説明

カリックスアレーン誘導体を用いる希土類金属の検出法

【課題】ランタノイド系列希土類金属群に対して選択的検出能を有する材料及びランタノイド系列希土類金属群のセンシング方法の提供。
【解決手段】構造式(1)で示されるボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーンを下式に従い製造し、これとランタノイド系列希土類金属(La、Ce、Sm、Ev、Gd、Tb、Dy)のアセチルアセトナート化合物との混合液の吸収スペクトルから会合定数を算出し、この結果をふまえてこれらの金属をセンシングする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なカリックスアレーン誘導体を得ること、この誘導体を用いて、ランタノイド系列の希土類金属、とりわけディスプロニウムと反応させて、ランタノイド系列の希土類金属、とりわけディスプロニウムの濃度変化に応じて極大値のスペクトル波長が変化することを利用して、ランタノイド系列の希土類金属、とりわけディスプロニウムを高選択的にセンシングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カリックスアレーンは、アルキル基を有することのあるフェノールが、2,6位でメチレン基を介して複数個結合した環状オリゴマーの総称である。環を構成するフェノール数[n]によってカリックス(n)アレーンと表記される。カリックスアレーンの構造に注目して種々な試みが行われてきた。
【0003】
本発明者は、分子の集まりを一つの化学種とする超分子、いわゆるソフトマテリアルの創製及びその利用に鋭意努力してきた。この中でもカリックスアレーンに注目した。
カリックスアレーンはその構造により、包接機能及びカチオン捕捉機能などを有している。この性質を利用しようとするものである。
本発明者らは、1987年以降、フェノールとホルムアルデヒドの縮合によって環状オリゴマーであるカリックスアレーンを合成するにあたり、予めこれを基体とした原子および分子認識素子をできる状態として設計し、これを合成し、これを用いて原子および分子を認識することに成功した。たとえば、フェノールの数を4,6,8と変化させることでカリックス[n]アレーン誘導体はアルカリ金属イオンに選択性があること(非特許文献4)、擬平面6配位構造を有するカリックス[6]アレーン誘導体がウラニルイオンに対して大きな選択性を示す「超ウラン配位子」として機能すること見出して、その利用を明らかにした(非特許文献5)。又、新規な化合物である、5−ホルミル−17−ニトロ−25,27−ジプロポキシ−26,28−ビス(ベンジルオキシ)カリックス[4]アレーンを合成し、電子供与性の基と電子吸引性の基を1,3交互体の位置に有するものであり、これらの基を有することによりカリックス[4]アレーン化合物の誘導体として分子認識能を有する電子移動素子の特性を有する発明をした(特許文献8)。
カリックスアレーンの分野では、多くの研究者が努力を重ねており、興味深い結果が出されている。例えば、免疫測定(イムノアッセイ)用の蛍光検出試薬として、4個のカルボン酸を有する配位子誘導体(特許文献1、2)、アミド結合とアミン部位を有する配位子(特許文献3)、ピリジン環が架橋した配位子(特許文献4)、βジケトン構造が2個あるいは4個含まれる配位子(特許文献5)の報告がある。配位子からランタノイド系金属イオンへのエネルギー移動を効率良く行い、金属イオンの蛍光増幅を研究目的とするので、対象金属はユーロピウムが中心となる。カリックスアレーンは包接機能、カチオン捕捉機能などを有しており、その機能により金属類の除去、センサー化合物、ある種の臨床検査試薬などとして応用されている(特許文献7)。
カリックスアレーンを用いた分子及び原子認識は、今後も大いに研究及び実用化が進められるであろう。
【0004】
現在、希土類金属群は、ステンレス鋼、耐熱材、特殊鋼などの構造材、半導体レーザー、燃料電池、永久磁石、磁気記録素子等の電子/磁性材料、光触媒、光学ガラス、透明電極、水素貯蔵合金などの機能性材料に幅広く使われている。その重要性は各方面でも指摘されている。希土類金属群は、我が国産業分野を支える高付加価値な部材の原料であり、近年その需要が拡大している。今後もこの傾向は続くことが予想される。
希土類金属群の中で、ランタノイド系列と呼ばれる希土類金属群には、ハイブリッド自動車の駆動モータに必須なディスプロニウム、パネルガラス及びPC用ハードディスク内のガラスディスク研磨剤であるセリウム、液晶バックライト用蛍光体に必須なユーロピウム等がある。ランタノイド系列元素群の物理的・化学的性質が互いに似通っているので、資源石の状態、最終的に使用後に回収された製品であるハイエンド部材中に共存する状態で、各存在量を検出し、必要に応じて分離して取り出すことが困難な状況にある。この状況下にあって、もっとも必要とされれる技術は、高度なセンシング技術であり、できるだけ早期に確立する必要がある。
