説明

カイロマイクロンの分析方法

【課題】カイロマイクロン(CM)の定量は、脂質代謝異常症患者の病態を把握するための重要な情報の一つとなるため、簡便で正確なCMを定量するための分析方法を提供する。
【解決手段】CMの密度は水よりわずかに小さく、放置することにより浮上するため、正確なCMの定量のためには試料を分析する前に撹拌することが必要であるが、強い撹拌ではリポ蛋白の変質を引き起こしてしまう問題があった。そこで、測定試料を採取し、分析する前にリポ蛋白の変質を引き起こさないように、かつ、CMを均一に混合するように、ニードルあるいはノズルによる吸引吐出による撹拌することにより、CMの正確な分離及び定量を可能とした。なお、吸引吐出の線速は6000cm/min以下であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は測定試料中に含まれるリポ蛋白の変質を引き起こさないような攪拌方法、そのような攪拌を行なった後に試料を採取する方法、そして、そのようにして採取した試料を分析することによる、カイロマイクロンの正確な定量を可能とする分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高脂血症は糖尿病に並ぶ生活習慣病の一つであり、従来、スクリーニングやモニタリングの目的に血清中の総コレステロール値が用いられてきた。コレステロールは一般的に、リポ蛋白質の形で血液中を運搬され、密度の高い順に、高密度リポ蛋白質(HDL)、低密度リポ蛋白質(LDL)、中間型リポ蛋白質(IDL)、超低密度リポ蛋白質(VLDL)、カイロマイクロン(CM)の5分画に分けることができるが、この中でCMは、高脂血症の世界保健機構(WHO)分類によると、空腹時のCMの存在がI型およびV型高脂血症の判断の一つとなっている。
【0003】
CMの分析方法には、セルロースアセテート電気泳動法、アガロース電気泳動法、アクリルアミド電気泳動法、超遠心分析法、ゲルろ過クロマトグラフィ等の方法がある(非特許文献1)。セルロースアセテート電気泳動法及びアガロース電気泳動法においては、CMは電荷を有さないため原点に留まり泳動しないとされている(非特許文献1)。アクリルアミド電気泳動も同様で、濃縮ゲルに留まったままとされている(非特許文献1)。これら電気泳動法は、試料(血清)中に分散している浮遊微粒子の影響を受けるため、多くの患者検体の場合、正確な定量は困難である。超遠心分析法では、CMの密度は0.94g/cm未満と水よりもわずかに軽いため、浮上時間を算出して分離することにより、その定量分析を行なうことも可能である。しかしながら、操作は煩雑で熟練した技術が必要である。臨床現場では、CMの密度が血清より小さいことから、冷蔵庫に16から24時間放置し、上層に白い層(CMの層)が確認できるか否かで、その患者血清中にCMが存在するか否か判断されている(非特許文献2)。
【0004】
以上のような分析方法に対して、ゲルろ過クロマトグラフィでは、簡易にCMの定量分析を行なうことが可能であり、例えばその定量分析のためのゲルろ過カラムが市販されている(商品名;TSKgel Lipopropack、東ソー製)(非特許文献3)。
【0005】
昨今、イオン交換クロマトグラフィにより、HDL、LDL、IDL、VLDL、CMの各成分を分離する方法が開発された(特許文献1、非特許文献4及び5)。陽イオン交換クロマトグラフィでは、マグネシウムイオン濃度依存的に試料中のHDL、LDL、IDL、VLDL、CMの各成分が溶出する(非特許文献4)(なおこのCM画分は、レムナントと呼ばれる粒子系の小さなCMのみが溶出されることが知られている)。陰イオン交換クロマトグラフィでは、カオトロピックイオンの濃度依存的に試料中のHDL、LDL、IDL、VLDL、CMの各成分が溶出する(非特許文献5)。これらのイオン交換クロマトグラフィは、CMを十分に分離することが可能であり、定量法として適切な方法である。
【0006】
