説明

カビの検査方法

【課題】 複数種類のカビを同じ培地で同時に培養し、各カビを特異的に検出することを可能とする。
【解決手段】 複数種類のカビを培養し、この培養された複数種類のカビを混合して、一括してゲノムDNAを抽出し、DNAチップを用いて複数種類のカビのそれぞれを同時かつ特異的に検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カビの検査方法に関し、特に複数種類のカビを同時に特異的に検出するためのカビの検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食品製造現場や臨床現場、また文化財などの保護環境等において、カビなどの微生物が存在するか否かを検査して安全性を確認するとともに、その繁殖を防止することが重要となっている。
このようなカビの存在確認として、以下に示す3通りの方法を挙げることができる。
まず、第一の方法として、環境中から試料をサンプリングして前培養し、次いで菌種ごとに最適な培地で20日程度の培養を行った後に、形態的特徴を観察することで、カビを同定し、その存否の確認を行う方法を挙げることができる(特許文献1参照)。
【0003】
また、第二の方法として、環境中から試料をサンプリングして前培養した後に各菌を個別に培養し、培養細胞からDNAを抽出し、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法によりターゲット領域を増幅して、その領域の塩基配列を解析することで、カビの同定及び存在確認を行う方法を挙げることができる。
さらに、近年では、カビの新たな検出方法として、ターゲット領域と相補的に結合する塩基配列からなるプローブを作成してDNAチップの基板上に固定化し、PCRの増幅産物をDNAチップに滴下することで、対応するターゲット領域とプローブとをハイブリダイズさせ、試料に含まれるカビの同定及び存在確認を行う方法が開発されている(特許文献2参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2007−195454号公報
【特許文献2】特開2008−35773号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、形態同定を行う第一の方法では、形態的特徴を発現させるため、菌種ごとに最適な培地と長期間の培養が必要となり、さらに同定には熟練が必要となることから、迅速な検査や検査の簡易化に適するものではないという問題があった。
また、PCR及び配列解析による第二の方法でも、菌種ごとに個別に培養するため、14日程度の比較的長い検査期間が必要となり、また菌種ごとに個別に解析することが必要であることから、多検体処理が要求される場合に適するものではないという問題があった。
【0006】
これに対して、DNAチップによる新たな検出方法によれば、理論上、複数種類のカビを一括して検出することが可能であり、迅速かつ簡易な検査方法として期待されている。
【0007】
一方、カビは生育に適する湿度にもとづいて、好乾性カビ(乾燥状態を好む)、耐乾性カビ(乾燥に耐えうる)、及び好湿性カビ(湿潤状態を好む)に分けられ、これらはそれぞれに適した異なる培地によって培養する必要があった。また、上述した従来一般的に行われている第一及び第二の方法では、菌種ごとに培養することが必要であったことから、複数のカビを混合して培養し、さらにその上で、それぞれのカビを個別に検出するという概念は存在していなかった。このため、好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビを同時に培養して、それぞれのカビを特異的に検出可能にする技術は、従来は存在していなかった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、複数種類のカビを分離培養することなく、同じ培地で同時に培養すると共に、これらを混合して一括してゲノムDNAを抽出し、DNAチップにより各カビを特異的に検出可能にするカビの検査方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明のカビの検査方法は、複数種類のカビを培養し、この培養された複数種類のカビを混合して、一括してゲノムDNAを抽出し、DNAチップを用いて複数種類のカビのそれぞれを同時かつ特異的に検出する方法としてある。
本発明のカビの検査方法をこのような方法にすれば、カビを菌種ごとに個別に分けることなく、混在したまま培養しても、培養された菌種を特異的に検出することができる。すなわち、培養された複数種類のカビが混合された状態で、それぞれのカビのゲノムDNAの抽出をまとめて行っても、DNAチップにより、各カビを検出することができる。
【0010】
なお、抽出されたゲノムDNAを、DNAチップを用いて検出する方法としては、一般的な手法を用いることが可能である。
