説明

オーステナイト系耐熱合金

【課題】クリープ強度に優れるオーステナイト系耐熱合金のうちで、Coを多量に含んだ溶接性に優れるオーステナイト系耐熱合金の提供。
【解決手段】C:0.03〜0.15%、Si≦1%、Mn≦2%、Ni:40〜80%、Cr:15〜40%、Mo:4〜15%、Co:10〜25%、Ti≦3%、Al≦2%、B:0.0005〜0.01%、N≦0.03%及びO≦0.03%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、不純物中のP及びSがそれぞれ、P≦0.03%及びS≦0.03%の化学組成で、かつ、平均結晶粒径d(μm)が、〔d≦−3300×(10×B+2×P+S)+250〕を満足するオーステナイト系耐熱合金。このオーステナイト系耐熱合金はFeの一部に代えて、Ca≦0.02%、Mg≦0.02%及びREM≦0.08%のうちの1種以上を含んでもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系耐熱合金に関する。詳しくは、発電用ボイラ、石油精製、石油化学工業用プラントの加熱炉管等の高温機器に用いられる、オーステナイト系耐熱合金に関する。さらに詳しくは、クリープ強度に優れるオーステナイト系耐熱合金のうちで溶接性、特に、HAZにおける耐液化割れ性に優れる、Coを多量に含んだオーステナイト系耐熱合金に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高効率化のために蒸気の温度と圧力を高めた超々臨界圧ボイラの新設が世界中で進められている。
【0003】
具体的には、今までは600℃前後であった蒸気温度を650℃以上、さらには700℃以上にまで高めることも計画されている。これは、省エネルギーと資源の有効活用、および環境保全のためのCO2ガス排出量削減がエネルギー問題の解決課題の一つとなっており、重要な産業政策となっていることに基づく。そして、化石燃料を燃焼させる発電用ボイラおよび化学工業用の反応炉等の場合には、効率の高い、超々臨界圧ボイラおよび反応炉が有利なためである。
【0004】
蒸気の高温・高圧化は、ボイラの過熱器管および化学工業用の反応炉管、ならびに耐熱耐圧部材としての厚板および鍛造品などからなる高温機器の実稼動時における温度を700℃以上に上昇させる。したがって、このような過酷な環境において長期間使用される材料には、高温強度および高温耐食性のみならず、長期にわたる金属組織の安定性およびクリープ特性が良好なことが要求される。
【0005】
そこで、特許文献1〜3に、CrおよびNiの含有量を高め、さらに、MoおよびWの1種以上を含有させて、高温強度としてのクリープ強度の向上を図った耐熱合金が開示されている。
【0006】
さらに、ますます厳しくなる高温強度特性への要求、特にクリープ強度への要求に対して、特許文献4〜7には、質量%で、Crを28〜38%、Niを35〜60%含有し、Crを主体とした体心立方構造のα−Cr相の析出を活用して、一層のクリープ強度の改善を図った耐熱合金が開示されている。
【0007】
一方、特許文献8〜11には、Moおよび/またはWを含有させて固溶強化を図るとともに、AlおよびTiを含有させて金属間化合物であるγ’相、具体的には、Ni3(Al、Ti)の析出強化を活用して、上述のような過酷な高温環境下で使用するNi基合金が開示されている。
【0008】
また、特許文献12には、AlとTiの含有量の範囲を調整し、γ’相を析出させることによりクリープ強度を改善した高Niオーステナイト系耐熱合金が提案されている。
【0009】
ところで、オーステナイト系耐熱合金は、一般に、溶接により各種構造物に組み立てられ、高温で使用される。しかしながら、非特許文献1に報告されているように、オーステナイト系耐熱合金の合金元素量が増加すると、溶接施工時に溶接熱影響部(以下、「HAZ」という。)、なかでも溶融境界に隣接したHAZで液化割れが発生するという問題が生じる。なお、上記の溶融境界に隣接したHAZにおける液化割れ(以下、「HAZの液化割れ」という。)発生の原因については、粒界析出相起因あるいは粒界偏析起因など諸説が提案されているものの、その機構は完全には特定されていない。
【0010】
特に、Coを多量に含むオーステナイト系耐熱合金は、主として、通常は溶接することのないタービンブレードなど特殊な部位に用いられてきた。このため、Coを多量に含むオーステナイト系耐熱合金の場合には、上記HAZの液化割れに関する機構解明がなされてこなかった。
【0011】
このように、オーステナイト系耐熱合金においては、溶接時のHAZの液化割れが問題となることが古くから問題として認識されているものの、特に、Coを多量に含むオーステナイト系耐熱合金の場合には機構解明が不十分である。したがって、Coを多量に含む耐熱合金の場合には、溶接時のHAZの液化割れについての対策、なかでも材料面からの対策は確立されていない。
