説明

オオムギのβ−グルカン欠失遺伝子、合成遺伝子及びその利用

【課題】オオムギのβ−グルカン欠失遺伝子及びβ−グルカン合成遺伝子のゲノムDNA及びcDNA、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギ及びその育種方法、β−グルカンを減少又は欠失したオオムギの穀粒を利用したアルコール又は発酵食品の製造方法並びに動物用飼料組成物を提供する。
【解決手段】特定の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を欠失したタンパク質が生成されるDNAである、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA、及び、オオムギの7H染色体の動原体付近に座乗する特定の塩基配列からなる遺伝子の第4275番目に対応する塩基が、GからAに変異していた場合に、そのオオムギはβ−グルカン欠失遺伝子を有すると判別して選択するステップを含む育種方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オオムギ穀粒の(1―3,1−4)−β−D−グルカン(以下、β−グルカンという。)を欠失する遺伝子(以下、β−グルカン欠失遺伝子という。)、β−グルカン合成遺伝子及びその利用に関する。具体的には、オオムギのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA及びcDNA、オオムギのβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA及びcDNA、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギ及びその育種方法、β−グルカン合成遺伝子の発現を抑制することによってオオムギ穀粒のβ−グルカンを減少又は欠失させる方法及びこの方法によって得ることのできる、穀粒中のβ−グルカンを減少又は欠失したオオムギ、β−グルカンを減少又は欠失したオオムギの穀粒を発酵させるステップを含むアルコール又は発酵食品の製造方法、並びにこのオオムギ穀粒を含む動物用飼料組成物に関する。ここで、β−グルカン合成遺伝子とは、β−グルカンの合成経路に関与して、β−グルカンの合成を促進する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を意味する。
【背景技術】
【0002】
コムギやイネなどの穀物と異なり、オオムギ穀粒には、多糖類の一種であるβ−グルカンが豊富に含まれている。β−グルカンは胚乳細胞壁を構成する主要成分である。β−グルカンが多いと、ビールや焼酎の醸造においてデンプンの糖化や発酵の効率を低下させ、ブタや家禽の飼料に用いる場合には消化吸収が劣り飼養効果が低い等の負の作用があることが分かっている。そのため、これらの用途に用いられるオオムギにおいてはβ−グルカンの低含有化が求められており、β−グルカンを欠失する遺伝子は有用である。
【0003】
一方で、β−グルカンには血糖値上昇抑制や血中コレステロールの低減などの生理機能があり、生活習慣病の予防と改善に効果があることが明らかにされている。近年では免疫機能の増進にも効果があることが報告されている(非特許文献1)。そのため、オオムギを食用として用いる場合には、β−グルカン含量が高いほうが利用価値が高い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Brennan,C.S. and L.J.Cleary (2005) J.Cereal Sci. 42:1−13.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
育種におけるβ−グルカン含量の遺伝的制御のためには、β−グルカンの合成や制御に関わる遺伝子の解明が不可欠である。β−グルカンは世界的に注目を集めている高機能性多糖であると同時に植物の細胞壁を構成する多糖として重要な成分であるにもかかわらず、β−グルカン合成に関わる遺伝子は未だ解明されていない。この遺伝子の解明は世界的に熾烈な競争となっている。
【0006】
本発明は、オオムギのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA及びcDNAを提供することを目的とする。本発明はまた、オオムギのβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA及びcDNAを提供することを目的とする。本発明は更に、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギ及びその育種方法、このオオムギの穀粒を発酵させるステップを含むアルコールの製造方法、並びにこのオオムギ穀粒を含む動物用飼料組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
1つの態様において、本発明は、配列番号1に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を欠失したタンパク質が生成されるDNAである、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを提供する。
【0008】
このようなβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAは、穀粒中の糊粉層及び胚乳の細胞壁においてβ−グルカンが完全に欠失し、胚乳細胞壁が顕著に薄い、オオムギの作出に利用可能である。β−グルカンが欠失したオオムギ穀粒を原料に用いることによって、ビールや焼酎の製造におけるデンプンの糖化や発酵の効率を向上させることができる。また、β−グルカンが欠失したオオムギ穀粒を含む、ブタや家禽などの動物用飼料組成物は、消化吸収が良く、飼養効果が高い。また、β−グルカンを欠失するオオムギは、機能性多糖として重要なアラビノキシランをやや多く含むため、アラビノキシランに特化した機能性食品の開発に利用することも可能である。通常はβ−グルカンとアラビノキシランを完全に分離することは困難であるが、β−グルカンが欠失したオオムギからアラビノキシランを抽出することにより、純粋なアラビノキシランを得ることができる。
【0009】
本発明のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAが転写・翻訳された時に生成される、β−グルカン合成活性を欠失したタンパク質は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号2のアミノ酸配列の第660番目に対応するアミノ酸がグリシン以外のアミノ酸である、β−グルカン合成活性を欠失したタンパク質であることが更に好ましい。また、上記の第660番目に対応するアミノ酸は、アスパラギン酸であることが更に好ましい。さらに、本発明のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAは、配列番号1に記載の塩基配列からなることが特に好ましい。
