説明

カルシウムの定量方法、およびカルシウム定量キット

【課題】カルシウム濃度が高い試料液であっても高い感度での試料液中のカルシウム濃度の測定を可能とすること。
【解決手段】試料液と、キレート剤とカルシウム受容発光蛋白質とからなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定する。濃度既知のカルシウム溶液、カルシウム受容発光蛋白質、およびキレート剤を有するカルシウム定量キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルシウム受容発光蛋白質を用いたカルシウムの定量方法、およびその定量方法に用いるカルシウム定量キットに関する。
【背景技術】
【0002】
飲料水や天然に存在する水は、様々なガスや、化合物およびその塩などを含む。水に含まれる成分の中でもカルシウムは、水そのものの味や、水を用いた食品、料理の味にあたえる影響が大きい。また、カルシウム含有割合の高い水を通水する用水ラインには、カルシウムが沈着し易い。このカルシウムの沈着は用水ラインが詰まる原因や、用水ラインにおける微生物繁殖の原因となることがある。
【0003】
前述のように、カルシウム含有割合の高い水は様々な場面で大きな影響を及ぼすことから、水のカルシウム濃度を測定することは重要である。カルシウム濃度は、様々な方法で測定されている。たとえば、日本工業規格JIS K0101(工業用水試験法)においては、キレート滴定法、フレーム原子吸光法、およびICP発光分光分析法が採用されているが、生化学的反応を利用したカルシウムの定量方法としては、カルシウム受容発光蛋白質を用いた方法が知られている。(たとえば、非特許文献1を参照)
【0004】
カルシウム受容発光蛋白質はカルシウムイオンと特異的に反応し、瞬間発光する蛋白質である。具体的に、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシンおよびベルボイン等が知られている。また、それらカルシウム受容発光蛋白質の遺伝子は、すでに単離され、遺伝子組換体発光蛋白質の調製も可能となっている。これらのカルシウム受容発光蛋白質のカルシウムイオンに対する感受性は非常に高く(10−7〜10−5M カルシウムイオン濃度)、その発光感度もまた、市販の検出装置における検出限界が1ピコグラム以下と非常に高いものである。そのため、カルシウム受容発光蛋白質は、前述のような特徴を活かし、細胞内カルシウムや血液中の微量カルシウムイオンの検出、定量に用いられている。(たとえば、非特許文献2を参照)
【0005】
カルシウム受容発光蛋白質の代表例は、発光オワンクラゲ(Aequorea aequorea)などから得られるイクオリン(Aequorin)である。イクオリンは、アポ蛋白質であるアポイクオリン(Apoaequorin)と、発光基質に相当するセレンテラジン(Coelenterazine)と、分子状酸素とが複合体を形成した状態で存在している。イクオリン分子にカルシウムイオンが結合すると、青色(極大波長460nm)の光を瞬間発光し、セレンテラジンの酸化物であるセレンテラミド(Coelenteramide)と二酸化炭素を生成する。また、他のカルシウム受容発光蛋白質も同様なメカニズムで発光する。
【0006】
カルシウム受容発光蛋白質を用いたカルシウムの定量において、カルシウムの検出可能な濃度範囲は10−7〜10−5Mと非常に低い。この方法で一般生活水のカルシウムイオン(10−5〜10−1M)を測定するためには、サンプルをカルシウムフリーの液体で希釈する必要があった。したがって、サンプルのカルシウム濃度によっては、カルシウム受容発光蛋白質を用いたカルシウムの定量方法は実用的であるとは言い難い場合があった。
【非特許文献1】Shimomura, O et al. , Cell Calcium 14 (1993) 373-378
【非特許文献2】Blinks, J. R., Wier, W. G., Hess, P., and Prendergast, F.G., Prog. Biopys. Mol. Biol. 40: 1-114
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記状況において、例えば、カルシウムの検出可能な濃度範囲が広い、高感度である、などの特性を有する生物化学的手法によるカルシウムの定量方法が望まれていた。また、そのような生物化学的手法によるカルシウムの定量方法を実施するためのキットが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、試料液と、キレート剤とカルシウム受容発光蛋白質とからなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定することにより、カルシウム濃度が高い試料液であっても高い感度で試料液中のカルシウム濃度が測定できることを見出した。すなわち、本発明においては、カルシウムに対するキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質との競合反応の原理を利用することにより、濃度の高い試料液中のカルシウム濃度測定を可能にするものである。本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は下記カルシウムの定量方法、およびカルシウム定量キットを提供する。
