説明

カチオン伝導体の製造方法、及び該製造方法によって得られるカチオン伝導体

【課題】カチオン伝導体の製造方法、及び該製造方法によって得られるカチオン伝導体を提供する。
【解決手段】カチオン伝導体の製造方法であって、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カルボキシル基(‐COOH)を有する非配位性の芳香族化合物を含む原料錯体を準備する工程、並びに、原料錯体の前記カルボキシル基が配置されている細孔群B1の細孔内に、カチオン化する元素Mを有する第1のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第1のゲスト成分と前記カルボキシル基とを反応させることにより、該カルボキシル基(‐COOH)を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)へと変換する工程を含むことを特徴とする、カチオン伝導体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カチオン伝導体の製造方法、及び該製造方法によって得られるカチオン伝導体に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲスト化合物を取り込む空孔構造を持つ材料に、多種類の有機化合物を含有する混合物を通過又は接触させることによって、選択的に特定の有機化合物を取り出すことができる。このような材料としては、有機配位子を遷移金属で集合させた有機金属錯体やゼオライト等が知られており、選択的可逆的吸着剤、触媒担体等の多くの用途がある。
【0003】
ゲスト成分の取り込み及び放出の機能を利用したものとして、イオン伝導特性を有する電解質が挙げられる。このような電解質は、電池、二次電池、センサデバイス等、エレクトロニクス分野における幅広い応用が可能である。
特許文献1は、金属イオンと、該金属イオンに配位可能な少なくとも2以上のアニオン性配位子を有する有機化合物とが繰返し単位を構成する配位高分子であって、前記有機化合物は固体電解質の伝導種となるイオンを担持可能な置換基を有することを特徴とする配位高分子の技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−63448号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された配位高分子は、金属イオンと配位可能な少なくとも2以上のアニオン性配位子を有し、且つ、自由イオンを担持可能な置換基を有する有機化合物を主鎖に持っている。このような配位高分子は、望みの配位状態を得るためには、前記主鎖有機化合物が、自由イオンとイオン結合を形成する置換基として、金属イオンと配位結合を形成する置換基とは異なる置換基を有するように設計されている必要がある(特許文献1の明細書中、63乃至64段落参照)。したがって、特許文献1に開示された配位高分子は、理想的なイオン伝導を達成するための、配位子及び置換基の選択の幅が非常に狭いものであると考えられる。
【0006】
本願発明者のうちの一部は、上記実情を鑑みて、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、非配位性の芳香族化合物を含む高分子錯体であって、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、該三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えていることを特徴とする高分子錯体を開発し、すでに特許出願を行っている(特開2006−188560)。
【0007】
本発明は、上記開発の経緯を経て、さらに発展したものであり、カチオン伝導体の製造方法、及び該製造方法によって得られるカチオン伝導体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カルボキシル基(‐COOH)を有する非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記カルボキシル基を有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、前記カルボキシル基が前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B1の内面に向くように規則的に配置されている原料錯体を準備する工程、並びに、前記原料錯体の前記カルボキシル基が配置されている前記細孔群B1の細孔内に、カチオン化する元素Mを有する第1のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第1のゲスト成分と前記カルボキシル基とを反応させることにより、該カルボキシル基(‐COOH)を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)へと変換する工程を含むことを特徴とする。
【0009】
このような構成のカチオン伝導体の製造方法は、カルボキシル基を有する非配位性の芳香族化合物、金属イオン及び芳香族化合物を含む原料錯体中で、該原料錯体の前記三次元格子状構造を損なうことなく、直接前記非配位性芳香族化合物が有するカルボキシル基を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩へと変換することができる。
【0010】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記元素Mがリチウムであるという構成をとることができる。
【0011】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、前記第1のゲスト成分が、MX(Xはハロゲン)で表される有機化合物の塩又は金属塩であり、有機溶媒に溶解し、大気下室温付近で使用できるものであることが好ましい。
【0012】
このような構成のカチオン伝導体の製造方法は、適切な前記第1のゲスト成分を選択することによって、比較的温和な条件下で前記細孔内において前記第1のゲスト成分と前記カルボキシル基とを反応させ、前記カルボキシル基(‐COOH)を、前記カチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)へと変換することができる。
【0013】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、前記原料錯体を準備する工程が、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、自己の芳香環上にリンカーとなる官能基そのもの及び該リンカーとなる官能基を有する基からなる群から選ばれるリンカーが結合している非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記リンカーを有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、前記リンカーが前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B2の内面に向くように規則的に配置されている、前記原料錯体の前駆体を準備する工程、並びに、前記リンカーとなる官能基と化学反応により結合を形成する官能基、及び、カルボキシル基及び/又は保護基で保護されたカルボキシル基を有する第2のゲスト成分を準備する工程、並びに、前記第2のゲスト成分を、前記原料錯体の前駆体の前記リンカーとなる官能基が配置されている前記細孔群B2の細孔内に前記第2のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第2のゲスト成分と前記リンカーとを反応させることにより、前記リンカーとなる官能基と前記第2のゲスト成分が有する結合形成官能基とが反応することによって、前記非配位性芳香族化合物と前記第2のゲスト成分との間に結合を形成し、前記カルボキシル基が保護基で保護されている場合には、該保護基を脱離させることで前記原料錯体を合成する工程を含むことが好ましい。
【0014】
このような構成のカチオン伝導体の製造方法は、リンカーが結合している非配位性の芳香族化合物、金属イオン及び芳香族化合物を含む原料錯体の前駆体中で、該前駆体の前記三次元格子状構造を損なうことなく、前記非配位性芳香族化合物と前記第2のゲスト成分との間に結合を形成し、前記原料錯体を合成することができる。また、本発明のカチオン伝導体の製造方法は、保護基で保護されたカルボキシル基を有する前記第2のゲスト成分を用いた場合でも、該保護基を脱離させることによって、保護基のないカルボキシル基を有する非配位性芳香族化合物を含む前記原料錯体を合成することができる。
【0015】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体の前駆体において、前記リンカーが、−W−OH、−W−NH、−W−NO、−W−CH、−W−OCOCH、−W−CHO、アルキルエーテル鎖、アルキルチオエーテル鎖、アルキレングリコール鎖、及びペプチド鎖(Wは2価の有機基又は単結合を示す)より選ばれる少なくとも1つの官能基であるという構成をとることができる。
【0016】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記リンカーとなる官能基が、水素原子を除く構成原子数が5個以下である低分子官能基であるという構成をとることができる。
【0017】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体の前駆体において、前記リンカーの少なくとも1つが−NHであるという構成をとることができる。
【0018】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体合成工程において、前記リンカーである−NHを、−N=Q1(Q1は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、2価の残基を示す)に変換するという構成をとることができる。
【0019】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記第2のゲスト成分がアルデヒド化合物であり、前記細孔群B2の細孔によるアルデヒド化合物の包接により、前記リンカーである−NHと該アルデヒド化合物の脱水反応を起こさせ、−NHを−N=Q1(Q1は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、2価の残基を示す)に変換するという構成をとることができる。
【0020】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記リンカーである−NHを−NHC(=O)−Q2(Q2は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)に変換するという構成をとることができる。
【0021】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記第2のゲスト成分が酸無水物又はイソシアナートであり、前記細孔群B2の細孔による酸無水物又はイソシアナートの包接により、前記リンカーである−NHと該酸無水物又は該イソシアナートを反応させ、−NHを−NHC(=O)−Q2(Q2は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)に変換するという構成をとることができる。
【0022】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体合成工程において、前記リンカーの少なくとも1つが−CHOであり、且つ、前記第2のゲスト成分がアミノ化合物であり、前記細孔群B2の細孔によるアミノ化合物の包接により、該−CHOと該アミノ化合物を脱水反応させ、−CHOを−CHN−Q3(Q3は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)に変換するという構成をとることができる。
【0023】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体の前記三次元ネットワーク構造が、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が複合化してなる、複合化三次元ネットワーク構造であるという構成をとることができる。
【0024】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体の前記芳香族化合物配位子は、下記式(1)で表される芳香族化合物であるという構成をとることができる。
【0025】
【化1】


(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0026】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体の非配位性芳香族化合物は、縮合多環芳香族化合物であるという構成をとることができる。
【0027】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、前記芳香族化合物配位子としての前記式(1)で表される芳香族化合物が、トリス(4−ピリジル)トリアジンであり、前記非配位性芳香族化合物としての前記縮合多環芳香族化合物が、トリフェニレン誘導体及びペリレン誘導体から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0028】
このような構成のカチオン伝導体の製造方法は、前記原料錯体が、前記芳香族化合物配位子として、比較的電子不足な配位子である、トリス(4−ピリジル)トリアジン[2,4,6−トリス(4−ピリジル)1,3,5−トリアジン]を有することから、非配位子芳香族化合物との電荷移動による相互作用が強く、より強固に安定化した非配位子芳香族化合物との積み重ね構造を有するため、前記原料錯体からカチオン伝導体への変換をより容易に起こすことができる。また、本発明のカチオン伝導体の製造方法は、前記原料錯体が、前記非配位性芳香族化合物として、ある程度広がりを持った平面形状を有する縮合多環芳香族化合物である、トリフェニレン誘導体及びペリレン誘導体から選ばれる少なくとも1種の化合物を有することから、前記芳香族化合物配位子との積み重ね構造を安定なものとなるため、前記原料錯体からカチオン伝導体への変換をより容易に起こすことができる。
【0029】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、前記原料錯体の前記三次元ネットワーク構造内の前記積み重ね構造において、非配位性芳香族化合物のHOMO(最高被占軌道)と、前記芳香族化合物配位子のLUMO(最低空軌道)が、軌道形状の重なりを有しており、その積層構造が安定化されたことが好ましい。
【0030】
このような構成のカチオン伝導体の製造方法は、前記非配位性芳香族化合物と該非配位性芳香族化合物が有するカルボキシル基、及び、前記芳香族化合物配位子を適切に選択することで、原料錯体内に形成される前記積み重ね構造を予測することができ、効率的な分子設計が可能である。
【0031】
本発明のカチオン伝導体は、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)を有する非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記カチオン伝導性基を有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、前記非配位性芳香族化合物は、前記カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)が前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されていることを特徴とする。
【0032】
このような構成のカチオン伝導体は、該カチオン伝導体内に形成される細孔群が、固有の親和性を有する互いに同一な複数の細孔から構成されており、2種以上の成分を含む混合物に接触すると、接触した混合物に含まれる複数の成分のうち、上記細孔群を構成する細孔が親和性を有する特定のカチオンを該細孔内に選択的に取り込むことができ、したがって、前記非配位性芳香族化合物の有する前記カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)のカルボキシラート(‐COO)近傍に集合した前記カチオンを、選択的に包接し、輸送することができる。また、本発明のカチオン伝導体は、該カチオン伝導体内に2種以上の細孔群が存在するため、カチオン伝導体全体として2種以上のカチオンを取り込むことができ、且つ、1つのカチオン伝導体内に取り込まれた2種以上のカチオンは、各細孔群内で分離した状態でカチオン伝導体内に存在させることができる。さらに、本発明のカチオン伝導体は、前記細孔内に取り込んだカチオンを選択的に放出することもできる。
【0033】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記元素Mがリチウムであるという構成をとることができる。
【0034】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記非配位性芳香族化合物は自己の芳香環上の特定位置に、前記カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−N=Q1’(Q1’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する2価の有機基を示す)で表される基A’iを有し、前記非配位性芳香族化合物は、前記基A’iが前記2種以上の細孔群のうち特定の前記細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されているという構成をとることができる。
【0035】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記非配位性芳香族化合物は自己の芳香環上の特定位置に、前記カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−NHC(=O)−Q2’(Q2’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する1価の有機基を示す)で表される基A’aを有し、前記非配位性芳香族化合物は、前記基A’aが前記2種以上の細孔群のうち特定の前記細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されているという構成をとることができる。
【0036】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記非配位性芳香族化合物は自己の芳香環上の特定位置に、前記カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−CHN−Q3’(Q3’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する1価の有機基を示す)で表される基A’imを有し、前記非配位性芳香族化合物は、前記基A’imが前記2種以上の細孔群のうち特定の前記細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されているという構成をとることができる。
【0037】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記三次元ネットワーク構造は、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が複合化してなる、複合化三次元ネットワーク構造であるという構成をとることができる。
【0038】
本発明のカチオン伝導体は、前記2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、細孔の形状、及び、細孔内雰囲気のうち少なくとも一つが異なることが好ましい。
【0039】
このような構成のカチオン伝導体は、それぞれの前記細孔群を構成する細孔の、特定のカチオンに対する親和性を高め、各細孔がより選択的に特定のカチオンを取り込むことができる。
【0040】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔が、細長いチャンネル形状を有しているという構成をとることができる。
【0041】
本発明のカチオン伝導体は、前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該細孔の内接円の直径が、2〜70Åであることが好ましい。
【0042】
このような構成のカチオン伝導体は、カチオンを細孔内に効率よく取り込むことができる。
【0043】
本発明のカチオン伝導体は、前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該細孔の内接楕円の長径が、5〜70Åであり、該内接楕円の短径が、2〜50Åであることが好ましい。
【0044】
このような構成のカチオン伝導体は、カチオンを細孔内に効率よく取り込むことができる。
【0045】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記芳香族化合物配位子は、下記式(1)で表される芳香族化合物であるという構成をとることができる。
【0046】
【化2】