【0010】
別の態様において、本発明は、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号2のアミノ酸配列の第660番目に対応するアミノ酸がグリシン以外のアミノ酸である、β−グルカン合成活性を欠失したタンパク質をコードする、β−グルカン欠失遺伝子cDNAを提供する。
【0011】
β−グルカンの欠失遺伝子cDNAは、β−グルカン合成に関わっているため、生命科学分野で植物のβ−グルカン合成に関わる遺伝子の解明に利用できる。β−グルカン合成に関わる遺伝子が解明されれば、その結果を利用して、育種におけるβ−グルカン含量の遺伝的制御が可能になる。
【0012】
本発明のβ−グルカン欠失遺伝子cDNAがコードするアミノ酸配列において、配列番号2のアミノ酸配列の第660番目に対応するアミノ酸は、アスパラギン酸であることが更に好ましい。また、本発明のβ−グルカン欠失遺伝子cDNAは、配列番号3に記載の塩基配列からなることが特に好ましい。
【0013】
別の態様において、本発明は、配列番号4に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を有するタンパク質が生成されるDNAである、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAを提供する。このβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAは、配列番号4に記載の塩基配列からなることが特に好ましい。
【0014】
β−グルカンの合成に関与する遺伝子は解明されていなかったが、本発明者らは、上記のDNAがβ−グルカン合成に関与していることを明らかにした。植物中のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAのコピー数を増やすなどの方法によって、β−グルカンの産生量が高い植物品種を開発することが可能である。β−グルカンは、血糖値上昇抑制や血中コレステロールの低減などの生理機能、免疫機能の増進などの効果を持つことが報告されているため、利用価値が高い。
【0015】
別の態様において、本発明は、配列番号6に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、β−グルカン合成活性を有するタンパク質をコードするDNAである、β−グルカン合成遺伝子cDNAを提供する。このβ−グルカン合成遺伝子cDNAは、配列番号6に記載の塩基配列からなることが特に好ましい。
【0016】
β−グルカンの合成に関与する遺伝子は解明されていなかったが、本発明により、上記のcDNAがβ−グルカン合成に関与していることが明らかとなった。このcDNAを適切なプロモーターの下流に連結して細菌や酵母、植物などに導入することにより、β−グルカンを大量生産することが可能である。β−グルカンは、血糖値上昇抑制や血中コレステロールの低減などの生理機能、免疫機能の増進などの効果を持つことが報告されているため、利用価値が高い。
【0017】
別の態様において、本発明は、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギの育種方法であって、オオムギの7H染色体の動原体付近に座乗する配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基が、G(グアニン)からA(アデニン)に変異していた場合に、前記オオムギはβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有すると判別して選択する選択ステップを含む、育種方法を提供する。
【0018】
この育種方法により、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギを育種することができる。従来のβ−グルカン有無の判別法は、穀粒を試料として、β−グルカンに特異的に吸着する蛍光色素や酵素処理により生ずる産物を検出する方法であった。したがって、その判別を行うためには種子を形成する段階にまで植物を生育させることが必要であった。これに対し、本発明を利用すれば、種子を形成する前の幼植物においても判定でき、かつ遺伝子型のホモ・ヘテロの判定も可能である。このため、育種に要する期間を格段に短縮することができる。
【0019】
上記の育種方法の1つの態様において、本発明は、オオムギから抽出したゲノムDNAを鋳型として、配列番号4に記載の塩基配列の第4275番目に対応する塩基配列を含むDNA断片を増幅する増幅ステップと、増幅ステップで増幅されたDNA断片を、TaqI、BanI及びNlaIVからなる群から選択される制限酵素で切断し、切断したDNA断片を検出する検出ステップと、検出ステップにおいて、DNA断片が制限酵素TaqIで切断された場合、又は制限酵素BanI若しくはNlaIVで切断されなかった場合に、前記オオムギはβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有すると判別して選択する選択ステップとを含む、育種方法を提供する。
【0020】
この育種方法により、配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基が変異していた場合に迅速に判別することができる。制限酵素BanI又はNlaIVを用いる場合には、上記の第4275番目に対応する塩基が、GからA、C(シトシン)又はT(チミン)に変異していた場合に判別することができる。制限酵素TaqIを用いる場合には、上記の第4275番目に対応する塩基が、GからAに変異していた場合に判別することができる。
【0021】
別の態様において、本発明は、上記の育種方法によって育種されたオオムギであって、次のDNA:
(a)配列番号1に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNAであって、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を欠失したタンパク質が生成されるDNAである、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA、