具体的には、例えば検出対象カビの特定領域を増幅するためのプライマーセットを含むPCR反応液を用いて、PCR法によりゲノムDNAの特定領域を増幅する。このプライマーセットによる増幅領域から予め選択されたプローブをDNAチップに固定化しておく。このとき、プライマーセット及びプローブは、検出対象カビの特定領域ごとに予め作成しておく必要がある。そして、PCR法により得られた増幅産物を当該DNAチップに滴下し、プローブに結合した増幅産物を検出することで、混合物に含まれる各種カビをそれぞれ特異的に検出することが可能である。
【0011】
また、上記の本発明のカビの検査方法において、少なくとも好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビからなる群から選択される2種類以上のカビを所定の一の培地で同時に培養し、この培養したカビのそれぞれを同時かつ特異的に検出する方法とすることも好ましい。
本発明のカビの検査方法をこのような方法にすれば、通常は個別に培養される、異なる湿度環境を要求するカビを所定の一の培地で同時に培養することができる。そして、これらの混合物からそれぞれのカビを特異的に検出することができる。このため、カビの性質等を考慮することなく、一括して同時に培養して検出を行うことができ、カビの検査の簡易化を図ることが可能となる。
【0012】
また、上記の本発明のカビの検査方法において、複数種類のカビを、水分活性値が1.0未満、0.90以上で、且つ、糖濃度は、5〜50%、さらには、10%〜40%とすることが好ましい。糖の種類として、具体的には、グルコース、シュークロースが好適に使用される。
このような水分活性値、糖濃度の固形培地によれば、好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビのいずれをも好適に培養することができ、あらゆるカビを一括して同時に培養し、その検出を行うことが可能となる。
【0013】
さらに、上記の本発明のカビの検査方法において、複数種類のカビを、25℃±2℃の温度で培養する方法とすることも好ましい。
このような温度範囲であれば、好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビのいずれをも十分に繁殖させることが可能となる。
【0014】
また、上記の本発明のカビの検査方法において、培養した複数種類のカビを、カビの細胞壁を物理的に破砕するためのビーズを収容した容器に入れて混合し、一括してゲノムDNAを抽出することも好ましい。
本発明のカビの検査方法をこのような方法にすれば、同時に培養された複数種類のカビからまとめてゲノムDNAを抽出することが可能となる。
【0015】
さらに、上記の本発明のカビの検査方法において、複数種類のカビが、大気中に浮遊もしくは付着したカビ胞子及び菌糸であることも好ましい。
本発明のカビの検査方法をこのような方法にすれば、環境中におけるカビを採取して培養し、これらを簡易に同時に検出することが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、複数種類のカビを同じ培地で同時に培養すると共に、これらを混合して一括してゲノムDNAを抽出し、DNAチップにより各カビを特異的に検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】各種培地組成による培養試験の培養評価を示す図である。
【図2】好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビを、各種培地で培養したときのコロニーの直径を示す図である。
【図3】好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビを、各種温度で培養したときのコロニーの直径を示す図である。
【図4】好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビを、各種温度で培養したときのコロニーの写真を示す図である。
【図5】検体1−20における菌種のDNAチップ解析及び配列解析結果を示す図である。
【図6】検体21−40における菌種のDNAチップ解析及び配列解析結果を示す図である。
【図7】検体45−60における菌種のDNAチップ解析及び配列解析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のカビの検査方法の一実施形態について詳細に説明する。なお、本実施形態のカビの検査方法は、複数種類のカビを培養し、培養された複数種類のカビを混合して、一括してゲノムDNAを抽出し、DNAチップを用いて複数種類のカビのそれぞれを同時かつ特異的に検出するものであれば良く、以下の実施形態及び実施例の具体的な内容に限定されるものではない。
【0019】