(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0047】
本発明のカチオン伝導体の一形態としては、前記非配位性芳香族化合物は、縮合多環芳香族化合物であるという構成をとることができる。
【0048】
本発明のカチオン伝導体は、前記芳香族化合物配位子としての前記式(1)で表される芳香族化合物が、トリス(4−ピリジル)トリアジンであり、前記非配位性芳香族化合物としての前記縮合多環芳香族化合物が、トリフェニレン誘導体及びペリレン誘導体から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0049】
このような構成のカチオン伝導体は、前記芳香族化合物配位子として、比較的電子不足な配位子である、トリス(4−ピリジル)トリアジン[2,4,6−トリス(4−ピリジル)1,3,5−トリアジン]を有することから、非配位子芳香族化合物との電荷移動による相互作用が強く、より強固に安定化した非配位子芳香族化合物との積み重ね構造を形成することができる。また、本発明のカチオン伝導体は、前記非配位性芳香族化合物として、ある程度広がりを持った平面形状を有する縮合多環芳香族化合物である、トリフェニレン誘導体及びペリレン誘導体から選ばれる少なくとも1種の化合物を有することから、前記芳香族化合物配位子との積み重ね構造を安定なものとすることができる。
【0050】
本発明のカチオン伝導体は、前記カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)が、前記カチオン伝導体内において、ファンデルワールス力よりも大きい分子間相互作用を発現できるものであることが好ましい。
【0051】
このような構成のカチオン伝導体は、カチオンを効率よく包接し、且つ、放出することができる。
【0052】
本発明のカチオン伝導体は、前記三次元ネットワーク構造内の前記積み重ね構造において、前記非配位性芳香族化合物のHOMO(最高被占軌道)と、前記芳香族化合物配位子のLUMO(最低空軌道)が、軌道形状の重なりを有しており、その積層構造が安定化されたことが好ましい。
【0053】
このような構成のカチオン伝導体の製造方法は、前記非配位性芳香族化合物と該非配位性芳香族化合物が有するカルボン酸塩、及び、前記芳香族化合物配位子を適切に選択することで、カチオン伝導体内に形成される前記積み重ね構造を予測することができ、カチオン伝導に効率的な分子設計が可能である。
【発明の効果】
【0054】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、カルボキシル基を有する非配位性の芳香族化合物、金属イオン及び芳香族化合物を含む原料錯体中で、該原料錯体の前記三次元格子状構造を損なうことなく、直接前記非配位性芳香族化合物が有するカルボキシル基を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩へと変換することができる。
本発明のカチオン伝導体は、該カチオン伝導体内に形成される細孔群が、固有の親和性を有する互いに同一な複数の細孔から構成されており、2種以上の成分を含む混合物に接触すると、接触した混合物に含まれる複数の成分のうち、上記細孔群を構成する細孔が親和性を有する特定のカチオンを該細孔内に選択的に取り込むことができ、したがって、前記非配位性芳香族化合物の有する前記カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)のカルボキシラート(‐COO)近傍に集合した前記カチオンを、選択的に包接し、輸送することができる。また、本発明のカチオン伝導体は、該カチオン伝導体内に2種以上の細孔群が存在するため、カチオン伝導体全体として2種以上のカチオンを取り込むことができ、且つ、1つのカチオン伝導体内に取り込まれた2種以上のカチオンは、各細孔群内で分離した状態でカチオン伝導体内に存在させることができる。さらに、本発明のカチオン伝導体は、前記細孔内に取り込んだカチオンを選択的に放出することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】カチオン伝導体3aのX線結晶構造解析結果である。
【図2】細孔の延在する方向を決定する方法を説明する図である。
【図3】インピーダンス測定に用いた冶具の断面模式図である。
【図4】ICP−MS分析における、Liの検量線の図である。
【図5】ICP−MS分析における、Znの検量線の図である。
【発明を実施するための形態】
【0056】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カルボキシル基(‐COOH)を有する非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記カルボキシル基を有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、前記カルボキシル基が前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B1の内面に向くように規則的に配置されている原料錯体を準備する工程、並びに、前記原料錯体の前記カルボキシル基が配置されている前記細孔群B1の細孔内に、カチオン化する元素Mを有する第1のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第1のゲスト成分と前記カルボキシル基とを反応させることにより、該カルボキシル基(‐COOH)を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)へと変換する工程を含むことを特徴とする。
【0057】
上記製造方法によって製造される、本発明のカチオン伝導体は、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)を有する非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記カチオン伝導性基を有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、前記非配位性芳香族化合物は、前記カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)が前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されていることを特徴とする。
【0058】
本発明者らの一部が既に特許出願(特開2006−188560)を行った高分子錯体内に形成される細孔群は、固有の親和性を有する互いに同一な複数の細孔から構成されており、2種以上の成分を含む混合物に接触すると、接触した混合物に含まれる複数の成分のうち、上記細孔群を構成する細孔が親和性を有する成分を該細孔内に選択的に取り込む。高分子錯体内には2種以上の細孔群が存在するため、高分子錯体全体としては2種以上のゲスト成分を取り込むことができる。しかも、1つの高分子錯体内に取り込まれた2種以上のゲスト成分は、各細孔群内で分離した状態で高分子錯体内に存在する。また、細孔内に取り込んだゲスト成分を選択的に放出又は輸送することも可能である。
【0059】
本発明のカチオン伝導体は、上記特許出願済みの高分子錯体(特開2006−188560)を改良したものであり、非配位性芳香族化合物の芳香環上にカチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)を導入することで、該カルボン酸塩が有するカルボキシラート(‐COO)近傍に集合したカチオンを、選択的に包接し、輸送することができる。
【0060】
本明細書においては、初めに、本発明に係るカチオン伝導体、該カチオン伝導体の製造方法において使用する原料錯体、及び、後述する該原料錯体の製造方法において用いることのできる原料錯体の前駆体に関して、各錯体の主な構成要件である「非配位性芳香族化合物」、「芳香族配位子」、「中心金属としての金属イオン」等に関する説明をし、その後に、本発明に係るカチオン伝導体の製造方法について順を追って説明する。
本明細書においては、以下、特に断りがない限り、本発明に係るカチオン伝導体が有する「非配位性芳香族化合物」、「芳香族配位子」、「中心金属としての金属イオン」、「細孔」、「三次元ネットワーク構造」及び「三次元格子状構造」に関する説明は、該カチオン伝導体の製造方法において用いられる原料錯体、及び後述する原料錯体の前駆体が有する「非配位性芳香族化合物」、「芳香族配位子」、「中心金属としての金属イオン」、「細孔」、「三次元ネットワーク構造」及び「三次元格子状構造」の説明にも適用できるものとする。
【0061】
本発明に係るカチオン伝導体において、2種以上の細孔群は、ゲスト成分(カチオン)に対して固有の親和性を有する細孔からなり、この固有の親和性によって、細孔群ごとに異なるゲスト成分を選択的に取り込むことができる。すなわち、本発明に係るカチオン伝導体は、1つのカチオン伝導体中に含まれる2種以上の細孔群内に、それぞれ1種以上、つまりカチオン伝導体全体として2種以上のゲスト成分を選択的に取り込むことができる。また、細孔内に取り込んだゲスト成分を選択的に放出することも可能である。ここで、ゲスト成分を細孔内に選択的に取り込む及び細孔内から選択的に放出するとは、細孔内の雰囲気や細孔のサイズ、形状等によって、特定の成分を細孔内に取り込む及び/又は放出することの他、ゲスト交換の温度条件や雰囲気、さらには、時間によって細孔内に取り込まれるゲスト成分及び/又は細孔内から放出されるゲスト成分が選択されることも含む。
【0062】
従って、本発明に係るカチオン伝導体においては、例えば、2種以上のゲスト成分を含有する混合物から、特定の2種以上のゲスト成分を分離し且つ該カチオン伝導体中に貯蔵することが可能である。また、1種又は2種以上のゲスト成分を含有する混合物1から、特定のゲスト成分のみをある細孔群1の細孔内に取り込み、該ゲスト成分を細孔群1の細孔内に保持したまま、混合物1とは異なる1種又は2種以上のゲスト成分を含有する混合物2から、他の特定のゲスト成分をある細孔群2の細孔内に取り込むことができる。或いは、本発明に係るカチオン伝導体を、隔壁を構成する材料として用いる場合には、該隔壁によって隔たれた領域間において、細孔群Aに選択的に取り込まれるゲスト成分aを、細孔群A内を通して、一方、細孔群Bに選択的に取り込まれるゲスト成分bを、細孔群B内を通して輸送させることもできる。このとき、各ゲスト成分の濃度分布や温度分布に従ってゲスト成分が移動するようにすれば、その輸送方向は、ゲスト成分aの輸送方向とゲスト成分bの輸送方向を同じにすることも可能であるし、ゲスト成分aの輸送方向とゲスト成分bの輸送方向が対向するようにすることも可能である。
【0063】
また、細孔群ごとにそれぞれ取り込んだ2種以上のゲスト成分を、異なる条件下で、別々に放出させることができる。例えば、2種以上の細孔群にそれぞれゲスト成分を取り込んだ本発明に係るカチオン伝導体を所定条件下におく場合、この条件下に晒す時間によって、放出されるゲスト成分が異なってくる。具体的には、細孔群1及び細孔群2にそれぞれ異なるゲスト成分を取り込んだ本発明に係るカチオン伝導体を加熱することによって、まず、細孔群1に含まれる細孔内に取り込まれたゲスト成分を放出し、さらに加熱を続けることによって、細孔群2に含まれる細孔内に取り込まれたゲスト成分を放出することができる。
【0064】
なお、ここでは、説明の便宜上、混合物1、細孔群1等の表現を用いて、本発明に係るカチオン伝導体の作用について説明したが、これら混合物1等の表現は特定の混合物、細孔群等を指すものではない。
【0065】
本発明に係るカチオン伝導体が有する非配位性芳香族化合物が有する置換基(カチオン伝導性基(‐COOM))は、その詳細な機構は完全には解明できていないものの、通常、規則性を持って2種以上の細孔群のうちの特定の細孔群B3の細孔内面を向いて配向する。上記カチオン伝導性基と、上記2種以上の細孔群のうちの特定の細孔群B3との間に作用する相互作用、例えば、水素結合、イオン結合、双極子相互作用、四極子相互作用のような静電相互作用や、立体的相互作用に加えて、前記積み重ね構造における前記非配位性芳香族化合物のHOMOと前記芳香族化合物配位子のLUMOの節面や電子分布等の軌道形状の重なり(π−π相互作用)による安定化効果が該カチオン伝導性基の配向を決定している。該カチオン伝導性基が特定の細孔群の細孔内面の一部を構成することによって、該細孔群の形状、サイズ、雰囲気が大きく変化する。その結果、同時に細孔群の細孔内環境の特性、例えば、酸塩基性、親水疎水性、極性、キラリティ、流動性等が大きく変化し、該細孔群の特定のゲスト成分に対する親和性が変化する。
【0066】
この細孔内の環境特性は、本発明のカチオン伝導体が有する非配位性芳香族化合物が有する置換基(カチオン伝導性基)の性質や、数、大きさ、さらに、2つ以上のカチオン伝導性基を導入する場合にはその組み合わせ等によって、自在に制御可能である。例えば、該カチオン伝導性基の導入によって、該カチオン伝導性基が導入されていない非配位性芳香族化合物により構成されたカチオン伝導体では輸送が不可能であったゲスト成分(カチオン等)の取り込みが可能となり、また、該カチオン伝導性基が導入されていない非配位性芳香族化合物により構成されたカチオン伝導体において、各細孔群が有している細孔内の雰囲気のみでは分離不可能な2種以上のゲスト成分を、該カチオン伝導性基の導入による細孔内の形状やサイズの変更により、分離することが可能となる。また、非配位性芳香族化合物の芳香環上に導入する該カチオン伝導性基の種類や数、導入位置等の制御により、2種以上の細孔群間の細孔内環境特性を大きく異ならしめることが可能であり、大きく特性の異なる2種以上のゲスト成分を各細孔群内に取り込み、放出及び/又は輸送等することが可能となる。
【0067】
本発明に係るカチオン伝導体は、細孔を有する他の高分子との比較において、例えば、ゼオライト等のような、硬い骨格を持った材料とは非常に対照的な性質を示すと考えられる。
ゼオライトは、温度などの外部環境条件に対してもその骨格を変動させることはほとんどなく、且つ、空孔内には官能基を有していない。したがって、細孔内の雰囲気はどの細孔においてもほぼ均一であり、ゲスト成分の取り込み(包接)、放出及び/又は輸送は、どの細孔においても、またどのような外部環境条件に対しても、ほぼ同様に行われる。
しかし、本発明に係るカチオン伝導体は、外部環境条件に応じて許容できる範囲において自由にその骨格を動かすことができ、したがって、外部環境条件ごとに、また細孔群ごとに、ゲスト成分(カチオン)の取り込み、放出及び/又は輸送を制御することができる。
【0068】
以上のように、非配位性芳香族化合物へのカチオン伝導性基の導入により、あらゆる特性を付与した細孔を有する本発明に係るカチオン伝導体の構築が可能であり、該カチオン伝導体の細孔内に取り込まれるゲスト成分(カチオン)の種類や量、その配置、さらにはそれらゲスト成分同士の反応速度や反応選択性等を制御することができる。また、本発明に係るカチオン伝導体は、カチオン伝導性基の種類、数、位置等の選択肢が広く、分子設計性に優れている。
【0069】
非配位性芳香族化合物の芳香環上へのカチオン伝導性基の導入は、さらに、該非配位性芳香族化合物のカチオン伝導体内における配列の規則性を高めるという効果もある。上述したように、非配位性芳香族化合物に導入された該カチオン伝導性基は、該カチオン伝導性基の周囲の物理化学的及び/又は立体的相互作用によって、2種以上の細孔群のうち、特定の細孔群の細孔の内面を向くように配向し、細孔内環境が固有の特性を有することとなる。この際、このような相互作用によって、スタッキングしている非配位子性芳香族化合物と芳香族化合物配位子の配列の規則性が高まり、非配位性芳香族化合物と芳香族化合物配位子とによる積み重ね構造が規則正しく形成され、そして強固な構造となる。
【0070】
上記積み重ね構造の規則性、すなわち、細孔群の構造上の規則性が高くなることは、カチオン伝導体内における各細孔群の細孔内環境特性が均一に保たれるということである。つまり、カチオン伝導体の細孔群のゲスト成分(カチオン)に対する選択性がより高くなることを意味する。
【0071】
本発明に係るカチオン伝導体において、芳香族化合物配位子が中心金属に配位してなる三次元ネットワーク構造としては、例えば、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が複合化、好ましくは同一空間を共有するように複合化してなる複合化三次元ネットワーク構造が挙げられる。具体的には、複合化三次元ネットワーク構造として、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が同一空間を共有するように互いに絡み合った相互貫通構造を挙げることができる。
【0072】
また、本発明において、芳香族化合物とは、少なくとも1つの芳香環を有する化合物であり、置換基を有してもよいし、環内ヘテロ原子を含んでいてもよい。また、芳香族化合物配位子とは、配位性部位を2つ以上有する多座配位性の芳香族化合物である。好ましくは、該芳香族化合物配位子を構成する全配位性部位がほぼ同一平面内に存在する芳香族化合物であり、さらに好ましくは、π共役系により芳香族化合物配位子全体として擬平面形状である、すなわち、芳香族化合物配位子の分子構造の少なくとも一部がπ共役系により一体化して安定な擬平面構造をとり、該擬平面構造の中に全ての配位性部位が含まれている芳香族化合物配位子である。
【0073】
このような擬平面状の構造を有する芳香族化合物を配位子として用いることにより、該芳香族化合物が中心金属イオンに配位結合して形成される三次元ネットワーク構造は、より規則的な構造と剛直性を有するものとなる。三次元ネットワーク構造の規則性が増すことによって、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物との積み重ね構造が安定に形成されると同時に、より高い規則性を持った細孔、細孔群を形成することができる。また、独立した2つ以上の三次元ネットワーク構造が複合化した複合化三次元ネットワークを形成することができる場合がある。
【0074】
一方、三次元ネットワーク構造が剛直性を有することによって、形成される三次元格子状構造の安定性、強度等を高く保持することができる。また、三次元ネットワーク構造が剛直性を有することによってカチオン伝導体の強度が比較的大きなものとなるため、強度を要するような用途における使用も可能となり、カチオン伝導体を利用できる技術範囲が広くなる。
【0075】
以上のような観点から、好適に使用できる芳香族化合物配位子としては、例えば、一つの芳香環を中心として、該芳香環のπ共役系により形成される平面の広がる方向に向かって等間隔の放射状に配位原子が配置されたもの等が挙げられるが、これに限定されない。
【0076】
また、非配位性芳香族化合物とは、配位結合以外の結合又は相互作用によって芳香族化合物配位子間に入り込み、カチオン伝導体内に存在する芳香族化合物であり、カチオン伝導体内において配位結合を形成していないことを意味する。従って、ここで言う非配位性芳香族化合物は、本質的に配位結合を形成する能力を有するものであってもよい。好ましくは、分子構造に含まれる全ての芳香環がπ共役系により一体化して安定な擬平面形状を有する芳香族化合物である。このように擬平面形状を有することによって、芳香族化合物配位子により形成される三次元ネットワーク構造内において、非配位性芳香族化合物が芳香族化合物配位子間に挿入されやすくなり、安定した芳香族化合物配位子−非配位性芳香族化合物−芳香族化合物配位子積層構造を形成することができる。
【0077】
このとき、芳香族化合物配位子も擬平面形状を有する場合には、芳香族化合物配位子の平面と、非配位性芳香族化合物の平面とが面しあって積み重なり合い、芳香族化合物配位子−非配位性芳香族化合物−芳香族化合物配位子間にπ−π相互作用が働く。その結果、非配位性芳香族化合物は、芳香族化合物配位子と直接的な結合を有していないが、芳香族化合物配位子間に強固に拘束されることとなり、より安定な三次元格子状構造を形成することができる。
【0078】
このように芳香族化合物配位子間に強固に拘束された非配位性芳香族化合物は、一般的な芳香族化合物をゲスト成分とするゲスト交換条件下においても抽出されない。そのため、芳香族化合物配位子間に非配位性芳香族化合物が強固に拘束された積み重ね構造を有する三次元格子状構造は、該三次元格子状構造内の細孔内に取り込まれたゲスト成分(カチオン)をその他のゲスト成分と交換する前後で、その構造を変化させることなく保持することができる。
【0079】
特に本発明に係るカチオン伝導体は、上記非配位性芳香族化合物が自己の芳香環上の特定位置に直接又はリンカー等の結合形成基を介してカチオン伝導性基となるカルボン酸塩(‐COOM)を有している。本発明に係るカチオン伝導体におけるカチオン伝導性基は、該カチオン伝導性基が負の電荷を帯びたカルボキシラート(‐COO)を有することにより、カチオンを輸送する能力を有するものである。
後述するカチオン伝導体の製造方法の説明において詳しく述べるが、カルボン酸塩(‐COOM)が有する元素Mは、カチオン伝導体の製造方法に用いる第1のゲスト成分が有する、カチオン化する元素M由来のものである。カチオン(M)は、好ましくは金属イオンであり、特に好ましくはリチウムイオンである。
【0080】
カチオン伝導性基となるカルボン酸塩(‐COOM)は、非配位性芳香族化合物を構成要素とするカチオン伝導体内に形成される2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B3内に入ることができれば、特に限定されず、細孔群B3の細孔内を所望の環境特性とするために、適宜選択することができる。非配位性芳香族化合物が有するカチオン伝導性基は、1つであっても2つ以上であってもよい。また、カチオン伝導性基を2つ以上導入する場合には、カチオン伝導性基は1種類のみであってもよいし、2種以上を組み合わせてもよい。さらに、非配位性芳香族化合物の芳香環上におけるカチオン伝導性基の位置は、特に限定されず、複数のカチオン伝導性基が1種の細孔群の細孔内面を向くように導入されていてもよいし、2種以上の細孔群の細孔内面にそれぞれのカチオン伝導性基が向くように導入されていてもよい。
【0081】
また、芳香族化合物配位子間に非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造とは、芳香族化合物配位子の間に前記非配位性芳香族化合物が挿入されてなる単位を少なくとも一つ含めばよいが、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物とが交互に積み重なる構造がある程度連続することが好ましい。なお、実施例において後述するカチオン伝導体3aでは、この積み重ね構造が無限に続いているが、2種以上の細孔群を形成するのに充分な積み重ね単位の数であれば無数に連続していなくてもよい。
【0082】
芳香族化合物配位子と金属イオンが配位結合した充分な三次元の広がりを持つ三次元ネットワーク構造と、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物とが充分に積み重なった積み重ね構造とが形成される場合、細長いチャンネル形状の細孔が形成される。
【0083】
本発明のカチオン伝導体内の2種以上の細孔群が固有に有するゲスト成分(カチオン)に対する親和性は、2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、細孔の形状及び細孔内雰囲気のうち少なくとも一つが異なれば、互いに異なるものとなる。それぞれの細孔群を構成する細孔の、特定のゲスト成分に対する親和性を高め、各細孔がより選択的に特定のゲスト成分を取り込むようにするためには、2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、形状、細孔内雰囲気のうち2つ以上が互いに異なることが好ましい。特に、各細孔群を構成する細孔のサイズ、細孔の形状及び細孔内雰囲気の3つ全てが互いに異なる細孔群は、ゲスト成分に対してより高い選択性を示すため好ましい。
【0084】
細孔群間において、細孔内雰囲気を異ならしめる要素は、それによって細孔内雰囲気が互いに異なり、ゲスト成分に対する親和性が異なるようなものであれば特に限定されず、各ゲスト成分の性質(例えば、極性等)によって様々なものがある。非配位性芳香族化合物に導入されたカチオン伝導性基が有する特性によって細孔内雰囲気は大きく変化するが、該カチオン伝導性基の特性による細孔内の修飾以外にも、例えば、細孔を形成する壁の内面において、該壁を構成する芳香族化合物(芳香族化合物配位子及び/又は非配位性芳香族化合物)のπ平面が露出している領域と、芳香族化合物の水素原子が露出した領域との占有比が異なることによっても、細孔内の雰囲気は異なってくる。
【0085】
また、細孔群間において細孔のサイズが異なる場合、ゲスト成分(カチオン)のサイズによって、各細孔群を構成する細孔内に取り込まれるゲスト成分の種類や該ゲスト成分の取り込まれる量が異なってくる。細孔のサイズは、連続した1つの細孔であってもカチオン伝導体内における位置によって異なり、細孔サイズの最小値は細孔内に取り込めるゲスト成分の最小サイズ、細孔サイズの最大値は細孔内に取り込めるゲスト成分の最大サイズや取り込めるゲスト成分の量に大きく影響する。従って、細孔サイズの範囲はゲスト成分に対する親和性を左右する重要な要素である。
【0086】
カチオン伝導体の三次元格子状構造内に形成される細孔は、局所的には多少蛇行しているが、その三次元格子状構造上、全体として見たときには一定の方向に伸びており、方向性を持っている。そこで、本発明においては、細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面(以下、平行面ということがある。)における細孔の内接円(以下、単に細孔の内接円ということがある。)の直径を細孔サイズの指標とすることができる。ここで細孔の延在する方向とは、細孔の局所的な蛇行を無視した1つの連続する空隙全体の方向である。
【0087】
このような細孔の延在する方向は、例えば、以下のようにして決定することができる。まず、サイズを測定するチャンネルを横切る適当な方向の結晶面X(A面、B面、C面かそれぞれの対角面など)及び該結晶面Xと一単位胞ずれた結晶面Yを選び、それぞれの結晶面X,Yにおけるチャンネルの断面図を描く。次に、それぞれの結晶面におけるチャンネルの断面形状の中心間を、立体図において直線(一点鎖線)で結ぶ(図2参照)。このとき得られる直線の方向が、チャンネルが延在する方向と一致する。そして、この得られた直線に対して最も垂直に近い角度で交差する結晶面を選び、その結晶面における細孔の内接円の直径を細孔のサイズとすることができる。
【0088】
細孔のサイズのみを、細孔がゲスト成分に対して有する選択性を決定する要素として考慮した場合、この内接円の直径以下のサイズを有するゲスト成分であれば、通常細孔内に難なく取り込めることができるため、細孔のサイズを内接円の直径で定義することは大きな意味を持つ。各細孔群間の細孔サイズは、互いに異なっていればよく、その差などに限定はない。
【0089】
本発明に係るカチオン伝導体内に形成される細孔のサイズは、選択的に取り込みたいゲスト成分(カチオン)によって、適宜設計すればよく、そのサイズに適したゲスト成分を、細孔内に取り込むことができる。具体的には、上記内接円の直径を2〜70Å、好ましくは2〜20Åとすることができる。又は、上記平行面における細孔の内接楕円(以下、単に細孔の内接楕円ということがある)の長径を5〜70Å、該細孔の内接楕円の短径を、2〜50Åとすることができる。各細孔群の細孔サイズが異なる場合は、上記範囲内において各細孔群の細孔サイズが互いに異なることが好ましい。
【0090】
異なる細孔群間の比較要素として、上記細孔の内接円の直径と共に、細孔形状の上記内接円からのずれを規定する尺度として、上記細孔の内接楕円の短径及び長径を考慮することがさらに好ましい。
【0091】
細孔のサイズの測定(算出)方法については、上述した特開2006−188560号公報の明細書中の段落38に記載された方法を用いることができる。すなわち、結晶面(010)に対して垂直な方向(局所的な方向ではなく、上記したような全体的な方向)に延びた細孔の内接円の直径、及び/又は内接楕円の長径、短径を測定し、実際のスケールに換算した値が細孔のサイズということになる。
【0092】
細孔のサイズは、分子設計、例えば、三次元格子状構造を構成する芳香族化合物配位子や非配位性芳香族化合物の分子サイズ、中心金属イオンと芳香族化合物配位子の配位力、非配位性芳香族化合物に導入するカチオン伝導性基の種類、数及び位置等によって、調節することが可能である。
【0093】
また、細孔群間において細孔の形状が異なる場合、例えば、上記内接円の直径や上記内接楕円の長径及び短径がほぼ同一であっても、ゲスト成分の形状によって、各細孔群を構成する細孔内に取り込まれるゲスト成分が異なってくる。細孔の形状は、細孔群間において、少なくとも一箇所において互いに異なればよく、連続した細孔の全領域で互いに異ならなくてもよい。
【0094】
細孔の形状もまた、分子設計、例えば、三次元格子状構造を構成する芳香族化合物配位子や非配位性芳香族化合物の形、非配位性芳香族化合物に導入する置換基(カチオン伝導性基等)の種類、数及び位置等によって、調節することが可能である。
【0095】
三次元ネットワーク構造内の前記積み重ね構造において、非配位性芳香族化合物のHOMO(最高被占軌道)と、芳香族化合物配位子のLUMO(最低空軌道)が、その節面の数や位置、電子分布、エネルギーレベルについて軌道形状の重なりを有し(上述した先行技術文献(特開2006−188560)の図6参照)、その積層構造が安定化されるように、非配位性芳香族化合物と該非配位性芳香族化合物に導入するカチオン伝導性基、及び、芳香族化合物配位子を選択することで、カチオン伝導体内に形成される前記積み重ね構造を予測することができ、効率的な分子設計が可能である。なお、上述した先行技術文献(特開2006−188560)の図2bから、非配位性芳香族化合物は、芳香族化合物配位子間のπ−π相互作用によって、芳香族化合物配位子のπ平面間に強固に挿入(インターカレート)されており、非配位性芳香族化合物と芳香族化合物配位子とは、直接の結合を有していないものの、2つの芳香族化合物配位子のπ平面間に非配位性芳香族化合物が挿入した積み重ね構造が無数連なった構造によって、カチオン伝導体の固体構造が安定化していると考えられる。この非配位性芳香族化合物の強固な拘束は、芳香族化合物配位子−非配位性芳香族化合物−芳香族化合物配位子間の電荷移動(CT)相互作用によるものである。
【0096】
以下、本発明に係るカチオン伝導体を構成する芳香族化合物配位子、非配位性芳香族化合物、中心金属となる金属イオンについて、具体的に説明する。なお、これらの説明は、上述したように、特に断りのない限り、カチオン伝導体の製造方法において用いられている原料錯体又は原料錯体の前駆体が有する芳香族化合物配位子、非配位性芳香族化合物、中心金属となる金属イオンについても適用されるものとする。
【0097】
芳香族化合物配位子としては、例えば、下記式(1)で表される芳香族化合物が挙げられる。
【0098】
【化3】


