説明

カルシウムの抑制による疾患を治療および/または予防するための薬剤の製造のための高分子量細胞外ヘモグロビンの使用

本発明は、カルシウムの抑制による疾患の治療および/または予防のための薬剤を製造するための高分子量細胞外ヘモグロビンの使用に関する。好都合には、細胞外ヘモグロビンは、環形動物から得られる。特に、本発明は、高血圧、狭心症などのアンギナ、レーノー病、動脈症、頻脈、血管痙攣、虚血、心筋梗塞、鬱血性心不全、不整脈または脳血管障害などの心血管疾患を治療および/または予防する薬剤を製造するための高分子量細胞外ヘモグロビンの使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルシウムの抑制による疾患の治療および/または予防のための薬剤の製造を目的とする高分子量細胞外ヘモグロビンの使用に関する。好都合なことには、細胞外ヘモグロビンは環形動物から得られる。特に、本発明は、高血圧、狭心症などのアンギナ、レーノー病、動脈症、頻脈、血管痙攣、虚血、心筋梗塞、鬱血性心不全、不整脈または脳血管障害のような心血管疾患を治療および/または予防するための薬剤の製造を目的とする高分子量細胞外ヘモグロビンの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
高血圧などの循環器疾患の有効な治療法が、世界中で問題となっている。仏国では、14百万人を上回る人々が高血圧に罹っている。米国では、約65百万の米国成人であって、ほぼ3人に1人が高血圧である。一旦高血圧になると、それは通常は一生涯続くのである。
【0003】
高血圧または高血圧症は、通常は症状がないので、「静かな殺人者」と呼ばれている。人々の中には、心臓、脳または腎臓に問題が起きるまで高血圧にかかっていることに気付かないことがある。仏国では、国民の73%しか実際に自分の健康状態を知っていない。しかしながら、高血圧が見つからないで、治療されないと、心不全、心臓発作、脳卒中、腎不全、梗塞、卒中(apoplexy)、または脳虚血性発作などの極めて重篤な障害を引き起こす可能性がある。
【0004】
高血圧に罹っている多くの人々では、単一の特定原因は知られていない。幾人かの人々では、高血圧は別の医学的問題や薬物療法の結果である。多くの場合には、多くの人々は年をとると高血圧になる。60歳以上の全米国人の半数以上が、高血圧である。その上、太りすぎであり、健康食を摂らず(例えば、塩分を多く摂ったりアルコールを多量に飲み過ぎる人々)、運動をせず、多量の喫煙をしたり、または高血圧の家系を有する人々は、高血圧になる可能性も高くなる。
【0005】
血圧薬は、様々な方法で血圧を低くする働きをする。利尿薬、β-遮断薬、α-遮断薬、アンギオテンシン変換酵素阻害薬、アンギオテンシンII受容体遮断薬、カルシウムチャンネル遮断薬、神経系阻害薬、または血管拡張薬のような幾つかの種類の薬剤を高血圧の治療に用いることができる。詳細には、カルシウムチャンネル遮断薬は、カルシウムが心臓および血管の筋細胞に入るのを抑制する。その結果、血管が弛緩し、血液および酸素の心臓への供給が増加し、心臓の作業負荷は減少する。血圧は、通常はこのようにして低下する。
【0006】
しかしながら、多くの場合には、高血圧の治療には2種類以上の薬剤が必要である。その上、一般の高血圧薬は、長期間投与する必要がある。また、薬剤が通常は血圧を制御していても、治癒することができないことが多い。
【0007】
更に、通常の高血圧薬は、呼吸困難、咳または喘鳴、不整脈または心悸亢進、皮膚発疹、徐脈、踝、足または下肢の浮腫、便秘、下痢、紅潮および熱感、頭痛、異常な疲労または脱力のような幾つかの望ましくない副作用を引き起こすことが多い。
【0008】
例えば、カルシウムチャンネル遮断薬であるフルナリジンは、嗜眠状態や食欲亢進および/または体重増加を引き起こす可能性がある。ベプリジルおよびニフェジピンは、悪心や眩暈感または立ちくらみを引き起こす可能性がある。
【0009】
副作用によっては、非常に重篤である可能性がある。例えば、ダントロレンを慢性的に使用したときまたは過量摂取したときの主要な副作用は、肝炎である。
【0010】
従って、上記のような一般に用いられる薬剤の副作用や欠点を持たない循環器疾患の治療用の新薬が求められている。
【0011】
本発明は、これらの不都合な点や主要な欠点を改善することができる。
【0012】
本出願人らは、高分子量細胞外ヘモグロビン、好都合には環形動物から得られる細胞外ヘモグロビンがカルシウムのキレート化によりカルシウム阻害薬として有効に用いることができ、かつ高血圧などの心臓疾患、血管疾患または神経疾患の治療に有効に用いることができることを見出した。