本実施形態のカビの検査方法は、以下の工程を含むものとすることができる。
(1)カビの採取
まず、エアーサンプラーを用いて、食品製造現場や臨床現場、文化財の保護環境等における空気を採取する。次いで、採取した空気をエアーサンプラー用にストリップ形状にした専用培地などに吹き付けて培養する。
【0020】
その培地としては、実施例において後述するように、好乾性、耐乾性、及び好湿性のいずれのカビでも培養することができるM40Y、MY10G培地、MY30G培地等を用いることが好ましい。このうち、M40Y培地を用いると、上記のいずれの性質のカビでも高効率に培養することが可能であるため、特に好ましい。
また、培養条件としては、23℃〜27℃の温度の暗所に、2日〜7日程度静置させることが好ましい。
なお、一般的にM40Y培地、MY10G培地、及びMY30G培地は、好乾性カビ用のものと考えられており、好湿性カビ培養には適さないと考えられてきた。
【0021】
次に、培地に生じた様々な種類のカビのコロニーを、個別に分離することなく、一括して採取する。そして、採取された試料を、例えば、φ0.5mmジルコニアビーズを入れたバイアル瓶などに入れ、バイアル瓶ごと液体窒素に浸して試料を凍結した後、振盪装置等を用いて、カビの細胞を破砕する。なお、細胞の破壊は、DNAが抽出できるように行われれば良く、その他の方法により行ってもかまわない。
【0022】
(2)DNAの抽出
カビの細胞を破壊した試料から、ゲノムDNAを抽出する方法としては、CTAB法(Cetyl trimethyl ammonium bromide)やDNA抽出装置を用いる方法など、一般的な手法を用いることができる。
【0023】
(3)PCR法によるITS領域の増幅
次に、各種カビのrDNAのITS1領域を増幅することができるプライマーセットをPCR反応液に加えて、PCR法により、上記試料中のカビのゲノムDNAにおける特定領域を増幅する。具体的には、フォワードプライマー及びリバースプライマーとして、それぞれ配列番号1,2に示される塩基配列のものを用いることができる。また、PCR装置としては、一般的なサーマルサイクラーなどを用いることができる。
【0024】
本実施形態のPCR反応液としては、例えば以下の組成からなるものを使用することが好ましい。すなわち、核酸合成基質(dNTPmixture(dCTP、dATP、dTTP、dGTP)、プライマーセット、核酸合成酵素(Nova Taq polymeraseなど)、標識成分(Cy5−dCTPなど)、試料のゲノムDNA、緩衝液、及び残りの容量分として水を含むPCR反応液を好適に使用することが可能である。なお、緩衝液としては、例えばAmpdirect(R)(株式会社島津製作所)を用いることができる。
【0025】
本実施形態のカビの検査方法におけるPCR反応条件としては、例えば以下のようにすることが好ましい。
(a)95℃ 10分、(b)95℃(DNA変性工程) 30秒、(c)56℃(アニーリング工程) 30秒、(d)72℃(DNA合成工程) 60秒((b)〜(d)を40サイクル)、(e)72℃ 10分
【0026】
(4)DNAチップによる検出
本実施形態のDNAチップは、検出対象のカビのDNAから選択されたプローブを固定化したものであれば良く、その他の点では特に限定されない。例えばスポット型DNAチップ、合成型DNAチップなどを用いることが可能である。
具体的には、本実施形態のカビの検査方法のPCR反応液に含まれるプライマーセットにより増幅される増幅領域と結合するプローブを予め合成し、DNAチップの基板上に固定化しておく。例えば、アスペルギルス ヴィトリコラ(Aspergillus vitricola)検出用のプローブとしては、配列番号3に示される塩基配列からなるものを用いることができる。また、アスペルギルス ペニシリオイデス(Aspergillus penicillioides)検出用のプローブとしては、配列番号4に示される塩基配列からなるものを用いることができる。さらに、ユーロチウム属菌(Eurotium sp.)検出用のプローブとしては、配列番号5に示される塩基配列からなるものを用いることができる。
【0027】
次に、PCR増幅産物をDNAチップ上に滴下して、上記カビ検出用プローブにハイブリダイズしたPCR増幅産物の標識を検出する。具体的には、例えば次のように行うことができる。
まず、PCR増幅産物に所定の緩衝液を混合して、DNAチップに滴下する。
次に、DNAチップを45℃で1時間静置し、その後、所定の緩衝液によりハイブリダイズしなかったPCR産物をDNAチップから洗い流す。
そして、DNAチップを標識検出装置にかけて標識の検出を行い、検出対象カビが存在するか否かを判定する。なお、標識検出装置としては、例えば、蛍光スキャニング装置など一般的なものを用いることができる。なお、標識及びその検出方法は蛍光に限定されず、その他の方法を用いても良い。
【0028】