(b)上記(a)に記載のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAにおいて、転写・翻訳された時に生成されるタンパク質が、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号2のアミノ酸配列の第660番目に対応するアミノ酸がグリシン以外のアミノ酸である、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA、
(c)上記(b)に記載のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAにおいて、グリシン以外のアミノ酸がアスパラギン酸である、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA、
(d)配列番号1に記載の塩基配列からなる、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA。
のいずれかを有するオオムギを提供する。また、本発明のオオムギは、上記の(a)〜(d)のいずれかのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAをホモで有している事が更に好ましい。
【0022】
上記の(a)〜(d)のいずれかのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAをヘテロで有するオオムギは、野生型のオオムギに比べて穀粒中のβ−グルカンが減少しており、上記の(a)〜(d)のいずれかのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAをホモで有しているオオムギは、穀粒のβ−グルカンを完全に欠失している。
【0023】
別の態様において、本発明は、配列番号4に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を有するタンパク質が生成されるDNAであるβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA、又は配列番号4に記載の塩基配列からなるβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAの発現を抑制するステップを含む、オオムギ穀粒のβ−グルカンを減少又は欠失させる方法及びこの方法によって得ることのできる、β−グルカンを減少又は欠失したオオムギを提供する。このオオムギは、穀粒のβ−グルカンを減少又は完全に欠失している。
【0024】
別の態様において、本発明は、上記の育種方法によって育種されたオオムギであって、上記の(a)〜(d)のいずれかのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有しているオオムギ、又は上記のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAの発現を抑制することによって得ることのできる、穀粒中のβ−グルカンを減少又は欠失したオオムギ由来の穀粒を発酵させるステップを含む、アルコールの製造方法を提供する。β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAをヘテロで有しているオオムギは、野生型のオオムギに比べて穀粒中のβ−グルカンが減少しており、ホモで有しているオオムギは、穀粒中のβ−グルカンを完全に欠失している。β−グルカンが減少又は欠失したオオムギ穀粒を原料に用いることによって、ビールや焼酎の製造において、デンプンの糖化時間の短縮、麦汁の濾過時間の短縮、アルコール生成量の増加、発酵残渣の減少などの効果が得られる。
【0025】
別の態様において、本発明は、上記の育種方法によって育種されたオオムギであって、上記の(a)〜(d)のいずれかのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有しているオオムギ、又は上記のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAの発現を抑制することによって得ることのできる、穀粒中のβ−グルカンを減少又は欠失したオオムギ由来の穀粒を発酵させるステップを含む、発酵食品の製造方法を提供する。発酵食品はオオムギの穀粒を発酵させたものを含む食品であり、例えば味噌や醤油である。β−グルカンが減少又は欠失したオオムギ穀粒を原料に用いることによって、発酵の効率を上げることができるため、発酵に要する時間を短縮できるなどの効果が得られる。
【0026】
別の態様において、本発明は、上記の育種方法によって育種されたオオムギであって、上記の(a)〜(d)のいずれかのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有しているオオムギ、又は上記のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAの発現を抑制することによって得ることのできる、穀粒中のβ−グルカンを減少又は欠失したオオムギ由来の穀粒を含む、動物用飼料組成物を提供する。β−グルカンが減少又は完全に欠失したオオムギ穀粒を含む動物用飼料組成物は、消化吸収が良く飼養効果が高い。また、消化性が改善される結果、糞の量が減少するなどの効果が得られる。また、胚乳細胞壁が薄く穀粒が軟質であるため、飼料組成物の製造時に、より容易に穀粒を粉砕することができる。
【0027】
別の態様において、本発明は、次のDNA:
(a)配列番号4に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を有するタンパク質が生成されるDNAである、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA、
(b)配列番号4に記載の塩基配列からなるβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA、
(c)配列番号6に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、β−グルカン合成活性を有するタンパク質をコードするDNAである、β−グルカン合成遺伝子cDNA
(d)配列番号6に記載の塩基配列からなるβ−グルカン合成遺伝子cDNA
のいずれかを含むベクターを発現可能に保持する形質転換体を提供する。形質転換体は、オオムギであってもよいし、本来はβ−グルカンを含まないか、微量にしか含まない植物であってもよい。あるいは、形質転換体は、大腸菌などの原核生物や、酵母などの真核生物に例示される微生物であってもよい。
【0028】
このような形質転換植物体は、β−グルカンをより大量に含むため、付加価値が高い。あるいは、このような形質転換微生物を利用して、β−グルカンを大量に工業生産することも可能である。
【0029】
