説明

オイルクエンチ塔内部の気相部における汚れの成長を防止する方法

【課題】
本発明は、オレフィン類製造プロセスのオイルクエンチ塔内の気相部における汚れの成長を効率的に防止する汚れ防止方法を提供することを目的とし、詳しくはオイルクエンチ塔内部の気相部にある棚段や塔壁、特に棚段の裏側に発生する汚れの成長を効率的に防止する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
塔中段に熱回収プロセスを有する、オレフィン類製造プロセスのオイルクエンチ塔の気相部において、プロセス蒸気の凝縮液中に汚れの成長を防止するための有効量の重合禁止剤を存在させることを特徴とするオイルクエンチ塔気相部の汚れ成長防止方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチレン、プロピレン等のオレフィン類を製造するプロセスにおけるオイルクエンチ塔内部の気相部における汚れの成長を防止する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
石油化学工業におけるオレフィン類の製造は、通常ナフサの熱分解によって行われる。ナフサは熱分解炉で希釈スチームと共に800〜850℃で熱分解され、分解炉出口で350〜400℃まで急冷された後、オイルクエンチ塔(ガソリンフラクショネーター、ガソリン精留塔ともいわれる)へ送られる。塔底より導入されるフィードガスは、塔の下段、中段、上段より循環供給されるプロセス液であるクエンチ油と向流接触させることにより冷却され、フィードガス中に存在する成分は、その成分の沸点に応じて液化、凝縮分離される。
【0003】
一方、オイルクエンチ塔内では、冷却効率ならびに分離向上をはかるため、塔内に棚段(トレイ)を多数設置している。棚段には、ガスが上部へ移動するための細かい穴を多数設けた棚板(シーブトレイ)や、穴の部分にキャップを付けてガスが凝縮液を通過するときに泡立たせることで気液接触面積をさらに増やす棚板(バブルキャップトレイ)等が採用されている。フィードガス中には、シクロペンタジエン、シクロヘキサジエン、スチレン、メチルスチレン、ジビニルベンゼン、インデン等のエチレン性不飽和化合物が含まれており、これらの化合物がオイルクエンチ塔内で熱重合し、ポリマーとなることで様々な障害を引き起こす。例えば、ポリマーの生成によりオイルクエンチ塔の塔底液の粘度が上昇し、熱回収プロセスで熱効率が低下するという問題がある。また、塔内で生成したポリマーは、気相部にある装置の棚板や塔壁に付着し、成長することにより液の流れの抵抗となり、目的とする凝縮分離効率が得られず、冷却効率の低下を招く。さらに、汚れの成長が進行すると棚板の穴が完全に閉塞して塔内の圧力が上昇し、処理可能なフィードガス量が制限され、最悪の場合には一旦操業を停止して、塔内を洗浄する必要があった。
【0004】
このような問題を解決するため、オイルクエンチ塔の塔底液の粘度上昇を抑制する方法として、スルホン酸、あるいはその塩類と重合禁止剤を併用する方法(特許文献1)、中段に熱回収プロセスを有するガソリン精留塔において、熱回収プロセス液の循環液量と温度を制御する方法(特許文献2)、さらに、エチレン性不飽和モノマーを含む炭化水素流中での汚損および粘度上昇を抑制する方法(特許文献3)が開示されているが、これらの方法は、プロセス液中の重合抑制には効果があるものの、いずれの方法も本発明が対象とする気相部における汚れの成長防止には著しい効果がなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−166152号公報
【特許文献2】特開2002−309271号公報
