説明

オクタシアノ金属錯体及びその製造方法

【課題】従来にない新規な物性を発現し得るオクタシアノ金属錯体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のオクタシアノ金属錯体は、Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oからなり、光照射により常磁性状態から強磁性状態に相転移して、強磁性状態のときの保磁力Hcが2.3Tまで達し、従来のCo3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oからなるオクタシアノ金属錯体が有する1.2Tの保磁力Hcよりも一段と大きな高保磁力Hcを発現できる。かくして、本発明では、従来よりも大きな保磁力Hcを発現し得るという新規な物性を有するオクタシアノ金属錯体を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オクタシアノ金属錯体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、金属と非金属の原子が結合した構造を有する集積型金属錯体のうち、光が照射されることで、常磁性状態から強磁性状態に相転移する等の光磁気特性を有する集積型金属錯体が知られている。このような集積型金属錯体としては、例えばCu2[Mo(CN)8]・8H2Oや、CsCo[W(CN)8](3-シアノピリジン)2・H2O、Cs2Cu7[Mo(CN)8]4・6H2Oで表されるオクタシアノ金属錯体が知られている他、近年、Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oで表されるオクタシアノ金属錯体も報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「Crystal structure, charge-transfer induced spin transition,and photoreversible magnetism in a cyano-bridged cobalt-tungstate bimetallic assembly」 Shin-ichi Ohkoshi, Yoshiho Hamada, Tomoyuki Matsuda, Yoshihide Tsunobuchi, and Hiroko Tokoro
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このようなオクタシアノ金属錯体は、多彩な配位構造をとるため、各種波長の光による刺激で敏感に応答したり、或いは、従来よりも保磁力を向上し得る可能性も秘めていることから、従来にない新規な物性を発現し得る新たなオクタシアノ金属錯体の生成が期待されている。
【0005】
そこで、本発明は以上の点を考慮してなされたもので、従来にない新規な物性を発現し得るオクタシアノ金属錯体及びその製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる課題を解決するため本発明の請求項1は、Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表されることを特徴とする。
【0007】
また、本発明の請求項2は、光が照射されることにより、CoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される常磁性状態から、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される強磁性状態に相転移することを特徴とする。
【0008】
また、本発明の請求項3は、前記強磁性状態での保磁力Hcが1.2Tを超えることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の請求項4は、昇温処理により、前記強磁性状態から前記常磁性状態に転移することを特徴とする。
【0010】
また、本発明の請求項5は、CoCl2・6H2Oと、ピリミジンと、4-メチルピリジンとからなる混合水溶液を、Cs3[W(CN)8]・2H2O水溶液に加えることにより、Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表されるオクタシアノ金属錯体を製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来よりも一段と大きな保磁力を発現し得、かくして、従来にない新規な物性を発現し得るオクタシアノ金属錯体及びその製造方法を提案することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】オクタシアノ金属錯体の磁化率の温度依存性を示すグラフである。
【図2】オクタシアノ金属錯体の光照射前後における磁化及び温度の関係を示すグラフである。
【図3】オクタシアノ金属錯体のIRスペクトルを示すグラフである。
【図4】オクタシアノ金属錯体の光照射前後における磁化及び磁場の関係を示すグラフである。
【図5】光誘起相転移のメカニズムの説明に供する概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下図面に基づいて本発明の実施の形態を詳述する。
【0014】
(1)本発明のオクタシアノ金属錯体
