オリゴ糖の同定方法、オリゴ糖の配列分析方法
【課題】 本発明は、上記事情に鑑みなされたものであって、その目的は、正確かつ容易にオリゴ糖の種類を同定できるオリゴ糖の同定方法を提供することである。
また、本発明の別の目的は、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖において、糖修飾基に関する情報が得られるオリゴ糖の配列分析方法を提供することである。
【解決手段】 本発明に係る同定方法は、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖の質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を用いて被検オリゴ糖の同定を行う。また、本発明に係る配列分析方法は、N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖の質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を用いて前記被検オリゴ糖における修飾基情報を得る。
また、本発明の別の目的は、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖において、糖修飾基に関する情報が得られるオリゴ糖の配列分析方法を提供することである。
【解決手段】 本発明に係る同定方法は、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖の質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を用いて被検オリゴ糖の同定を行う。また、本発明に係る配列分析方法は、N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖の質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を用いて前記被検オリゴ糖における修飾基情報を得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は配列が未知のオリゴ糖の同定方法に関する。また、本発明はN−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖の配列分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及びコンドロイチンは、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸の交互配列構造を有するグリコサミノグリカンとして知られている。これらのグリコサミノグリカンは、いずれも構造異性体の関係にあるため、糖鎖長が同じであれば分子量が同じでありかつ電荷数も同じであることから、識別同定が困難である。
【0003】
例えば、上記グリコサミノグリカンは、それぞれの特異的分解酵素(N−アセチルヘパロサンであればヘパリチナーゼ、ヒアルロナンであればヒアルロニダーゼ等)によって切断されるため、その分解特異性の差によっていずれのグリコサミノグリカンであるかを同定することが可能である。この方法は、ある程度糖鎖長の長いオリゴ糖や多糖に対しては有効であるが、例えば2糖のように分解酵素が認識できないほど短い糖鎖の場合には、このような酵素学的手法では判別が困難である。
核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定による識別同定も可能であるが、試料を比較的多量に必要とするという問題がある。
【0004】
一方、N−アセチルヘパロサンは、生体内においてヘパリン、ヘパラン硫酸の合成前駆体となるグリコサミノグリカン(GAG)である。従来から、N−アセチルヘパロサンの構造解析は、糖組成分析法とNMRスペクトル測定により行われてきた(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、これまでその配列情報を得ることができる手段は存在しなかった。
【0005】
【特許文献1】特開2004−18840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであって、その目的は、正確かつ容易にオリゴ糖の種類を同定できるオリゴ糖の同定方法を提供することである。
また、本発明の別の目的は、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖において、糖修飾基に関する情報が得られるオリゴ糖の配列分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、N−アセチルヘパロサンオリゴ糖、それらと同じ分子量を持つヒアルロナン及びコンドロイチンの不飽和型オリゴ糖を用意し、それぞれの質量分析の2乗スペクトル(以下、MS2スペクトルと略称する)を測定のうえ比較したところ、同一糖鎖長のオリゴ糖間で識別同定が可能となることを初めて見出すに至った。これにより、生体試料分析あるいは医薬候補化合物スクリーニング等の各種スクリーニングの際に、構造・物性の極めて類似したこれらの化合物を誤認することなく、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖を同定できるようになった。
【0008】
また、本発明者らの検討によれば、N−アセチルヘパロサンから調製したオリゴ糖を質量分析により解析した結果、MS2スペクトルが単糖残基単位での配列情報を与え得ることを見出した。これにより、構造的に修飾を受けたN−アセチルヘパロサンの配列を解析する手段として有用であることを見出し、本発明を完成した。
なお、本発明のように交互配列型化合物を対象とし、フラグメンテーションの規則性によって得られるスペクトルを予測し、それと照らしながらオリゴ糖の同定および配列解析が可能であることを報告した例はこれまでにはない。
【0009】
すなわち、上記課題は、以下の手段により解決される。
1. N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖をESI法又はMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、前記n乗スペクトルから被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とするオリゴ糖の同定方法。
2. 前記n乗スペクトルと、予め用意した標準オリゴ糖のn乗スペクトルとを比較することにより、被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とする上記1に記載のオリゴ糖の同定方法。
3. 前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンに由来するオリゴ糖の少なくとも1種以上を含むことを特徴とする上記1又は2に記載のオリゴ糖の同定方法。
