説明

カルボキシペプチダーゼ遺伝子

【課題】醤油及び酵素分解調味料中に存在するペプチドを分解することができる新規なカルボキシペプチダーゼを提供する。
【解決手段】以下の(a)又は(b)のカルボキシペプチダーゼ。(a)特定のアミノ酸配列からなるタンパク質(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつカルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質。新規カルボキシペプチダーゼは、タンパク質原料を効率良く分解し、アミノ化率を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボキシペプチダーゼ、カルボキシペプチダーゼ遺伝子、新規な組み換え体DNA及びカルボキシペプチダーゼの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
カルボキシペプチダーゼは、タンパク質のカルボキシ末端からアミノ酸を順次遊離させる酵素である。
これまでに哺乳類から微生物にいたるまで多くのカルボキシペプチダーゼの酵素学的性質が決定され、また、遺伝子についても解析されている。例えば、ヒトの膵臓由来(例えば、非特許文献1参照)、サッカロマイセス・セレビシエ由来(例えば、非特許文献2参照)、アスペルギルス・オリゼー由来(例えば、特許文献1〜2、非特許文献3参照)のものが知られている。
【0003】
麹カビ(黄麹菌)であるアスペルギルス・オリゼーおよびアスペルギルス・ソーヤは、味噌・醤油・日本酒などの、日本における醸造食品の製造に古くから使われてきており、高い酵素生産性と、長年の利用による安全性に対する信頼の高さから、産業上特に重要な微生物である。
【0004】
醤油製造の際に、原料の分解は、麹菌により生産されるプロテアーゼによってポリペプチドに分解され、更にポリペプチドからロイシンアミノペプチダーゼによりアミノ末端から、酸性カルボキシペプチダーゼによりカルボキシル末端から分解され、主にアミノ酸及びジペプチドから成る低分子ペプチドに分解される。これらの酵素が互いに補足しあって、多種類のペプチドを分解できるようになっており、高分子のタンパク質を完全に可溶化・分解・アミノ酸化するためは、カルボキシペプチダーゼが不可欠である。これは、大豆タンパク質にプロテアーゼだけで分解すると、窒素分の可溶化は著しいが、グルタミン酸およびその他のアミノ酸の生成がほとんどないのに対して、プロテアーゼにカルボキシペプチダーゼを添加し、分解することにより、窒素の可溶化が増加するとともに、グルタミン酸およびその他のアミノ酸の溶出が著しいことからも分かる(例えば、非特許文献4参照)。
【0005】
醤油及び酵素分解調味料中には未分解のペプチドが残存していることが知られている。カルボキシペプチダーゼがあれば、それらの醤油及び酵素分解調味料に残存するペプチドを速やかに分解することで、アミノ化率の向上、アミノ酸組成の変化による呈味性の改善に寄与することが期待される。そのため、麹菌からカルボキシペプチダーゼを得ることが強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−250584号公報
【特許文献2】特許第4073962号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ヨーロピアン ジャーナル オブ バイオケミストリー(Eur.J.Biochem),1989年,第179巻,第3号,p609−616,1989年
【非特許文献2】バイオケミストリー(Biochemistry),1974年,第13巻,第19号,p3871−3877
【非特許文献3】アプライド アンド エンバイロメンタル マイクロバイオロジー(Applied and Enviromental Microbiology),1999年8月,第65巻,第8号,p.3298−3303
【非特許文献4】栃倉辰六郎,他,「醤油の科学と技術」,日本醸造協会,昭和63年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、醤油及び酵素分解調味料中に存在するペプチドを分解することができる新規カルボキシペプチダーゼ、該酵素をコードする新規遺伝子、該遺伝子を含む組み換え体DNA、該組み換え体DNAを含む形質転換体又は形質導入体及び該形質転換体又は形質導入体を用いたカルボキシペプチダーゼの製造法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)由来のカルボキシペプチダーゼ遺伝子を単離し、構造決定し、カルボキシペプチダーゼ活性を確認し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち本発明は、
1)以下の(a)又は(b)のカルボキシペプチダーゼ。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつカルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質
2)以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードするカルボキシペプチダーゼ遺伝子。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつカルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質
