説明

オキナワモズク由来のジペプチド、L−イソロイシル−L−トリプトファン及び血管新生阻害剤

【課題】オキナワモズクのエキスからたんぱく質を抽出し、更にこのたんぱく質から血管新生阻害活性を有するオキナワモズク由来のジペプチドを提供する。
【解決手段】オキナワモズクの乾燥粉体を弱アルカリ水溶液で抽出した後、エタノール分画してオキナワモズク由来のたんぱく質を得る。更にペプチド鎖に切断した後、逆相HPLCにて単離精製して得られるオキナワモズク由来のペプチドはL−イソロイシル−L−トリプトファンであり、血管新生阻害活性を有し、かつ抗癌効果を有し、毒性も極めて低い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オキナワモズク由来のジペプチド及び血管新生阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
オキナワモズク由来のジペプチド、L−イソロイシル−L−トリプトファンは、血管新生阻害剤及び抗癌剤としての利点を持つ。
【特許文献1】特開2005−82806
【非特許文献1】J.Folkman:N.Engl.J.Med.,285,1182−1186(1971)
【非特許文献2】M.J.Crodd,J.Dixelius,T.Matsumoto,L.Claesson−Welsh:Trends Biochem.Sci.,28,488−494(2003)
【非特許文献3】J.M.Schlaeppi,J.M.Woods:Cancer Metastasis Rev.,18,473−481(1999)
【非特許文献4】中村一英:癌と血管新生の分子生物学,p159−167,南山堂,東京(2006年)
【非特許文献5】有賀智行・戸井雅和:癌と血管新生の分子生物学,p.141−147,南山堂,東京(2006年)
【非特許文献6】E.T.Bishop,N.Dengs:Angiogenesis,3(4),335−344(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
血管新生(angiogenesis)は、既存の血管から新しい血管が形成される現象である。通常、血管新生の促進と抑制の両バランスは保たれているが、バランスが促進側に傾くと、血管新生が惹起される。血管新生と腫瘍の関わりとして、腫瘍がある一定以上の大きさ(1〜2nm)になるには、腫瘍に栄養成分や酸素を供給するため血管新生が必要であることが唱えられ、血管新生の抑制による制ガンの可能性が始めて示唆された[非特許文献1]。その後、血管内皮細胞の培養系確立に伴い、血管新生研究が本格化し、種々の血管新生促進因子として、血管内皮増殖因子(VEGF:vascular endothelial growth factor)、血小板由来内皮細胞増殖因子(PDECGF)、繊維芽細胞増殖因子(FGF:platelet derived endothelial cell growth factor)、腫瘍懐死因子(TNF−α:tumor necrotic factor−α)、インターロイキン(interleukin8,IL8)等が次々に同定されてきた。腫瘍血管は、血管周皮細胞(ペリサイト)の欠如あるいは減少により、血管新生因子、特にVEGFの影響を受け易い状態にある。このため、未成熟な新生血管の形成が繰り返し行われている。腫瘍血管新生のメカニズムは、腫瘍などから分泌されたVEGFが内皮細胞、特にペリサイトが失われている内皮細胞膜上のVEGF受容体(VEGFR)に結合し、VEGFRのチロシンキナーゼドメインの活性化、自己リン酸化、細胞内シグナル伝達を経て、内皮細胞の増殖・遊走・管腔形成につながると考えられている[非特許文献2]。従って、血管新生抑制の観点からVEGFは最も有望な治療ターゲットといえる[非特許文献3]。このような背景のもとで開発されている血管新生抑制剤として特に注目を浴びている、例えば、組み換えヒト抗VEGFであるアバスチン(ベバシズマブ;米国ジェネンテック社製)[非特許文献4]やEGFR(上皮成長因子受容体)チロシンキナーゼ阻害剤であるイレッサ(ゲフィチニブ;アストラゼネカ社製)[非特許文献5]等が使用されてきてはいるが、細胞毒性が高く、副作用の発生が懸念されており、このような疾病の予防又は治療にあたっては、長期間に継続して行うことが必要なため、より効果的な血管新生の抑制と副作用の回避との両方を達成し得る血管新生抑制剤の開発が望まれている。本発明者等はこれまでオキナワモズク由来のフコイダンの免疫賦活作用[特許文献1]を報告してきてはいるが、オキナワモズク由来のジペプチドに血管新生阻害活性を有することは未だ知られていない。