃以下の温度で加熱処理することにより形成してもよい。すなわち、器具形成前のステンレス鋼または器具を、火炎に曝しまたは炉に投入することで250℃以上1000℃以下の温度まで加熱する。これにより、より膜厚の厚い酸化皮膜をより確実に形成することが可能となる。
【0020】
また、本発明においては、前記器具は、所定の容器内にエンドトキシンの検出または濃度測定をすべき試料とともに収容され外部から及ぼされる電磁力によって転動することで前記試料を攪拌する磁性攪拌子であってもよい。
【0021】
エンドトキシン測定試料を攪拌するための磁性攪拌子は、外部からの電磁力によって転動させる必要がある。従って、磁性攪拌子の素材としてガラスやセラミックなど鉄イオンの溶出がない素材を選択することができない。また、磁性攪拌子は、転動によって試料が入れられた容器と衝突するので、磁性攪拌子の表面に自然に形成された酸化皮膜は脱離あるいは磨耗して消耗され易い。そうすると、鉄イオンがより溶出し易い状況となる。
【0022】
従って、本発明において磁性攪拌子に対して膜厚100nm以上の酸化皮膜を形成することで、鉄イオンの溶出によるエンドトキシンの失活をより効果的に抑制することができる。
【0023】
また、本発明においては、前記器具は、所定の容器内にエンドトキシンの検出または濃度測定をすべき試料とともに収容され外部から及ぼされる電磁力によって転動することで前記試料を攪拌する磁性攪拌子であり、JIS規格のSUS200系またはSUS300系のステンレス鋼から形成され、前記酸化皮膜は前記磁性攪拌子を250℃以上800℃以下の温度で加熱処理することにより形成されるようにしてもよい。
【0024】
ここで磁性攪拌子は、必ずしも強磁性を有するステンレス鋼によって形成される必要はない。例えば、元来強磁性を示さないJIS規格のSUS200系またはSUS300系のステンレス鋼を用いて磁性攪拌子を形成しても、磁性攪拌子の製造段階における切断や研磨によって組成の一部が強磁性の結晶構造に変化するので、結果として磁性攪拌子として使用可能になる。
【0025】
このようなJIS規格のSUS200系またはSUS300系のステンレス鋼を用いて磁性攪拌子を形成した場合には、酸化皮膜の形成時において800℃を超える高温にまで加熱すると、結晶構造が再度変化して強磁性を失い、磁性攪拌子としての使用が不可能となる場合がある。
【0026】
従って、本発明においては、JIS規格のSUS200系またはSUS300系のステンレス鋼から形成された磁性攪拌子を加熱処理することで酸化皮膜を形成する場合には、その温度を800℃以下に制限することとした。これにより、JIS規格のSUS200系またはSUS300系のステンレス鋼から形成された磁性攪拌子の強磁性を維持しつつ
、鉄イオンの溶出を抑制することができる。
【0027】
また、本発明においては、前記器具は、カブトガニの血球抽出物であるLALによるエンドトキシンの検出または濃度測定に用いられるエンドトキシン測定用器具であって、前記LALと混和される前における、前記エンドトキシンの検出または濃度測定をすべき試料に対して用いられるようにしてもよい。
【0028】
ここで、エンドトキシン測定試料に鉄イオンが溶出したとしても、試料にLALなどの蛋白質が存在している場合には、鉄イオンはエンドトキシンの量に比較して圧倒的に多い蛋白質によって消費されるため、エンドトキシンの失活の問題は生じない。従って、本発明に係る器具は、LALと混和される前におけるエンドトキシン試料に対して使用されることにより、その効果を特に有効に発揮させることができる。
【0029】
なお、上記した本発明の課題を解決する手段については、可能なかぎり組み合わせて用いることができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明にあっては、エンドトキシンの検出または濃度測定において、エンドトキシンが、器具から溶出した鉄イオンと反応して失活することを抑制でき、より精度よくエンドトキシンの検出または濃度測定を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための最良の形態を例示的に詳しく説明する。