【特許文献3】特開2006−500439号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、オレフィン類製造プロセスのオイルクエンチ塔内の気相部における汚れの成長を効率的に防止する方法を提供することを目的とし、詳しくはオイルクエンチ塔内部の気相部にある棚段や塔壁に発生する汚れの成長を効率的に防止する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、オレフィン類製造プロセスのオイルクエンチ塔内部の気相部にある棚段や塔壁に付着する汚れの発生状況を検討し、また、その汚れの詳細分析を実施したところ、汚れ成分の中に低沸点のジエン系化合物が含まれていることを見出し、汚れの発生メカニズムが棚段、特に棚段裏側の気相凝縮部や気相凝縮温度帯の塔壁において気相に含まれる一部のジエン化合物が凝縮して重合が発生し、そこを基点として重合物(汚れ)が成長するという推定から、汚れ生成を防止するために鋭意検討を実施した結果、該ジエン化合物を含むプロセス蒸気の凝縮液に有効量の重合禁止剤を効率的に存在させることによって汚れの成長を防止する方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、請求項1に係る発明は、塔中段に熱回収プロセスを有する、オレフィン類製造プロセスのオイルクエンチ塔の気相部において、プロセス蒸気の凝縮液中に汚れの成長を防止するための有効量の重合禁止剤を存在させることを特徴とするオイルクエンチ塔気相部の汚れ成長防止方法である。
【0009】
請求項2に係る発明は、汚れが発生している部位の下部のプロセス液中に常圧での沸点が100〜200℃である重合禁止剤を存在させることを特徴とする請求項1記載のオイルクエンチ塔気相部の汚れ成長防止方法である。
【0010】
請求項3に係る発明は、上記重合禁止剤がモノアルキルヒドロキシルアミンならびにジアルキルヒドロキシルアミンより選ばれる一種以上であることを特徴とする請求項2記載のオイルクエンチ塔気相部の汚れ成長防止方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、オイルクエンチ塔の気相部における汚れの成長を効率的に防止することができるため、オイルクエンチ塔の連続運転を可能とし、プラント全体の安定操業に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の汚れ成長防止試験に用いたSUS製オートクレーブの概略図
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の汚れの成長防止方法は、塔中段に熱回収プロセスを有するオイルクエンチ塔の気相部において、プロセス蒸気の凝縮液中に汚れの成長を防止するための有効量の重合禁止剤を存在させることを特徴とするオイルクエンチ塔気相部の汚れ防止方法であって、本発明で用いる有効量の重合禁止剤をプロセス蒸気の凝縮液中に効率的に存在させる手段には特に制限がなく、どのような手段であってもよい。例えば、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル等のフリーラジカル類、ハイドロキノン、4−メトキシフェノール、4−t−ブチルカテコール等のフェノール類、イソプロピルヒドロキシルアミン、ジエチルヒドロキシルアミン等のヒドロキシルアミン類、及び、フェノチアジン、N,N´−ジ−sec−ブチル−p−フェニレンジアミン等の二級アミン等の重合禁止剤を含む溶液をプロセス蒸気の凝縮温度帯に噴霧することによって有効量の重合禁止剤をプロセス蒸気の凝縮液中に存在させてもよいが、オイルクエンチ塔の気相部においてプロセス蒸気と同様な挙動を示し、凝縮温度もプロセス蒸気と同様な温度範囲に属する特定の重合禁止剤を、汚れが発生している部位より下部の位置にあるプロセス液に添加する方法が、簡便であり好ましい。
【0014】
オイルクエンチ塔の気相部においてプロセス蒸気の凝縮は凝縮温度帯にある塔壁や棚段で起こり、特に凝縮温度帯にある棚段の裏側では、上昇してきた多量のプロセス蒸気が棚段裏側に衝突してエチレン性不飽和化合物を含む凝縮液の絶え間ない供給があり、該エチレン性不飽和化合物の重合による汚れの発生、及び汚れの成長が活発である。
【0015】
このように汚れの発生、及び汚れの成長が活発である棚段の裏側の凝縮液に重合禁止剤を存在させるためには、該棚段の下部に存在するプロセス液にプロセス蒸気と同様な挙動を示す特定の重合禁止剤を添加し、そのプロセス液から蒸発するプロセス蒸気とともに特定の重合禁止剤を凝縮液中に供給することによって、凝縮液中に該重合禁止剤の有効量を維持することができる。棚段の裏側のみならず、プロセス蒸気の凝縮温度帯にある塔壁における汚れなどの成長防止についても、この方法が適用できる。
【0016】