【0012】
一方、前述のとおり近年では、火力発電用ボイラーの高温高圧化により、高温強度および耐食性に優れた熱交換器管のニーズが高まっている。
【0013】
このため、溶接を必要としないタービンブレードなどへの使用に限定されている上記のCoを多量に含むオーステナイト系耐熱合金に対して、さらに多種の合金元素を含有させることが検討されている。
【0014】
しかも、上記のCoを多量に含むオーステナイト系耐熱合金を、多々溶接を伴う熱交換器管および主蒸気管に代表される厚肉部材、さらには、水壁管に代表される複雑な形状の部材など、力学的に厳しい箇所に使用することも検討されている。その結果、Coを多量に含むオーステナイト系耐熱合金において、従来は考慮されることのなかった溶接時のHAZの液化割れが顕在化する傾向がある。
【0015】
そこで、特許文献13に、Crの含有量に応じて、Bの含有量と不純物元素であるPの含有量とを管理し、しかも、特定量のNdを含有させることにより、溶融境界近傍のHAZの液化割れを抑制した0.03〜25%のCoを含むオーステナイト系耐熱合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開昭60−100640号公報
【特許文献2】特開昭64−55352号公報
【特許文献3】特開平2−200756号公報
【特許文献4】特開平7−216511号公報
【特許文献5】特開平7−331390号公報
【特許文献6】特開平8−127848号公報
【特許文献7】特開平8−218140号公報
【特許文献8】特開昭51−84726号公報
【特許文献9】特開昭51−84727号公報
【特許文献10】特開平7−150277号公報
【特許文献11】特表2002−518599号公報
【特許文献12】特開平9−157779号公報
【特許文献13】国際公開第2011/071054号
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】溶接学会編:溶接・接合便覧 第2版(平成15年、丸善)、948〜950ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
前述の特許文献1〜12には、クリープ強度を改善したオーステナイト系耐熱合金が開示されているが、構造部材として組み立てる際の「溶接性」という観点からの検討はなされていない。
【0019】
本発明者らが特許文献13で提案したオーステナイト系耐熱合金は、発電用ボイラ、化学工業プラント等の高温機器の素材として好適に用いることができる。
【0020】
しかしながら、オーステナイト系耐熱合金は様々な用途で使用されるので、各用途に応じて、例えば、合金管の場合でも、薄肉小径管、厚肉大径管など、多様な部材形態に加工することが必要となる。したがって、部材の形態に合わせて製造方法も多く存在する。このため、上記の特許文献13で本発明者らが提案したオーステナイト系耐熱合金を素材として用いても、製造方法によっては、溶接時のHAZの液化割れを必ずしも抑止できないことも考えられ、改善すべき事項が残されている。
【0021】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたもので、クリープ強度に優れるオーステナイト系耐熱合金のうちで、Coを多量に含んだ溶接性に優れるオーステナイト系耐熱合金を提供することを目的とする。
【0022】
なお、「溶接性に優れる」とは具体的には、溶接するに際して施工性に優れるとともに、溶接施工時にHAZの液化割れが防止できることを指す。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは前記した課題を解決するために、10〜25質量%のCoを含むオーステナイト系耐熱合金を用いて、クリープ強度と溶接施工時に生じるHAZの液化割れについて、詳細な検討・調査を行った。
【0024】
その結果、先ず、10〜25質量%のCoを含むオーステナイト系耐熱合金にBを含有させることによって、十分なクリープ強度を確保できることが明らかになった。
【0025】
次に、十分なクリープ強度を確保するために、Bを必須元素として含有させたオーステナイト系耐熱合金においては、HAZの液化割れに対して、Bの含有量、不純物元素中のPとSの含有量、および結晶粒径が大きく影響することが明らかになった。
【0026】
さらに、上記の量のCoを含む場合には、不純物元素中のPとSの含有量をそれほど低減しなくても、平均結晶粒径をB、PおよびSの含有量と関係する特定の範囲に規制することによって、HAZの液化割れを防止できることも明らかになった。