4. 前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサンに由来するオリゴ糖であることを同定することを特徴とする上記1〜3のいずれかに記載のオリゴ糖の同定方法。
5. N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖をMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、
前記n乗スペクトルから前記被検オリゴ糖における修飾基情報を得ることを特徴とするオリゴ糖の配列分析方法。
6. 前記修飾基情報が、少なくともオリゴ糖における修飾基の位置及び修飾基の構造のいずれかを含むことを特徴とする上記5に記載のオリゴ糖の配列分析方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の同定方法は、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有するオリゴ糖から質量分析によりMSnスペクトルを得ることにより、容易かつ正確にオリゴ糖を同定することができるものであり、生体試料分析あるいは医薬候補化合物スクリーニング等の各種スクリーニングに有用である。
また、本発明によれば、N−アセチルへパロサン全長の構造を推定することも可能となり、例えば、生体内酵素或いは化学的手法等により構造修飾を施されたN−アセチルへパロサンの構造解析等に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
(同定方法)
まず、本発明に係る第1の方法は、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖のMSnスペクトルから、被検オリゴ糖がどのようなグリコサミノグリカンに由来するオリゴ糖であるかを同定する方法である。
本発明の同定方法に係る被検オリゴ糖としては、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有するものであればよく、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンに由来するオリゴ糖の少なくとも1種以上を含むことが好ましい。
【0012】
本発明に係る同定方法は、被検オリゴ糖が4糖の場合は、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンのMSnスペクトルを解析することにより、これらのいずれかに由来するオリゴ糖であるかを同定することができる。なお、2糖及び6糖以上のオリゴ糖においては、ヒアルロナン由来のオリゴ糖とコンドロイチン由来のオリゴ糖との識別が困難と考えられるが、これらとN−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖とを識別同定することができる(より詳細は本実施例1〜3により示す。)。
【0013】
被検オリゴ糖のイオン化法としては、ESI法(エレクトロスプレーイオン化法)又はMALDI法(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)を用いる。被検オリゴ糖をイオン化することにより、被検オリゴ糖の分子量に起因する1種類又は2種類以上のイオン(以下、分子量関連イオンと呼ぶ。)が生成する。生成した分子量関連イオンを検出することにより、当該被検オリゴ糖の分子量を確定することができる。
【0014】
分子量関連イオンの検出は、任意の質量分析装置を用いて行うことができるが、ESI法の場合は、IT型(イオントラップ型)、三連四重極型、TOF型(飛行時間型)、或いはFT−ICR型(フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型)分析装置、MALDI法の場合はIT型、TOF型、或いはFT−ICR型分析装置を用いることが好ましい。このような質量分析装置を用いて分子量関連イオンを検出することにより、MSの1乗スペクトル(MS1スペクトル)が得られる。
【0015】
このように、本発明では、イオン化法としてESI法又はMALDI法を採用し、分析装置として任意の質量分析装置を採用することができるが、装置が小型で軽量且つ操作が簡便である等の点から、ESI法によりイオン化し、IT型分析装置によって検出を行う方法(以下、ESI−IT−MS法という。)が好ましい。ESI−IT−MS法は、例えばEsquire 3000 plus(ブルカー社製)等の一般的な市販の装置を使用して行うことができる。
【0016】
前記のようにして得られたMS1スペクトルにおける分子量関連イオンを前駆イオンとしてフラグメンテーションを行い、フラグメントイオンを生成させて検出する(これによって、MS2スペクトルが得られる)。さらに必要に応じてMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンについてフラグメンテーションを行いMS3スペクトルを、以下同様にMSの4乗、・・・、n乗スペクトルを得ることができる。MSのn乗スペクトル(MSnスペクトル;nは2以上の整数。以下同じ。)も、上記MS1スペクトルと同様にして得ることができる。
MSnスペクトルは少なくともMS2スペクトルまで求めることが好ましい。
【0017】
MSnスペクトルを得る際のフラグメンテーションの方法は、CID法(collision-induced dissociation、衝突誘起解離法)、PSD法(post-source decay法)、ISD法(in-source decay法)を用いることができるが、ESI−IT−MS法においてはCID法、MALDI−TOF−MS法においてはPSD法を用いることが好ましい。
【0018】
上記のようにして得られたMSnスペクトルと、予め用意した標準オリゴ糖のMSnスペクトルとを比較する。標準オリゴ糖のスペクトル・データとしては、2、4、6糖のオリゴ糖の場合は、本実施例により得られるスペクトル・データを用いることができる。また、その他の糖鎖長のオリゴ糖については、予め、糖鎖長が既知のオリゴ糖について上記方法によりMSnスペクトルを得ておくことが望ましい。
【0019】
(配列分析方法)
また、本発明に係る第2の方法は、N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖においてMSnスペクトルを測定することにより、当該被検オリゴ糖における修飾基の位置及び修飾基の構造等の修飾基情報を得て、当該オリゴ糖の配列を分析する方法である。
【0020】
本発明者らは、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖について、MS2スペクトルを得た。(詳しい過程については実施例4に示す。)
これら各々のシグナルを構造式上に帰属すると、図11及び図12に示すように、種々の位置のグリコシド結合が切断されたフラグメントイオンが万遍なく生じていることが判明した。(図11は偶数糖について、図12は奇数糖について示している。)
【0021】