(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0099】
ここで、式(1)において、Arは、擬平面構造を形成するπ平面を有し、非配位性芳香族化合物とのπ−π相互作用を有するものである。Arとしては特に限定されず、芳香族化合物配位子の分子サイズがカチオン伝導体内に形成される細孔のサイズにある程度影響することを考慮して適宜選択すればよい。具体的には、単環性の芳香環、特に6員環の芳香環、或いは、2〜5環性の縮合多環性の芳香環、特に6員環の芳香環が2〜5個縮合した縮合多環性の芳香環が挙げられる。
【0100】
合成の容易性から、Arとしては、6員環の芳香環等の単環性芳香環が好ましい。単環性の6員環の芳香環としては、例えば、ベンゼン環、トリアジン環、ピリジン環、ピラジン環等が挙げられる。
【0101】
Arは、芳香環を有する構造であればよく、一部に脂環式環状構造を含んでいてもよいし、環内ヘテロ原子を含んでいてもよい。また、−(X−Y)以外の置換基を有していてもよい。
【0102】
式(1)において、ArとYとの間に介在するXについて、2価の有機基としては、カチオン伝導体中に形成される細孔に要求されるサイズ等によって適宜その鎖長等を選択すればよいが、比較的大きなゲスト成分を取り込める細孔を形成するためには、例えば、炭素数2〜6の2価の脂肪族基、6員環の2価の単環性芳香環、6員環の芳香環が2〜4個縮合した縮合多環性芳香環が挙げられる。
【0103】
ここで芳香環は、環内ヘテロ原子を含んでいてもよく、置換基を有していてもよい。また、一部に脂環式構造を含むものであってもよい。脂肪族基は、分岐構造を有していてもよいし、不飽和結合を含んでいてもよいし、ヘテロ原子を含んでいてもよい。
【0104】
上記2価の有機基の具体例としては、フェニレン基、チオフェニレン、フラニレン等の単環性芳香環や、ナフチル基及びアントラセン等のベンゼン環が縮合した縮合多環性芳香環、アセチレン基、エチレン基、アミド基、エステル基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが挙げられる。一分子中に含まれる複数のXは、互いに同一であっても異なっていてもよいが、通常、合成の容易性の観点から、同一であることが好ましい。
【0105】
Yは、中心金属となる中心金属イオンに配位することができる配位原子又は配位原子を含む原子団であり、中心金属イオンに配位して三次元ネットワーク構造を形成できるものであれば、特に限定されない。例えば、下記式(2)で表される基が挙げられる。
【0106】
【化4】