(1)試料液と、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定することを特徴とする、カルシウムの定量方法。
(2)2以上の濃度の異なる濃度既知のカルシウム溶液をそれぞれ複数調製し、これらのカルシウム溶液と、1つのカルシウム濃度において、最終的に複数かつ任意のキレート剤濃度となるように調製した、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定して得られたデータを用いて作成された標準曲線を用いることを特徴とする、前記第1項に記載のカルシウムの定量方法。
(3)試料液と、試料液のキレート剤の濃度が最終的に標準曲線の作成において設定した濃度の何れか1種以上になるように調製した、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定して得られたデータを標準曲線と照合することを特徴とする、前記第2項に記載のカルシウムの定量方法。
(4)カルシウム溶液のキレート剤濃度が1.5×10−4M以上である、前記第2項または第3項に記載のカルシウムの定量方法。
(5)発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質との混合物である、前記第1項から第4項のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
(6)発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質の混合溶液である、前記第1項から第4項に記載のカルシウムの定量方法。
(7)カルシウム受容発光蛋白質がイクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボイン、およびその変異体より選択される、前記第1項から第6項のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
(8)キレート剤がエチレンジアミン四酢酸またはその塩である、前記第1項から第7項のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
(9)試料液と、1つの試料液において、最終的に複数かつ任意のキレート剤濃度となるように調製した、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際の発光の有無を検知することを特徴とする、カルシウムの定量方法。
(10)発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質との混合物である、前記第9項に記載のカルシウムの定量方法。
(11)発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質の混合溶液である、前記第10項に記載のカルシウムの定量方法。
(12)カルシウム受容発光蛋白質がイクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボイン、およびその変異体より選択される、前記第9項から第11項のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
(13)キレート剤がエチレンジアミン四酢酸またはその塩である、前記第9項から第12項の何れか1項に記載のカルシウムの定量方法。
(14)前記第1項から第13項の何れか1項に記載のカルシウムの定量方法のためのキットであって、濃度既知のカルシウム溶液、カルシウム受容発光蛋白質、およびキレート剤を有する、カルシウム定量キット。
(15)前記第1項から第13項の何れか1項に記載のカルシウムの定量方法のためのキットであって、濃度既知のカルシウム溶液、および、キレート剤濃度の異なる、キレート剤とカルシウム受容発光蛋白質とを含有する複数の水溶液を有する、カルシウム定量キット。
(16)キレート剤とカルシウム受容発光蛋白質とを含有する複数の水溶液の各キレート剤濃度が10−3M〜10−1Mの範囲である、前記第15項に記載のカルシウム定量キット。
(17)カルシウム受容発光蛋白質がイクオリンである、前記第14項から第16項の何れか1項に記載のカルシウム定量キット。