【0027】
なお、本発明者らが、Bと上述した量のCoとを含むオーステナイト系耐熱合金を用いて、溶接施工時に生じるHAZの液化割れについて詳細な調査を行った結果明らかになったのは、具体的には、下記(a)〜(e)の事項である。
【0028】
(a)液化割れは、溶融境界に近いHAZの結晶粒界に発生した。すなわち、溶接時に、液化割れは溶融境界に近いHAZの結晶粒界に発生するという非特許文献1の内容が確認できた。
【0029】
(b)HAZに生じた割れの破面には、溶融痕が認められる。また、該破面上にはP、BおよびSの濃化が生じている。上記元素のうちでは、Bの濃化が特に顕著であり、次いで、Pの濃化が顕著である。
【0030】
(c)母材(合金)に含まれるP、BおよびSの量が多いほど、HAZの液化割れが発生しやすい。
【0031】
(d)HAZの液化割れに及ぼすP、BおよびSの各含有量の影響度合いは、母材の平均結晶粒径が大きくなるほど顕著である。
【0032】
(e)平均結晶粒径が大きくなるほど、HAZに発生した割れ破面上には、P、BおよびSの濃化、なかでもBの濃化が特に顕著であり、次いで、Pの濃化が顕著である。
【0033】
上記のように、溶接時のHAZの液化割れには、粒界に存在するP、BおよびSが強く影響し、その挙動に平均結晶粒径が関係することが判明した。
【0034】
本発明者らは、上記の現象が以下の機構により生じるものと推定した。
【0035】
すなわち、P、BおよびSは、溶接時の熱サイクルによって、溶融境界近傍のHAZの粒界に偏析する。粒界に偏析したP、BおよびSはいずれも、粒界の融点を低下させる元素である。このため、溶接中に粒界が局部的に溶融し、その溶融した箇所が溶接熱応力により開口して、液化割れを生じる。
【0036】
なお、前記のCoを多量に含有するオーステナイト系耐熱合金では、Bの粒界偏析が特に顕著で、Bの溶接時のHAZの液化割れに及ぼす影響が最も大きい。Bの次には、Pの粒界偏析が大きい。そして、HAZの液化割れに及ぼす影響も、Bに次いでPが大きい。
【0037】
これは、CoはSと親和力が強く、Coがマトリックス(母材)に多量に含まれておれば、SはCoと結合するため、Sの粒界偏析が抑制される。その結果、空きが生じた偏析サイトにBおよびPが偏析しやすくなるからである。そして、Bは侵入型元素であるため、金属格子中を容易に拡散する。したがって、Bは、Pに比べて粒界偏析しやすくなるのである。
【0038】
さらに、結晶粒径が大きい場合、単位体積あたりの粒界面積は小さい。したがって、平均結晶粒径が大きい場合には、B、PおよびSの粒界偏析量が増加するとともに、特定の粒界面にかかる応力、すなわち、割れの開口要因である外部応力(溶接熱応力)が大きくなり、HAZの液化割れが発生しやすくなる。
【0039】
上述の内容から、HAZの液化割れを防止するためには、直接的にはP、BおよびSの含有量の低減が有効であることは容易に想像できる。
【0040】
しかしながら、Bは、十分なクリープ強度を確保できる安価な元素である。このため、Bは、必須元素として含有させるべきである。
【0041】
一方、不純物中のPおよびSの含有量の低減、特に、P含有量の低減は、極端な製造コストの増大を招いてしまう。
【0042】
そこで、本発明者らが、さらに詳細な検討を重ねた結果、既に述べたように、不純物元素中のPとSの含有量をそれほど低減しなくても、平均結晶粒径をB、PおよびSの含有量と関係する特定の範囲に規制することによって、十分なクリープ強度の確保とともに、HAZの液化割れを防止できることが判明した。
【0043】
すなわち、質量%で、Co:10〜25%、B:0.0005〜0.01%、P:0.03%以下およびS:0.03%以下を含むオーステナイト系耐熱合金においては、P、BおよびSの含有量に応じて、平均結晶粒径d(μm)が特定の関係式、具体的には、
d≦−3300×F1+250・・・[1]
ただし、
F1=10×B+2×P+S・・・[2]
を満足すれば、十分なクリープ強度を確保したうえで、溶接時のHAZの液化割れを防止することができる。
【0044】
なお、上記の[2]式における元素記号は、その元素の含有量(質量%)を表す。
【0045】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記の(1)および(2)に示すオーステナイト系耐熱合金にある。
【0046】
