説明

カルニチンアミド水溶液の保存方法

【課題】
カルニチンアミド水溶液を保存する際に、凝集物や白濁を形成しないような保存方法を提供すること。
【解決手段】
カルニチンアミド水溶液をpH9以上に調整して保存することを特徴とする、カルニチンアミド水溶液の保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルニチンアミド水溶液の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ベタインの一種であるL−カルニチンはビタミンBTとも呼ばれ、生体内で脂肪酸の代謝に関係している重要な化合物である。L−カルニチンは、心臓疾患治療剤(特許文献1)、過脂肪質血症治療剤(特許文献2)、静脈疾患治療剤等(特許文献3)としても注目されている。
これまでに報告されたカルニチンアミドを中間体とするカルニチンの製造方法について、以下のようなものがある。特許文献4には、カルニチンアミド塩化物を加温シュウ酸水溶液中で加水分解することによりカルニチンを得る方法、特許文献5には、カルニチンアミド塩化物を塩酸ガスの存在下で氷酢酸中で亜硝酸アルキルによりジアゾ化する方法でカルニチンを得る方法、特許文献6には、カルニチンアミドにアミダーゼを作用させて加水分解させ、カルニチンを得る方法、特許文献7には、カルニチンニトリルクロライドに塩基と水性過酸化水素を作用させてカルニチンアミド塩化物を得、引き続き塩基を作用させカルニチンを得る方法が記されている。
上記のように、カルニチンアミドはカルニチン製造における重要な中間体であるので、カルニチンを製造する前にカルニチンアミドの状態で保存することが多く、工程上水溶液の状態で保存する場合が特に多い。
カルニチンアミドは、水溶液の状態で保存しておくと、分解されたり、或いは何らかの作用で凝集物を形成したり、白濁したりする。凝集物や白濁は、カルニチンアミドをカルニチンに変換する際に、新たな不純物を生成する原因となったり、得られたカルニチンの結晶が着色したりするなどの問題を生じる。また、これらの凝集物や白濁を除去するためには、ろ過や遠心分離が必要で工程が煩雑になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭54−76830号公報
【特許文献2】特開昭54−113409号公報
【特許文献3】特開昭58−88312号公報
【特許文献4】特公昭43−26849号公報
【特許文献5】特公昭43−26850号公報
【特許文献6】特開昭63−56294号公報
【特許文献7】特開平01−287065号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、カルニチンの製造における重要な中間体であるカルニチンアミドについて、その水溶液が凝集物や白濁を形成しない保存方法について示した文献はない。
従って、本発明では、カルニチンアミド水溶液を保存する際に、凝集物や白濁を形成しないような保存方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、カルニチンアミド水溶液をpH9以上に調整して保存することにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、カルニチンアミド水溶液をpH9以上に調整して保存することを特徴とする、カルニチンアミド水溶液の保存方法に関する。
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0008】
(1)カルニチンアミド
カルニチンアミドは、下記一般式で示されるように、分子がプラスの電荷を帯びており、通常固体状態ではハロゲン化物の状態で存在する。
【0009】
【化1】

ここで、Xはハロゲン原子を表す。ハロゲン原子としては、例えば、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)などが挙げられる。中でも、カルニチンアミドハロゲン化物の様々な前駆体の入手し易さの観点から、塩素であることが好ましい。
【0010】
本発明で使用するカルニチンアミドハロゲン化物の製造方法としては、例えば、以下の方法を挙げることができる。
(i)カルニチンニトリルに塩基と過酸化水素とを作用させることにより、カルニチンアミドを得ることができる。この場合、前駆体のカルニチンニトリルは、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルにトリメチルアミンを作用させることにより得ることができる(特開平1−287065号公報参照)。