【0013】
高分子量細胞外ヘモグロビン、特に環形動物から得られる細胞外ヘモグロビンは代用血液として既に用いられていたが(WO 01/92320号明細書)、カルシウムキレート化剤としてまたは心臓疾患、血管疾患または神経疾患、特に循環器疾患の治療に用いられたことはなかった。
【0014】
本発明は、カルシウムの抑制による疾患の治療および/または予防のための薬剤を製造するための高分子量細胞外ヘモグロビンの使用に関する。
【0015】
本発明で用いられる細胞外ヘモグロビンは、数十万ダルトン-数百万ダルトン、好都合には0.1-10x106ダルトン、更に好都合には1-5x106ダルトン、最も好都合には3-4x106ダルトンの高分子量を有する巨大生体高分子である。従って、このヘモグロビンは、脊椎動物の細胞内ヘモグロビンより約60倍大きい。
【0016】
本発明の巨大生体高分子は、1-15の異なる種類に属する約150-200のポリペプチド鎖からなり、ポリペプチド鎖の幾つかは共有結合によって結合している。ポリペプチド鎖は、一般に2つの部類に分類される。約144-192の成分からなる第一の部類は、活性部位を有し酸素を可逆的に結合することができる「機能性」ポリペプチド鎖を一まとめにしており、これらは質量が15-18kDaのグロビンタイプの鎖であり、脊椎動物のα-およびβ-タイプ鎖に極めて類似している。約36-42の成分からなる第二の部類は、質量が22-27kDaであり、活性部位を僅かしか持たないかまたは全く持たないが、「トウェルフス(twelfths)」(三量体と単量体の集合)を組み立てることができる。
【0017】
好都合には、本発明によれば、細胞外ヘモグロビンはグロビン鎖の幾つかに遊離システイン残基を有している。
【0018】
「細胞外ヘモグロビン」という用語は、細胞に含まれておらずかつ血液に溶解しているヘモグロビンを表す。
【0019】
細胞外ヘモグロビンのグロビン鎖の幾つかは、共有結合、特に分子間ジスルフィド架橋によってそれら自身安定化しており、グロビン鎖は分子内ジスルフィド架橋によって自動安定化することができる。
【0020】
細胞外ヘモグロビンのグロビン鎖は、共有結合によってそれら自身安定化しており」という表現は、2以上のグロビン鎖間に鎖間ジスルフィド結合が存在することを表している。
【0021】
「グロビン鎖は自動安定化しており」という表現は、それぞれのグロビン鎖上に鎖内ジスルフィド結合が存在することを表している。
【0022】
本発明の好都合な態様によれば、細胞外ヘモグロビンは環形動物から得られる。これらの細胞外ヘモグロビン分子は、多毛類、貧毛類および無毛類の環形動物の3つのクラスおよびVestimentifersにも存在する。
【0023】
環形動物は、その細胞外ヘモグロビンについて詳細に研究されている。Arenicolaの細胞外ヘモグロビンから得られた形、六角形成分を示している。それぞれのヘモグロビン分子は六角二層(hexagonal bilayer)と呼ばれる2つの重なり合った六角形からなり、それぞれの六角形は、中空球状構造または「トウェルフス」と呼ばれる水滴の形態の6成分からなっている。天然の分子は、12個のこれらのサブユニットから形成され、分子質量は約250kDaである。潮間生態系の多毛類環形動物であるArenicola marinaが特に注目されている。更に、その細胞外ヘモグロビンは、既に知られている。
【0024】
本発明の好都合な態様によれば、細胞外ヘモグロビンは、ヘモグロビンに六角形構造を与えている構造鎖を含んでなる。
【0025】
環形動物という用語を用いるときに参照する分類は、Meglitsch P. A.,「無脊椎動物の生態(Invertebrate Zoology)」, Oxford University Press, Oxford, p. 834, (1972)に記載されている。
【0026】
本発明によれば特に好都合には、本発明の細胞外ヘモグロビンは多毛類の環形動物、好ましくはArenicola marinaから得られる。
【0027】
本発明のもう一つの態様によれば、細胞外ヘモグロビンは組換え発現によって得ることもできる(WO 2005/037392号明細書のプロトコルを参照)。
【0028】
本発明の好都合な態様によれば、細胞外ヘモグロビンは天然で重合して、毒性がなく、アレルゲン性がなく、免疫原性がない。
【0029】
