説明

カルシウム抽出液および該カルシウム抽出液の製造方法、ならびに肥料組成物

【課題】 貝殻粉末から水性媒体を用いてカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液であって、カルシウムが高濃度で含有され、かつ植物生育障害が発生するのを防止することができるカルシウム抽出液を提供する。
【解決手段】 貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末から、キレート化合物が含有された水性媒体を用いてカルシウムを抽出する。得られるカルシウム抽出液は、生育途中の植物体に散布する液状肥料の原料となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルシウムを含有する液状肥料に用いられるカルシウム抽出液および該カルシウム抽出液の製造方法、ならびに該カルシウム抽出液を含む肥料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
牡蠣やホタテ貝などの貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末は、カルシウムを含有する肥料(以下、「カルシウム肥料」という)の原料として利用されている。近年、特に果樹や蔬菜などの栽培下において、カルシウム欠乏が病害発生や収穫量低下の要因であるとの指摘がされるようになってきており、有効なカルシウム肥料の適応が検討されている。
【0003】
カルシウム肥料は、元肥として栽植前に施用されることが多く、この場合には粉末状または粒状などの形態で用いられる。このような、粉末状または粒状などの形態のカルシウム肥料は、カルシウム欠乏に対する改善効果の発現が緩効的である。植物体の生育途中におけるカルシウム欠乏に対しては、速効的に改善効果が発現することが望ましく、植物体への吸収移行を考慮すると、カルシウム肥料を液状タイプとして利用することが適切である。
【0004】
液状タイプのカルシウム肥料(以下、「カルシウム液肥」という)に用いられるカルシウム液剤は、水溶液のものが一般的であり、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、苦土石灰や珪酸を含むスラッグなどをカルシウム源としている。
【0005】
牡蠣の貝殻には、85%程度の炭酸カルシウムが含有されているが、その炭酸カルシウムは、高分子蛋白質などと結合しているため、水への移行および溶解レベルが緩慢である。そのため、乾燥処理した牡蠣の貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末(以下、「乾燥牡蠣殻粉末」という)から水によって抽出されるカルシウムの抽出量は非常に少なく、50ppm程度である。したがって、乾燥牡蠣殻粉末からカルシウムを水で抽出してなるカルシウム抽出液は、カルシウム液肥に適用するには不適当である。
【0006】
一方、牡蠣の貝殻に含有される蛋白質などの高分子物質は、焼成処理によって除去される。そのため、焼成処理した牡蠣の貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末(以下、「焼成牡蠣殻粉末」という)から水によって抽出されるカルシウムの抽出量は、1000〜2000ppm程度にまで向上する。しかしながら、植物体の生育途中におけるカルシウム欠乏に対して、速効的に改善効果が発現するカルシウム液肥のカルシウム濃度が、100〜500ppm程度であることを考慮すると、貝殻粉末からのカルシウム抽出量をさらに向上させることが望まれる。
【0007】
貝殻粉末からのカルシウム抽出量を向上させる方法として、特許文献1,2には、酢酸、クエン酸、酒石酸などの有機カルボン酸の水溶液を抽出溶剤として用いて、貝殻粉末から有機酸カルシウム塩としてカルシウムを抽出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−290044号公報
【特許文献2】特開2007−61805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、貝殻粉末からカルシウムを有機カルボン酸の水溶液で抽出してなるカルシウム抽出液は、カルシウム液肥に適用した場合、有機カルボン酸による植物生育障害が発生することがある。
【0010】