形質転換体は、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA又はβ−グルカン合成遺伝子cDNAを過剰発現することがより好ましい。過剰発現とは、形質転換前の宿主と比較して、mRNAレベル又はタンパクレベルで、より大量のβ−グルカン合成遺伝子を発現することを意味する。
【発明の効果】
【0030】
本発明により、オオムギのβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA及びcDNAが提供される。また、オオムギのβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA及びcDNAが提供される。さらに、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギ及びその育種方法、β−グルカン合成遺伝子の発現を抑制することによってオオムギ穀粒のβ−グルカンを減少又は欠失させる方法及びこの方法によって得ることのできる、穀粒中のβ−グルカンを減少又は欠失したオオムギ、これらのβ−グルカンを減少又は欠失したオオムギ穀粒を発酵させるステップを含むアルコール又は発酵食品の製造方法、並びにこのオオムギ穀粒を含む動物用飼料組成物が提供される。
【0031】
β−グルカン合成に関与する遺伝子の改変は、生命科学分野で植物のβ−グルカン合成に関わる遺伝子の解明、並びに農業分野でβ−グルカンを含まないオオムギの品種育成において有用である。β−グルカン欠失遺伝子とβ−グルカン欠失性機構の解明は、β−グルカン合成に関わる遺伝子の特定に寄与するものである。また、β−グルカンを欠失するオオムギは、β−グルカンとともに機能性多糖として重要なアラビノキシランをやや多く含むため、アラビノキシランに特化した機能性食品の開発において重要な資源である。従来のβ−グルカン有無の判別法は、穀粒を試料として、β−グルカンに特異的に吸着する蛍光色素や酵素処理により生ずる産物を検出する方法であった。したがって、その判別を行うためには種子を形成する段階にまで植物を生育させることが必要であった。これに対し、本発明を利用すれば、種子を形成する前の幼植物においても判定でき、かつ遺伝子型のホモ・ヘテロの判定も可能である。本発明によるβ−グルカン欠失遺伝子を利用すると、糊粉層及び胚乳の細胞壁においてβ−グルカンが完全に欠失し、胚乳細胞壁が顕著に薄いオオムギを作出することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】β−グルカン欠失遺伝子の染色体上の座乗位置を示す図である。
【図2】β−グルカン欠失オオムギ品種及び野生型品種における、HvCslF6遺伝子の塩基配列と推定アミノ酸配列を示す図である。
【図3】CAPSマーカーによるHvCslF6遺伝子型の判別例を示す写真である。
【図4】ニシノホシ(bgl)準同質遺伝子系統及びニシノホシの穀粒断片の光学顕微鏡による観察結果を示す写真である。
【図5】ニシノホシ(bgl)準同質遺伝子系統及びニシノホシの穀粒断片の光学顕微鏡及び走査型電子顕微鏡による観察結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本明細書において、「90%以上の相同性を有する塩基配列」とは、2つの塩基配列を、可能な限り多数の塩基が相互に一致するように並列させて比較した場合に、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、更に好ましくは99%以上の塩基が同一である塩基配列を意味する。ここで、塩基配列を並列させる際には、最大の相同性を与えるようにギャップを含んでもよい。
【0034】
本明細書において、「1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列」とは、基準となるアミノ酸配列と比較して、1〜10個、より好ましくは1〜5個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を意味する。
【0035】
本明細書において、「ゲノムDNA」とは、イントロンを含むDNAを意味し、「cDNA」は、イントロンを含まないDNAを意味する。例えば、配列番号1に記載の塩基配列は、β−グルカン欠失遺伝子のゲノムDNAの塩基配列を示しており、この塩基配列において、第328〜1954番目及び第2699〜3367番目はイントロンである。イントロンは、宿主中でゲノムDNAがmRNAに転写され、タンパクに翻訳される過程で、スプライシングにより除去される。ここにおいて、宿主は植物であることが好ましく、オオムギであることが更に好ましい。例えば、配列番号3は、配列番号1に記載の塩基配列からイントロン部分を除去した、β−グルカン欠失遺伝子cDNAの塩基配列を示す。本明細書において、「β−グルカン欠失遺伝子」とは、ゲノムDNA及びcDNAの両者を意味する場合がある。
【0036】
本明細書において、「β−グルカン合成活性」とは、β−グルカンの合成経路に関与して、β−グルカンの合成を促進する活性を意味する。また、「β−グルカン合成遺伝子」とは、β−グルカンの合成経路に関与して、β−グルカンの合成を促進する機能を有するタンパクをコードする遺伝子を意味する。
【0037】
1つの態様において、本発明は、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギの育種方法であって、オオムギの7H染色体の動原体付近に座乗する配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基が、GからAに変異していた場合に、前記オオムギはβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有すると判別して選択する選択ステップを含む、育種方法を提供する。この育種方法における選択ステップにおいて、ゲノムDNAの変異を検出する方法は特に制限されない。例えば、検出したいゲノムDNA上の領域をPCR増幅し、PCR断片のダイレクトシークエンスにより、又はPCR断片をシークエンス用ベクターに挿入後、シークエンスすることにより、塩基配列決定を行い、目的の変異を持つか否かを判別しても良い。しかしながら、判別操作がより簡便であることから、制限酵素で切断されるか否かを指標として目的の変異の存在を検出することが好ましい。
【0038】
