説明

オルトエステル化合物の製造方法

【課題】 水と反応してフッ化水素を生成するため、工業的な生産においては特殊なコーティングが施された反応装置を使用しなければならない三フッ化ホウ素化合物を使用せずに、オキセタンエステル化合物からカルボン酸基が保護されたオルトエステル化合物を製造する方法を提供することにある。
【解決手段】 オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造するに際し、酸触媒として四塩化スズを使用することを特徴とするオルトエステル化合物の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、様々な有機化合物の中間体として使用されるオルトエステル化合物の新規な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子中のカルボン酸を保護するため、酸触媒を使用してオキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造する方法は、非常に有用な方法である。そのため、得られたオルトエステル化合物は、様々な用途の中間体として使用されている。この反応に使用する酸触媒としては、三フッ化ホウ素化合物を用いる方法が一般的である(例えば、非特許文献1、2参照)。
【0003】
通常、三フッ化ホウ素化合物(例えば、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体や三フッ化ホウ素メタノール錯体)を酸触媒として、オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造する場合、該触媒が水と反応してフッ化水素が発生する。このフッ化水素は塩化水素等よりも強い腐食性を有するため、工業的な生産に使用する場合には、耐フッ化水素性の高い装置(樹脂などでコーティングした特別な反応釜や配管)を使用しなければならなかった。さらに、三フッ化ホウ素化合物、及びフッ化水素は毒性が高いため、取り扱いには厳重な注意が必要であった。
【0004】
また、上記反応においては、反応終了時に、有機アミン化合物、例えば、トリエチルアミンを加えて中和した後、オルトエステル化合物を精製するが、本発明者等の検討によれば、有機アミン化合物を加えて中和した際に生成する三フッ化ホウ素のアミン錯塩は、濾過し難く、オルトエステル化合物の純度を高くすることが困難になる場合があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】テトラへドロン レターズ(Tetrahedron Letters)vol.24、No.50、p5571−5574、1983年
【非特許文献2】ジャーナル オブ オーガニック ケミストリー(Journal of Organic Chemistry) 2005年 70、p2606−2615
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、三フッ化ホウ素化合物を触媒として用いると、反応の収率は高いものの、工業的な製造に使用するためには上述のような問題点があり、オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造するに際し、三フッ化ホウ素化合物以外の酸触媒が望まれていた。
【0007】
したがって、本発明の目的は、オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造する方法において、特殊な装置を使用することがなく、安全性が高く工業的に有利となり、後処理も容易となる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った。そして、安全性の高い酸触媒の検討を行ったところ、四塩化スズを酸触媒として使用することで上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、酸触媒を使用してオキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造する方法において、該酸触媒として四塩化スズを使用することを特徴とするオルトエステル化合物の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、四塩化スズを触媒とすることにより、オキセタンエステル化合物を高い割合でオルトエステル化合物へと変換することができる。しかも、四塩化スズを使用するため、仮に水と反応しても、生成される酸は塩酸である。そのため、従来のフッ化水素を生成する三フッ化ホウ素化合物を使用するよりも、汎用な装置を使用することができる。さらに、本発明は、オルトエステル化合物を精製する際に、不純物の除去が容易となるため、その工業的利用価値は高い。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造するに際し、酸触媒として四塩化スズを使用するものである。なお、該オキセタンエステル化合物とは、オキセタンエステル基(トリメチレンオキシドエステル基)を有する化合物であり、オルトエステル化合物とは、オルトエステル基を有する化合物である。
以下、順を追って説明する。
【0012】
(オキセタンエステル化合物)
本発明においては、四塩化スズを酸触媒に使用することを特徴とするものであり、原料として使用するオキセタンエステル化合物は、特に制限されるものではなく、公知の化合物を使用することができる。中でも、医農薬原料、フォトクロミック原料(クロメン化合物の原料)として、有用な中間体となるオルトエステル化合物を製造するためには、以下に示すオキセタンエステル化合物を使用することが好ましい。
【0013】
具体的には、下記式(1)
【0014】
【化1】