(1)質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:1%以下、Mn:2%以下、Ni:40〜80%、Cr:15〜40%、Mo:4〜15%、Co:10〜25%、Ti:3%以下、Al:2%以下、B:0.0005〜0.01%、N:0.03%以下およびO:0.03%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPおよびSがそれぞれ、P:0.03%以下およびS:0.03%以下の化学組成であって、かつ、平均結晶粒径d(μm)が、B、PおよびSの含有量と関係する下記の[1]式を満足することを特徴とするオーステナイト系耐熱合金。
d≦−3300×F1+250・・・[1]
ただし、
F1=10×B+2×P+S・・・[2]
であり、上記の[2]式における元素記号は、その元素の含有量(質量%)を表す。
【0047】
(2)Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.02%以下、Mg:0.02%以下およびREM:0.08%以下のうちの1種以上の元素を含有することを特徴とする上記(1)に記載のオーステナイト系耐熱合金。
【0048】
残部としての、「Feおよび不純物」における「不純物」とは、オーステナイト系耐熱合金を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものを指す。
【0049】
「REM」とは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REMの含有量はREMのうちの1種または2種以上の元素の合計含有量を指す。
【発明の効果】
【0050】
本発明のオーステナイト系耐熱合金は、質量%で、10〜25%のCoを含むにも拘わらず、溶接性、特に、HAZにおける耐液化割れ性に優れている。このため、本発明のオーステナイト耐熱合金は、発電用ボイラ、石油精製、石油化学工業用プラントの加熱炉管等の高温機器の素材として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】開先加工の形状を説明する図である。なお、図中の寸法の単位は「mm」である。
【発明を実施するための形態】
【0052】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、以下の説明における各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0053】
(A)化学組成:
C:0.03〜0.15%
Cは、オーステナイトを安定にするとともに粒界に炭化物を生成し、高温でのクリープ強度を向上させる。この効果を得るためには、0.03%以上のC含有量が必要である。しかしながら、Cの含有量が多くなって、特に0.15%を超えると、高温での使用中に多量の炭化物が粒界に析出して粒界の延性を低下させ、クリープ強度の低下を招く。そのため、Cの含有量を0.03〜0.15%以下とする。C含有量の好ましい下限は0.05%であり、また、好ましい上限は0.12%である。
【0054】
Si:1%以下
Siは、脱酸作用を有するとともに、高温での耐食性および耐酸化性の向上に有効な元素である。しかしながら、Siの含有量が多くなって1%を超えると、オーステナイトの安定性が低下して、クリープ強度および靱性の低下を招く。そのため、Siの含有量を1%以下とする。Si含有量は、望ましくは、0.5%以下で、さらに望ましくは、0.3%以下である。
【0055】
なお、Siの含有量について特に下限を設ける必要はないが、極端な低減は、脱酸効果が十分に得られず合金の清浄性を劣化させるとともに、高温での耐食性および耐酸化性の向上効果も得難くなるし、製造コストも大きく上昇する。そのため、Si含有量の望ましい下限は0.01%である。製造コストを重視する場合のSi含有量の望ましい下限は0.02%である。
【0056】
Mn:2%以下
Mnは、Siと同様、脱酸作用を有する。Mnは、オーステナイトの安定化にも寄与する。しかしながら、Mnの含有量が多くなり、特に2%を超えると、脆化を招き、クリープ延性および靱性の低下をきたす。そのため、Mnの含有量を2%以下とする。Mn含有量は、望ましくは、1.5%以下で、さらに望ましくは、1.0%以下である。
【0057】
なお、Mnの含有量についても特に下限を設ける必要はないが、極端な低減は、脱酸効果が十分に得られず合金の清浄性を劣化させるとともに、オーステナイト安定化効果が得難くなるし、製造コストも大きく上昇する。そのため、Mn含有量の望ましい下限は0.01%である。製造コストを重視する場合のMn含有量の望ましい下限は0.02%である。
【0058】
Ni:40〜80%
Niは、オーステナイトを得るために有効な元素であり、長時間使用時の組織安定性を確保し、十分なクリープ強度を得るために必須の元素である。本発明の15〜40%というCr含有量の範囲で上記のNiの効果を十分に得るためには、40%以上のNi含有量が必要である。一方、高価な元素であるNiの80%を超える多量の含有はコストの増大を招く。そのためNiの含有量を40〜80%とする。Ni含有量の望ましい下限は42%であり、また、望ましい上限は75%である。
