説明

オキシタラン線維を指標とした肌理評価法

【課題】皮膚の肌理を評価する方法を生理学的な面から確立すること、皮膚の肌理の生理学的評価方法を用いることによる皮膚の肌理改善法・改善薬のスクリーニング方法を提供すること、並びに本発明により得られた肌理の生理学的知見に基づき、皮膚の肌理改善方法を提供することである。
【解決手段】皮膚切片の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる。皮膚切片の延べオキシタラン線維長は、皮膚の肌理についての指標となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オキシタラン線維を指標とした皮膚の肌理(キメ)の細かさを測定する方法に関する。さらに本発明は、オキシタラン線維を増加させることによる皮膚の肌理改善方法、並びにオキシタラン線維を指標とした皮膚の肌理改善薬のスクリーニング方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚表面の皮溝と皮丘により構成される肌理は、皮膚表面上での光の散乱をもたらし、肌の若々しさや美しさに関与する。一般に乳幼児の皮膚には、細かい多数の肌理があり、乳幼児特有のすべすべ感や透明感を与えるが、年齢と供に小さな肌理が消失して肌理が大きくなり、また皮溝が流れて方向性が出ることによりシワや小ジワが生じる原因となる。
【0003】
したがって、皮膚の肌理を保つことは美容上特に有用であり、さらに肌理を測定し、評価することは美容上、並びに美容に関わる商品の研究開発やサービス提供において重要である。これまでのところ、皮膚の表面を顕微鏡などで撮影し、皮溝や皮丘について情報処理を行うことにより肌理の状態を評価する方法(特許文献1)や、レプリカ法を用いて皮膚の肌理状態を評価する方法(特許文献2)、さらには音響システムを用いた皮膚の肌理の評価方法(特許文献3)などが開発されている。
【0004】
しかしながら、これまで知られている肌理の評価方法は、皮膚の表面状態を外部から計測することに基づき肌理を評価するものであるが、皮膚の内側から組織学的・生理学的に肌理を評価する方法は未だ開発されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-305184号公報
【特許文献2】特開2001-170028号公報
【特許文献3】特開2008−114067号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】高橋元次;現代皮膚科学大系、年刊版90−B、p13〜28
【非特許文献2】V.P. Werth et al., "Elastic fiber-Associated Proteins of Skin in Development and Photoaging" Photochemistry and Photobiology, 1996, 63 (2): 308-313
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明が解決すべき課題は、皮膚の肌理を組織学的及び生理学的に評価する方法を確立すること、並びに皮膚の肌理の生理学的評価方法を用いることによる皮膚の肌理改善法・改善薬のスクリーニング方法を提供すること、並びに本発明により得られた肌理の組織学的及び生理学的知見に基づき、皮膚の肌理改善方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが、上記課題の解決を目的として鋭意検討を行った結果、表皮に対して縦に走るオキシタラン線維が皮丘部の内側に多く存在する一方で、皮溝部の内部には存在していないということを発見した。この発見に基づき、本発明者らは、皮丘部の盛り上りが上皮内で縦に走るオキシタラン線維によりもたらされ、皮丘と皮溝により構成される肌理の形成に、オキシタラン線維が関与しているという仮説を立てた。この仮説についてさらに検証した結果、皮膚切片の皮丘部内部の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測し、皮丘の細かさの指標として定義した皮丘密度グレードと比較したところ、皮丘密度グレードの低下と当該線維長の減少に高い相関性を有することを驚くべきことに発見した。つまり、皮丘部の内部の延べオキシタラン線維長の減少と、肌理の細かさの減少や形状の劣化が深く関与すると考えられる。
【0009】