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、前記の課題を解決するために鋭意研究した結果、オキナワモズク由来のジペプチドが血管新生阻害効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。即ち、オキナワモズクから薬理作用を有する物質を検索したところ、オキナワモズク由来のジペプチドが強い血管新生阻害作用を有することを見出した。そして、オキナワモズク由来のジペプチドを医薬として実用化するための研究を鋭意行い、その結果、オキナワモズク由来のジペプチドが抗癌効果を有し、天然物由来の血管新生阻害剤としての有用性を見出した。本発明は係る知見に基づくものである。本発明に係るオキナワモズク由来のペプチドは、L−イソロイシル−L−トリプトファンで示されるジペプチド構造を有し、常温における性状は白色の粉末である。
【0005】
本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、化学的に合成する方法、又はオキナワモズクから分離精製する方法を挙げることができる。本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドを化学的に合成する場合には、液相法または固相法等の通常の合成方法によって行うことができるが、好ましくは、固相法によってポリマー性の固相支持体へ当該ペプチドのカルボキシル末端側からそのアミノ酸残基に対応したL体のアミノ酸を順次ペプチド結合によって結合して行くのが良い。そして、そのようにして得られた合成ジペプチドは、トリフルオロメタンスルホン酸、フッ化水素などを用いてポロマー性の固相支持体から切断した後、アミノ酸側鎖の保護基を除去し、逆相系のカラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLCと略記する)などを用いた通常の方法で精製することができる。
【0006】
上記したように、本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、オキナワモズクから分離精製することができるが、その場合には、例えば以下のようにして行うことができる。採集してきたオキナワモズクを、水で良く洗浄後、天日乾燥後、高速粉砕器を用いて微粉砕化してオキナワモズクの乾燥粉体を得る。この乾燥粉体に水、塩水溶液又は弱アルカリ水溶液を加えて湿式磨砕しながら可溶性成分を抽出し、この抽出液からタンパク質分離法によりオキナワモズク由来のタンパク質を得る。本発明で用いるタンパク質分離法としては、例えばエタノール、ポリエチレングリコールその他の有機溶剤や硫酸アンモニウムやトリクロロ酢酸を用いるタンパク質沈殿法、イオン交換体吸着法、等電点沈殿法、膜分離法などがあり、これらを単独又は併用して行うことができる。更にオキナワモズク由来のタンパク質の抽出率を高めるために、予めアルギン酸リアーゼ等の酵素による分解や洗浄などにより粘質多糖類を除去しておくのもよい。このようにして分離精製されたオキナワモズク由来のタンパク質はブロモシアン分解、プロテアーゼ消化などの常法によりペプチド鎖に切断した後、逆相系のカラムを用いたHPLCでペプチドフラグメントに単離精製することにより、オキナワモズク由来のジペプチドを得ることができる。
【0007】
本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドの製法において用いる藻類としては、本発明の目的を達成できる限りいかなる海藻及び微細藻類を用いても良いが、好ましくは褐藻類としてオキナワモズク、ワカメ、アラメ、コンブ、ヒジキ、ホンダワラ、アカモク、紅藻類としてノリ、及び緑藻類としてクロレラ、藍藻類としてスピルリナを用いるのが良い。以上のようにして得られた本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、静脈内へ繰り返し投与を行った場合、抗体産生を惹起せず、アナフィラキシーショックを起こさせない。又、本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドはL−アミノ酸のみの配列構造からなり、投与後、生体内のプロテアーゼにより徐々に分解される為、毒性は極めて低く、安全性は極めて高い(LD50>5000mg/kg;ラット経口投与)。本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、通常用いられる賦形剤等の添加物を用いて注射剤、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤等に調製することができる。投与方法としては、通常は哺乳類(例えば、ヒト、イヌ、ラット等)に注射すること、あるいは経口投与することがあげられる。投与量は、例えば、動物体重当たり本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチド0.01〜100mgの量である。投与回数は、通常1日1〜4回程度であるが、投与経路によって、適宜、調製することができる。