以上説明したように、本実施形態のカビの検査方法によれば、好乾性、耐乾性、及び好湿性のいずれのカビでも培養することができる培地を用いて、複数のカビを同時に培養することができる。そして、培養されたカビを混合して一括してゲノムDNAを抽出し、DNAチップを用いて複数種類のカビのそれぞれを同時かつ特異的に検出することができる。
このため、採取されたカビを分離培養する必要がなく、複数種類のカビを迅速に一括して簡易に検出することが可能である。
【実施例】
【0029】
以下、本発明のカビの検査方法によるカビ検出の試験結果について、具体的に説明する。
【0030】
(試験1:各種培地組成の水分活性値による培養試験)
PDA(Potato Dextrose Agar)培地とMY(Malt+Yeast)培地に糖などを添加して種々の水分活性値を示す培地組成からなる各種培地を作製し、好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビを培養して、それぞれの培養結果を評価した。
【0031】
1.培地の作製方法
(1)PDA培地
PDA(DIFCO社製)に、グルコース(和光純薬工業株式会社)、及び/又は、シュークロース(和光純薬工業株式会社)を各種割合で添加し、1Lのイオン交換水に懸濁してオートクレーブで融解後、シャーレに分注して作製した。なお、シャーレ分注前に、細菌増殖を防止する目的で、クロラムフェニコール(和光純薬工業株式会社)を最終濃度50ppmとなるように加えた。MY培地についても同様である。
【0032】
(2)MY培地
以下のMYに、シュークロース(和光純薬工業株式会社)、グルコース、寒天(和光純薬工業株式会社)、及びグリセリンの少なくともいずれかを各種割合で添加し、100mlのイオン交換水に懸濁し、オートクレーブで融解後、シャーレに分注して作製した。
MY:麦芽(Malt Extract,DIFCO社製)+酵母(Yeast Extract,DIFCO社製)
【0033】
2.培地の水分活性値の測定
実際に培養に使用した培地の所定量について、ロトロニック水分活性測定装置(GSIクレオス社製)を使用して、その水分活性値を専用密閉容器内で測定した。
【0034】
3.培養評価
上記作製方法に従って作成した各種培地(図1の実施例1−10,参考例1−6)を用いて、好乾性カビ(Eurotium herbariorum)、耐乾性カビ(A.niger)、好湿性カビ(Fusarium sp.)を25℃で暗所にて72時間培養し、得られたコロニーの直径を測定した。培養後のコロニーの直径が10mm以上を○、10mm未満を×とした。その結果を図1に示す。
同図に示されている通り、実施例1−10の各種培地を用いた場合は、好乾性カビ、耐乾性カビ及び好湿性カビのいずれもが十分に繁殖していることがわかる。一方、参考例1−6の各種培地を用いた場合は、十分に繁殖していない菌種が存在していることがわかる。このため、複数の菌種を同時に培養するためには、水分活性値が1.0未満、0.90以上で、且つ、糖濃度5%〜50%の範囲とすることが好適であることがわかる。
【0035】
(試験2:各種培地による培養試験)
図1に示す参考例1,2,4−6、及び実施例7の6種類の培地を用いて、各種のカビを25℃で暗所にて168時間培養し、得られたコロニーの直径を測定した。
【0036】
供試菌種としては、以下の14種類のものを使用した。結果を図2に示す。このうち、1−4の供試菌種は好乾性のカビであり、5−10の供試菌種は耐乾性のカビであり、11−14の供試菌種は好湿性のカビである。なお、これらの供試菌種は環境中から独自に採取し、同定して得たものであり、その番号は便宜上付したものである。
【0037】
1.アスペルギルス ペニシリオイデス(A.penicillioides,K-7-4)
2.アスペルギルス リストリクタス(A.restrictus,I-2-1)
3.ユーロチウム ヘルバリオルム(Eurotium herbariorum,イ2-1)
4.ワレミア セビ(Wallemia sebi,KSS-1127)
5.アスペルギルス フラバス(A.flavus,B-3-3)
6.アスペルギルス フミガタス(A.fumigatus,KSS-1126)
7.アスペルギルス ニガー(A.niger,A-1-1)
8.アスペルギルス バーシカラー(A.versicolor,イ3-1)
9.ペニシリウム グラブラム(Penicillium glabrum,B-4-3)
10.ペニシリウム ルグロサム(P.rugulosum,E-2-3)
11.クラドスポリウム サファエロスペルマ(Cladosporium.sphaerospermum,I-4-2)
12.クラドスポリウム クラドスポリオイデス(C.cladosporioides,A-2-1)
13.フザリウム属菌(Fusarium sp.,B5−3−C)
14.スタキボトリス属菌(Stachybotrys sp.,KSS-1125)
