説明

カルボキシメチルセルロース化合物

【課題】生体吸収性及び生体親和性に優れた温度応答性ハイドロゲルを提供する。
【解決手段】 下記式(1)
【化1】


(ここでRは、OH、ONa、ポリプロピレングリコールまたはポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)とからなる共重合体であるポリアルキレンオキシド誘導体残基であり、Rの5〜100%がポリアルキレンオキシド誘導体残基であるものとする。またnは100〜10,000までの整数である。)
で表されるカルボキシメチルセルロース化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボキシメチルセルロース及びポリアルキレンオキシド誘導体からなるカルボキシメチルセルロース化合物に関する。更に詳しくは、カルボキシメチルセルロース及びポリアルキレンオキシド誘導体からなる温度応答性ハイドロゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大きく損傷したりまたは失われた生体組織と臓器の治療法の1つとして、細胞の分化、増殖能を利用し元の生体組織及び臓器に再構築する技術である再生医療の研究が活発になってきている。軟骨再生もそのひとつであり、下記の様に積極的な検討が行われている。
(1)コラーゲンを用いた基材を足場とした軟骨再生(非特許文献1)
(2)不溶性ベンジルエステル化ヒアルロン酸を用いた細胞培養基材(特許文献1、非特許文献2,3,4)
(3)架橋ヒアルロン酸体を用いた軟骨細胞培養基材(非特許文献5)
(4)ポリ乳酸、ポリグリコール酸を用いた組織再生基材(特許文献2)
【0003】
しかし前述の例は、細胞採取する際及び体内にインプラントする際に2度の切開手術が必要であり患者への負担が非常に大きい。この課題を解決するために今後内視鏡手術が増えると考えられ、内視鏡手術に適した人工材料の開発が非常に重要となってくる。求められる人工材料の特性として、1)形状を自在にコントロールできる(患部に直接注入できる)、2)細胞、成長因子を容易に包埋できるなどが考えられ、温度応答性ハイドロゲルはこの条件に非常に適した材料であるので、再生医療においてメリットが大きいと考えられる。
【0004】
温度応答性ハイドロゲルとは、水環境下において、ある温度以下では水和し、ある温度以上では脱水和することにより体積変化を引き起こすLower Critical Solution Temperature(LCST)タイプと、逆にある温度以上で水和することにより体積変化を引き起こすUpper Critical Solution Temperature(UCST)タイプに分類することが出来る。これら2つのタイプのうちでは、応答の速さ等の面に優れるLCSTの性質を有するタイプのハイドロゲルの方がドラッグデリバリーシステムにおいて、好ましく使用されている。LCSTの性質を有するタイプのハイドロゲルは、例えば、ある温度以下では高分子と水との相互作用が優先するために水溶液中に均一に溶解しているが、ある温度以上になると水和よりも高分子の凝集の方が優勢になるために脱水和して、水溶液が白濁、ついには沈殿するポリマーである。即ち水−高分子系においてLCSTの性質を有するポリマーを主成分とし、該ポリマーを何らかの方法で3次元架橋することによって温度応答性ハイドロゲルを得ることが出来る。
【0005】
水−高分子系においてLCSTの性質を有するポリマーとしては、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)等のN−置換(メタ)アクリルアミド誘導体、ポリ(N−アクリロイルピロリジン)、ポリ(N−アクリロイルピペリジン)等の含窒素環状ポリマー、ポリ(N−アクリロイル−L−プロリン)等のビニル基含有アミノ酸とそのエステル類、ポリ(ビニルメチルエーテル)、ポリ(エチレングリコール)/ポリ(プロピレングリコール)、ポリ乳酸−ポリグリコール酸−ポリエチレンオキシド共重合体が知られている。これらのポリマーの中で、転移がシャープであり、相転移温度が生体系への応用に適するポリマーとしてポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)共重合体が代表的であり、共重合成分による相転移温度の制御、相転移温度の改善、相転移メカニズムの解明の各観点から盛んに研究が展開されている。
【0006】
しかし、現状においては生体内にインプラント可能な生体吸収性を示す温度応答性ハイドロゲルは殆ど無く、既存のものとしてポリ(エチレングリコール)/ポリ(プロピレングリコール)(非特許文献6)、ポリ乳酸−ポリグリコール酸−ポリエチレンオキシド共重合体(非特許文献7)しかない。しかしこれらポリマーは合成高分子であるため、生体マトリックス材料と比較すると生体親和性が低い等の問題が考えられる。そこで、生体マトリックス材料に温度応答性を付与できれば、生体吸収性及び生体親和性に優れた理想的な温度応答性ハイドロゲルが得られると予想される。
【0007】
生体マトリックス材料に温度応答性を付与する試みとして、キトサン(特許文献3)、ヒアルロン酸(特許文献4)の例が挙げられるが、相転移温度が高く生体内での利用が困難であると考えられるものや、追試において相転移現象を確認できない等問題がある。
【0008】
【特許文献1】米国特許第5939323号公報
【特許文献2】特表平10−513386号公報
【特許文献3】WO01/36000号公報
【特許文献4】WO99/24070号公報
【非特許文献1】Biomaterials.17,155−162(1996)
【非特許文献2】J.Biomed.Mater.Res.42(2),172-81(1998)
【非特許文献3】J.Biomed.Mater.Res.46(3),337-346(1999)
【非特許文献4】J.Ortho.Res.18(5),773-80(2000)
【非特許文献5】J.Ortho.Res.17(2),205-213(1999)
【非特許文献6】TISSUE ENGINEERING.Vol.8,No.4,709(2002)
【非特許文献7】Journal of Controlled Release.72,203(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の主な目的は、生体吸収性及び生体親和性に優れた温度応答性ハイドロゲルを提供することにある。更に詳しくは、多様な応答温度領域に対応できる温度応答性ハイドロゲルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、カルボキシメチルセルロース及びポリアルキレンオキシド誘導体からなるカルボキシメチルセルロース化合物に関する。更に詳しくは、カルボキシメチルセルロース及びポリアルキレンオキシド誘導体からなる温度応答性ハイドロゲルに関する。
【0011】
本発明は以下の通りである。
1.下記式(1)
【化1】