【0015】
(式中、
は、アルキル基、芳香族複素環基、又はアリール基であり、
は、アルキル基であり、
aは、0〜6の整数である。)
で示されるオキセタンエステル化合物を原料として使用することが好ましい。
【0016】
前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物は、公知の化合物であり、例えば、テトラへドロン レターズ(Tetrahedron Letters)vol.24、No.50、p5571−5574、1983年、等に記載されている方法で製造することができる。具体的には、酸塩化物とオキセタンメタノール体とを公知の方法により反応させることにより製造することができる。
【0017】
(基R
前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物において、Rのアルキル基としては、特に限定されないが、一般的には炭素数1〜8のアルキル基が好ましい。好適なアルキル基を例示すると、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル、n−へキシル基等を挙げることができる。また、アルキル基は、シクロアルキル基であってもよく、このシクロアルキル基としては、特に制限されるものではないが、炭素数4〜8のシクロアルキル基であることが好ましい。具体的には、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロへキシル基、シクロへプチル基、シクロオクチル基等を挙げることができる。
【0018】
芳香族複素環基としては、特に限定されないが、環構造の中に酸素、または硫黄原子を1〜3個含んでいる芳香族複素環が好ましい。好適な芳香族複素環基を例示するとフラン基、チオフェン基、チアゾール基等が挙げることができる。また、この芳香族複素環基は、置換基を有していてもよい。置換基を有する芳香族複素環基としては、芳香族複素環の1つ以上の水素原子がアルキル基、アラルコキシ基、ハロゲン原子、アラルキル基、又はアリール基で置換されたものを挙げることができる。この置換基を有する芳香族複素環基の場合も、フラン基、チオフェン基、チアゾール基の1つ以上の水素原子がアルキル基、アラルコキシ基、ハロゲン原子、アラルキル基、又はアリール基で置換された基であることが好ましい。
【0019】
アリール基は、炭素数6〜10のアリール基が好ましい。好適なアリール基を例示すると、フェニル基、ナフチル基等を挙げることができる。また、該アリール基は、置換基を有していてもよく、この置換基を有するアリール基としては、上記アリール基の1つ以上の水素原子がアルキル基、アルコキシ基、アラルコキシ基、ハロゲン原子、アラルキル基、アリール基、で置換されたものを挙げることができる。
【0020】
(基R
前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物において、Rのアルキル基としては、特に限定されないが、一般的には炭素数1〜6のアルキル基が好ましい。具体的な基としては、前記基Rで説明したアルキル基と同様の基が挙げられる。
【0021】
(a:メチレン基の長さ)
前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物において、aは、メチレン基の長さを示すものであり、0〜6の整数である。aが0の場合は、カルボニル基の炭素原子に、直接、前記基Rが結合するものとする。中でも、有用な化合物を製造するためには、aは0、または1であることが好ましく、特に1であることが好ましい。
【0022】
(好適なオキセタンエステル化合物)
前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物において、基Rがアルキル基、または芳香族複素環基である場合の好適な化合物を以下に具体的に示す。これら化合物から得られるオルトエステル化合物は、様々な化合物の中間体として使用できる。
【0023】
【化2】

【0024】
(基Rがアリール基であるオキセタンエステル化合物)
また、前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物において、基Rがアリール基である場合には、得られるオルトエステル化合物は、優れたフォトクロミック特性を発揮するクロメン化合物、それら以外の化合物の中間体として使用することができる。基Rがアリール基である場合の化合物を具体的に例示すれば、
下記式(3)
【0025】
【化3】