【0059】
Cr:15〜40%
Crは、高温での耐酸化性および耐食性の確保のために必須の元素である。本発明の40〜80%というNi含有量の範囲で上記のCrの効果を得るためには、15%以上のCr含有量が必要である。しかしながら、Crの含有量が過剰になって、特に40%を超えると、高温でのオーステナイトの安定性が劣化して、クリープ強度の低下を招く。そのため、Crの含有量を15〜40%とする。Cr含有量の望ましい下限は17%であり、また、望ましい上限は38%である。
【0060】
Mo:4〜15%
Moは、マトリックスであるオーステナイトに固溶して高温でのクリープ強度の向上に寄与する元素である。この効果を得るためには、4%以上含有させる必要がある。しかしながら、Moの含有量が多くなって、特に15%を超えると、逆にオーステナイトの安定性が低下してクリープ強度の低下を招く。このため、Moの含有量を4〜15%とする。Mo含有量の望ましい下限は5%である。また、Moの含有量の望ましい上限は11%で、より望ましい上限は10%である。
【0061】
Co:10〜25%
Coは、Niと同様オ−ステナイト生成元素であり、オーステナイトの安定性を高めてクリープ強度の向上に寄与する。本発明は、特に近年ニーズが高まった、高温強度と耐食性に優れる、Coを多量に含んだオーステナイト系耐熱合金であって、HAZの液化割れを考慮した成分としなければならない。Coの含有量が25%を超える場合は、HAZの液化割れ感受性が増加することに加えて、素材合金としての価格が極めて高くなってしまう。一方、上記した高温強度と耐食性に優れる耐熱合金においてCoの効果を安定して得るためには、Co含有量の下限は10%でなければならない。したがって、Coの含有量を10〜25%とする。Co含有量の望ましい下限は11%である。また、Co含有量の上限は、好ましくは20%で、さらに好ましくは18%である。
【0062】
Ti:3%以下
Tiは、Alとともに本発明の根幹をなす重要な元素である。すなわち、Tiは、Niと結合し金属間化合物として微細に粒内析出し、高温でのクリープ強度を確保するのに必須の元素である。しかしながら、Tiの含有量が多くなって、特に3%を超えると、高温での使用中に金属間化合物相が急速に粗大化して、クリープ強度および靱性の極端な低下をきたし、合金の製造時には清浄性の低下を招いて、製造性を悪化させる。したがって、Tiの含有量は3%以下とする。Ti含有量の上限は2.5%とすることが望ましい。
【0063】
一方、上記したTiの効果を安定して得るために、Ti含有量の下限は0.01%とすることが望ましい。
【0064】
Al:2%以下
Alは、Tiとともに本発明の根幹をなす重要な元素である。すなわち、Alは、Niと結合し金属間化合物として微細に粒内析出し、高温でのクリープ強度を確保するのに必須の元素である。しかしながら、Alの含有量が多くなって、特に2%を超えると、高温での使用中に金属間化合物相が急速に粗大化して、クリープ強度および靱性の極端な低下をきたすし、合金の製造時には清浄性の低下を招いて、製造性を悪化させる。したがって、Alの含有量は2%以下とする。Al含有量の上限は1.5%とすることが望ましい。
【0065】
一方、上記したAlの効果を安定して得るために、Al含有量の下限は0.001%とすることが望ましい。
【0066】
B:0.0005〜0.01%
Bは、粒界に偏析するとともに粒界炭化物を微細分散させることによって、粒界強化に寄与し、高温強度としてのクリープ強度を向上させる。この効果を得るためには、0.0005%以上のB含有量が必要である。しかしながら、Bの含有量が多くなると粒界の融点が低下し、特に、0.01%を超えると、粒界の融点低下が大きくなって、平均結晶粒径をB、PおよびSの含有量と関係する特定の範囲に規制した場合でも、溶接時にHAZの液化割れが生じる。したがって、Bの含有量を0.0005〜0.01%とする。B含有量の好ましい下限は0.0010%であり、また、好ましい上限は0.005%である。
【0067】
なお、Bの含有量は、PおよびSの含有量とともに、後述の平均結晶粒径との関係式を満足する必要がある。
【0068】
N:0.03%以下
Nは、オーステナイトを安定にするのに有効な元素である。しかしながら、Nの含有量が過剰になって0.03%を超えると、TiおよびAlの窒化物に加えてCrの窒化物を形成し、クリープ延性および靱性の低下を招く。したがって、Nの含有量を0.03%以下とする。
【0069】
