カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液の保存方法
【課題】カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を、着色の少ない状態で安定に保存する。
【解決手段】カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整して保存する。
【解決手段】カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整して保存する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カダベリン及び/又はカダベリン塩(以下「カダベリン類」と略称する場合がある。)の溶液を保存する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カダベリン類は、ナイロン等のポリアミドの原料等として期待され、需要が高まりつつある。
【0003】
従来、カダベリン類の製造技術として、触媒を用いる方法(非特許文献1,2、特許文献1)や酵素を用いる方法(特許文献2〜5)等が検討され、開発されつつある。これらの方法においては、カダベリン類は溶液として得られることになる。
【0004】
しかしながら、実際に工業レベルでカダベリン類を製造した後、それを用いた重合反応を行ない、ポリアミドを製造する場合、カダベリン類の製造後に精製及び重合反応を短時間で行なうことは不可能である。よって、製造されたカダベリン類の溶液をより安定な状態で保存することが重要である。
【0005】
これまでに、カダベリン類の溶液中に存在する不純物がその後の重合反応に影響を与えるという観点に基づき、その製法を改善する手法が提案されている。例としては、カダベリンをカルボン酸塩として製造する方法(特許文献6,7)や、精製工程においてpHを制御し、極性有機溶剤で抽出する工程を含む製造方法(特許文献8)等が挙げられる。
【0006】
【非特許文献1】薬学雑誌、vol.85(6)531(1965)
【非特許文献2】Chemistry letters、898(1986)
【特許文献1】特公平4−10452号公報
【特許文献2】特開2002−223770号公報
【特許文献3】特開2004−223771号公報
【特許文献4】特開2004−114号公報
【特許文献5】特開2004−298034号公報
【特許文献6】特開2005−6650号公報
【特許文献7】特開2004−208646号公報
【特許文献8】特開2004−222569号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の各文献等の従来の技術によれば、比較的純度の高いカダベリン類の溶液を製造した場合でも、そのまま数日放置しておくと不純物が生成したり、着色を生じたりする場合があった。このため、不純物を取り除いて脱色するために、複雑な精製工程が必要となり、手順が煩雑となるとともに、収量が低下する等の課題が生じている。
【0008】
以上の背景から、カダベリン類の溶液を着色の少ない状態で安定に保存する方法であって、生産効率に優れ、経済的にも有効な方法が望まれている。
【0009】
本発明は上述の課題に鑑みてなされたもので、その目的は、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を、着色の少ない状態で安定に保存する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を保存する際に、溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整して保存することで、溶液の着色が防止され、安定な保存が可能となることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
即ち、本発明の要旨は、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を保存する方法であって、該溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整することを特徴とする、保存方法に存する(請求項1)。
【0012】
ここで、前記のカダベリン及び/又はカダベリン塩が、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させて得られたものであることが好ましい(請求項2)。
【0013】
また、前記カダベリン塩が、カダベリン・カルボン酸塩であることが好ましい(請求項3)。
【0014】
また、前記溶液を7日間保存した場合に、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化が0.13以下であることが好ましい(請求項4)。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を、着色の少ない状態で安定に保存することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明について実施の形態を挙げて詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではなく、その要旨を超えない範囲において種々に変更して実施することができる。
【0017】
以下の記載では、まず、本発明において保存の対象となるカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液(以下「本発明に係るカダベリン類溶液」という。)について説明し、続いて、その製造方法について説明した上で、本発明に係るカダベリン類溶液の保存方法(本発明の保存方法)について説明する。
【0018】
[I.カダベリン類溶液]
本発明に係るカダベリン類溶液は、カダベリン及び/又はカダベリン塩と、溶媒とを備えてなる。
【0019】
本発明において「カダベリン」とは、1,5−ペンタンジアミン(H2N(CH2)5NH2)をいう。カダベリンは、ポリマー原料や医薬中間体の合成原料として有用な化合物である。
【0020】
また、本発明において「カダベリン塩」とは、カダベリン及び酸から形成される塩のことを言う。
【0021】
カダベリンとともに塩を形成する酸の種類に制限はない。無機酸でも有機酸でもよく、また、一価の酸でも二価以上の酸でもよい。酸の例としては、塩酸、硫酸、硝酸、炭酸、カルボン酸、リン酸、スルホン酸等が挙げられる。カルボン酸の具体例としては、ギ酸、酢酸、アジピン酸、グルタル酸、コハク酸、セバシン酸等が挙げられる。中でも、ナイロン等のポリアミドの製造用途に使用する観点からは、カルボン酸が好ましく、特にアジピン酸が好ましい。これらの酸は何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0022】
カダベリン塩1分子を構成するカダベリン及び酸の分子数も任意に選択し得る。カダベリン塩1分子あたり、カダベリン及び酸が共に1分子であってもよく、カダベリン及び酸の一方又は双方が2分子以上であってもよい。例えば、二価の塩基であるカダベリンと二価の酸とから構成される塩の場合、一般的にはカダベリン1分子と二価の酸(例えばアジピン酸)1分子とからカダベリン塩1分子が構成されるが、他の形態を排除するものではなく、2分子以上のカダベリン及び/又は2分子以上の二価の酸から構成されたカダベリン塩が含まれていてもよい。
【0023】
本発明に係るカダベリン類溶液は、カダベリンのみを含有していてもよく、カダベリン塩のみを含有していてもよく、カダベリン及びカダベリン塩の双方を含有していてもよい。但し、本発明に係るカダベリン類溶液がカダベリン塩を含有する場合、カダベリン塩の一部は通常、カダベリン(又はカダベリンのイオン)と酸(又は酸のイオン)とに解離した状態で溶液中に存在する。本発明において「カダベリン類溶液」即ち「カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液」とは、このような状態の溶液をも含む概念である。
【0024】
また、本発明に係るカダベリン類溶液がカダベリン塩を含有する場合、カダベリン塩の種類は一種のみでもよく、二種以上であってもよい。
【0025】
溶媒としては、上述のカダベリン及び/又はカダベリン塩を溶解させることが可能であれば、その種類は任意である。具体的な溶媒の種類は、本発明に係るカダベリン類溶液の調製の手法や用途等に応じて選択される。また、何れか一種の溶媒を単独で用いてもよく、二種以上の溶媒を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0026】
特に、カダベリン及び/又はカダベリン塩の製造反応時に使用した溶媒をそのまま使用する場合、その溶媒の種類は反応の種類によって、以下のように分けられる。
【0027】
例えば、触媒を用いた化学反応によりカダベリン及び/又はカダベリン塩を製造する場合、溶媒としては通常、水及び/又は有機溶媒が使用される。有機溶媒の種類は制限されるものではなく、使用する触媒等の条件に応じて選択すればよい。一般的な有機溶媒の例としては、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2,3−トリクロロプロパン、テトラクロルエチレン、1,1,2,2−テトラクロロエタン、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化脂肪族炭化水素類;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、オクタノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;酢酸エチル、プロピオン酸メチル、エナント酸メチル、リノール酸メチル、ステアリン酸メチル等のエステル類;シクロヘキサン、ヘキサン、オクタン等の脂肪族炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ジフェニルメタン、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン、スクアラン等の芳香族炭化水素類;ジメチルスルホキシド、スルホラン等のスルホキシド類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N,N’,N’−テトラメチル尿素、1,3−ジメチルイミダゾリジノン等のアミド類;テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル類;等が挙げられる。これらの溶媒は、何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0028】
また、後述のように酵素を用いた反応によりカダベリン及び/又はカダベリン塩を製造する場合、溶媒としては通常、水又は水を主成分とする混合溶媒が用いられる。ここで「主成分」とは、混合溶媒の通常50重量%以上、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上を占める成分をいう。
【0029】
また、上述の触媒を用いた化学反応や酵素を用いた反応により生成したカダベリン及び/又はカダベリン塩に対して、精製等の後処理やポリアミドへの変換を行なう際にも、水及び/又は有機溶媒が使用される場合がある。この場合、反応時に使用した溶媒をそのまま使用してもよく、異なる溶媒を使用してもよい。
【0030】