【0026】
(式中、
は、前記式(1)におけるものと同義であり、
、R、R、R及びRは、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、複素環基、アリール基、アラルキル基、又はハロゲン原子である。)
で示されるオキセタンエステル化合物が挙げられる。
【0027】
(アリール基の置換基(基R、R、R、R及びR))
前記式(3)で示されるオキセタンエステル化合物において、基R、R、R、R及びRのアルキル基としては、特に限定されないが、一般的には炭素数1〜6のアルキル基が好ましい。好適なアルキル基としては、前記基Rで説明したアルキル基と同様の基が挙げられる。
【0028】
アルコキシ基としては、炭素数1〜6のアルコキシ基が好ましい。好適なアルコキシ基を具体的に例示すると、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、sec−ブトキシ基、t−ブトキシ基、n−ヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基等を挙げることができる。
【0029】
複素環基としては、フラン基、チオフェン基、チアゾール基等を挙げることがでる。さらに、該複素環基は、メチル基等のアルキル基を置換基として有していてもよい。このような置換基を有する複素環基としては、3−メチルフラン基、3−メチルチオフェン基等が挙げられる。
【0030】
アリール基は、炭素数6〜10のアリール基が好ましい。また、このアリール基は、置換基を有していてもよい。具体的なアリール基としては、前記基Rで説明したアリール基と同様の基が挙げられる。
【0031】
アラルキル基としては、炭素数7〜11のアラルキル基が好ましい。好適なアラルキル基を例示すると、ベンジル基、フェニルエチル基、フェニルプロピル基、フェニルブチル基等を挙げることができる。また、該アラルキル基は、置換基を有していてもよく、この置換基を有するアラルキル基としては、上記アラルキル基の1若しくは2以上の水素原子がアルキル基、アルコキシ基、アラルコキシ基、ハロゲン原子、アラルキル基、アリール基で置換されたものを挙げることができる。
【0032】
ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を挙げることができる。
【0033】
下記に詳述するが、オルト位のいずれか一方(R、又はRの一方)の基がハロゲン原子である場合、クロメン化合物の原料として好適に使用できる。先ず、該基がハロゲン原子ではない場合の好適な化合物を具体的に以下に示す。
【0034】
【化4】

【0035】
前記式(3)で示されるオキセタンエステル化合物の中でも、オルト位のいずれか一方(R、又はRの一方)の基がハロゲン原子である場合、クロメン化合物の原料として特に好適に使用できる。次に、このオキセタンエステル化合物について説明する。
【0036】
(クロメン化合物の原料として特に好適なオキセタンエステル化合物)
本発明の方法によれば、オキセタンエステル化合物を効率よくオルトエステル化合物へ変換することができる。得られるオルトエステル化合物の中でも、優れたフォトクロミック特性を有するクロメン化合物の原料として好適に使用できるものとしては、前記式(3)で示されるオキセタンエステル化合物において、オルト位のいずれか一方(R、又はRの一方)が、ハロゲン原子である化合物が好ましい。具体的には、
下記式(3a)
【0037】
【化5】

【0038】
(式中、
、R、R、及びRは、前記式(3)におけるものと同義であり、
Xは、ハロゲン原子である。)
で示されるオキセタンエステル化合物である。
【0039】
Xは、ハロゲン原子であり、中でも、得られるオルトエステル化合物からクロメン化合物を合成する際の反応性を考慮すると、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であることが好ましく、反応性および原料価格を考慮すると、特に臭素原子であることが好ましい。
【0040】
前記式(3a)の中でも、特に好ましい化合物を例示すれば、
【0041】
【化6】