【0107】
式2(b)、式2(c)及び式2(d)は、共鳴構造をとることにより、中心金属イオンに孤立電子対を供与できる。以下に、式2(c)の共鳴構造を代表例として示す(式(3))。
【0108】
【化5】

【0109】
Yは、配位原子そのものであってもよいし、配位原子を含む原子団であってもよい。例えば、上記4−ピリジル基(式2(a))は、配位原子(N)を含む原子団である。Yの配位原子が有する孤立電子対により、中心金属イオンに配位結合する際、適度な配位力が得られる点からは、上記式のうちピリジル基(式2(a)、2(f))が特に好ましい。
一分子中に含まれる複数のYは、互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0110】
上述したように、芳香族化合物配位子は、該芳香族化合物配位子を構成する全配位性部位がほぼ同一平面内に存在する芳香族化合物であることが好ましく、特にπ共役系により芳香族化合物配位子全体として擬平面形状であることが好ましい。すなわち、上記式(1)式で表される芳香族化合物配位子に含まれる全てのYは、ほぼ同一平面内に存在することが好ましい。特に、Arと共に、Arに結合する複数の−(X−Y)がπ共役系により一体化して安定な擬平面構造をとり、該擬平面構造の中に全てのYが存在することが好ましい。
【0111】
Arと複数の−(X−Y)がπ共役系により一体化して擬平面構造をとる芳香族化合物配位子において、−(X−Y)は剛直な直線状の構造を有し、使用を意図する環境において、その軸周り回転が制限されるものであることが、非配位性芳香族化合物との効果的なπ−π相互作用の発現の観点から好ましい。
【0112】
このような観点から、上記にて例示されたもののうち、Xとしては、ArとYを直接結ぶ単結合、フェニレン基等の単環性芳香環やナフチル基及びアントラセン等の縮合多環性芳香環のような芳香環、アセチレン基及びエチレン基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが好ましい。−(X−Y)が芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造或いはこれらが連結した構造を有する場合には、立体障害により軸回転が制限される。さらに、芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造が、π電子が非局在化した共役系を形成する場合には、立体配座のエネルギー障壁によっても軸回転が制限される。従って、上記式(1)で表される芳香族化合物配位子が一体化して擬平面構造をとることができ、安定した三次元ネットワーク構造を形成することができる。
【0113】
また、Yで表される配位原子又はYに含まれる配位原子は、カチオン伝導体の設計の容易性の点から、上記剛直な直線状の構造を有する−(X−Y)の軸の延長方向に孤立電子対を有していることが好ましい。
【0114】
Arに結合する−(X−Y)の数は、Arの構造にもよるが、通常、3〜6個である。また、−(X−Y)は、Arを中心とするほぼ同一平面内に等間隔の放射状に配位原子が配置されるように、Arに結合していることが好ましい。
【0115】
以上のような、一つの芳香環含有構造Arを中心として、該芳香環のπ共役系により形成される平面の広がる方向に向かって等間隔の放射状に配位原子が配置された構造を有する芳香族化合物配位子としては、以下の式(4)で表されるものが挙げられる。
【0116】
【化6】

【0117】
上記式(4)中、その電子不足状態のため、非配位子芳香族化合物との電荷移動による相互作用が強く、より強固に安定化した非配位子芳香族化合物との積み重ね構造を形成することができることから、特にトリス(4−ピリジル)トリアジン(式4(a))[2,4,6−トリス(4−ピリジル)1,3,5−トリアジン]が好ましい。
【0118】
一方、非配位性芳香族化合物として、具体的には、縮合多環芳香族化合物が挙げられる。既述したような理由から、分子構造に含まれる全ての環がπ共役系により一体化して安定な擬平面形状を有する芳香族化合物であることが好ましいためである。
【0119】
縮合多環芳香族化合物としては、2〜7環性の化合物が挙げられる。芳香族化合物配位子との積み重ね構造が安定なものとなるように、縮合多環芳香族化合物はある程度広がりを持った平面形状を有することが好ましい。このような縮合多環芳香族化合物が有する芳香環としては、下記式(5)で表されるものが挙げられる。その中でも、トリフェニレン(5(a))及びペリレン(5(e))を用いるのが特に好ましい。なお、式(5)においては、導入されるカチオン伝導性基は省略しており、また、カチオン伝導性基の置換位置については後述する。
【0120】
【化7】