このような特定の重合禁止剤としては、オイルクエンチ塔の気相側への重合禁止剤の移行を考慮し、常圧での沸点が100℃〜200℃の範囲のものが好ましい。沸点がこの範囲外の重合禁止剤も用いることができるが、気相側への該重合禁止剤の移行比率が低いため、汚れが発生している部位より下部の位置にあるプロセス液に添加する重合禁止剤の濃度を高く保つ必要が生じ、常圧での沸点が100℃〜200℃の範囲の重合禁止剤に比べて、添加量対効果の効率が劣る。
【0017】
常圧での沸点が100℃〜200℃の範囲に該当する化合物としては、ジエチルヒドロキシルアミン、ジメチルヒドロキシルアミン、メチルエチルヒドロキシルアミン、ジプロピルヒドロキシルアミン、ジブチルヒドロキシルアミン、ジペンチルヒドロキシルアミン、ジイソプロピルヒドロキシルアミン、モノイソプロピルヒドロキシルアミン等のモノアルキルヒドロキシルアミン及びジアルキルヒドロキシルアミンが挙げられ、中でもジメチルヒドロキシルアミン、ジエチルヒドロキシルアミン、モノイソプロピルヒドロキシルアミンが好ましい。これらの重合禁止剤は、1種、または、2種以上を組み合わせて用いる。また本発明の効果を損なわない範囲でその他の重合禁止剤と併用してもよい。
【0018】
上記の特定の重合禁止剤の注入箇所は、汚れが発生している部位より下部の位置にあるプロセス液であれば特に制限はないが、重合禁止剤の到達効率の点から、問題となっている汚れの直近の下部であることが望ましく、塔中段のプロセス液を一部抜き出して熱回収しているプロセスでは、熱回収されたプロセス液であるクエンチ油の戻り配管に、該重合禁止剤を注入することが好ましい。
【0019】
上記の特定の重合禁止剤の添加にあたっては、原液であっても、また、溶剤やプロセス液、あるいは水に溶解させた状態で添加しても良い。該重合禁止剤を2種以上組み合わせて用いる場合は各有効成分をそれぞれ別個に添加しても良く、また、所定量の割合で混合した一液製剤として添加しても良い。この場合においても、上記の溶剤やプロセス液、あるいは水に溶解させた状態で添加しても良い。
【0020】
本発明における重合禁止剤の有効量は、気相部の凝縮液に対して1ppm〜1000ppm、好ましくは10ppm〜1000ppmである。その濃度を維持するように、汚れが発生している部位より下部の位置にあるプロセス液に重合禁止剤を添加する。気相部の凝縮液に対して1ppm未満では充分な効果が期待出来ず、また1000ppmより多いと効果としては充分であるが、添加量の割には効果が上がらず、経済的にみて好ましくない。
【実施例】
【0021】
実施例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0022】
(テストに用いた重合禁止剤、及び常温における沸点)
DMHA:ジメチルヒドロキシルアミン (Aldrich社 試薬) 101℃
DEHA:ジエチルヒドロキシルアミン(東京化成工業 試薬) 133℃
IPHA:モノイソプロピルヒドロキシルアミン(ANGUS社製)163℃
TBC:4−t−ブチルカテコール(東京化成工業 試薬) 285℃
BHT:ブチルヒドロキシルトルエン(東京化成工業 試薬) 265℃
PDA:N,N´−ジ−sec−ブチル−p−フェニレンジアミン(日揮ユニバーサル株式会社製:商品名UOP No.5) 320℃
QM:2,6−ジ−t−ブチルシクロヘキサ−2,5−ジエノン(チバスペシャリティーケミカルズ:商品名プロスタブ 6007) 200℃以上
DBSA:ドデシルベンゼンスルホン酸(テイカ株式会社製:商品名 テイカパワーB−121) 200℃以上
【0023】
(汚れ成長防止試験)
図1に示す100mlのSUS製オートクレーブに、エチレンプラントから得られた熱分解油10g、スチレンモノマー 10g、イソプレン10gを混合し、表1に示す所定量の重合禁止剤を添加したものを試験液とし、オートクレーブの底部に仕込んだ。その後、オートクレーブの底から一定の位置の気相部にステンレス製の金網籠を設置し、同様にエチレンプラントから得られた重合物をキシレンで洗浄し、105℃で1時間乾燥させたものを約50mg秤量して籠に入れた。135℃に設定したオイルバスにオートクレーブを設置し、24時間放置した。放置後、オートクレーブを室温まで冷却し、金網上の重合物をキシレンで洗浄し、105℃で1時間乾燥させた後、重量を測定した。試験前後の重量変化から重合物成長倍数を求めた。この重合物成長倍数が小さいほど、気相部における汚れの成長防止効果が大きいことを示している。一方、凝縮液中の重合禁止剤濃度は、上記試験の金網籠の代わりに浅いトレー(皿)を設置し、その中に重合物は入れないで、上記と同一条件での試験を上記試験と平行して行い、試験後、トレーに溜まった凝縮液を採取し、ヒドロキシルアミン類については水抽出した後、比色法により、その他の重合禁止剤は、ガスクロマトグラフィーにより測定した。その結果を表1に示す。