すなわち、比較的短鎖のオリゴ糖(8糖以下)では、グリコシド結合以外の結合も切断されるが、MS2スペクトル上に見られる規則性は、単糖グリコシド単位の配列情報に他ならない。よって、N−アセチルヘパロサンの配列はMS2スペクトル測定によって解読が可能であることが初めて示されるとともに、ここに観測されているシグナルの規則性から、より長鎖のN−アセチルヘパロサンのMS2スペクトルで得られるであろうシグナルを、実際に測定しなくとも容易に推定することが可能となった。
【0022】
より具体的には、
A:5糖以上の奇数糖および6糖以上の偶数糖のMS2スペクトルには必ず、4糖フラグメント以上の、構造上可能なすべての偶数糖フラグメントシグナルが観測される。それらのm/z値は、757+n×379(nは0以上の整数)近傍である。
B:5糖以上の奇数糖および4糖以上の偶数糖のMS2スペクトルには必ず、3糖フラグメント以上の、構造上可能なすべての奇数糖フラグメントシグナルが観測される。それらのm/z値は、599+m×379(mは0以上の整数)近傍である。
【0023】
実際に再度MS2スペクトルを精査してみると、例えば12糖のMS2スペクトル中には3糖から11糖までの各糖鎖長のフラグメントシグナルが観測されており、一方で例えば13糖のMS2スペクトル中には3糖から12糖までの各糖鎖長のフラグメントシグナルが観測されている。そしてすべてのフラグメント間の質量差を計算すると、これらのオリゴ糖鎖がすべてN−アセチルヘキソサミン(質量差221)とウロン酸(質量差158)の交互構造であることが明白である。
【0024】
上述のように、N−アセチルヘパロサンの構造がN−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互配列であることが、明確に示された。これにより、糖鎖配列中に種々の置換基導入などの構造修飾が施された場合に、その修飾部分を含むフラグメントイオンだけがシグナル位置を変える(修飾基の質量分)ため、その修飾基の配列上の位置を決定することが可能である。
また、一般にN−アセチルヘパロサンの修飾基としては、硫酸基、メチル基、アセチル基、エチル基、ベンジル基、リン酸基等が挙げられる。また、水酸基の酸化、還元や、ウロン酸のエステル化等の修飾も決定可能である。さらに、本発明の方法によれば、修飾基の位置のみならず、修飾基の質量からN−アセチルヘパロサンに結合している修飾基の構造も特定することが可能である。
【0025】
簡単な例として、N−アセチルヘパロサンの6糖のオリゴ糖を水素化ホウ素ナトリウムで還元処理した場合を挙げる(図13参照。)。図13に示すように、処理後のオリゴ糖はMS1スペクトルにおいて元の化合物よりも質量が2だけ大きかった。これについてMS2スペクトルを測定したところ、還元末端を含むフラグメントイオンの質量値が2だけ増え、還元末端を含まないフラグメントイオンの質量値は不変であった。即ち、還元反応が起こった位置は、6糖配列中の還元末端糖であることが決定された。この例に止まらず、例えば、糖鎖の末端ではなく内側の任意の糖残基において修飾が施された場合においても、その配列を決定できることは充分に予測される範囲内である。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳細に説明する。
[実施例1]
(不飽和2糖のMS2分析による同定)
(1)N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖の調製
特開2004−18840号公報の実施例1に記載の方法と同様にして大腸菌K5菌株を培養し、N−アセチルヘパロサン画分を得て、さらに、同公報の実施例2に記載の方法と同様にしてこのN−アセチルヘパロサン画分を精製した。
精製したN−アセチルヘパロサン画分(100mg)を濃度が10mg/mlになるように、5mM酢酸カルシウムを含む50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶解した。
【0027】
このN−アセチルヘパロサン溶解液に、フラボバクテリウム由来ヘパリチナーゼI(0.2ユニット)を添加し、37℃で45分間インキュベーションした。
その後、沸騰水浴中で反応を停止させた後、沈殿物を遠心分離(8,000rpm、20分)によって除去し、上清液を凍結乾燥した。以上のようにして、非還元末端に不飽和ウロン酸を有するN−アセチルヘパロサンのオリゴ糖混合物の凍結乾燥物を131.25mg得た(塩類を含む)。
【0028】
上記で得た偶数オリゴ糖混合物の凍結乾燥物を、ゲル濾過クロマトグラフィーにて分取精製し凍結乾燥して、N−アセチルヘパロサン由来の2糖の精製オリゴ糖画分を得た。なお、ゲル濾過クロマトグラフィーには、アマシャム・バイオサイエンス社製のSuperdex Peptide 10/300GLを使用した。
【0029】
(2)ヒアルロナン由来の調製及びコンドロイチン由来のオリゴ糖の調製
分解酵素として放線菌由来ヒアルロニダーゼを用い、ヒアルロナンを分解することで、ヒアルロナン由来の2糖のオリゴ糖を調製した。
また、分解酵素としてProteus vulgaris由来コンドロイチナーゼABCを用い、コンドロイチンを分解することで、コンドロイチン由来の2糖のオリゴ糖を調製した。
【0030】
(3)質量分析
ESI-IT-MS(Esquire 3000 plus,ブルカー・ダルトニクス社製)およびMALDI-TOF-MS(Ultraflex,ブルカー・ダルトニクス社製)を用い、それぞれの方法にてMS2スペクトルを測定した。なお、MS2スペクトルを得る際のフラグメンテーションの方法は、ESI-IT-MSにおいてはCID法、MALDI-TOF-MSにおいてはPSD法を用いた。測定用マトリックスとしてはDHB (2,5- dihydroxybenzoic acid)を用いた。
この結果をそれぞれ図1及び2に示す。なお、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、およびコンドロイチンそれぞれの不飽和2糖のプレカーサー・イオンの位置を矢印で示した。
図1及び図2に示すように、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSのどちらでも、N−アセチルヘパロサン由来2糖のMS2スペクトル・パターンが顕著に異なるため、このスペクトル・パターンから、他の不飽和2糖との判別が可能であることがわかった。
【0031】
[実施例2]
(不飽和4糖のMS2分析による同定)
(1)オリゴ糖の調製
上記実施例1と同様の方法により、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及びコンドロイチン由来の4糖のオリゴ糖を調製した。
(2)質量分析
上記実施例1と同様にして、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSを用い、それぞれの方法にてMS2スペクトルを測定した。なお、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、およびコンドロイチンそれぞれの不飽和4糖のプレカーサー・イオンの位置を矢印で示した。