試料中に含まれる被分析物を液体クロマトグラフィ等によって分離、定量する際には、通常、カラムに供する試料を採取する以前に試料を攪拌する操作が行なわれる。係る攪拌としては、例えば、吸引吐出する方法、試料中にノズルから空気を吹き出す方法、攪拌棒で攪拌する方法、試料容器を振動や回転させる方法、内径の不連続に変化する配管に試料を流すことで生じる乱流により攪拌する方法等がある(特許文献2、非特許文献6)。より具体的には、例えば、液体クロマトグラフィを用いたカテコールアミン分析装置において、自動で反応試薬、反応助剤及び試料を混合する機構として、反応容器に予め反応試薬と反応助剤を分注し、その容器に試料を高速で吐出するもの(特許文献3)、尿中の有形成分を測定するために、吸引吐出により攪拌を行なうための内径の比較的大きなピペットと試料を吸引採取するための内径の小さなピペットの2つのピペットを有するもの(特許文献4)、全血中の赤血球を破砕し赤血球中に含まれるヘモグロビンを溶出するため、内径が変化した乱流が起こりやすい流路に、希釈した全血を往復させることにより、混合及び赤血球の破砕を行なう機構(非特許文献6)等がある。
【0007】
上記した攪拌操作は、しかしながら、試料と希釈液等を混合するための操作として、又は、尿中の有形成分や血液中の血球成分等の不溶物を均一に混合するための操作として検討されているため、例えば吸引吐出による攪拌を行なっているものでは、乱流作用によって混合を促すために12000から24000cm/minの線速で吸引吐出を行なっている。
【0008】
【特許文献1】特開2002−296261
【特許文献2】特開昭63−66466
【特許文献3】特開第3329939号
【特許文献4】特許第3276551号
【非特許文献1】山本 章 編著、血清脂質−その臨床、基礎、分析法、内外医学社、p.378−401、1981
【非特許文献2】金井 正光 編、臨床検査法提要第29版、金原出版、p.452、1983
【非特許文献3】Shinichi Usui et al.,J. Lipid Res.,43,805−814,2002
【非特許文献4】Yuji Hirowatari et al.,Anal. Biochem.,308,336−342,2002
【非特許文献5】Yuji Hirowatari et al.,J. Lipid Res.,44,1404−1412,2003
【非特許文献6】福永 信吾ら、東ソー研究報告、40、75−84、1996
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
リポ蛋白は、強い攪拌等の衝撃により変質することが知られている。このため、従来行なわれているような吸引吐出する方法、試料中にノズルから空気を吹き出す方法、攪拌棒で攪拌する方法、試料容器を振動や回転させる方法、内径の不連続に変化する配管に試料を流すことで生じる乱流により攪拌する方法では、混合時に発生する比較的強い衝撃による変性の可能性を否定できない。その一方でCMは、その密度が0.94g/cm未満と水よりもわずかに軽く、放置することにより浮上するため、正確なCMの定量のためには、試料を採取し、分析する前に変質を引き起こさないように攪拌することが必要である。
【0010】
もしも、攪拌の際の衝撃が強くなり、リポ蛋白が変質を起こした場合には、表面に存在するタンパク質に変性が生じることにより疎水性が上昇し、CMと同様の大きなリポ蛋白となることが想像される。そのためCMの定量値が偽高値を示すことが懸念される。
【0011】
そこで本願発明は、高脂血症患者の病態を把握するために重要な情報の一つとなるCMを正確に定量するための、リポ蛋白の変質を引き起こさない攪拌方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を行ない、その結果本発明を完成するに至った。前記課題を解決する本願請求項1の発明は、CMを含有し得る測定試料に対し、試料が含有するリポ蛋白の変質が引き起こされることにより、CMの定量値への影響を及ぼさないように、ニードルあるいはノズルの吸引吐出により攪拌する測定試料の攪拌方法である。本願請求項2の発明は、本願請求項1の発明に係り、ニードルあるいはノズルの吸引吐出の線速が6000cm/min以下であることを特徴とする。本願請求項3の発明は、CMを含有し得る測定試料を採取する前に、本願請求項1又は2の攪拌を行なうことを特徴とする測定試料の採取方法である。本願請求項4の発明は、CMを含有し得る測定試料を分析する前に、本願請求項3の測定試料の採取を行なうことを特徴とする、測定試料中に含まれるCMの正確な分離及び定量が可能となる分析方法である。そして、本願請求項5の発明は、前記請求項4の発明に係り、試料中のCMを分離及び定量する分析手段が液体クロマトグラフィであることを特徴とする。
