説明

カカオ発酵処理物およびその製造方法

【課題】 独特の発酵風味を有するカカオ発酵処理物およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】 カカオ原料にアミラーゼ、セルラーゼおよびプロテアーゼから選ばれる1種または2種以上の酵素を作用させる酵素処理工程、および得られた酵素処理物に乳酸菌および酵母を作用させる発酵処理工程を有し、前記乳酸菌として、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・カゼイ、ビフィズス菌、ラクトバチルス・クレモリス、ラクトコッカス・ラクチス、ロイコノストックおよびケフィア菌から選ばれる1種または2種以上が使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、独特の発酵風味を有するカカオ発酵処理物、およびカカオ原料を酵素処理および発酵処理することで前記カカオ発酵処理物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カカオ豆は種類、産地、栽培する土地の土壌および気候条件により風味が異なり、特に原種といわれ中南米で栽培されるクリオロ種は独特の香りを有しており、フレーバービーンズとして珍重されている。しかし、クリオロ種は病害虫に非常に弱く栽培量も少ないため希少価値が高く高価である。
【0003】
そこで、カカオ豆の代わりに、製菓用に流通しているカカオ原料(カカオニブ、カカオマス、ココアパウダー等)を用い、該カカオ原料を酵素処理して旨みの強い酵素処理物を製造する方法が提案されている。
【0004】
【特許文献1】特開2007−43931号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、本発明者らの検討によれば、カカオ原料のうち、例えばカカオマスを酵素処理した酵素処理物は苦味とエグ味が強くなる場合があり、更に風味を改善する必要があった。
【0006】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、独特の発酵風味を有するカカオ発酵処理物およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、カカオ原料を酵素処理した後、乳酸菌と酵母で発酵させることで、独特の発酵風味を有するカカオ発酵処理物が製造できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
〔1〕 カカオ原料にアミラーゼ、セルラーゼおよびプロテアーゼから選ばれる1種または2種以上の酵素を作用させる酵素処理工程、および得られた酵素処理物に乳酸菌および酵母を作用させる発酵処理工程を有する、カカオ発酵処理物の製造方法であって、
前記乳酸菌が、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・カゼイ、ビフィズス菌、ラクトバチルス・クレモリス、ラクトコッカス・ラクチス、ロイコノストックおよびケフィア菌から選ばれる1種または2種以上である、カカオ発酵処理物の製造方法、
〔2〕 カカオ原料がカカオニブ、カカオマスおよびココアパウダーから選択される少なくとも1種である、前記〔1〕記載のカカオ発酵処理物の製造方法、
〔3〕 前記〔1〕または〔2〕に記載の製造方法によって得られるカカオ発酵処理物、
〔4〕 前記〔3〕記載のカカオ発酵処理物を含有する飲食品。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、カカオ原料の酵素処理物に乳酸菌と酵母を作用させる発酵処理工程において、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・カゼイ、ビフィズス菌、ラクトバチルス・クレモリス、ラクトコッカス・ラクチス、ロイコノストックおよびケフィア菌から選ばれる1種または2種以上の特定の乳酸菌を用いるので、独特の発酵風味を有するカカオ発酵処理物が製造される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明においてカカオ発酵処理物は、カカオ原料を必須原料として、酵素処理工程および発酵処理工程を経て製造される。
【0011】
本発明において使用し得るカカオ原料は、カカオ豆から得られるものであり、例えば、カカオニブ、カカオマス、ココアパウダー等を挙げることができ、これらは単独でまたは2種以上の混合物として使用することができる。前記カカオ原料以外に使用し得る原料としては、例えば、水、砂糖等が挙げられる。砂糖は、後述する酵母発酵において発酵助剤として必要に応じて使用される。
【0012】
前記カカオ原料や水等の原料は、通常40〜60℃の範囲で溶解・混合して液状の原料混合物とした後、85〜140℃の範囲で加熱殺菌することが好ましい。
【0013】
続いて、前記原料混合物に酵素を作用させる。本発明で使用し得る酵素は、アミラーゼ、セルラーゼおよびプロテアーゼから選択され、これらは単独でまたは2種以上組み合わせて使用することができる。アミラーゼとしては、例えば、アミラーゼAD(天野エンザイム(株)製)、ビオザイムA(天野エンザイム(株)製)、グルクザイムAF6(天野エンザイム(株)製)、スミチームS(新日本化学工業(株)製)、スミチームAS(新日本化学工業(株)製)等が挙げられる。セルラーゼとしては、例えば、セルラーゼA(天野エンザイム(株)製)、セルレース(ナガセケムテックス(株)製)、セルラーゼXP−425(ナガセケムテックス(株)製)等が挙げられる。プロテアーゼとしては、例えば、プロテアーゼA(天野エンザイム(株)製)、プロテアーゼM(天野エンザイム(株)製)、ウマミザイムG(天野エンザイム(株)製)、スミチームLP(新日本化学工業(株)製)等が挙げられる。また、上記3種類の酵素のうち、2種以上が含有されてなる複合酵素も使用することができる。本発明に適用し得る複合酵素としては、例えば、T−50(含有酵素:アミラーゼ,プロテアーゼ,セルラーゼ、ナガセケムテックス(株)製)、アミラーゼAY(含有酵素:アミラーゼ,プロテアーゼ、天野エンザイム(株)製)等が挙げられる。
