説明

オートサンプラ,原子吸光光度計、および前処理方法

【課題】
手間をかけることなく簡易な方法にて、原子吸光光度計の前処理を行うことができる、原子吸光光度計のオートサンプラを提供する。
【解決手段】
本発明のオートサンプラは、原子吸光光度計に設けられているものであり、原子吸光光度計の原子化部へ金属を導入するオートサンプラであって、液体試料中の金属が吸着する固相抽出剤10を先端部に備えている。これにより、固相抽出剤10に金属を吸着させることができるため、この金属を洗浄後に溶離液を用いて溶離させることによりオートサンプラを用いて、つまり、自動化して前処理を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子吸光光度計,オートサンプラ、および原子吸光光度計に導入する金属を取り出すための前処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
原子吸光光度法や誘導結合プラズマ発光分析法などの元素分析法では、液体試料に含まれる目的金属以外の共存物が目的金属に対して妨害となり、正しい分析値が得られない場合がある。また、使用する分析装置によっては、目的金属の濃度が希薄な場合には、検出限界値以下となり分析値が得られない。
【0003】
このような課題を解消するため、一般的には、有機溶媒抽出や固相抽出などを行い、液体試料に含まれる目的金属と妨害物質との分離、つまり前処理を行い、妨害物質を事前に除去したり、目的金属の濃縮を行ったりした後に分析を行っている。
【0004】
【特許文献1】特開平7−289925号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、固相抽出剤を使用して液体試料の前処理を行うには、固相抽出剤のクリーニング等のコンディショニング,液体試料の通液,液体試料を通液後の固相抽出剤の洗浄,溶離液の通液の手順を介して前処理液(測定溶液)を得て分析装置で測定することになる。従来これらの作業を手作業で行っており、手間がかかっていた。
【0006】
本発明は、この問題を解決するためのものであり、手間をかけることなく簡易な方法にて、液体試料の前処理を行うことができる、オートサンプラ,原子吸光光度計,前処理方法を提供する。
【0007】
なお、特許文献1には、チップの内側の中間部ないし上部の位置に、プラスチック焼結成形品を栓体として、その細孔表面にカルボキシル基もしくはアミノ基を導入したチップが開示されている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のオートサンプラは、原子吸光光度計の原子化部へ金属を導入するオートサンプラであって、液体試料に含まれる金属が吸着する固相抽出剤を先端部に備えたことを特徴としている。
【0009】
ここで、液体試料とは、前処理前の妨害物質と目的金属とが混ざり合った液体である。また、従来のオートサンプラは、前処理が完了した後の目的金属を含む測定溶液を原子化部へ導入していたのみであるのに対し、本発明では、この前処理自体をオートサンプラにて行うことができる。これは、上記の構成により、オートサンプラから液体試料を吸い込み、固相抽出剤へ目的金属を吸着させることができるからである。固相抽出剤へ吸着した目的金属は、溶離液によって溶離させることができる。従って、従来マニュアルにて行っていた、液体試料の前処理を原子吸光光度計のオートサンプラを用いて行うことができる。
【0010】
なお、特許文献1では、栓体がこれよりも上にDNAやペプタイド,蛋白等が到達するのを阻止する目的を有しているのに対し、本発明の固相抽出剤は、試料を積極的に固相抽出剤へ流して、この固相抽出剤に目的金属を吸着させている。この点が特許文献1とは大きく異なる。つまり、特許文献1に記載の栓体と本願の固相抽出剤はその目的が異なる。
【0011】
また、原子吸光光度計の原子化部へ金属を導入するオートサンプラであって、液体試料の吸い込みおよび吐き出しを行うチップと、チップの先端部に液体試料中の目的金属が吸着する固相抽出剤と、を有するオートサンプラによっても同じ効果を奏することができる。
【0012】
