説明

カイメン由来のヒトデ忌避剤

【課題】
海洋環境下での分解性を持つ化合物を用いたヒトデ忌避剤を提供する。
【解決手段】
ホマリン、β−コレスタノール、コレステロール、L-フェニルアラニン、若しくはチミンの化合物単独若しくはそれら複数の組み合わせによるヒトデ忌避剤の発見、若しくはキヌバリイトカイメンをはじめとする貝殻に付着するカイメンの抽出物にヒトデ忌避活性を発見した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒトデ忌避活性を有するカイメン由来化合物若しくはカイメン抽出物に関する。
【背景技術】
【0002】
ホタテガイ、ツブガイ、アワビなど貝類のヒトデ類による食害は、水産業上重要な問題である。ヒトデの養殖網への混入や、ヒトデによる捕食が貝類の種苗放流を行った際の高い減耗率の要因となっている。
【0003】
ヒトデの食害を防止するために、ヒトデの駆除が行われているが、陸に持ち帰ると産業廃棄物になり、廃棄のために多大な費用がかかるため、ヒトデの忌避剤の開発が望まれている。
【0004】
本発明者らは潜水中に、カイメンが付着した貝類がヒトデに捕食されないことを発見した。また、カイメンの付着した貝類の身を貝殻から外すとヒトデは直ちに捕食することを観察した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
海洋環境下での分解性を持つ化合物を用いたヒトデ忌避剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記のような課題に対して鋭意研究を行った結果、カイメン抽出物若しくは、カイメン由来の化合物単独あるいはその混合物にヒトデ忌避活性を見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0007】
本発明のカイメン抽出物若しくは、カイメン由来の化合物単独あるいはその混合物は、ヒトデ忌避活性を有することから、ヒトデ駆除剤として用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
すなわち、本発明は、以下の(1)から(3)に関する。
(1)化学式1で表されるホマリン、化学式2で表されるβ−コレスタノール、コレステロール、L-フェニルアラニン若しくはチミン又はそれらの薬理学上許容される塩を含むカイメン抽出物。
【0009】
【化1】