3)以下の(a)又は(b)のDNAからなるカルボキシペプチダーゼ遺伝子。
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるDNA
(b)(a)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、カルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
4)上記2)又は3)記載のカルボキシペプチダーゼ遺伝子をベクターDNAに挿入したことを特徴とする新規な組み換え体DNA。
5)上記4)記載の組み換え体DNAを含む形質転換体又は形質導入体。
6)上記5)記載の形質転換体又は形質導入体を培地に培養し、培養物からカルボキシペプチダーゼを採取することを特徴とするカルボキシペプチダーゼの製造法。
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のアスペルギルス・ソーヤ特有の新規なカルボキシペプチダーゼは、タンパク質原料を効率良く分解し、アミノ化率を向上させることができるので、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.カルボキシペプチダーゼ及びそれをコードする遺伝子。
本発明のカルボキシペプチダーゼは、以下の(a)又は(b)のカルボキシペプチダーゼである。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつカルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質
(a)に示すタンパク質は、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌の染色体DNA又はcDNA由来の天然型カルボキシペプチダーゼ遺伝子をクローニングし、これを適当なベクター−宿主系に導入して発現させることにより得られる。
なお、該タンパク質は、(b)に示す通り、カルボキシペプチダーゼ活性を有する限り、(a)のアミノ酸配列において、1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されていてもよい。本発明において「複数」とは、アミノ酸残基のカルボキシペプチダーゼタンパク質の立体構造における位置又は種類によっても異なり、通常2〜300個、好ましくは、2〜200個、更に好ましくは、2〜50個、最も好ましくは、2〜10個を意味する。
【0013】
そのような変異型カルボキシペプチダーゼ、すなわち上記(b)のタンパク質は、天然型カルボキシペプチダーゼ遺伝子の塩基配列に対して置換、欠損、挿入、付加又は逆位等の変異を導入して変異型カルボキシペプチダーゼ遺伝子を作製し、これを適当なベクター−宿主系に導入して発現させることにより得られる。
【0014】
遺伝子への変異導入法としては、例えば、部位特異的変異誘導法、PCRによるランダム変異導入法、更には、遺伝子を選択的に開裂し、次いで、選択されたヌクレオチドを除去又は付加した後、遺伝子を連結する方法等が挙げられる。
【0015】
本発明のカルボキシペプチダーゼ遺伝子は、上記(a)又は(b)のタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子である。なお、本発明のカルボキシペプチダーゼ遺伝子は、(a)又は(b)のタンパク質をコードするDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、カルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。本発明において「ストリンジェントな条件」とは、例えば、NaCl濃度が50〜300mM、好ましくは150mMであり、温度が42〜68℃、好ましくは65℃以上での条件をいう。
上記(a)のタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子の一例としては、配列番号1記載の塩基配列を含むDNAが挙げられる。このDNAは、天然型カルボキシペプチダーゼ遺伝子である。
【0016】
天然型カルボキシペプチダーゼ遺伝子は、アスペルギルス属に属する糸状菌の染色体DNA又はcDNA由来の天然型遺伝子をクローニングすることにより得られる。遺伝子のクローニング方法としては、例えば、糸状菌より染色体DNAを抽出し、アスペルギルス・ソーヤのゲノム配列を参考として設計したプライマーを用いて染色体DNAよりPCRにより目的のDNA断片を得る方法が挙げられる。
【0017】
増幅されたDNAを適当なプロモーター及びターミネーターに連結し、それを糸状菌のゲノム中に相同組み換えにて挿入する。使用するプロモーターには麹菌の場合、例えば翻訳伸長因子であるTEF1遺伝子のプロモーター又はα−アミラーゼのプロモーター、アルカリプロテアーゼのプロモーターが利用出来る。
もしくは、増幅されたDNAを適当なベクターに挿入して組み換え体DNAを作製する。ベクターへのクローニングには、TA Cloning Kit (Invitrogen社)等の市販のキットあるいは、pUC119(宝酒造社製)、pBR322(宝酒造社製)、pBluescript SK+(Stratagene社製)等の市販のプラスミドベクターDNA、λEMBL3(Stratagene社製)等の市販のバクテリオファージベクターDNAが使用できる。
【0018】