【0005】
しかしながら、これらのセンシング技術は現在未解決のまま残されている。従来のランタノイド系列金属群の配位子を利用する発明の大部分は、医療用蛍光プローブとして利用するための分子設計に関する発明である。その代表的な例を見てみると、以下の通りである。
エチレンジアミン四錯酸と5−ホルミルサリチル酸にレアメタルを配位させ、3原色の蛍光色を出す金属錯体が開示されている(特許文献6)。金属錯体の蛍光発光色スクリーニングの研究である。
アルカリ金属イオンに選択性を示すホスト化合物であるカリックス[8]アレーン誘導体が、ユーロピウム(非特許論文1)およびランタノイド2核金属(ユーロピウム・ネオジミウム、テルビウム・ネオジミウム、ユーロピウム・テルビウム)(非特許論文2)と会合する報告されている。
これらは、エネルギー移動による蛍光強度変化などの光学的特性を研究するものである。また、βおよびγシクロデキストリン誘導体が、プラセオジミウムと会合定数(logKa)3.5〜4.0で錯体を形成する報告がされている。これらの研究は、上記のランタノイド系列金属群の一連の配位子は、錯化したランタノイド系列元素の蛍光強度増幅のために分子設計されており、研究の主なねらいとするところは、配位子からランタノイド金属にエネルギーを如何に多く移動させることができるかに研究の主な点が置かれている。
我々が現在必要としている、共存する状態で、各存在量を検出し、必要に応じて分離して取り出すことについての技術は、未解決であるといわざるをえない。
【0006】
ランタノイド系列元素群は、途上国における著しい需要の拡大や、そもそも他の金属と比較して、金属自体が希少であり、代替性も著しく低く、その偏在性ゆえに特定の産出国への依存度が高いことに注目して、我が国の中長期的な安定供給確保が可能であるかということが、問題とされてきた。その結果、具体的な対策として、平成18年6月、資源エネルギー庁から報告された「非鉄金属資源の安定供給確保に向けた戦略」では、(1)探鉱開発の推進、(2)代替材料の開発等の課題のもとに解決手段が整理され、現在それぞれにおける具体的な対策が進められている。
この中にあっても、回収などに際して、ランタノイド系列金属群センシング技術は重要であると考えられるが、具体的な対策は設けられていないし、そのための準備もなされていない。
いずれにしても、ランタノイド系列金属群のランタノイド系金属イオンを選択的にセンシングしする配位子の設計及び利用に関する発明は、最も重要なテーマであり、次に必要となる分離する段階に移行することを可能にするための重要な基礎となるテーマである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−254958号公報
【特許文献2】特表2010−501481号公報
【特許文献3】特開2009−215238号公報
【特許文献4】特表2004−509075号公報
【特許文献5】特開2000−111480号公報
【特許文献6】特開2009−292748号公報
【特許文献7】特開2009−184996号公報
【特許文献8】特許第3882029号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Chemical Reviews,1998,98,2495−2525.
【非特許文献2】Inorganic Chemistry,1993,32,3306−3311.
【非特許文献3】Carbohydrate Research,2005,340, 131−138.
【非特許文献4】Bull.Chem.Soc.Jpn.,1989,62,1674−1676.
【非特許文献5】J.Am.Chem.Soc.,1987,109,6371−6376.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
発明が解決しようとする課題は、資源制約を克服し、リサイクル型経済システム構築の見地から、ハイエンド部材産業で重要な役割を果たしている特定のランタノイド系列元素をセンシング(検知)する手段となる新規な材料及びその材料を利用する新規なセンシング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、特定のランタノイド系列金属を検知できる材料及びこの利用方法を検討した。以下の二つのことを確認することにより、発明が解決しようとしている課題を解決できること本発明者らは見出した。