【0010】
【化2】

【0011】
(2)キヌバリイトカイメンをはじめとする貝殻に付着するカイメンの抽出物。
【0012】
(3)ホマリン、β−コレスタノール、コレステロール、L-フェニルアラニン若しくはチミン又はそれらの薬理学上許容される塩を含む化合物若しくはそれら複数の組み合わせによるヒトデ忌避剤の製造法。
【0013】
本発明の貝類に付着するカイメンは、潜水により採集が可能であり、貝殻に付着したカイメンを採取した後に、採集した場所に戻すと再びカイメンは生育する。主に東北地方に棲息する巻貝コナガニシに付着するキヌバリイトカイメンや、二枚貝アカザラガイに付着するカイメンが挙げられる。
【0014】
カイメン抽出物は、通常行われる物質の採取に用いられる方法により得られる。例えば、カイメンをそのまま、あるいは小さく切り、メタノール、エタノール又はプロパノール等の水親和性有機溶媒で抽出し、濃縮後に含水メタノール等の含水有機溶媒等を用いて溶液とし、必要であれば脱脂処理を行い、次いで水飽和1−ブタノール等の有機溶媒で抽出する。
【0015】
濃縮して得られる残渣を、吸着クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組み合わせ、あるいは必要に応じてそれらを繰り返すことによってホマリン、若しくはβ−コレスタノール、コレステロール、あるいはL−フェニルアラニン、チミンを単離することができる。
【0016】
本発明において薬理学上許容される塩とは、通常取りうる塩であれば特に限定されないが、例えば、鉱酸や有機酸との塩、即ち、ナトリウム塩、カリウム塩、塩酸塩、硫酸塩、酢酸塩等が好ましい。
【0017】
本発明には上記のホマリン、β−コレスタノール、コレステロール、L-フェニルアラニン若しくはチミン又はそれらの薬理学上許容される塩の化合物若しくはそれら複数の組み合わせによる混合物を有効成分とするヒトデ忌避剤も含まれる。
【0018】
5つの化合物はいずれもカイメンの生体中に含有される成分である。ホマリンは海洋無脊椎動物に共通して存在する化合物であり、β−コレスタノール、コレステロール、チミン、L−フェニルアラニンは生物中に存在する化合物である。忌避剤の対象となるヒトデの棲息環境下に同じく棲息するキヌバリイトカイメンから単離した化合物若しくは、カイメン抽出物は、海洋環境下での分解経路を持つ化合物であると推測される。
【0019】
試験例
以下にキヌバリイトカイメンをはじめとする貝殻に付着するカイメンの抽出物あるいはホマリン、β−コレスタノール、コレステロール、L-フェニルアラニン若しくはチミン又はそれらの薬理学上許容される塩の化合物若しくはそれらの複数の組み合わせによる混合物によるヒトデ忌避活性について述べる。
【0020】
実験1
巻貝コナガニシに付着するキヌバリイトカイメンを採取し、細切してエタノールで抽出し、濃縮してエキスを得た。このエタノールエキス1mlを含むあさり煮汁を用いた寒天と、あさり煮汁のみで調整した寒天をそれぞれ1x1x1cmに切ったものを12個作った。30x30x60cmの流水水槽にアクリル板に固定したアクリルの棒を取り付けたものに、それぞれの寒天を固定して底に入れた。マヒトデ5匹を入れて一晩経過後に残った寒天の数を数えた。
【0021】
結果
あさり煮汁で作った寒天は残数0、エタノールエキスを加えた寒天は残数10であった。
【0022】
実験2
二枚貝のアカザラガイに付着するカイメンを採取し、細切してエタノールで抽出し、濃縮してエキスを得た。このエタノールエキス1mlを含むアカザラガイ煮汁を用いた寒天と、アカザラガイ煮汁のみで調整した寒天をそれぞれ1x1x1cmに切ったもの12個作った。40x50x水深5cmの流水水槽にアクリル板に固定したアクリルの棒を取り付けたものに、それぞれの寒天を固定して同じ水槽の底に入れた。マヒトデ5匹とイトマキヒトデ3匹を入れて24時間経過後に残った寒天の数を数えた。
【0023】
結果
アカザラガイ煮汁で作った寒天は残数0、エタノールエキスを加えた寒天は残数8であった。アカザラガイ煮汁のみで作った寒天は開始6時間後に残数0となっていた。
【0024】
実験3
コナガニシから単離した化合物の市販合成品であるβ−コレスタノール、コレステロール、チミン、L−フェニルアラニンと、市販品のaα−ピコリン酸をヨウ化メチルを用いてメチル化して合成したホマリンを、あさり煮汁で作る寒天中に各2mgずつ添加したものを作り、それぞれ1x1x1cmに切って12個にした。30x30x60cmの流水水槽にアクリル板に固定したアクリルの棒を取り付けたものに、それぞれの寒天を固定して底に入れた。マヒトデ5匹を入れて一晩経過後に残った寒天の数を数えた。
【0025】
結果
あさり煮汁で作った寒天は残数0、添加して調整した寒天の残数はそれぞれβ−コレスタノール12個、コレステロール8個、チミン6個、L−フェニルアラニン8個、ホマリン12個であった。
【0026】
実験4
市販の魚網防汚剤ニットールCL(日東化成株式会社 大阪市)5mLにコナガニシ貝殻に付着したキヌバリイトカイメンのエタノール抽出物10mgを添加したものと、β−コレスタノール、コレステロール、チミン、L−フェニルアラニン、ホマリン各5mgを混合して添加したものをガーゼ3x6cmに塗布し、一晩室温にて放置した。40x50x水深5cmの流水水槽に、アクリル板で流水口から2/3のところまで中央に仕切りを入れY字型の水槽にした。通常ヒトデ類は流れに溯る性質を持つことから、流水の入水口をY字の片方に設定し、その近くにガーゼを固定した。マヒトデ5匹とイトマキヒトデ5匹を入れて実験開始から終了120時間までの経過を観察した。