【0038】
図2に示される通り、実施例7の培地(M40Y)によれば、生育に適する湿度が異なる複数の種類のカビのコロニーができ、上記1−14の全ての菌種が、十分に繁殖していることがわかる。
このように、実施例7の培地を用いれば、最適湿度についての性質が異なる複数のカビを、同じ培地で同時に培養可能であることが明らかとなった。
【0039】
(試験3:各種温度による培養試験)
実施例7で使用したM40Y培地を用いて、各種温度で培養を行い、得られたコロニーの直径を測定した。供試菌種は、試験1と同様に好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビを含む14種類を用い、暗所にて168時間培養を行った。その結果を図3に示す。また、3,8,13の菌種について、図4にコロニーの写真を示す。
【0040】
図3の実施例11−13に示される通り、培養温度が23℃〜27℃の範囲では、好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビのいずれもが十分に繁殖していることがわかる。一方、参考例7−9に示される通り、培養温度が30℃〜35℃の範囲では、生育できない菌種が存在することがわかる。このため、複数の菌種を同時に培養するためには、培養温度を25℃±2℃の範囲とすることが好適であることがわかる。
【0041】
(試験4:DNAチップ解析試験)
実施例7で使用したM40Y培地を用いて各種カビを培養し、得られたコロニーを混合して一括してゲノムDNAを抽出し、ITS1領域をPCR法により増幅して検出対象カビが増幅産物に含まれているか否かをDNAチップにより検査した。また、DNAチップによる検査結果を検証するために、DNA配列解析を行った。具体的には、以下のようにして行った。
【0042】
まず、実施例7で使用したM40Y培地を用いた検体として、No.1からNo.60までの60個の検体を準備した。次に、エアーサンプラーを用いて、一般環境中から空気を採取し、上記各検体に吹き付けて培養した。培養は、25℃の暗所で、7日間静置させて行った。
【0043】
次に、検体ごとに、培地に生じた様々な種類のカビのコロニーを、DNA配列解析に供するために、各コロニーの一部を個別に採取し、それぞれ25℃の暗所で7−10日間分離培養を行った。
さらに、検体ごとに、培地に生じた様々な種類のカビのコロニーを一括して採取して、φ0.5mmジルコニアビーズを入れたバイアル瓶に入れ、液体窒素に浸して試料を凍結した後、振盪装置を用いて、カビの細胞を破砕した。
【0044】
次いで、検体ごとに、DNA抽出装置によりカビのゲノムDNAを抽出して、PCR法により、各カビのITS領域を増幅した。
具体的には、PCR反応液として、Ampdirect(R)(株式会社島津製作所製)を使用し、次の組成のものを20μl作成した。
1.Ampdirect addition(G/Crich) 4.0μl
2.Ampdirect(addition−4) 4.0μl
3.dNTPmixture 1.0μl
4.Cy5−dCTP 0.2μl
5.ITS1領域増幅用フォワードプライマー(10μM,配列番号1,シグマアルドリッチ社により合成) 1.0μl
6.ITS1領域増幅用リバースプライマー(10μM,配列番号2,シグマアルドリッチ社により合成) 1.0μl
7.試料のゲノムDNA 1.0μl
8.NovaTaq polymerase 0.2μl
9.水(全体が20.0μlになるまで加水)
【0045】
このPCR反応液を使用して核酸増幅装置(TaKaRa PCR Thermal Cycler Dice(R) Gradient タカラバイオ株式会社製)により、次の条件でDNAの増幅を行った。
1.95℃ 10分
2.95℃ 30秒
3.56℃ 30秒
4.72℃ 60秒(2〜4を40サイクル)
5.72℃ 10分
【0046】
DNAチップには、ジーンシリコン(R)(東洋鋼鈑株式会社製)を用い、これに配列番号3、配列番号4、配列番号5に示される塩基配列からなるプローブを固定化したものを使用した。これらは、それぞれアスペルギルス ヴィトリコラ(Aspergillus vitricola)検出用のプローブ、アスペルギルス ペニシリオイデス(Aspergillus penicillioides)検出用のプローブ、及びユーロチウム属菌(Eurotium sp.)検出用のプローブである。
【0047】
次に、PCR増幅産物に緩衝液(3×SSCクエン酸−生理食塩水+0.3%SDS)を混合して、上記DNAチップに滴下した。
このDNAチップを45℃で1時間静置し、上記緩衝液を用いてハイブリダイズしなかったPCR産物をマイクロアレイから洗い流した。
次いで、DNAチップを標識検出装置(ジーンシリコン専用スキャナー BIOSHOT東洋鋼鈑株式会社製)にかけて、各プローブの蛍光強度を測定した。その結果を図5−7に示す。