この発見に基づき、皮膚切片の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる、肌理の評価方法を確立した。さらに、計測した延べオキシタラン線維長を各皮丘密度グレードにおける平均延べオキシタラン長についての指標と比較する工程をさらに含む上記肌理の評価方法を提供する。さらに、上記のように本願発明者らは、組織学的及び/又は生理学的な面から肌理の構造を明らかにしたことにより、候補薬剤の投与の前後における、単位皮膚切片あたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる、皮膚の肌理改善薬のスクリーニング方法、さらにはオキシタラン線維を増加させる薬剤を投与することによる皮膚の肌理改善方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
従来は皮膚表面を測定することによる肌理の評価方法しか知られていなかったところ、本発明は、組織学的及び生理学的に肌理を評価する方法を提供するものであり、肌理の評価法に多面的なアプローチを提供する点で利点がある。さらに、本発明は、肌理の形成について組織学的・生理的な知見を与えるものであり、肌理改善薬や肌理改善方法において、オキシタラン線維の増加に着目して、薬剤のスクリーニングを可能にする点で利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、皮丘密度グレードを表す図である。
【図2】図2は、エラスチカワンギーソン(ワイゲルト)染色で染色した35歳の成人の皮膚切片である。
【図3】図3は、エラスチカワンギーソン(ワイゲルト)染色で染色した66歳の成人の皮膚切片である。
【図4】図4は、エラスチカワンギーソン(ワイゲルト)染色で染色した被験者の皮膚切片において、オキシタラン線維を同定し、トレースした図である。
【図5】図5は、皮丘密度グレードに対して延べオキシタラン線維長をプロットした図であり、ピアソンの相関係数は0.54である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、皮膚切片の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる皮膚の肌理評価方法に関する。より具体的に、本発明は、皮膚切片の任意の長さ(例えば1mm、2mm、0.5cm、1cm、2cm、5cmなど)あたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる皮膚の肌理評価方法に関する。本発明者らにより、皮膚表皮直下の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長が、皮丘密度グレードと相関することが示され、皮膚切片の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測することにより、皮膚の肌理を評価することができる。
【0013】
本発明の1の態様では、対象の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を、指標となる単位長さあたりの延べオキシタラン線維長と比較することにより、皮膚の肌理が評価される。この指標は、被験者群の皮丘密度グレードに対して単位長さあたりの延べオキシタラン線維長をプロットすることにより得られたグラフから作成することができる。皮丘密度グレード1〜2、2〜3、そして3〜4がそれぞれ、肌理状態が悪い、普通、及び良いと判定されるため、皮丘密度グレード2や3に対応する延べオキシタラン線維長を指標とすることができる。皮丘密度グレード1.5、2.5、及び3.5など任意の点に対応する延べオキシタラン線維長を指標とすることもできる。対象の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長をこうしたグラフに当てはめることにより、対象の皮膚の肌理を評価することが可能となる。また、単位長さあたりの任意の延べオキシタラン線維長を指標とすることもでき、例えば皮膚の長さ1mmあたり、500μm、1000μm、1500μm、2000μm、2500μm、又は3000μmを指標として選択することができる。
【0014】
本発明の別の態様では、計測した単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を、前もって計測した同一対象、同一又は対応する部位の皮膚における単位長さあたりの延べオキシタラン線維長と比較することによる皮膚の肌理評価方法に関する。この場合、肌理改善剤やスキンケア用品などの使用が、肌理の改善に寄与しているか否かについて評価することができる。
【0015】