具体的には、オオムギから抽出したゲノムDNAを鋳型として、例えば、配列番号4に記載の塩基配列の第3893〜4361番目に対応する塩基配列からなるDNA断片をPCR増幅し、増幅された469bpのDNA断片を制限酵素BanIで切断し、切断したDNA断片をアガロース電気泳動などにより検出し、DNA断片が制限酵素BanIで切断されなかった場合に、前記オオムギはβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有すると判別することができる。この方法の場合、配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基がAに変異していた場合に迅速に判別することができる。さらに、上記の4275番目に対応する塩基がC又はTに変異していた場合においても同様に判別することができる。
【0039】
制限酵素としては、BanIと同様に、TaqIや、NlaIVなども利用可能である。TaqIの認識配列は5’−TCGA−3’であり、TaqI消化によって5’−T/CGA−3’の形に切断される。このため、配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基が、GからAに変異していた場合に切断される。NlaIVの認識配列は5’−GGNNCC−3’であり、NlaIV消化によって5’−GGN/NCC−3’の形に切断される。ここで、NはA、T、G又はCを意味する。このため、配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基が、GからA、C又はTに変異していた場合に切断される。
【0040】
配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基の周辺には、BanI、TaqI又はNlaIVなどの制限酵素によって切断される認識配列が複数存在する。当業者は、これらの制限酵素による切断によって上記の第4275番目に対応する塩基の変異を判別する場合に、配列番号4に記載の塩基配列のうちの、どの領域を増幅してDNA断片を調製すれば判別可能であるかを容易に選択することができる。また、これらの制限酵素以外の使用可能な制限酵素は、当業者にとって明らかである。
【0041】
オオムギからのゲノムDNAの抽出方法は特に制限されないが、例えば0.1g程度の若い葉を採取し、液体窒素を加えてすり鉢上で磨砕し、DNeasy Plant Mini Kit(キアゲン社)を用いて取扱説明書にしたがって抽出することができる。
【0042】
本発明の育種方法は例えば次のようにして実施することができる。まず、野生型のオオムギを、メタンスルホン酸エチル(EMS)などの変異誘発剤で処理して変異体を得る。続いて、得られた各変異体からゲノムDNAを抽出し、上記の方法によって、配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基の変異を検出し、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギ個体を判別し、選択する。このようにして、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギを育種することができる。あるいは、野生型のオオムギ品種と、すでにβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有することが明らかとなっているオオムギ品種を交配し、その子孫の中から上記と同様の方法によってβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギを判別し、選択することで、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギを育種することができる。または、野生型のオオムギにおける、配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基を、相同組換えによる遺伝子ターゲティング法などの分子生物学的手法によって、人工的にGからA、C又はTに変異させることにより、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギを育種することができる。上記の人工的に導入する変異は、GからAへの変異であることがより好ましい。
【0043】
1つの態様において、本発明は、オオムギのβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA及びcDNAを提供する。本発明のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA又はcDNAをオオムギなどの植物のゲノム中に導入し、コピー数を増やすなどの方法によって、β−グルカンの産生量が高い植物品種を開発することが可能である。あるいは、本発明のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA又はcDNAを、大腸菌などの原核生物や、酵母などの真核生物などの微生物に導入して、β−グルカンを工業的に大量生産することも可能である。β−グルカンは、血糖値上昇抑制や血中コレステロールの低減などの生理機能、免疫機能の増進などの効果を持つことが報告されているため、利用価値が高い。
【0044】
β−グルカン合成遺伝子を植物体に導入する場合には、まず、β−グルカン合成遺伝子の発現ベクターを構築する。発現ベクターは、植物体内で発現可能なプロモーター、β−グルカン合成遺伝子、翻訳終結配列を含む。β−グルカン合成遺伝子はゲノムDNAであってもcDNAであってもよい。ここで、宿主となる植物体は、特に制限されないが、オオムギであることが好ましい。発現ベクターはまた、必要に応じて、大腸菌における複製起点、大腸菌における選択マーカー(アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子など)、植物体における選択マーカー(カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ビアラホス(bar)耐性遺伝子など)、ポリアデニル化配列、エンハンサー配列などを更に含んでもよい。
【0045】
植物体内で発現可能なプロモーターとしては、種子特異的な発現を誘導するものであってもよく、組織に関係なく構成的に発現するものであってもよい。例えばユビキチンプロモーター、アクチンプロモーター、Emプロモーター、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどが例示できる。
【0046】