【0032】
ステンレス鋼は、耐食性を向上させるために主にクロムを含ませた合金鋼である。鉄に約10.5%以上のクロムを含ませた合金を指し、しばしばニッケルも含ませる。ステンレス鋼は錆びにくいことが最大の特徴であり、鉄の溶出は一般的にはごく微量であると考えられている。すなわち、ステンレス鋼はその組成中の主にクロムが空気中や水中の酸素と容易に、且つ、極めて強固に結合して非常に安定で薄い酸化皮膜を生成し、鉄の溶出を防いでいる。仮に、ステンレス鋼表面の酸化皮膜層が傷などにより破損しても上記の過程を経て容易に再生すると考えられている。
【0033】
ステンレス鋼の表面に酸化皮膜層を積極的に形成する方法としては、濃硝酸などによって表面処理を行いステンレス鋼表面に均質な酸化皮膜を生成させる不動態化処理(パッシベーション)が例示できる。一方、ステンレス鋼で形成された部材を火炎に曝し、あるいは炉に投入して加熱し、雰囲気中の酸素によってステンレス鋼の表面を酸化させて酸化皮膜を形成することが可能である。
【0034】
上記のようにステンレス鋼に酸化皮膜を形成した場合で、酸化皮膜の厚さがサブミクロンに到達した場合、それは光の波長に近い。そのため、例えばSUS300系ステンレスにおいては、酸化皮膜の膜厚によるが、本来酸化皮膜は透明であるにも拘らず酸化皮膜と地金との各々で反射した光の干渉により、酸化皮膜の膜厚によって黄色→茶色→赤紫→青紫→青へと色が変化することが知られている。これらのステンレス鋼表面処理法はステンレス鋼からなる部材の風合いや防錆の役割を担っている。
【0035】
本発明の発明者により、種々のステンレス鋼処理法を用いて、ステンレス製の磁性攪拌子(直径1mm、長さ5mm)の表面に酸化皮膜を形成し、エンドトキシンを含有する試料をこれらの磁性攪拌子により攪拌した後に、LALと反応させて本来あるべきエンドトキシン活性がどれだけ不活性化するかの検討が行なわれた。その結果、ステンレス製の磁
性攪拌子が、膜厚が100nm以上となるような厚い酸化皮膜を有する場合にのみエンドトキシンの不活性化を抑制可能であることが見出された。
【0036】
以下に、本発明におけるステンレス鋼の磁性攪拌子に、加熱処理によって酸化皮膜を形成し、表面が有色のステンレス磁性攪拌子を得る際の処理について説明する。但し、本発明に係る酸化皮膜の形成処理は以下に示す処理に限定されるものではない。なお、以下の処理に係る磁性攪拌子は、強磁性を示すステンレス鋼の他、本来強磁性を示さないステンレス鋼、例えば、JIS規格におけるSUS200系やSUS300系のステンレス鋼から製造されている。強磁性を示さないステンレス鋼によって磁性攪拌子が形成される場合は、加工工程におけるステンレス鋼(ステンレス鋼線)の切断や研磨によって組成の一部が強磁性の結晶構造に変化することを利用して、磁性攪拌子として使用することを可能としている。
【0037】
ここで、ステンレス鋼の磁性攪拌子に、加熱処理によって酸化皮膜を形成する場合、加熱温度は250℃以上1000℃以下が好ましく、特に300℃以上800℃以下が好ましいことが分かった。反応時間は反応温度と加熱手段によって大きく異なるが、10秒から3時間が好ましく、特に20秒から2時間が好ましいことが分かった。加熱の手段も種々想定されるが、温度管理が容易な電気炉やバーナーによる火炎処理などが好ましい。
【0038】
また、ステンレス鋼の部材とそれを入れるための容器との接触、あるいは、部材同士の接触、さらには、加熱機器の空間的な加熱の不均一性などに起因する酸化皮膜の不均一性をなくすために、加熱中に部材を混ぜたり、加熱を複数回おこなって、その間に部材を混ぜたり加熱機器中での部材の位置を変えるなどしても良い。
【0039】
なお、磁性攪拌子を強磁性を示さないステンレス鋼(例えばSUS200系またはSUSU300系)によって形成した場合は、加熱温度が800℃を超えると、切断面などに形成された強磁性結晶が再配列して非磁性に戻ってしまい、攪拌子としての利用ができなくなってしまう問題があることが分かった。従って、磁性攪拌子を強磁性を示さないステンレス鋼(例えばSUS200系またはSUSU300系)によって形成した場合は、加熱温度は800℃以下とするのがよい。