なお、Nの含有量について特に下限を設ける必要はないが、極端な低減は、オーステナイトを安定にする効果が得難くなるし、製造コストも大きく上昇する。そのため、N含有量の望ましい下限は0.0005%である。
【0070】
O:0.03%以下
O(酸素)は、不純物として合金中に含まれ、その含有量が多くなって0.03%を超えると、熱間加工性が低下し、また、靱性および延性の劣化を招く。したがって、Oの含有量を0.03%以下とする。Oの含有量は、望ましくは0.02%以下である。
【0071】
なお、Oの含有量について特に下限を設ける必要はないが、極端な低減は、製造コストの上昇を招く。そのため、O含有量の望ましい下限は0.001%である。
【0072】
本発明のオーステナイト系耐熱合金は、上述のCからOまでの元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPおよびSがそれぞれ、P:0.03%以下およびS:0.03%以下の化学組成であって、かつ、平均結晶粒径d(μm)が、B、PおよびSの含有量と関係する後述の[1]式を満足するものである。
【0073】
既に述べたように、残部としての「Feおよび不純物」における「不純物」とは、オーステナイト系耐熱合金を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものを指す。
【0074】
以下、本発明において、不純物中のPおよびSの含有量をそれぞれ、上記の範囲に限定する理由について説明する。
【0075】
P:0.03%以下
Pは、不純物として合金中に含まれ、溶接施工時の溶接熱サイクルによって粒界に偏析し、粒界の融点を低下させてHAZの液化割れ感受性を高める。特に、Pの含有量が0.03%を超えると、平均結晶粒径をB、PおよびSの含有量と関係する特定の範囲に規制した場合でも、HAZの液化割れを生じてしまう。そのため、不純物中のPの含有量を0.03%以下とした。不純物中のPの含有量は0.02%以下とすることが好ましい。
【0076】
Pの含有量は可能な限り低減することが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、P含有量の望ましい下限は0.002%である。
【0077】
なお、Pの含有量は、BおよびSの含有量とともに、後述の平均結晶粒径との関係式を満足する必要がある。
【0078】
S:0.03%以下
Sも、不純物として合金中に含まれ、溶接施工時の溶接熱サイクルによって粒界に偏析し、粒界の融点を低下させてHAZの液化割れ感受性を高める。特に、Sの含有量が0.03%を超えると、平均結晶粒径をB、PおよびSの含有量と関係する特定の範囲に規制した場合でも、HAZの液化割れを生じてしまう。そのため、不純物中のSの含有量を0.03%以下とした。不純物中のSの含有量は0.02%以下とすることが好ましい。
【0079】
Sの含有量は可能な限り低減することが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、S含有量の望ましい下限は0.0001%である。
【0080】
なお、Sの含有量は、BおよびPの含有量とともに、後述の平均結晶粒径との関係式を満足する必要がある。
【0081】
本発明のオーステナイト系耐熱合金は、そのFeの一部に代えて、必要に応じて、Ca、MgおよびREMから選択される1種以上の元素を含有させてもよい。
【0082】
以下、任意元素であるCa、MgおよびREMの作用効果と、含有量の限定理由について説明する。
【0083】
Ca:0.02%以下
Caは、熱間加工性を改善する作用を有する。このため、Caを含有させてもよい。しかしながら、Caの含有量が過剰になると、Oと結合して、合金の清浄性を著しく低下させ、却って熱間加工性を劣化させる。このため、含有させる場合のCaの量に上限を設けて0.02%以下とする。Caの含有量は、望ましくは0.01%以下である。
【0084】
一方、前記したCaの効果を安定して得るためには、Caの量は0.0005%以上であることが好ましい。
【0085】
Mg:0.02%以下
Mgは、Caと同様、熱間加工性を改善する作用を有する。このため、Mgを含有させてもよい。しかしながら、Mgの含有量が過剰になると、Oと結合して、合金の清浄性を著しく低下させ、却って熱間加工性を劣化させる。このため、含有させる場合のMgの量に上限を設けて0.02%以下とする。Mgの含有量は、望ましくは0.01%以下である。
【0086】
一方、前記したMgの効果を安定して得るためには、Mgの量は0.0005%以上であることが好ましい。
【0087】
REM:0.08%以下
REMは、熱間加工性を改善する作用を有する。このため、REMを含有させてもよい。しかしながら、REMの含有量が過剰になると、Oと結合して、合金の清浄性を著しく低下させ、却って熱間加工性を劣化させる。このため、含有させる場合のREMの量に上限を設けて0.08%以下とする。REMの含有量は、望ましくは0.07%以下である。