本発明に係るカダベリン類溶液におけるカダベリン及び/又はカダベリン塩の濃度は、カダベリン及び/又はカダベリン塩が溶媒に溶解可能な範囲内であれば任意であるが、通常はカダベリン類溶液の製法や用途に応じて選択される。例えば、後述のようにリジン及び/又はリジン塩の溶液を原料として、触媒や酵素の作用により製造されたカダベリン類溶液の場合、工業的な観点から、カダベリン濃度(カタベリン塩の場合はカダベリン換算濃度)が、通常10g/L以上、好ましくは20g/L以上、また、通常700g/L以下、好ましくは500g/L以下の範囲であることが望ましい。
【0031】
なお、カダベリン類溶液におけるカダベリンの濃度(カダベリン塩の場合はカダベリン換算濃度)は、種々の分析機器で測定することが可能である。分析手法は限定されないが、イオンクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー等を用いて測定するのが一般的である。これらのクロマトグラフィーによって測定を行なう場合、測定対象となるカダベリン類溶液をそのまま、或いは必要に応じて所定の濃度範囲となるように希釈して測定に供する。また、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーの場合は、カダベリン類溶液中の成分が有する特定の官能基(主にカダベリンのアミノ基)を誘導体化してから測定に供することが好ましい。
【0032】
また、本発明に係るカダベリン類溶液は、上述の溶媒並びにカダベリン及び/又はカダベリン塩に加えて、その他の一種又は二種以上の成分を含有していてもよい。その他の成分の種類や含有量は任意であり、通常はカダベリン類溶液の製法や用途に応じて選択される。
【0033】
[II.カダベリン類溶液の製法]
本発明に係るカダベリン類溶液の製法は任意である。例としては、カダベリン及び/又はカダベリン塩を溶媒に溶解させて調製する方法や、リジンの脱炭酸反応により製造する方法等が挙げられるが、何れであってもよい。但し、工業的な観点から考えると、リジン及び/又はリジン塩の溶液(以下「リジン類溶液」という場合がある。)を原料として、触媒や酵素を用いた脱炭酸反応により製造する方法が好ましい。後者の方法の場合、使用可能な触媒や酵素としては、前述した非特許文献1,2及び特許文献1〜5に記載された触媒や酵素が挙げられる。中でも、リジン脱炭酸酵素(Lysine decarboxylase:LDC)を用いることが好ましい。以下、LDCを用いたリジン脱炭酸反応によりカダベリン類溶液を製造する方法について、詳細に説明する。
【0034】
原料としては、リジン及び/又はリジン塩を用いる。また、通常はこれらに加えて、更に酸を原料として用いる。
【0035】
リジンは、酵素的脱炭酸反応によりペンタメチレンジアミンを生成するものであれば、L−リジン、D−リジンの何れであってもよく、これらが任意の比率で混合されたものであってもよいが、通常はL−リジンが好ましい。
【0036】
リジン塩は、リジン及び酸から構成される塩である。リジン塩を構成する酸の種類やその好ましい例は、上述のカダベリン塩を構成する酸として挙げたものと同様である。リジン塩は一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0037】
また、原料として酸を用いる場合、その種類や好ましい例も、上述のカダベリン塩を構成する酸として挙げたものと同様である。酸は一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0038】
なお、原料となるリジン、リジン塩、酸の組み合わせや比率等の詳細は、目的とするカダベリン及び/又はカダベリン塩の詳細を考慮して、適宜選択することが好ましい。
【0039】
反応は通常、溶媒の存在下で行なう。溶媒としては通常、上述のように、水又は水を主成分とする混合溶媒が用いられる。水と混合される溶媒は制限されないが、通常は水と混和性を有する親水性有機溶媒が用いられる。親水性有機溶媒の例としては、アルコール類、カルボン酸、エステル類等が挙げられる。アルコール類の例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ペンタノール、イソペンタノール、ヘキサノール、エチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、グリセリン等が挙げられる。カルボン酸の例としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸等が挙げられる。エステル類の例としては、酢酸メチル、酢酸エチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等が挙げられる。親水性有機溶媒は一種を単独で使用してもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0040】
なお、通常は酸によって反応液のpHを調整するため、他のpH調整剤や緩衝剤を併用する必要はないが、溶媒として緩衝液を用いてもよい。緩衝液としては、酢酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。但し、カダベリンと酸との塩を形成させるという点からは、緩衝剤等は用いないか、用いる場合であっても低濃度に抑えることが好ましい。
但し、溶媒の詳細についても、目的とするカダベリン類溶液の詳細を考慮して、適宜選択することが好ましい。
【0041】
上述のリジン及び/又はリジン塩、並びに必要に応じて用いられる酸を、上述の溶媒に溶解させることにより、反応液を調製する。
【0042】
ここで、原料となるリジン、リジン塩、酸は反応開始前又は反応開始時に反応液に全量加えてもよく、LDC反応の進行に応じて分割して加えてもよいが、反応開始時におけるリジン及び/又はリジン塩と酸との比率を調整することにより、反応液のpHが酵素的脱炭酸反応に適したpHとなるように調整することが好ましい。具体的には、反応液のpHを、通常4.0以上、好ましくは5.0以上、より好ましくは5.5以上、また、通常8.0以下、好ましくは7.5以下、より好ましくは7.0以下の範囲とすることが望ましい。反応液のpHが低過ぎても高過ぎても、充分な反応速度が得られない場合がある。なお、以下の記載では、このように反応液のpHを酵素的脱炭酸反応に適したpHに調整することを、「中和」と称する場合がある。
【0043】
なお、反応液中におけるリジンの濃度(リジン塩の場合はリジン換算濃度)は制限されないが、通常10g/L以上、好ましくは20g/L以上、また、通常700g/L以下、好ましくは500g/L以下の範囲とすることが望ましい。なお、反応液中にリジン塩が存在する場合も、リジン換算の濃度で測定する。
【0044】
リジン濃度は、種々の分析機器で測定することが可能である。分析手法は限定されないが、リジンセンサー、イオンクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー等を用いて測定するのが一般的である。これらのリジンセンサーやクロマトグラフィーによって測定を行なう場合、測定対象となる反応液をそのまま、或いは必要に応じて所定の濃度範囲となるように希釈して測定に供する。また、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーの場合は、反応液中の成分が有する特定の官能基(主にリジンのアミノ基)を誘導体化してから測定に供することが好ましい。
【0045】
なお、生産速度および反応収率向上のため、反応液に補酵素としてビタミンB6を加えることが好ましい。ビタミンB6の例としては、ピリドキシン、ピリドキサミン、ピリドキサル、ピリドキサルリン酸等が挙げられる。これらは一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。中でも、ピリドキサルリン酸が好ましい。
【0046】
ビタミンB6の使用量は特に制限されないが、通常、反応液に対して0.01mM以上、0.5mM以下の範囲が好ましい。ビタミンB6の使用量が少な過ぎると反応速度が遅くなる場合があり、多過ぎると反応液の色が黄色くなる場合がある。
ビタミンB6を反応液に含有させる時機や手法に制限はない。反応前に含有させてもよく、反応中に含有させてもよい。また、一度に反応液に含有させてもよく、二度以上に分割して、異なる時機に反応液に含有させてもよい。
【0047】
上述の中和された反応液とリジン脱炭酸酵素(LDC)とを混合し、リジンの脱炭酸反応を行なう。LDCとしては、リジンに作用してカダベリンを生成させるものであれば、その種類に制限はない。具体的に、LDCとしては、精製された酵素を用いてもよいし、LDCを産生する細胞を用いてもよい。LDC及びそれを産生する細胞は、何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0048】
LDCを産生する細胞の例としては、微生物、植物細胞、動物細胞等が挙げられるが、微生物が好ましい。微生物としては、細菌、真核細胞等が挙げられる。細菌としては、Escherichia coliなどのエシェリヒア属細菌、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)等のコリネ型細菌、バチルス・サブチリス(Bacillus subtills)等のバチルス属細菌、セラチア・マルセッセンス(Serratia marcescens)等のセラチア属細菌等が挙げられる。真核細胞としては、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等が挙げられる。中でも、微生物としては細菌が好ましく、エシェリヒア属細菌がより好ましく、Escherichia coliが特に好ましい。微生物は、LDCを産生する限り、野生株でもよく、変位株であってもよい。また、LDC活性が上昇するように改変された組換え株であってもよい。植物細胞又は動物細胞も、LDC活性が上昇するように改変された組換え細胞を用いることができる。
【0049】
LDCを産生する細胞を用いる場合は、細胞をそのまま反応液に含有させてもよく、LDCを含む細胞処理物としてから反応液に含有させてもよい。細胞処理物としては、細胞の破砕液及びその分画物が挙げられる。
【0050】
リジン溶液とLDCとを混合して反応を開始した後は、反応の進行に伴い、リジンから遊離される炭酸ガスが反応液から放出され、pHが上昇する。従って、反応液のpHが前記範囲となるように、反応液に酸を加えてpHを調整する。酸は反応液に連続的に加えてもよく、pHが前記範囲に維持される限り、分割して加えてもよい。
【0051】
反応時の条件は、LDCがリジンに作用してカダベリンを生成させる条件であれば特に制限はないが、一般的には以下の通りである。
【0052】
反応方式は、連続式でもバッチ式でもよい。反応中における反応系への酸の添加を容易に行なう観点からは、バッチ式で反応を行なうことが好ましい。また、LDC並びにLDCを産生する細胞及びその処理物のうち一種又は二種以上を固定化した担体を用いた移動床カラムクロマトグラフィーによって反応を行なうこともできる。その場合は、反応系のpHが所定の範囲に維持されたまま反応が進行するように、リジン及び/又は酸をカラムの適当な部位に注入すればよい。
【0053】
反応液の温度は、通常20℃以上、好ましくは30℃以上、また、通常60℃以下、好ましくは40℃以下の範囲とすることが望ましい。反応液の温度が低過ぎると反応が進行しない場合があり、高過ぎると酵素が失活する場合がある。
反応時の雰囲気は任意であるが、通常は空気、炭酸ガス又は窒素ガス雰囲気下が好ましい。
反応時の圧力も任意であるが、通常は常圧或いはそれに近い圧力下で行なう。
また、反応液に攪拌を加えてもよい。
【0054】
以上の手順により、リジンの酵素的脱炭酸反応によってカダベリンが生成し、それに伴って反応液のpHが上昇する。よって、反応液を酸を用いて逐次中和することにより、酵素反応が良好に進行する。反応によって生成するカダベリンは、通常はカダベリン塩として反応液中に蓄積する。
【0055】