(ii)D−樟脳酸−L−カルニチンアミドをイソプロピルアルコールに溶解させ、当該溶液に塩化水素ガスを通じることによってカルニチンアミドを得ることも可能である(特開昭55−13299号公報参照)。
(iii)p−トルエンスルホン酸存在下、カルニチン塩酸塩をアルコール中で加熱することによりカルニチンエステルを合成し、続いてアンモニア水で処理することによって、カルニチンアミドを得ることも可能である。
(iv)4−ハロ−3−ヒドロキシブタンアミドにトリメチルアミンを作用させることにより、カルニチンアミドを得ることができる。この場合、前駆体の4−ハロ−3−ヒドロキシブタンアミドは、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを塩基触媒や酵素触媒を用いてアミド化することにより得ることができる。本発明では、当該方法で得られたカルニチンアミドハロゲン化物を使用するのが好ましい。当該方法によれば効率よくカルニチンアミドハロゲン化物が得られるからである。
【0011】
本発明で使用するカルニチンアミドハロゲン化物は、上記のような製造方法で製造した反応終了液をそのまま用いても、精製したものを用いても、どちらでもよい。またカルニチンアミドハロゲン化物のD体またはL体のうちいずれか一方が他方よりも多く含まれている光学異性体でもよい。
一般に、カルニチンアミドハロゲン化物を製造するための出発化合物が光学純度を有していれば、光学活性体としてカルニチンアミドハロゲン化物を得ることができる。また、カルニチンアミドハロゲン化物のラセミ体から、光学分割剤を用いて光学活性体を得ることができる。その光学活性体をカルニチンアミドハロゲン化物のラセミ体に任意の量を混ぜることで、任意の光学純度を持った光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を得ることもできる。
(2)カルニチンアミド水溶液
本発明の方法で保存するカルニチンアミド水溶液は、どのような方法で製造されたものでも使用することができる。
固体のカルニチンアミドハロゲン化物を水に溶解させて作ることもできるが、上述した方法により得られた水溶液となっているカルニチンアミドをそのまま使用するのが好ましく、その中でも(iv)の方法で得られたカルニチンアミド水溶液を使用するのがより好ましい。このとき、必要に応じて、不純物を除去するために精製を行ったり、カルニチンアミドを濃縮又は希釈したりしてもよい。
(2−1)pH
本発明においては、カルニチンアミド水溶液のpHは9以上に調整する。9以上に調整することにより、カルニチンアミド水溶液を保存した際に凝集物や白濁の形成を抑制することができるからである。好ましく9〜11程度、より好ましくは9〜10.5程度とすればよい。pHの上限を11以下とすることにより、カルニチンアミドの加水分解の進行を十分に後らせることができる。
本発明において、pHを調整するために使用する塩基性物質としては、水溶液を塩基性にすることができれば限定されない。例えば、NaOH、KOH、Ca(OH)、NaCO、NaHCO、KCO、トリメチルアミン、トリエチルアミン及びアンモニアからなる群から選ばれる少なくとも1種である。添加量は、所望のpHが得られる限り限定されない。また、添加方法も限定されず、固体状態で添加してもよいし水溶液として添加することも可能である。さらに、必要に応じて当該水溶液を撹拌してもよい。
(2−2)濃度
カルニチンアミドの濃度は特に限定されない。例えば0.2〜30質量%以下とすればよく、1〜20質量%がより好ましい。0.2質量%とすることにより、保存すべき当該水溶液の量が多いために取り扱い性が悪くなることを防ぐことができる。また、30質量%以下とすることにより、水溶液に粘性が生じて当該水溶液が取り扱い難くなることを避けることができるからである。
(2−3)保存温度
カルニチンアミド水溶液を保存する際の温度は特に限定されないが、40℃以下とすればよい。40℃以下とすることにより、凝集物や白濁の形成を抑制する効果が強くなるからである。反応液が凍らない温度〜40℃程度で保存することが好ましく、反応液が凍らない温度〜35℃程度がより好ましい。なお、カルニチンアミド水溶液は凝固点降下により0℃以下になっても凍らないが、カルニチンアミド水溶液の凝固点はカルニチンアミドの濃度によっても異なる。従って、保存するカルニチンアミド水溶液の濃度に応じて適宜選択すればよい。