(1) 特定のランタノイド系列元素をセンシング(検知)する手段となる新規な材料の発明
カリックスアレーンを基体として合目的に化学修飾することにより得られる物質によりランタノイド系列金属を取り分けることできるであろうと考えた。
カリックス[4]アレーンの向かい合った2個の水酸基にプロピル基を結合させてクレフトの大きさを制御し、さらに一分子のボロンジピロメテン発光体をフェノールのパラ位に化学修飾させた配位子から成る新規な化合物である、カリックス[4]アレーンの4個の水酸基の形成するクレフトに注目し、新規化合物であるボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)を製造した。
(2) 新規な材料及びその材料を利用する新規なセンシング方法の発明
(a) 工程1 ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の溶液中に、所定量のランタノイド系列希土類金属を含むMX(Mはランタノイド系列希土類金属を表す。Xはアセチルアセトナート基を表す)を添加してボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の吸収スペクトルが、等吸収点を通って極大値が移行して吸収スペクトルは変化することを観察する工程 ディスプロニウムイオンについて吸収スペクトルを測定した(図2)。
(b) 工程2 工程1で作成した図より、このスペクトル変化から会合定数を算出する。
ディスプロニウムイオンが会合し、会合体の化学量論比が1:1であることを示しおり、
会合定数は、K=5.4×10であると算出した。
同様に他の所定量のランタノイド系列希土類金属の会合定数を算出する。
(c) 工程3 測定対象がランタノイド系列希土類金属のうちのどの希土類金属に該当するかを調べ、会合定数より希土類金属の濃度を決定する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により得られるカリックス[4]アレーン誘導体であるボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)を用いると、ランタノイド系列金属をセンシングすることができる。ハイエンド部材に使用されているランタノイド系列金属、特にディスプロニウムに対して高選択性を示す。これにより、ディスプロニウムの検知を行うことができる。希土類金属資源の乏しい我が国において、廃棄されたハイエンド部材中の希土類金属群のセンシングが可能となり、リサイクル業務の支援策に連携するので、資源制約を克服したリサイクル型経済システム構築に資する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】比較対象化合物である5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテン(4)は、25℃、ジメチルホルムアミド(DMF)中、濃度1.0×10−5Mで、505nmに極大吸収(λmax)を有する吸収スペクトルを示す。この溶液にランタノイド系金属の金属塩(MX、Xは、アセチルアセトナト(acac)官能基)を共存させても(〜3.0×10−4M)、化合物(4)の吸収スペクトルは全く変化せず、ランタノイド系金属とのセンシング相互作用は検知できなかったことを示す図である。
【図2】濃度1.0×10−5Mのボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)のDMF溶液に対して、25℃で、Dy(acac)の濃度が、2.0×10−6M、4.0×10−6M、6.0×10−6M、8.0×10−6M、1.0×10−5M、2.0×10−5M、となるように調整して、添加した。ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1))の吸収スペクトルは、等吸収点を通って極大波長が変化したことを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るランタノイド系列金属の検知方法は、カリックス[4]アレーンの合目的な化学修飾による配位子を有する化合物の設計方法及びこの配位子によるランタノイド系列金属のセンシングする方法から成る。
【0014】
本発明のランタノイド系列金属配位子を検知する化合物である、ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)は、下記構造式(1)で示される新規化合物である。
【化1】