「毒性がない」という表現は、ヘモグロビンが、免疫反応、アレルギーまたは腎毒性型の如何なる病理学的障害も引き起こさないことを意味する。
【0030】
その上、好都合なことには、細胞外ヘモグロビンは病原性因子を持たず、動物に生理病理学的状況をもたらさない。
【0031】
「病原性因子を持たず」という表現は、微生物またはウイルスが確認されないことを表す。
【0032】
病理学的障害が存在しないことは、病原体が存在しないことを間接的に意味する。
【0033】
従来技術の生成物で見られそうな副作用、特に浮腫、免疫原性および腎毒性の問題は、本発明の構成内では存在しない。
【0034】
本発明の好都合な態様によれば、細胞外ヘモグロビンは二価イオン、特にカルシウムとキレート形成して、錯化合物を形成することができる。細胞外ヘモグロビンは、従って、好都合なことにはカルシウムに結合することができるカルシウムキレート化剤である。
【0035】
本発明の本発明者によって行われた細胞外ヘモグロビン自己集合体(特に環形動物の細胞外ヘモグロビン自己集合体)の特性に関する検討から、塩基性pHにおける四次構造の保持に二価イオンCa2+およびMg2+が重要であることが明らかになった。細胞外ヘモグロビンの四次構造は、弱塩基性pH、特に生理的pH(pH 7-8)ではこれらの二価イオンによって安定化する。
【0036】
二価イオンCa2+およびMg2+は、細胞外ヘモグロビン(特に環形動物細胞外ヘモグロビン)の四次構造を保持することができる。これらのイオンは、アルカリ性pHにおける細胞外ヘモグロビンの解離や遅延解離反応速度(slow dissociation kinetics)を防止する。
【0037】
細胞外ヘモグロビンは、ヒトの生理条件下で投与すると、血中に含まれるカルシウムと結合してその四次構造を保持する。この即時反応により、生理的カルシウムのレベルが減少する。
【0038】
従って、本発明の細胞外ヘモグロビンは、好都合には血中カルシウムとキレート化し結合することによりカルシウム阻害薬と同等である。今日、カルシウム阻害薬とは、電位依存性のカルシウムチャンネルによってカルシウムが細胞へ入るのを阻害する薬剤を表している。本発明の細胞外ヘモグロビンはカルシウムキレート化剤であるので、好都合にはカルシウム阻害薬と同様の効果を有する。
【0039】
本発明の態様によれば、細胞外ヘモグロビンは、好都合には幾つかの効果、すなわち
心臓効果: 例えば、結節組織のレベルに対する0期における活動電位の遅い拡張期脱分極の遅延、または心筋層のレベルに対する筋変力作用陰性効果の可能性、
脈管効果: 冠動脈または大脳支配の総体的血管拡張、
非脈管性平滑繊維に対する効果: 弛緩、
神経効果: 興奮性の減少
を有する。
【0040】
本発明は、更に詳細には、心臓疾患、血管疾患、または神経疾患、特に心血管疾患の治療および/または予防のための薬剤の製造を目的とする高分子量細胞外ヘモグロビンの使用に関する。
【0041】
好都合には、本発明の薬剤は、高血圧、狭心症などのアンギナ、レーノー病、動脈症、頻脈、血管痙攣、虚血、心筋梗塞、鬱血性心不全、不整脈または脳血管障害の治療および/または予防に用いられる。
【0042】
本発明の薬剤は、好都合には薬理学的に許容可能なキャリヤーまたは賦形剤を含む。
【0043】
もう一つの好都合な態様によれば、本発明の薬剤は、経口、局所または非経口投与、特に静脈内投与を目的とする。
【0044】
本発明の薬剤は、錠剤、カプセル、溶液、液体などの形態で投与することができる。
【0045】
もう一つの好都合な態様によれば、本発明の薬剤は、数mg/kg-数g/kg、好都合には50mg/kg-2000mg/kgの用量を目的とする。
【0046】
図面および実施例により本発明を説明し、例示するが、本発明を制限するものではない。
【0047】
実施例
ヘモグロビン試料の採取
Arenicolaは、サン-ポール・ドゥ・レオン、北フィニステール、フランス付近の海岸線で干潮時に採取した。氷ベッド上で解剖した後、血液を腹部血管から採取する。試料は、25Gx5/8"針を備えた1ml皮下注射器を用いて採取する。試料を氷上に集める。低温遠心分離(15,000 gで4℃にて15分間)により組織破片を除いた後、上清を-20℃または液体窒素中で凍結させるか、または直接精製する。
【0048】
ヘモグロビンの精製