【0042】
が挙げられる。
【0043】
(オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造する方法)
本発明においては、四塩化スズを触媒として使用することにより、オキセタンエステル化合物をオルトエステル化合物とすることができる。つまり、四塩化スズの存在下でオキセタンエステル化合物をオルトエステル化合物へ変換することができる。
【0044】
本発明において、触媒として使用する酸は、四塩化スズでなければならない。下記の実施例で説明するが、四塩化チタン、四塩化ケイ素では目的を達成することはできない。さらに、本発明で使用する四塩化スズは、水和物を含むものではない。水和物の四塩化スズを使用すると、原料であるエステル化合物の分解が生じ、目的とするオルトエステル化合物を得られないため好ましくない。このような四塩化スズは、市販のものを使用することができ、純度98%以上のものを使用することが好ましい。
【0045】
本発明において、四塩化スズの使用量は、反応条件等に応じて適宜決定してやればよいが、オキセタンエステル化合物1モルに対して、0.001〜10モルであることが好ましい。特に、後処理や使用量に対する変換効率を考慮すると、好ましくは0.01〜5モル、特に好ましくは0.03〜1モルである。
【0046】
本発明において、オキセタンエステル化合物をオルトエステル化合物とするには、四塩化スズとオキセタンエステル化合物とを混合すればよいが、この際、有機溶媒中、両者を混合させることが好ましい。
【0047】
使用する有機溶媒としては、反応に対して不活性であり、オキセタンエステル化合物を溶解し、水を含まないものであればよい。具体的には芳香族炭化水素系の溶媒、エーテル系の溶媒、有機ハロゲン系の溶媒等が挙げられ、具体的には、ベンゼン、トルエン、キシレン、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、ジクロロメタン等の溶媒を使用することができる。後処理のことを考慮すると、前記有機溶媒の中でも、水に相溶し難い有機溶媒、例えば、芳香族炭化水素溶媒であるベンゼン、トルエン、キシレン等を使用することが好ましい。
【0048】
有機溶媒の使用量は、特に制限されるものではないが、釜収率を考慮すると、オキセタンエステル化合物1質量部に対して、3〜1000質量部とするのが好ましく、5〜300質量部とするのがより好ましく、10〜100質量部とするのが特に好ましい。
【0049】
本発明において、四塩化スズとオキセタンエステル化合物とを混合させる方法は、特に制限されるものではなく、該オキセタンエステル化合物に四塩化スズを加える方法、四塩化スズに該オキセタンエステル化合物を加える方法、反応容器に両者を同時に加える方法などが挙げられる。上記方法においては、攪拌下で実施することが好ましく、さらに必要に応じて、前記有機溶媒に溶解させたオキセタンエステル化合物、有機溶媒で希釈した四塩化スズを使用することもできる。中でも、純度の高いオルトエステル化合物を製造するためには、特に、該オキセタンエステル化合物に四塩化スズを加える方法を採用することが好ましい。
【0050】
オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造する際の反応温度は、−50〜100℃、さらに0〜60℃とするのが好適である。中でも、四塩化スズは、熱的にも安定であるため、40〜60℃の範囲で実施することも可能である。また、反応時間は、液体クロマトグラフィー等によりオルトエステル化合物の生成割合を確認して決定すればよいが、前記条件によれば、通常、0.01〜48時間、特に0.1〜24時間とするのが好適である。
【0051】
(後処理工程(失活処理、洗浄処理、精製処理))
前記条件により、四塩化スズの存在下、オキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造した後は、得られた反応溶液とアミン化合物とを混合し、四塩化スズを失活させる。該アミン化合物としては、有機アミン化合物、又は無機アミン化合物を使用することができる。これらアミン化合物は、水を含まないものを使用することが好ましい。有機アミン化合物としては、アルキルアミンが挙げられ、トリエチルアミン、ジエチルアミン、ジイソプロピルアミン、N,N,N,N−テトラメチルエチレンジアミン等を使用できる。また、使用する無機アミン化合物としてはアンモニアが挙げられる。これら有機アミン、又は無機アミンは、単独で使用することもできるし、2種類以上のものを混合して使用することができる。