以上の反応により得られた反応液は、そのままの状態で、或いは処理を加えることにより、本発明に係るカダベリン類溶液として用いることが可能である。処理の内容は任意であるが、例としては、反応液の滅菌・濾過や、溶媒の除去・追加によるカダベリン及び/カダベリン塩の濃度調整等の処理が挙げられる。
【0056】
また、以上の反応により得られた反応液から、カダベリン及び/カダベリン塩を精製・単離することも可能である。精製・単離の手法は任意であり、公知の手法を適宜選択して用いればよい。例としては、晶析、蒸留等が挙げられる。精製・単離されたカダベリン及び/カダベリン塩を任意の溶媒に溶解させることにより、本発明に係るカダベリン類溶液を調製することも可能である。
【0057】
[III.カダベリン類溶液の保存方法]
本発明の保存方法は、上述した本発明に係るカダベリン類溶液のpHを、酸性或いは塩基性に調整して保存する。
【0058】
具体的に、カダベリン類溶液のpHを酸性に調整する場合、そのpHは、通常6.4以下、好ましくは6.0以下、更に好ましくは5.5以下である。
一方、カダベリン類溶液のpHをアルカリ性に調整する場合、そのpHは、通常7.5以上、好ましくは8.0以上、更に好ましくは8.5以上である。
上述のように、カダベリン類溶液のpHを酸性或いは塩基性に調整して保存することにより、カダベリン類溶液を着色の少ない状態で安定に保存することができる。
【0059】
カダベリン類溶液のpHを上記範囲内となるように調整する手法は制限されないが、例としては、以下に挙げる二種の手法が挙げられる。
【0060】
まず、第一の手法として、カダベリン類溶液の製造時にその条件を調整することにより、得られるカダベリン類溶液のpHを上記範囲内にするという手法が挙げられる。具体例として、上述のLDCを用いたリジンの酵素的脱炭酸反応によってカダベリン類溶液を製造する場合、反応時に反応液に加える酸の量を調整したり、或いはカダベリンやカダベリン塩を加えることにより、反応終了時における反応液、即ちカダベリン類溶液のpHが上記範囲内となるように調整することができる。
【0061】
また、第二の手法として、カダベリン類溶液を製造した後に、pH調整剤を用いてそのpHを上記範囲内に調整するという手法が挙げられる。
pH調整剤の種類は制限されない。保存するカダベリン類溶液の成分や用途等に応じて適宜選択することができる。
【0062】
pH調整剤は主に、酸と塩基とに分けられる。
酸の種類は任意であるが、例としては、上述のカダベリン塩を構成する酸として例示したものが挙げられる。
塩基としては、無機塩基でも有機塩基でもよく、また、一価の塩基でも二価以上の塩基でもよい。塩基の例としては、カダベリン、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム、水酸化バリウム、アンモニア等が挙げられる。中でも、カダベリン、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましい。これらの塩基は何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0063】
なお、pH調整剤とともに、緩衝剤を用いてもよい。緩衝剤の種類は任意であるが、例としては、酢酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液等が挙げられる。これらの緩衝剤は何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0064】
本発明に係るカダベリン類溶液の保存時におけるその他の条件は任意であるが、通常は以下の通りである。
保存時の温度は特に制限されないが、通常は常温以下とすることが望ましい。具体的には、通常30℃以下、好ましくは25℃以下が望ましい。また、例えば通常10℃以下、好ましくは5℃以下の低温に冷却して保存を行なってもよい。保存時の温度が高過ぎると、変色が進んだり、不純物が発生したりする場合がある。
保存時の雰囲気は任意であるが、通常は空気又は窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。
保存時の圧力も任意であるが、通常は常圧或いはそれに近い圧力とする。
保存時のカダベリン類溶液の状態も制限されないが、通常は静置状態で保存する。
【0065】
本発明の保存方法によれば、本発明に係るカダベリン類溶液を、着色の少ない状態で安定に保存することができる。具体的には、本発明の保存方法によりカダベリン類溶液を7日間保存した場合、下記式[1]により規定される、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化が、通常0.13以下、好ましくは0.125以下、更に好ましくは0.12以下である。この値が低いほど、可視光領域における吸光度の変化が少なく、ひいては着色が少ないといえる。
【0066】
(波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化)
= (保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
/(カダベリン類溶液中のカダベリンのモル濃度) [1]
【0067】
上記式[1]中、「保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化」は、下記式[2]により求められる値である。
【0068】
(保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
= (保存7日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度)
− (保存0日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度) [2]
【0069】
なお、カダベリン類溶液の波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化は、25℃の室内環境下でカダベリン類溶液を7日間保存するとともに、その前後における吸光スペクトルを分光光度計(例えば日立製作所製U−3500)で測定し、得られた吸光スペクトルから求めることが可能である。
【0070】
本発明の保存方法による保存後のカダベリン類溶液は、任意の用途に使用することが可能であるが、例としては、56ナイロン等のポリアミドの製造原料としての用途が挙げられる。
【実施例】
【0071】
以下に実施例を示し、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの記載に限定されるものではではない。
【0072】
[カダベリン・アジピン酸水溶液の調製]
なお、後述の実施例及び比較例で使用したカダベリン・アジピン酸水溶液(カダベリン類溶液)は、リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株を用い、リジン・アジピン酸塩を原料として調製した。リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株の作製手順と、それを用いたカダベリン・アジピン酸水溶液の調製手順について、以下に説明する。
【0073】
(1)リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増強株の作製:
図1は、リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)を組み込んだプラスミドpCAD1の構築手順の概要を示す図である。具体的には、以下に説明する手順により行なった。
【0074】
(A)大腸菌DNA抽出:
LB培地[組成:トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、塩化ナトリウム(NaCl)5gを蒸留水1Lに溶解]10mLに、大腸菌(Eschericia coli)JM109株を対数増殖期後期まで培養し、得られた菌体を、10mg/mLのリゾチームを含む10mMNaCl/20mMトリス緩衝液(pH8.0)/1mMエチレンジアミン四酢酸ジナトリウム(EDTA・2Na)水溶液0.15mLに懸濁した。
【0075】
次に、上記懸濁液にプロテナーゼKを、最終濃度が100μg/mLになるように添加し、37℃で1時間保温した。更にドデシル硫酸ナトリウムを最終濃度が0.5%になるように添加し、50℃で6時間保温して溶菌した。この溶菌液に、等量のフェノール/クロロホルム溶液を添加し、室温で10分間ゆるやかに振盪した後、全量を遠心分離(5000×g、20分間、10〜12℃)し、上清画分を分取し、酢酸ナトリウムを0.3Mとなるように添加した後、2倍量のエタノールを加え混合した。遠心分離(15000×g、2分)により回収した沈殿物を70%エタノールで洗浄した後、風乾した。得られたDNAに、10mM トリス緩衝液(pH7.5)−1mM EDTA・2Na溶液5mLを加え、4℃で一晩静置し、以後のPCRの鋳型DNAに使用した。
【0076】
(B)cadAのクローニング:
大腸菌cadAの取得は、上記(A)で調製したDNAを鋳型とし、全ゲノム配列が報告されている大腸菌K12−MG1655株の該遺伝子の配列(GenBank Database Accession No.U00096)を基に設計した合成DNA(下記の配列番号1及び配列番号2で表わされる配列からなるDNA)をプライマーとして用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって行なった。
【0077】
・配列番号1:
GTTGCGTGTTCTGCTTCATCGCGCTGATG
・配列番号2:
ACCAAGCTGATGGGTGAGATAGAGAATGAGTAAG
【0078】
なお、反応液は、鋳型DNA1μL及びPlatinum(登録商標) Pfx DNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製)0.2μLに、各プライマーが0.3μM、MgSO4が1mM、デオキシヌクレオチド3リン酸(dNTPs)が0.25μMとなるように、1倍濃度Pfx Amplification Buffer(インビトロジェン社製)を加えて全量を20μLとすることにより調製した。
【0079】
また、反応温度条件としては、DNAサーマルサイクラー(MJResearch社製PTC−200)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で2.5分からなるサイクルを35回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は10分とした。
【0080】
PCRの終了後、増幅産物をエタノール沈殿により精製し、制限酵素KpnI及び制限
酵素SphIで切断した。得られたDNA標品を、0.75%アガロース(SeaKem GTG a
garose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離した後、臭化エチジウム染色を用いて可視化することにより、cadAを含む約2.6kbの断片を検出し、QIA Quick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて目的DNA断片の回収を行なった。
【0081】
回収したDNA断片を、大腸菌プラスミドベクターpUC18(タカラバイオ社製)を制限酵素KpnI及び制限酵素SphIで切断して調製したDNA断片と混合し、ライゲ
ーションキットver.2(タカラバイオ社製)を用いて連結後、得られたプラスミドDNAを用いて大腸菌(JM109株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLアンピシリン、0.2mM IPTG(イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド)及び50μg/mL X−Galを含むLB寒天培地に塗抹した。