したがって本発明の目的は、貝殻粉末から水性媒体を用いてカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液であって、カルシウムが高濃度で含有され、かつ植物生育障害が発生するのを防止することができるカルシウム抽出液を提供することである。また、本発明の他の目的は、前記カルシウム抽出液の製造方法を提供することであり、植物体の生育途中におけるカルシウム欠乏に対して速効的に改善効果が発現する、前記カルシウム抽出液を用いた肥料組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、液状肥料に用いられるカルシウム抽出液であって、
貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末から、キレート化合物が含有された水性媒体を用いてカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液である。
【0012】
また本発明は、前記キレート化合物が、エチレンジアミンテトラアセテートであることを特徴とする。
【0013】
また本発明は、前記貝殻粉末は、牡蠣の貝殻を粉砕して得られる粉末であることを特徴とする。
【0014】
また本発明は、前記貝殻粉末は、焼成処理された貝殻を粉砕して得られる粉末であることを特徴とする。
【0015】
また本発明は、前記カルシウム抽出液の製造方法であって、
貝殻を粉砕して貝殻粉末を得る粉砕工程と、
前記粉砕工程で得られた貝殻粉末から、キレート化合物が含有された水性媒体を用いてカルシウムを抽出して抽出液を得る抽出工程と、
前記抽出工程で得られた抽出液から貝殻粉末残渣を除去する残渣除去工程とを含むことを特徴とするカルシウム抽出液の製造方法である。
【0016】
また本発明は、生育途中の植物体に散布する液状の肥料組成物であって、
前記カルシウム抽出液を含むことを特徴とする肥料組成物である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、カルシウム抽出液は、貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末から、キレート化合物が含有された水性媒体を用いてカルシウムを抽出してなる抽出液である。キレート化合物が含有された水性媒体中では、キレート化合物が貝殻粉末に由来するカルシウムイオンをキレート化して、カルシウムが貝殻粉末から水性媒体中に抽出されるので、カルシウム抽出量が向上される。そのため、キレート化合物が含有された水性媒体を用いて貝殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液は、カルシウムが高濃度で含有されたものとなる。さらに、キレート化合物は、植物生育障害を発生させることのない化合物である。
【0018】
また本発明によれば、キレート化合物が、エチレンジアミンテトラアセテートである。エチレンジアミンテトラアセテートは、水性媒体中において、貝殻粉末に由来するカルシウムイオンを効率よくキレート化する。そのため、水性媒体中におけるカルシウム抽出量が向上され、カルシウム抽出液は、カルシウムが高濃度で含有されたものとなる。
【0019】
また本発明によれば、貝殻粉末は、牡蠣の貝殻を粉砕して得られる粉末である。牡蠣の貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末には、炭酸カルシウムが高濃度に含有されているので、カルシウム抽出液は、カルシウムが高濃度で含有されたものとなる。
【0020】
また本発明によれば、貝殻粉末は、焼成処理された貝殻を粉砕して得られる粉末である。焼成処理された貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末は、炭酸カルシウムと結合する蛋白質などの高分子物質が除去された粉末である。そのため、焼成貝殻粉末に含有される炭酸カルシウムは、水性媒体への移行および溶解レベルが向上するので、カルシウム抽出液は、カルシウムが高濃度で含有されたものとなる。
【0021】
また本発明によれば、前記カルシウム抽出液の製造方法は、粉砕工程と、抽出工程と、残渣除去工程とを含む。粉砕工程では、貝殻を粉砕して貝殻粉末を作製し、抽出工程では、キレート化合物が含有された水性媒体を用いて貝殻粉末からカルシウムを抽出して抽出液を作製し、残渣除去工程では、抽出液から貝殻粉末残渣を除去する。このようにして、カルシウムが高濃度で含有され、かつ植物生育障害が発生するのを防止することができるカルシウム抽出液を製造することができる。
【0022】
また本発明によれば、肥料組成物は、前記カルシウム抽出液を含んで構成される。前記カルシウム抽出液を含む液状の肥料組成物は、生育途中の植物体に散布することによって、植物体の生育途中におけるカルシウム欠乏に対して速効的に改善効果が発現する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の一形態であるカルシウム抽出液の製造方法を示すフローチャートである。