また、液体試料の吸い込みおよび吐き出しを行うチップ、および、チップの先端部に液体試料中の目的金属が吸着する固相抽出剤を備えたオートサンプラと、チップから液体試料を吸い込んでから吐き出し、吐き出し後に洗浄液にて固相抽出剤を洗浄し、洗浄後に溶離液にて固相抽出剤から目的金属を溶離させるようにオートサンプラを制御する制御部と、を備えた原子吸光光度計によっても同様の効果を奏する。
【0013】
さらに、原子吸光光度計に設けられたオートサンプラに先端部に固相抽出剤を備えたチップを取り付け、このチップから液体試料を少なくとも固相抽出剤まで吸い込んでから吐き出し、吐き出し後に洗浄液をチップ内部へ通液し、通液後にチップから溶離液を少なくとも固相抽出剤まで吸い込んでから吐き出す、原子吸光光度計の前処理方法によっても同様の効果を奏する。
【発明の効果】
【0014】
以上のように、本発明のオートサンプラは、液体試料中の目的金属が吸着する固相抽出剤を先端部に備えている。そのため、手間をかけることなく簡易な方法にて、原子吸光光度計の前処理を行うことができる、オートサンプラ,原子吸光光度計,前処理方法を提供することができる。繰り返しになるが、本発明のメリットは、原子吸光光度計とは別に手作業にて行っていた前処理を、原子吸光光度計のオートサンプラの構造を工夫することによって、原子吸光光度計を用いて、つまり、自動化して前処理を行うものであり、この点が最大の効果である。さらに、自動化しているため、手作業に比べて前処理溶液の汚染のリスクを大幅に低減することができ、信頼性のある分析値を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
〔原子吸光光度計の構成〕
図2は、本実施の形態の電気加熱炉を有する原子吸光光度計(光度計)を示す概略構成図である。この光度計は、同図に示すように、光源2,原子化部(電気加熱炉)3,分光器4,検出器5,制御コンピュータ(制御部)6、及びオートサンプラ1を備えている。
【0016】
光源2から発せられた光は、原子化部3において、目的金属の原子蒸気との間で共鳴吸収現象が生起される。光源2からの光が目的金属の量によって定量的に吸収される事象を利用して定量分析が行える。光源2から原子化部3を通過した光は、分光器4により分光されて必要な波長の光が取り出され、光検知器5によりこれを検知して電気信号に変換される。制御コンピュータ6は、各部材を制御するものである。
【0017】
オートサンプラ1は、原子化部3へ測定溶液を導入するものである。本実施の形態では、このオートサンプラ1が原子化部3へ測定溶液を導入前の液体試料の前処理も行う点に特徴を有するものである。従来は、原子吸光光度計のオートサンプラを用いて、液体試料の前処理を行うという発想が無く、かつ、従来のオートサンプラでは前処理を行うことはできなかった。以下、本実施の形態のオートサンプラによって液体試料の前処理を行うことができる理由について説明する。
【0018】
〔オートサンプラの構成〕
本実施の形態のオートサンプラ1は先端部に、図1に示すようなチップ11を備えており、このチップ11の先端部には、固相抽出剤10が配置されている。説明の便宜上、図1では、オートサンプラ1のチップ11よりも上部を省略されている。この固相抽出剤10は、同図に示すように、チップ11から流出したり浮き上がったりしないようにフィルター(固定部材)12,13にて固定されていることが好ましい。
【0019】
この固相抽出剤10は、ポリアミノポリカルボン酸型のキレート官能基を有するものであることが好ましい。このようなキレート官能基を有するものであれば、アルカリ金属及びアルカリ土類金属の吸着を防止することができるからである。しかしながら、これは単なる一例にすぎず、用途に応じて、つまり、吸着させたい金属や吸着を防止したい金属に応じて固相抽出剤の材料は種々変更可能である。また、このポリアミノポリカルボン酸型のキレート官能基を有するものは、図3に示す通りである。
【0020】
〔オートサンプラの動作説明〕
次に、図1に示すオートサンプラ1のチップ11を用いた前処理(前処理方法)の手順について、図4〜図8を用いて説明する。以下に示す一連の前処理を本実施の形態のような構成のチップ11を用いることにより、手間や時間をかけることなく容易に実現することができる。