(2−4)共存する塩
また、本発明で使用するカルニチンアミドは、上述したように製造の仕方によって様々な化合物と対塩を形成し、また様々な塩と共存する可能性が高い。共存する可能性のある塩は無限にあるが、その中でも、NaCl、KCl、CaCl、トリメチルアミン塩酸塩、トリエチルアミン塩酸塩、塩化アンモニウム等がカルニチンアミドと共存する可能性が高い。
本発明においてはこれらの塩が共存していてもよく、その濃度はカルニチンアミドに対して30〜60質量%程度がよい。溶液に対する(カルニチン水溶液中の)濃度としては0.01〜20質量%以下が好ましく、0.04〜15質量%がより好ましい。0.01質量%以上とするのは、凝集物や白濁の形成を抑制する効果があるからである。一方、20質量%以下とするのは、カルニチンアミドが析出しやすくなるからである。
(3)カルニチンの製造
カルニチンアミドは、下記一般式(2)で示されるように、塩基触媒により加水分解されてカルニチンとなる。
【0012】
【化2】

ここで使用する塩基触媒としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、アルカリ金属の炭酸塩または重炭酸塩、第3級アミン、第4級アンモニウムヒドロキシド、塩基性陰イオン交換樹脂等であり、より詳細には、NaOH、KOH、Ca(OH)、NaCO、NaHCO、KCO、トリメチルアミン、トリエチルアミン、NHOH、陰イオン交換樹脂IRA−400などが挙げられる。これらは単独で用いても、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。特に、NaOH、KOH、NaCO、NaHCO、KCO、トリメチルアミン水溶液及びアンモニア水溶液からなる群から選ばれる少なくとも一種を用いることが好ましい。比較的入手し易いからである。
カルニチンアミド水溶液を塩基性で保存すると、カルニチンへの加水分解反応はわずかながら進行する。カルニチンアミドはカルニチン製造における中間体であり、加水分解が進行してカルニチンが生成することは通常問題ない。カルニチンへの加水分解工程において副生するアンモニアは反応液を塩基性に保つ役割を果たすため、塩基性に保つことで加水分解が進行しても反応液が中性や酸性を呈することはなく、塩基性条件による水溶液の保存が可能である。また、pH9以上の塩基性下で保存した後に、さらに塩基性を強めて加水分解速度を速め、カルニチン水溶液を得ることができる。
塩基性水溶液中でカルニチンアミドを保存したのち、カルニチンアミドを加水分解してカルニチンを製造する際、溶媒としては特に制限はないが、カルニチンアミド水溶液を塩基性で保管した後、そのまま水溶液を塩基触媒で加水分解することが最も好ましい。
以上のようにして合成したカルニチンは、抽出、カラム分離、再結晶、電気透析、イオン交換法等の公知の方法により、単離精製することができる。また加水分解反応では、薄い褐色に着色することがある。また加水分解反応終了後の中和後にも着色することがある。この脱色のため、活性炭などによる脱色操作を行ってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、長期にわたって、凝集物や白濁を形成させずにカルニチンアミド水溶液を保存することができる。また、本発明の方法によって保存されたカルニチンアミドを加水分解してカルニチンを製造する場合には、カルニチンの着色や精製過程での電気透析において膜が詰まる等の問題は生じない。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<実施例1>
試験管にカルニチンアミドクロライド:1.74gを入れ、水で薄めて全体を30gにした。塩化物イオンを除いたカルニチンアミドの濃度は4.75%となる。これに4%NaOH水溶液を1ml加え、pH=9.4とした。これを30℃のインキュベーターに保管した。14日後水溶液を顕微鏡で観察したところ、凝集物や白濁は観測されなかった。
<実施例2>
NaCl:0.75gを追加する他は、実施例1と同様にして30℃のインキュベーターに保存した。pH=9.3であった。14日後水溶液を顕微鏡で観察したところ、凝集物や白濁は観測されなかった。
<実施例3>