【0013】
以下、本発明の詳細について説明する。本願発明は、ニードルあるいはノズル(以下、ノズル等ということがある)の吸引吐出、即ち、測定試料をノズル等で吸引し吐出する操作により、リポ蛋白の変質を引き起こさないように攪拌するものである。試料中へのノズル等からの空気の吐出、攪拌棒の攪拌、試料容器の振動等又は内径が不連続に変化する配管に測定試料を流すことによる攪拌では、操作時に比較的強い衝撃が生じるため、リポ蛋白の変質が引き起こされる可能性があり、不適切である。特に、試料中へのノズル等からの空気の吐出では、リポ蛋白が変質する可能性に加え、吐出された空気が測定試料中で気泡を形成し、分析のために測定試料を採取する際に吸引され、結果的に測定試料の採取量に変動を生じて正確な分析を阻害する可能性がある。
【0014】
本願発明では、6000cm/min以下という、従来の吸引吐出による攪拌において採用されている線速(12000から24000cm/min)からみると、比較的遅い線速により測定試料をゆっくりと吸引吐出するために、CMに対し強い衝撃を与えず、しかも、気泡形成のない攪拌が可能である。このように遅い線速による吸引吐出によって十分な攪拌が可能であるのは、CMが水に比べて少しだけ密度の小さい画分であるためである。なお、CMはリポ蛋白の中で最も密度が小さい画分であり、その値は0.94g/cm未満と水よりわずかに小さいだけであるため、ノズル等による吸引吐出の線速の下限値に特に制限はないが、攪拌に引き続き、例えば後述する液体クロマトグラフィを用いてCM分析を行なうような場合には、500cm/min程度以上の線速で攪拌することが、分析速度の向上等の面から好ましい。
【0015】
ノズル等による吸引吐出は、例えば、図1に示したように行なうことが好ましい。まず、試料カップ(4)中の測定試料にニードル(3)の先端を浸漬する。どの程度までニードル先端を浸漬するかについて特別の制限はないが、後に測定試料の吸引を完了した段階で、ニードル中に空気が吸引されないようにすれば良い。次に、浸漬したニードルの先端から測定試料をシリンジ(1)で吸引する。吸引する測定試料の量は、全測定試料の70%程度以上とすることが好ましい。係る量を吸引し、吐出すれば、吸引しなかった測定試料との間で十分な攪拌が見込めるからである。そして、ニードル(3)の先端が測定試料液面からわずかに離れた位置かそれ以下の位置(吸引しなかった測定試料中に浸漬された状態でも良い)から、シリンジ(1)で6000cm/min以下の線速で吸引した測定試料を吐出する。6000cm/minの攪拌は比較的ゆっくりとしたマイルドな攪拌である。しかし、CMは比重が水よりわずかに軽いという特質を持つため試料の上層に浮いた状態となっており、吸引工程の終段階で吸引された後、吐出時に液面からわずかに離れた位置かそれ以下の位置で吐出することにより、容易に混合される。一方、一般的に行なわれる攪拌(血球や尿沈渣)の場合、試料を強く攪拌し巻き上げることにより均一状態となるように混合を行なわなければならない。
【0016】
以上の吸引吐出を1回行なうことにより、液体中に気泡を発生させず、かつ、リポ蛋白の変性を引き起こさずに、CMを容易かつ効率よく攪拌できるが、より信頼性を高めるために2から5回程度、繰り返し実施することが好ましい。
【0017】
ノズル等は、いわゆる手動のピペッターや、前記例示の如くシリンジであっても良いが、複数の測定試料について均一な攪拌を実現するためには自動的に測定試料の吸引吐出を行なうものが好適である。測定試料のサンプリング用サンプラー(オートサンプラー)を備える液体クロマトグラフィ装置等では、当該サンプラーのノズル等を利用することができる。この場合には、試料を吸引して分析系に導入するためのノズル等と試料を攪拌するノズル等を共有でき、分析装置としてシンプルな設計にできる。
【0018】