本発明によるオクタシアノ金属錯体は、コバルト(Co)イオンとタングステン(W)イオンとがシアノ基(CN)で架橋された3次元構造体を有し、ピリミジン及び4-メチルピリジンを含むCo3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oからなり、約300Kのとき、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される状態にある。
【0015】
ここで、図1はオクタシアノ金属錯体における磁化率の温度依存性を示すグラフであり、図1に示すように、このオクタシアノ金属錯体は、温度変化に応じて電荷移動相転移し得るようになされている。実際上、このオクタシアノ金属錯体は、約300Kから約150K以下まで温度を下げてゆくと、冷却過程で、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2O状態から、CoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2O状態に電荷移動相転移し得る。
【0016】
また、オクタシアノ金属錯体は、この状態から昇温処理が行われると、約210K以下まではCoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2O状態にあるものの、さらに約247K以上まで温度を上げてゆくと、昇温過程で、再びCoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される状態に電荷移動相転移し得るようになされている。このように、オクタシアノ金属錯体は、冷却処理と昇温処理とが行われるたびに、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2O状態からCoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2O状態への電荷移動相転移と、CoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2O状態からCoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2O状態への電荷移動相転移とを繰り返す構成を有する。
【0017】
これに加えて、このオクタシアノ金属錯体は、図2に示すように、50K未満の温度領域で常磁性状態にあるとき、785〜840nmの光hνが照射されると、CoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される常磁性状態から、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される強磁性状態に相転移し得る。
【0018】
ここで、本発明によるオクタシアノ金属錯体は、50K未満の温度領域で所定の光hνが照射され、常磁性状態から強磁性状態に相転移した際、保磁力Hcが2.3Tまで達しており、従来のCo3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oからなるオクタシアノ金属錯体が有する1.2Tの保磁力Hcよりも、一段と大きな高保磁力Hcを発現し得る。
【0019】
このオクタシアノ金属錯体は、50K未満の温度領域で光照射により強磁性状態になった後、昇温処理が行われ、50K未満の温度領域から120K未満まで温度を上げてゆくと、50K以上で強磁性状態から常磁性状態となり、その後、冷却処理により温度を下げてゆくと、50K未満で光照射により生じた強磁性状態に再び戻り得る。
【0020】
これに対して、このオクタシアノ金属錯体は、50K未満の温度領域で光照射により強磁性状態になった後、昇温処理が行われ、50K未満の温度領域から150K以上まで温度を上げると、50K以上で強磁性状態から常磁性状態となり、その後、冷却処理により再び50K未満としても、光照射により生じた強磁性状態に戻ることなく、そのまま常磁性状態を維持し得るようになされている(図2中、「△」は昇温処理を示す)。かくして、このオクタシアノ金属錯体は、光照射と昇温処理とが行われるたびに、常磁性状態から強磁性状態への相転移と、強磁性状態から常磁性状態への転移とを繰り返す構成を有する。
【0021】
そして、このようなオクタシアノ金属錯体は、常磁性状態のとき、濃緑色でなり、光照射により常磁性状態から強磁性状態に相転移して強磁性状態になると、濃赤色へと変色することから、光照射及び昇温処理によって可逆的に変色し得るようになされている。
【0022】
(2)オクタシアノ金属錯体の製造方法
次に、このようなオクタシアノ金属錯体の製造方法について以下説明する。先ず初めに、塩化コバルト(II)6水和物(CoIICl2・6H2O)と、下記化学式(1)で表されるピリミジン(pyrimidine = prm)と、下記化学式(2)で表される4-メチルピリジン(4-methylpyridine = 4-Mepy)とを混合させた塩化コバルト溶液を作製する。
【0023】
【化1】

【0024】
【化2】

【0025】