【図2】本発明の他の実施形態であるカルシウム抽出液の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
<カルシウム抽出液>
本発明のカルシウム抽出液は、カルシウムを含有する液状肥料に用いられるものであり、貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末から、キレート化合物が含有された水性媒体を用いてカルシウムを抽出してなるものである。
【0025】
貝殻は、その種類を特に限定するものではないが、比較的多量に食品として利用されている牡蠣やホタテ貝などの処理残渣である貝殻を使用することができ、中でも牡蠣の貝殻を好適に使用することができる。
【0026】
キレート化合物は、水性媒体中において、貝殻に含有される炭酸カルシウムに由来するカルシウムイオンをキレート化する化合物であり、たとえば、エチレンジアミンテトラアセテート(EDTA)、ニトリロトリ酢酸(NTA)、ジエチレンジアミンテトラ酢酸(DTPA)、およびこれらの塩を挙げることができる。本実施の形態ではキレート化合物は、EDTAである。EDTAは、水性媒体中において、貝殻粉末に由来するカルシウムイオンを効率よくキレート化する。
【0027】
水性媒体は水であり、たとえば、蒸留水、脱イオン水などが挙げられる。また、キレート化合物としてEDTAを用いる場合、EDTAの水に対する溶解度は、ほぼ0.3Mで飽和するため、EDTAの濃度を0.1M〜0.3Mに設定する。
【0028】
次に、キレート化合物を含有する水性媒体における、貝殻粉末からのカルシウムの抽出能力について説明する。
【0029】
(実験1)
抽出溶剤として、濃度が0.1M、0.3Mである2種類のEDTA水溶液、濃度が0.1M、0.5M、1.0Mである3種類の酢酸水溶液および蒸留水を準備した。そして、焼成処理した牡蠣の貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末(以下、「焼成牡蠣殻粉末」という)の10gに、準備したそれぞれの抽出溶剤を添加して、24℃で20時間放置した。その後、濾過して得た抽出液中のカルシウムイオン濃度をイオンメーターによって分析した。分析結果を表1に示す。なお、イオンメーターによる分析条件は次のとおりである。
イオンメーター(型式:PIA−1000型、株式会社島津製作所製)
カラム:Shim−pack IC−C3(S)、2.0mmID×100mmL
移動相:IC−MC3−1、カラム圧力:43kgf/cm
流量:0.2ml/min、温度:35℃、注入量:5μl
【0030】
【表1】

【0031】
表1から、キレート化合物を含有する水性媒体であるEDTA水溶液は、有機カルボン酸の水溶液である酢酸水溶液よりも、焼成牡蠣殻粉末からのカルシウム抽出能力に優れていることが明らかである。たとえば、抽出溶剤として0.1M EDTA水溶液を用いた場合には、抽出溶剤として0.1M酢酸、0.5M酢酸を用いた場合よりも抽出液中のカルシウム濃度が高い。そして、抽出溶剤として0.3M EDTA水溶液を用いた場合には、抽出溶剤として1.0M酢酸を用いた場合よりも抽出液中のカルシウム濃度が高い。
【0032】
つまり、EDTA水溶液を用いて焼成牡蠣殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液は、カルシウムが高濃度で含有されたものとなる。また、焼成牡蠣殻粉末は、炭酸カルシウムと結合する蛋白質などの高分子物質が除去された粉末である。そのため、焼成牡蠣殻粉末に含有される炭酸カルシウムは、水溶液への移行および溶解レベルが向上するので、EDTA水溶液を用いて焼成牡蠣殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液は、カルシウムが高濃度で含有されたものとなる。さらに、EDTAなどのキレート化合物は、植物生育障害を発生させることのない化合物である。なお、EDTA水溶液を用いて焼成牡蠣殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液には、カルシウムの他に、カリウム、ナトリウムが含有されていることが確認されている。
【0033】
(実験2)
抽出溶剤として、濃度が0.1M、0.3Mである2種類のEDTA水溶液、濃度が0.1M、0.5M、1.0Mである3種類の酢酸水溶液および蒸留水を準備した。そして、乾燥処理した牡蠣の貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末(以下、「乾燥牡蠣殻粉末」という)の10gに、準備したそれぞれの抽出溶剤を添加して、24℃で20時間放置した。その後、濾過して得た抽出液中のカルシウムイオン濃度をイオンメーターによって分析した。分析結果を表2に示す。なお、イオンメーターによる分析条件は、前述した実験1と同様である。