上清を、3x100cm Sephacryl S-400カラム(Amersham Pharmacia Biotech,分離範囲20-8,000kDa)を用いる立体排除液体クロマトグラフィーによって精製する。試料をA. marina食塩緩衝液で溶出する。この改質緩衝液の組成は、次の通りである。1リットルに対して、8.47g NaCl (145mM); 0.29g KCl (4mM); 0.04g MgCl2, 6H2O (0.2mM)およびHEPES (10mM)。pHは、NaOHを加えることによってpH=6.8に調整する。
【0049】
用いる流速は、通常は0.4-0.5ml/分である。ヘムを含む画分をAmicon-100 (15ml)試験管を用いてまたは500,000Da以上の分子量を有する分子を保持する攪拌セルを用いて濃縮する。純粋な画分を得るには、同じプロトコルによる2回の精製工程が必要なことがある。
【0050】
環形動物多毛類Arenicola marinaからの細胞外ヘモグロビン(HbAm)の投与の血流パラメーターに対する効果を評価した。これらの実験により、血管収縮の危険性を間接的に評価することができた。
【実施例1】
【0051】
実施例1: ヘモグロビンの血圧降下作用
1.1. 材料および方法
実験は、体重が250-300g (7週齢)の雄ウイスターラット(飼育センター, Janvier, 仏国)で行った。ラットを、ペントバルビタールで麻酔した(60mg/kg i.p.)。カテーテルを頸動脈に導入して、血圧と心拍数を測定した。Millar圧力センサーを(反対側の頸動脈を介して)左心室腔に導入し、左心室圧(LVP)を測定した。最後に、カテーテルを陰部静脈に導入し、物質を静脈内投与した。動物の体温は、加熱毛布を用いることによって約37℃に保持した。
【0052】
1.2. プロトコル
血流力学パラメーターの安定化期間の後、Arenicola marinaからの細胞外ヘモグロビン(HbAm)またはArenicola marina緩衝液(対照)を、5分静脈灌流に投与し(投与容積: 1.2ml/kg/分)、投与後の45分間血流力学パラメーターを観察した。12匹のラットに対照を投与し、6匹にはHbAmを600mg/kgの用量で投与した。ウミクロムシ緩衝液の組成は、145mM NaCl, 4mM KCl, 0.2mM MgCl2, 2N水酸化ナトリウムでpH 6.8に調整した10mM Hepesである。
【0053】
測定したパラメーターは、
平均動脈血圧(MAP,mmHg)、
心拍数(HR, 回/分)、血圧期シグナルから誘導、
LVP第一導関数(first derivative)の最大ピーク、dP/dtmax (mmHg/秒)、心筋収縮性の指標
であった。
【0054】
1.3. 結果
対照ラットおよびHbAmを投与したラットのMAP、HRおよび心筋収縮性の測定値を、600mg/kgのヘモグロビン用量について図Ia、bおよびcに示す。
【0055】
A.marina緩衝液(対照)を投与した動物は、実験を通じて比較的安定な血流力学パラメーターを示した。HbAmの溶液を600mg/kg i.v.の用量で投与したところ、平均血圧および心筋収縮性が有意に減少した(図1)。最大効果が灌流の終了時(T5分)に見られ、それぞれ-36±4%および-38±3%であった(それぞれ、投与前の基底値115±7mmHgおよび8932±501mmHg/sから出発)。次いで、MAPおよびdP/dtmax値は徐々に基底値に戻り、灌流開始の約30分後に基底値に達した。
【0056】
次に、4段階の異なる濃度のHbAm(75、150、300および600mg/kg)の投与による用量-応答効果を試験した。結果を図2a、bおよびcに示す。
効果のピーク(MAPおよび心筋収縮性の減少)は、投与した用量によってはほとんど変化しなかった。しかしながら、基底値への戻りの反応速度のレベルについては、用量効果が見られた。投与したHbAmの用量が高くなると、基底値への戻りは長くなった。75mg/kgの用量では、観察された血圧降下作用は極めて一時的なものであり、灌流終了の5-10分後には正常に戻った。収縮性の結果も、同じ方向を示した。
【0057】
1.4. 結論
天然のHbAmの灌流中に観察された血圧降下作用(血圧の減少)および筋変力作用陰性効果(心筋収縮性の減少)は、用量依存性である。この効果は、HbAm分子によるCa2+イオン(小胞性平滑筋細胞および心筋細胞の収縮のための「燃料」)の結合によるものと思われる。
【0058】
従って、HbAmは血圧降下薬として治療目的に効果的に用いることができると結論することができる。
【0059】
次に、HbAmによるカルシウムの結合を評価する。
【実施例2】
【0060】
実施例2: カルシウム結合
a) HbAm四次構造に対する二価イオンの安定化効果