【0121】
非配位性芳香族化合物の芳香環上に導入されるカチオン伝導性基としては、特に限定されず、カチオン伝導体内に形成される細孔内に入る大きさであればよい。従って、カチオン伝導体内に形成される細孔のサイズによって、置換基導入の効果が得られるカチオン伝導性基は異なってくる。
【0122】
カチオン伝導性基として、水素結合、イオン結合、静電相互作用(双極子相互作用、四極子相互作用)等の比較的強い相互作用を有するものを選択することによって、該カチオン伝導性基の配向及び非配位性芳香族化合物の配列を制御することが可能となる。静電相互作用や立体作用のように、ファンデルワールス力よりも大きな原子間又は分子間相互作用を発現できるカチオン伝導性基を非配位性芳香族化合物の芳香環上に導入することにより、芳香族化合物配位子が金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内において、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物の自己組織化による分子配列がより精密に制御され、カチオン伝導性基自身の配向性や、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物とのスタッキング構造等の規則性が高まる。
【0123】
また、カチオン伝導性基をその内面に配向する細孔が、ゲスト成分(カチオン)を取り込む、すなわち、包接挙動を示すためには、該細孔がカチオン伝導性基によって占有されないことが重要である。このような観点から、細孔のサイズに合わせて、カチオン伝導性基の大きさを決定することが好ましい。なお、カチオン伝導性基の大きさによって、カチオン伝導性基が配向する細孔内の空間の大きさも変わってくるため、取り込みたいゲスト成分にあわせてカチオン伝導性基の大きさを決定することもできる。
【0124】
細孔の大きさ、包接しようとするゲスト成分(カチオン)の大きさ等によって、好ましいカチオン伝導性基の大きさは異なってくるが、包接挙動を示す細孔を形成するという観点からは、カチオン伝導性基は、水素原子を除く総原子数が20以下の原子団であることが好ましい。
【0125】
非配位性芳香族化合物に導入されるカチオン伝導性基の数もまた特に限定されず、1つのみでも、複数であってもよい。カチオン伝導性基を2つ以上導入する場合、これら複数のカチオン伝導性基は互いに異なっていてもよいし、或いは、同じであってもよい。導入するカチオン伝導性基の数によって、細孔の形状やサイズ、雰囲気を調整することが可能であることは既に述べた。
【0126】
また、カチオン伝導性基を導入する非配位性芳香族化合物の芳香環上の位置は特に限定されない。カチオン伝導性基の導入位置によって、細孔の形状やサイズが変化する他、立体作用によってカチオン伝導性基そのものの配向性が変化する可能性が考えられる。非配位性芳香族化合物に複数のカチオン伝導性基を導入する場合には、各カチオン伝導性基の導入位置によって、複数のカチオン伝導性基が同一の細孔内を向くようにして、これら複数のカチオン伝導性基で1つの細孔群を修飾したり、又は、それぞれのカチオン伝導性基が異なる細孔内を向くようにし、各カチオン伝導性基で異なる細孔群を修飾したりすることもできる。
【0127】
上記芳香族化合物配位子が配位する中心金属イオンとしては、様々な金属イオンを適宜選んで用いればよいが、遷移金属イオンが好ましい。本発明において遷移金属とは、周期表の12族の亜鉛、カドミウム、水銀も含むものであり、中でも、周期表の8〜12族のものが好ましく、具体的には、亜鉛、銅、ニッケル、コバルト、鉄、銀等が好ましい。
【0128】
本発明においては、中心金属イオンは、通常、金属塩等の化合物の形で三次元格子状構造内に存在する。これら中心金属イオン含む金属化合物としては、ハロゲン金属塩が挙げられ、具体的には、ZnI、ZnCl、ZnBr、NiI、NiCl、NiBr、CoI、CoCl、CoBr等が好ましく用いられる。
【0129】
芳香族化合物配位子として上記式(1)、特に上記式(4)に示したような芳香族化合物、非配位性芳香族化合物として縮合多環芳香族化合物、特に上記式(5)に示したような芳香族化合物を用いた場合、カチオン伝導体内に形成される2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔のサイズは、上記平行面における内接円の直径を3〜10Å、特に4.5〜7.0Åの範囲、上記平行面における細孔の内接楕円の長径を5〜15Å、特に8.5〜10.0Åの範囲、該細孔の内接楕円の短径を3〜13Å、特に6.0〜8.0Åの範囲とすることができる。このようなサイズの細孔が形成されたカチオン伝導体は、比較的大きなサイズのゲスト成分(カチオン)を取り込むことができる。
【0130】
次に、本発明に係るカチオン伝導体の製造方法について説明する。該製造方法は、カルボキシル基(−COOH)を有する非配位性芳香族化合物を有する原料錯体を準備する工程と、該原料錯体と第1のゲスト成分を用いてカチオン伝導体を製造する工程を有する。
【0131】
本発明に係るカチオン伝導体の原料錯体とは、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カルボキシル基(‐COOH)を有する非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、芳香族化合物配位子が中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、芳香族化合物配位子の間にカルボキシル基を有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、カルボキシル基が2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B1の内面に向くように規則的に配置されている錯体のことである。
原料錯体が有する芳香族化合物配位子、中心金属イオン及び三次元格子状構造等は、上述したカチオン伝導体が有する芳香族化合物配位子、中心金属イオン及び三次元格子状構造等と同じものを採用することができる。
原料錯体と本発明に係るカチオン伝導体との主な相違点は、原料錯体が有する非配位性芳香族化合物がカルボキシル基(‐COOH)を有するのに対し、カチオン伝導体が有する非配位性芳香族化合物がカルボン酸塩(‐COOM)を有する点、及び、このような非配位性芳香族化合物が有する置換基の相違点に伴い、原料錯体が有する細孔群B1と、カチオン伝導体が有する細孔群B3との細孔内の環境(具体的には、ゲスト成分に対する親和性等)が異なる点、の2点である。
これらの相違点に関わらず、原料錯体の構造が、本発明に係るカチオン伝導体の構造と類似するものであることが好ましい。ただし、これらの相違点があることにより、原料錯体の構造が、本発明に係るカチオン伝導体の構造とは全く異なるものであってもよい。
原料錯体の詳細な製造方法については後述する。
【0132】
原料錯体と第1のゲスト成分を用いてカチオン伝導体を製造する工程とは、具体的には、原料錯体のカルボキシル基が配置されている細孔群B1の細孔内に、カチオン化する元素Mを有する第1のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第1のゲスト成分とカルボキシル基とを反応させることにより、該カルボキシル基(‐COOH)を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)へと変換する工程のことである。
ここで、「カルボキシル基がカルボン酸塩へと変換される」とは、第1のゲスト成分との反応によりカルボキシル基の一部において構造が変化することの他、カルボキシル基が結合部分から全体としてカルボン酸塩へと置き換わることも含む。
カルボキシル基をカルボン酸塩へと変換する工程としては、具体的には、イオン交換等が挙げられる。イオン交換の場合には、第1のゲスト成分が、原料錯体の非配位性芳香族化合物が有するカルボキシル基に作用することによって、該カルボキシル基(‐COOH)中のプロトン(H)が、元素Mのカチオン(M)へと置換される。
【0133】
第1のゲスト成分は、カチオン化する元素Mを有し、且つ、原料錯体が有する細孔群B1の細孔内に包接され、且つ、原料錯体の非配位性芳香族化合物が有するカルボキシル基をカルボン酸塩へと変換することができ、さらに該変換後に元素M以外の構成要素が細孔内から除去できる成分であれば、特に限定されない。したがって、第1のゲスト成分は、分子であってもよいし、一原子やイオンであってもよい。ただし、原料錯体の錯体構造(三次元格子状構造)を損なうことなく、該カルボキシル基がカルボン酸塩へと変換されることが好ましいという観点からは、比較的温和な条件で、該変換を起こすことができるような第1のゲスト成分を選択することが好ましい。
【0134】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、前記元素Mがリチウムであるという構成をとることができる。他の元素Mとしては、具体的には、ナトリウム、カリウム等を用いることができる。
【0135】
第1のゲスト成分が、MX(Xはハロゲン)で表される有機化合物の塩又は金属塩であり、有機溶媒に溶解し、大気下室温付近で使用できるものであることが好ましい。これは、適切な第1のゲスト成分を選択することによって、細孔内において比較的温和な条件下で、第1のゲスト成分と、原料錯体の非配位性芳香族化合物が有するカルボキシル基とを反応させ、該カルボキシル基(‐COOH)を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)へと変換することができるからである。
本発明でいう有機化合物の塩とは、プロトン供与体であり且つ炭素骨格を主骨格として有するブレンステッド酸と、プロトン受容体であるブレンステッド塩基が反応して生成する塩のことであり、具体例としては、サリチル酸リチウムを挙げることができる。
金属塩の具体例としては、ヨウ化リチウム、臭化リチウム、塩化リチウム等の金属塩を挙げることができる。
なお、ここでいう「有機溶媒」とは、炭素化合物のうち、溶質を溶かす媒体として通常用いられるものをいう。したがって、水又は水溶液は、本発明でいう「有機溶媒」には含まれない。有機溶媒の具体例としては、メタノール、エタノール等のアルコール類、アセトン等のケトン類、酢酸エチル等のエステル類、アセトニトリル等のニトリル類、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン類、ベンゼン、トルエン、ニトロベンゼン等の芳香族化合物、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、プロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート:ジエチルカーボネート=1:1混合溶媒(EC/DEC)等のカーボネート材料等を挙げることができる。
また、ここでいう「室温」とは、本発明のカチオン伝導体の製造方法を実施する場所の温度、好ましくは該製造方法を実施する室内の温度のことをいい、具体的には、10〜30℃の温度のことをいう。「室温付近」とは、室温から多少温度に幅があってもよいことを示し、具体的には、室温±2〜5℃の範囲に属する温度のことをいう。
【0136】
特に、サリチル酸リチウムを第1のゲスト成分として用いた場合には、サリチル酸リチウムが有するベンゼン環が細孔内の炭素骨格と疎水的相互作用を、サリチル酸リチウムが有するカルボキシラート(‐COO)が細孔内のカルボキシル基と親水的な相互作用を、それぞれ示すことが考えられる。すなわち、化学的相互作用により、サリチル酸アニオン部位は細孔内に留まり、細孔内のカルボキシル基近傍に接近することが可能となる。よって、細孔内のカルボキシル基のプロトンとの反応性が向上し、イオン交換率が向上する。
【0137】
後述する実施例(表1)から分かるように、第1のゲスト成分と共に使用する有機溶媒の種類によって、イオン交換効率に差が生じた。このような差が生じる理由としては、まだ推測の域を出るものではないが、直鎖状の分子構造を有する溶媒分子の方が、環状の分子構造を有する溶媒分子よりも細孔内に包接されやすい傾向があること、また、溶媒分子の中でも、原料錯体や第1のゲスト成分との間に、イオン交換に有利な相互作用を有する分子が存在する可能性があること、などが考えられる。
【0138】
カルボキシル基と反応する第1のゲスト成分は1種に限定されず、2種以上でもよく、細孔群B1の細孔内に取り込まれた2種以上の第1のゲスト成分のうちの2種以上のゲスト成分がカルボキシル基と作用することで、カチオン伝導性基(‐COOM)へと変換することもできる。また、第1のゲスト成分との反応により変換されるカルボキシル基は、必ずしも1つのみに限定されず、複数のカルボキシル基を変換させることもできる。このとき、複数のカルボキシル基とは、非配位性芳香族化合物における導入位置が異なるもののことを指す。
【0139】
第1のゲスト成分を取り込み、カルボキシル基を該ゲスト成分と反応させることでカチオン伝導性基へ変換する方法は特に限定されず、まずは、第1のゲスト成分を原料錯体に包接させればよい。第1のゲスト成分の包接は、通常、第1のゲスト成分と原料錯体とを接触させることで自然と行われる。
第1のゲスト成分を包接させる方法としては、第1のゲスト成分を含有する溶液又は該ゲスト成分そのものに原料錯体を浸漬させる方法、第1のゲスト成分の蒸気を原料錯体に接触させる方法等が挙げられる。必要に応じて、第1のゲスト成分の濃度、温度、圧力等を調節して第1のゲスト成分の細孔内への包接速度を加減することもできる。第1のゲスト成分を含有する溶液又は溶液状の第1のゲスト成分単体又は気体状の第1のゲスト成分単体と原料錯体との接触時間、溶液の第1のゲスト成分濃度等は特に限定されず、適宜決定すればよい。
【0140】
細孔内に取り込まれた第1のゲスト成分とカルボキシル基との反応は、自然と進行する場合もあるが、加熱や、接触させる第1のゲスト成分溶液における第1のゲスト成分濃度を高くすることで反応速度を速めることができる。また、反応速度が速すぎるために、反応が選択的に進行しない場合や原料錯体の三次元構造が崩壊する場合には、冷却、或いは、第1のゲスト成分溶液における第1のゲスト成分の濃度を低くしたり、又は粘性の高い溶媒を用いる等の手法によって反応速度を低下させたりすることができ、選択的な反応の進行や原料錯体の三次元構造の保持等が可能である。
【0141】
下記式(6)は、芳香族化合物配位子としてトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)(以下、式中において、単に(C)と表すことがある)、非配位性芳香族化合物として、カルボン酸塩(‐COOM)を有する基を導入したトリフェニレン誘導体(D)(以下、式中において、単に(D)と表すことがある)、中心原子となる金属イオンを含む金属化合物としてZnIを有するカチオン伝導体を例として、カチオン伝導体の製造方法をより具体的に示した式である。なお、式中の白楕円は、トリフェニレン環とカルボン酸塩を連結する基、又は単結合を表す。また、カルボキシル基を有する基のトリフェニレン環への置換位置は、1位であるか2位であるかを問わないものとする。
下記式(6)に示すように、カチオン化する元素Mを有する第1のゲスト成分を加えることによって、原料錯体2中のトリフェニレン誘導体(D)中のカルボキシル基は、カルボン酸塩へと変換され、その結果カチオン伝導体3を合成することができる。
【0142】
【化8】