【0082】
この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素KpnI及び制限酵素S
phIで切断することにより、約2.5kbの挿入断片が認められることを確認した。こ
のプラスミドをpCAD1と命名し、pCAD1を含む大腸菌株をJM109/pCAD1と命名した。
【0083】
(2)cadA増幅株の培養:
大腸菌株JM109/pCAD1をLB培地で前培養した後、1000mLの培養液を99Lの培地(ミーストP1G 10g/L、ポリペプトンN 20g/L、NaCl 10g/L、アンピシリンNa 50mg/L)が入った200L容ジャーファーメンターに接種し、通気量250ml/分、35℃、700rpmで通気攪拌培養を行なった。15時間培養後、培養液全量を3m3の培地(ミーストP1G 10g/L、ポリペプトンN 20g/L、NaCl 10g/L、アンピシリンNa 50mg/L)が入った5m3容タンクに接種して更に培養を行なった。5m3ジャーでの培養条件は、通気量0.5vvm、35℃、Agit:100rpmであった。培養4時間目に、300gのIPTG(イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド)を5Lの水に溶解した後、フィルターを通して加えた。その後21時間培養を続けた。
【0084】
(3)菌体の分離:
6400rpm、フィード速度750L/hrの条件下で、アルファラバル分離機により培養液からの菌体回収を行った。回収された菌体の湿重量は36.9Kgであった。この湿菌体を10mMの酢酸ナトリウム溶液160Lに懸濁したのち、15000rpm、フィード速度1.0L/minの条件下でシャープレス遠心機により再度菌体回収を行ない、18.7kgの湿菌体を取得した。
【0085】
(4)カダベリン・アジピン酸塩の製造:
50重量体積%のリジン水溶液にpHが6.5となるようにアジピン酸を加え、リジン・アジピン酸塩溶液を調製し、基質溶液とした。ピリドキサルリン酸を0.1mMとなるように加えて反応液を調製し、これに大腸菌株JM109/pCAD1の菌体液(仕込み湿菌体濃度0.28g/L)を添加し、反応を開始した。反応は、5m3ジャーファーメンターに3m3の反応液を仕込んで行なった。また、反応中に適宜、アジピン酸スラリーを反応液に添加することにより、反応液のpHを6.5となるように制御した。反応開始から6時間後に、リジンのほぼ全量がカダベリンに転化していた(リジンセンサーで検出限界以下)。更に反応を続け、トータルで22時間反応させることにより、リジンのほぼ100%がカダベリンに変換された(総消費リジン量370.8kg)。その後、反応液を限外濾過(UF)膜を通して濾過することにより、カダベリン・アジピン酸塩の粗溶液を得た。
【0086】
(5)カダベリン・アジピン酸塩の精製:
上記手順により得られたカダベリン・アジピン酸塩の粗溶液を、以下の手順で精製した。まず、粗溶液に対し20重量%の活性炭を導入し、20℃で1時間攪拌後、珪藻土による濾過、UF膜処理を行ない、温度55〜60℃、圧力110〜150mmHgで、4〜5倍の濃度となるように濃縮した。その後、4℃/hの降温速度で10℃まで冷却することにより、晶析させた。得られた結晶を遠心濾過し、乾燥させた後、脱塩水を加えて溶解させ、カダベリン・アジピン酸塩水溶液を得た。この溶液のカダベリン・アジピン酸塩の濃度は100g/L、カダベリン換算濃度は40.3g/Lであった。
【0087】
[実施例1]
上記手順により得られた100g/L濃度のカダベリン・アジピン酸塩水溶液(カダベリン類溶液)10mLを50mlコニカルチューブ(Becton Dickinson製)に入れ、攪拌しながら1N塩酸を加え、pHを4.93に調整した。次いで容器を25℃の室内環境下で保存した。
【0088】
上記カダベリン・アジピン酸塩水溶液(カダベリン類溶液)について、保存0日目(保存開始日)及び保存7日目に、分光光度計(日立製作所製U−3500)を用いて吸光スペクトルを測定した。
【0089】
また、得られた吸光スペクトルから、下記式[1]により、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化を求めた。
(波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化)
= (保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
/(カダベリン類溶液中のカダベリンのモル濃度) [1]
【0090】
なお、上記式[1]中、「保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化」は、下記式[2]により求められる値である。
(保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
= (保存7日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度)
− (保存0日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度) [2]
【0091】
実施例1におけるカダベリン類溶液の波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化を後述の表1に示す。また、実施例1におけるカダベリン類溶液の保存0日目及び保存7日目の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを図2に示す。
【0092】
[実施例2〜11、比較例1〜7]
以下に示す点を除いては、実施例1と同様の手順により、カダベリン類溶液の調製及び保存を行なった。
【0093】
比較例6、実施例10では、カダベリン類溶液として、実施例1と同様の手順(上記[カダベリン・アジピン酸水溶液の調製]欄の「(5)カダベリン・アジピン酸塩の精製」までの手順)で調製されたカダベリン・アジピン酸塩水溶液を用いた。この溶液中におけるカダベリン・アジピン酸の濃度は100g/L、カダベリン換算濃度は40.3g/L(0.403mol/L)であった。
【0094】
比較例4及び実施例11では、カダベリン類溶液として、カダベリン(東京化成社製)を水に溶解させて調製した、濃度50g/L(0.489mol/L)のカダベリン水溶液を用いた。
【0095】
実施例2〜9、比較例1〜3、比較例5では、カダベリン類溶液として、上記[カダベリン・アジピン酸水溶液の調製]欄の「(4)カダベリン・アジピン酸塩の製造」までの手順で調製されたカダベリン・アジピン酸塩水溶液(粗溶液)を用いた。この溶液中におけるカダベリン・アジピン酸の濃度は150g/L、カダベリン換算濃度は60.5g/L(0.605mol/L)であった。
【0096】
また、各実施例及び各比較例において、カダベリン類溶液のpHを、後述の表1に示す値に調整した。pH調整には基本的に1N塩酸を用いたが、比較例6については1N塩酸の代わりにカダベリンを用いてpH調整を行なった。比較例1についてはpH調整を行なわず、カダベリン類溶液をそのまま用いた。
【0097】
実施例2〜11、比較例1〜7におけるカダベリン類溶液の波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化を、後述の表1に示す。
【0098】
また、実施例2、実施例3、比較例1、比較例2、比較例4、比較例6、実施例7、実施例10及び実施例11におけるカダベリン類溶液の保存0日目及び保存7日目の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを、それぞれ図3〜11に示す。
【0099】
[結果]
【表1】
【0100】
表1及び図2〜11の結果から、カダベリン類溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整して保存した実施例1〜実施例11では、カダベリン類溶液のpHを6.4よりも大きく、7.5未満の範囲として保存した比較例1〜比較例7と比べ、カダベリン類溶液の着色が少なく、安定に保存できていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明を利用可能な分野は制限されず、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液が用いられる任意の分野に利用することが可能であるが、特にナイロン等のポリアミドの製造分野において好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)を組み込んだプラスミドpCAD1の構築手順の概要を示す図である。
【図2】実施例1におけるカダベリン類溶液(pH4.93)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図3】実施例2におけるカダベリン類溶液(pH5.43)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図4】実施例3におけるカダベリン類溶液(pH6.35)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図5】比較例1におけるカダベリン類溶液(pH6.50)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図6】比較例2におけるカダベリン類溶液(pH6.55)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図7】比較例4におけるカダベリン類溶液(pH6.97)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図8】比較例6におけるカダベリン類溶液(pH7.20)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図9】実施例7におけるカダベリン類溶液(pH8.08)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図10】実施例10におけるカダベリン類溶液(pH10.35)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図11】実施例11におけるカダベリン類溶液(pH12.42)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【技術分野】
【0001】
本発明は、カダベリン及び/又はカダベリン塩(以下「カダベリン類」と略称する場合がある。)の溶液を保存する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カダベリン類は、ナイロン等のポリアミドの原料等として期待され、需要が高まりつつある。
【0003】
従来、カダベリン類の製造技術として、触媒を用いる方法(非特許文献1,2、特許文献1)や酵素を用いる方法(特許文献2〜5)等が検討され、開発されつつある。これらの方法においては、カダベリン類は溶液として得られることになる。
【0004】
しかしながら、実際に工業レベルでカダベリン類を製造した後、それを用いた重合反応を行ない、ポリアミドを製造する場合、カダベリン類の製造後に精製及び重合反応を短時間で行なうことは不可能である。よって、製造されたカダベリン類の溶液をより安定な状態で保存することが重要である。
【0005】