(18)キレート剤がエチレンジアミン四酢酸またはその塩である、前記第14項から17項の何れか1項に記載のカルシウム定量キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明のカルシウムの定量方法は、カルシウム濃度が高い試料液であっても、希釈する必要なく、高い感度で試料液中のカルシウム濃度が測定できる、などの効果を有する。本発明のカルシウム定量キットは、これを用いれば本発明のカルシウムの定量方法を容易に実施することができる、などの効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明の実施の形態において実施例を挙げながら具体的かつ詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0012】
1.カルシウムの定量方法(1)
本発明の定量方法においては、試料液またはカルシウム溶液と、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質(以下「発光蛋白」ということがある。)からなる発光剤とを混合し、その際に発光する光の発光強度を測定する。発光剤はキレート剤と発光蛋白との混合物であってもよく分離された状態であっても良い。キレート剤と発光蛋白とが分離された状態である場合には、試料液またはカルシウム溶液とキレート剤と発光蛋白とを同時に混合することが好ましい。
【0013】
本発明において発光剤はキレート剤と発光蛋白との混合物または混合溶液であることが好ましい。発光剤が混合物または混合溶液である場合には、キレート剤と発光蛋白を同時に添加することが容易である。発光剤が混合物または混合溶液である場合には、混合物または混合溶液を試料液またはカルシウム溶液に添加、混合してもよく、その逆に、試料液またはカルシウム溶液に混合物または混合溶液を添加、混合してもよい。
なお、本発明に使用する発光剤は、本発明の効果を損なわない範囲であれば、キレート剤、発光蛋白以外にも必要に応じそれ以外の成分を含んでも良い。
【0014】
本発明であれば、カルシウムに対するキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質との競合反応の原理を利用することで、カルシウム濃度が高い試料液であっても、希釈する必要なく、高い感度で試料液中のカルシウム濃度を定量することができる。また、添加の際、試料液またはカルシウム水溶液は静置状態であっても攪拌状態であっても良い。
【0015】
本発明における好ましいカルシウムの定量方法について具体的に説明する。
(1)使用する材料
発光蛋白は、カルシウムと特異的に反応して発光する蛋白質であれば特に限定されるものではない。具体的には、イクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、およびベルボインなどである。本発明においては、天然由来または組換え蛋白質の何れであっても使用することができる。さらに、組換え蛋白質の中で、遺伝子への変異導入により、熱安定性などの機能を付与した組換え蛋白質も使用できる。その中でも、安定した供給が可能である点などを考慮すると、組換えイクオリンが特に好ましい。
【0016】
アポ蛋白質および分子状酸素と共に複合体を形成する発光基質は、特に限定されるものではないが、具体的には、セレンテラジン、h−セレンテラジン、f−セレンテラジン、cl−セレンテラジン、n−セレンテラジン、cp−セレンテラジン、ch−セレンテラジン、fb−セレンテラジン、hch−セレンテラジン、fch−セレンテラジン、e−セレンテラジン、ef−セレンテラジン、ech−セレンテラジン、hcp−セレンテラジンなどが挙げられる。そのうち、測定可能な濃度範囲と発光強度などを考慮すると、セレンテラジンが好ましい。
【0017】
キレート剤は、カルシウムイオンに配位してキレート化合物をつくる多座配位子であれば、何れのものであっても本発明に使用することができる。具体的には、エチレンジアミン四酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸、ジヒドロキシエチルエチレンジアミン二酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン−N,N,N´,N´−四酢酸、1,3−プロパンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、ニトリロ三酢酸、グルコン酸ナトリウム、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、L−アスパラギン酸−N,N−二酢酸、ジカルボキシメチルグルタミン酸四ナトリウム塩、ジヒドロキシエチルグリシン、アミノトリメチレンホスホン酸、ヒドロキシエタンホスホン酸、およびそれらの塩などである。
【0018】
その中でもカルシウムに対するキレート安定度定数を考慮すると、エチレンジアミン四酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン−N,N,N´,N´−四酢酸、およびそれらの塩などが好ましく、特に好ましくはエチレンジアミン四酢酸およびその塩(「EDTA」ということがある。)である。
【0019】