【0021】
〔チップ取り付け工程〕
まず、上記のような固相抽出剤10が充填された新しいチップ(新チップ)11をオートサンプラ1へ取り付ける(S1)。
【0022】
〔コンディショニング工程〕
その後、チップ11の内部へ有機溶媒(アセトン,アセトニトリルなど)を通液し、固相抽出剤10を膨潤させる(S2)。次に、チップ11に例えば3mol/Lの硝酸を通液し、固相抽出剤10のコンタミネーションを除去して、固相抽出剤10をクリーニングする(S3)。さらに、超純水を通液し、通液した3mol/Lの硝酸を洗い流す(リンス工程;S4)。その後、例えば0.1mol/Lの酢酸アンモニウム溶液を通液し、固相抽出剤10のpHを例えば約5.6にする(S5)。ここで、pHの調整を行う理由は、目的金属を固相抽出剤10に吸着させるためである。
【0023】
〔液体試料のサンプリング工程〕
次に、コンディショニング済のチップ11を用いて、図5に示すように、オートサンプラカップ20に入った液体試料(ここでは、一例として海水試料)21を吸い込んでから、吐き出す。これにより、固相抽出剤10に金属が吸着する。例えば、目的金属にとって最も吸着効率の大きいpHに調整された液体試料21を吸い込んでから、吐き出す(S6,7)。ここでpHを調整するのは、目的金属を固相抽出剤10に吸着させるためである。固相抽出剤10のpHと、液体試料21のpHは互いに近くした方が目的金属の固相抽出剤10への吸着効率は高くなる。但し、吸着できる範囲のpHであればよく、pHの値等は単なる一例にすぎない。
【0024】
目的金属が固相抽出剤10へ吸着するとき、原子吸光測定の際に妨害物質となるナトリウム(Na)やカリウム(K)などのアルカリ金属は、固相抽出剤10に吸着されないため、目的金属とは分離されて、廃液に含まれる。ここで、これらのアルカリ金属が固相抽出剤10に吸着されない理由は、固相抽出剤10がポリアミノポリカルボン酸型のキレート官能基を有するものであるからである。妨害物質を変更したい場合には、固相抽出剤10の材料を変更すればよい。上記のように、液体試料21は、吸い込みのときと吐き出しの時の合計2回、固相抽出剤10を通過するため、吸着効率を1回の場合に比べて高めることができる。
【0025】
〔充填樹脂(固相抽出剤)の洗浄工程〕
次に、図6に示すように、チップ11の先端を、洗浄液(超純水)31の入った洗浄ポート30に漬ける。その後、チップ11内部へ先端とは反対側から(上方から)洗浄液(洗浄ポートに入って洗浄液31と同じ洗浄液)を流す。これにより、目的金属が吸着している固相抽出剤10は、超純水(洗浄液)で洗浄され、固相抽出剤10に残留している液体試料21が除去される(S8)。
【0026】
〔充填樹脂(固相抽出剤)吸着元素(金属)の溶離工程〕
固定抽出剤10の洗浄工程後に、図7に示すように、チップ11を、溶離液41の入ったオートサンプラカップ22に漬けて、溶離液41を固相抽出剤10よりも上まで吸い込む(S9)。これにより、固相抽出剤10に吸着している目的金属が溶離する。この工程においても、溶離液41は、吸い込みと吐き出しの合計2回、固相抽出剤10を通過するため、溶離効率を1回の場合に比して高めることができる。なお、この工程のとき、溶離液の容量を液体試料の容量よりも少量にすることにより、目的金属の濃縮を行うことができる。
【0027】
〔分析部への導入工程〕
最後に、図8に示すように、原子化部3のGAキュベット23内へ溶離液41によって溶離した目的金属(測定溶液)24を吐き出す(S10)。その後、光度計を用いて通常の測定処理を行う。
【0028】
〔チップ取り外し工程〕
その後、チップ11を取り外し(S11)、上記のS1へ戻る。このようにチップ11は取り替えが可能となっている。
【0029】
〔作用効果〕
以上のように、本実施の形態のオートサンプラ1によれば、チップ11の先端に固相抽出剤10を設け、これに併せたオートサンプラ1の動作制御を追加するだけで、原子吸光光度計を用いて、つまり自動化にて前処理を行うことができる。そのため、従来の原子吸収光光度計の前処理に比して格段に手間を省くことができる。さらに、自動化しているため、手作業に比べて前処理溶液の汚染のリスクを大幅に低減することができ、信頼性のある分析値を得ることができる。