この結果をそれぞれ図3及び4に示す。図3及び4に示すように、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSのどちらでも、MS2スペクトル・パターンが顕著に異なるため、このスペクトル・パターンから、不飽和4糖がいずれの構造かを判別することが可能であることがわかった。
【0032】
[実施例3]
(不飽和6糖のMS2分析による同定)
(1)オリゴ糖の調製
上記実施例1と同様の方法により、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及びコンドロイチン由来の6糖のオリゴ糖を調製した。
(2)質量分析
上記実施例1と同様にして、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSを用い、それぞれの方法にてMS2スペクトルを測定した。なお、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、およびコンドロイチンそれぞれの不飽和6糖のプレカーサー・イオンの位置を矢印で示した。
この結果をそれぞれ図5及び6に示す。図5及び6に示すように、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSのどちらでも、N−アセチルヘパロサン由来6糖のMS2スペクトル・パターンが顕著に異なるため、このスペクトル・パターンから、他の不飽和6糖との判別が可能であることがわかった。
【0033】
以上の実施例により、従来微量分析が困難であったN−アセチルヘパロサン由来構造と、ヒアルロナン由来構造あるいはコンドロイチン由来構造との判別が、MS2スペクトルを測定することにより可能となることが示された。これは、オリゴ糖構造に含まれる種々の化学結合の安定性に基づいて差異が生じるものであり、判別の対象はここに示したもののみならず、飽和型オリゴ糖や奇数オリゴ糖、また、より長鎖のオリゴ糖についても可能である。
【0034】
なお、ヘキソサミン異性体であるヒアルロナン及びコンドロイチン由来不飽和オリゴ糖は、4糖においてMS2測定により識別可能であったが、2糖及び6糖では識別が困難であると考えられた。
また、ヒアルロナンの不飽和偶数オリゴ糖に関してMALDI-TOF-MSを用いてMS2スペクトルを測定すると、必ずm/z=175(不飽和ウロン酸)と、m/z=[M-203](Mは前駆イオンのm/z値、203は還元末端のN-アセチルヘキソサミンの質量221からグリコシド生成による脱水値18を除した値)の二本のシグナルが強く観測されることもわかった。
【0035】
[実施例4]
(N−アセチルヘパロサンの配列決定)
(1)N−アセチルヘパロサンオリゴ糖のMS1およびMS2スペクトルの測定
上記実施例1の(1)に記載の方法と同様にして、ゲル濾過クロマトグラフィーにより精製した、N-アセチルヘパロサンのオリゴ糖画分(2〜20糖の不飽和偶数糖および3〜21糖の奇数糖)を得た。
各オリゴ糖画分について、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI-TOF-MS)装置を用いて、MS1およびMS2スペクトルを測定した。
なお、質量分析装置としては、ブルカー・ダルトニクス社製のUltraflexを使用し、測定用マトリックスとしてはDHB(2,5-dihydroxybenzoic acid)を用いた。MS2スペクトルは各々のオリゴ糖のMS1スペクトル測定で得られた分子量関連イオンを前駆イオンとし、PSD(ポストソース分解)法により測定した。
【0036】
(2)結果
この結果を図7〜10に示す。図7は不飽和偶数オリゴ糖のMS1スペクトル、図8は不飽和偶数オリゴ糖のMS2スペクトル、図9は奇数オリゴ糖のMS1スペクトル、図10は奇数オリゴ糖のMS2スペクトルを示している。
図7〜10に示すように、不飽和偶数糖、奇数糖とも、MS2スペクトルにおいて規則性の高いシグナルが得られた。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】不飽和2糖をESI-IT-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図2】不飽和2糖をMALDI-TOF-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図3】不飽和4糖をESI-IT-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図4】不飽和4糖をMALDI-TOF-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図5】不飽和6糖をESI-IT-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図6】不飽和6糖をMALDI-TOF-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図7】不飽和偶数オリゴ糖のMS1スペクトルを示す図である。
【図8】不飽和偶数オリゴ糖のMS2スペクトルを示す図である。
【図9】不飽和奇数オリゴ糖のMS1スペクトルを示す図である。
【図10】不飽和奇数オリゴ糖のMS2スペクトルを示す図である。
【図11】N−アセチルヘパロサンの偶数オリゴ糖の構造式と、当該オリゴ糖のMS2スペクトルにおいて観測されたm/z値に基づく結合切断部位を示す図である。
【図12】N−アセチルヘパロサンの奇数オリゴ糖の構造式と、当該オリゴ糖のMS2スペクトルにおいて観測されたm/z値に基づく結合切断部位を示す図である。
【図13】還元処理前後のN−アセチルヘパロサンのオリゴ糖の構造式と、当該オリゴ糖のMS2スペクトルにおいて観測されたm/z値とを示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は配列が未知のオリゴ糖の同定方法に関する。また、本発明はN−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖の配列分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及びコンドロイチンは、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸の交互配列構造を有するグリコサミノグリカンとして知られている。これらのグリコサミノグリカンは、いずれも構造異性体の関係にあるため、糖鎖長が同じであれば分子量が同じでありかつ電荷数も同じであることから、識別同定が困難である。
【0003】
例えば、上記グリコサミノグリカンは、それぞれの特異的分解酵素(N−アセチルヘパロサンであればヘパリチナーゼ、ヒアルロナンであればヒアルロニダーゼ等)によって切断されるため、その分解特異性の差によっていずれのグリコサミノグリカンであるかを同定することが可能である。この方法は、ある程度糖鎖長の長いオリゴ糖や多糖に対しては有効であるが、例えば2糖のように分解酵素が認識できないほど短い糖鎖の場合には、このような酵素学的手法では判別が困難である。