本発明に使用されるカルシウム標準液に用いるカルシウム塩は、精度よく検出、定量できれば特に限定されるものではない。吸湿性による秤量時の精度や水に対する溶解性、人体への有害性等を考慮すると、炭酸カルシウム、塩化カルシウム、リン酸水素カルシウムなどが好ましい。
【0020】
発光剤が水溶液である場合、その水溶液はpH5.0〜9.0で緩衝作用が発揮される緩衝液であることが好ましい。具体的には、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸緩衝液、四ホウ酸緩衝液、コハク酸緩衝液、ジエチルバルビツル酸緩衝液、Britton−Robinsonの広域緩衝液、2,4,6−トリメチルピリジン緩衝液、2−アミノメチル−1,3−プロパンジオール緩衝液、MOPS緩衝液などである。
【0021】
発光剤が水溶液である場合の発光蛋白の濃度は、カルシウム濃度依存的に発光強度が上昇し、発光強度のダイナミックレンジが大きく、カルシウム濃度が高い試料であってもオーバーレンジにならない範囲であれば特に限定されない。発光剤水溶液中の発光蛋白の濃度は50〜1000ng/mlの範囲であることが好ましく、より好ましくは100〜700ng/mlの範囲である。
【0022】
その際、試料液またはカルシウム溶液の分注量が多いと、発光剤水溶液と混合した時の発光強度が強すぎて正確な強度値が得られない場合がある。また、試料液またはカルシウム溶液の分注量が少なすぎると、濃度依存的な定量ができなくなる場合がある。
更に、発光剤水溶液の量が多いと、発光強度が強すぎてオーバーレンジになる場合があり、逆に少ないと、感度よく発光強度値が得られない場合がある。
発光剤水溶液に含まれる発光蛋白質の濃度にもよるが、高いカルシウム濃度の試料液でもオーバーレンジにならず、低いカルシウム濃度でも感度よく定量できるため、添加する発光剤水溶液の割合は、発光剤水溶液と分注したカルシウム溶液または試料液の合計量に対して5〜50容量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは10〜30容量%の範囲である。
【0023】
(2)カルシウムの定量
本発明のカルシウムの定量方法のうち、発光剤水溶液を用いた場合について具体的に説明する。なお、本発明のカルシウムの定量方法は下記の方法に限定されるものではない。
1)標準曲線の作成方法
濃度既知のカルシウム溶液を希釈し、2以上の異なる任意の濃度のカルシウム溶液を調製する。1つのカルシウム濃度において複数かつ任意のキレート剤濃度のカルシウム溶液ができるよう、カルシウム溶液に発光剤の水溶液を添加する。発光剤水溶液には発光蛋白が含まれているので、カルシウム溶液に発光剤水溶液を添加すると、添加直後、種類によっても異なるが発光蛋白は450〜480nmの光を発光する。この光の最大発光強度を測定し、得られたデータに基づき標準曲線を作成する。
【0024】
カルシウム溶液のカルシウム濃度は特に限定されるものではなく、試料液のカルシウム濃度が作成した標準曲線上に入る濃度であれば何れの濃度であっても良い。発光蛋白とカルシウムの結合定数及び測定する試料液中のカルシウム濃度を考慮すると、カルシウム溶液のカルシウム濃度は10−9〜10−1Mの範囲であることが好ましい。
【0025】
カルシウム溶液中のキレート剤濃度は、カルシウム溶液中のカルシウム濃度の制約を受ける。したがって、当該キレート剤濃度は特に限定されるものではない。用いるキレート剤とカルシウム塩の種類によっても、カルシウム溶液のカルシウム濃度とキレート剤濃度との関係は異なり、一義的に特定することはできない。濃度既知のカルシウム溶液が塩化カルシウム二水和物の溶液であり、キレート剤がEDTAである場合のカルシウム濃度とキレート剤濃度との関係の具体例を表1に示す。無論、本発明は表1の記載に限定されるものではない。
【0026】
【表1】

表1は、添加したキレート剤の終濃度に対して、発光蛋白を添加しても発光が認められない、最大のカルシウム濃度を示している。後述のカルシウム濃度の簡易な定量方法は、この発光の有無で、試料液に含まれるカルシウムの濃度範囲を定量することを利用している。
【0027】
なお、キレート剤の濃度は、発光剤水溶液等の調製に使用する水に元々含有しているカルシウムを封鎖できる濃度以上である必要がある。更に、そのカルシウムを封鎖できる濃度以上のキレート剤を添加することで、カルシウム溶液や試料液中の、より高濃度なカルシウムに影響を及ぼすことができ、カルシウムイオンの検出可能な濃度範囲を広げることができる。これらの理由から、添加するキレート剤濃度は、10−6M以上であることが好ましく、特に好ましくは、10−5M以上である。
【0028】
最大発光強度の測定方法、ならびに測定装置は特に限定されるものではないが、具体的には、カルシウム溶液または試料液を96穴プレートやチューブに分注し、これにキレート剤濃度の異なる発光剤水溶液を添加し、ルミノメーター等の発光測定装置にて、生じる発光強度を測定する方法や、キレート剤濃度の異なる発光剤水溶液を96穴プレートやチューブに分注し、これにカルシウム溶液または試料液を添加し、ルミノメーター等の発光測定装置にて、生じる発光強度を測定する方法等が挙げられる。本発明のカルシウムの定量方法において、一度に多検体を処理するためには、発光剤水溶液を注入するための注入ポンプが付随した発光プレートリーダーを用いて測定することが好ましい。