次いで、オクタシアノタングステン(V)酸トリセシウム2水和物(Cs3[WV(CN)8]・2H2O)を含む水溶液を、この塩化コバルト溶液に滴下して攪拌し、混合溶液を作製する。最後に、混合溶液内で合成された合成物を溶媒から分離し回収して洗浄・乾燥させることにより、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oからなるオクタシアノ金属錯体を得ることができる。ここで、このような本発明のオクタシアノ金属錯体を合成する際の反応式は、下記化学式(3)のように示すことができる(なお、IIは2価を示し、Vは5価を示す)。
【0026】
【化3】

【0027】
(3)オクタシアノ金属錯体の検証試験
(3−1)オクタシアノ金属錯体の合成
次に、上述した製造方法に基づいて実際にオクタシアノ金属錯体を合成した。具体的には、塩化コバルト(II)6水和物(CoIICl2・6H2O) 216mg(0.91mmol)を、蒸留水(H2O) 10.0mlに溶解させた後、この蒸留水に対し、ピリミジン(pyrimidine=prm) 50μl(0.625mmol)及び4-メチルピリジン(4-methylpyridine=4-Mepy) 59μl(0.60mmol)を加え、室温中で30分間攪拌して、塩化コバルト溶液を作製した。次に、オクタシアノタングステン(V)酸トリセシウム2水和物(Cs3[WV(CN)8]2・2H2O) 500mg(0.60mmol)を蒸留水 10.0mlに溶解させた水溶液を、上述した塩化コバルト溶液へゆっくりと滴下して混合溶液を作製した。
【0028】
次いで、この混合溶液を一晩攪拌した後、吸引濾過を施して合成物を採取し、この採取した合成物を3℃の冷水(蒸留水)で洗浄して一晩乾燥させた。これにより赤褐色粉末のオクタシアノ金属錯体が約415mg得られた。このときオクタシアノ金属錯体の収率は97%であった。
【0029】
(3−2)オクタシアノ金属錯体の組成式及び電荷状態の検証結果
次に、上述した製造方法により得られたオクタシアノ金属錯体の組成分析を行った。金属元素Co,Wの元素分析には、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)を用い、C,H,Nの元素分析には燃焼法を用いた。その結果、オクタシアノ金属錯体の組成はCo3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oであった。因みに、元素分析結果として得られた実測値は、Co, 12.62% ; W, 25.37% ; C, 30.48% ; H, 2.40% ; N, 21.80%であった。また計算値は、Co, 12.50% ; W, 25.99% ; C, 30.53% ; H, 2.40% ; N, 21.77%であった。
【0030】
次に、オクタシアノ金属錯体の金属イオンの価数を決定するため、300Kにて赤外(Infrared= IR)吸収スペクトルを測定したところ、図3に示すような結果が得られた。図3の結果から、2200-2100cm-1の範囲にWV-CN-CoIIのCN伸縮振動に由来するピークが観測され、Coは2価、Wは5価になっていることが分かった。従って、電荷状態を考慮した組成式は、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oであることが分かった。
【0031】
(3−3)オクタシアノ金属錯体の温度誘起相転移現象
次に、上述した製造方法により合成したオクタシアノ金属錯体について、5000 Oeの外部磁界を掛けたときの磁化率の温度依存性を、超電導量子干渉素子磁束計(SQUID)を用いて測定したところ、図1に示したような結果が得られた。図1の結果から、室温(300K)におけるオクタシアノ金属錯体の磁化率の値は、10.85cm3K mol-1であった(以下、この相を高温相と呼ぶ)。
【0032】
次に、高温相のオクタシアノ金属錯体を冷却しながら、当該オクタシアノ金属錯体の磁化率の測定を行ったところ、192K付近で磁化率は急激に減少し、154Kで3.80cm3 K mol-1であった(以下、この相を低温相と呼ぶ)。続いて、再び昇温しながら、オクタシアノ金属錯体の磁化率の測定を行ったところ、240K付近で磁化率は急激に増加し、263Kで冷却開始時の値と一致していた。
【0033】
また、オクタシアノ金属錯体では、高温相から低温相への相転移温度(T1/2↓)が188Kであり、低温相から高温相への相転移温度(T1/2↑)が247Kであることが観測でき、温度ヒステリシス幅(△T=T1/2↑−T1/2↓)が59Kの相転移現象を観測できた。このことから、本発明のオクタシアノ金属錯体は、温度変化に応じて磁化率が変化し、温度ヒステリシスがあることが確認できた。
【0034】
(3−4)オクタシアノ金属錯体の高温相と低温相の電荷状態について
次に、高温相のときのオクタシアノ金属錯体のIRスペクトルと、低温相のときのオクタシアノ金属錯体のIRスペクトルとを測定したところ、高温相のオクタシアノ金属錯体は、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oであり、2価のS= 3/2(HS ハイスピン状態)のCoと、5価のS= 1/2(LS ロースピン状態)のWがオクタシアノ金属錯体中に3:2で存在することが分かる。
【0035】
また、低温相のオクタシアノ金属錯体は、CoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oであり、2価のS= 3/2(HS ハイスピン状態)のCoと、3価のS= 0(LS ロースピン状態)のCoと、4価のS= 0(LS ロースピン状態)のWが、オクタシアノ金属錯体中に1:2:2で存在することが分かる。このことから観測された温度誘起の相転移現象は、Co-W間の電荷移動に基づいて発現したものと考えられる。