【0014】
酵素の使用量は、使用する酵素の活性に応じて適宜設定されるものであり特に限定されないが、通常、カカオ原料に対して0.01〜10重量%である。酵素処理条件は、使用する酵素の特性に応じて、25〜70℃、1〜24時間の条件下で適宜設定することができる。そして、酵素処理終了後、液状の酵素処理物を85〜140℃の範囲で加熱し、使用した酵素を殺菌することが好ましい。
【0015】
続いて、前記で得られた液状の酵素処理物に乳酸菌と酵母を作用させる。本発明において使用し得る乳酸菌は、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・カゼイ、ビフィズス菌、ラクトバチルス・クレモリス、ラクトコッカス・ラクチス、ロイコノストックおよびケフィア菌に限定され、該乳酸菌を単独でまたは2種以上組み合わせて使用することができる。乳酸菌スターターの使用量は、製造されるカカオ発酵処理物の目的とする風味に応じて適宜選択し得るものであり特に限定されないが、通常、カカオ原料に対して0.01〜10重量%である。
【0016】
本発明で使用し得る酵母は特に限定されず、例えば、酒造酵母、ワイン酵母等が挙げられ、これらは製造されるカカオ発酵処理物の目的とする風味に応じて適宜選択し得る。酵母スターターの使用量は、製造されるカカオ発酵処理物の目的とする風味に応じて適宜選択し得るものであり特に限定されないが、通常、カカオ原料に対して0.01〜10重量%である。
【0017】
乳酸菌と酵母は、ともに共存した状態で前記液状の酵素処理物に接種することが好ましい。発酵処理条件は、製造されるカカオ発酵処理物の目的とする風味に応じて、25〜45℃、5〜50時間の条件下で適宜設定することができる。そして、発酵処理終了後、液状の発酵処理物を85〜140℃で加熱し、使用した乳酸菌と酵母を殺菌することが好ましい。以上説明した酵素処理工程および発酵処理工程を経て、本発明に係る液状のカカオ発酵処理物(以下、「カカオ発酵処理液」という)が製造される。このカカオ発酵処理液は、未発酵の原料混合物に比べて酸味、甘味および旨味が増強され、独特の発酵風味を有するものとなる。
【0018】
得られたカカオ発酵処理液は、そのまま使用することもできるが、該カカオ発酵処理液に砂糖を添加・混合した加糖品、該カカオ発酵液を濃縮した濃縮品、該カカオ発酵処理液に賦形剤(例えば、アラビアガム、デキストリン等)を添加・混合した粉末品等、適宜の形態に加工することができる。本発明では、カカオ発酵処理液そのものの他、カカオ発酵処理液を上述のように適宜の形態に加工したものもカカオ発酵処理物の概念に含める。
【0019】
このようにして得られたカカオ発酵処理物は、例えば、清涼飲料、炭酸飲料、乳飲料、機能性飲料等の飲料類;チョコレート、チョコレートソース、キャンディー、クッキー、ケーキ、ゼリー等の菓子類;等の飲食品類に配合することができる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明について具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0021】
1.酵素処理の有無によるカカオ発酵処理液の風味評価
(実施例1〜3)
表1に示す原料のうち、水、カカオマス(大東カカオ(株)製)および砂糖を50℃で溶解・混合し、90℃で加熱殺菌した後、実施例1〜3の各酵素を添加し、55℃で4時間酵素処理を行い、次いで90℃で加熱殺菌して酵素を失活させた。続いて、前記酵素処理工程で得られた酵素処理液に表1に示す乳酸菌スターターと酵母スターターを接種し、30℃で16時間発酵処理を行い、次いで90℃で10分間加熱して乳酸菌と酵母を殺菌して、カカオ発酵処理液を得た。
【0022】
(比較例1)
表1に示す原料のうち、水、カカオマス(大東カカオ(株)製)および砂糖を50℃で溶解・混合し、90℃で加熱殺菌した後、酵素処理およびその後の加熱殺菌をしないこと以外は実施例1〜3と同様の方法で発酵処理工程を行い、カカオ発酵処理液を得た。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
(評価)
表2より、発酵処理前後のpHを比較すると、実施例1〜3は比較例1と比べて発酵処理後のpHの低下が大きく、発酵がより進行しているものと考えられた。
また、表3は、カカオ発酵処理液の官能評価結果を示したものである(モニター数:9名)。表3から、実施例1〜3で得られたカカオ発酵処理液は、酵素処理工程を行わなかった比較例1で得られたカカオ発酵処理液よりも風味変化が大きく、甘味や旨味が付与されていた。したがって、発酵処理工程で乳酸菌と酵母を使用する場合でも、得られるカカオ発酵処理液に甘味や旨味を付与するには、発酵処理工程の前に酵素処理工程を行う必要があることが分かった。
【0027】
2.乳酸菌の種類を変えて調製したカカオ発酵処理液の加糖品の風味評価
(参考例1〜6)
表4に示す原料のうち、水、カカオマス(大東カカオ(株)製)および砂糖を50℃で溶解・混合し、90℃で加熱殺菌した後、参考例1〜6の複合酵素を添加し、55℃で4時間酵素処理を行い、次いで90℃で加熱殺菌して複合酵素を失活させた。続いて、前記酵素処理工程で得られた酵素処理液に表4に示す各種乳酸菌スターターを接種し、30℃で16時間発酵処理を行い、次いで90℃で10分間加熱して乳酸菌を殺菌して、カカオ発酵処理液を得た。そして、表5に示すように、得られたカカオ発酵処理液に室温下で水と砂糖を添加・混合して、カカオ発酵処理液の加糖品を得た。
【0028】
【表4】