【0034】
【表2】

【0035】
焼成処理が施されていない乾燥処理された牡蠣の貝殻においては、炭酸カルシウムが蛋白質などの高分子物質と結合しており、そのため、抽出液中のカルシウム濃度が低い値となる。カルシウムが抽出されにくい乾燥牡蠣殻粉末に対しても、キレート化合物を含有する水性媒体であるEDTA水溶液は、有機カルボン酸の水溶液である酢酸水溶液よりも、カルシウム抽出能力に優れていることが表2から明らかである。たとえば、抽出溶剤として0.1M EDTA水溶液を用いた場合には、抽出溶剤として0.1M酢酸、0.5M酢酸を用いた場合よりも抽出液中のカルシウム濃度が高い。そして、抽出溶剤として0.3M EDTA水溶液を用いた場合には、抽出溶剤として1.0M酢酸を用いた場合よりも抽出液中のカルシウム濃度が高い。つまり、EDTA水溶液を用いて乾燥牡蠣殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液は、カルシウムが高濃度で含有されたものとなる。
【0036】
なお、EDTA水溶液を用いて乾燥牡蠣殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液には、カルシウム、カリウム、ナトリウムの他に、焼成牡蠣殻粉末からのカルシウム抽出液には含有されていない、マグネシウムが60〜85ppm、硝酸イオンが120〜145ppm、硫酸イオンが160〜170ppm含有されていることが確認されている。これらの、マグネシウム、硝酸イオンおよび硫酸イオンは、カルシウムと同様、肥料元素として有用な元素群である。
【0037】
<カルシウム抽出液の製造方法>
次に、キレート化合物が含有された水性媒体を用いて、貝殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液の製造方法を具体的に説明する。図1は、本発明の実施の一形態であるカルシウム抽出液の製造方法を示すフローチャートである。本実施の形態におけるカルシウム抽出液の製造方法は、貝殻焼成工程と、粉砕工程と、抽出工程と、残渣除去工程とを含む。
【0038】
貝殻焼成工程であるステップs1では、貝殻を焼成して焼成貝殻を作製する。焼成条件は、貝殻に含まれる蛋白質などの高分子物質が除去可能な条件に選ばれ、たとえば、焼成温度が1000〜1200℃で、焼成時間が5〜8時間である。粉砕工程であるステップs2では、ステップs1で作製された焼成貝殻を粉砕して、所定の粒子径を有する焼成貝殻粉末を作製する。焼成貝殻の粉砕には、たとえば、カッターミル、フェザーミル、ジェットミルなどの粉砕機が用いられる。本実施の形態では、粉砕機として、河本鉄工株式会社製のミクロマイザー(型式:FKM−30)を用いた。
【0039】
ステップs2において作製される焼成貝殻粉末の粒子径は、2〜100μm(平均粒子径が10μm程度)の範囲に調整されることが好ましい。このような所定の範囲内に調整された粒子径を有する焼成貝殻粉末は、抽出溶剤に対する接触面積が充分に確保されて、抽出溶剤によるカルシウム抽出効率を向上させることができる。焼成貝殻粉末の粒子径は、粉砕機による粉砕条件(ローター回転数、粉砕時間など)によって調整することができる。
【0040】
抽出工程であるステップs3では、抽出溶剤としてキレート化合物が含有される水性媒体を用いて、ステップs2で作製された焼成貝殻粉末からカルシウムを抽出する。水性媒体中におけるキレート化合物の濃度は、水性媒体に対するキレート化合物の溶解度を考慮して設定され、キレート化合物としてEDTAを用いた場合には、前述したように0.1M〜0.3Mの範囲に設定される。また、抽出溶剤によるカルシウム抽出効率を向上させるために、抽出溶剤の温度を40〜80℃程度に加温してもよいし、加圧下で抽出処理を行うようにしてもよいし、撹拌機で撹拌しながら抽出処理を行うようにしてもよい。また、抽出溶剤に対する焼成貝殻粉末の添加割合は、3重量%程度である。
【0041】
残渣除去工程であるステップs4では、ステップs3で作製された抽出液から貝殻粉末残渣を除去する。貝殻粉末残渣の除去には、濾材を介して抽出液を濾過する方法などを採用できる。この場合、抽出液を濾過して得られる濾液が、カルシウム抽出液となる。また、ステップs3で作製された抽出液を静置して貝殻粉末残渣を沈殿させ、上澄み液を採取してカルシウム抽出液を得るようにしてもよい。
【0042】