【0029】
2)試料液中のカルシウム濃度の求め方
本発明においては、試料液についても標準曲線の作成時と同様に、試料液に発光剤水溶液を添加、混合し、その際に発する光の最大発光強度を測定する。本発明においては、この測定結果を前述の標準曲線と照合することにより、試料液のカルシウム濃度を求めることができる。
【0030】
試料液と発光剤水溶液とを混合した後のキレート剤濃度は特に限定されるものではないが、カルシウム濃度を高い精度で知る必要がある場合には、当該キレート剤の濃度は、標準曲線の作成において設定した濃度の何れかになるようにすることが好ましい。通常、試料液のカルシウム濃度をあらかじめ予測することは困難であるため、1つの試料液あたり標準曲線作成時に設定したすべてのキレート剤濃度のものを設定し、これらについて最大発光強度を測定し、その測定結果を前述の標準曲線と照合することが特に好ましい。
【0031】
2.カルシウムの定量方法(2):簡易な測定方法
本発明は、試料液に発光剤を混合しその際の発光の有無により、カルシウム標準曲線を作成しなくても、試料液に含まれるカルシウムの濃度範囲を簡易に定量する方法を提供するものである。
【表1】

表1は、添加したキレート剤の終濃度に対して、発光蛋白を添加しても発光が認められない、最大のカルシウム濃度を示している。本発明は、この現象を利用し発光の有無で試料液に含まれるカルシウムの濃度範囲を定量するものである。
【0032】
【表2】

発光有…○、発光無…×
表2は各キレート剤濃度において、発光が確認されたカルシウム濃度範囲を示している。このように、発光の有無で、カルシウム標準曲線を作成することなく、試料液中に含まれるカルシウムの濃度範囲を定量できる。
【0033】
3.カルシウム定量キット
本発明のカルシウム定量キットは、濃度既知のカルシウム溶液、発光蛋白、およびキレート剤を有する、本発明のカルシウムの定量方法のためのキットである。カルシウム溶液、発光蛋白、キレート剤に関しては前述のとおりである。
【0034】
本発明のキットにおいては、キレート剤と発光蛋白は、それらの水溶液であることが好ましい。前述のように標準曲線作成の際には、複数のキレート剤濃度のカルシウム溶液を設定する。キレート剤と発光蛋白の水溶液は、カルシウム溶液または試料液に添加した後のキレート剤濃度が前述の範囲になるよう、予めキレート剤の濃度が調製されたものであることが好ましい。さらに、本発明のキットはキレート剤濃度の異なる当該水溶液を複数種類有することが好ましい。キレート剤と発光蛋白の水溶液のキレート剤濃度は、10−5〜10−1Mの範囲であることが好ましい。
【0035】
また、キレート剤と発光蛋白の水溶液は、本発明のカルシウムの定量方法と同様に、pH5.0〜9.0で緩衝作用が発揮される緩衝液であることが好ましい。
【0036】
以下実施例を用いて本発明を詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものでない。
【実施例1】
【0037】
(1)カルシウム標準曲線の作成
1)カルシウム標準液の調製
塩化カルシウム2水和物(和光純薬社製)1.47gを50mM Tris−HCl(pH7.6)10mlに溶解し、1M 塩化カルシウム溶液を作製した。この1M 塩化カルシウム溶液を1ml取り、9mlの50mM Tris−HCl(pH7.6)で希釈して10−1M 塩化カルシウム溶液を作製し、同様に10−1M 塩化カルシウム溶液を10倍希釈して、10−2M 塩化カルシウム溶液を調製した。
炭酸カルシウム標準液(和光純薬社製)1mlを50mM Tris−HCl(pH7.6)9mlに溶解し、10−3M 炭酸カルシウム溶液を調製した。
得られた10−3M 炭酸カルシウム溶液を1ml取り、50mM Tris−HCl(pH7.6)9mlに加えて、10−4M 炭酸カルシウム溶液を調製した。更に10−5M カルシウム溶液を3ml取り、50mM Tris−HCl(pH7.6)6mlに加えて、3×10−4M 炭酸カルシウム溶液を調製した。
得られた10−4M 炭酸カルシウム溶液を1ml取り、50mM Tris−HCl(pH7.6)9mlに加えて、10−5M 炭酸カルシウム溶液を調製した。更に10−4M 炭酸カルシウム溶液を3ml取り、50mM Tris−HCl(pH7.6)6mlに加えて、3×10−5M 炭酸カルシウム溶液を調製した。
上記のように順次希釈系列を作製し、10−3M〜3×10−9Mカルシウム標準液を調製し、それぞれを各1mlチューブに入れ、カルシウム標準液としてキット化した。
【0038】
2)イクオリン溶液の作製