得られた組み換え体DNAを用いて、例えば、大腸菌K−12、好ましくは大腸菌JM109(宝酒造社製)、XLI−Blue(Stratagene社製)等を形質転換又は形質導入して、それぞれ形質転換体又は形質導入体を得る。形質転換は、例えば、D.M.Morrisonの方法(メソッズ イン エンザイモロジー(Methods in Enzymology),1979年,第68巻,p326−331)により行なうことができる。また、形質導入は、例えば、B.Hohnの方法(メソッズ イン エンザイモロジー(Methods in Enzymology),1979年,第68巻,p299−309)により行なうことができる。宿主細胞としては、大腸菌の他、他の細菌、酵母、糸状菌、放線菌等の微生物や動物細胞、植物細胞等が利用できる。
【0019】
上記で増幅されたDNAの全塩基配列(配列番号1参照)は、例えば、Li−COR MODEL 4200Lシークエンサー(アロカ社より購入)、370DNAシークエンスシステム(パーキンエルマー社製)、CEQ2000XL DNAアナリシスシステム(ベックマン社製)を用いて解析できる。塩基配列を、部分アミノ酸配列の情報と比較することにより、天然型カルボキシペプチダーゼ遺伝子が取得できたか否かを確認することができる。
そして、天然型カルボキシペプチダーゼ遺伝子の解析により、翻訳されるポリペプチド、すなわち、(a)のタンパク質のアミノ酸配列が確定される。
【0020】
2.カルボキシペプチダーゼの製造法
本発明のカルボキシペプチダーゼを製造する場合は、先ず、カルボキシペプチダーゼ遺伝子をクローニングし、それをセルフクローニングによって自身の高発現プロモーター制御下で強制発現させればよい。高発現プロモーターは例えばアスペルギルス・ソーヤの場合、α−アミラーゼのプロモーター領域、翻訳伸長因子であるTEF1プロモーター領域、アルカリプロテアーゼ遺伝しプロモーター領域等が利用出来る。
または、クローニングしたカルボキシペプチダーゼ遺伝子を用いて組み換え体DNAを作製し、該組み換え体DNAを含む形質転換体又は形質導入体を作製し、これらを培養し、培養物からカルボキシペプチダーゼを採取すればよい。
【0021】
本発明のカルボキシペプチダーゼ遺伝子を用いて、カルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質を生産するためには、好適なベクター−宿主系を選択する必要がある。そのような系としては、pST14(モレキュラー アンド ジェネラル ジェネティクス(Mol.Gen.Genet.),1989年,第218巻,p99−104)及び糸状菌〔アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae), アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae),アスペルギルス・ニドゥランス(Aspergillus nidulans),アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger), ペニシリウム・クリゾゲナム(Penicillium chrysogenum)等〕の系、酵母発現ベクターYEpFLAG−1(SIGMA社製)及び酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の系、大腸菌発現ベクターpTE(Stragagene社製)及び大腸菌エッシェリシア・コリ(Escherichia coli)の系等が挙げられる。タンパク質への糖鎖付加がおこるという点で糸状菌又は酵母の系を使用することが好ましい。
【0022】
組み換え体DNAは、カルボキシペプチダーゼ遺伝子を適当なベクターに挿入することにより得られる。ベクターとしては、市販品、例えば、酵母発現ベクターYEp−FLAG−1(SIGMA社製)、pYES2、pYD1(Invitrogen社製)、pUR123(宝酒造社製)、pYEX−BX、pYEX−S1、pYEX−4T(CLONTECH社製)、大腸菌発現ベクターpSET(Invitrogen社製)、pTE(Stragatene社製)等が使用できる。
【0023】
次いで、該組み換え体DNAを宿主細胞に形質転換又は形質導入する。宿主細胞としては、大腸菌又は酵母の他、他の細菌、糸状菌、放線菌等の微生物あるいは動物細胞が使用可能である。
【0024】
以上によりカルボキシペプチダーゼ生産能を有する形質転換体又は形質導入体が得られる。形質転換体又は形質導入体を培養するには、通常の固体培養法もしくは液体培養法を採用することができる。
【0025】
宿主として麹菌を用いた場合、培地としては、例えば、醤油麹あるいはふすま麹等の固体培地もしくはPD培地等の一般的な富栄養液体培地が使用できる。
麹菌を培養する場合は、固体培養においては25〜35℃、好ましくは30℃前後で、24〜48時間静置培養する。液体培養においては25〜35℃、好ましくは30℃前後で、24〜48時間通気攪拌条件により、振盪培養することが好ましい。
【0026】
発現したカルボキシペプチダーゼを、J.P.T.W. van den Homeverghらの方法(ジーン(Gene),1994年,第151巻,p73−79)を一部改変した方法により精製できる。
麹菌の場合では、該形質転換麹菌を上記の適当な方法で培養後、固体培養の場合は麹を水又は適当な緩衝液にて、時折攪拌しながら1〜5時間抽出し、麹抽出液を得る。
【0027】