これまでに、カダベリン類の溶液中に存在する不純物がその後の重合反応に影響を与えるという観点に基づき、その製法を改善する手法が提案されている。例としては、カダベリンをカルボン酸塩として製造する方法(特許文献6,7)や、精製工程においてpHを制御し、極性有機溶剤で抽出する工程を含む製造方法(特許文献8)等が挙げられる。
【0006】
【非特許文献1】薬学雑誌、vol.85(6)531(1965)
【非特許文献2】Chemistry letters、898(1986)
【特許文献1】特公平4−10452号公報
【特許文献2】特開2002−223770号公報
【特許文献3】特開2004−223771号公報
【特許文献4】特開2004−114号公報
【特許文献5】特開2004−298034号公報
【特許文献6】特開2005−6650号公報
【特許文献7】特開2004−208646号公報
【特許文献8】特開2004−222569号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の各文献等の従来の技術によれば、比較的純度の高いカダベリン類の溶液を製造した場合でも、そのまま数日放置しておくと不純物が生成したり、着色を生じたりする場合があった。このため、不純物を取り除いて脱色するために、複雑な精製工程が必要となり、手順が煩雑となるとともに、収量が低下する等の課題が生じている。
【0008】
以上の背景から、カダベリン類の溶液を着色の少ない状態で安定に保存する方法であって、生産効率に優れ、経済的にも有効な方法が望まれている。
【0009】
本発明は上述の課題に鑑みてなされたもので、その目的は、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を、着色の少ない状態で安定に保存する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を保存する際に、溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整して保存することで、溶液の着色が防止され、安定な保存が可能となることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
即ち、本発明の要旨は、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を保存する方法であって、該溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整することを特徴とする、保存方法に存する(請求項1)。
【0012】
ここで、前記のカダベリン及び/又はカダベリン塩が、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させて得られたものであることが好ましい(請求項2)。
【0013】
また、前記カダベリン塩が、カダベリン・カルボン酸塩であることが好ましい(請求項3)。
【0014】
また、前記溶液を7日間保存した場合に、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化が0.13以下であることが好ましい(請求項4)。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を、着色の少ない状態で安定に保存することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明について実施の形態を挙げて詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではなく、その要旨を超えない範囲において種々に変更して実施することができる。
【0017】
以下の記載では、まず、本発明において保存の対象となるカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液(以下「本発明に係るカダベリン類溶液」という。)について説明し、続いて、その製造方法について説明した上で、本発明に係るカダベリン類溶液の保存方法(本発明の保存方法)について説明する。
【0018】
[I.カダベリン類溶液]
本発明に係るカダベリン類溶液は、カダベリン及び/又はカダベリン塩と、溶媒とを備えてなる。
【0019】
本発明において「カダベリン」とは、1,5−ペンタンジアミン(H2N(CH2)5NH2)をいう。カダベリンは、ポリマー原料や医薬中間体の合成原料として有用な化合物である。
【0020】
また、本発明において「カダベリン塩」とは、カダベリン及び酸から形成される塩のことを言う。
【0021】
カダベリンとともに塩を形成する酸の種類に制限はない。無機酸でも有機酸でもよく、また、一価の酸でも二価以上の酸でもよい。酸の例としては、塩酸、硫酸、硝酸、炭酸、カルボン酸、リン酸、スルホン酸等が挙げられる。カルボン酸の具体例としては、ギ酸、酢酸、アジピン酸、グルタル酸、コハク酸、セバシン酸等が挙げられる。中でも、ナイロン等のポリアミドの製造用途に使用する観点からは、カルボン酸が好ましく、特にアジピン酸が好ましい。これらの酸は何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0022】
カダベリン塩1分子を構成するカダベリン及び酸の分子数も任意に選択し得る。カダベリン塩1分子あたり、カダベリン及び酸が共に1分子であってもよく、カダベリン及び酸の一方又は双方が2分子以上であってもよい。例えば、二価の塩基であるカダベリンと二価の酸とから構成される塩の場合、一般的にはカダベリン1分子と二価の酸(例えばアジピン酸)1分子とからカダベリン塩1分子が構成されるが、他の形態を排除するものではなく、2分子以上のカダベリン及び/又は2分子以上の二価の酸から構成されたカダベリン塩が含まれていてもよい。
【0023】
本発明に係るカダベリン類溶液は、カダベリンのみを含有していてもよく、カダベリン塩のみを含有していてもよく、カダベリン及びカダベリン塩の双方を含有していてもよい。但し、本発明に係るカダベリン類溶液がカダベリン塩を含有する場合、カダベリン塩の一部は通常、カダベリン(又はカダベリンのイオン)と酸(又は酸のイオン)とに解離した状態で溶液中に存在する。本発明において「カダベリン類溶液」即ち「カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液」とは、このような状態の溶液をも含む概念である。
【0024】
また、本発明に係るカダベリン類溶液がカダベリン塩を含有する場合、カダベリン塩の種類は一種のみでもよく、二種以上であってもよい。
【0025】
溶媒としては、上述のカダベリン及び/又はカダベリン塩を溶解させることが可能であれば、その種類は任意である。具体的な溶媒の種類は、本発明に係るカダベリン類溶液の調製の手法や用途等に応じて選択される。また、何れか一種の溶媒を単独で用いてもよく、二種以上の溶媒を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0026】
特に、カダベリン及び/又はカダベリン塩の製造反応時に使用した溶媒をそのまま使用する場合、その溶媒の種類は反応の種類によって、以下のように分けられる。
【0027】
例えば、触媒を用いた化学反応によりカダベリン及び/又はカダベリン塩を製造する場合、溶媒としては通常、水及び/又は有機溶媒が使用される。有機溶媒の種類は制限されるものではなく、使用する触媒等の条件に応じて選択すればよい。一般的な有機溶媒の例としては、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2,3−トリクロロプロパン、テトラクロルエチレン、1,1,2,2−テトラクロロエタン、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化脂肪族炭化水素類;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、オクタノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;酢酸エチル、プロピオン酸メチル、エナント酸メチル、リノール酸メチル、ステアリン酸メチル等のエステル類;シクロヘキサン、ヘキサン、オクタン等の脂肪族炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ジフェニルメタン、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン、スクアラン等の芳香族炭化水素類;ジメチルスルホキシド、スルホラン等のスルホキシド類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N,N’,N’−テトラメチル尿素、1,3−ジメチルイミダゾリジノン等のアミド類;テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル類;等が挙げられる。これらの溶媒は、何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0028】
また、後述のように酵素を用いた反応によりカダベリン及び/又はカダベリン塩を製造する場合、溶媒としては通常、水又は水を主成分とする混合溶媒が用いられる。ここで「主成分」とは、混合溶媒の通常50重量%以上、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上を占める成分をいう。
【0029】
また、上述の触媒を用いた化学反応や酵素を用いた反応により生成したカダベリン及び/又はカダベリン塩に対して、精製等の後処理やポリアミドへの変換を行なう際にも、水及び/又は有機溶媒が使用される場合がある。この場合、反応時に使用した溶媒をそのまま使用してもよく、異なる溶媒を使用してもよい。
【0030】
本発明に係るカダベリン類溶液におけるカダベリン及び/又はカダベリン塩の濃度は、カダベリン及び/又はカダベリン塩が溶媒に溶解可能な範囲内であれば任意であるが、通常はカダベリン類溶液の製法や用途に応じて選択される。例えば、後述のようにリジン及び/又はリジン塩の溶液を原料として、触媒や酵素の作用により製造されたカダベリン類溶液の場合、工業的な観点から、カダベリン濃度(カタベリン塩の場合はカダベリン換算濃度)が、通常10g/L以上、好ましくは20g/L以上、また、通常700g/L以下、好ましくは500g/L以下の範囲であることが望ましい。
【0031】
なお、カダベリン類溶液におけるカダベリンの濃度(カダベリン塩の場合はカダベリン換算濃度)は、種々の分析機器で測定することが可能である。分析手法は限定されないが、イオンクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー等を用いて測定するのが一般的である。これらのクロマトグラフィーによって測定を行なう場合、測定対象となるカダベリン類溶液をそのまま、或いは必要に応じて所定の濃度範囲となるように希釈して測定に供する。また、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーの場合は、カダベリン類溶液中の成分が有する特定の官能基(主にカダベリンのアミノ基)を誘導体化してから測定に供することが好ましい。
【0032】
また、本発明に係るカダベリン類溶液は、上述の溶媒並びにカダベリン及び/又はカダベリン塩に加えて、その他の一種又は二種以上の成分を含有していてもよい。その他の成分の種類や含有量は任意であり、通常はカダベリン類溶液の製法や用途に応じて選択される。
【0033】
[II.カダベリン類溶液の製法]