本発明の別の態様では、候補薬剤の投与の前後における単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる、皮膚の肌理改善薬のスクリーニング方法に関する。肌理の形成に関わるオキシタラン線維を測定することで、表皮を観察することによる肌理の評価方法より優れた感度で候補薬剤の皮膚の肌理改善効果についてスクリーニングをすることを可能にする。
【0016】
本発明の更なる態様では、本発明は、オキシタラン線維を増加させることによる皮膚の肌理改善方法にも関する。本発明者らが、皮膚表皮におけるオキシタラン線維が皮膚の肌理の形成に関与するということを発見したため、肌理の改善にはオキシタラン線維を増加させることが重要であることが分かった。したがって、上皮においてオキシタラン線維を増加させる薬剤の投与やスキンケアにより、皮膚の肌理を改善することができる。肌理の改善は、美容学的、治療的、予防的な目的のために行うことができる。このようなスキンケアとして、例えばマッサージや保湿などが挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【0017】
本発明において肌理とは、皮膚の表面において、皮丘と皮溝により形成される表面形態のことをいう。肌理を構成する皮丘部は、皮溝により取り囲まれており、多くは三角形の形状をとるが、多角形の形状をとるものもある。肌理がよい状態とは、形の整った細かい三角形状の皮丘や皮溝の数が多い状態を云い、加齢とともに、皮溝及び皮丘が不鮮明になり、皮溝の数や密度が減少し、皮溝の長さが増加する傾向を有し、このような状態を肌理が悪い状態という。本明細書に定義された皮丘密度グレードは、皮丘の細かさを表すため、皮丘密度グレードが大きくなるほど、その肌理がよいと判定される(図1)。本発明者らは、表皮に対して縦に走るオキシタラン線維が皮丘部の内側に多く存在する一方で、皮溝部の内部には存在していないということを発見し、皮丘部の盛り上りが上皮内で縦に走るオキシタラン線維によりもたらされるという結論にいたった。皮丘部に密にかつ長いオキシタラン線維が存在する一方で、皮溝部にオキシタラン線維が存在しないことにより、皮溝が深くなり肌理状態が優れたものとなる。皮丘部のオキシタラン線維の密度や長さが減少することで、皮溝が浅くなり、皮溝と皮丘との境界が不鮮明になり、肌理が悪化する。したがって、単位長さあたりのオキシタランの線維長を計測することにより、肌理状態を評価することが可能になる。
【0018】
単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測する皮膚の部位としては任意の部位が使用することができるが、特に頬、額などの顔の皮膚、手の甲や腕の皮膚が好ましい。例えば腕の皮膚の切片が用いられる。さらには、ダイエット手術で得られた余剰皮膚の断片を用いることもできる。この場合、腹部の皮膚について単位長さあたりの延べオキシタラン線維長が計測される。
【0019】
皮膚切片の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長の計測は、オキシタラン線維が判別できる様に皮膚切片を染色した後に行われる。皮膚切片の染色は、オキシタラン線維を識別できれば任意の方法であってもよい。例えば弾性線維を染色することができるエラスチカワンギーソン(ワイゲルト)染色が行われ、オキシタラン線維はワイゲルト液によって紫黒色に染色される。皮膚切片において、オキシタラン線維は、表皮面に対して垂直に走行しており、特に皮丘部において多く存在する(図2及び図3)。
【0020】
皮膚切片の染色画像をCCDカメラで取り込み、オキシタラン線維をコンピューターソフト(Win Roof)でトレースし、表皮1mmあたりの全トレース長を合計することにより、表皮単位長さあたりの延べオキシタラン線維長として測定することができる。
【0021】
「オキシタラン線維」とは、生体の結合組織における力学的強度を作り出す線維成分であり、弾性系線維のひとつである。弾性系線維は特に機械的圧力の加わる臓器や組織、例えば皮膚、血管、肺、靱帯などに豊富に認められる。弾性系線維は、エラスチンとミクロフィブリルタンパク質から構成されており、エラスチンの構成比により、弾性線維、エラウニン線維、オキシタラン線維の三種類に区分されている。オキシタラン線維はこれらの中で、エラスチン線維含有量が少なく、ミクロフィブリルタンパク質が密に束を形成したものである。組織中においては、歯を支える歯根膜や、皮膚では表皮面と垂直に走行する表皮直下の線維として存在することが報告されている(非特許文献2)。
【0022】
「皮丘密度グレード」は、皮丘の細かさの指標である。肌理の状態を悪い、やや悪い、普通、及び良いの4つの群に分け、それぞれの代表的な画像を図1に挙げ、それぞれを皮丘密度グレード1〜4と定義する。被験者の皮膚の肌理画像を比較することにより、被験者の皮膚における皮丘密度グレードを決定することができる。