【0030】
自動化(機械化)すれば工程に人間が関与しないので溶液の汚染を防止することができる。元素分析にとって人間は汚染源の一因である。一例として半導体工場や食品製造工場などが挙げられる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明のオートサンプラは、原子吸光光度計に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明のオートサンプラのチップの概略を示す構成図である。
【図2】本発明の原子吸光光度計の概略を示すブロック図である。
【図3】ポリアミノポリカルボン酸型のキレート官能基を示す図である。
【図4】本発明の前処理の流れを示すフローチャートである。
【図5】本発明の前処理の一工程を示す概略構成図である。
【図6】本発明の前処理の一工程を示す概略構成図である。
【図7】本発明の前処理の一工程を示す概略構成図である。
【図8】本発明の前処理の一工程を示す概略構成図である。
【符号の説明】
【0033】
1 オートサンプラ
2 光源
3 原子化部
4 分光器
5 検出器
6 制御コンピュータ(制御部)
10 固相抽出剤
11 チップ
12 フィルター(固定部材)
13 フィルター(固定部材)
21 液体試料
31 洗浄液
41 溶離液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子吸光光度計の原子化部へ金属を導入するオートサンプラであって、
液体試料中の金属が吸着する固相抽出剤を先端部に備えたことを特徴とするオートサンプラ。
【請求項2】
原子吸光光度計の原子化部へ金属を導入するオートサンプラであって、
液体試料の吸い込みおよび吐き出しを行うチップと、
チップの先端部に液体試料中の金属が吸着する固相抽出剤と、を有することを特徴とするオートサンプラ。
【請求項3】
固相抽出剤は、ポリアミノポリカルボン酸型のキレート官能基を有することを特徴とする請求項1に記載のオートサンプラ。
【請求項4】
固相抽出剤を両側から挟みこんで固相抽出剤をオートサンプラへ固定する固定部材を有することを特徴とする請求項1に記載のオートサンプラ。
【請求項5】
請求項1に記載のオートサンプラと、光源と、原子化部と、分光器と、検出器とを備えたことを特徴とする原子吸光光度計。
【請求項6】
液体試料の吸い込みおよび吐き出しを行うチップ、および、チップの先端部に液体試料中の金属が吸着する固相抽出剤を備えたオートサンプラと、
液体試料中の金属を固相抽出剤へ吸着させ、吸着後に洗浄液にて固相抽出剤を洗浄し、洗浄後に溶離液にて固相抽出剤から金属を溶離させるようにオートサンプラを制御する制御部と、を備えたことを特徴とする原子吸光光度計。
【請求項7】
制御部は、吸い込む液体試料の容量よりも吸い込む溶離液の容量が小さくなるように制御することを特徴とする請求項6に記載の原子吸光光度計。
【請求項8】
液体試料および溶離液を導入する先端部に固相抽出剤を備えたことを特徴とするオートサンプラ。
【請求項9】
原子吸光光度計に導入する金属を得るための前処理方法であって、
原子吸光光度計に設けられたオートサンプラに先端部に固相抽出剤を備えたチップを取り付け、
このチップから液体試料を少なくとも固相抽出剤まで吸い込んでから吐き出し、
吐き出し後に洗浄液をチップ内部へ通液し、
通液後にチップから溶離液を少なくとも固相抽出剤まで吸い込んでから吐き出すことを特徴とする、前処理方法。
【請求項10】
吸い込む液体試料の容量よりも吸い込む溶離液の容量を小さくすることを特徴とする請求項9に記載の前処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−117284(P2010−117284A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−291625(P2008−291625)
【出願日】平成20年11月14日(2008.11.14)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】