以上のようにして製造される、焼成貝殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液は、エバポレーターなどの濃縮機を用いて6倍程度に濃縮してもよい。
【0043】
図2は、本発明の他の実施形態であるカルシウム抽出液の製造方法を示すフローチャートである。本実施の形態におけるカルシウム抽出液の製造方法は、貝殻乾燥工程と、粉砕工程と、抽出工程と、残渣除去工程とを含む。
【0044】
貝殻乾燥工程であるステップa1では、貝殻を乾燥して乾燥貝殻を作製する。乾燥条件は、貝殻に付着する水分などが除去可能な条件に選ばれ、たとえば、乾燥温度が300〜400℃で、乾燥時間が20〜25分間である。
【0045】
粉砕工程であるステップa2では、ステップa1で作製された乾燥貝殻を粉砕して、所定の粒子径を有する乾燥貝殻粉末を作製する。乾燥貝殻の粉砕には、前述した焼成貝殻の粉砕と同様の粉砕機が用いられる。ステップa2において作製される乾燥貝殻粉末の粒子径は、2〜150μm(平均粒子径が20μm程度)の範囲に調整されることが好ましい。このような所定の範囲内に調整された粒子径を有する乾燥貝殻粉末は、抽出溶剤に対する接触面積が充分に確保されて、抽出溶剤によるカルシウム抽出効率を向上させることができる。乾燥貝殻粉末の粒子径は、粉砕機による粉砕条件によって調整することができる。
【0046】
抽出工程であるステップa3では、抽出溶剤としてキレート化合物が含有される水性媒体を用いて、ステップa2で作製された乾燥貝殻粉末からカルシウムを抽出する。乾燥貝殻粉末からカルシウムを抽出する抽出処理方法は、前述した焼成貝殻粉末からカルシウムを抽出する抽出処理方法と同様でよい。
【0047】
残渣除去工程であるステップa4では、ステップa3で作製された抽出液から貝殻粉末残渣を除去する。ステップa4における貝殻粉末残渣の除去方法は、前述したステップs4における貝殻粉末残渣の除去方法と同様でよい。
【0048】
以上のようにして製造される、乾燥貝殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液は、エバポレーターなどの濃縮機を用いて6倍程度に濃縮してもよい。なお、乾燥貝殻粉末からカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液には、前述したように、カルシウムの他に、マグネシウム、硝酸イオン、硫酸イオンなどの肥料元素として有用な元素群が含まれている。
【0049】
<肥料組成物>
次に、肥料組成物について説明する。本発明の肥料組成物は、前述した本実施形態のカルシウム抽出液を含み、生育途中の植物体に対して散布して使用する液状肥料の原料となる組成物である。本発明の肥料組成物は、カルシウムが高濃度で含有され、かつ植物生育障害が発生するのが防止される本実施形態のカルシウム抽出液を含んで構成されているので、該肥料組成物を原料として用いた液状肥料は、植物体の生育途中におけるカルシウム欠乏に対して速効的に改善効果が発現する。そのため、生育途中におけるカルシウム欠乏が要因となる、病害発生や収穫量低下を抑制することができる。
【0050】
肥料組成物には、カルシウム抽出液に由来するカルシウムが少なくとも含有されているが、その他に、窒素、リン酸、カリウムの三大肥料要素や、硫黄、マグネシウムの中量肥料要素や、マンガン、亜鉛、珪酸、塩素の微量肥料要素を、適宜添加することができる。また、肥料組成物には、農園芸用薬剤に使用される、リボフラビン(ビタミンB)、ピリドキシン(ビタミンB)、シアノコバラミン(ビタミンB12)などの補助剤を添加することもできる。
【0051】
以上のような肥料組成物は、散布対象となる植物体に応じて、カルシウムなどの各肥料要素が所定の濃度となるように水で希釈することによって、所望の液状肥料とすることができる。
【0052】
(実施例)
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
<植物生長促進作用の効果確認>
(実施例1)
抽出溶剤として濃度が0.1MであるEDTA水溶液を用いて、焼成牡蠣殻粉末からカルシウムを抽出して、カルシウム抽出液1を作製した。作製したカルシウム抽出液1をカルシウム濃度が1000ppmとなるように水で希釈し、さらにMgSO・7HOを1500ppm、NHNOを750ppm、KClを150ppm添加して、実施例1の液状肥料1を得た。
【0054】
(実施例2)
実施例1の液状肥料1を水で5倍に希釈(カルシウム濃度:200ppm)して、実施例2の液状肥料2を得た。
【0055】
(比較例1)
カルシウム抽出液1を用いないこと以外は実施例1と同様にして、比較例1の液状肥料3を得た。つまり、比較例1の液状肥料3は、カルシウムを含有せず、MgSO・7HOが1500ppm、NHNOが750ppm、KClが150ppm含有された水溶液である。