1.2M 硫酸アンモニウムと0.1mM EDTAを含む50mM Tris−HClに溶解された1.45mg/mlの組換えイクオリン(チッソ社製)100μlを、10−5M EDTA、0.1%牛血清アルブミン(生化学工業社製、以下BSAと表記)、150mM NaClを含む20mM Tris−HCl(pH7.6)900μlにて希釈。これをイクオリン濃縮液として、キット化した。
別に10−5M、10−4M、10−3、10−2、10−1M と濃度の異なるEDTAを含有する0.1%BSA、150mM NaClを含む20mM Tris−HCl(pH7.6)を各20ml準備して、これをイクオリン希釈緩衝液としてキット化した。
このイクオリン濃縮液4μlをイクオリン希釈緩衝液10mlに加えてイクオリン溶液を作製した。
このイクオリン溶液をチューブに2μl入れ、発光測定装置AB−2200(アトー社製)にセットし、50mM CaClを含む50mM Tris−HCl(pH7.6)を注入して発光強度を5秒間測定し、最大発光強度値を求めた。あらかじめ同装置にて作成したイクオリン標準曲線よりイクオリン濃度を算出したところ、500ng/mlであった。
【0039】
3)カルシウム標準曲線の作成
上記のように作製したカルシウム標準液を96穴マイクロプレート(Nunc、#236108)に50μl/ウェル分注し、発光プレートリーダーCentro LB960(Berthold社製)にて、各EDTA濃度のイクオリン溶液を10μl/ウェル注入して発光強度を10秒間測定し、最大発光強度値(Imax)で示した。
得られたImaxから、各EDTA濃度のイクオリン溶液毎に、カルシウム標準曲線を作成した。
【実施例2】
【0040】
試料液のカルシウムイオン定量
神奈川県横浜市金沢区内の水道水をサンプリングし、50μl/ウェル分注し、発光プレートリーダーCentro LB960(Berthold社製)にて、10−3M EDTAを含むイクオリン溶液を10μl/ウェル注入して発光強度を10秒間測定し、最大発光強度値(Imax)で示した。
図1に各EDTA濃度におけるカルシウム標準曲線を示し、各EDTA濃度におけるイクオリンによるカルシウムの検出可能な濃度範囲を表3に示した。10−5M EDTA時の検出可能なカルシウム濃度範囲は10−7〜3×10−6M、同様に10−4M EDTAは3×10−7〜10−5M、10−3M EDTAは10−6〜10−4M、10−2M EDTAは3×10−5〜10−3M、10−1M EDTAは3×10−4〜10−2Mであり、EDTA濃度を変えることで、イクオリンによる検出可能なカルシウム濃度範囲が10−7〜10−2M まで広がった。
10−3M EDTAを含有するイクオリン溶液で、水道水中のカルシウムを測定したところ、Imaxは26056を示し、作成した標準曲線より、8×10−5M のカルシウムが含まれることが示唆された。
【表3】

【実施例3】
【0041】
簡易なカルシウムの定量
神奈川県横浜市金沢区内の水道水をサンプリングし、50μl/ウェル分注し、発光プレートリーダーCentro LB960(Berthold社製)にて、10−5、10−4、10−3、10−2、10−1M EDTAを含むイクオリン溶液を10μl/ウェル注入して発光強度を10秒間測定し、発光の有無を観察した。
表4に各キレート剤濃度における、発光の有無を示した。EDTA濃度10−2Mまでは、発光が確認できたが、10−1Mでは発光は見られなかった。該水道水中には、3×10−6以上10−4M未満のカルシウム濃度が含まれていることが示唆された。
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、試料液と、キレート剤とカルシウム受容発光蛋白質とからなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定することにより、カルシウム濃度が高い試料液であっても高い感度での試料液中のカルシウム濃度の測定を可能とするものである。
【0043】
また、カルシウム標準液と、カルシウム受容発光蛋白質濃縮液と適当な濃度のキレート剤を含むカルシウム受容発光蛋白質希釈緩衝液をキット化することにより、カルシウム受容発光蛋白質を用いて、簡易に10−7〜10−2M と広範囲にわたるカルシウム濃度を検出または定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、各EDTA濃度におけるカルシウム標準曲線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液と、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定することを特徴とする、カルシウムの定量方法。
【請求項2】
2以上の濃度の異なる濃度既知のカルシウム溶液をそれぞれ複数調製し、これらのカルシウム溶液と、1つのカルシウム濃度において、最終的に複数かつ任意のキレート剤濃度となるように調製した、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定して得られたデータを用いて作成された標準曲線を用いることを特徴とする、請求項1に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項3】