HbAm自己集合体の特性に関して行った検討により、塩基性pHでの四次構造の保持における二価イオンCa2+およびMg2+の重要性が明らかになった。HbAmの四次構造は、塩濃度がゴカイの生理的媒質と同様(すなわち、海水と等張性)であれば、弱塩基性pH(7<pH<8)で安定化される。四次構造を保持することができる塩の中で、二価イオン(Ca2+およびMg2+)が極めて重要である。これらのイオンは、アルカリ性pHにおけるHbAmの解離(図3参照)および遅延解離反応速度(slow dissociation kinetics)(図4参照)を防止する。これは他のHBL-ヘモグロビン環形動物について観察されているが、8.0より高いpHにおいてである。しかしながら、AmphitriteヘモグロビンおよびMyxicola Chlとは逆に、二価イオンはEDTAの存在下であっても中性および弱酸性pHでは構造の保持に必要でない。
【0061】
カチオンCa2+およびMg2+は、HbAmの四次構造を安定化させる。それらは2個の側鎖カルボキシレート基とアルカリ性pHでイオン化した複合体COO----M(II)----OOCを形成することによって、構造を安定化することができる。
【0062】
従って、図4において、pH 7.0では、HbAm解離曲線はカルシウムの有無にかかわらず同じであることが分かる。一方、pH 7.5およびpH 8.0では、解離反応速度はカルシウムの存在下では遅い。これらの結果(図4)は、安定化工程はpHが塩基性になる瞬間に瞬間的かつ実質的なものであり、次いで、それは溶液に含まれるカルシウムが総て結合するまで解離反応速度遅延に続くことを示唆している。従って、カルシウム濃度が高くなるか(イン・ビトロ条件)または補充すると(イン・ビボ条件)、ヘモグロビンの四次構造は経時的に効果的となる。これは図5に示されており、HbAmをpH 7.35(生理的pH)のカルシウムの増加濃度の存在下で分析している。Ca2+濃度が高くなれば、解離反応速度は遅くなる。
【0063】
II.1. カルシウム結合部位の数の決定
II.1.1. ICP-MSによる測定
ヘモグロビン分子当たりのカルシウムイオンの数は、Hagege et al, 「金属タンパク質分析に対する誘導結合プラズマ質量分析法の寄与の評価: マルチタンパク質複合体の研究の新規な方法(Assessment of the contribution of inductively coupled plasma mass spectrometry to metalloprotein analysis: a novel approach for studies of multiproteic complexes)」, Rapid Commun Mass Spectrum, 2004, 18, 735-738によって詳述されたプロトコルによって決定した。
【0064】
10mM酢酸アンモニウム緩衝液(pH 6.4)中の精製し脱塩したHbAm 5バッチについて測定を行った。得られた結果は、弱酸性pHにおけるHbAm上のカルシウム部位の数を示している。この方法によってヘモグロビン当たり39.68±0.85 (n=5)のCa2+が確認され、従って、中性pHでは約40の潜在的カルシウム結合部位が確認された。
【0065】
II.1.2. 比色分析法
次に、比色分析法(Ca-Kit, bioMerieux)を用いて、塩基性pHでのヘモグロビン当たりのカルシウムの数を求めた。
【0066】
pH=7.35; 生理的pH
分析したヘモグロビンのバッチは、下記の実験に用いたバッチであった。これらのヘモグロビンの調製のためのプロトコルを、下記のII.3節に詳細に説明する。pH 7.35ではヘモグロビン当たり60.15±1.37(n=7)のカルシウムイオンが確認され、従って生理的pHでは約60の潜在的カルシウム結合部位であり、これは中性pHと比較して、20個追加されたHbAm部位である。
【0067】
pH=9
pH 9.0で、同様の実験を行った。これらのため、HbAmを予め0.1Nトリス-HCl+100mM Ca2+緩衝液, pH 9.0にて4℃で15分間希釈した。次いで、HbAmをMilliQ H2Oにて4℃で一晩透析した。ヘモグロビン分析(Drabkin分析法)およびカルシウム分析を、透析したバッチについて行った。pH 9.0では、ヘモグロビン当たり319.66±19.43(n=6)のカルシウムイオンが確認され、これはpH 9.0では約320個の潜在的カルシウム結合部位であり、中性pHでのHbAm当たりの部位数の8倍である。