【0036】
また、高温相のオクタシアノ金属錯体から低温相のオクタシアノ金属錯体へ移る際、この電荷移動に付随してCoIIIのスピン転移(HS,S=2 → LS,S=0)が起こっていると考えられる。オクタシアノ金属錯体では、CoとWの組成比が3:2であるため、完全に電子移動が起こっても、低温相の電子状態がCoII-CoIII2-WIV2となっているため、残留したCoII(HS,S=3/2)が常磁性的に振舞うと考えられる。
【0037】
(3−5)オクタシアノ金属錯体の高温相と低温相の電子遷移について
次に、室温時におけるオクタシアノ金属錯体の紫外可視(UV-vis)吸収スペクトルと、低温時におけるオクタシアノ金属錯体の紫外可視(UV-vis)吸収スペクトルとを測定し、その結果から、高温相と低温相における吸収帯の帰属をそれぞれ行ったところ、下記表1に示すような結果が得られた。
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示すように、高温相(HT相と表記)では、364nmにシアノ基からWVへの配位子金属間電荷移動吸収帯(LMCT(Ligand to Metal Charge Transfer),2B12A2, 2E)が確認された。また、高温相では、476nmにCoIIからWVへの金属間電荷移動吸収帯(MMCT(Metal to Metal Charge Transfer))が確認され、さらに、514nmにCoIIのd-d遷移(4T1g4T1g)、562nmにCoIIのd-d遷移(4T1g4A2g)、1170nmにCoIIのd-d遷移(4T1g4T2g)がそれぞれ確認された。
【0040】
一方、表1に示すように、低温相(LT相と表記)では、406nmにWIVのd-d遷移(1A11E)が確認され、454nmにWIVのd-d遷移(1A13E)が確認された。また、低温相では、496nm、515nm、551nm、577nm及び1170 nmにそれぞれCoIIのd-d遷移(順に、1A1g1T2g4T1g4T1g4T1g4A2g1A1g1T1g4T1g4T2g)が確認され、742nmにWIVからCoIIIのMMCTが確認された。
【0041】
(3−6)オクタシアノ金属錯体の光磁性現象について
次に、室温にて作製した高温相のオクタシアノ金属錯体を冷却し、低温相のオクタシアノ金属錯体とした後、この低温相のオクタシアノ金属錯体に対して、温度3Kで波長785nm、強度86mWcm-2の光を60分照射し、オクタシアノ金属錯体の磁化を計測したところ、図2に示したような結果が得られた。ここで、図2は光照射前後の磁化温度曲線(10 Oe)を示し、この図2から、低温相のオクタシアノ金属錯体では、光照射前、温度3Kから60Kの間で磁化が発生しなかったものの、上述した光を照射したところ、照射時間とともに磁化の増加が確認された。続いて、光照射後のオクタシアノ金属錯体を150Kまでアニーリングしていったところ、光誘起磁化が消失して光照射前の元の常磁性状態へと回復した。
【0042】
次に、温度2Kのもと、光照射前と光照射後のオクタシアノ金属錯体に対し外部磁場を与え、オクタシアノ金属錯体の磁気ヒステリシス曲線を測定したところ、図4に示すような結果が得られた。図4から、このオクタシアノ金属錯体では、光照射後に23000 Oeという大きな保磁力Hcを持つヒステリシスが観測された。これにより、本発明によるオクタシアノ金属錯体では、従来のCo3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oからなるオクタシアノ金属錯体が有する1.2Tの保磁力Hcよりも一段と大きな2.3Tの保磁力Hcを発現し得るという従来にない新規な物性を有することが確認できた。
【0043】
このような光誘起磁化のメカニズムは、図5に示すように、低温相のオクタシアノ金属錯体に光を照射した際、Co-W間の光誘起電荷移動(WからCoへの電子移動)と、CoIIのスピン転移(LS(ロースピン状態)S =1/2からHS(ハイスピン状態)S =3/2への転移)との2段階の反応によって、2×CoIII(S=0)-2×WIV(S=0)-CoII(S=3/2)から、最終的に3×CoII(S=3/2)-2×WV(S=1/2)の光誘起相へ相転移し、それぞれの相での磁気状態をとっていると考えられる。
【0044】
(4)動作及び効果
以上の構成において、オクタシアノ金属錯体では、Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される構成を有することにより、所定の光が照射されると、CoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される常磁性状態から、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される強磁性状態へ相転移できる。
【0045】