【0088】
一方、前記したREMの効果を安定して得るためには、REMの量は0.001%以上であることが好ましい。
【0089】
既に述べたように、「REM」とは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REMの含有量はREMのうちの1種または2種以上の元素の合計含有量を指す。
【0090】
なお、REMについては、一般的にミッシュメタルに含有される。このため、例えば、ミッシュメタルの形で添加して、REMの量が上記の範囲となるように含有させてもよい。
【0091】
上記のCa、MgおよびREMは、そのうちのいずれか1種のみ、または、2種以上の複合で含有させることができる。これらの元素を複合して含有させる場合の合計量は、0.1%以下であることが好ましい。
【0092】
(B)平均結晶粒径:
本発明のオーステナイト系耐熱合金は、平均結晶粒径d(μm)が、
B、PおよびSの含有量と関係する下記の[1]式、つまり、
d≦−3300×F1+250・・・[1]
を満足するものでなければならない。
ただし、
F1=10×B+2×P+S・・・[2]
であり、上記の[2]式における元素記号は、その元素の含有量(質量%)を表す。
【0093】
P、BおよびSは、溶接中に熱サイクルにより溶融境界近傍のHAZの粒界に偏析して、融点を低下させHAZの液化割れ感受性を高める。そして、Coを多量に含有する本発明のオーステナイト系耐熱合金では、既に述べたように、Bの粒界偏析が特に顕著で、Bの次には、Pの粒界偏析が大きい。
【0094】
つまり、本発明のオーステナイト系耐熱合金において、P、BおよびSがHAZの液化割れに及ぼす影響は、S、PおよびBの順に大きくなり、しかも、結晶粒径が大きくなればなるほど影響の度合いが顕著となる。そのため、HAZの液化割れを防止するためには、合金が含有するB、PおよびSの量に応じて、平均結晶粒径d(μm)を管理する必要がある。
【0095】
なお、(A)項で述べた、C:0.03〜0.15%、Ni:40〜80%、Cr:15〜40%およびCo:10〜25%を含む本発明の合金では、HAZでの顕著な粗粒化は起こらない。このため、溶接する前の母材(つまり、合金)の平均結晶粒径で管理すればよい。
【0096】
具体的には、母材の平均結晶粒径d(μm)が、前記の[1]式を満足すれば、B:0.0005〜0.01%、P:0.03%以下およびS:0.03%以下を含有する本発明の耐熱合金において、HAZの液化割れを防止することができる。
【0097】
なお、上記の平均結晶粒径d(μm)の下限は、クリープ強度を確保する理由から20μmである。
【0098】
なお、化学組成にもよるが、例えば、1150〜1250℃の温度域で、0.5〜5h保持して固溶化熱処理することによって、上記の平均結晶粒径dが前記の[1]式を満たすようにすることができる。
【0099】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0100】
表1に示す化学組成を有するオーステナイト系の合金A〜Lを、通常の方法によって、溶解、熱間鍛造、熱間圧延し、次いで、温度を1150〜1280℃、該温度での保持時間を0.5〜5hの範囲で変化させた固溶化熱処理を施した。
【0101】
さらにその後、機械加工によって、板厚12mm、幅50mm、長さ100mmの各種合金板を作製した。
【0102】
【表1】

【0103】
各試験番号について、上記の板厚12mm、幅50mm、長さ100mmの各合金板から、被検面が横断面になるように試験片を5個ずつ切出して、鏡面研磨した。次いで、王水で腐食した後、光学顕微鏡により、1個の試験片につき、倍率100倍で5視野観察して、切断法により5個の試験片毎の平均粒切片長さを測定した。上記の試験片毎の平均粒切片長さをさらに算術平均し、それを1.128倍して、平均結晶粒径d(μm)を求めた。
【0104】
また、上記の板厚12mm、幅50mm、長さ100mmの各合金板の長手方向に、図1に示す形状の開先を加工し、溶接ワイヤ(AWS規格A5.14 ERNiCrCoMo−1)を用いて、入熱9kJ/cmでTIG溶接により初層溶接を行った後、厚さ25mm、幅150mm、長さ150mmのSM400C鋼板(JIS規格 G 3106(2008))上に、被覆アーク溶接棒(JIS規格 Z 3224(2010)に規定の「E Ni 6625」)を用いて四周を拘束溶接した。
【0105】
その後、同じ溶接ワイヤを用いて、入熱9〜15kJ/cmでTIG溶接により開先内に積層溶接を行い、各試験番号につき2体ずつ継手を作製して、試験に供した。