核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定による識別同定も可能であるが、試料を比較的多量に必要とするという問題がある。
【0004】
一方、N−アセチルヘパロサンは、生体内においてヘパリン、ヘパラン硫酸の合成前駆体となるグリコサミノグリカン(GAG)である。従来から、N−アセチルヘパロサンの構造解析は、糖組成分析法とNMRスペクトル測定により行われてきた(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、これまでその配列情報を得ることができる手段は存在しなかった。
【0005】
【特許文献1】特開2004−18840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであって、その目的は、正確かつ容易にオリゴ糖の種類を同定できるオリゴ糖の同定方法を提供することである。
また、本発明の別の目的は、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖において、糖修飾基に関する情報が得られるオリゴ糖の配列分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、N−アセチルヘパロサンオリゴ糖、それらと同じ分子量を持つヒアルロナン及びコンドロイチンの不飽和型オリゴ糖を用意し、それぞれの質量分析の2乗スペクトル(以下、MS2スペクトルと略称する)を測定のうえ比較したところ、同一糖鎖長のオリゴ糖間で識別同定が可能となることを初めて見出すに至った。これにより、生体試料分析あるいは医薬候補化合物スクリーニング等の各種スクリーニングの際に、構造・物性の極めて類似したこれらの化合物を誤認することなく、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖を同定できるようになった。
【0008】
また、本発明者らの検討によれば、N−アセチルヘパロサンから調製したオリゴ糖を質量分析により解析した結果、MS2スペクトルが単糖残基単位での配列情報を与え得ることを見出した。これにより、構造的に修飾を受けたN−アセチルヘパロサンの配列を解析する手段として有用であることを見出し、本発明を完成した。
なお、本発明のように交互配列型化合物を対象とし、フラグメンテーションの規則性によって得られるスペクトルを予測し、それと照らしながらオリゴ糖の同定および配列解析が可能であることを報告した例はこれまでにはない。
【0009】
すなわち、上記課題は、以下の手段により解決される。
1. N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖をESI法又はMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、前記n乗スペクトルから被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とするオリゴ糖の同定方法。
2. 前記n乗スペクトルと、予め用意した標準オリゴ糖のn乗スペクトルとを比較することにより、被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とする上記1に記載のオリゴ糖の同定方法。
3. 前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンに由来するオリゴ糖の少なくとも1種以上を含むことを特徴とする上記1又は2に記載のオリゴ糖の同定方法。
4. 前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサンに由来するオリゴ糖であることを同定することを特徴とする上記1〜3のいずれかに記載のオリゴ糖の同定方法。
5. N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖をMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、
前記n乗スペクトルから前記被検オリゴ糖における修飾基情報を得ることを特徴とするオリゴ糖の配列分析方法。
6. 前記修飾基情報が、少なくともオリゴ糖における修飾基の位置及び修飾基の構造のいずれかを含むことを特徴とする上記5に記載のオリゴ糖の配列分析方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の同定方法は、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有するオリゴ糖から質量分析によりMSnスペクトルを得ることにより、容易かつ正確にオリゴ糖を同定することができるものであり、生体試料分析あるいは医薬候補化合物スクリーニング等の各種スクリーニングに有用である。
また、本発明によれば、N−アセチルへパロサン全長の構造を推定することも可能となり、例えば、生体内酵素或いは化学的手法等により構造修飾を施されたN−アセチルへパロサンの構造解析等に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
(同定方法)
まず、本発明に係る第1の方法は、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖のMSnスペクトルから、被検オリゴ糖がどのようなグリコサミノグリカンに由来するオリゴ糖であるかを同定する方法である。
本発明の同定方法に係る被検オリゴ糖としては、N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有するものであればよく、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンに由来するオリゴ糖の少なくとも1種以上を含むことが好ましい。
【0012】
本発明に係る同定方法は、被検オリゴ糖が4糖の場合は、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンのMSnスペクトルを解析することにより、これらのいずれかに由来するオリゴ糖であるかを同定することができる。なお、2糖及び6糖以上のオリゴ糖においては、ヒアルロナン由来のオリゴ糖とコンドロイチン由来のオリゴ糖との識別が困難と考えられるが、これらとN−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖とを識別同定することができる(より詳細は本実施例1〜3により示す。)。
【0013】
被検オリゴ糖のイオン化法としては、ESI法(エレクトロスプレーイオン化法)又はMALDI法(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)を用いる。被検オリゴ糖をイオン化することにより、被検オリゴ糖の分子量に起因する1種類又は2種類以上のイオン(以下、分子量関連イオンと呼ぶ。)が生成する。生成した分子量関連イオンを検出することにより、当該被検オリゴ糖の分子量を確定することができる。
【0014】