試料液と、試料液のキレート剤の濃度が最終的に標準曲線の作成において設定した濃度の何れか1種以上になるように調製した、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際に発光する光の発光強度を測定して得られたデータを標準曲線と照合することを特徴とする、請求項2に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項4】
カルシウム溶液のキレート剤濃度が1.5×10−4M以上である、請求項2または3に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項5】
発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質との混合物である、請求項1から4のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項6】
発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質の混合溶液である、請求項1から4のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項7】
カルシウム受容発光蛋白質がイクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボイン、およびその変異体より選択される、請求項1から6のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項8】
キレート剤がエチレンジアミン四酢酸またはその塩である、請求項1から7のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項9】
試料液と、1つの試料液において、最終的に複数かつ任意のキレート剤濃度となるように調製した、キレート剤かつカルシウム受容発光蛋白質からなる発光剤とを混合しその際の発光の有無を検知することを特徴とする、カルシウムの定量方法。
【請求項10】
発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質との混合物である、請求項9に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項11】
発光剤がキレート剤とカルシウム受容発光蛋白質の混合溶液である、請求項9に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項12】
カルシウム受容発光蛋白質がイクオリン、オベリン、クライチン、マイトロコミン、ミネオプシン、ベルボイン、およびその変異体より選択される、請求項9から11のいずれか1項に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項13】
キレート剤がエチレンジアミン四酢酸またはその塩である、請求項9から12の何れか1項に記載のカルシウムの定量方法。
【請求項14】
請求項1から13の何れか1項に記載のカルシウムの定量方法のためのキットであって、濃度既知のカルシウム溶液、カルシウム受容発光蛋白質、およびキレート剤を有する、カルシウム定量キット。
【請求項15】
請求項1から13の何れか1項に記載のカルシウムの定量方法のためのキットであって、濃度既知のカルシウム溶液、および、キレート剤濃度の異なる、キレート剤とカルシウム受容発光蛋白質とを含有する複数の水溶液を有する、カルシウム定量キット。
【請求項16】
キレート剤とカルシウム受容発光蛋白質とを含有する複数の水溶液の各キレート剤濃度が10−3M〜10−1Mの範囲である、請求項15に記載のカルシウム定量キット。
【請求項17】
カルシウム受容発光蛋白質がイクオリンである、請求項14から16の何れか1項に記載のカルシウム定量キット。
【請求項18】
キレート剤がエチレンジアミン四酢酸またはその塩である、請求項14から17の何れか1項に記載のカルシウム定量キット。

【図1】
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【公開番号】特開2008−96190(P2008−96190A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−276402(P2006−276402)
【出願日】平成18年10月10日(2006.10.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、独立行政法人 医薬基盤研究所基盤研究推進事業、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】