【0015】
上記ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)は、カリックス[4]アレーンの向かい合った2個の水酸基にプロピル基を結合させてクレフトの大きさを制御し、さらに一分子のボロンジピロメテン発光体をフェノールのパラ位に化学修飾させた配位子から成る新規な化合物である。この構造体は、ランタノイド系列希土類金属と反応する。ランタノイド系金属は、イットリウム(Yb)、ディスプロニウム(Dy)、テルビウム(Tb)、ガドリニウム(Gd)、ユーロピウム(Eu)、サマリウム(Sm)、セリウム(Ce)、ランタン(La)である。特に、ディスプロニウム(Dy)が反応しやすいとされる。
【0016】
このボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)は、前記ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)は以下の2工程より製造される。
製造工程1
ジピロメタン誘導体の合成方法
ピロールと、モノホルミルカリックスアレーンより、ジピロメタン誘導体を製造する。具体的には以下の通りである。
ピロールにモノホルミルカリックスアレーン(構造式2)を溶解し、アルゴン雰囲気、遮光した状態で、トリフロロ酢酸数滴を加えて、攪拌する。反応終了後塩化メチレンを加え、水酸化ナトリウム水溶液、次いで水により洗浄する。溶媒を減圧留去した後、カラムクロマトグラフにより精製を行って、ジピロメタン誘導体(構造式3)を得る。
【0017】
製造工程2
ジピロメタン誘導体と、トリフルオロホウ酸ジエチルエーテル錯体(DDQ)より、目的とするボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)を製造する。具体的には、以下の通りである。
モノジピロメタン−カリックス[4]アレーン(構造式3)を、乾燥トルエンに溶解し、トリフルオロホウ酸ジエチルエーテル錯体(DDQ)を加えて攪拌する。トリエチルアミンとトリフルオロホウ酸ジエチルエーテル錯体を加え、さらに45分攪拌した。反応混合物に塩化メチレンを加え、有機層を水で2回洗浄した。無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を減圧留去し、カラムクロマトグラフ法(シリカゲル、塩化メチレン)で精製を行った。さらに、クロロホルムに溶解し、ヘキサンを加えて再沈殿を行った後、メタノールで洗浄を行い、橙色の粉末としてボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)(構造式1)を得る。
【0018】
製造工程1及び2を示すと以下の通りである。
【化2】