CMの測定を行なうための測定試料を採取する前に攪拌を行なう場合には、上記説明したノズル等をそのまま測定試料採取用のノズル等として使用することのほかに、攪拌に使用したのとは異なるノズル等を採取専用のノズル等として使用することもできる。このようにして採取された測定試料は、CMの正確な分析を行なうための測定試料として、従来公知の種々の分析に供することができるが、簡便で定量性に優れるという特徴を有する液体クロマトグラフィ、中でも他のリポ蛋白との分離能が非常に高いイオン交換クロマトグラフィが、好ましいCM分析方法として例示できる。
【0019】
本願発明は、液体クロマトグラフィにより複数の測定試料中のCMを連続的に分析する場合、本願発明は特に好ましい結果をもたらすものである。すなわち、液体クロマトグラフィにより一度に分析し得る測定試料は基本的に一種類であるため、複数の測定試料を連続的に分析する場合、オートサンプラーに当該複数の測定試料をセットしておくのが普通である。ここで、測定試料をセットしてから測定が開始されるまでの時間は、測定順序の後になればなるほど長くなり、その間にCMが浮上するからである。従って、測定試料を採取して液体クロマトグラフィによる分析に供する直前に、本願発明を適用して測定試料を攪拌することにより、正確なCMの定量を行なうことが可能となる。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、CMを含有し得る測定試料を分析する前に、リポ蛋白の変質を引き起こさないように攪拌した後、採取を行なうことで、測定試料中に含まれるCMの正確な分離及び定量を可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
実施例1
測定試料を分析する前に、吸引吐出による攪拌の実施の有無による、カイロマイクロン及び総コレステロール定量値への影響を検討した。
【0022】
測定試料に含まれるリポ蛋白質のコレステロールの定量は図2に示す高速液体クロマトグラフを用いて行なった。溶離液A(5)及びB(6)はそれぞれのポンプ(8及び9)へ送られる前にデガッサー(7)で溶存する気体成分を除去し、ポンプ(8及び9)出口のミキサー(10)により攪拌され、オートサンプラー(11)より採取された測定試料とともに、カラム(13)へと送られる。なお、カラム(13)の入り口にはフィルター(12)を接続した。一方、コレステロール反応液(15)はエアートラップ(16)を経由してポンプ(17)へ送られる。なお、ポンプ(17)出口には、抵抗管(18)(内径0.1mm×2m)を2本接続した。カラム(13)からの溶出液とコレステロール反応液とがリアクター(19)内の反応コイル(内径0.25mm×30m)にて反応し、リアクター(19)出口にある検出器(20)にて検出する。
【0023】
溶離液A(5)には50mmol/L Tris−HNO+1mmol/L EDTA−2Na(pH7.5)を、溶離液B(6)には50mmol/L Tris−HNO+1mmol/L EDTA−2Na(pH7.5)+500mmol/L 過塩素酸ナトリウム(pH7.5)を用いた。オートサンプラー(11)は、試料カップを設置する場所(21)、上下左右に移動が可能なニードル(22)、試料を吸引吐出するためのシリンジポンプ(23)、流路を切り替えるための6方モーターバルブ(24)、試料を採取するための4μL容量のサンプルループ(25)、ニードル洗浄のための洗浄液(26)及び電磁弁(27)を有している。カラム(13)にはTSKgel DEAE−NPR(カラムサイズ:内径3.0mm×25mm、東ソー製)を用いた。コレステロール反応液(15)はコレステロールEテストワコー(和光純薬製)を用いた。溶離液は0.5mL/minの流速とし、コレステロール反応液の流速は0.2mL/minとした。カラムオーブン(14)は25℃に保ち、反応コイル(19)は37℃に保った。検出器(20)の検出波長は600nmとした。
【0024】