分子量関連イオンの検出は、任意の質量分析装置を用いて行うことができるが、ESI法の場合は、IT型(イオントラップ型)、三連四重極型、TOF型(飛行時間型)、或いはFT−ICR型(フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型)分析装置、MALDI法の場合はIT型、TOF型、或いはFT−ICR型分析装置を用いることが好ましい。このような質量分析装置を用いて分子量関連イオンを検出することにより、MSの1乗スペクトル(MS1スペクトル)が得られる。
【0015】
このように、本発明では、イオン化法としてESI法又はMALDI法を採用し、分析装置として任意の質量分析装置を採用することができるが、装置が小型で軽量且つ操作が簡便である等の点から、ESI法によりイオン化し、IT型分析装置によって検出を行う方法(以下、ESI−IT−MS法という。)が好ましい。ESI−IT−MS法は、例えばEsquire 3000 plus(ブルカー社製)等の一般的な市販の装置を使用して行うことができる。
【0016】
前記のようにして得られたMS1スペクトルにおける分子量関連イオンを前駆イオンとしてフラグメンテーションを行い、フラグメントイオンを生成させて検出する(これによって、MS2スペクトルが得られる)。さらに必要に応じてMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンについてフラグメンテーションを行いMS3スペクトルを、以下同様にMSの4乗、・・・、n乗スペクトルを得ることができる。MSのn乗スペクトル(MSnスペクトル;nは2以上の整数。以下同じ。)も、上記MS1スペクトルと同様にして得ることができる。
MSnスペクトルは少なくともMS2スペクトルまで求めることが好ましい。
【0017】
MSnスペクトルを得る際のフラグメンテーションの方法は、CID法(collision-induced dissociation、衝突誘起解離法)、PSD法(post-source decay法)、ISD法(in-source decay法)を用いることができるが、ESI−IT−MS法においてはCID法、MALDI−TOF−MS法においてはPSD法を用いることが好ましい。
【0018】
上記のようにして得られたMSnスペクトルと、予め用意した標準オリゴ糖のMSnスペクトルとを比較する。標準オリゴ糖のスペクトル・データとしては、2、4、6糖のオリゴ糖の場合は、本実施例により得られるスペクトル・データを用いることができる。また、その他の糖鎖長のオリゴ糖については、予め、糖鎖長が既知のオリゴ糖について上記方法によりMSnスペクトルを得ておくことが望ましい。
【0019】
(配列分析方法)
また、本発明に係る第2の方法は、N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖においてMSnスペクトルを測定することにより、当該被検オリゴ糖における修飾基の位置及び修飾基の構造等の修飾基情報を得て、当該オリゴ糖の配列を分析する方法である。
【0020】
本発明者らは、N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖について、MS2スペクトルを得た。(詳しい過程については実施例4に示す。)
これら各々のシグナルを構造式上に帰属すると、図11及び図12に示すように、種々の位置のグリコシド結合が切断されたフラグメントイオンが万遍なく生じていることが判明した。(図11は偶数糖について、図12は奇数糖について示している。)
【0021】
すなわち、比較的短鎖のオリゴ糖(8糖以下)では、グリコシド結合以外の結合も切断されるが、MS2スペクトル上に見られる規則性は、単糖グリコシド単位の配列情報に他ならない。よって、N−アセチルヘパロサンの配列はMS2スペクトル測定によって解読が可能であることが初めて示されるとともに、ここに観測されているシグナルの規則性から、より長鎖のN−アセチルヘパロサンのMS2スペクトルで得られるであろうシグナルを、実際に測定しなくとも容易に推定することが可能となった。
【0022】
より具体的には、
A:5糖以上の奇数糖および6糖以上の偶数糖のMS2スペクトルには必ず、4糖フラグメント以上の、構造上可能なすべての偶数糖フラグメントシグナルが観測される。それらのm/z値は、757+n×379(nは0以上の整数)近傍である。
B:5糖以上の奇数糖および4糖以上の偶数糖のMS2スペクトルには必ず、3糖フラグメント以上の、構造上可能なすべての奇数糖フラグメントシグナルが観測される。それらのm/z値は、599+m×379(mは0以上の整数)近傍である。
【0023】
実際に再度MS2スペクトルを精査してみると、例えば12糖のMS2スペクトル中には3糖から11糖までの各糖鎖長のフラグメントシグナルが観測されており、一方で例えば13糖のMS2スペクトル中には3糖から12糖までの各糖鎖長のフラグメントシグナルが観測されている。そしてすべてのフラグメント間の質量差を計算すると、これらのオリゴ糖鎖がすべてN−アセチルヘキソサミン(質量差221)とウロン酸(質量差158)の交互構造であることが明白である。
【0024】
上述のように、N−アセチルヘパロサンの構造がN−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互配列であることが、明確に示された。これにより、糖鎖配列中に種々の置換基導入などの構造修飾が施された場合に、その修飾部分を含むフラグメントイオンだけがシグナル位置を変える(修飾基の質量分)ため、その修飾基の配列上の位置を決定することが可能である。
また、一般にN−アセチルヘパロサンの修飾基としては、硫酸基、メチル基、アセチル基、エチル基、ベンジル基、リン酸基等が挙げられる。また、水酸基の酸化、還元や、ウロン酸のエステル化等の修飾も決定可能である。さらに、本発明の方法によれば、修飾基の位置のみならず、修飾基の質量からN−アセチルヘパロサンに結合している修飾基の構造も特定することが可能である。
【0025】
簡単な例として、N−アセチルヘパロサンの6糖のオリゴ糖を水素化ホウ素ナトリウムで還元処理した場合を挙げる(図13参照。)。図13に示すように、処理後のオリゴ糖はMS1スペクトルにおいて元の化合物よりも質量が2だけ大きかった。これについてMS2スペクトルを測定したところ、還元末端を含むフラグメントイオンの質量値が2だけ増え、還元末端を含まないフラグメントイオンの質量値は不変であった。即ち、還元反応が起こった位置は、6糖配列中の還元末端糖であることが決定された。この例に止まらず、例えば、糖鎖の末端ではなく内側の任意の糖残基において修飾が施された場合においても、その配列を決定できることは充分に予測される範囲内である。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳細に説明する。
[実施例1]
(不飽和2糖のMS2分析による同定)
(1)N−アセチルヘパロサン由来のオリゴ糖の調製