【0052】
アミン化合物の使用量は、特に制限されるものではないが、得られたオルトエステル化合物の分解を抑制すること、および不純物の除去を考慮すると、四塩化スズ1モルに対して、アミン化合物を1モル〜10モル使用することが好ましく、さらに1モル〜3モル使用することが好ましい。
【0053】
前記アミン化合物と得られた反応溶液とを混合することにより、四塩化スズを失活させることができる。この際、不純物が固形物として析出する。この固形物は、四塩化スズ由来の不純物であり、濾別による除去が可能であるが、不純物をより除去し易くするためには、さらに無機塩基の水溶液を混合することが好ましい。具体的には、反応終了後、得られた反応溶液と前記アミン化合物とを混合した後、さらに無機塩基の水溶液を混合することが好ましい。
【0054】
使用する無機塩基は、特に制限されるものではないが、具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等が挙げられる。また、使用する無機塩基の水溶液において、無機塩基の濃度は、特に制限されるものではないが、取り扱い易さを考慮すると、5〜15質量%の水溶液を使用することが好ましい。また、無機塩基の水溶液の使用量は、特に制限されるものではないが、不純物を除去する効果、廃液量の低減を考慮すると、前記濃度範囲の無機塩基の水溶液を使用し、四塩化スズ1モルに対して、無機塩基が1〜100モルとなるように使用することが好ましく、さらに1〜50モルとなるように使用することが好ましい。
【0055】
前記アミン化合物と無機塩基の水溶液とを使用する場合、これら塩基の特に好ましい使用量は、四塩化スズ1モルに対して、有機アミン化合物の使用量が2〜4モルであり、無機塩基の水溶液を無機塩基の使用量が10〜30モルとなるように使用することが好ましい。
【0056】
本発明において、前記無機塩基の水溶液を使用することにより、不純物の除去が容易になる理由は明らかではないが、四塩化スズを触媒していることが一要因であると考えられる。反応溶液にアミン化合物を混合した際、四塩化スズとの錯塩が生じるものと考えられるが、さらに、無機塩基の水溶液を混合することにより、四塩化スズが酸化スズ及び水酸化スズ等になり、これら不純物が濾別し易い固形物になると考えられる。つまり、反応溶液とアミン化合物と混合し、次いで、無機塩基の水溶液を混合することにより、四塩化スズ由来の不純物が濾別し易い固形物となり、除去が容易となるものと考えられる。このように無機塩基の水溶液を使用することにより、反応容器内に固形物の付着がなくなり、容易に不純物の分離を行うことができる。これら固形物を除去する方法は、特に制限されるものではなく、公知の方法、具体的には、セライトろ過等の方法により、濾別してやればよい。
【0057】
次に、本発明においては、無機塩基の水溶液を混合した際に生じた固形物を濾別した後、弱酸性の水溶液(pHが5〜6程度の水溶液)、および水で洗浄することが好ましい。具体的には、塩化アンモニウム水溶液、および水により、固形物を濾別した反応溶液を洗浄することが好ましい。反応に使用した有機溶媒が水に相溶し難い溶媒である場合は、反応溶液を前記の通り処理することができる。一方、該有機溶媒として水に相溶し易い溶媒を使用した場合には、かかる溶媒を一旦、留去した後、残留物を水に相溶し難い溶媒に溶解させ、前記処理を行えばよい。
【0058】
この洗浄においては、弱酸性の水溶液、および水で洗浄した後、洗浄に使用した水のpHが7となるまで洗浄することが好ましい。
【0059】
このような洗浄処理を行った後、溶媒を留去し、さらに、得られた残留物を公知の方法、例えば、再結晶により精製してやることにより、純度99%以上のオルトエステル化合物とすることができる。より高純度のオルトエステル化合物を得るためには、シリカゲルによる分離操作を行うこともできる。
【0060】
(オルトエステル化合物)
前記方法により精製されたオルトエステル化合物は、このようなカルボン酸基が保護されたものであり、様々な反応において、有用な中間体として使用することができる。このオルトエステル化合物の構造は、原料として使用したオキセタンエステル化合物によって決定する。具体的には、前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物を使用した場合には、下記式(2)
【0061】
【化7】