【0143】
カチオン伝導体3が有する非配位性芳香族化合物の一形態としては、該非配位性芳香族化合物の芳香環上の特定位置に、カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−N=Q1’(Q1’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する2価の有機基を示す)で表される基A’iを有し、該非配位性芳香族化合物は、基A’iが2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されているという構成をとることができる。有機基Q1’は、後述する原料錯体2が有する残基Q1のカルボキシル基(‐COOH)を、カルボン酸塩(‐COOM)に変換したものに相当する。
【0144】
カチオン伝導体3が有する非配位性芳香族化合物の一形態としては、該非配位性芳香族化合物の芳香環上の特定位置に、カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−NHC(=O)−Q2’(Q2’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する1価の有機基を示す)で表される基A’aを有し、非配位性芳香族化合物は、基A’aが2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されているという構成をとることができる。有機基Q2’は、後述する原料錯体2が有する残基Q2のカルボキシル基(‐COOH)を、カルボン酸塩(‐COOM)に変換したものに相当する。
【0145】
カチオン伝導体3が有する非配位性芳香族化合物の一形態としては、該非配位性芳香族化合物の芳香環上の特定位置に、カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−CHN−Q3’(Q3’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する1価の有機基を示す)で表される基A’imを有し、非配位性芳香族化合物は、基A’imが2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されているという構成をとることができる。有機基Q3’は、後述する原料錯体2が有する残基Q3のカルボキシル基(‐COOH)を、カルボン酸塩(‐COOM)に変換したものに相当する。
【0146】
図1に、実施例において後述する、{[(ZnI(C)(D3a)](ニトロベンゼン)(メタノール)(n、zは不定比組成。D3a中のMはLi)で表される単結晶構造を有するカチオン伝導体3aのX線結晶構造解析により得られた図を示す。なお、D3aは、3−イミノ安息香酸リチウムが導入されたトリフェニレン誘導体である。図1は、紙面(結晶010面)に対して垂直な方向を軸bとするものであり、カチオン伝導体3aの三次元格子状構造内の相互貫通構造を、後述するチャンネルA及びBが伸びる方向(軸b)に対して垂直な面において切断したものである。
【0147】
図1に示すように、カチオン伝導体3aは、複数のトリス(4−ピリジル)トリアジンとZnIが配位結合により三次元的に結びついた三次元ネットワーク構造n1とn2とが相互貫通して形成された複合化三次元ネットワーク構造を有している。三次元ネットワーク構造n1と三次元ネットワーク構造n2はZnIを共有する等の間接的或いは直接的な結合を有しておらず、互いに独立したものであり、同一の空間を共有するように互いに入り組んだ状態である。
【0148】
なお、特開2006−188560のトリス(4−ピリジル)トリアジンとトリフェニレンとZnIからなる高分子錯体のゲスト交換実験において、トリフェニレンが抽出されなかったことから、積み重ね構造を形成するカチオン伝導性基を有する基を導入したトリフェニレン誘導体(D)も、カチオン伝導体3の主骨格の一部として機能していると考えられる。
【0149】
図1に詳細には示されていないが、カチオン伝導体3aには、特開2006−188560の明細書中の段落72に記載されているように、その三次元格子状構造内に規則的に配列した2種のチャンネル(A及びB)が存在する。チャンネルA及びBは、トリス(4−ピリジル)トリアジン(C)とトリフェニレン誘導体(D3a)が交互に積み重なった積み重ね構造の間に、それぞれ規則的に形成されている。チャンネルAは、ほぼ円筒型であり、且つ、積み重なった無数のトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)及びトリフェニレン誘導体(D3a)のπ平面の側縁に存在する水素原子でほぼ取り囲まれている。トリフェニレン誘導体(D3a)のカチオン伝導性基(‐COOLi)は、チャンネルAの内面を向いており、チャンネルAの内面の一部を形成している。従って、チャンネルAは、カチオン伝導性基(‐COOLi)による修飾を受け、チャンネルAと比較してカチオン伝導性が高くなっている。
【0150】
一方、チャンネルBは、擬三角柱型であり、且つ、その三角柱を形成する3方の面のうち、2つはトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)のπ平面に取り囲まれ、もう1つは積み重なった無数のトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)及びトリフェニレン誘導体(D3a)のπ平面の側縁に存在する水素原子で取り囲まれている。トリフェニレン誘導体(D3a)のカチオン伝導性基(‐COOLi)は、チャンネルBの内面を向いて配向していない。また、これらチャンネルAとチャンネルBは、若干蛇行した細長い形状を有している。
【0151】
カチオン伝導体3aにおいて、芳香族化合物配位子であるトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)と、非配位性芳香族化合物であるトリフェニレン誘導体(D3a)により形成される積み重ね構造は、X線構造解析により、D3a分子を構成する各原子の温度因子が小さく、結晶内におけるD3a配置の乱れ(ディスオーダー)がほとんど存在しないことがわかっている。この結果は、カチオン伝導体3aにおいて、非常に規則性の高い構造が構築できていることを示している。
【0152】
さらに、チャンネルAに内接する楕円の長径と短径、及びチャンネルBに内接する円の直径は、それぞれ異なっている(チャンネルA:内接楕円長径8.5〜10.0Å、内接楕円短径6.0〜8.0Å、チャンネルB:内接円直径4.5〜7.0Å)
【0153】
このように、カチオン伝導体3a内に形成されたチャンネルAとチャンネルBは、形状、サイズ及び雰囲気の3つが共に異なる上に、トリフェニレン誘導体(D3a)のカチオン伝導性基(‐COOLi)はチャンネルAの内面にのみ向かって配向しているものである。
【0154】
積み重ね構造を形成しているトリス(4−ピリジル)トリアジン[芳香族化合物配位子]とトリフェニレン誘導体(D3a)[非配位性芳香族化合物]との間の積層距離(最も近いもの)が約3.3Åであり、ファンデルワールス力による原子間距離(3.5Å)よりも小さいことから、これら芳香族化合物配位子であるトリス(4−ピリジル)トリアジンと非配位性芳香族化合物であるトリフェニレン誘導体との間には、ファンデルワールス力以外の相互作用、すなわち、π−π相互作用が働いていることが分かった。
【0155】
続いて、本発明のカチオン伝導体の製造方法において用いられる、原料錯体を準備する工程について説明する。
【0156】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、原料錯体を準備する工程が、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、自己の芳香環上にリンカーとなる官能基そのもの及び該リンカーとなる官能基を有する基からなる群から選ばれるリンカーが結合している非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、芳香族化合物配位子が中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、芳香族化合物配位子の間にリンカーを有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、リンカーが2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B2の内面に向くように規則的に配置されている、原料錯体の前駆体を準備する工程、並びに、リンカーとなる官能基と化学反応により結合を形成する官能基、及び、カルボキシル基及び/又は保護基で保護されたカルボキシル基を有する第2のゲスト成分を準備する工程、並びに、第2のゲスト成分を、原料錯体の前駆体のリンカーとなる官能基が配置されている細孔群B2の細孔内に第2のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第2のゲスト成分とリンカーとを反応させることにより、リンカーとなる官能基と第2のゲスト成分が有する結合形成官能基とが反応することによって、非配位性芳香族化合物と第2のゲスト成分との間に結合を形成し、カルボキシル基が保護基で保護されている場合には、該保護基を脱離させることで原料錯体を合成する工程を含むことが好ましい。
【0157】
このような構成のカチオン伝導体の製造方法は、リンカーが結合している非配位性の芳香族化合物、金属イオン及び芳香族化合物を含む原料錯体の前駆体中で、該前駆体の前記三次元格子状構造を損なうことなく、非配位性芳香族化合物と第2のゲスト成分との間に結合を形成し、原料錯体を合成することができる。また、本発明のカチオン伝導体の製造方法は、保護基で保護されたカルボキシル基を有する第2のゲスト成分を用いた場合でも、該保護基を脱離させることによって、保護基のないカルボキシル基を有する非配位性芳香族化合物を含む原料錯体を合成することができる。
【0158】
原料錯体の前駆体が有する芳香族化合物配位子、中心金属イオン及び三次元格子状構造等は、上述したカチオン伝導体が有する芳香族化合物配位子、中心金属イオン及び三次元格子状構造等と同じものを採用することができる。
原料錯体の前駆体と、原料錯体との主な相違点は、原料錯体の前駆体が有する非配位性芳香族化合物が、第2のゲスト成分と結合することができるリンカーを有するのに対し、原料錯体が有する非配位性芳香族化合物が、前記リンカーと結合した後の第2のゲスト成分の残基(ただし、当該残基は、カルボキシル基を含む。)を有する点、及び、このような非配位性芳香族化合物が有する置換基の相違点に伴い、原料錯体の前駆体が有する細孔群B2と、原料錯体が有する細孔群B1との細孔内の環境(具体的には、ゲスト成分に対する親和性等)が異なる点、の2点である。
これらの相違点に関わらず、原料錯体の前駆体の構造は、原料錯体の構造と類似するものであることが好ましい。ただし、これらの相違点があることにより、原料錯体の前駆体の構造が、原料錯体の構造とは全く異なるものであってもよい。
原料錯体の前駆体の詳細な製造方法については後述する。
【0159】
本発明の原料錯体を準備する工程におけるリンカーとは、非配位性芳香族化合物の芳香環と、カルボキシル基とを相互結合させる役割を担う原子、官能基又は有機基のことをいう。リンカーの態様としては、リンカーとなる官能基そのものであってもよいし、該官能基を有する基であってもよい。すなわち、本発明の原料錯体を準備する工程においては、リンカーとなる役割を持つ官能基を少なくとも1つ有する基を、リンカーとして用いる。
【0160】
原料錯体の前駆体においては、リンカーは、特に限定されることはなく、該前駆体内に形成される細孔内に入る大きさであればよい。従って、該前駆体内に形成される細孔のサイズによって、置換基導入の効果が得られるリンカーは異なってくるが、リンカーとしては、例えば−W−OH、−W−NH、−W−NO、−W−CH、−W−OCOCH、−W−CHO、アルキルエーテル鎖、アルキルチオエーテル鎖、アルキレングリコール鎖、及びペプチド鎖(Wは2価の有機基又は単結合を示す)より選ばれる少なくとも1つの官能基が挙げられる。
【0161】
2価の有機基Wとしては、リンカーが特定の細孔B2内に入る大きさであれば特に限定されないが、低級炭素鎖、具体的には炭素数1〜5の炭素鎖又は単結合が好ましく、特に、炭素数1〜3の炭素鎖又は単結合が好ましい。また、アルキルエーテル、アルキルチオエーテル、アルキレングリコールのアルキル基又はアルキレン基としては、低級炭素鎖、具体的には炭素数1〜5の炭素鎖が好ましく、特に炭素数1〜3の炭素鎖が好ましい。また、アルキレングリコール鎖、ペプチド鎖としては、アルキレングリコール単位又はペプチド単位を1〜2個含むものが好ましい。
【0162】
具体的なリンカーとしては、例えば、−CH−OH、−CHCH−OH、−OH、−CH−NH、−CHCH−NH、−NH、−CH−NO、−CHCH−NO、−NO、−CH−CH、−CHCH−CH、−CH、−CH−OCOCH、−CHCH−OCOCH、−OCOCH、−O−CH、−O−CHCH、−S−CH、−S−CHCH、−O−CHCH−OH、−CH−CHO、−CHCH−CHO、−CHO等が例示できる。
【0163】
リンカーとして、水素結合、イオン結合、静電相互作用(双極子相互作用、四極子相互作用)等の比較的強い相互作用を有するものを選択することによって、該置換基の配向及び非配位性芳香族化合物の配列を制御することが可能となる。静電相互作用や立体作用のように、ファンデルワールス力よりも大きな原子間又は分子間相互作用を発現できる置換基を非配位性芳香族化合物の芳香環上に導入することにより、芳香族化合物配位子が金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内において、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物の自己組織化による分子配列がより精密に制御され、リンカー自身の配向性や、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物とのスタッキング構造等の規則性が高まる。
【0164】
上記したような比較的強い相互作用を発現するリンカーとしては上記したもののうち、−CH−OH、−CHCH−OH、−OH、−CH−NH、−CHCH−NH、−NH、−CH−NO、−CHCH−NO、−NO、−CH−OCOCH、−CHCH−OCOCH、−OCOCH、−O−CHCH−OH等が挙げられる。
【0165】
強固なπ−πスタッキング構造を形成し、安定したネットワーク構造を構築するという観点からは、リンカーとして電子供与性の強いものが好ましい。電子供与性の強い置換基としては、−W−OH、−W−NH、−W−CH及びアルキルエーテル鎖等が挙げられ、具体的には、−CH−OH、−CHCH−OH、−OH、−CH−NH、−CHCH−NH、−NH、−CH−CH、−CHCH−CH、−CH、−O−CH、−O−CHCH等が挙げられる。
【0166】
また、リンカーがその内面に配向する細孔が、ゲスト成分を取り込む、すなわち、包接挙動を示すためには、該細孔がリンカーによって占有されないことが重要である。このような観点から、細孔のサイズに合わせて、リンカーの大きさを決定することが好ましい。尚、リンカーの大きさによって、リンカーが配向する細孔内の空間の大きさも変わってくるため、取り込みたいゲスト成分にあわせてリンカーの大きさを決定することもできる。
【0167】
従って、細孔の大きさ、包接しようとするゲスト成分の大きさ等によって、好ましいリンカーの大きさは異なってくるが、包接挙動を示す細孔を形成するという観点からは、リンカーとなる官能基は、水素原子を除く総原子数が5以下の低分子官能基であることが好ましい。具体的には、上記Wとして1〜2の炭素鎖又は単結合が好ましく、また、リンカーとしてアルキルエーテル鎖を選択する場合には、炭素数1又は2の炭素鎖が好ましい。このようなリンカーとしては、例えば、−CH−OH、−CHCH−OH、−OH、−CH−NH、−CHCH−NH、−NH、−NO、−CH−CH、−CHCH−CH、−CH、−OCOCH、−O−CH、−O−CHCH、−S−CH、−S−CHCH等が挙げられる。
【0168】
本発明のカチオン伝導体の製造方法の一形態としては、原料錯体の前駆体において、リンカーの少なくとも1つが−NHであるという構成をとることができる。
【0169】
第2のゲスト成分は、リンカーとなる官能基と化学反応により結合を形成する官能基(結合形成官能基)、及び、カルボキシル基及び/又は保護基で保護されたカルボキシル基を有する化合物であれば特に限定されない。
ここでいう「保護基で保護されたカルボキシル基」とは、一般的な保護基によって保護されたカルボキシル基であり、且つ、保護基を脱離させることによって、カルボキシル基が再生する基のことを指す。保護基で保護されたカルボキシル基としては、具体的には、カルボン酸無水物のように、カルボキシル基がアシル基によって保護されている基や、カルボン酸エステル基のように、カルボキシル基がアルコキシドによって保護されている基等を例示することができる。なお、カルボン酸無水物が有する2つのカルボニル(C=O)炭素のうち、一方のカルボニル炭素が、カルボキシル基が有するカルボニル炭素となって働き、もう一方のカルボニル炭素が、保護基であるアシル基が有するカルボニル炭素となって働くものとする。
第2のゲスト成分は、原料錯体の前駆体の錯体構造(三次元格子状構造)を損なうことなく、原料錯体の前駆体が有する非配位性芳香族化合物との結合を形成することが好ましいという観点からは、比較的温和な条件で、該結合形成を起こすことができるゲスト成分であることが好ましい。
【0170】
下記式(7)は、芳香族化合物配位子としてトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)、非配位性芳香族化合物として、カルボキシル基(‐COOH)を有する基を導入したトリフェニレン誘導体(D)(以下、式中において、単に(D)と表すことがある)、中心原子となる金属イオンを含む金属化合物としてZnIを有する原料錯体を例として、原料錯体の合成工程をより具体的に示した式である。なお、式中の白楕円は、トリフェニレン環とカルボキシル基を連結する基、又は単結合を表す。また、カルボキシル基を有する基のトリフェニレン環への置換位置は、1位であるか2位であるかを問わないものとする。
下記式(7)に示すように、原料錯体の前駆体1が有するトリフェニレン誘導体(D)(以下、式中において、単に(D)と表すことがある)は、自己のトリフェニレン環上に、リンカー(式中においてLで示す。)を有している。なお、リンカーLのトリフェニレン環への置換位置は、1位であるか2位であるかを問わないものとする。
【0171】
【化9】

【0172】
原料錯体の前駆体中の非配位性芳香族化合物が、リンカーとしてアミノ基(−NH)を有する場合、原料錯体合成工程において、リンカーである−NHを、−N=Q1(Q1は第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、2価の残基を示す)に変換することにより、原料錯体を合成することができる。
具体例の1つとしては、第2のゲスト成分がアルデヒド化合物であり、細孔群B2の細孔によるアルデヒド化合物の包接により、前記リンカーである−NHと該アルデヒド化合物の脱水反応を起こさせ、−NHを−N=Q1(Q1は第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、2価の残基を示す)に変換する例を挙げることができる。
【0173】
原料錯体合成工程は、原料錯体の前駆体の形成後、該前駆体において細孔群B2の細孔の内面に配向したリンカーを、細孔群B2の細孔内に取り込んだ第2のゲスト成分と反応させることにより、カルボキシル基を有する基に変換するものである。
【0174】
上記したように、リンカーを有する非配位性芳香族化合物を用いて構築された原料錯体の前駆体は、その細孔内に第2のゲスト成分を取り込む包接挙動を示す。リンカーとの反応性を有する第2のゲスト成分が、該リンカーが配向した細孔内に包接された場合、該ゲスト成分と該リンカーとを反応させ、リンカーを、カルボキシル基を有する基に変換することができる。
ここで、「リンカーがカルボキシル基を有する基に変換」とは、第2のゲスト成分との反応によりリンカーの一部において構造が変化することの他、リンカーが非配位性芳香族化合物との結合部分から全体として置き換わることも含む。
【0175】
具体的なQ1として、例えば、炭素数1〜5のアルキル基(分岐構造を有していてもよい)上にカルボキシル基を有する基;炭素数1〜5の鎖状炭化水素官能基(分岐構造を有していてもよいし、ヘテロ原子を含んでいてもよい)上にカルボキシル基を有する基;フェニル基(ヒドロキシ、ニトロ、アミノ等の置換基を有していてもよい)の芳香環上にカルボキシル基を有する基等が挙げられる。このようなQ1の場合、−N=Q1は原料錯体の前駆体の三次元ネットワーク構造を形成する金属種と配位結合を形成するおそれがあるため、予め非配位性芳香族化合物に導入した状態で原料錯体の前駆体を構築することは難しい。
【0176】
すなわち、本発明における原料錯体合成工程は、原料錯体の前駆体の選択的なゲスト成分の取り込みと、細孔の特異的な反応場としての特性を利用したものであり、通常では導入困難な置換基を非配位性芳香族化合物に導入することが可能であることから、従来では不可能であった細孔内雰囲気の構築を実現可能とする。これは、非配位性芳香族化合物の置換基による、細孔のサイズ、形状、雰囲気等、細孔内環境の精密な制御が可能であることを示している。
【0177】
原料錯体の前駆体中の非配位性芳香族化合物が、リンカーとしてアミノ基(−NH)を有する場合、リンカーであるアミノ基と、第2のゲスト成分として細孔内に取り込まれた酸無水物(環状酸無水物も含む)とアシル化反応、又はイソシアナートへ求核付加反応させることにより、アミノ基を−NHC(=O)−Q2(Q2は第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)で表されるアミド基に変換することもできる。具体的には、リンカーであるアミノ基と第2のゲスト成分である酸無水物が反応することによって、アミノ基の窒素と酸無水物のカルボニル基が結合し、アミノ基をアシル化したり、リンカーであるアミノ基が第2のゲスト成分であるイソシアナートへ求核付加反応することによって、アミノ基の窒素とイソシアナートのカルボニル基が結合し、アミノ基を尿素化したりすることができる。
【0178】
芳香族化合物配位子としてトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)、非配位性芳香族化合物として2−アミノトリフェニレン(D1b)、中心原子となる金属イオンを含む金属化合物としてZnIを用いて得られる原料錯体の前駆体1bを、無水コハク酸や無水マレイン酸のような環状酸無水物を含む溶液に浸漬させることによって、該前駆体1bは、その三次元構造を保持したまま、トリフェニレンに結合するアミノ基がアミドブタン酸又はアミドブテン酸に変換される(下記式(7a)、式(7b)参照)。
アミドブタン酸が導入されたトリフェニレン誘導体(D2ba)又はアミドブテン酸が導入されたトリフェニレン誘導体(D2bb)は、そのカルボキシル基により、配位性を有している。従って、錯体形成時において、非配位性芳香族化合物として、トリフェニレン誘導体(D2ba)又はトリフェニレン誘導体(D2bb)を用いると、金属種にこれらのトリフェニレンが配位してしまうため、上記のような細孔が形成された三次元構造を有する原料錯体は構築されない。しかしながら、本発明のように、原料錯体の前駆体を予め準備した後に第2のゲスト成分を作用させることによってアミドブタン酸基やアミドブテン酸基のようなカルボキシル基に変換する場合には、その立体効果や結晶相反応の寄与により、カルボキシル基による金属種への配位を生じさせることなく、カルボキシル基を細孔内面に向けて配向させることができる。
【0179】
尚、上記Q2は1価の有機基であれば特に限定されず、脂肪族基であっても、芳香族基であってもよく、また、ヘテロ原子を含んでいても、分岐構造や不飽和結合を含んでいてもよい。また、ニトリル、ヒドロキシ、ニトロ、アミノ、カルボキシ等の置換基を有していてもよい。上記したように、カルボキシル基、さらにニトリル基等の置換基を有するQ2の場合、−NHC(=O)−Q2は原料錯体の三次元ネットワーク構造を形成する金属種と配位結合を形成するおそれがあるため、予め非配位性芳香族化合物に導入した状態で原料錯体を構築することは難しいが、本発明では、原料錯体の前駆体を予め準備した後に第2のゲスト成分を作用させることによって、これら配位性を有する−NHC(=O)−Q2による細孔内修飾が可能である。
【0180】
【化10】