具体的には、肌理の拡大画像に見慣れた熟練研究者複数名が、評価対象とする肌理画像群をこの皮丘密度グレードと比較し、一番近い皮丘の細かさを持つと視感的に感じられるグレード番号をそれぞれの肌理画像について選出する。このとき各肌理画像の由来被験者の年齢等の属性は、評価研究者、試験管理研究者双方に一切伏せることで、ダブルブラインドの試験とする。各肌理画像について得られた複数研究者からの皮丘密度グレードの平均値を算出することで、当該肌理画像の皮丘密度グレードとする。
肌理状態と皮丘密度グレードは密接な関係を有していることから、皮丘密度グレード1〜2に該当すると判定された場合、肌理状態が悪く、皮丘密度グレード2〜3に該当すると判定された場合、肌理状態は普通であり、そして皮丘密度グレード3〜4に該当すると判定された場合、肌理状態が良いと判定することができる。
【0023】
本明細書において使用される「投与」という語句には、経皮投与、経口投与、皮内投与、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、腹腔内投与などが含まれるが、これらに限られるものではない。好ましくは、薬剤は、経皮投与、皮下投与、又は皮内投与により投与される。
【実施例】
【0024】
エラスチカワンギーソン(ワイゲルト)染色
ダイエット手術により得られた腹部の余剰皮膚断片について、常法に従い皮膚の凍結切片を作成し、10%中性緩衝ホルマリン液で組織を固定後、PBSで2回洗浄し、ワイゲルトレゾルシンフクシン染色液(武藤化学No.4032)に40分以上浸漬した。次に100%エタノールに短時間3回浸漬した後に、10分間水洗した。組織切片を水系包埋し、光学顕微鏡下で観察した。オキシタラン線維を含む弾性系線維は紫黒色に染色された(図2及び図3)。
【0025】
オキシタラン線維長の測定
上記エラスチカワンギーソン(ワイゲルト)染色の染色画像をCCDカメラで取り込み、表皮面と垂直に走行する線維(オキシタラン線維)をコンピューターソフト(Win Roof(登録商標))を用いてトレースし、表皮1mmあたりの全トレース長を合計し、単位長さあたりの延べオキシタラン線維長とした(図4)。
【0026】
オキシタラン線維長と皮丘密度グレードとの相関性
図1の肌理画像をそれぞれ皮丘密度グレード1〜4と定義し、肌理の拡大画像に見慣れた熟練研究者4名が、評価対象とする肌理画像群をこの図1の画像と比較し、一番近い皮丘の細かさを持つと視感的に感じられるグレード番号をそれぞれの肌理画像について選出した。このとき各肌理画像の由来被験者の年齢等の属性は、評価研究者、試験管理研究者双方に一切伏せることで、ダブルブラインドの試験とし、各肌理画像について得られた複数研究者からの皮丘密度グレードの平均値を算出することで、当該肌理画像の皮丘密度グレードとした。
【0027】
こうして得られた皮丘密度グレードと、単位長さあたりの延べオキシタラン線維長との関係は以下の表1のとおりであった。皮丘密度グレードに対して単位長さあたりの延べオキシタラン線維長をプロットして図5を得た。ピアソンの相関係数は0.54となり、皮丘密度グレードと単位長さあたりの延べオキシタラン線維長との間に相関が見られた。
【表1】

皮丘密度グレードは、皮丘の細かさの指標であり、肌理と密接な関わりを有することから、皮膚のオキシタラン線維を指標として肌理を評価することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚切片の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる、美容目的で行われる肌理評価方法。
【請求項2】
計測した単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を、肌理状態を表す単位長さあたりの延べオキシタラン線維長についての指標と比較する工程をさらに含む、請求項1に記載の肌理評価方法。
【請求項3】
候補薬剤の投与の前後において、皮膚切片の単位長さあたりの延べオキシタラン線維長を計測することによる、皮膚の肌理改善薬のスクリーニング方法。
【請求項4】
オキシタラン線維を増加させる薬剤を投与することによる皮膚の肌理改善方法。

【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−117827(P2012−117827A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−265082(P2010−265082)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】