液体培養では培養液を濾過もしくは遠心分離して培養上澄を得る。もしくは菌体を回収し、該菌体に細胞壁溶解酵素を加え充分に細胞壁を溶解させた後、遠心分離して上澄み液を得る。この上澄み液に硫酸アンモニウムを添加し塩析させ、更に、遠心分離して不溶性タンパク質を除きカルボキシペプチダーゼを含む粗酵素液を得る。
【0028】
麹抽出液もしくは培養上澄、粗酵素液からフェニルセファロースカラム、DEAE−セファロースカラム、ゲル濾過カラム、HPLCを用いて、カルボキシペプチダーゼ活性画分を精製することにより精製されたカルボキシペプチダーゼを得ることができる。
【0029】
なお、本発明における遺伝子工学的方法は、例えば、「モレキュラー クローニング:実験室マニュアル 第二版(Molecular Cloning: A Laboratory Manual 2nd edition),1989年,コールド スプリング ハーバー ラボラトリー プレス(Cold Spring Harbor Laboratory Press),ISBN 08769−309−6」等の記載に準じて実施可能である。
【0030】
以下、実施例に即して本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの記載によってなんら制限されるものではない。
【実施例1】
【0031】
形質転換宿主には、アスペルギルス・ソーヤ ASKUPTR8株(ΔpyrG、ku70::prtA)(高橋理、他2名,モレキュラー ジェネティクス アンド ゲノミクス(Mol. Genet. Genomics),2006年,第275巻,第5号,p460−470、特開2007−222055号公報参照)をもとにpyrGマーカーを用いてAdeA遺伝子を破壊したアスペルギルス・ソーヤ KUADE_1株(ku70::ptrA、adeA::pyrG)を用いた。
【0032】
<アスペルギルス(Aspergillus)属菌におけるカルボキシペプチダーゼ相同遺伝子の検索>
アスペルギルス・ソーヤのゲノム配列から、Blast(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/blast.cgi)を用いて相同性検索を行ったところ、1919塩基からなる推定オープンリーディングフレーム(以下、ORFという)を得た。該ORFをアスペルギルス・ソーヤ特有の新規カルボキシペプチダーゼ遺伝子の断片であると推定し、該遺伝子のクローニングを行った。
【0033】
<アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)からのゲノムDNA抽出>
アスペルギルス・ソーヤATCC46250株をバッフル付き三角フラスコにて、PD培地(2% デキストリン、1% ポリペプトン、0.5% KHPO、0.1% NaNO、0.05% MgSO・7HO、0.1% カザミノ酸)で30℃、20時間振とう培養を行なった。
培養終了後、培養液をMiracloth(CALBIOCHEM社製)で濾過して菌体を集めた。集めた菌体を滅菌水で洗浄した後、液体窒素中で凍結させ乳鉢を用いて物理的に磨砕し、細かい粉末状の菌体片とした。菌体片からNuclei Lysis SolutionおよびProtein Precipitation Solution(共にPromega)を用いてゲノムDNAを抽出した。全ての操作は添付のプロトコールに従った。
【0034】
上記で得られたゲノムDNAを鋳型に、表1のCpd9_F1_pMDLM及びCpd9_R1_pMDLMで示すプライマーを用いて、KOD−plus ver.2(TOYOBO社製)を用いてPCRによりアスペルギルス・ソーヤ特異的なカルボキシペプチダーゼ遺伝子(Cpd9とする)をクローニングした。全ての操作は添付のプロトコールに従った。PCRの装置としてiCycler 170−8720JA(BioRad社製)を使用した。同様に表1のCpd_R1_pMDLM及びAlp_3Rで示すプライマーを用いてアルカリプロテアーゼ遺伝子のプロモーター領域を、Amy_T1F及びAmy_T1605Rで示すプライマーを用いてアミラーゼ遺伝子のターミネーター領域をクローニングした。
【0035】
増幅されたDNA断片を0.7%アガロースゲル中で分離し、QIAquickGel Extraction Kit(QIAGEN社製)を用いて抽出した。操作は添付のプロトコールに従った。抽出されたDNA断片を鋳型にDouble joint PCRを行ない、各DNA断片を連結した。Double joint PCRの反応条件はYu,J.−Hらの方法(ファンガル ジェネティクス アンド バイオロジー(Fungal Genetics and Biology),2004年,第41巻,p973−981)を参考に行なった。最後に、得られたPCR産物を鋳型に表1のAlp_−1990F及びAmy_T1231Rで示すプライマーを用いてNested−PCRを行い、目的のカセットを構築した。
【0036】
上記と同様の方法を用いて表2で示すプライマーの組み合わせによりアミラーゼ5’−UTR領域、ホスホリボシルアミドイミダゾール−スクシノカルボキシアミドシンターゼ遺伝子(AdeAとする)、及びアルカリプロテアーゼプロモーター領域をPCRによりクローニング後、Joint PCRにより3断片を連結した。この際、最終的なカセットは表1のAmy_−2364F及びAlp_3Rで示すプライマーを使用して取得した。
【0037】