【0068】
II.1.2. 結論
これらの実験は、2種類のカルシウム結合部位、すなわち中性pHで飽和した40の部位およびアルカリ性pHのみで飽和した320の部位の存在を示していた。従って、HbAmをヒト血漿(pH 7.35)中に輸液すると、解離して、血漿に含まれるカルシウムをカルボキシレート基上に結合して、その四次構造を安定化させる傾向がある。pH 7.35でのCa2+結合部位の数は60と評価され、これは中性pHと比較して40個追加された部位である。
【0069】
II.2. HbAmの投与中の結果
図6は、20時間にわたる3条件下でのHbAm解離反応速度を示す。
【0070】
従って、HbAmを、3つの異なる条件下で希釈した:
ヒト血液の組成に類似したイオン組成物の緩衝液(110mM NaCl, 5mM CaCl2, 2mM MgSO4, 5mM KCl, 0.1 Mトリス-HCl, pH 7.35)、
A. marinaの血液に類似したイオン組成物の緩衝液(400mM NaCl, 11mM CaCl2, 32mM MgSO4, 3mM KClおよび0.1 Mトリス-HCl, pH 7.4)、
0.1Mトリス-HCl緩衝液 pH 7.35。
【0071】
図6により、図5で得られた結果が確認され、カルシウム濃度が高いので、解離反応速度はアルカリ性pHでますます遅くなる。実際に、HbAmは、A. marinaの血液に類似の緩衝液よりもヒト血液に類似の緩衝液で一層速やかにかつ一層大きな程度まで解離する。
【0072】
イン・ビトロで得た結果により、HbAmはヒトの生理的条件下で投与されると、血中に含まれるカルシウムと結合してその四次構造を保持するという仮説が確認される。この即時反応により生理的カルシウムのレベルを減少させ、その結果MAPおよび観察される心筋収縮性を減少させることとなる。
【0073】
このイン・ビトロでの結果は、イン・ビボで見られる用量-応答効果の指針に従う。HbAm解離反応速度は、二段階で図式化することができる:
生理的カルシウムの実質的結合によるアルカリ性pHでのHbAmの希釈液のような即時解離。これは、イン・ビボでのMAPの大きな減少を生じる。
次いで、解離反応速度は遅くなり、従って、HbAmが結合した生理的カルシウムの量は低下する。それにより、生理的カルシウムの補充は、その基底レベルに到達するのに時間がかかる。しかしながら、HbAmの濃度が高くなれば、「常態」への戻りは長くなる。
【0074】
次に、HbAmカルシウム結合部位への接近を遮断することによるイン・ビボでのカルシウム阻害薬の仮説を確認した。
【0075】
b) HbAmカルシウム結合部位の遮断
イン・ビトロでのHbAm四次構造の保持および麻酔ラットにおける血圧降下作用に対するCa2+の効果を観察した後、麻酔ラットの心臓血管リズムに対するカルシウムで飽和したHbAmの効果を評価した。
【0076】
II.3. カルシウム結合部位の飽和プロトコル
カルシウムのヘモグロビンへの接近を遮断するため、その投与前に分子をカルシウムで飽和するためのプロトコルを開発した。
【0077】
予備精製したHbAmのバッチを、0.1Mトリス-HCl+100mM Ca2+緩衝液, pH 8.0で15分間希釈した。この方法で、過剰のカルシウムの存在下における解離を誘導した。カルボキシレート基はイオン化してカルシウムと結合して、四次構造を保持する。次に、HbAmをpH 7.35のA. marina緩衝液中で、4℃にてAmicon-100kDa上で限外濾過によって洗浄した。A. marina緩衝液のpHを、HbAmがカルシウムで飽和されておりこれによりその構造一体性が確保されるので解離が見られないことが分かっている生理的pHに調整した。次に、このバッチを立体排除クロマトグラフィーによって分析した。ドデカマー(解離によって生じる)の量が3%を上回るときには、このバッチをSephacryl S-400カラム上で立体排除クロマトグラフィーによって精製し、可能な解離生成物を除去した。精製は、pH 7.35のA. marina緩衝液中で行った。前臨床試験の投与中に解離は見られなかったので、血漿カルシウムの量は一定のままであった。これらの条件下で「Ca2+で遮断したHbAm」を、前臨床対照試験用に調製した。
【0078】
II.4. 前臨床試験
II.4.1. 第一の結果
カルシウム(CaCl2形態)を600mg/kg HbAm溶液と同時投与することによって、予備分析を行い、Ca2+結合部位をイン・ビボで遮断した。これについて、80、800および8000の潜在的結合部位を遮断するのに必要なカルシウムの量を評価した。ラットに投与し、上記のように手続きを行った。得られた結果を、図7に示す。