【0062】
(式中、
、R、及びaは、前記式(1)と同義である。)
で示されるオルトエステル化合物を製造することができる。この中でも、aは0、または1であることが好ましく、特に、aは1であることが好ましい。
【0063】
(好適なオルトエステル化合物)
前記式(2)で示されるオルトエステル化合物において、基Rがアルキル基、または芳香族複素環基である場合の好適な化合物を以下に具体的に示す。これら化合物は、様々な化合物の中間体として使用できる。
【0064】
【化8】

【0065】
(基Rがアリール基であるオルトエステル化合物)
また、前記式(2)で示されるオルトエステル化合物において、基Rがアリール基である場合には、優れたフォトクロミック特性を発揮するクロメン化合物、それら以外の化合物の中間体として使用することができる。基Rがアリール基である場合の化合物を具体的に例示すれば、
下記式(4)
【0066】
【化9】

【0067】
(式中、
は、前記式(1)におけるものと同義であり、
、R、R、R及びRは、前記式(3)におけるものと同義である。)
で示されるオルトエステル化合物が挙げられる。
【0068】
前記式(4)で示される化合物の中でも、オルト位のいずれか一方(R、又はRの一方)の基がハロゲン原子である場合、クロメン化合物の原料として好適に使用できるが、先ず、該基がハロゲン原子ではない場合の好適な化合物を具体的に以下に示す。
【0069】
【化10】

【0070】
(クロメン化合物の原料として好適なオルトエステル化合物)
得られるオルトエステル化合物の中でも、特に優れたフォトクロミック特性を有するクロメン化合物の原料として好適に使用できるものとしては、前記式(4)で示されるオルトエステル化合物において、オルト位のいずれか一方(R、又はRの一方)が、ハロゲン原子である化合物が好ましい。具体的には、
下記式(4a)
【0071】
【化11】

【0072】
(式中、
、R、R、及びRは、前記式(3)におけるものと同義であり、
Xは、ハロゲン原子である。)
で示されるオキセタンエステル化合物である。
【0073】
Xは、ハロゲン原子であり、中でも、臭素原子であることが好ましい。
【0074】
前記式(4a)の中でも、特に好ましい化合物を例示すれば、
【0075】
【化12】

【0076】
前記式(4a)で示されるオルトエステル化合物は、例えば、米国特許出願公開第2007/0246692に記載されている通り、優れた効果を発揮するクロメン化合物の原料として使用することができる。具体的には、該オルトエステル化合物をグリニヤ反応、カルボン酸保護基の脱保護反応、環化反応を行いナフトール誘導体とし、次いで、得られたナフトール誘導体とプロパルギルアルコール誘導体とを反応させることにより、フォトクロミック特性に優れたクロメン化合物とすることができる。
【0077】
以上の通り、本発明によれば、有用な中間体であるオルトエステル化合物を容易に、効率よく製造することができる。
【実施例】
【0078】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0079】
製造例1
(オキセタンエステル化合物の製造)
【0080】
【化13】

【0081】
窒素雰囲気下、ベンゾイルクロライド(50.0g、0.35mol:酸塩化物)をトルエン(750ml)に溶解し、ピリジン(55.3g、0.7mol)を加えて、0℃に冷却した。(3−メチルオキセタン−3−イル)メタノール(53.6g、0.53mol:オキセタンメタノール体)を滴下したのち、0℃〜5℃で6時間攪拌した。反応終了後、反応液を10質量%塩酸水溶液(380ml)で2回洗浄したのち、5質量%塩化アンモニウム水溶液、5質量%重曹水溶液、及び水で洗浄した。得られた有機層を減圧下濃縮し、(3−メチルオキセタン−3−イル)メチルベンゾエート(54.2g、収率75.1%、高速液クロマトグラフィー(HPLC)純度 97.4%)を製造した。この(3−メチルオキセタン−3−イル)メチルベンゾエートのH−NMRは、1.35(s、3H)、4.21(s、2H)、4.41−4.50(m、4H)、7.38−8.01(m、5H),LCMSは207(M+1)であった。
【0082】
製造例2
(オキセタンエステル化合物の製造)
【0083】
【化14】

【0084】
製造例1において、酸塩化物として2−フェニルアセチルクロリドを使用した以外は、製造例1と同様の操作を行い、前記式で示される(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−フェニルアセテート(58.0g,収率68%,HPLC純度 97.4%)を得た。(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−フェニルアセテートのH−NMRチャートは、1.35(s、3H)、3.83(s、2H)、4.23(s、2H)、4.41−4.50(m、4H)、7.09−7.20(m、5H),LCMSは221(M+1)であった。
【0085】
製造例3
(オキセタンエステル化合物の製造)
【0086】
【化15】