本発明に係るカダベリン類溶液の製法は任意である。例としては、カダベリン及び/又はカダベリン塩を溶媒に溶解させて調製する方法や、リジンの脱炭酸反応により製造する方法等が挙げられるが、何れであってもよい。但し、工業的な観点から考えると、リジン及び/又はリジン塩の溶液(以下「リジン類溶液」という場合がある。)を原料として、触媒や酵素を用いた脱炭酸反応により製造する方法が好ましい。後者の方法の場合、使用可能な触媒や酵素としては、前述した非特許文献1,2及び特許文献1〜5に記載された触媒や酵素が挙げられる。中でも、リジン脱炭酸酵素(Lysine decarboxylase:LDC)を用いることが好ましい。以下、LDCを用いたリジン脱炭酸反応によりカダベリン類溶液を製造する方法について、詳細に説明する。
【0034】
原料としては、リジン及び/又はリジン塩を用いる。また、通常はこれらに加えて、更に酸を原料として用いる。
【0035】
リジンは、酵素的脱炭酸反応によりペンタメチレンジアミンを生成するものであれば、L−リジン、D−リジンの何れであってもよく、これらが任意の比率で混合されたものであってもよいが、通常はL−リジンが好ましい。
【0036】
リジン塩は、リジン及び酸から構成される塩である。リジン塩を構成する酸の種類やその好ましい例は、上述のカダベリン塩を構成する酸として挙げたものと同様である。リジン塩は一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0037】
また、原料として酸を用いる場合、その種類や好ましい例も、上述のカダベリン塩を構成する酸として挙げたものと同様である。酸は一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0038】
なお、原料となるリジン、リジン塩、酸の組み合わせや比率等の詳細は、目的とするカダベリン及び/又はカダベリン塩の詳細を考慮して、適宜選択することが好ましい。
【0039】
反応は通常、溶媒の存在下で行なう。溶媒としては通常、上述のように、水又は水を主成分とする混合溶媒が用いられる。水と混合される溶媒は制限されないが、通常は水と混和性を有する親水性有機溶媒が用いられる。親水性有機溶媒の例としては、アルコール類、カルボン酸、エステル類等が挙げられる。アルコール類の例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ペンタノール、イソペンタノール、ヘキサノール、エチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、グリセリン等が挙げられる。カルボン酸の例としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸等が挙げられる。エステル類の例としては、酢酸メチル、酢酸エチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等が挙げられる。親水性有機溶媒は一種を単独で使用してもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0040】
なお、通常は酸によって反応液のpHを調整するため、他のpH調整剤や緩衝剤を併用する必要はないが、溶媒として緩衝液を用いてもよい。緩衝液としては、酢酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。但し、カダベリンと酸との塩を形成させるという点からは、緩衝剤等は用いないか、用いる場合であっても低濃度に抑えることが好ましい。
但し、溶媒の詳細についても、目的とするカダベリン類溶液の詳細を考慮して、適宜選択することが好ましい。
【0041】
上述のリジン及び/又はリジン塩、並びに必要に応じて用いられる酸を、上述の溶媒に溶解させることにより、反応液を調製する。
【0042】
ここで、原料となるリジン、リジン塩、酸は反応開始前又は反応開始時に反応液に全量加えてもよく、LDC反応の進行に応じて分割して加えてもよいが、反応開始時におけるリジン及び/又はリジン塩と酸との比率を調整することにより、反応液のpHが酵素的脱炭酸反応に適したpHとなるように調整することが好ましい。具体的には、反応液のpHを、通常4.0以上、好ましくは5.0以上、より好ましくは5.5以上、また、通常8.0以下、好ましくは7.5以下、より好ましくは7.0以下の範囲とすることが望ましい。反応液のpHが低過ぎても高過ぎても、充分な反応速度が得られない場合がある。なお、以下の記載では、このように反応液のpHを酵素的脱炭酸反応に適したpHに調整することを、「中和」と称する場合がある。
【0043】
なお、反応液中におけるリジンの濃度(リジン塩の場合はリジン換算濃度)は制限されないが、通常10g/L以上、好ましくは20g/L以上、また、通常700g/L以下、好ましくは500g/L以下の範囲とすることが望ましい。なお、反応液中にリジン塩が存在する場合も、リジン換算の濃度で測定する。
【0044】
リジン濃度は、種々の分析機器で測定することが可能である。分析手法は限定されないが、リジンセンサー、イオンクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー等を用いて測定するのが一般的である。これらのリジンセンサーやクロマトグラフィーによって測定を行なう場合、測定対象となる反応液をそのまま、或いは必要に応じて所定の濃度範囲となるように希釈して測定に供する。また、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーの場合は、反応液中の成分が有する特定の官能基(主にリジンのアミノ基)を誘導体化してから測定に供することが好ましい。
【0045】
なお、生産速度および反応収率向上のため、反応液に補酵素としてビタミンB6を加えることが好ましい。ビタミンB6の例としては、ピリドキシン、ピリドキサミン、ピリドキサル、ピリドキサルリン酸等が挙げられる。これらは一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。中でも、ピリドキサルリン酸が好ましい。
【0046】
ビタミンB6の使用量は特に制限されないが、通常、反応液に対して0.01mM以上、0.5mM以下の範囲が好ましい。ビタミンB6の使用量が少な過ぎると反応速度が遅くなる場合があり、多過ぎると反応液の色が黄色くなる場合がある。
ビタミンB6を反応液に含有させる時機や手法に制限はない。反応前に含有させてもよく、反応中に含有させてもよい。また、一度に反応液に含有させてもよく、二度以上に分割して、異なる時機に反応液に含有させてもよい。
【0047】
上述の中和された反応液とリジン脱炭酸酵素(LDC)とを混合し、リジンの脱炭酸反応を行なう。LDCとしては、リジンに作用してカダベリンを生成させるものであれば、その種類に制限はない。具体的に、LDCとしては、精製された酵素を用いてもよいし、LDCを産生する細胞を用いてもよい。LDC及びそれを産生する細胞は、何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0048】
LDCを産生する細胞の例としては、微生物、植物細胞、動物細胞等が挙げられるが、微生物が好ましい。微生物としては、細菌、真核細胞等が挙げられる。細菌としては、Escherichia coliなどのエシェリヒア属細菌、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)等のコリネ型細菌、バチルス・サブチリス(Bacillus subtills)等のバチルス属細菌、セラチア・マルセッセンス(Serratia marcescens)等のセラチア属細菌等が挙げられる。真核細胞としては、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等が挙げられる。中でも、微生物としては細菌が好ましく、エシェリヒア属細菌がより好ましく、Escherichia coliが特に好ましい。微生物は、LDCを産生する限り、野生株でもよく、変位株であってもよい。また、LDC活性が上昇するように改変された組換え株であってもよい。植物細胞又は動物細胞も、LDC活性が上昇するように改変された組換え細胞を用いることができる。
【0049】
LDCを産生する細胞を用いる場合は、細胞をそのまま反応液に含有させてもよく、LDCを含む細胞処理物としてから反応液に含有させてもよい。細胞処理物としては、細胞の破砕液及びその分画物が挙げられる。
【0050】
リジン溶液とLDCとを混合して反応を開始した後は、反応の進行に伴い、リジンから遊離される炭酸ガスが反応液から放出され、pHが上昇する。従って、反応液のpHが前記範囲となるように、反応液に酸を加えてpHを調整する。酸は反応液に連続的に加えてもよく、pHが前記範囲に維持される限り、分割して加えてもよい。
【0051】
反応時の条件は、LDCがリジンに作用してカダベリンを生成させる条件であれば特に制限はないが、一般的には以下の通りである。
【0052】
反応方式は、連続式でもバッチ式でもよい。反応中における反応系への酸の添加を容易に行なう観点からは、バッチ式で反応を行なうことが好ましい。また、LDC並びにLDCを産生する細胞及びその処理物のうち一種又は二種以上を固定化した担体を用いた移動床カラムクロマトグラフィーによって反応を行なうこともできる。その場合は、反応系のpHが所定の範囲に維持されたまま反応が進行するように、リジン及び/又は酸をカラムの適当な部位に注入すればよい。
【0053】
反応液の温度は、通常20℃以上、好ましくは30℃以上、また、通常60℃以下、好ましくは40℃以下の範囲とすることが望ましい。反応液の温度が低過ぎると反応が進行しない場合があり、高過ぎると酵素が失活する場合がある。
反応時の雰囲気は任意であるが、通常は空気、炭酸ガス又は窒素ガス雰囲気下が好ましい。
反応時の圧力も任意であるが、通常は常圧或いはそれに近い圧力下で行なう。
また、反応液に攪拌を加えてもよい。
【0054】
以上の手順により、リジンの酵素的脱炭酸反応によってカダベリンが生成し、それに伴って反応液のpHが上昇する。よって、反応液を酸を用いて逐次中和することにより、酵素反応が良好に進行する。反応によって生成するカダベリンは、通常はカダベリン塩として反応液中に蓄積する。
【0055】
以上の反応により得られた反応液は、そのままの状態で、或いは処理を加えることにより、本発明に係るカダベリン類溶液として用いることが可能である。処理の内容は任意であるが、例としては、反応液の滅菌・濾過や、溶媒の除去・追加によるカダベリン及び/カダベリン塩の濃度調整等の処理が挙げられる。
【0056】
また、以上の反応により得られた反応液から、カダベリン及び/カダベリン塩を精製・単離することも可能である。精製・単離の手法は任意であり、公知の手法を適宜選択して用いればよい。例としては、晶析、蒸留等が挙げられる。精製・単離されたカダベリン及び/カダベリン塩を任意の溶媒に溶解させることにより、本発明に係るカダベリン類溶液を調製することも可能である。
【0057】
[III.カダベリン類溶液の保存方法]
本発明の保存方法は、上述した本発明に係るカダベリン類溶液のpHを、酸性或いは塩基性に調整して保存する。
【0058】
具体的に、カダベリン類溶液のpHを酸性に調整する場合、そのpHは、通常6.4以下、好ましくは6.0以下、更に好ましくは5.5以下である。
一方、カダベリン類溶液のpHをアルカリ性に調整する場合、そのpHは、通常7.5以上、好ましくは8.0以上、更に好ましくは8.5以上である。
上述のように、カダベリン類溶液のpHを酸性或いは塩基性に調整して保存することにより、カダベリン類溶液を着色の少ない状態で安定に保存することができる。
【0059】
カダベリン類溶液のpHを上記範囲内となるように調整する手法は制限されないが、例としては、以下に挙げる二種の手法が挙げられる。
【0060】