【0056】
(比較例2)
抽出溶剤として濃度が0.3Mである酢酸水溶液を用いて、焼成牡蠣殻粉末からカルシウムを抽出して、カルシウム抽出液2を作製した。作製したカルシウム抽出液2をカルシウム濃度が1000ppmとなるように水で希釈し、さらにMgSO・7HOを1500ppm、NHNOを750ppm、KClを150ppm添加して、比較例2の液状肥料4を得た。
【0057】
(比較例3)
比較例2の液状肥料4を水で5倍に希釈(カルシウム濃度:200ppm)して、比較例3の液状肥料5を得た。
【0058】
[20日大根、トウチシャの栽培]
作製した実施例1,2および比較例1〜3の液状肥料を、生育途中の植物体(20日大根、トウチシャ)に散布し、液状肥料による植物生長促進作用の効果を確認した。具体的な試験方法は、以下のとおりである。
【0059】
1/1000アールのワグネルポットに市販の培養土を充填し、元肥として粒状化成肥料(N,P,K=6,6,6)を混和した。そして、土壌表面に試験植物体である20日大根およびトウチシャの種子をそれぞれ播種した。その後、実施例1,2および比較例1〜3の液状肥料の200mlを、それぞれ区別された各ポットの土壌表面に散布施用した。液状肥料は、10日目および20日目にも各ポットにおいて生長した植物体に対して散布した。なお、各ポットにおける個体数が、20日大根、トウチシャともに5個体となるように、播種後10日目で間引きによって調節して、6週間栽培維持した。また、各ポットの土壌表面の乾燥に伴って、適宜潅水してポットを維持した。
【0060】
以上のような試験を3反復して実施し、比較例1の液状肥料3を散布したポットにおいて収穫された20日大根の5個体の合計生重量(115g)、トウチシャの5個体の合計生重量(86g)を100.0とし、各ポットにおいて収穫された20日大根の5個体の合計生重量、トウチシャの5個体の合計生重量を相対比較した。結果を表3に示す。
【0061】
【表3】

【0062】
表3から、実施例1,2の液状肥料を散布したポットにおいて収穫された20日大根およびトウチシャは、比較例1〜3の液状肥料を散布したポットにおいて収穫されたものよりも生重量が大きいことが明らかである。具体的には、液体肥料中のカルシウム濃度が同一の1000ppmである実施例1と比較例2とを比べると、実施例1の液体肥料を散布した方が、収穫された20日大根、トウチシャともに生重量が大きい。また、液体肥料中のカルシウム濃度が同一の200ppmである実施例2と比較例3とを比べると、実施例2の液体肥料を散布した方が、収穫された20日大根、トウチシャともに生重量が大きい。
【0063】
このことから、抽出溶剤としてEDTA水溶液を用いたカルシウム抽出液1により作製した実施例1,2の液状肥料は、植物体内へのカルシウムの吸収移行に優れており、優れた植物生長促進作用を有する肥料であることがわかる。なお、比較例2の液状肥料を散布したポットにおいて収穫されたトウチシャは、比較例1の液状肥料を散布したポットにおいて収穫されたトウチシャよりも生重量が小さくなる。このことから、酢酸のような有機カルボン酸の水溶液で抽出してなるカルシウム抽出液により作製した液状肥料は、植物生育障害を発生させるおそれがあることがわかる。
【0064】
[レタス、ライグラスの栽培]
作製した実施例1,2および比較例1〜3の液状肥料を、植物幼苗(レタス、ライグラス)に散布し、液状肥料による植物生長促進作用の効果を確認した。具体的な試験方法は、以下のとおりである。
【0065】
内径が12.0cmで高さが11.0cmのポットに市販の培養土200gを充填した。そして、実施例1,2および比較例1〜3の液状肥料の40mlを、それぞれ区別された各ポットの土壌表面に散布施用した。各ポットの土壌表面に試験植物体であるレタスおよびライグラスの種子をそれぞれ播種し、25℃の明条件下で3週間培養して生長量を測定した。
液状肥料は、7日目および14日目にも各ポットにおいて生長した植物体に対して散布した。なお、各ポットにおける個体数は、レタスでは10個体、ライグラスでは20個体となるようにした。また、各ポットの土壌表面の乾燥に伴って、適宜潅水してポットを維持した。
【0066】
以上のような試験を5反復して実施し、比較例1の液状肥料3を散布したポットにおいて収穫されたレタスの1個体の生重量(83mg)、ライグラスの1個体の生重量(108mg)を100.0とし、各ポットにおいて収穫されたレタスの1個体の生重量、ライグラスの1個体の生重量を相対比較した。結果を表4に示す。
【0067】
【表4】

【0068】