特開2004−18840号公報の実施例1に記載の方法と同様にして大腸菌K5菌株を培養し、N−アセチルヘパロサン画分を得て、さらに、同公報の実施例2に記載の方法と同様にしてこのN−アセチルヘパロサン画分を精製した。
精製したN−アセチルヘパロサン画分(100mg)を濃度が10mg/mlになるように、5mM酢酸カルシウムを含む50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶解した。
【0027】
このN−アセチルヘパロサン溶解液に、フラボバクテリウム由来ヘパリチナーゼI(0.2ユニット)を添加し、37℃で45分間インキュベーションした。
その後、沸騰水浴中で反応を停止させた後、沈殿物を遠心分離(8,000rpm、20分)によって除去し、上清液を凍結乾燥した。以上のようにして、非還元末端に不飽和ウロン酸を有するN−アセチルヘパロサンのオリゴ糖混合物の凍結乾燥物を131.25mg得た(塩類を含む)。
【0028】
上記で得た偶数オリゴ糖混合物の凍結乾燥物を、ゲル濾過クロマトグラフィーにて分取精製し凍結乾燥して、N−アセチルヘパロサン由来の2糖の精製オリゴ糖画分を得た。なお、ゲル濾過クロマトグラフィーには、アマシャム・バイオサイエンス社製のSuperdex Peptide 10/300GLを使用した。
【0029】
(2)ヒアルロナン由来の調製及びコンドロイチン由来のオリゴ糖の調製
分解酵素として放線菌由来ヒアルロニダーゼを用い、ヒアルロナンを分解することで、ヒアルロナン由来の2糖のオリゴ糖を調製した。
また、分解酵素としてProteus vulgaris由来コンドロイチナーゼABCを用い、コンドロイチンを分解することで、コンドロイチン由来の2糖のオリゴ糖を調製した。
【0030】
(3)質量分析
ESI-IT-MS(Esquire 3000 plus,ブルカー・ダルトニクス社製)およびMALDI-TOF-MS(Ultraflex,ブルカー・ダルトニクス社製)を用い、それぞれの方法にてMS2スペクトルを測定した。なお、MS2スペクトルを得る際のフラグメンテーションの方法は、ESI-IT-MSにおいてはCID法、MALDI-TOF-MSにおいてはPSD法を用いた。測定用マトリックスとしてはDHB (2,5- dihydroxybenzoic acid)を用いた。
この結果をそれぞれ図1及び2に示す。なお、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、およびコンドロイチンそれぞれの不飽和2糖のプレカーサー・イオンの位置を矢印で示した。
図1及び図2に示すように、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSのどちらでも、N−アセチルヘパロサン由来2糖のMS2スペクトル・パターンが顕著に異なるため、このスペクトル・パターンから、他の不飽和2糖との判別が可能であることがわかった。
【0031】
[実施例2]
(不飽和4糖のMS2分析による同定)
(1)オリゴ糖の調製
上記実施例1と同様の方法により、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及びコンドロイチン由来の4糖のオリゴ糖を調製した。
(2)質量分析
上記実施例1と同様にして、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSを用い、それぞれの方法にてMS2スペクトルを測定した。なお、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、およびコンドロイチンそれぞれの不飽和4糖のプレカーサー・イオンの位置を矢印で示した。
この結果をそれぞれ図3及び4に示す。図3及び4に示すように、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSのどちらでも、MS2スペクトル・パターンが顕著に異なるため、このスペクトル・パターンから、不飽和4糖がいずれの構造かを判別することが可能であることがわかった。
【0032】
[実施例3]
(不飽和6糖のMS2分析による同定)
(1)オリゴ糖の調製
上記実施例1と同様の方法により、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及びコンドロイチン由来の6糖のオリゴ糖を調製した。
(2)質量分析
上記実施例1と同様にして、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSを用い、それぞれの方法にてMS2スペクトルを測定した。なお、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、およびコンドロイチンそれぞれの不飽和6糖のプレカーサー・イオンの位置を矢印で示した。
この結果をそれぞれ図5及び6に示す。図5及び6に示すように、ESI-IT-MSおよびMALDI-TOF-MSのどちらでも、N−アセチルヘパロサン由来6糖のMS2スペクトル・パターンが顕著に異なるため、このスペクトル・パターンから、他の不飽和6糖との判別が可能であることがわかった。
【0033】
以上の実施例により、従来微量分析が困難であったN−アセチルヘパロサン由来構造と、ヒアルロナン由来構造あるいはコンドロイチン由来構造との判別が、MS2スペクトルを測定することにより可能となることが示された。これは、オリゴ糖構造に含まれる種々の化学結合の安定性に基づいて差異が生じるものであり、判別の対象はここに示したもののみならず、飽和型オリゴ糖や奇数オリゴ糖、また、より長鎖のオリゴ糖についても可能である。
【0034】
なお、ヘキソサミン異性体であるヒアルロナン及びコンドロイチン由来不飽和オリゴ糖は、4糖においてMS2測定により識別可能であったが、2糖及び6糖では識別が困難であると考えられた。
また、ヒアルロナンの不飽和偶数オリゴ糖に関してMALDI-TOF-MSを用いてMS2スペクトルを測定すると、必ずm/z=175(不飽和ウロン酸)と、m/z=[M-203](Mは前駆イオンのm/z値、203は還元末端のN-アセチルヘキソサミンの質量221からグリコシド生成による脱水値18を除した値)の二本のシグナルが強く観測されることもわかった。
【0035】
[実施例4]
(N−アセチルヘパロサンの配列決定)
(1)N−アセチルヘパロサンオリゴ糖のMS1およびMS2スペクトルの測定
上記実施例1の(1)に記載の方法と同様にして、ゲル濾過クロマトグラフィーにより精製した、N-アセチルヘパロサンのオリゴ糖画分(2〜20糖の不飽和偶数糖および3〜21糖の奇数糖)を得た。
各オリゴ糖画分について、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI-TOF-MS)装置を用いて、MS1およびMS2スペクトルを測定した。
なお、質量分析装置としては、ブルカー・ダルトニクス社製のUltraflexを使用し、測定用マトリックスとしてはDHB(2,5-dihydroxybenzoic acid)を用いた。MS2スペクトルは各々のオリゴ糖のMS1スペクトル測定で得られた分子量関連イオンを前駆イオンとし、PSD(ポストソース分解)法により測定した。