溶離液のステップグラジエントパターンは0から3分まではB液の組成を20%に固定、3から8.5分まではB液の組成を23%に固定、8.5から11分まではB液の組成を27%に固定、11から14.5分まではB液の組成を32%に固定、14.5から16.5分まではB液の組成を100%に固定、16.5分以降はB液の組成を20%に固定し試料注入は24分毎に行なった。以上の分析条件により、試料中のリポ蛋白はカラム中で分離され、HDL、LDL、IDL、VLDL、CMの順にカラムより溶出され、コレステロール反応液と混合し、反応、検出することにより、HDL、LDL、IDL、VLDL、CM中のコレステロールを定量することができる。また、すべての定量値を合計することにより、測定試料中の総コレステロール値を算出できる。
【0025】
CM高濃度含有検体として、高脂血症患者血清のうち、冷蔵庫内に12時間放置した際にCMが浮上分離する血清を用いた。また、健常者の血清も別途用意した。CM高濃度含有検体及び健常人検体をそれぞれ試料カップに50μL分注し、10℃に冷却したオートサンプラー上で16時間放置し、測定を行なった。
【0026】
吸引吐出による攪拌の方法はオートサンプラーに試料カップを設置し、測定試料採取の際に、試料カップ内に50μLの試料を入れ、40μLの吸引吐出の繰り返しを3回行ない通常の採取を行なった。この際、試料の吸引吐出はともに3200cm/minに設定した。なお、オートサンプラーのニードルの位置は、各吸引終了時にニードルの先端が試料液面よりも2mm高い位置になるように動作させてから吐出動作を行なうようにした。なお、試料採取量はいずれの場合においても4μLとした。
【0027】
測定で得られたHDL、LDL、IDL、VLDL、CM中のコレステロール測定値及び比率を表1に示した。また、同じく測定で得られたCM高感度含有検体及び健常人検体のクロマトグラムをそれぞれ図3及び4に示した。
【0028】
【表1】

CM高濃度含有検体の測定において吸引吐出による攪拌の有無の影響について比較してみると、HDL、LDL、IDL、VLDLでは大きな数値の変化はみられなかったが、CMにおいては23.1mg/dLから30.4mg/dLと大幅に増加した。これは、攪拌により密度の低いCM画分が均一に混合されたためと判断する。また、これに伴い、総コレステロール値(すべてのリポ蛋白の合計値)も176.1mg/dLから186.8mg/dLへと増加した。これらの結果から、事前攪拌のない場合においては、CM中のコレステロール値が低く、また、総コレステロール値も低く測定してしまい、正確性に欠けることがわかる。
【0029】
また、検出されたコレステロールの濃度から算出されるそれぞれのリポ蛋白の比率は高脂血症患者の病態を把握するための指標となり得るが、この比率においても、攪拌がない場合においては、HDL、LDLの高密度成分が高く見積もられ、CMのような低密度成分が低く見積もられていた。
【0030】
一方、CMが高濃度で含有されない健常人検体においては攪拌の有無による影響がほとんどなく、各画分のコレステロール濃度及び総コレステロール濃度にも、組成比についてもほとんど影響はなかった。
実施例2
攪拌強度による、リポ蛋白コレステロール濃度及び総コレステロール定量値への影響を検討した。
【0031】
CM高濃度含有検体及び健常人検体(検体は実施例1で使用したものとは異なる)をピペッティングにて10回吸引吐出させての攪拌(吸引吐出量は実施例1と同じ)、あるいはミキサーにて10分間の攪拌にて測定検体を混合させ、実施例1で使用した高速液体クロマトグラフィにて測定を行なった。測定で得られたHDL、LDL、IDL、VLDL、CM中のコレステロール測定値を表2に示した。
【0032】
【表2】

発明が解決しようとする課題の中でリポ蛋白が強い衝撃により変質すると述べたが、実際に、CMが含有された試料をミキサーで勢いよく10分間攪拌操作を行なった後、イオン交換クロマトグラフィにて分析するとリポ蛋白が変質し、疎水性が増加し、凝集した結果として、HDLの測定値に偽低値、CMの測定値に偽高値が見られた。また、総コレステロール定量値は変化していなかったことから、CMの偽高値はHDLの低下に伴うものであることが確認された。
実施例3
CM高濃度含有検体を用いて吸引吐出での線速の違いによるCM及び総コレステロール定量値への影響を検討した。
【0033】