【0079】
80の部位が遮断されたときには、MAPに対する効果のピークは認め得る程度に同一であったが、血圧は灌流終了の15分後にはその基底値に戻った。800の部位が潜在的に遮断されたときには、高血圧はたいしたことはなく、一層速やかに復帰した(投与の10分後)。8000のCa2+を用いると、低血圧は灌流中持続し、灌流の終了時に1つの効果ピークがあり、次いで有意な活動亢進期(恐らく過剰のCaに関係した)に入った。
【0080】
II.4.2. カルシウムで予備飽和したHbAmを用いる結果
実験は、「Ca2+で遮断したHbAm」で上記したのと同一条件下で行った。結果を図8に示す。
【0081】
Ca2+結合部位が予め遮断されているHbAmの溶液を投与によっては、MAPまたはdP/dtmaxは減少しない。この群における血流力学パラメーターの経過は対照群で見られたのと同様である。分子に対するカルシウム結合部位を予め遮断すると、HbAmの投与後に見られた低血圧および毒性は完全に消失する。
【0082】
包括的結論
一方では、HbAmの投与によって血流力学レベルに対する血管収縮の問題を誘発しないことが明らかにされた。しかしながら、HbAmの投与により、即時低血圧を生じたが、投与の半時間後には正常に復した(600mg/kgの用量)。従って、HbAmは血圧降下薬として用いることができると結論することができる。
【0083】
他方では、この血圧降下は、HbAmの投与中の血中カルシウムの有意な結合によって確かに誘発されることが明らかになった。
【0084】
細胞内および細胞外カルシウムは、生体内の幾つかの現象に関与している。細胞内Ca2+の濃度の変動は、電気的および機械的現象の開始に役割を果たしており、その増加は筋肉収縮の始点においてであり、その減少は弛緩の始点においてである。しかしながら、カルシウム導入は、心臓横紋筋、構造横紋筋、および血管平滑筋など筋肉の種類によって異なる。カルシウムは、受容体および小胞のような分子内小器官の移動にも役割を果たしている。これは、分泌および開口分泌現象における決定的役割を果たしている[Dias et al, 2004 Planta med 70: 328-33; Stockes, 2004, J. Clin Hypertens (Greenwich), 6: 192-7; Jewell (2004) J neurosurg 100: 295-302; Fogari (2004) Drug Aging 21: 377-93]。
【0085】
更に、カルシウムは細胞機能および複製に本質的であるが、その過剰は有害効果を有する。従って、酸化的ストレス中またはグルタメート受容体の過剰刺激後には、細胞内Ca2+の増加により、横紋筋および平滑筋の過剰収縮およびホスホリパーゼおよび取り分けエンドヌクレアーゼのような酵素の過剰活性化を生じ、これはDNAを修飾することによってアポトーシスの役割を果たしている。
【0086】
従って、HbAmは、高血圧のような様々な有害作用を生じる可能性がある過剰の血中カルシウムを掃去することができ、従ってこれらの効果を防止することができると結論することができる。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】Arenicola marinaから得た細胞外ヘモグロビン(HbAm)の投与後にラットで測定した血流力学パラメーター。 図1a 平均動脈血圧、 図1b 心拍数、 図1c 心筋収縮性の指標。 A.marina緩衝液を投与したラットおよびHbAmを投与したラットについて得た平均値(±標準偏差)を、図1a、bおよびcに示す。
【図2】A.marinaから得た細胞外ヘモグロビン(HbAm)の増加投与量を投与した後にラットで測定した血流力学パラメーター。 図2a 平均動脈血圧、 図2b 心拍数、 図2c 心筋収縮性の指標。 A.marina緩衝液を投与したラットおよびHbAm 75、150、300および600を投与したラットについて得た平均値(±標準偏差)を、図2a、bおよびcに示す。