トリメチルアミン塩酸塩:0.03gを追加する他は、実施例2と同様にして30℃のインキュベーターに保存した。このときの水溶液のpHは9.4であった。14日後水溶液を顕微鏡で観察したところ、凝集物や白濁は観測されなかった。
<実施例4>
10℃のインキュベーターに保存する以外は、実施例2と同様に実験を行った。14日後水溶液を顕微鏡で観察したところ、凝集物や白濁は観測されなかった。
<実施例5>
4%NaOH水溶液を2ml加え、pH=10.1とした以外は実施例1と同様にして、30℃のインキュベーターに保存した。14日後水溶液を顕微鏡で観察したところ、凝集物や白濁は観測されなかった。
<実施例6>
カルニチンアミドクロライド:3.58g(カルニチンアミド濃度)、4%NaOH水溶液を1.5ml加え、pH=9.6としたこと以外は実施例1と同様にして、30℃のインキュベーターに保存した。14日後水溶液を顕微鏡で観察したところ、凝集物や白濁は観測されなかった。
<実施例7>
500mL三つ口フラスコにカルニチンアミドクロライド:17.4gを入れ、水で薄めて全体を300gにした。塩化物イオンを除いたカルニチンアミドの濃度は4.75%となる。これに4%NaOH水溶液を10ml加え、pH=9.4とした。これを30℃のインキュベーターに保管した。14日後水溶液を顕微鏡で観察したところ、凝集物や白濁は観測されなかった。
この水溶液に48%NaOH水溶液14.7gを加え、40℃に保って加水分解を行った。14時間後、カルニチンアミドの転化率は100%に達し、この時のカルニチンの収率は98.2%、副生成物クロトノベタインの収率は0.92%であることがわかった。
また、加水分解後の電気透析工程では膜が目詰まりを起こしたり、再結晶操作では取得した結晶が黄褐色に着色したりするという問題は生じなかった。
<比較例1>
pH=6.5とする以外は実施例1と同様にして、30℃のインキュベーターに保存した。3日後水溶液が白く濁っており、顕微鏡で観察したところ、凝集物と思われるものが観測された。
この水溶液に48%NaOH水溶液1.47gを加え、40℃に保って加水分解を行った。15時間後、カルニチンアミドの転化率は100%に達し、この時のカルニチンの収率は97.2%、副生成物クロトノベタインの収率は0.89%であることがわかった。
加水分解後の溶液は凝集物と思われるものはなくなり、水溶液はやや濁った透明になったが、その後の電気透析工程では膜が目詰まりを起こしたり、再結晶操作では取得した結晶が黄褐色に着色したりするなど、諸操作で問題が発生した。
実施例1〜7及び比較例1の結果を表1にまとめた。
【0015】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルニチンアミド水溶液をpH9以上に調整して保存することを特徴とする、カルニチンアミド水溶液の保存方法。
【請求項2】
カルニチンアミドの濃度が0.2〜30質量%である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
NaOH、KOH、Ca(OH)、NaCO、NaHCO、KCO、トリメチルアミン、トリエチルアミン及びアンモニアからなる群から選ばれる少なくとも1種を添加することによりpHを調整する、請求項1記載の方法。
【請求項4】
カルニチンアミド水溶液中に、NaCl、KCl、CaCl、トリメチルアミン塩酸塩、トリエチルアミン塩酸塩、塩化アンモニウムの少なくとも一種の塩が存在する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
塩濃度の合計がカルニチンアミド水溶液中0.01〜20質量%である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
保存する際の温度が、反応液が凍らない温度〜40℃である、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法で保存したカルニチンアミドを加水分解することにより、カルニチンを得る方法。

【公開番号】特開2011−84529(P2011−84529A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−239790(P2009−239790)
【出願日】平成21年10月16日(2009.10.16)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】