【0040】
また、加熱処理の回数を増やしてより厚い酸化皮膜を作った場合にも、強磁性ではないステンレス素材(例えばSUS200系またはSUS300系)では、強磁性結晶が再配列して非磁性に戻ってしまう問題がある。また、皮膜が地金に保持されなくなり、容易に脱離してしまい、鉄イオンの溶出を抑制する効果が低減してしまうなどの問題がある。このような問題を生ぜずに鉄イオンの溶出を防ぐ酸化皮膜の厚さとしては、処理方法にもよるが、100nm以上1μm以下が好ましい。
【0041】
また、加熱処理によって酸化皮膜を生成する際に、炉内の酸素濃度を適切に管理したり酸化皮膜処理をする前に硝酸処理を行うなどの前処理を合わせて行っても良い。
【0042】
ここで、鉄イオンの溶出を抑制するためには、ステンレス製の磁性攪拌子に対し酸化皮膜を形成させるのではなく、表面を適当な樹脂で被覆することも考えられる。しかし、エンドトキシンの測定を目的とする場合、測定に利用する容器、器具類にはエンドトキシンが付着していないことが前提となる。従って、通常、容器、器具類を高熱(250℃以上)で2時間以上反応させる乾熱滅菌処理が施される。
【0043】
このような高温、且つ、長時間の処理においてはごく一部の樹脂以外では変性や炭化を免れない。例え耐熱性の樹脂を使用したとしても、樹脂の一部が液化、あるいは、気化して容器に付着するなどして悪影響を及ぼしたり、部分的な劣化が発生してそこから鉄イオ
ンが溶出する可能性が懸念される。従って、本発明のようにステンレス製器具の表面処理を行うには、それを無機的に行うことが最も好ましい。
【0044】
なお、本実施の形態では、ステンレス製の器具として磁気攪拌子を例にとって説明する。しかし、本発明の対象となる器具としては、磁気攪拌子の他、エンドトキシンを含有する試料を一時的に保存・保管しておく滅菌可能な容器、血液や臓器のエンドトキシンの測定を目的としたこれらの試料を採取するためのピンセット、ハサミ、針、さらには、試料を入れておくためのトレーなどを例示することができる。
【0045】
<製造例>
以下に本実施の形態における磁気攪拌子(ステンレス製器具)の表面処理の具体例について示す。以下の製造例は表面処理の一例を示したものであって、本発明に係るステンレス製器具の処理条件が以下の条件に限定されるものではない。
【0046】
(製造例1)
SUS301素材の磁性攪拌子の中央をステンレス製のピンセットでつまみ、アルコールランプの火炎中に曝した。注意深く目視を行い、部材の色が明るいオレンジ色に達する直前に火炎中より取り出した。部材の反射色が黄褐色、あるいは、青紫色になるまでこの作業を繰り返した。このように温度管理や反応時間の管理を行なわない方法によっても、比較的、均質な酸化皮膜処理をおこなうことができた。
【0047】
(製造例2)
SUS301素材の磁性攪拌子40本を坩堝に入れ、マッフル炉にて、反応温度600℃、反応時間を1時間にして加熱を行った。温度が低下してから、坩堝内部の部材を良く混ぜた後に再び同条件にて加熱を行った。反応により、反射色が黄褐色の磁性攪拌子を得ることができた。
【0048】
(製造例3)
SUS301素材の磁性攪拌子40本を坩堝に入れ、マッフル炉にて、反応温度700℃、反応時間を1時間にして加熱を行った。温度が低下してから、坩堝内部の部材を良く混ぜた後に再び同条件にて加熱を行った。反応により、反射色が青紫色の磁性攪拌子を得ることができた。
【0049】
(製造例4)
SUS301素材の磁性攪拌子10本を30%の硝酸溶液5mLに浸漬し、湯浴中で70℃に加熱して3時間反応させ、不動態化処理を行った。この処理によっては厚さ数nm程度の酸化皮膜しか形成されないとされるため、反射色に変化は認められなかった。
【0050】
(製造例5)
SUS420素材の磁性攪拌子40本を坩堝に入れ、マッフル炉にて、反応温度700℃、反応時間を1時間にして加熱を行った。温度が低下してから、坩堝内部の部材を良く混ぜた後に再び同条件にて加熱を行った。反応により、反射色が青灰色の磁性攪拌子を得ることができた。
【0051】