【0008】
上記の各種製剤において用いられる賦形剤、結合剤、潤沢剤の種類は、とくに限定されず、通常の注射剤、散剤、顆粒剤、錠剤あるいはカプセル剤に用いられるものを使用することができる。錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤に用いる添加物としては、下記のものをあげることができる。賦形剤としては、結晶セルロース等の糖類、マンニトール等の糖アルコール類、デンプン類、無水リン酸カルシウム等;結合剤としてはでんぷん類、ヒドロキシプロピルメチルセルローズ等;崩壊剤としてはカルボキシメチルセルロースおよびそのカリウム塩類;潤滑剤としてはステアリン酸およびその塩類、タルク、ワックス類を挙げることができる。又、製剤の調整にあたっては必要に応じメントール、クエン酸およびその塩類、香料等の矯臭剤を用いることができる。注射用の無菌組成物は、常法により、本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドを、注射用水、生理食塩水およびキシリトールやマンニトールなどの糖アルコール注射液、プロピレングリコールやポリエチレングリコール等のグリコールに溶解または懸濁させて注射剤とすることができる。この際、緩衝液、防腐剤、酸化防止剤等を必要に応じて添加することができる。本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドを含有する製剤は凍結乾燥品又は乾燥粉末の形とし、用時、通常の溶解剤、例えば水または生理食塩液に溶解して用いることもできる。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、強力な血管新生抑制作用を有することにより抗癌活性を十分に発現させると同時に副作用の少ない抗癌剤として有用である。
【発明を実施するための最良の形態・実施例】
【0010】
本発明に係るオキナワモズク由来のペプチドは、L−イソロイシル−L−トリプトファンで示されるジペプチド構造を有し、常温における性状は白色の粉末である。以下に実施例として、製造例及び試験例を記載し、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0011】
製造例1
オキナワモズク(褐藻綱、ナガマツモ目、ナガマツモ科、オキナワモズク属)を乾燥させて調製した乾燥オキナワモズクを、高速粉砕器で30メッシュに微粉砕化した。この微粉砕粉末35gに0.1N水酸化ナトリウム溶液1L加えホモジナイズした。24時間、室温にて撹拌後、遠心分離(15000rpm、20分間)し、更に珪藻土とろ紙(東洋ろ紙No.2)を用いて吸引ろ過しオキナワモズクエキス630mLを得た。この溶液にエタノール6L添加し、低温室(−5℃)で18時間放置してたんぱく画分を沈殿させ、再度、遠心分離(15000rpm、20分間)してオキナワモズク由来のたんぱく質の沈殿物を得た。この沈殿物を常法に準じてブロモシアン分解法又はプロテアーゼ消化法にてオキナワモズク由来のたんぱく質をペプチド鎖に切断した後、逆相HPLCを行った。カラムとしては野村化学社製Develosil ODS−5(4.5mmID×25cmL)を使用し、移動相としては0.05%TFAから25%アセトニトリル/0.05%TFAの濃度勾配法を行い、流速1.0mL/min検出波長220nmでHPLCを行い、プロリルエンドペプチダーゼ阻害活性を有するペプチドフラグメントを単離精製することにより、オキナワモズク由来のペプチドを得ることができた。このようにして得られた血管新生阻害活性を有するペプチドフラグメントのアミノ酸配列は、ABI社製のプロテインシークエンサー477A型を用いて決定された。その結果、本発明に係るオキナワモズク由来のペプチドは、L−イソロイシル−L−トリプトファンで示されるジペプチド構造を有し、常温における性状は白色の粉末である。
【0012】
尚、本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドを血管新生阻害剤として、例えば錠剤に製剤する場合には、常法に従って、例えば次のように処理すればよい:▲1▼オキナワモズク由来のジペプチド8g、▲2▼乳糖70g、▲3▼コーンスターチ32g、▲4▼ステアリン酸マグネシウム1.4gを原料とし、先ず▲1▼、▲2▼及び13gのコーンスターチを混和し、7gのコーンスターチから作ったペーストとともに顆粒化し、この顆粒に14gのコーンスターチと▲4▼とを加え、得られた混合物を圧縮錠剤機で打錠し、錠剤1000個を製造する。