【0036】
(2)結果
この結果を図7〜10に示す。図7は不飽和偶数オリゴ糖のMS1スペクトル、図8は不飽和偶数オリゴ糖のMS2スペクトル、図9は奇数オリゴ糖のMS1スペクトル、図10は奇数オリゴ糖のMS2スペクトルを示している。
図7〜10に示すように、不飽和偶数糖、奇数糖とも、MS2スペクトルにおいて規則性の高いシグナルが得られた。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】不飽和2糖をESI-IT-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図2】不飽和2糖をMALDI-TOF-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図3】不飽和4糖をESI-IT-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図4】不飽和4糖をMALDI-TOF-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図5】不飽和6糖をESI-IT-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図6】不飽和6糖をMALDI-TOF-MSを用いて同定した結果を示す図である。
【図7】不飽和偶数オリゴ糖のMS1スペクトルを示す図である。
【図8】不飽和偶数オリゴ糖のMS2スペクトルを示す図である。
【図9】不飽和奇数オリゴ糖のMS1スペクトルを示す図である。
【図10】不飽和奇数オリゴ糖のMS2スペクトルを示す図である。
【図11】N−アセチルヘパロサンの偶数オリゴ糖の構造式と、当該オリゴ糖のMS2スペクトルにおいて観測されたm/z値に基づく結合切断部位を示す図である。
【図12】N−アセチルヘパロサンの奇数オリゴ糖の構造式と、当該オリゴ糖のMS2スペクトルにおいて観測されたm/z値に基づく結合切断部位を示す図である。
【図13】還元処理前後のN−アセチルヘパロサンのオリゴ糖の構造式と、当該オリゴ糖のMS2スペクトルにおいて観測されたm/z値とを示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖をESI法又はMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、前記n乗スペクトルから被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とするオリゴ糖の同定方法。
【請求項2】
前記n乗スペクトルと、予め用意した標準オリゴ糖のn乗スペクトルとを比較することにより、被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とする請求項1に記載のオリゴ糖の同定方法。
【請求項3】
前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンに由来するオリゴ糖の少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のオリゴ糖の同定方法。
【請求項4】
前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサンに由来するオリゴ糖であることを同定することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のオリゴ糖の同定方法。
【請求項5】
N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖をMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、
前記n乗スペクトルから前記被検オリゴ糖における修飾基情報を得ることを特徴とするオリゴ糖の配列分析方法。
【請求項6】
前記修飾基情報が、少なくともオリゴ糖における修飾基の位置及び修飾基の構造のいずれかを含むことを特徴とする請求項5に記載のオリゴ糖の配列分析方法。
【請求項1】
N−アセチルヘキソサミンとウロン酸との交互繰り返し構造を有する被検オリゴ糖をESI法又はMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、前記n乗スペクトルから被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とするオリゴ糖の同定方法。
【請求項2】
前記n乗スペクトルと、予め用意した標準オリゴ糖のn乗スペクトルとを比較することにより、被検オリゴ糖の同定を行うことを特徴とする請求項1に記載のオリゴ糖の同定方法。
【請求項3】
前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサン、ヒアルロナン、及び、コンドロイチンに由来するオリゴ糖の少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のオリゴ糖の同定方法。
【請求項4】
前記被検オリゴ糖が、N−アセチルヘパロサンに由来するオリゴ糖であることを同定することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のオリゴ糖の同定方法。
【請求項5】
N−アセチルヘパロサン由来の被検オリゴ糖をMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該被検オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)を得て、
前記n乗スペクトルから前記被検オリゴ糖における修飾基情報を得ることを特徴とするオリゴ糖の配列分析方法。
【請求項6】
前記修飾基情報が、少なくともオリゴ糖における修飾基の位置及び修飾基の構造のいずれかを含むことを特徴とする請求項5に記載のオリゴ糖の配列分析方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2006−292627(P2006−292627A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−116014(P2005−116014)
【出願日】平成17年4月13日(2005.4.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、糖鎖エンジニアリングプロジェクト/糖鎖構造解析技術開発委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年4月13日(2005.4.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、糖鎖エンジニアリングプロジェクト/糖鎖構造解析技術開発委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】
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