以上の製造例においては、反応温度、反応時間及び反射色から判断して、形成された酸化皮膜の膜厚は、製造例3及び5、製造例1、製造例2、製造例4の順番に薄くなっていると考えられる。また、製造例3における酸化皮膜の膜厚は1μm以下(数百nm)。製造例4における酸化皮膜の膜厚は上述のとおり数nmと考えられる。
【0052】
<測定例>
以下に、上記の各製造例で説明した方法によって酸化皮膜が形成された磁気攪拌子(ステンレス製器具)の、エンドトキシン測定用器具としての性能を比較した測定例について説明する。
【0053】
(測定例1)
酸化皮膜の形成処理を施していないステンレス製の磁性攪拌子を複数のガラス製容器(外径7mm、高さ50mm)に各1本ずつ入れ、上面の開口部をアルミ箔で覆った後、250℃で3時間乾熱滅菌処理した。この乾熱滅菌処理により、ガラス容器やステンレス製の磁性攪拌子に付着しているエンドトキシンは分解されて無害となる。
【0054】
このようにして得られた、内部に酸化皮膜の形成処理を施していないステンレス製の磁性攪拌子を有するガラス容器内にエンドトキシン水溶液(濃度10pg/mL)を200μL入れた。この試料を37℃に保温しながら所定の時間攪拌した後に試料を回収した。回収した試料をLAL試薬(リムルスシングルテストワコーES−II、和光純薬製)と混和させた後、酸化皮膜の形成処理を施していないステンレス製の磁性攪拌子を内有するガラス製測定容器(上記のガラス容器と同一の材質形状で上記同様乾熱滅菌処理済み)に移注して、レーザー散乱粒子計測法によるLAL凝集測定法を行い、試料中のエンドトキシン濃度を定量した。
【0055】
ここで、LAL試薬が試料中に存在する状態では、例え、酸化皮膜の形成処理を施していないステンレス製の磁性攪拌子から鉄イオンが溶出したとしても、それは速やかにLAL中のタンパク質によって捕捉され、エンドトキシンの活性に悪影響を及ぼすことはない。上記ようにして得られたエンドトキシン量が、LAL試薬と混和する前におけるエンドトキシン水溶液の攪拌時間(上述の所定の時間)によってどのように減少するかを測定した。その結果を図1に示す。この場合は図1に示すように、1分間程度のわずかな時間の攪拌によっても、磁性攪拌子から溶出された鉄イオンによってエンドトキシンの濃度(エンドトキシン活性)が大幅に低下することが分かる。また、攪拌時間が長くなるほどエンドトキシンの濃度(エンドトキシン活性)がさらに低下していることが分かる。
【0056】
(測定例2)
製造例2〜4で得られたステンレス製の磁性攪拌子、ならびに、酸化皮膜の形成処理を行っていないステンレス製の磁性攪拌子を測定例1と同様の手順で別々にガラス製容器に入れて、同様に乾熱滅菌処理を施した。次に、各ガラス容器内にエンドトキシン水溶液(濃度10pg/mL)を200μL入れ、この試料を37℃に保温しながら20分間攪拌した後に試料を回収した。回収した試料中のエンドトキシン量を測定例1に記載の方法で定量した。測定結果を図2に示す。図2に示したように、製造例3においてステンレス鋼を酸化処理して厚い酸化皮膜を形成させたステンレス製の磁性攪拌子によって試料を攪拌した場合にのみ本来あるべきエンドトキシンの量を正しく定量することができた。
【0057】
また、製造例4において不動態化処理を行なったステンレス製の磁性攪拌子によって試料を攪拌した場合には、エンドトキシンが殆ど定量できなかった。通常の不動態化処理のみでは酸化皮膜の厚みが不十分であり、溶出した鉄イオンによりエンドトキシンが失活したものと考えられる。また、製造例2において、製造例3と4の中間の膜厚を有する酸化皮膜を形成させた磁性攪拌子によって試料を攪拌した場合には、上記2つの場合の中間の量のエンドトキシンが定量された。
【0058】
(測定例3)
製造例3で得られたステンレス製の磁性攪拌子、ならびに、製造例4で得られたステンレス製の磁性攪拌子をそれぞれ10本ずつ用意し、測定例1と同様に各々ガラス製の容器に入れて、同条件にて乾熱滅菌処理を施した。その後、各ガラス容器にイオン交換水(M
illiQシステム、ミリポア製)をそれぞれ200μL入れ、37℃に保温して、1000rpmで20分攪拌した。攪拌後の試料を回収し、試料中の鉄イオンの濃度を原子吸光度法(Z−5000、日立製作所製)にて測定した。
【0059】