【図3】二価イオンの存在下におけるHbAmの四次構造の安定化。 このグラフは、pH範囲が6-8の緩衝液で希釈した直後の非解離HbAmの比率を表す。この比率は、414 nmでゲル濾過によって得たクロマトグラムをMillenniumソフトウェアと組み合わせることによって決定したものであり、pHの関数として表される。菱形(◇)は0.1Mトリス-HCl緩衝液中のHbAmの、十字形(X)は0.1Mトリス-HCl+5mM EDTA中の、三角形(Δ)は0.1Mトリス-HCl+50mM Mg2+中の、黒四角形(□)は0.1Mトリス-HCl+50mM Ca2+中の、星印(*)は海水(pH 7.8)中の解離を表す。結果は、それぞれの点における個々の3実験についての平均値±SDである。
【図4】弱塩基性pHでのHbAmの解離に対する5日間にわたるカルシウムの影響。 0の時点および5日後における非解離HbAmの割合を、50mM Ca2+の存在および非存在下における3段階のpH(7.0、7.5および8.0)で表す。pH 7.0では、HbAm解離曲線は、カルシウムの有無にかかわらず同一である。一方、pH 7.5およびpH 8.0では、解離反応速度はカルシウムの存在下では遅い。
【図5】様々なカルシウム濃度におけるpH 7.35でのHbAm解離反応速度。Ca2+濃度が高くなれば、解離反応速度は遅くなる。
【図6】3条件下での20時間にわたるHbAm解離反応速度。 HbAmの解離過程は、塩の非存在下においてpH 7.35では一層有意である(◆)。この過程は、A. marina血液組成と同様の緩衝液ではほとんど観察されない(○)。比較的有意な解離過程が、ヒト血液と同様の緩衝液で観察される(□)。
【図7】HbAmおよび増加用量のCaCl2を投与した後のラットで測定した血流力学パラメーター。 図7a 平均動脈血圧、 図7b 心筋収縮性の指標。 測定は、それぞれの場合にただ1匹のラットについて行った。
【図8】Ca2+で遮断したHbAmを投与した後のラットで測定した血流力学パラメーター。 図8a 平均動脈血圧、 図8b 心拍数、 図8c 心筋収縮性の指標。 A. marina緩衝液を投与したラット、HbAmを投与したラット、およびCa2+で遮断したHbAmを投与したラットについて得た平均値(±標準偏差)を、図8a、bおよびcに示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムの抑制による疾患の治療および/または予防のための薬剤を製造するための高分子量細胞外ヘモグロビンの使用。
【請求項2】
細胞外ヘモグロビンの分子量が0.1-10x106ダルトンであり、有利には1-5x106ダルトンであり、更に有利には3-4x106ダルトンである、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
細胞外ヘモグロビンが天然で重合して、毒性がなく、アレルゲン性がなく、免疫原性がない、請求項1または2に記載の使用。
【請求項4】
細胞外ヘモグロビンが環形動物から得られる、請求項1-3のいずれか一項に記載の使用。
【請求項5】
細胞外ヘモグロビンがArenicola marinaから得られる、請求項4に記載の使用。
【請求項6】
薬剤が心臓疾患、血管疾患、または神経疾患の治療および/または予防用である、請求項1-5のいずれか一項に記載の使用。
【請求項7】
薬剤が心血管疾患の治療および/または予防用である、請求項1-6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項8】
薬剤が高血圧、狭心症などのアンギナ、レーノー病、動脈症、頻脈、血管痙攣、虚血、心筋梗塞、鬱血性心不全、不整脈または脳血管障害の治療および/または予防用である、請求項1-7のいずれか一項に記載の使用。
【請求項9】
薬剤が経口、局所または非経口投与、特に静脈内投与を目的とする、請求項1-8のいずれか一項に記載の使用。
【請求項10】
薬剤が50mg/kg-2000mg/kgの使用用量を目的とする、請求項1-9のいずれか一項に記載の使用。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公表番号】特表2009−523839(P2009−523839A)
【公表日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−551775(P2008−551775)
【出願日】平成19年1月23日(2007.1.23)
【国際出願番号】PCT/EP2007/050651
【国際公開番号】WO2007/085596
【国際公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【出願人】(594016872)サントル、ナショナール、ド、ラ、ルシェルシュ、シアンティフィク、(セーエヌエルエス) (83)
【Fターム(参考)】