【0029】
【表5】

【0030】
【表6】

【0031】
【表7】

【0032】
(評価)
表6より、乳酸菌による発酵処理前後のpHをみると、使用した乳酸菌の種類によってpHの低下度合が異なり、特に参考例3と参考例4では、pHがほとんど低下していないことが分かる。
【0033】
表7は、前記「1.酵素処理の有無によるカカオ発酵処理液の風味評価」と同様の方法を用いて、得られたカカオ発酵処理液の加糖品の官能評価結果を示したものである。表7より、ヨーグルトなどに用いられるストレプトコッカス・サーモフィルス、ラクトバチルス・ブルガリカス、ラクトバチルス・アシドフィルスでは、香りと酸味に欠け、そのため風味変化が少ない結果となった(参考例3,4を参照)。他の乳酸菌については、香りと酸味の変化が大きく、それぞれ特徴ある発酵風味を示すことが分かった(参考例1,2,5,6を参照)。これらの中でも、特にラクトバチルス・プランタラムを使用したものが好ましい結果となった(参考例1,2を参照)。
上記の試験は、乳酸菌の接種および発酵による風味変化をみるため、酵母を接種せず行ったものであるが、全ての乳酸菌が適用可能なわけではなく、適切な乳酸菌を選択する必要があることが分かった。
【0034】
3.酵母の種類を変えて調製したカカオ発酵処理液の加糖・濃縮品を添加したチョコレートの風味評価
(実施例4,5)
表8に示す原料のうち、水、カカオマス(大東カカオ(株)製)および砂糖を50℃で溶解・混合し、90℃で加熱殺菌した後、実施例4,5の複合酵素を添加し、55℃で4時間酵素処理を行い、次いで90℃で加熱殺菌して複合酵素を失活させた。続いて、前記酵素処理工程で得られた酵素処理液に表8に示す乳酸菌スターターと酵母スターターを接種し、30℃で16時間発酵処理を行い、次いで90℃で10分間加熱して乳酸菌と酵母を殺菌して、カカオ発酵処理液を得た。そして、表5に示すように、得られたカカオ発酵処理液に室温下で水と砂糖を添加・混合して、カカオ発酵処理液の加糖品を調製し、さらにこれを1.5倍濃縮した加糖・濃縮品を既製品のチョコレートに10重量%添加・混合してチョコレートを製造した。
【0035】
(比較例2)
実施例4,5の発酵処理工程において、酵母を添加しないこと以外は、実施例4,5と同様の方法でチョコレートを製造した。
【0036】
【表8】