まず、第一の手法として、カダベリン類溶液の製造時にその条件を調整することにより、得られるカダベリン類溶液のpHを上記範囲内にするという手法が挙げられる。具体例として、上述のLDCを用いたリジンの酵素的脱炭酸反応によってカダベリン類溶液を製造する場合、反応時に反応液に加える酸の量を調整したり、或いはカダベリンやカダベリン塩を加えることにより、反応終了時における反応液、即ちカダベリン類溶液のpHが上記範囲内となるように調整することができる。
【0061】
また、第二の手法として、カダベリン類溶液を製造した後に、pH調整剤を用いてそのpHを上記範囲内に調整するという手法が挙げられる。
pH調整剤の種類は制限されない。保存するカダベリン類溶液の成分や用途等に応じて適宜選択することができる。
【0062】
pH調整剤は主に、酸と塩基とに分けられる。
酸の種類は任意であるが、例としては、上述のカダベリン塩を構成する酸として例示したものが挙げられる。
塩基としては、無機塩基でも有機塩基でもよく、また、一価の塩基でも二価以上の塩基でもよい。塩基の例としては、カダベリン、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム、水酸化バリウム、アンモニア等が挙げられる。中でも、カダベリン、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましい。これらの塩基は何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0063】
なお、pH調整剤とともに、緩衝剤を用いてもよい。緩衝剤の種類は任意であるが、例としては、酢酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液等が挙げられる。これらの緩衝剤は何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0064】
本発明に係るカダベリン類溶液の保存時におけるその他の条件は任意であるが、通常は以下の通りである。
保存時の温度は特に制限されないが、通常は常温以下とすることが望ましい。具体的には、通常30℃以下、好ましくは25℃以下が望ましい。また、例えば通常10℃以下、好ましくは5℃以下の低温に冷却して保存を行なってもよい。保存時の温度が高過ぎると、変色が進んだり、不純物が発生したりする場合がある。
保存時の雰囲気は任意であるが、通常は空気又は窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。
保存時の圧力も任意であるが、通常は常圧或いはそれに近い圧力とする。
保存時のカダベリン類溶液の状態も制限されないが、通常は静置状態で保存する。
【0065】
本発明の保存方法によれば、本発明に係るカダベリン類溶液を、着色の少ない状態で安定に保存することができる。具体的には、本発明の保存方法によりカダベリン類溶液を7日間保存した場合、下記式[1]により規定される、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化が、通常0.13以下、好ましくは0.125以下、更に好ましくは0.12以下である。この値が低いほど、可視光領域における吸光度の変化が少なく、ひいては着色が少ないといえる。
【0066】
(波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化)
= (保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
/(カダベリン類溶液中のカダベリンのモル濃度) [1]
【0067】
上記式[1]中、「保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化」は、下記式[2]により求められる値である。
【0068】
(保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
= (保存7日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度)
− (保存0日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度) [2]
【0069】
なお、カダベリン類溶液の波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化は、25℃の室内環境下でカダベリン類溶液を7日間保存するとともに、その前後における吸光スペクトルを分光光度計(例えば日立製作所製U−3500)で測定し、得られた吸光スペクトルから求めることが可能である。
【0070】
本発明の保存方法による保存後のカダベリン類溶液は、任意の用途に使用することが可能であるが、例としては、56ナイロン等のポリアミドの製造原料としての用途が挙げられる。
【実施例】
【0071】
以下に実施例を示し、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの記載に限定されるものではではない。
【0072】
[カダベリン・アジピン酸水溶液の調製]
なお、後述の実施例及び比較例で使用したカダベリン・アジピン酸水溶液(カダベリン類溶液)は、リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株を用い、リジン・アジピン酸塩を原料として調製した。リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株の作製手順と、それを用いたカダベリン・アジピン酸水溶液の調製手順について、以下に説明する。
【0073】
(1)リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増強株の作製:
図1は、リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)を組み込んだプラスミドpCAD1の構築手順の概要を示す図である。具体的には、以下に説明する手順により行なった。
【0074】
(A)大腸菌DNA抽出:
LB培地[組成:トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、塩化ナトリウム(NaCl)5gを蒸留水1Lに溶解]10mLに、大腸菌(Eschericia coli)JM109株を対数増殖期後期まで培養し、得られた菌体を、10mg/mLのリゾチームを含む10mMNaCl/20mMトリス緩衝液(pH8.0)/1mMエチレンジアミン四酢酸ジナトリウム(EDTA・2Na)水溶液0.15mLに懸濁した。
【0075】
次に、上記懸濁液にプロテナーゼKを、最終濃度が100μg/mLになるように添加し、37℃で1時間保温した。更にドデシル硫酸ナトリウムを最終濃度が0.5%になるように添加し、50℃で6時間保温して溶菌した。この溶菌液に、等量のフェノール/クロロホルム溶液を添加し、室温で10分間ゆるやかに振盪した後、全量を遠心分離(5000×g、20分間、10〜12℃)し、上清画分を分取し、酢酸ナトリウムを0.3Mとなるように添加した後、2倍量のエタノールを加え混合した。遠心分離(15000×g、2分)により回収した沈殿物を70%エタノールで洗浄した後、風乾した。得られたDNAに、10mM トリス緩衝液(pH7.5)−1mM EDTA・2Na溶液5mLを加え、4℃で一晩静置し、以後のPCRの鋳型DNAに使用した。
【0076】
(B)cadAのクローニング:
大腸菌cadAの取得は、上記(A)で調製したDNAを鋳型とし、全ゲノム配列が報告されている大腸菌K12−MG1655株の該遺伝子の配列(GenBank Database Accession No.U00096)を基に設計した合成DNA(下記の配列番号1及び配列番号2で表わされる配列からなるDNA)をプライマーとして用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって行なった。
【0077】
・配列番号1:
GTTGCGTGTTCTGCTTCATCGCGCTGATG
・配列番号2:
ACCAAGCTGATGGGTGAGATAGAGAATGAGTAAG
【0078】
なお、反応液は、鋳型DNA1μL及びPlatinum(登録商標) Pfx DNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製)0.2μLに、各プライマーが0.3μM、MgSO4が1mM、デオキシヌクレオチド3リン酸(dNTPs)が0.25μMとなるように、1倍濃度Pfx Amplification Buffer(インビトロジェン社製)を加えて全量を20μLとすることにより調製した。
【0079】
また、反応温度条件としては、DNAサーマルサイクラー(MJResearch社製PTC−200)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で2.5分からなるサイクルを35回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は10分とした。
【0080】
PCRの終了後、増幅産物をエタノール沈殿により精製し、制限酵素KpnI及び制限
酵素SphIで切断した。得られたDNA標品を、0.75%アガロース(SeaKem GTG a
garose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離した後、臭化エチジウム染色を用いて可視化することにより、cadAを含む約2.6kbの断片を検出し、QIA Quick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて目的DNA断片の回収を行なった。
【0081】
回収したDNA断片を、大腸菌プラスミドベクターpUC18(タカラバイオ社製)を制限酵素KpnI及び制限酵素SphIで切断して調製したDNA断片と混合し、ライゲ
ーションキットver.2(タカラバイオ社製)を用いて連結後、得られたプラスミドDNAを用いて大腸菌(JM109株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLアンピシリン、0.2mM IPTG(イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド)及び50μg/mL X−Galを含むLB寒天培地に塗抹した。
【0082】
この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素KpnI及び制限酵素S
phIで切断することにより、約2.5kbの挿入断片が認められることを確認した。こ
のプラスミドをpCAD1と命名し、pCAD1を含む大腸菌株をJM109/pCAD1と命名した。
【0083】
(2)cadA増幅株の培養:
大腸菌株JM109/pCAD1をLB培地で前培養した後、1000mLの培養液を99Lの培地(ミーストP1G 10g/L、ポリペプトンN 20g/L、NaCl 10g/L、アンピシリンNa 50mg/L)が入った200L容ジャーファーメンターに接種し、通気量250ml/分、35℃、700rpmで通気攪拌培養を行なった。15時間培養後、培養液全量を3m3の培地(ミーストP1G 10g/L、ポリペプトンN 20g/L、NaCl 10g/L、アンピシリンNa 50mg/L)が入った5m3容タンクに接種して更に培養を行なった。5m3ジャーでの培養条件は、通気量0.5vvm、35℃、Agit:100rpmであった。培養4時間目に、300gのIPTG(イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド)を5Lの水に溶解した後、フィルターを通して加えた。その後21時間培養を続けた。
【0084】
(3)菌体の分離:
6400rpm、フィード速度750L/hrの条件下で、アルファラバル分離機により培養液からの菌体回収を行った。回収された菌体の湿重量は36.9Kgであった。この湿菌体を10mMの酢酸ナトリウム溶液160Lに懸濁したのち、15000rpm、フィード速度1.0L/minの条件下でシャープレス遠心機により再度菌体回収を行ない、18.7kgの湿菌体を取得した。
【0085】
(4)カダベリン・アジピン酸塩の製造:
50重量体積%のリジン水溶液にpHが6.5となるようにアジピン酸を加え、リジン・アジピン酸塩溶液を調製し、基質溶液とした。ピリドキサルリン酸を0.1mMとなるように加えて反応液を調製し、これに大腸菌株JM109/pCAD1の菌体液(仕込み湿菌体濃度0.28g/L)を添加し、反応を開始した。反応は、5m3ジャーファーメンターに3m3の反応液を仕込んで行なった。また、反応中に適宜、アジピン酸スラリーを反応液に添加することにより、反応液のpHを6.5となるように制御した。反応開始から6時間後に、リジンのほぼ全量がカダベリンに転化していた(リジンセンサーで検出限界以下)。更に反応を続け、トータルで22時間反応させることにより、リジンのほぼ100%がカダベリンに変換された(総消費リジン量370.8kg)。その後、反応液を限外濾過(UF)膜を通して濾過することにより、カダベリン・アジピン酸塩の粗溶液を得た。
【0086】
(5)カダベリン・アジピン酸塩の精製:
上記手順により得られたカダベリン・アジピン酸塩の粗溶液を、以下の手順で精製した。まず、粗溶液に対し20重量%の活性炭を導入し、20℃で1時間攪拌後、珪藻土による濾過、UF膜処理を行ない、温度55〜60℃、圧力110〜150mmHgで、4〜5倍の濃度となるように濃縮した。その後、4℃/hの降温速度で10℃まで冷却することにより、晶析させた。得られた結晶を遠心濾過し、乾燥させた後、脱塩水を加えて溶解させ、カダベリン・アジピン酸塩水溶液を得た。この溶液のカダベリン・アジピン酸塩の濃度は100g/L、カダベリン換算濃度は40.3g/Lであった。
【0087】
[実施例1]
上記手順により得られた100g/L濃度のカダベリン・アジピン酸塩水溶液(カダベリン類溶液)10mLを50mlコニカルチューブ(Becton Dickinson製)に入れ、攪拌しながら1N塩酸を加え、pHを4.93に調整した。次いで容器を25℃の室内環境下で保存した。
【0088】
上記カダベリン・アジピン酸塩水溶液(カダベリン類溶液)について、保存0日目(保存開始日)及び保存7日目に、分光光度計(日立製作所製U−3500)を用いて吸光スペクトルを測定した。
【0089】
また、得られた吸光スペクトルから、下記式[1]により、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化を求めた。
(波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化)
= (保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
/(カダベリン類溶液中のカダベリンのモル濃度) [1]
【0090】
なお、上記式[1]中、「保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化」は、下記式[2]により求められる値である。
(保存前後の波長400〜500nmにおける平均吸光度の変化)
= (保存7日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度)
− (保存0日目の波長400〜500nmにおける平均吸光度) [2]
【0091】
実施例1におけるカダベリン類溶液の波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化を後述の表1に示す。また、実施例1におけるカダベリン類溶液の保存0日目及び保存7日目の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを図2に示す。
【0092】
[実施例2〜11、比較例1〜7]
以下に示す点を除いては、実施例1と同様の手順により、カダベリン類溶液の調製及び保存を行なった。
【0093】
比較例6、実施例10では、カダベリン類溶液として、実施例1と同様の手順(上記[カダベリン・アジピン酸水溶液の調製]欄の「(5)カダベリン・アジピン酸塩の精製」までの手順)で調製されたカダベリン・アジピン酸塩水溶液を用いた。この溶液中におけるカダベリン・アジピン酸の濃度は100g/L、カダベリン換算濃度は40.3g/L(0.403mol/L)であった。
【0094】
比較例4及び実施例11では、カダベリン類溶液として、カダベリン(東京化成社製)を水に溶解させて調製した、濃度50g/L(0.489mol/L)のカダベリン水溶液を用いた。
【0095】
実施例2〜9、比較例1〜3、比較例5では、カダベリン類溶液として、上記[カダベリン・アジピン酸水溶液の調製]欄の「(4)カダベリン・アジピン酸塩の製造」までの手順で調製されたカダベリン・アジピン酸塩水溶液(粗溶液)を用いた。この溶液中におけるカダベリン・アジピン酸の濃度は150g/L、カダベリン換算濃度は60.5g/L(0.605mol/L)であった。
【0096】
また、各実施例及び各比較例において、カダベリン類溶液のpHを、後述の表1に示す値に調整した。pH調整には基本的に1N塩酸を用いたが、比較例6については1N塩酸の代わりにカダベリンを用いてpH調整を行なった。比較例1についてはpH調整を行なわず、カダベリン類溶液をそのまま用いた。
【0097】
実施例2〜11、比較例1〜7におけるカダベリン類溶液の波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化を、後述の表1に示す。
【0098】
また、実施例2、実施例3、比較例1、比較例2、比較例4、比較例6、実施例7、実施例10及び実施例11におけるカダベリン類溶液の保存0日目及び保存7日目の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを、それぞれ図3〜11に示す。
【0099】
[結果]
【表1】
【0100】
表1及び図2〜11の結果から、カダベリン類溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整して保存した実施例1〜実施例11では、カダベリン類溶液のpHを6.4よりも大きく、7.5未満の範囲として保存した比較例1〜比較例7と比べ、カダベリン類溶液の着色が少なく、安定に保存できていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明を利用可能な分野は制限されず、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液が用いられる任意の分野に利用することが可能であるが、特にナイロン等のポリアミドの製造分野において好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)を組み込んだプラスミドpCAD1の構築手順の概要を示す図である。
【図2】実施例1におけるカダベリン類溶液(pH4.93)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図3】実施例2におけるカダベリン類溶液(pH5.43)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図4】実施例3におけるカダベリン類溶液(pH6.35)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図5】比較例1におけるカダベリン類溶液(pH6.50)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図6】比較例2におけるカダベリン類溶液(pH6.55)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図7】比較例4におけるカダベリン類溶液(pH6.97)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図8】比較例6におけるカダベリン類溶液(pH7.20)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図9】実施例7におけるカダベリン類溶液(pH8.08)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図10】実施例10におけるカダベリン類溶液(pH10.35)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【図11】実施例11におけるカダベリン類溶液(pH12.42)の波長400〜500nmにおける吸光スペクトルを示す図である。実線は保存0日目の吸光スペクトルを、破線は保存7日目の吸光スペクトルをそれぞれ示している。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を保存する方法であって、
該溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整する
ことを特徴とする、保存方法。
【請求項2】
前記のカダベリン及び/又はカダベリン塩が、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させて得られたものである
ことを特徴とする、請求項1記載の保存方法。
【請求項3】
前記カダベリン塩がカダベリン・カルボン酸塩である
ことを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の保存方法。
【請求項4】
前記溶液を7日間保存した場合に、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化が0.13以下である
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか一項に記載の保存方法。
【請求項1】
カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液を保存する方法であって、
該溶液のpHを6.4以下又は7.5以上に調整する
ことを特徴とする、保存方法。
【請求項2】
前記のカダベリン及び/又はカダベリン塩が、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させて得られたものである
ことを特徴とする、請求項1記載の保存方法。
【請求項3】
前記カダベリン塩がカダベリン・カルボン酸塩である
ことを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の保存方法。
【請求項4】
前記溶液を7日間保存した場合に、波長400〜500nmにおける平均モル吸光度の変化が0.13以下である
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか一項に記載の保存方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−174476(P2008−174476A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−8521(P2007−8521)
【出願日】平成19年1月17日(2007.1.17)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年1月17日(2007.1.17)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】
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