【0013】
製造例2
本例は、合成法による製造例である。
L−イソロイシル−L−トリプトファンの合成法
アプライドバイオシステム社製のペプチド自動合成装置430A型を用いた固相法によって当該ペプチドを合成した。固相担体としては、スチレンジビニルベンゼン共重合体(ポリスチレン樹脂)をクロロメチル化した樹脂を使用した。まず、当該ペプチドのアミノ酸配列に従って、常法どおり、そのC末端側のトリプトファンからクロロメチル樹脂に反応させペプチド結合樹脂を得た。この時のアミノ酸は、t−ブトキシカルボニル(以下、t−Bocと略記する)基で保護されたt−Bocアミノ酸を使用した。次に、このペプチド結合樹脂をエタンジチオールとチオアニソールからなる混合液に懸濁し、室温で10分間撹拌後、氷冷下でトリフルオロ酢酸(以下、TFAと略記する)を加え、更に10分間撹拌した。この混合液にトリフルオロメタンスルホン酸を滴下し、室温で30分間撹拌した後、無水エーテルを加えてその生成物を沈澱させて分離し、その沈澱物を無水エーテルで数回洗浄した後、減圧下で乾燥した。このようにして得られた未精製の合成ペプチドは蒸留水に溶解した後、逆相系のカラムC18(5μm)を用いたHPLCにより精製した。移動相として(A)0.1%TFA含有蒸留水、(B)0.1%TFA含有アセトニトリル溶液を使用し、(A)液が93分間で86%→34%の濃度勾配法により流速1.2mL/minでクロマトグラフィーを行った。紫外部波長218nmで検出し、最大の吸収を示した溶出画分を分取し、これを凍結乾燥することによって目的とする合成ペプチド(L−イソロイシル−L−トリプトファン)を得た。
【0014】
この合成ペプチドをアミノ酸分析により分析した結果、アミノ酸配列が前記で示したアミノ酸配列構造を有するジペプチドであることが確認された。このような合成によって得られた本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、以下に示す試験によって薬理効果が確認された。
【0015】
試験例1
(血管新生抑制作用)T.Bishop等の方法[非特許文献6]により開発された倉敷紡績(株)製血管新生キット(Angiogenesis Kit)を用いた。培養操作:ウェル培地中の本発明に係るフコキサンチンの最終濃度が35μg/mLとなるよう、及びウェル培地中VEGF(血管内皮成長因子:Vascular Endothelial Growth Factor)の最終濃度が10ng/mLとなるよう調製した培地を37℃、5%CO雰囲気下で培養し、4日目、7日目、及び9日目で新しい培地への交換を行った。細胞層の固定と染色方法:培養開始11日目に、各ウェルに対し、管腔染色キット(CD31染色用)を用いて染色を行った。即ち、1次抗体添加後インキュベート(37℃、60分間)、次に2次抗体添加後インキュベート(37℃、60分間)した後、BCIP/NBT(ブロモクロロインドリン酸/ニトロブルーテトラゾリウム)基質溶液を用いて染色し、管腔が深紫色になるまでインキュベート(37℃)した。顕微鏡観察と画像の解析:管腔の染色画像を倉敷紡績製血管新生ソフトウェアVer2を用いて、管腔の面積、長さ、管腔ジョイント数(分岐点の数)、管腔パス数(分岐して得られた枝の数)を、陽性対照VEGF添加区(コントロール)を100%として再算出した。本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドのコントロールに対する%(n=3)を表1に示した。
【0016】
【表1】

以上の試験の結果、本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、強力な血管新生抑制作用を有することにより抗癌活性を十分に発現させると同時に副作用の少ない抗癌剤として有用である。尚、本発明に係るオキナワモズク由来のジペプチドは、構造的にそのアミノ酸配列を部分構造とするペプチドにおいて、構造中に採用することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−イソロイシル−L−トリプトファンで示されるペプチド構造を有するオキナワモズク由来のジペプチド。
【請求項2】
L−イソロイシル−L−トリプトファンで示されるペプチド構造を有するオキナワモズク由来のジペプチドを有効成分として含有することを特徴とする血管新生阻害剤。

【公開番号】特開2011−184423(P2011−184423A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70889(P2010−70889)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(505447157)
【Fターム(参考)】