【0037】
【表9】

【0038】
(評価)
表9は、前記「1.酵素処理の有無によるカカオ発酵処理液の風味評価」と同様の方法を用いて、得られたカカオ発酵処理液の加糖・濃縮品を添加・混合して得られたチョコレートの官能評価結果を示したものである。表9に示すとおり、乳酸菌発酵により酸味、風味変化ともに強くなり(比較例2を参照)、さらに酵母発酵を併用することで、香りの変化がより強くなる評価結果が得られた(実施例4,5を参照)。
【0039】
図1および図2は実施例4の発酵処理工程の前後の試料について、ヘッドスペースの気体に固相マイクロ抽出法を適用した方法(SPME−HS法)を用いて、前記試料中の香気成分を分析したMSクロマトグラムである。GC−MSの測定条件は以下に示す通りである。
(GC−MSの測定条件)
Instrument :Agilent 6890N
Column :DB-WAX 60m X 0.25mm id, 0.25μm
Carrier :Helium at 1.0mL/min measured at 60℃ (constant flow mode)
Oven :60℃ for 3min , 60-230℃ at 3℃/min , 230℃ for 30 min
Injector :250℃
Split Ratio :Splitless
Detector :MSD(5975N) , 250℃ transfer line
【0040】
発酵前(図1)と比較して、発酵後(図2)では、アセトン、2−ブタノン、エチルアルコール、プロピルアルコール、イソブチルアルコール、アセトイン、酢酸、プロピオン酸、イソ吉草酸、2−メチルブタン酸等の有機酸類やエタノール類の生成あるいは増加が検出され、軽い華やかな発酵感かつ複雑な香気成分により香味が付与されることが分かった(詳細は図3を参照)。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、独特の発酵風味を有するカカオ発酵処理物、およびカカオ原料を酵素処理および発酵処理することで前記カカオ発酵処理物を製造する方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】実施例4の発酵処理前の試料について香気成分を分析したMSクロマトグラムである。
【図2】実施例4の発酵処理後の試料について香気成分を分析したMSクロマトグラムである。
【図3】図1と図2のMSクロマトグラムについて、主要な化合物の保持時間と面積の一覧を示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カカオ原料にアミラーゼ、セルラーゼおよびプロテアーゼから選ばれる1種または2種以上の酵素を作用させる酵素処理工程、および得られた酵素処理物に乳酸菌および酵母を作用させる発酵処理工程を有する、カカオ発酵処理物の製造方法であって、
前記乳酸菌が、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・カゼイ、ビフィズス菌、ラクトバチルス・クレモリス、ラクトコッカス・ラクチス、ロイコノストックおよびケフィア菌から選ばれる1種または2種以上である、カカオ発酵処理物の製造方法。
【請求項2】
カカオ原料がカカオニブ、カカオマスおよびココアパウダーから選択される少なくとも1種である、請求項1記載のカカオ発酵処理物の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法によって得られるカカオ発酵処理物。
【請求項4】
請求項3記載のカカオ発酵処理物を含有する飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−51250(P2010−51250A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−220277(P2008−220277)
【出願日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【出願人】(000000228)江崎グリコ株式会社 (187)
【出願人】(000208086)大洋香料株式会社 (34)
【Fターム(参考)】