【0181】
さらに、原料錯体の前駆体中の非配位性芳香族化合物が、リンカーとしてホルミル基(−CHO)を有する場合、該ホルミル基と、ゲスト成分として細孔内に取り込まれたアミノ化合物とが、脱水縮合反応することにより、ホルミル基を−CHN−Q3(Q3は第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)で表されるイミノ基(以下、基A’imということがある)に変換することもできる[下記式(7c)参照]。
芳香族化合物配位子としてトリス(4−ピリジル)トリアジン(C)、非配位性芳香族化合物として2−ホルミルトリフェニレン(D1a)、中心原子となる金属イオンを含む金属化合物としてZnIを用いて得られる原料錯体の前駆体1aを、アミノ安息香酸のようなカルボキシル基含有アミノ化合物を含む溶液に浸漬させることによって、該原料錯体の前駆体1aは、その三次元構造を保持したまま、トリフェニレンに結合するホルミル基がイミノ安息香酸に変換される(下記式(7c)参照)。
【0182】
尚、上記Q3は1価の有機基(第2のゲスト成分から誘導される残基)であり、且つ、カルボキシル基を有していれば特に限定されず、脂肪族基であっても、芳香族基であってもよく、また、ヘテロ原子を含んでいても、分岐構造や不飽和結合を含んでいてもよい。
【0183】
【化11】

【0184】
リンカーと反応する第2のゲスト成分は1種に限定されず、2種以上でもよく、細孔群B2の細孔内に取り込まれた2種以上の第2のゲスト成分のうちの2種以上のゲスト成分がリンカーと作用することで、カルボキシル基を有する基に変換されるようにすることもできる。また、第2のゲスト成分との反応により変換されるリンカーは、一種類に限定されず、複数種のリンカーを変換させることもできる。このとき、複数種のリンカーとは、化学構造の異なるものの他、非配位性芳香族化合物における導入位置が異なるものも含まれる。
【0185】
第2のゲスト成分を取り込み、リンカーを該ゲスト成分と反応させることでカルボキシル基を有する基に変換させる方法は特に限定されず、まずは、第2のゲスト成分を原料錯体の前駆体に包接させればよい。第2のゲスト成分の包接は、通常、第2のゲスト成分と原料錯体の前駆体とを接触させることで自然と行われる。
第2のゲスト成分を包接させる方法としては、第2のゲスト成分を含有する溶液又は該ゲスト成分そのものに原料錯体の前駆体を浸漬させる方法、第2のゲスト成分の蒸気を原料錯体の前駆体に接触させる方法等が挙げられる。必要に応じて、第2のゲスト成分の濃度、温度、圧力等を調節して第2のゲスト成分の細孔内への包接速度を加減することもできる。第2のゲスト成分を含有する溶液又は溶液状の第2のゲスト成分単体又は気体状の第2のゲスト成分単体と原料錯体の前駆体との接触時間、溶液の第2のゲスト成分濃度等は特に限定されず、適宜決定すればよい。
【0186】
細孔内に取り込まれた第2のゲスト成分とリンカーとの反応は、自然と進行する場合もあるが、加熱や、接触させる第2のゲスト成分溶液における第2のゲスト成分濃度を高くすることで反応速度を速めることができる。また、反応速度が速すぎるために、反応が選択的に進行しない場合や原料錯体の前駆体の三次元構造が崩壊する場合には、冷却、或いは、第2のゲスト成分溶液における第2のゲスト成分の濃度を低くしたり、又は粘性の高い溶媒を用いる等の手法によって反応速度を低下させたりすることができ、選択的な反応の進行や原料錯体の前駆体の三次元構造の保持等が可能である。
【0187】
最後に、原料錯体の前駆体を準備する工程について説明する。なお、本発明者らの一部が既に行った特許出願(特開2006−188560)には、本発明に係るカチオン伝導体の製造方法に用いる原料錯体の前駆体等の、高分子錯体の製造方法の詳細が記載されているので、本明細書においては、具体例について簡潔に説明する。
下記式(8)は、1位又は2位にリンカー(式中においてLで示す。)を有するトリフェニレンを含む原料錯体の前駆体の合成を示した式である。下記式(8)において、トリス(4−ピリジル)トリアジン(C)は、トリアジン環と3つのピリジル環がほぼ同一平面内に存在する擬平面構造を有する化合物であり、3つの4−ピリジルの窒素原子において金属イオンに配位することができる。トリフェニレン誘導体(D)もまた、擬平面形状を有する化合物であり、トリフェニレン骨格の芳香環上の1位又は2位のいずれか一方にリンカーLが結合している。トリス(4−ピリジル)トリアジン(C)、ZnI、及びトリフェニレン誘導体(D)(以下、式中において、単に(D)と表すことがある)から形成される三次元格子状構造を有する高分子錯体は、トリス(4−ピリジル)トリアジン(C)とトリフェニレン誘導体(D)を共存させた状態で、ZnIと作用させることによって、生成する(式(8))。
【0188】
【化12】

【0189】
例えば、{[(ZnI(C)(D)](ニトロベンゼン)(メタノール)(n、zは不定比組成)で表される単結晶構造を有する原料錯体の前駆体1は、三層溶液(上層:ZnIのメタノール溶液、中間層:メタノール、下層:トリス(4−ピリジル)トリアジンとトリフェニレン誘導体(D)のニトロベンゼン−メタノール溶液)を用いて製造することができる。中間層であるメタノール層は、ZnIとトリス(4−ピリジル)トリアジン及びトリフェニレン誘導体(D)とが急激に混ざり合わないようにするための緩衝剤である。この三層溶液を静置し、徐々にZnIとトリス(4−ピリジル)トリアジン及びトリフェニレン誘導体(D)とを混ぜ合わせる(二層拡散法)ことにより、原料錯体の前駆体1を生成させる。
【0190】
本発明のカチオン伝導体の製造方法は、カルボキシル基を有する非配位性の芳香族化合物、金属イオン及び芳香族化合物を含む原料錯体中で、該原料錯体の三次元格子状構造を損なうことなく、直接非配位性芳香族化合物が有するカルボキシル基を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩へと変換することができる。
本発明のカチオン伝導体は、該カチオン伝導体内に形成される細孔群が、固有の親和性を有する互いに同一な複数の細孔から構成されており、2種以上の成分を含む混合物に接触すると、接触した混合物に含まれる複数の成分のうち、上記細孔群を構成する細孔が親和性を有する特定のカチオンを該細孔内に選択的に取り込むことができ、したがって、非配位性芳香族化合物の有するカチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)のカルボキシラート(‐COO)近傍に集合したカチオンを、選択的に包接し、輸送することができる。また、本発明のカチオン伝導体は、該カチオン伝導体内に2種以上の細孔群が存在するため、カチオン伝導体全体として2種以上のカチオンを取り込むことができ、且つ、1つのカチオン伝導体内に取り込まれた2種以上のカチオンは、各細孔群内で分離した状態でカチオン伝導体内に存在させることができる。さらに、本発明のカチオン伝導体は、前記細孔内に取り込んだカチオンを選択的に放出することもできる。
【実施例】
【0191】
以下に、原料錯体の前駆体1a及び1b、原料錯体2a及び2bb並びにカチオン伝導体3aの合成及び分析に関する実施例について詳細に述べる。
【0192】
(原料錯体の前駆体1aの合成)
原料錯体の前駆体1aの合成スキームは、下記式(9)に示す。
【0193】
【化13】


試験管にニトロベンゼン4.0mlと、メタノール0.5mlをとり、そこに、2,4,6−トリス(4−ピリジル)−1,3,5−トリアジン(C)6.4mg(0.02mmol)を溶解し、さらに、2−ホルミルトリフェニレン(D1a)を20.5mg(0.08mmol)加えた。
【0194】
次に、ZnI9.6mg(0.03mmol)をメタノール1.0mlに溶かした溶液を上層として静かに加え、約23〜25℃(室温)で約3日間静置し、原料錯体の前駆体1a{[(ZnI(C)(D1a)](ニトロベンゼン)(メタノール)(n、zは不定比組成)を得た。
【0195】
(原料錯体の前駆体1bの合成)
原料錯体の前駆体1bの合成スキームを、下記式(10)に示す。
【0196】
【化14】

【0197】
試験管にニトロベンゼン4.0mlと、メタノール0.5mlをとり、そこに、2,4,6−トリス(4−ピリジル)−1,3,5−トリアジン(C)6.4mg(0.02mmol)を溶解し、さらに、2−アミノトリフェニレン(D1b)を19.4mg(0.08mmol)加えた。
【0198】
次に、ZnI9.6mg(0.03mmol)をメタノール1.0mlに溶かした溶液を上層として静かに加え、約23〜25℃(室温)で約3日間静置し、原料錯体の前駆体1b{[(ZnI(C)(D1b)](ニトロベンゼン)(メタノール)(n、zは不定比組成)を得た。
【0199】
(原料錯体2aの合成)
原料錯体2aの合成スキームは、上記式(7c)に示した通りである。
原料錯体1aを、3−アミノ安息香酸の0.11M酢酸エチル溶液に、70℃で加熱しながら1日浸すことにより、原料錯体2a{[(ZnI(C)(D2a)](ニトロベンゼン)(メタノール)(D2a:3−イミノ安息香酸が導入されたトリフェニレン誘導体。n、zは不定比組成)の黄色結晶が析出した。
【0200】
(原料錯体2bbの合成)
原料錯体2bbの合成スキームは、上記式(7b)に示した通りである。
原料錯体の前駆体1bを、0.11Mの無水マレイン酸の酢酸エチル溶液に約23〜25℃(室温)で約1日間静置したところ、原料錯体2bb{[(ZnI(C)(D2bb)](ニトロベンゼン)(メタノール)(D2bb:アミドブテン酸が導入されたトリフェニレン誘導体。n、zは不定比組成)の黄色結晶が析出した。
【0201】
(カチオン伝導体3aの合成)
カチオン伝導体3aの第1の合成スキーム(実施例1〜5)を、下記式(11)に示す。なお、実施例1乃至5は、サリチル酸リチウムを溶かす溶媒のみが互いに異なる実験例である。
【0202】
【化15】

【0203】
(実施例1)
試験管に原料錯体2aを10mg(4.4×10−3mmol)加え、そこに、サリチル酸リチウム(0.22mol)の酢酸エチル(2mL)溶液を加え、約23〜25℃(室温)で約24時間静置した。その後、1mLの酢酸エチルで2回洗浄した後、ろ過し、カチオン伝導体試料を得た。
【0204】
(実施例2)
試験管に原料錯体2aを10mg(4.4×10−3mmol)加え、そこに、サリチル酸リチウム(0.22mol)のアセトニトリル(2mL)溶液を加え、約23〜25℃(室温)で約24時間静置した。その後、1mLのアセトニトリルで2回洗浄した後、ろ過し、カチオン伝導体試料を得た。
【0205】
(実施例3)
試験管に原料錯体2aを10mg(4.4×10−3mmol)加え、そこに、サリチル酸リチウム(0.22mol)のエチレンカーボネート:ジエチルカーボネート=1:1混合溶媒(以下、EC/DECと略す。)(2mL)溶液を加え、約23〜25℃(室温)で約24時間静置した。その後、1mLのEC/DECで2回洗浄した後、ろ過し、カチオン伝導体試料を得た。
【0206】
(実施例4)
試験管に原料錯体2aを10mg(4.4×10−3mmol)加え、そこに、サリチル酸リチウム(0.22mol)のジエチルカーボネート(以下、DECと略す。)(2mL)溶液を加え、約23〜25℃(室温)で約24時間静置した。その後、1mLのDECで2回洗浄した後、ろ過し、カチオン伝導体試料を得た。
【0207】
(実施例5)
試験管に原料錯体2aを10mg(4.4×10−3mmol)加え、そこに、サリチル酸リチウム(0.22mol)のプロピレンカーボネート(以下、PCと略す。)(2mL)溶液を加え、約23〜25℃(室温)で約24時間静置した。その後、1mLのPCで2回洗浄した後、ろ過し、カチオン伝導体試料を得た。
【0208】
カチオン伝導体3aの第2の合成スキーム(実施例6)を、下記式(12)に示す。
【0209】
【化16】