オオムギへの遺伝子導入は、一般的なパーティクルボンバードメント法やアグロバクテリウム法を用いて行うことができる。例えば、金粒子にまぶしたβ−グルカン合成遺伝子の発現ベクターDNAを、パーティクルボンバードメント法を用いて、オオムギ未熟種子から取り出した未熟胚に打ち込むことにより遺伝子導入する。続いて、遺伝子導入した未熟胚を、植物ホルモンであるオーキシンなどを含む培地で培養後、オーキシンの濃度を下げることにより、個体を再分化させて形質転換植物体を得ることができる。例えば、ビアホラス耐性遺伝子を含むβ−グルカン合成遺伝子の発現ベクターをオオムギに導入した場合、導入遺伝子を取り込んだ形質転換植物体は、ビアホラス耐性となるので、ビアホラスを添加した培地を用いることにより選抜することができる。あるいは、オオムギ由来のカルスをβ−グルカン合成遺伝子の発現ベクターを導入したアグロバクテリウムの溶液に浸してアグロバクテリウムに感染させることにより、β−グルカン合成遺伝子をオオムギに導入することができる。例えば、ハイグロマイシン耐性遺伝子を含むβ−グルカン合成遺伝子の発現ベクターをオオムギに導入した場合、遺伝子を取り込んだ形質転換体は、ハイグロマイシン及びアグロバクテリウムを除菌するためのカルベニシリンなどの除菌剤を添加した培地で選抜することができる。その後、オーキシンを除いた再分化培地で培養して再分化させ、続いて、発根培地へと移し変えることにより、β−グルカン合成遺伝子を発現可能に保持する形質転換植物体を得ることができる。
【0047】
大腸菌などの原核生物や、酵母などの真核生物に例示される微生物も、β−グルカン合成遺伝子の発現ベクターを導入する宿主に用いることができる。大腸菌としては、例えばK12株などが好ましく用いられ、ベクターとしては、一般にpBR322やpUC系のプラスミドが用いられるが、これらに限定されない。大腸菌用のプロモーターとしては、トリプトファン(trp)プロモーター、ラクトース(lac)プロモーターなどが使用可能である。酵母としては、例えばサッカロミセス属酵母、例えばパン酵母Saccharomyces cerevisiaeや石油酵母Pichia pastorisを利用できる。酵母用のプロモーターとしては、例えば、アルコール脱水素酵素遺伝子のプロモーターや酸性フォスファターゼ遺伝子のプロモーターなどが使用可能である。
【0048】
1つの態様において、本発明は、、配列番号4に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を有するタンパク質が生成されるDNAであるβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA、又は配列番号4に記載の塩基配列からなるβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAの発現を抑制するステップを含む、オオムギ穀粒のβ−グルカンを減少又は欠失させる方法を提供する。DNAの発現を抑制する方法としては、siRNAやアンチセンス核酸を細胞内に導入する公知の方法を用いることができる。具体的には、例えば、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAを標的としたsiRNAを発現するベクターや、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAを標的としたアンチセンスRNAを発現するベクターを、上記と同様にパーティクルボンバードメント法やアグロバクテリウム法を用いてオオムギに導入するとよい。この方法によれば、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAの発現を抑制することにより、穀粒中のβ−グルカンを減少又は完全に欠失したオオムギを得ることができる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の実施例を示して、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
【0050】
(オオムギ品種ニシノホシの準同質遺伝子系統の作出)
発明者らは、オオムギ品種OUM125がβ−グルカンを欠失していることを見出し、これに基づいてβ−グルカンを欠失する遺伝子を同定し、本発明を完成させるに至った。OUM125は、岡山大学において、裸性の六条オオムギ品種である赤神力を、メタンスルホン酸エチル(EMS)処理することにより作出された、半矮性突然変異体である。本実施例で使用したOUM125の種子は、岡山大学資源生物科学研究所 大麦・野生植物資源研究センターの佐藤和広博士により提供された。
【0051】
ニシノホシは、優良形質を持つ二条オオムギ品種である。泉系A41は、西海皮55号とOUM125の子孫と、西海皮54号(ニシノホシの開発名)との交配によって、1997年に九州農業試験場において作出された系統であり、β−グルカン欠失性及び裸性の表現型を持つ。発明者らは、泉系A41を1回親に、ニシノホシを反復親に用いて交配を行い、β−グルカン欠失性及び皮性であるニシノホシの準同質遺伝子系統を作出した。
【0052】
(β−グルカン欠失性の解析)
個々の穀粒を横方向に切断し、胚から遠い部分をペンチを用いて破砕した。β−グルカン欠失性は、破砕した穀粒をリケナーゼ及びβ−グルコシダーゼで処理し、グルコースアッセイキット(グルコースC−IIテスト、和光純薬工業株式会社)でグルコースを発色させることにより判定した。β−グルカン欠失性の穀粒においては、反応液が無色又は薄いピンク色となるのに対し、野性型の穀粒においては、反応液が深赤色となった。
【0053】
(β−グルカン欠失性と皮裸性の連鎖解析)
ニシノホシとその準同質遺伝子系統の交配によって得られた228個体において、β−グルカン欠失性及び皮裸性についての連鎖解析を行った。連鎖解析の結果を結果を表1に示す。β−グルカン欠失型及び野生型の分離比は1:3であった。したがって、β−グルカン欠失性は単因子劣勢の遺伝子によるものであると考えられた。この遺伝子をβ−グルカン欠失遺伝子((1−3,1−4)−β−D−グルカンレス、bgl)と命名した。β−グルカン欠失遺伝子と皮裸性遺伝子(nud)との間には、有意な連鎖が検出された。これらの遺伝子間の組換え価は、Allard(Hilgardia 24:235−278、1956年)の最尤法により、14.4%±2.5%と計算された。nud遺伝子は7H染色体の長腕に存在することが知られているため、β−グルカン欠失遺伝子も7H染色体上に座乗していると考えられた。
【0054】
【表1】

【0055】
(マッピング)
ニシノホシ、その準同質遺伝子系統及びこれらのの交配によって得られた228個体それぞれからCTAB法によりゲノムDNAを抽出した。Ramsayら(Genetics 156:1997−2005、2000年)に報告されたSSRマーカーを用いて、これらのゲノムDNAを解析し、β−グルカン欠失遺伝子ををマッピングした。両親の間で多型を示した7H染色体のSSRマーカーを選択し、PCR解析した。各マーカーの染色体上の位置は、コムギのオオムギ染色体添加系統(Islam、Sakamoto,S.編 Proc. 6th Int. Wheat Genet. Symp. Maruzen Kyoto. pp.233−238、1983年)を用いた解析によって決定した。組換え価はMAPMAKER version 2.0(Landerら、Genomics 1:174−181、1987年)を用いて計算した。遺伝的距離はKosambi関数(Kosambi、Ann. Eugen. 12:172−175、1944)を用いて計算した。