CM高濃度含有検体(実施例1及び2で用いた試料とは異なる)を生理食塩水で10倍希釈した試料を用いて、線速2600cm/min、8800cm/min、44000cm/minにてそれぞれ試料を3回吸引吐出することで攪拌し(吸引吐出量は実施例1と同じ)、実施例1で使用した高速液体クロマトグラフィにて測定を行なった。測定で得られたHDL、LDL、IDL、VLDL、CM中のコレステロール測定値を表3に示した。
【0034】
【表3】

発明が解決しようとする課題の中でリポ蛋白が強い衝撃により変質すると述べたが、実際に、変質しやすい検体を線速44000cm/minで3回攪拌操作を行なった後、イオン交換クロマトグラフィにて分析すると、HDL及びLDLの測定値に偽低値、CMの測定値に偽高値が見られた。これは、HDLおよびLDLが変質して、表面の性質が変化して、CMの位置に溶出するようになったことに起因する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】吸引吐出による攪拌とそのときの攪拌状態の模式図
【図2】リポ蛋白分析装置の概要
【図3】実施例1にて測定試料を分析する前に吸引吐出にて攪拌した場合(A)、及び攪拌しなかった場合(B)の、CM高濃度含有検体に含まれるリポ蛋白質中のコレステロール測定のクロマトグラム。図中、HDLは高密度リポ蛋白質中のコレステロール、LDLは低密度リポ蛋白質中のコレステロール、IDLは中間型リポ蛋白質中のコレステロール、VLDLは超低密度リポ蛋白質中のコレステロール、CMはカイロマイクロン中のコレステロールをそれぞれ示している。
【図4】実施例1にて測定試料を分析する前に吸引吐出にて攪拌した場合(A)、及び攪拌しなかった場合(B)の、健常人検体に含まれるリポ蛋白質中のコレステロール測定のクロマトグラム。図中、HDLは高密度リポ蛋白質中のコレステロール、LDLは低密度リポ蛋白質中のコレステロール、IDLは中間型リポ蛋白質中のコレステロール、VLDLは超低密度リポ蛋白質中のコレステロール、CMはカイロマイクロン中のコレステロールをそれぞれ示している。
【符号の説明】
【0036】
1 吸引吐出用シリンジ
2 導管
3 ニードル
4 試料カップ
5 溶離液A
6 溶離液B
7 デガッサー
8 溶離液A用ポンプ
9 溶離液B用ポンプ
10 スタティックミキサー
11 オートサンプラー
12 フィルター
13 カラム
14 カラムオーブン
15 コレステロール反応液
16 エアートラップ
17 コレステロール反応液用ポンプ
18 抵抗管
19 リアクター
20 検出器
21 試料カップ
22 ニードル
23 シリンジポンプ
24 流路切り替えのための6方モーターバルブ
25 サンプルループ
26 ニードル洗浄のための洗浄液(精製水)
27 ニードル洗浄のための電磁弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイロマイクロンを含有し得る測定試料に対し、試料が含有するリポ蛋白の変質を引き起こさないように、ニードルあるいはノズルの吸引吐出により撹拌する測定試料の撹拌方法。
【請求項2】
ニードルあるいはノズルの吸引吐出の線速が6000cm/min以下であることを特徴とする請求項1の撹拌方法。
【請求項3】
カイロマイクロンを含有し得る測定試料を採取する前に、請求項1から2のいずれかに記載の撹拌を行なうことを特徴とする測定試料の採取方法。
【請求項4】
カイロマイクロンを含有し得る測定試料を分析する前に、請求項3に記載の採取を行なうことで測定試料中に含まれるカイロマイクロンの正確な分離及び定量が可能となることを特徴とするカイロマイクロンの分析方法。
【請求項5】
試料中のカイロマイクロンを分離及び定量する分析手段が液体クロマトグラフィであることを特徴とする請求項4の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−256540(P2008−256540A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−99264(P2007−99264)
【出願日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)