【0024】
【表1】

【0025】
表1の実施例1〜14に示す通り、プロセス蒸気の凝縮液中の重合禁止剤濃度が1ppm以上存在することによって、気相部にある汚れの成長を防止できることが明白であり、特に、凝縮液中の重合禁止剤濃度が10ppm以上存在する実施例1〜5、実施例7〜9、実施例11、13、及び実施例14では重合物成長倍数が1.4倍以下であり、気相部にある汚れの成長防止効果が高いことが判る。更に、常温における沸点が100〜200℃である実施例5と実施例11に対して、常温における沸点が200℃以上である実施例13と実施例14の結果を比較すると、実施例5と実施例11では試験液中の重合禁止剤100ppm濃度の添加によって、凝縮液中の重合禁止剤濃度12〜15ppmが得られるのに対して、実施例13と実施例14では同程度の凝縮液中の重合禁止剤濃度を得るためには試験液中に2000〜4000ppmの重合禁止剤濃度が必要であり、本発明の方法では常温における沸点が100〜200℃の重合禁止剤を用いるほうが効率的であることが判る。
【0026】
表1の比較例1〜8に示す通り、プロセス蒸気の凝縮液中の重合禁止剤濃度が1ppm以下では、気相部にある汚れの成長を防止できない。比較例1〜3の結果から、本発明の方法において常温における沸点が100〜200℃の重合禁止剤を用いても、プロセス蒸気の凝縮液中の重合禁止剤濃度が1ppm以下の場合は、気相部にある汚れの成長防止効果は非常に小さく、その重合物成長倍数は無添加と大差が無い。常温における沸点が200℃以上である比較例4〜8においても、凝縮液中の重合禁止剤濃度が1ppm以下の場合は、気相部にある汚れの成長防止効果はほとんど無い。
【0027】
以上のように、オレフィン類製造プロセスのオイルクエンチ塔の気相部において、プロセス蒸気の凝縮液中に汚れの成長を防止するための有効量の重合禁止剤を存在させることによって、オイルクエンチ塔気相部の汚れの成長を防止でき、上記有効量として1ppm以上、特に10ppm以上が好ましく、また、常温における沸点が100〜200℃の重合禁止剤を汚れが発生している部位の下部のプロセス液中に添加することによって、効率よく凝縮液中に有効量の重合禁止剤を存在させることができることが明白になった。本発明の方法に特に適した重合禁止剤は、常圧での沸点が100〜200℃であるモノアルキルヒドロキシルアミンならびにジアルキルヒドロキシルアミンより選ばれる一種以上である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
塔中段に熱回収プロセスを有する、オレフィン類製造プロセスのオイルクエンチ塔の気相部において、プロセス蒸気の凝縮液中に汚れの成長を防止するための有効量の重合禁止剤を存在させることを特徴とするオイルクエンチ塔気相部の汚れ成長防止方法。
【請求項2】
汚れが発生している部位の下部のプロセス液中に常圧での沸点が100〜200℃である重合禁止剤を存在させることを特徴とする請求項1記載のオイルクエンチ塔気相部の汚れ成長防止方法。
【請求項3】
上記重合禁止剤がモノアルキルヒドロキシルアミンならびにジアルキルヒドロキシルアミンより選ばれる一種以上であることを特徴とする請求項2記載のオイルクエンチ塔気相部の汚れ成長防止方法。


【図1】
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【公開番号】特開2010−275233(P2010−275233A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129480(P2009−129480)
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(000234166)伯東株式会社 (135)
【Fターム(参考)】