【0056】
図1にマッピングの結果を示す。β−グルカン欠失遺伝子は、Bmac0162から3.4cMの位置にマッピングされ、Bmag0321、Bmag0359、Bmac0167及びHvCslF6遺伝子と共局在していることが明らかとなった。HvCslF6遺伝子は、セルロース合成酵素様遺伝子のサブファミリーの一つである。β−グルカン欠失遺伝子は7H染色体動原体付近に座乗することが明らかとなった。
【0057】
さらに、HvCslF6遺伝子上に、制限酵素BanIによって検出することができる1塩基多型(SNP)が存在し、β−グルカン欠失性の表現型とHvCslF6遺伝子座の遺伝子型が完全に一致することが明らかとなった。すなわち、図2に示すように、HvCslF6遺伝子の塩基配列の4275番目の塩基がGからAに置換したものがβ−グルカン欠失遺伝子であり、β−グルカン欠失遺伝子をホモで保有すると、穀粒のβ−グルカンが完全に欠失する。図2に示すように、推定されるアミノ酸は、野生型の品種ではグリシンであるのに対し、β−グルカン欠失遺伝子を有する品種ではアスパラギン酸となる。
【0058】
(CAPS解析)
β−グルカン欠失遺伝子の有無は、共優性のCAPS(cleaved amplified polymorphic sequence)マーカーによって明瞭に判別可能である。ここで、共有性マーカーとは、ヘテロ型のパターンが両親のいずれのホモ型とも区別可能なマーカーを意味する。β−グルカン欠失遺伝子のCAPS解析を行うために、以下のプライマー(CAPSマーカー) 5’−GCCAAGACCAAGTACGAGAAGC−3’(Forward、配列番号11)及び5’−TGTTCTTGGAGAAGAAGATCTCG−3’(Reverse、配列番号12)を作成した。
【0059】
これらのプライマーを用いてオオムギのゲノムDNAをPCRすることにより、469bpの増幅断片が得られる。野生型の品種では、制限酵素BanIによる消化により、この増幅断片が382bpと87bpに切断される。これに対し、β−グルカン欠失遺伝子を有する品種では、1塩基置換によりBanI認識部位が存在しないため、制限酵素BanIで消化しても切断されない。なお、BanIの認識配列は5’−GGYRCC−3’であり、BanI消化によって、5’−G/GYRCC−3’の形に切断される。ここで、YはC又はTを意味し、RはA又はGを意味する。
【0060】
図3に、CAPS解析によってβ−グルカン欠失遺伝子の有無を判別した結果を示す。ゲノムDNAを上記のプライマーでPCR増幅後、増幅断片を制限酵素BanIで切断し、アガロースゲル電気泳動した。レーンA〜Fは、それぞれOUM125(β−グルカン欠失性)、赤神力(野生型)、OUM125と赤神力のF(ヘテロ型)、ニシノホシの準同質遺伝子系統(β−グルカン欠失性及び裸性)、ニシノホシ(野生型)、ニシノホシの準同質遺伝子系統(β−グルカン欠失性及び裸性)とニシノホシのF(ヘテロ型)のゲノムDNAを解析した結果である。
【0061】
(デンプン、β−グルカン及びアラビノキシラン含有量の測定)
ニシノホシ(bgl)及びニシノホシを育てて収穫した。ここで、ニシノホシ(bgl)とは、β−グルカン欠失性及び皮性である、ニシノホシの準同質遺伝子系統を意味する。収穫後、粉砕し、0.5mmのふるいを透過させた、成熟全粒サンプル中のβ−グルカン及びアラビノキシラン含有量を測定した。β−グルカン含有量は、Mixed linkage β−グルカン アッセイキット(Megazyme International、アイルランド)を用いて酵素学的な方法(McCleary及びCodd、1991年)により測定した。アラビノキシラン含有量は、Sekiwaら(2003年)の方法にしたがって、サンプルを硫酸で加水分解した後に、アラビノース及びキシロース含有量を別々に測定することにより決定した。アラビノース含有量は「Arabinan assay procedure(Megazyme International Ireland 2002)」に記載された酵素学的な方法によって測定した。キシロース含有量は、D−キシロース アッセイキット(Megazyme International、アイルランド)を用いて測定した。β−グルカン及びアラビノキシラン含有量の測定前に、80%エタノール処理によって、粉砕したサンプル中の遊離低分子糖を除去した。結果を表2に示す。
【0062】
ニシノホシ(bgl)の穀粒中にはβ−グルカンが検出されなかったのに対し、ニシノホシの穀粒中には3.2質量%のβ−グルカンが含まれていた。アラビノキシラン含有量はニシノホシの穀粒中で6.3質量%であったのに対し、ニシノホシ(bgl)の穀粒中では7.2±0.1質量%であった。
【0063】
【表2】

【0064】
(光学顕微鏡観察)
ニシノホシ(bgl)及びニシノホシの穀粒をスライスし、グルタルアルデヒド中で固定し、一連のエタノール処理によって脱水し、低温重合樹脂Technovit7100(Heraeus Kulzer、ドイツ)中に包埋した。7μm厚の切片を0.5%のFast Green FCF(シグマアルドリッチ社、米国)及び0.01%Calcofluor(和光純薬工業株式会社)で2重染色した。切片を、UVフィルターを装着した光学顕微鏡(Axiophot、カールツァイス、ドイツ)により、倍率200倍で観察した。Fast Green FCFによって細胞壁、細胞質及び核が染色され、Calcofluorによってβ−グルカンが染色される。図4に結果を示す。観察倍率は200倍であった。図4において、Aは、明視野観察画像を示し、Bは、紫外光照射画像を示す。図4中、aは穀皮、bは種皮及び果皮、cは糊粉層、dは胚乳を指す。ニシノホシのサンプルにおいては、糊粉及び胚乳細胞壁に蛍光が観察されたのに対し、ニシノホシ(bgl)においてはこれらの蛍光は観察されなかった。この結果は、β−グルカン欠失遺伝子を有する系統が、糊粉層と胚乳の両方において、β−グルカンを完全に欠失していることを示す。
【0065】
(電子顕微鏡観察)