また、このオクタシアノ金属錯体では、強磁性状態のときの保磁力Hcが2.3Tまで達しており、従来のCo3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oからなるオクタシアノ金属錯体が有する1.2Tの保磁力Hcよりも、一段と大きな高保磁力Hcを発現できる。かくして、本発明では、従来よりも大きな保磁力Hcを発現し得るという新規な物性を有するオクタシアノ金属錯体を提供できる。
【0046】
さらに、このオクタシアノ金属錯体では、強磁性状態のときに、所定の温度により昇温処理を行うことにより、強磁性状態から再び常磁性状態に転移させることができる。かくして、このオクタシアノ金属錯体では、これら光照射と昇温処理とを繰り返すことにより、常磁性状態から強磁性状態、或いは強磁性状態から常磁性状態へ繰り返し変化させることができる。
【0047】
ここで、このようなオクタシアノ金属錯体は、約50K未満の温度領域において、当該オクタシアノ金属錯体の有する光照射による相転移の特性を、例えば光スイッチングや、光磁気記録媒体に利用することができる。例えば、光スイッチングでは、オクタシアノ金属錯体により形成された受光面を設けることで、所定の光の受光に応じて、受光面を常磁性状態から強磁性状態に相転移し得る光スイッチングを実現できる。なお、この光スイッチングでは、受光面が強磁性状態にあるとき、所定の温度で昇温処理を行うことにより、受光面を強磁性状態から再び常磁性状態に転移させ、初期化を行うこともできる。
【0048】
また、オクタシアノ金属錯体を光磁気記録媒体に利用する場合には、オクタシアノ金属錯体により記録層を形成し、約50K未満の温度領域において、記録用の記録光を記録層に集光させる。光磁気記録媒体では、記録光が照射されることにより、目標位置を中心とした局所的な範囲で記録層が常磁性状態から強磁性状態に相転移し、これに応じて、記録光の焦点近傍と、その周囲との磁化が異なることとなる。この結果、光磁気記録媒体の記録層には常磁性状態から強磁性状態に相転移してなる記録マークが形成される。
【0049】
光磁気記録媒体に記録された情報の読み出し方としては、約50K未満の温度領域において、光磁気記録再生装置から所定の光強度でなる読出用の読出光を記録層内に集光する。これにより、光磁気記録媒体では、記録層から戻ってくる反射光を、光磁気記録再生装置の受光素子により検出させ、記録層の磁気状態の相違(記録マークの有無)により生じる光学定数の違いから、記録層に記録された情報を再生させることができる。なお、ここで用いる読出光は、記録層に照射した際に、当該記録層が常磁性状態から強磁性状態に相転移されない光強度を有している。
【0050】
また、光磁気記録媒体に記録された情報の他の読み出し方としては、約50K未満の温度領域において、記録層の記録部分(強磁性状態部分)からの漏れ磁界を磁気ヘッドで検出し、この漏れ磁界の検出結果から、記録層に記録された情報を再生させることもできる。因みに、この光磁気記録媒体では、約50K未満の温度領域から150K以上まで昇温処理を行うことにより、記録層の強磁性状態にある箇所を再び常磁性状態に転移させることができ、記録層を初期化することもできる。
【0051】
また、このオクタシアノ金属錯体は、常磁性状態のとき濃緑色であり、強磁性状態のとき濃赤色であることから、約50K未満の温度領域において、例えば波長785nmの可視光の照射により常磁性状態から強磁性状態へ相転移して変色させることができ、可視光を利用したフォトクロミック材料としても利用することができる。また、この場合、オクタシアノ金属錯体は、約150K以上の温度まで昇温処理を行うことにより、濃赤色状態から再び濃緑色状態へ相転移して元の色に変化させることができるので、例えば赤外線を用いずに、可視光と熱とにより可逆的に変色するフォトクロミック材料として利用することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される
ことを特徴とするオクタシアノ金属錯体。
【請求項2】
光が照射されることにより、CoIICoIII2[WIV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される常磁性状態から、CoII3[WV(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表される強磁性状態に相転移することを特徴とする請求項1記載のオクタシアノ金属錯体。
【請求項3】
前記強磁性状態での保磁力Hcが1.2Tを超える
ことを特徴とする請求項1又は2記載のオクタシアノ金属錯体。
【請求項4】
昇温処理により、前記強磁性状態から前記常磁性状態に転移する
ことを特徴とする請求項1〜3のうちいずれか1項記載のオクタシアノ金属錯体。
【請求項5】
CoCl2・6H2Oと、ピリミジンと、4-メチルピリジンとからなる混合水溶液を、Cs3[W(CN)8]・2H2O水溶液に加えることにより、Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oで表されるオクタシアノ金属錯体を製造する
ことを特徴とするオクタシアノ金属錯体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−97050(P2012−97050A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−247560(P2010−247560)
【出願日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】