【0087】
製造例1において、酸塩化物として2−(2−ブロモフェニル)アセチルクロリドを使用した以外は、製造例1と同様の操作を行い、前記式で示される(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−(2−ブロモフェニル)アセテート(24.5g,収率71%,HPLC純度 96.8%)を得た。(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−(2−ブロモフェニル)アセテートのH−NMRチャートは、1.35(s、3H)、3.83(s、2H)、4.23(s、2H)、4.41−4.51(m、4H)、7.10−7.64(m、4H)、LCMSは299(M+1)であった。
【0088】
製造例4
(オキセタンエステル化合物の製造)
【0089】
【化16】

【0090】
製造例1において、酸塩化物として2−(4−メトキシフェニル)アセチルクロリドを使用した以外は、製造例1と同様の操作を行い、前記式で示される(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−(4メトキシフェニル)アセテート(18.4g,収率67%,HPLC純度 97.2%)を得た。(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−(4メトキシフェニル)アセテートのH−NMRチャートは、1.35(s、3H)、3.75(s、3H)、3.83(s、2H)、4.23(s、2H)、4.41−4.52(m、4H)、6.73−7.02(m、4H)、LCMSは251(M+1)であった。
【0091】
実施例1
【0092】
【化17】

【0093】
窒素雰囲気下、製造例1で得られた(3−メチルオキセタン−3−イル)メチルベンゾエート(60.0g、0.29mol)とトルエン(900.0ml)とを混合し、四塩化スズ(13.28g、0.040mol)を加えて室温(23℃)にて6時間攪拌した。反応終了後、ジイソプロピルアミン(8.1g、0.080mol)を加えて10分間攪拌したのち、10質量%水酸化ナトリウム水溶液(900.0ml)を加えて約1時間攪拌した。反応容器内に固形物の付着は見られなかった。固形物をセライトろ過にて除去したのち、5質量%塩化アンモニウム水溶液、及び水にて有機層(反応溶液)を洗浄し、分液を行った。この洗浄は、洗浄に使用した水のpHが7となるまで実施した。有機層を減圧下留去したのち、イソプロピルアルコール(180ml)より再結晶を行い、前記式のオルトエステル化合物4−メチル−1−フェニル−2,6,7−トリオキサビシクロ[2,2,2]オクタン (40.5g、収率67.5%、HPLC純度 99.2%)を得た。このオルトエステル化合物のH−NMRは、0.92(s、3H)、3.91(m、6H)、7.20(m、5H),LCMSは207(M+1)であった。
【0094】
実施例2
【0095】
【化18】

【0096】
窒素雰囲気下、製造例2で得られた(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−フェニルアセテート(50.0g、0.242mol)とトルエン(800.0ml)とを混合し、四塩化スズ(8.83g、0.033mol)を加えて室温(23℃)にて6時間攪拌した。反応終了後、ジイソプロピルアミン(6.1g、0.060mol)を加えて10分間攪拌したのち、10質量%水酸化ナトリウム水溶液(800.0ml)を加えて約1時間攪拌した。反応容器内に固形物の付着は見られなかった。固形物をセライトろ過にて除去したのち、5質量%塩化アンモニウム水溶液、及び水にて有機層(反応溶液)を洗浄し、分液を行った。この洗浄は、洗浄に使用した水のpHが7となるまで実施した。有機層を減圧下留去したのち、イソプロピルアルコール(150ml)より再結晶を行い、1−ベンジル−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタン(60.6g、収率75%、HPLC純度 99.4%)を得た。1−ベンジル−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタンのH−NMRは、0.93(s、3H)、3.21(s、2H)、3.91(m、6H)、7.08−7.62(m、5H),LCMSは207(M+1)であった。
【0097】
実施例3
【0098】
【化19】