ニシノホシ(bgl)及びニシノホシの穀粒の水平方向の切片を、走査型電子顕微鏡(N−3400、日立)により、観察倍率5000倍で観察した。結果を図5に示す。図5において、Aは光学顕微鏡による明視野観察画像(観察倍率200倍)を示し、Bは電子顕微鏡観察画像(観察倍率5000倍)を示す。ニシノホシの胚乳細胞壁が厚いのに対し、ニシノホシ(bgl)は顕著に薄い胚乳細胞壁を有していることが明らかとなった。糊粉細胞の細胞壁の厚さには、両者に違いは見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の利用により、生命科学分野における植物のβ−グルカン合成に関わる遺伝子の解明が可能となる。β−グルカン合成に関わる遺伝子が解明されれば、その結果を利用して、育種におけるβ−グルカン含量の遺伝的制御が可能になると期待される。また、農業分野におけるβ−グルカンを含まない醸造用・飼料用オオムギの品種育成が可能となる。またアラビノキシランの機能性を利用する食品への応用が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を欠失したタンパク質が生成されるDNAである、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA。
【請求項2】
前記タンパク質が、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号2のアミノ酸配列の第660番目に対応するアミノ酸がグリシン以外のアミノ酸である、β−グルカン合成活性を欠失したタンパク質である、請求項1に記載のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA。
【請求項3】
前記グリシン以外のアミノ酸がアスパラギン酸である、請求項2に記載のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA。
【請求項4】
配列番号1に記載の塩基配列からなる、β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNA。
【請求項5】
配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号2のアミノ酸配列の第660番目に対応するアミノ酸がグリシン以外のアミノ酸である、β−グルカン合成活性を欠失したタンパク質をコードする、β−グルカン欠失遺伝子cDNA。
【請求項6】
前記グリシン以外のアミノ酸がアスパラギン酸である、請求項5に記載のβ−グルカン欠失遺伝子cDNA。
【請求項7】
配列番号3に記載の塩基配列からなる、β−グルカン欠失遺伝子cDNA。
【請求項8】
配列番号4に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、転写・翻訳された時にβ−グルカン合成活性を有するタンパク質が生成されるDNAである、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA。
【請求項9】
配列番号4に記載の塩基配列からなる、β−グルカン合成遺伝子ゲノムDNA。
【請求項10】
配列番号6に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、β−グルカン合成活性を有するタンパク質をコードするDNAである、β−グルカン合成遺伝子cDNA。
【請求項11】
配列番号6に記載の塩基配列からなる、β−グルカン合成遺伝子cDNA。
【請求項12】
β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギの育種方法であって、
オオムギの7H染色体の動原体付近に座乗する配列番号4に記載の塩基配列からなるゲノムDNAの第4275番目に対応する塩基が、GからAに変異していた場合に、前記オオムギはβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有すると判別して選択する選択ステップ
を含む、育種方法。
【請求項13】
β−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギの育種方法であって、
オオムギから抽出したゲノムDNAを鋳型として、配列番号4に記載の塩基配列の第4275番目に対応する塩基配列を含むDNA断片を増幅する増幅ステップと、
増幅ステップで増幅されたDNA断片を、TaqI、BanI及びNlaIVからなる群から選択される制限酵素で切断し、切断したDNA断片を検出する検出ステップと、
検出ステップにおいて、DNA断片が制限酵素TaqIで切断された場合、又は制限酵素BanI若しくはNlaIVで切断されなかった場合に、前記オオムギはβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有すると判別して選択する選択ステップと
を含む、育種方法。
【請求項14】
請求項8又は9に記載のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAの発現を抑制するステップを含む、オオムギ穀粒のβ−グルカンを減少又は欠失させる方法。
【請求項15】
請求項14の方法によって得ることのできる、穀粒中のβ−グルカンを減少又は欠失したオオムギ。
【請求項16】
請求項12又は13に記載の育種方法によって育種された、請求項1〜4のいずれか一項に記載のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAを有するオオムギ。
【請求項17】
請求項12又は13に記載の育種方法によって育種された、請求項1〜4のいずれか一項に記載のβ−グルカン欠失遺伝子ゲノムDNAをホモで有するオオムギ。
【請求項18】
請求項8又は9に記載のβ−グルカン合成遺伝子ゲノムDNAを含むベクターを発現可能に保持する、形質転換体。
【請求項19】
請求項10又は11に記載のβ−グルカン合成遺伝子cDNAを含むベクターを発現可能に保持する、形質転換体。
【請求項20】
請求項15〜17のいずれか一項に記載のオオムギ由来の穀粒を発酵させるステップを含む、アルコールの製造方法。
【請求項21】
請求項15〜17のいずれか一項に記載のオオムギ由来の穀粒を発酵させるステップを含む、発酵食品の製造方法。
【請求項22】
請求項15〜17のいずれか一項に記載のオオムギ由来の穀粒を含む、動物用飼料組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−193847(P2010−193847A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−45393(P2009−45393)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度農林水産省「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、平成20年度、農林水産省プロジェクト研究「新農業展開ゲノムプロジェクト」(麦類の遺伝子単離と機能解明)に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】