【0048】
また、検体ごとに含まれる菌種のDNA配列解析を行うため、上記のようにコロニーごとに分離培養して得られた菌種からゲノムDNAを抽出し、PCR法により増幅産物を得た。
このとき、プライマーセットは、配列番号1及び2に示される塩基配列からなるものを用いるとともに、核酸合成酵素には、TAKARA ExTaq ポリメラーゼを使用した。また、核酸増幅装置には、TaKaRa PCR Thermal Cycler Dice(R) Gradient(タカラバイオ株式会社製)を使用し、その他は上記と同様にしてPCR反応を行った。
このPCR反応により得られた増幅産物と、配列番号6及び7に示される塩基配列からなるプライマーセットをシーケンス用プライマーとして、タカラバイオ株式会社に委託し、DNAシーケンサーによりITS1領域の配列解析を行った。その結果、図5−7に示すように、各検体から最大で4菌種が確認された。
【0049】
図5−7の「DNAチップ解析(プローブ蛍光強度)」において、陽性と考えられる部分を太枠で囲っている。これらは、それぞれ「ITS配列解析により確認された検体中に含まれる菌種」において、同じ菌種が示されている。
なお、ITS配列解析により耐乾性カビ(Penicillium sp.)、及び好湿性カビ(Cladosporium sp.)が含まれていることが判明した検体No.3につき、Penicillium sp検出用プローブ及びCladosporium sp検出用プローブを固定化したDNAチップを用いて、上記と同様にして、標識検出装置により蛍光強度を測定したところ、これらの菌種(Penicillium sp.,Cladosporium sp.)の検出が確認された。
したがって、本発明のカビの検査方法により、複数種類のカビを同じ培地で同時に培養した場合に、各カビを特異的に検出できることが分かった。
【0050】
本発明は、以上の実施形態や実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内において、種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
例えば、上記実施例では、培地としてM40Yなどを用いているがこれらに限定されるものではなく、水分活性値が1.0未満、0.90以上で、且つ、糖濃度5%〜50%の固形培地のその他の固形培地を用いるなど適宜変更することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、食品製造現場や臨床現場、文化財の保護環境等におけるカビの検査に好適に利用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種類のカビを培養し、
培養された複数種類のカビを混合して、一括してゲノムDNAを抽出し、DNAチップを用いて前記複数種類のカビのそれぞれを同時かつ特異的に検出する
ことを特徴とするカビの検査方法。
【請求項2】
少なくとも好乾性カビ、耐乾性カビ、及び好湿性カビからなる群から選択される2種類以上のカビを一の培地で同時に培養し、この培養したカビのそれぞれを同時かつ特異的に検出する
ことを特徴とする請求項1記載のカビの検査方法。
【請求項3】
前記複数種類のカビを、水分活性値が1.0未満、0.90以上で、且つ、糖濃度5%〜50%の固形培地で培養することを特徴とする請求項1又は2記載のカビの検査方法。
【請求項4】
前記複数種類のカビを、25℃±2℃の温度で培養することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のカビの検査方法。
【請求項5】
前記培養した複数種類のカビを、カビの細胞壁を物理的に破砕するためのビーズを収容した容器に入れて混合し、一括してゲノムDNAを抽出することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のカビの検査方法。
【請求項6】
前記複数種類のカビが、大気中に浮遊もしくは付着したカビ胞子及び菌糸であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のカビの検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−200213(P2012−200213A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−68332(P2011−68332)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名 日本防菌防黴学会第37回年次大会要旨集 発行所 日本防菌防黴学会 発行日 平成22年9月27日
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【Fターム(参考)】