【0099】
窒素雰囲気下、製造例3で得られた(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−(2−ブロモフェニル)アセテート(25.0g,0.083 mol)とトルエン(400.0 ml)とを混合し、四塩化スズ(1.08 g,0.0041 mol)を加えて50〜60℃にて3時間攪拌した。反応終了後、ジイソプロピルアミン(0.83g,0.0082 mol)を加えて10分間攪拌したのち、10質量%水酸化ナトリウム水溶液(400.0 ml)を加えて約1時間攪拌した。反応容器内に固形物の付着は見られなかった。固形物をセライトろ過にて除去したのち、5質量%塩化アンモニウム水溶液および水にて有機層(反応溶液)を洗浄し、分液を行った。この洗浄は、洗浄に使用した水のpHが7となるまで実施した。有機層を減圧下留去したのち、イソプロピルアルコール(75 ml)より再結晶を行い、1−(2−ブロモベンジル)−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタン(29.8g, 収率75%,HPLC純度 99.2%)を得た。1−(2−ブロモベンジル)−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタンのH−NMRチャートは0.93(s、3H)、3.21(s、2H)、3.91(m、6H)、7.01−7.56(m、4H),またLCMSは299(M+1)であった。であった。
【0100】
実施例4
実施例3において、四塩化スズ(4.32g, 0.00164 mol,0.2 eq)を使用し、反応温度を室温(24℃)に変更した以外は、実施例3と同様の操作を行い、1−(2−ブロモベンジル)−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタン(収率72%,HPLC純度 99.3%)を得た。
【0101】
実施例5
実施例4において、反応終了後に加えるジイソプロピルアミンをトリエチルアミンに変更した以外は、実施例4と同様の操作を行い、1−(2−ブロモベンジル)−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタン(収率70%,HPLC純度 99.3%)を得た。
【0102】
実施例6
【0103】
【化20】

【0104】
実施例1において、製造例1で得られた(3−メチルオキセタン−3−イル)メチルベンゾエートに代えて、製造例4で得られた(3−メチルオキセタン−3−イル)メチル2−(4メトキシフェニル)アセテートを使用した以外は、実施例1と同様の操作を行い、1−(4−メトキシベンジル)−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタン (収率68%,HPLC純度99.1%)を得た。得られた1−(4−メトキシベンジル)−4−メチル−2,6,7−トリオキサ−ビシクロ[2,2,2]オクタンの1H−NMRチャートは 0.93(s、3H)、3.19(s、2H)、3.90(m、6H)、6.78−7.08(m、4H),またLCMSは251(M+1)であった。
【0105】
比較例1〜9
酸触媒を表1に示すものに変更した以外は、実施例3と同様の操作にてオルトエステル化合物の合成を行った。その結果を表1に示す。本発明で示した四塩化スズ以外では、オルトエステル化合物の合成は困難であった。
【0106】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸触媒を使用してオキセタンエステル化合物からオルトエステル化合物を製造する方法において、該酸触媒として四塩化スズを使用することを特徴とするオルトエステル化合物の製造方法。
【請求項2】
前記オキセタンエステル化合物として、
下記式(1)
【化1】

(式中、
は、アルキル基、芳香族複素環基、又はアリール基あり、
は、アルキル基であり、
aは、0〜6の整数である。)
で示されるオキセタンエステル化合物を使用し、
下記式(2)
【化2】

(式中、
、R、及びaは、前記式(1)と同義である。)
で示されるオルトエステル化合物を製造する請求項1に記載のオルトエステル化合物の製造方法。
【請求項3】
前記式(1)で示されるオキセタンエステル化合物として、
下記式(3)
【化3】

(式中、
は、前記式(1)におけるものと同義であり、
、R、R、R及びRは、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、複素環基、アリール基、アラルキル基又はハロゲン原子である。)
で示されるオキセタンエステル化合物を使用し、
下記式(4)
【化4】

(式中、
は、前記式(1)におけるものと同義であり、
、R、R、R及びRは、前記式(3)におけるものと同義である。)
で示されるオルトエステル化合物を製造する請求項2に記載のオルトエステル化合物の製造方法。

【公開番号】特開2010−270091(P2010−270091A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125417(P2009−125417)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】