【0210】
(実施例6)
試験管に原料錯体2aを10mg(4.4×10−3mmol)加え、そこに、ヨウ化リチウム(0.22mol)の酢酸エチル(2mL)溶液を加え、約23〜25℃(室温)で約24時間静置した。その後、1mLの酢酸エチルで2回洗浄した後、ろ過し、カチオン伝導体試料を得た。
【0211】
(カチオン伝導体3aのICP−MS分析)
上記実施例1乃至6で得られたカチオン伝導体試料について、それぞれICP−MS(Inductively Coupled Plasma−Mass Spectrometry)分析を行った。ICP−MS分析の詳細な手法は、以下のとおりである。
・測定方法:絶対検量線法
・使用標準溶液:Zinc standard solution(Zn:1000mg/L)100 mL(和光純薬工業株式会社製。製品番号:264−01421)、Lithium standard solution(Li:1000mg/L)100 mL(和光純薬工業株式会社製。製品番号:129−05221)
【0212】
実施例1乃至6で得られたカチオン伝導体試料3.0mgをそれぞれ秤量し、塩酸20mlにそれぞれ加えた。その後、容器全体を超音波発生装置にかけたところ、カチオン伝導体試料(固体)が粉砕され、試料の塩酸溶液が白濁した。白濁した溶液をろ過し、ろ液(透明な溶液)についてICP−MS分析を行った。
絶対検量線法を用いて分析するため、標準溶液を予め用意し、Li及びZnに関する検量線を作成した。図4はLiに関する検量線、図5はZnに関する検量線をそれぞれ示した図である。これらの図より、上述した各カチオン伝導体試料溶液中に含まれるLi量及びZn量をそれぞれ特定した。下記表1にその結果を示す。
塩酸のみでICP−MS分析を行ったところ、検出されたLi量は0.00130mgであった。したがって、表1においては、この塩酸に含まれたLi量(バックグラウンド)を実測値から差し引いた値をデータとして記載している。なお、「ICP結果」の欄には、3回測定した平均値を記載している。
【0213】
【表1】

【0214】
Liイオン交換率の計算方法について、以下に、実施例6を例として示す。
上記表1に示すように、Zn量は錯体全体の9.2mass%であった。一方、X線構造解析の結果から、錯体中に含まれるZn量は8.7%であることが分かっている。そこで、Zn量の理論値に対する、Zn量の測定値の比から、Li量の測定値を補正すると、0.00027mgであった。これは、測定した錯体重量の0.009%に相当する。
ここで、X線構造解析の結果から、原料錯体2a中のカルボキシル基(‐COOH)のプロトンが完全にLiに置換された場合、錯体中に含まれるLi量の理論値は0.3%であることが分かっている。したがって、Liイオン交換率は、(0.009/0.3)×100=3%であることが分かった。
なお、原料錯体2aのみについても同様にLi量の測定を行ったが、Liは検出されなかった。
【0215】
上記ICP−MS分析の結果から、原料錯体2a中のトリフェニレン誘導体(D2a)が有するカルボン酸(‐COOH)のプロトン(H)の1.7%(実施例1)、7.3%(実施例2)、2.9%(実施例3)、5.4%(実施例4)、1.8%(実施例5)又は3.0%(実施例6)がリチウムイオン(Li)に変換され、カチオン伝導体3a{[(ZnI(C)(D3a)](ニトロベンゼン)(メタノール)(D3a:3−イミノ安息香酸リチウムが導入されたトリフェニレン誘導体。n、zは不定比組成)が合成されたことが分かった。
【0216】
(カチオン伝導体3aのインピーダンス測定)
上述した実施例6で得られたカチオン伝導体3aを用いて、インピーダンス測定を行った。
図3は、インピーダンス測定に用いた冶具の断面模式図である。図に示すように、冶具は主に、該冶具全体及び試料を支えるダイス及びシリンダーと、試料に荷重をかけるピストンからなる。試料は、底面積が0.785cm、厚さが30μmとなるように6Nの力で締め付けられた後、紙面上から下方向に荷重2tを付加され、インピーダンスが測定される。なお、インピーダンスの測定は、ポテンショスタット(ソーラトロン社製、1470型)、FRA(ソーラトロン社製、1260型)を用いて行った。
【0217】
交流インピーダンス法により、試料の抵抗値を測定すると、2.4×10Ωであった。一方、電子伝導による抵抗成分を分離するため、直流方法により、抵抗値を調べた。定電圧をかけ、電流値を測定し、電子伝導による抵抗を測定した結果、定常状態において、3.0×10Ωであった。したがって、電子伝導による抵抗値は、交流測定による抵抗値よりも約10倍高いオーダーであった。仮に、交流測定で得られた抵抗値が、電子伝導による抵抗成分を含んでいるとするならば、両抵抗値のオーダーは、同程度となるはずである。したがって、交流測定で得られた抵抗値は、イオン拡散によるものであり、電子伝導による抵抗成分は含まれていないことが明らかとなった。
次に、上記試料の抵抗値の測定値を用いて、試料のイオン伝導度を算出した。まず、抵抗率を算出したところ、(抵抗率)={(上記試料の抵抗値(測定値))×(試料の底面積)}/(試料の厚さ)={2.4×10[Ω]×0.785[cm]}/(30×10−4[cm])=6.3×10[Ω・cm]であった。この抵抗率の逆数が、試料のイオン伝導度であるから、(試料のイオン伝導度)=1/(抵抗率)=1/(6.3×10[Ω・cm])=1.6×10−9[Ω−1・cm−1]=1.6×10−9[S・cm−1]となり、したがって、本発明に係る製造方法で得られたカチオン伝導体のイオン伝導度は、1.6×10−9[S・cm−1]であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン伝導体の製造方法であって、
配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カルボキシル基(‐COOH)を有する非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記カルボキシル基を有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、前記カルボキシル基が前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B1の内面に向くように規則的に配置されている原料錯体を準備する工程、並びに、
前記原料錯体の前記カルボキシル基が配置されている前記細孔群B1の細孔内に、カチオン化する元素Mを有する第1のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第1のゲスト成分と前記カルボキシル基とを反応させることにより、該カルボキシル基(‐COOH)を、カチオン伝導性を有するカルボン酸塩(‐COOM)へと変換する工程を含むことを特徴とする、カチオン伝導体の製造方法。
【請求項2】
前記元素Mがリチウムである、請求項1に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項3】
前記第1のゲスト成分が、MX(Xはハロゲン)で表される有機化合物の塩又は金属塩であり、有機溶媒に溶解し、大気下室温付近で使用できるものである、請求項1又は2に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項4】
前記原料錯体を準備する工程は、
配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、自己の芳香環上にリンカーとなる官能基そのもの及び該リンカーとなる官能基を有する基からなる群から選ばれるリンカーが結合している非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記リンカーを有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、前記リンカーが前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B2の内面に向くように規則的に配置されている、前記原料錯体の前駆体を準備する工程、並びに、
前記リンカーとなる官能基と化学反応により結合を形成する官能基、及び、カルボキシル基及び/又は保護基で保護されたカルボキシル基を有する第2のゲスト成分を準備する工程、並びに、
前記第2のゲスト成分を、前記原料錯体の前駆体の前記リンカーとなる官能基が配置されている前記細孔群B2の細孔内に前記第2のゲスト成分を包接させ、該細孔内において該第2のゲスト成分と前記リンカーとを反応させることにより、前記リンカーとなる官能基と前記第2のゲスト成分が有する結合形成官能基とが反応することによって、前記非配位性芳香族化合物と前記第2のゲスト成分との間に結合を形成し、
前記カルボキシル基が保護基で保護されている場合には、該保護基を脱離させることで前記原料錯体を合成する工程を含む、請求項1乃至3のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項5】
前記原料錯体の前駆体において、前記リンカーが、−W−OH、−W−NH、−W−NO、−W−CH、−W−OCOCH、−W−CHO、アルキルエーテル鎖、アルキルチオエーテル鎖、アルキレングリコール鎖、及びペプチド鎖(Wは2価の有機基又は単結合を示す)より選ばれる少なくとも1つの官能基である、請求項4に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項6】
前記リンカーとなる官能基が、水素原子を除く構成原子数が5個以下である低分子官能基である、請求項4又は5に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項7】
前記原料錯体の前駆体において、前記リンカーの少なくとも1つが−NHである、請求項4乃至6のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項8】
前記原料錯体合成工程において、前記リンカーである−NHを、−N=Q1(Q1は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、2価の残基を示す)に変換する、請求項7に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項9】
前記第2のゲスト成分がアルデヒド化合物であり、前記細孔群B2の細孔によるアルデヒド化合物の包接により、前記リンカーである−NHと該アルデヒド化合物の脱水反応を起こさせ、−NHを−N=Q1(Q1は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、2価の残基を示す)に変換する、請求項7又は8に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項10】
前記リンカーである−NHを−NHC(=O)−Q2(Q2は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)に変換する、請求項7乃至9のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項11】
前記第2のゲスト成分が酸無水物又はイソシアナートであり、前記細孔群B2の細孔による酸無水物又はイソシアナートの包接により、前記リンカーである−NHと該酸無水物又は該イソシアナートを反応させ、−NHを−NHC(=O)−Q2(Q2は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)に変換する、請求項7乃至10のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項12】
前記原料錯体合成工程において、前記リンカーの少なくとも1つが−CHOであり、且つ、前記第2のゲスト成分がアミノ化合物であり、前記細孔群B2の細孔によるアミノ化合物の包接により、該−CHOと該アミノ化合物を脱水反応させ、−CHOを−CHN−Q3(Q3は前記第2のゲスト成分から誘導され、且つ、カルボキシル基を有する、1価の残基を示す)に変換する、請求項4乃至11のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項13】
前記原料錯体の前記三次元ネットワーク構造は、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が複合化してなる、複合化三次元ネットワーク構造である、請求項1乃至12のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項14】
前記原料錯体の前記芳香族化合物配位子は、下記式(1)で表される芳香族化合物である、請求項1乃至13のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【化1】

(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【請求項15】
前記原料錯体の非配位性芳香族化合物は、縮合多環芳香族化合物である、請求項1乃至14のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項16】
前記芳香族化合物配位子としての前記式(1)で表される芳香族化合物が、トリス(4−ピリジル)トリアジンであり、前記非配位性芳香族化合物としての前記縮合多環芳香族化合物が、トリフェニレン誘導体及びペリレン誘導体から選ばれる少なくとも1種である、請求項15に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項17】
前記原料錯体の前記三次元ネットワーク構造内の前記積み重ね構造において、非配位性芳香族化合物のHOMO(最高被占軌道)と、前記芳香族化合物配位子のLUMO(最低空軌道)が、軌道形状の重なりを有しており、その積層構造が安定化された、請求項1乃至16のいずれか一項に記載のカチオン伝導体の製造方法。
【請求項18】
配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)を有する非配位性の芳香族化合物を含み、且つ、
前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、前記芳香族化合物配位子の間に前記カチオン伝導性基を有する非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有し、且つ、
前記三次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えており、且つ、
前記非配位性芳香族化合物は、前記カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)が前記2種以上の細孔群のうち特定の細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されていることを特徴とする、カチオン伝導体。
【請求項19】
前記元素Mがリチウムである、請求項18に記載のカチオン伝導体。
【請求項20】
前記非配位性芳香族化合物は自己の芳香環上の特定位置に、前記カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−N=Q1’(Q1’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する2価の有機基を示す)で表される基A’iを有し、
前記非配位性芳香族化合物は、前記基A’iが前記2種以上の細孔群のうち特定の前記細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されている、請求項18又は19に記載のカチオン伝導体。
【請求項21】
前記非配位性芳香族化合物は自己の芳香環上の特定位置に、前記カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−NHC(=O)−Q2’(Q2’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する1価の有機基を示す)で表される基A’aを有し、
前記非配位性芳香族化合物は、前記基A’aが前記2種以上の細孔群のうち特定の前記細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されている、請求項18又は19に記載のカチオン伝導体。
【請求項22】
前記非配位性芳香族化合物は自己の芳香環上の特定位置に、前記カルボン酸塩(‐COOM)を有する基として−CHN−Q3’(Q3’は、カルボン酸塩(‐COOM)を有する1価の有機基を示す)で表される基A’imを有し、
前記非配位性芳香族化合物は、前記基A’imが前記2種以上の細孔群のうち特定の前記細孔群B3の内面に向くように規則的に配置されている、請求項18又は19に記載のカチオン伝導体。
【請求項23】
前記三次元ネットワーク構造は、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が複合化してなる、複合化三次元ネットワーク構造である、請求項18乃至22のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【請求項24】
前記2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、細孔の形状、及び、細孔内雰囲気のうち少なくとも一つが異なる、請求項18乃至23のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【請求項25】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔が、細長いチャンネル形状を有している、請求項18乃至24のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【請求項26】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該細孔の内接円の直径が、2〜70Åである、請求項18乃至25のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【請求項27】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該細孔の内接楕円の長径が、5〜70Åであり、該内接楕円の短径が、2〜50Åである、請求項18乃至26のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【請求項28】
前記芳香族化合物配位子は、下記式(1)で表される芳香族化合物である、請求項18乃至27のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【化2】

(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【請求項29】
前記非配位性芳香族化合物は、縮合多環芳香族化合物である、請求項18乃至28のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【請求項30】
前記芳香族化合物配位子としての前記式(1)で表される芳香族化合物が、トリス(4−ピリジル)トリアジンであり、前記非配位性芳香族化合物としての前記縮合多環芳香族化合物が、トリフェニレン誘導体及びペリレン誘導体から選ばれる少なくとも1種である、請求項29に記載のカチオン伝導体。
【請求項31】
前記カチオン伝導性基であるカルボン酸塩(‐COOM)は、前記カチオン伝導体内において、ファンデルワールス力よりも大きい分子間相互作用を発現できるものである、請求項18乃至30のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。
【請求項32】
前記三次元ネットワーク構造内の前記積み重ね構造において、前記非配位性芳香族化合物のHOMO(最高被占軌道)と、前記芳香族化合物配位子のLUMO(最低空軌道)が、軌道形状の重なりを有しており、その積層構造が安定化された、請求項18乃至31のいずれか一項に記載のカチオン伝導体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−184899(P2010−184899A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−30354(P2009−30354)
【出願日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】