表4から、実施例1,2の液状肥料を散布したポットにおいて生育されたレタスおよびライグラスの幼苗は、比較例1〜3の液状肥料を散布したポットにおいて生育されたものよりも生重量が大きいことが明らかである。具体的には、液体肥料中のカルシウム濃度が同一の1000ppmである実施例1と比較例2とを比べると、実施例1の液体肥料を散布した方が、レタス、ライグラスの幼苗ともに生重量が大きい。また、液体肥料中のカルシウム濃度が同一の200ppmである実施例2と比較例3とを比べると、実施例2の液体肥料を散布した方が、レタス、ライグラスの幼苗ともに生重量が大きい。このことから、抽出溶剤としてEDTA水溶液を用いたカルシウム抽出液1により作製した実施例1,2の液状肥料は、植物幼苗体内へのカルシウムの吸収移行に優れており、優れた植物生長促進作用を有する肥料であることがわかる。
【0069】
<果実における糖度、酸度の向上効果確認>
[肥料組成物1の作製]
抽出溶剤として0.1M EDTA水溶液を用いて、焼成牡蠣殻粉末からカルシウム(Ca)を抽出してなるカルシウム抽出液を6倍に濃縮した。次に、6倍濃縮されたカルシウム抽出液に、所定量の窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)を添加して、pHが6.5〜7に調整された肥料組成物1を作製した。作製した肥料組成物1における含有成分濃度を表5に示す。
【0070】
【表5】

【0071】
[肥料組成物2の作製]
抽出溶剤として0.1M EDTA水溶液を用いて、乾燥牡蠣殻粉末からカルシウム(Ca)を抽出してなるカルシウム抽出液を6倍に濃縮した。次に、6倍濃縮されたカルシウム抽出液に、所定量の窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)、リボフラビン、ピリドキシン、シアノコバラミンを添加して、pHが6.5〜7に調整された肥料組成物2を作製した。作製した肥料組成物2における含有成分濃度を表6に示す。
【0072】
【表6】

【0073】
[柑橘の栽培]
肥料組成物1を、カルシウム濃度が100ppmとなるように水で希釈して得られる液状肥料を、開花期、果実肥大期の柑橘樹木に散布し、柑橘における糖度、酸度の向上効果を確認した。具体的な試験方法は次のとおりである。
試験場所:丸栄株式会社 海田工場
供試果樹:みかん(品種;いしじ温州)
期間開始日:開花期;平成19年5月1日、果実肥大期;平成19年8月17日
液状肥料散布頻度:開花期;3日ごとに3回散布、果実肥大期;一週間ごとに5回散布
散布農薬:菌類除去;Zボルドー、害虫除去;モスピラン、マシン油、カネマイトフロアブル
【0074】
まず、肥料組成物1を含む液状肥料を施用した液肥施用区と、液状肥料を施用しない無施用区とのそれぞれにおける開花前の着花数を300個に揃え、満開後日数が10,20,30,40,50,60日の生理落果数を計測し、各施用区における着果量の調査を行った。生理落果数の計測結果を表7に示す。なお、生理落果数が少ないほど、着果量が多いことになる。
【0075】
【表7】

【0076】
表7から、液肥施用区の方が無施用区よりも生理落果数が少ないことは明らかであり、液肥施用区において着果量が多く歩留りの向上効果が見られた。
【0077】
次に、各施用区における果樹の葉の成分分析を行い、果樹の生育に有効な成分の吸収量を調査した。各施用区における果樹の葉をそれぞれ1kg採取し、乾燥後粉砕して、N,P,K,Caの各成分の含有量を分析した。
【0078】
なお、Nの分析はケルダール法で行い、他の成分の分析はICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分析法(分析装置:型式SPS7800、SII株式会社製)で行った。各成分の含有量の分析結果を表8に示す。
【0079】
【表8】

【0080】
表8から、液肥施用区の方が無施用区よりも、果樹の葉にカルシウム(Ca)が多く含有されていることが明らかである。
【0081】
次に、各施用区において採取された果実の中から無作為に5個の果実をサンプリングし、果実重量および着色歩合を測定した。そして、果皮を除いた後の果汁における糖度および酸度の分析を行った。なお、糖度の分析は糖度計(型式:PR−101型、株式会社アタゴ製)を用いて行い、酸度の分析はアルカリによる滴定法で行い、着色歩合の分析は日本園芸農業協同組合連合会の標準果色値板(0〜13ppポイント)を用いて行った。分析結果を表9に示す。
【0082】
【表9】

【0083】
表9から、液肥施用区の方が無施用区よりも、果実の重量が低く「小ぶり」な果実ではあるが、糖度、酸度および着色歩合の数値が大きい果実であることは明らかであり、高品質な果実を収穫できた。
【0084】