【0027】
結果
エタノール抽出物では開始後48時間を過ぎるとガーゼに近づく個体が現れ、開始後72時間では半数がガーゼに近づいた。β−コレスタノール、コレステロール、チミン、L−フェニルアラニン、ホマリン各5mgを混合して添加したものでは、開始後1時間過ぎからガーゼに近づいたマヒトデ1個体がいた。その他の個体は96時間を過ぎるまでガーゼに近づく個体はなく、104時間頃からガーゼに近づく個体が現れた。
【実施例】
【0028】
以下に本発明の実施例を示すが、これは単なる一例示であって本発明を限定するものではなく、種々の変法が可能である。HPLCは高速液体クロマトグラフィーである。
コナガニシに付着するキヌバリイトカイメンの抽出物の調整法と化合物の分離。
(a)青森県陸奥湾内でコナガニシを採集し、付着するキヌバリイトカイメンをスパーテルで削ぎ落として採取した。キヌバリイトカイメン610gは直ちにエタノール処理を行った。キヌバリイトカイメン採取後のコナガニシは海に戻した。4回のエタノール抽出を行い、濃縮したエキス32.81gを得た。
【0029】
(b)(a)の濃縮したエキスのうち5.24gをn-ヘキサンによる液-液分配を行った。水層はさらに酢酸エチルとの分配を行った。n-ヘキサン層(85.6mg)を酢酸エチル/n-ヘキサンによるシリカゲルカラムクロマトグラフィを行ったところ、酢酸エチル10%と15%の画分にβ−コレスタノールと、TLCで類似したRf値を示すスポットを示す化合物を含むフラクションを得た。市販品のGC/MSスペクトル、各種NMRスペクトル、HPLCのリテンションタイムが一致したことから、β−コレスタノールとコレステロールと決定した。
【0030】
(c)(b)の酢酸エチル分配により、酢酸エチル層 (189.6mg)を得た。水層をさらに1-ブタノールで分配し、ブタノール層を193mg、水層を594mg得た。ブタノール分配の水層500mgをODSカートリッジカラムにかけ、3%メタノール溶出部を逆相HPLC (C18、Capcell Pak 10φ x 250 mm、 資生堂、 0.05%TFA含有水流速1mL/min、UV210nmモニター)にて分取し、1つの化合物を得た。マススペクトル、各種NMRスペクトルを解析してホマリンを推定し、a-ピコリン酸をヨウ化メチルでメチル化を行って作成したホマリンが、HPLCのリテンションタイム、各種NMRスペクトルを比較したところ、一致したことからホマリンと決定した。
【0031】
(d)10%メタノール溶出部を逆相HPLC (C18、Capcell Pak 10φ x 250 mm、 資生堂、 5%メタノール流速2mL/min、UV210nmモニター)にて分取し、二つの化合物を単離した。市販品の各種NMRスペクトル、HPLCのリテンションタイムが一致したことから、チミン とフェニルアラニンと決定した。
【0032】
(e)(d)のフェニルアラニンは、市販合成品のD−フェニルアラニンとL−フェニルアラニンをそれぞれ2mg添加したあさり煮汁の寒天を作り、それぞれ1x1x1cmに切って12個にした。30x30x60cmの流水水槽にアクリル板に固定したアクリルの棒を取り付けたものに、それぞれの寒天を固定して底に入れた。マヒトデ5匹を入れて一晩経過後に残った寒天の数を数えた。その結果、D−フェニルアラニンは3個、L−フェニルアラニンは8個であり、D−フェニルアラニンの寒天はいずれも接触した形跡があり形が崩れていたため、L−フェニルアラニンに摂食忌避活性があると決定した。
【0033】
5つの化合物はいずれもカイメンの生体中に含有される成分である。ホマリンは海洋無脊椎動物に共通して存在する化合物であり、β−コレスタノール、コレステロール、チミン、L−フェニルアラニンは生物中に存在する化合物である。忌避剤の対象となるヒトデの棲息環境下に同じく棲息するキヌバリイトカイメンから単離した化合物若しくはカイメン抽出物は、海洋環境下での分解経路を持つと推測される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式1で表されるホマリン、化学式2で表されるβ−コレスタノール、コレステロール、L-フェニルアラニン、若しくはチミン又はそれらの薬理学上許容される塩を含むカイメン抽出物。
【化1】

【化2】

【請求項2】
キヌバリイトカイメンをはじめとする貝殻に付着するカイメンの抽出物。
【請求項3】
ホマリン、β−コレスタノール、コレステロール、L-フェニルアラニン、若しくはチミン又はそれらの薬理学上許容される塩を含む化合物若しくはそれら複数の組み合わせによるヒトデ忌避剤の製造法。

【公開番号】特開2010−64973(P2010−64973A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−231633(P2008−231633)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(307019653)
【Fターム(参考)】