【0019】
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)を用いる、ランタノイド系金属(M)のセンシングは以下のとおりである。
センシングの対象とするランタノイド系金属(M)は以下の通りである。イットリウム(Yb)、ディスプロニウム(Dy)、テルビウム(Tb)、ガドリニウム(Gd)、ユーロピウム(Eu)、サマリウム(Sm)、セリウム(Ce)、ランタン(La)である。
中でも、ディスプロニウム(Dy)は最も良好にセンシングができる。
【0020】
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)を用いる、添加量に応じて変化するランタノイド系金属(M)の吸収スペクトルの測定は以下のようにして行う。
図2にその内容を示す。
(1) ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)について、25℃、ジメチルホルムアミド(DMF)中、Dy(acac)の濃度が0の場合には、極大吸収(λmax)の吸収スペクトルのピークは500nmで測定される。この場合に他のピークは測定されない。
(2) 次に、Dy(acac)の濃度が、2.0×10−6Mの場合には、前記の500nmでの極大吸収(λmax)の吸収スペクトルのピークは低下し始めて、次に490nm付近に次の吸収スペクトルの形成が見られる。ピークとピークの間には等吸収点が介在する。また600nm付近にピークが観測されれる。この場合もピークとピークの間には等吸収点が介在する。
(3) Dy(acac)の濃度が、4.0×10−6Mの場合には、前記の500nmでの極大吸収(λmax)の吸収スペクトルのピークは更に低下し、次に490nm付近に次の吸収スペクトルの形成が見られる。この段階で500nmでの極大吸収(λmax)の吸収スペクトルのピークは更に低下し、次に490nm付近のピークは上昇し、ほぼ同じ程度の吸収スペクトルの形成が見られる。ピークとピークの間には等吸収点が介在する。また600nm付近のピークも上昇する。
(4) Dy(acac)の濃度が、6.0×10−6Mの場合には、前記の500nmでの極大吸収(λmax)の吸収スペクトルのピークは更に低下し、次に490nm付近に次の吸収スペクトルの形成が見られる。この段階で500nmでの吸収スペクトルのピークは更に低下し、次に490nm付近のピークはさらに上昇し、次に490nm付近のピークの吸収スペクトルは極大吸収(λmax)の吸収スペクトルとなる。ピークとピークの間には等吸収点が介在する。また600nm付近のピークも更に上昇する。
(5) Dy(acac)の濃度が8.0×10−6M、1.0×10−5M、2.0×10−5Mと変化するにつれて、従来の傾向は一層顕著となり、終には500nmでの吸収スペクトルは消滅し、490nm付近のピークの吸収スペクトルは極大吸収(λmax)が顕著に増加する。ピークとピークの間には等吸収点が介在する。また600nm付近のピークも更に上昇するものの、490nm付近のピークの吸収スペクトルは極大吸収(λmax)を超えることはない。
【0021】
センシングの工程は、以下の工程1から3により行う。
【0022】
a 工程1
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の溶液中に、所定量のランタノイド系列希土類金属を含むMX(Mはランタノイド系列希土類金属を表す。Xはアセチルアセトナート基を表す)を添加してボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の吸収スペクトルが、等吸収点を通って極大値が移行して吸収スペクトルの変化を測定する工程。
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の溶液に、ランタノイド系金属の金属塩(MX、Mはランタノイド系金属を表す。Xはアセチルアセトナート(acac)を表す)の濃度を変えて(たとえば、前記したように、25℃で、Dy(acac)の濃度が、2.0×10−6M、4.0×10−6M、6.0×10−6M、8.0×10−6M、1.0×10−5M、2.0×10−5M、となるように調整する)、前記ランタノイド系金属の金属塩((MX、Mはランタノイド系金属を表す。Xはアセチルアセトナート(acac)を表す))とボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)が反応することにより、ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の吸収スペクトルは等吸収点を通り変化することが観察できる(図2)。
具体的な内容については、前に述べたとおりである。
【0023】
b 工程2
図2の表を観察すると、ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1))とディスプロニウムイオンが会合し、会合体の化学量論比が1:1であることを示していることがわる。このスペクトル変化をもとに会合定数を算出する。
会合定数については以下のとおりである。
の反応式において会合定数Kaは以下の式で求められる値とする。