これらの方法により得られた二つのDNA断片を用いてアスペルギルス・ソーヤKUADE_1株(ku70::ptrA、adeA::pyrG)を宿主にプロトプラスト−PEG法により形質転換を行い、アミラーゼの遺伝子座にadeA遺伝子、アルカリプロテアーゼプロモーター、カルボキシペプチダーゼ遺伝子が挿入された強制発現株を取得した。同様の操作を既知のカルボキシペプチダーゼ遺伝子(Cpd1)に対しても行い、強制発現株を取得した。
【0038】
【表1】



【0039】
【表2】

*alp, アルカリプロテアーゼ遺伝子; amy, アミラーゼ遺伝子。
開始コドン直前を−1とし、アミラーゼ遺伝子終止コドン直後をT1とする。
**アスペルギルス・ソーヤATCC46250の染色体DNAを鋳型に使用。
【0040】
<強制発現株のふすま麹水抽出液におけるカルボキシペプチダーゼ活性>
得られた強制発現株を用いてふすま麹を作成した。ふすま麹は10gの小麦ふすまに8mLの散水を行い、5gずつ150mL三角フラスコに分注した。これを121℃、50分オートクレーブした後、麹菌分生子懸濁液を10個/g麹となるように加え、30℃、40時間培養した。培養後の麹に水を50mL加え、定期的に攪拌しながら3時間抽出を行った。これをNo.2の定性濾紙(アドバンテック社製)にてろ過後、ろ液をふすま麹10倍水抽出液としてカルボキシペプチダーゼ活性の測定を行った。測定には酸性カルボキシペプチダーゼ測定キット(キッコーマン社製)を使用し、添付のプロトコールに従った。
対照株であるku70のみを破壊した株と比較して、新規なカルボキシペプチダーゼ遺伝子を強制発現させた株においては、その活性が約1.5倍上昇し、カルボキシペプチダーゼ活性を有することが確認された(表3参照)。
【0041】
【表3】

【0042】
<カルボキシペプチダーゼ遺伝子強制発現株を用いた醤油麹の作製、及びグルテン分解>
上記の操作により得られた強制発現株およびコントロール株を用いて醤油麹を作製した。加熱水蒸気型連続膨化処理装置によるパフ化を行なった脱脂大豆15.35g、焙煎割砕小麦16.5g、水24mLを混合し、よく混合した後、150mL三角フラスコに10gずつ分注した。これらの原料を121℃、20分の条件でオートクレーブを行った後、各菌株の分生子懸濁液を106個植菌し、30℃で三日間培養した。
得られた醤油麹全量に対してグルテン粉18.5g、0.5mg/mLのアンピシリンを含む13%食塩水 33mL、及びCK懸濁液 0.33mLを添加し、40℃で8日間分解を行なった。
CK懸濁液はクリプトコッカス・ノダシエンスG20をYPD(1% Yeast Extract、2%ペプトン、2%グルコース)液体培地で25℃、4日間培養後、遠心分離で菌体を10倍濃縮したものを使用した。
分解終了後、No.2の定性ろ紙(アドバンテック社製)を用いて濾過を行い、ろ液を回収した。
【0043】
<グルテン分解液のアミノ化率の算出>
グルテン分解液の一部を遠心分離し、上澄50μLを6.7N HClが0.45mL入ったバイアルに添加して密栓した。このバイアルを110℃、24時間インキュベートし、その後得られた液を遠心分離にて上澄を回収し、塩酸分解液とした。
塩酸分解液およびグルテン分解液をHPLCによるアミノ酸分析に供した。その結果、表4に示す通りコントロールに比べアミノ化率が向上し、既知のカルボキシペプチダーゼ遺伝子(Cpd)を強制発現させたものとアミノ化率を比較しても、同程度であった。
【0044】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のカルボキシペプチダーゼ。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつカルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質
【請求項2】
以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードするカルボキシペプチダーゼ遺伝子。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつカルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質
【請求項3】
以下の(a)又は(b)のDNAからなるカルボキシペプチダーゼ遺伝子。
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるDNA
(b)(a)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、カルボキシペプチダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項4】
請求項2又は3記載のカルボキシペプチダーゼ遺伝子をベクターDNAに挿入したことを特徴とする新規な組み換え体DNA。
【請求項5】
請求項4記載の組み換え体DNAを含む形質転換体又は形質導入体。
【請求項6】
請求項5記載の形質転換体又は形質導入体を培地に培養し、培養物からカルボキシペプチダーゼを採取することを特徴とするカルボキシペプチダーゼの製造法。

【公開番号】特開2011−147348(P2011−147348A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−8619(P2010−8619)
【出願日】平成22年1月19日(2010.1.19)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】