【0106】
具体的には、各試験番号について、上記の溶接ままの各溶接継手から被検面が横断面になるように試験片を5個ずつ、合計で10個切出し、鏡面研磨して王水で腐食した後、光学顕微鏡により検鏡して、HAZの液化割れの有無を調査した。
【0107】
次いで、HAZに割れが認められた各試験番号について、割れの破面を走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」という。)によって観察した。
【0108】
SEMによる観察の結果、全ての破面に溶融痕が認められた。よって、上記の割れは全て、溶接施工時に生じた「HAZの液化割れ」であることが明らかになった。
【0109】
表2に、上記の各試験結果を示す。表2には、合金に含まれるB量、P量およびS量から求めた[2]式のF1の値と、そのF1を用いた[1]式の右辺、つまり、「−3300×F1+250」の値を併記した。
【0110】
なお、表2の「HAZの液化割れ」欄における「○」は、上記の光学顕微鏡による観察で割れが認められなかったことを示す。一方、「×」は、割れが認められたことを示す。
【0111】
【表2】

【0112】
表2に示すように、本発明で規定する条件を満足する合金板を用いた本発明例の試験番号1〜5、7、10、16〜19、22〜23、25〜26、28〜29、31〜32および34(溶接継手符号では、A1〜A3、B1〜B2、C1、D1、F1〜F3、G1、H1〜H2、I1〜I2、J1〜J2、K1〜K2およびL1)の場合には、全断面においてHAZの液化割れは認められなかった。すなわち、上記本発明例の各試験番号の場合、11.9〜19.9%という多量のCoを含むにも拘わらず、HAZにおける耐液化割れ性に優れていることが明らかである。
【0113】
これに対して、本発明で規定する条件から外れた合金板を用いた比較例の試験番号6、8〜9、11〜15、20〜21、24、27、30、33および35〜36(溶接継手符号では、B3、C2〜C3、D2〜D3、E1〜E3、G2〜G3、H3、I3、J3、K3およびL2〜L3)の場合には、HAZの液化割れが生じた。
【0114】
すなわち、上記比較例の各試験番号の場合、合金板の個々の元素の含有量は本発明で規定する条件を満たすものの、合金板の平均結晶粒径d(μm)が、B、PおよびSの含有量と関係する
d≦−3300×F1+250・・・[1]
の式を満たさない。
ただし、
F1=10×B+2×P+S・・・[2]
である。
【0115】
このために、上記比較例の各試験番号の場合には、HAZの液化割れを防止することができない。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明のオーステナイト系耐熱合金は、質量%で、10〜25%のCoを含むにも拘わらず、溶接性、特に、HAZにおける耐液化割れ性に優れている。このため、本発明のオーステナイト耐熱合金は、発電用ボイラ、石油精製、石油化学工業用プラントの加熱炉管等の高温機器の素材として好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:1%以下、Mn:2%以下、Ni:40〜80%、Cr:15〜40%、Mo:4〜15%、Co:10〜25%、Ti:3%以下、Al:2%以下、B:0.0005〜0.01%、N:0.03%以下およびO:0.03%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPおよびSがそれぞれ、P:0.03%以下およびS:0.03%以下の化学組成であって、かつ、平均結晶粒径d(μm)が、B、PおよびSの含有量と関係する下記の[1]式を満足することを特徴とするオーステナイト系耐熱合金。
d≦−3300×F1+250・・・[1]
ただし、
F1=10×B+2×P+S・・・[2]
であり、上記の[2]式における元素記号は、その元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.02%以下、Mg:0.02%以下およびREM:0.08%以下のうちの1種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系耐熱合金。

【図1】
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【公開番号】特開2013−95949(P2013−95949A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−238248(P2011−238248)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)