【数1】

ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)とランタノイド系金属群との会合定数の算出方法の手順を示すと以下のとおりである。
会合定数は、ボロンジピロメテン−カリックスアレーン(1)(=[A])の吸収スペクトルが、共存金属イオン(=[B])の濃度を変化させることにより等吸収点を通って変化することから下式より求めた。

【数2】


【数3】


式中、OD0、DOcomp、及びODは以下のとおりである。
OD0:ボロンジピロメテンーカリックスアレーン(1)の初期の吸光度
DOcomp:飽和した時の吸光度
OD:共存金属イオンを濃度変化させたときの吸光度

図2の場合の会合定数は、K=5.4×10であると算出した。吸収スペクトル測定には、株式会社島津製作所製、UV−3101PCを使用できる。
同様にしてボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)とランタノイド系金属群との会合定数の算出結果を以下の表1にまとめた。
【表1】

【0024】
c 工程3
測定対象である未知試料の濃度変化に応じて吸収スペクトルを測定して対象となる会合定数を算出する。
なお、表1に示すDy(ディスプロニウム)は高選択性を示している。
【0025】
廃棄されたハイエンド部材中のランタノイド系レアメタルは、センシングに際して、金属塩(MX)(Xはアセチルアセトナートを表す)の状態になっているときには、そのまま用いることができる。この状態にないときには、予めアセトナートの状態としておくことが必要である。レアメタルの錯化は、弱塩基性条件下、アセチルアセトンのアルコール溶液、DMF溶液、アセトン溶液を添加することで可能となる。
【0026】
以下に本発明を実施例により詳細に説明する。本発明はこれに限定されれるものではない。
【実施例1】
【0027】
ジピロメタン誘導体(3)の合成方法
ピロール15g(0.22mmol)にモノホルミルカリックスアレーン(1.6g,2.5mmol)を溶解し、アルゴン雰囲気、遮光下トリフロロ酢酸数滴を加え30分間攪拌した。反応終了後、塩化メチレン100mlを加え、水酸化ナトリウム水溶液、次いで純水で洗浄した。溶媒を減圧留去した後、カラムクロマトグラフ(SilicagelCHCl:CHCOEt:EtN=90:10:1)により精製を行ってジピロメタン誘導体(前記の構造式3)(1.8g,92%)を得た。
【0028】
ジピロメタン誘導体の物性は以下の通りである。
mp:140−142°C
H−NMR(CDCl)d1.32(6H,t,J=7.4Hz,OCHCHCH),2.03−2.11(4H,m,OCHCHCH),3.31,3.35,4.28,4.33(each2H,d,J=12.9Hz,Ar−CH−Ar),3.97(4H,t,J=6.3Hz,OCHCHCH),5.35(1H,s,Ar−CH−(pyrrole)),5.95(2H,bs,pyrrole−H),6.16(2H,m,Ar),6.25(2H,d,J=1.6Hz,pyrrole−H),6.65(2H,d,J=1.3Hz,pyrrole−H),6.77(1H,t,J=7.4Hz,Ar),6.79−6.82(2H,m,Ar),6.86(2H,d,J=7.7Hz,Ar),6.87(2H,s,Ar),6.96,7.07(each2H,d,J=7.4Hz,Ar)7.84(2H,bs,pyrrole−NH),8.46,8.49(each1H,s,OH)
massspectrum(FAB)m/z652(M
elemental analysis,calcs for C4344・1/3HO:C,78.39%;H,6.83%;N,4.25%.
Found:C,78.54%;H,6.83%;N,3.96%.
【実施例2】
【0029】
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の合成方法
ジピロメタン誘導体(前記の構造式3)(1.1g,1.7mmol)を、乾燥トルエンに溶解し、トリフルオロホウ酸ジエチルエーテル錯体(DDQ)0.40g(1.7mmol)を加えて20分間攪拌した。トリエチルアミン1.7mL(12mmol)とトリフルオロホウ酸ジエチルエーテル錯体1.5mL(12mmol)を加え、さらに45分攪拌した。反応混合物に塩化メチレンを加え、有機層を水で2回洗浄した。無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を減圧留去し、カラムクロマトグラフ法(シリカゲル、塩化メチレン)で精製を行った。さらに、クロロホルムに溶解し、ヘキサンを加えて再沈殿を行った後、メタノールで洗浄を行い、ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)(構造式(1))を橙色の粉末としてを0.45g(43%)を得た。
【0030】
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の物性
mp:290°C(decomp.)
H−NMR(CDCl)d1.36(6H,t,J=7.4Hz,OCHCHCH),2.08−2.15(4H,m,OCHCHCH),3.42,3.47,4.34,4.39(each2H,d,J=12.9,13.2Hz,Ar−CH−Ar),4.01,4.02(each2H,t,J=6.2Hz,OCHCHCH),6.55(2H,d,J=1.7Hz,pyrrole−H),6.66(1H,t,J=7.4Hz,Ar),6.85(2H,d,J=7.5Hz,Ar),6.96−7.03(6H,m,pyrrole−H,Ar),7.08(2H,d,J=7.4Hz,Ar),7.35(2H,s,Ar),7.90(2H,bs,pyrrole−H),8.48,9.19(each1H,s,OH)
mass spectrum(FAB)m/z698(M
elemental analysis,calcsforC4341BF:C,73.93%;H,5.92%;N,4.01%.
Found:C,74.15%;H,5.83%;N,3.68%.
【実施例3】
【0031】
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)について、ディスプロニウムイオンに対してセンシングを示す状態は以下の通りである。
濃度1.0×10−5Mのボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)のDMF溶液に、25℃で、Dy(acac)の濃度が、2.0×10−6M、4.0×10−6M、6.0×10−6M、8.0×10−6M、1.0×10−5M、2.0×10−5M、となるように調整した。化合物(1)の吸収スペクトルは、等吸収点を通って変化した(図2)。これは、化合物(1)とディスプロニウムイオンが会合し、会合体の化学量論比が1:1であること示す。このスペクトル変化から会合定数(K=5.4×10)を算出した。吸収スペクトル測定には、島津社製、UV−3101PCを使用した。
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)とランタノイド系金属群との会合定数の算出結果を表1(前述)にまとめた。本発明は、Dy(ディスプロニウム)に対して高選択性を示している。
【0032】
比較例
本発明のランタノイド系列金属配位子の比較対象化合物は、5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテン(下記構造式(4)で示される化合物)を用いる。
5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテンは以下の2工程によって製造される。
(1) 5−(4−ヒドロキシフェニル)ジピロメタン(5)の合成
(2) 5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテン(4)の合成
【化3】

【0033】
5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテン(下記構造式(4)で示される化合物)は、以下のようにして製造できる。
【化4】