以上の結果より、肥料組成物1を含む液状肥料を生育途中の果樹に散布することによって、果樹の生育途中におけるカルシウム欠乏に対して改善効果が発現し、高品質な果実を収穫できることがわかった。そのため、肥料組成物1を含む液状肥料は、隔年結果の裏年など、収穫量が低くなりがちな果樹に対して安定生産をもたらす肥料となる。
【0085】
なお、肥料組成物2を、カルシウム濃度が100ppmとなるように水で希釈して得られる液状肥料を散布した場合においても、収穫された果実の糖度、酸度および着色歩合の向上効果が確認されている。
【0086】
[葡萄の栽培]
肥料組成物1を、カルシウム濃度が100ppmとなるように水で希釈して得られる液状肥料を、肥大期、着色期の葡萄に散布し、葡萄における糖度の向上効果を確認した。具体的な試験方法は次のとおりである。
試験場所:丸栄株式会社 海田工場
供試作物:葡萄(ピオーネ)
肥培管理:通常の根域栽培
潅水:土壌水分センサー(テンシオメーター)を設置し、発芽後pF1.5から徐々に上げ、着色後pF2.2を基準として自動潅水を行った。
【0087】
液状肥料散布時期:液状肥料の散布時期は、1年目(平成18年)と2年目(平成19年)とで同様に行った。
1回目の散布;ジベレリン処理の2回目が終了し、肥大期の初期(6月10日)
2回目の散布;肥大中期(7月1日)
3回目の散布;着色初期(7月20日)
4回目の散布;着色後期(8月10日)
収穫時期:1年目;平成18年8月18日、2年目;平成19年8月20日
散布農薬:菌類除去;Zボルドー、トリフミン、害虫除去;スミチオン、モスピラン
【0088】
肥料組成物1を含む液状肥料を施用した液肥施用区と、液状肥料を施用しない無施用区との各施用区において採取された果房の中から無作為に5つの果房をサンプリングし、果房長、果房重量を測定した。そして、果房の上部2箇所、中央部2箇所、下部1箇所の合計5箇所から1粒ずつ葡萄実を採取し、果皮を除いた後の果汁における糖度および酸度の分析を行った。なお、糖度および酸度の分析は、前述のみかん実の場合と同様の方法で行った。分析結果を表10に示す。
【0089】
【表10】

【0090】
表10から、液肥施用区の方が無施用区よりも、収穫1年目および2年目ともに、糖度が高く、果房重量の大きい葡萄であることは明らかであり、付加価値の高い葡萄を収穫できた。
【0091】
以上の結果より、肥料組成物1を含む液状肥料を生育途中の葡萄に散布することによって、葡萄の生育途中におけるカルシウム欠乏に対して改善効果が発現するとともに、液状肥料の各成分が有効に利用されて葡萄内における糖分転流が促進されて糖度が高くなり、高品質な葡萄を収穫できることがわかった。
【0092】
なお、肥料組成物2を、カルシウム濃度が100ppmとなるように水で希釈して得られる液状肥料を散布した場合においても、収穫された葡萄の糖度の向上効果が確認されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状肥料に用いられるカルシウム抽出液であって、
貝殻を粉砕して得られる貝殻粉末から、キレート化合物が含有された水性媒体を用いてカルシウムを抽出してなるカルシウム抽出液。
【請求項2】
前記キレート化合物が、エチレンジアミンテトラアセテートであることを特徴とする請求項1に記載のカルシウム抽出液。
【請求項3】
前記貝殻粉末は、牡蠣の貝殻を粉砕して得られる粉末であることを特徴とする請求項1または2に記載のカルシウム抽出液。
【請求項4】
前記貝殻粉末は、焼成処理された貝殻を粉砕して得られる粉末であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載のカルシウム抽出液。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1つに記載のカルシウム抽出液の製造方法であって、
貝殻を粉砕して貝殻粉末を得る粉砕工程と、
前記粉砕工程で得られた貝殻粉末から、キレート化合物が含有された水性媒体を用いてカルシウムを抽出して抽出液を得る抽出工程と、
前記抽出工程で得られた抽出液から貝殻粉末残渣を除去する残渣除去工程とを含むことを特徴とするカルシウム抽出液の製造方法。
【請求項6】
生育途中の植物体に散布する液状の肥料組成物であって、
請求項1〜4のいずれか1つに記載のカルシウム抽出液を含むことを特徴とする肥料組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−163309(P2010−163309A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−6168(P2009−6168)
【出願日】平成21年1月14日(2009.1.14)
【出願人】(509014928)
【Fターム(参考)】