図3に結果を示す。図3に示したように、通常の不動態化処理によって得られる膜厚の酸化皮膜では鉄イオンの溶出を防ぐには不十分であり、試料中に鉄イオンが溶出していることが分かる。この場合の鉄イオンの溶出濃度は0.28mg/mLであったが、この濃度はエンドトキシン濃度(この場合10pg/mL程度)に対して、大幅に過剰な濃度である。測定例2の結果とあわせて考察すると、膜厚が数nm程度の酸化皮膜では鉄イオンの溶出を抑制できず、試料中に溶出した鉄イオンによって試料中のエンドトキシンが不活性化され、エンドトキシンの濃度を正確に測定できなかったと考えられる。
【0060】
一方、製造例3で得られた充分に厚い膜厚(数百nm)の酸化皮膜では鉄イオンの溶出を充分に抑制できており、試料中に鉄イオンが殆ど溶出していないことが分かる。
【0061】
なお、上記においては、ステンレス製の器具(磁性攪拌子)を加熱処理することで膜厚が数百nmの酸化皮膜を形成することとしたが、充分に厚い酸化皮膜の形成方法はこれに限られない。例えば硫酸−クロム酸溶液中にステンレス鋼を浸漬することにより、その表面に膜厚100μm〜300μmの金属酸化物や金属水酸化物の皮膜を化学的に形成する、いわゆる、カラーステンレスの製造法によっても本発明と同様の効果が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】ステンレス製の磁性攪拌子によるエンドトキシン水溶液の攪拌時間と、その後の測定で定量されたエンドトキシン濃度との関係を示すグラフである。
【図2】ステンレス製の磁性攪拌子の表面処理法と、鉄イオン溶出によるエンドトキシン不活性化の程度との関係を示すグラフである。
【図3】ステンレス製の磁性攪拌子の表面処理法と、鉄イオンの溶出量との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼で形成されるとともにエンドトキシンの検出または濃度測定に用いられるエンドトキシン測定用のステンレス製器具であって、
前記器具表面に膜厚が100nm以上の酸化皮膜を形成したことを特徴とするエンドトキシン測定用のステンレス製器具。
【請求項2】
前記酸化皮膜の膜厚は100nm以上1μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のエンドトキシン測定用のステンレス製器具。
【請求項3】
前記酸化皮膜はステンレス鋼または前記器具を250℃以上1000℃以下の温度で加熱処理することにより形成されたことを特徴とする請求項1または2に記載のエンドトキシン測定用のステンレス製器具。
【請求項4】
前記器具は、所定の容器内にエンドトキシンの検出または濃度測定をすべき試料とともに収容され外部から及ぼされる電磁力によって転動することで前記試料を攪拌する磁性攪拌子であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のエンドトキシン測定用のステンレス製器具。
【請求項5】
前記器具は、所定の容器内にエンドトキシンの検出または濃度測定をすべき試料とともに収容され外部から及ぼされる電磁力によって転動することで前記試料を攪拌する磁性攪拌子であり、JIS規格のSUS200系またはSUS300系のステンレス鋼から形成され、
前記酸化皮膜は前記磁性攪拌子を250℃以上800℃以下の温度で加熱処理することにより形成されたことを特徴とする請求項1または2に記載のエンドトキシン測定用のステンレス製器具。
【請求項6】
前記器具は、カブトガニの血球抽出物であるLALによるエンドトキシンの検出または濃度測定に用いられるエンドトキシン測定用器具であって、前記LALと混和される前における、前記エンドトキシンの検出または濃度測定をすべき試料に対して用いられることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載のエンドトキシン測定用のステンレス製器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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