具体的には以下の通りである。
(1) 5−(4−ヒドロキシフェニル)ジピロメタン(5)の合成
p−ヒドロキシベンズアルデヒド1.2g(10mmol)をピロール25g(0.37mol)に溶解し、アルゴン雰囲気下15分間攪拌した。反応容器を遮光し、触媒量のトリフルオロ酢酸を加え、さらに30分攪拌した。トリエチルアミン2mlを加え、反応を停止しポンプで過剰のピロールを留去した。残さをカラムクロマトグラフ法(シリカゲル、塩化メチレン−酢酸エチル−トリエチルアミン90:10:1)で精製を行った。ポンプを用いて溶媒を留去して5−(4−ヒドロキシフェニル)ジピロメタン(5)を1.9g(81%)を得た。
5−(4−ヒドロキシフェニル)ジピロメタン(5)の物性は以下の通りである。
mp128−129°C
H−NMR(CDCl)d4.69(1H,bs,OH),5.42(1H,s,Ar−CH−(pyrrole)),5.91(2H,m,pyrrole−H),6.15(2H,q,pyrrole−H),6.69(2H,q,pyrrole−H),6.76(2H,d,J=8.8Hz,Ar−H),7.08(2H,d,J=8.8Hz,Ar−H),7.92(2H,bs,NH);
mass spectrum(FAB)m/z238(M
Precise Mass m/z238.1095(C1514O238.1106)
elemental analysis,calcs forC1514O:C,75.61%;H,5.92%;N,11.76%.
Found:C,75.62%;H,5.88%;N,11.68%.
(2) 5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテン(4)の合成
5−(4−ヒドロキシフェニル)ジピロメタン(5)1.2g(5.2mmol)を乾燥トルエン50mlに溶解しアルゴン雰囲気下10分間攪拌した。この溶液にDDQ1.2g(5.2mmol)加え、20分間攪拌を続けた。トリエチルアミン5.1ml、トリフルオロボランジエチルエーテル錯体4.5mlを加え、さらに45分間攪拌を続けた。この反応溶液に塩化メチレンを100ml加え、水で洗浄し、溶媒を減圧留去した。残さをカラムクロマトグラフ法(シリカゲル、塩化メチレン)で2度精製を行った。ヘキサンで再沈殿を行いオレンジ色の粉末として化合物(4)を500mg(42%)得た。
5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテン(4)の物性
mp176−178°C
H−NMR(CDCl)d5.40(1H,bs,OH),6.55(2H,d,J=4.0Hz,pyrrole−H),6.99(2H,d,J=8.4Hz,Ar−H),7.49(2H,d,J=8.4Hz,Ar−H),7.93(2H,bs,pyrrole−H)
mass spectrum(FAB)m/z284(M
PreciseMassm/z284.0929(C1512BFO284.0932)
比較例2
【0034】
比較対象化合物である5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテンではランタノイド系金属の金属塩に対してセンシング作用を示さないことを示す事実は以下の通りである。
比較対象化合物である5−(4−ヒドロキシフェニル)‐ボロンジピロメテン(4)は、25℃、ジメチルホルムアミド(DMF)中、濃度1.0×10−5Mで、505nmに極大吸収(λmax)を有する吸収スペクトルを示した。この溶液にランタノイド系金属の金属塩(MX、Xは、アセチルアセトナート基を示す)を共存させても(〜3.0×10−4M)、化合物(4)の吸収スペクトルは全く変化せずレアメタルとのセンシング相互作用は検知できなかった(図1)。
【産業上の利用可能性】
【0035】
ランタノイド系列金属群のランタノイド系金属イオンを選択的にセンシングし、分離することを可能にする配位子の設計に新たな提案を行い、これらの方法を追求することにより、問題の解決に近づけることができる。また、ランタノイド系金属イオンの分離回収が可能となる方法につなげることも期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)。
【化1】

【請求項2】
ピロールとモノホルミルカリックスアレーン(構造式(2))より、モノジピロメタン−カリックス[4]アレーン(構造式(3))を製造し、次にモノジピロメタン−カリックス[4]アレーン(構造式(3))とトリフルオロホウ酸ジエチルエーテル錯体(DDQ)より、ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)(構造式(1))を製造することを特徴とするボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の製造方法。
【化2】

【請求項3】
アルカリ金属イオンあるいはアルカリ土類金属イオンが存在するボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の溶液に、ランタノイド系列希土類金属であるMX(Mはランタノイド系列希土類金属を表す。Xはアセチルアセトナート基を表す)を添加することにより、ボロンジピロメテン−カリックス[4]アレーン(1)の吸収スペクトルを算出し、この吸収スペクトルより会合定数を算出しておき、未知試料についても同様にして会合定数を算出し、これをもとに、未知試料の濃度を算出することを特徴とするランタノイド系列希土類金属のセンシング方法。
【請求項4】
請求項3記載のランタノイド系列希土類金属は、ディスプロニウムであることを特徴とするディスプロニウムのセンシング方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−82178(P2012−82178A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231193(P2010−231193)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(508240753)三協興産株式会社 (2)
【Fターム(参考)】