(ここでRは、OH、ONa、ポリプロピレングリコールまたはポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)とからなる共重合体であるポリアルキレンオキシド誘導体残基であり、Rの5〜100%がポリアルキレンオキシド誘導体残基であるものとする。またnは100〜10,000までの整数である。)
で表されるカルボキシメチルセルロース化合物。
2.1に記載のカルボキシメチルセルロース化合物からなるハイドロゲル。
3.カルボキシメチルセルロースとポリプロピレングリコールまたはポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)との共重合体であるポリアルキレンオキシド誘導体とを、カルボキシメチルセルロースのカルボキシル基100当量に対し、ポリアルキレンオキシド5〜100当量の割合で、溶媒に溶解し、触媒下反応させることによる請求項1に記載のカルボキシメチルセルロース化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のカルボキシメチルセルロース化合物からなる温度応答性ハイドロゲルは、多様な応答温度領域に対応できることから、取り扱い性に優れるため、内視鏡手術に適した人工材料として好適に用いられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳述する。なお、これらの実施例等および説明は本発明を例示するものであり、本発明の範囲を制限するものではない。本発明の趣旨に合致する限り他の実施の形態も本発明の範疇に属し得ることは言うまでもない。
【0014】
本発明のカルボキシメチルセルロース化合物は下記式(1)
【化2】

(ここでRは、OH、ONa、ポリプロピレングリコールまたはポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)とからなる共重合体であるポリアルキレンオキシド誘導体残基であり、Rの5〜100%がポリアルキレンオキシド誘導体残基であるものとする。またnは100〜10,000までの整数である。)
で表されるカルボキシメチルセルロース化合物である。
【0015】
ポリアルキレンオキシド誘導体の導入量をコントロールすることで、所望の相転移温度を有するカルボキシメチルセルロースハイドロゲルを調製することが可能となる。カルボキシメチルセルロースに導入されるポリアルキレンオキシド誘導体の量が多いほど、低温で相転移するハイドロゲルを提供することができる。、ものと考えられる。
【0016】
本発明で使用されているカルボキシメチルセルロースは、パルプ(セルロース)を水酸化ナトリウム溶液で溶解し、モノクロロ酢酸(あるいはナトリウム塩)でエーテル化し、さらに精製されたものを用いる。カルボキシメチルセルロースの分子量を変えることで、所望の相転移温度を有するカルボキシメチルセルロースハイドロゲルを調製することが可能となる。カルボキシメチルセルロースの分子量は、約5×10〜5×10のものが好ましい。さらに好ましくは、約5×10〜1×10である。なお本発明でいうカルボキシメチルセルロースは、そのアルカリ金属塩、例えば、ナトリウム、カリウム、リチウムの塩をも包含する。
【0017】
本発明で使用されているポリアルキレンオキシドは、1)ポリプロピレングリコール、あるいは2)ポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)からなる共重合体である。ポリアルキレンオキシド誘導体の分子量の分子量を変えることで、所望の相転移温度を有するカルボキシメチルセルロースハイドロゲルを調製することが可能となる。ポリアルキレンオキシド誘導体の分子量は、200〜6,000のものが好ましい。200以下であるとカルボキシメチルセルロースとの反応生成物が温度応答性を示さないことがある。また、6,000以上であると沈殿物が生じハイドロゲルを形成しないことがある。
【0018】
ポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)からなる共重合体としては、ポリ(プロピレングリコール)/ポリ(エチレングリコール)の共重合比が1/99〜99.9/0.1のものが好ましい。さらに好ましくは20/80〜99.9/0.1のものが好ましい。この範囲外であるとカルボキシメチルセルロースとの反応生成物は温度応答性を示さないことがある。
【0019】
ポリアルキレンオキシド誘導体の含有量は、カルボキシメチルセルロースのカルボキシル基100当量に対し5〜100当量である。5当量以下であるとカルボキシメチルセルロースとの反応生成物は温度応答性を示さない。ポリアルキレンオキシド誘導体の含有量は好ましくは10〜100当量である。
【0020】
本発明のカルボキシメチルセルロース化合物は、カルボキシメチルセルロースとポリアルキレンオキシドとを、カルボキシメチルセルロースのカルボキシル基100当量に対し、ポリアルキレンオキシド5〜100当量の割合で、溶媒に溶解し、触媒下反応させることにより好適に製造することができる。
【0021】
本発明で使用される触媒としては、カルボキシル基活性剤であり、N−ヒドロキシスクシンイミド、p−ニトロフェノール、N−ヒドロキシベンゾトリアゾール、N-ヒドロキシピペリジン、N-ヒドロキシスクシンアミド、2,4,5−トリクロロフェノール、縮合剤として1−エチル−3−(ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド、ジシクロヘキシルカルボジイミド等が好ましく挙げられる。
【0022】
本発明で使用される混合溶媒は水と環状エーテルとからなり、水が20〜70容量%である。水の含有量が20%よりも少ないとカルボキシメチルセルロースが溶解せず、また70%よりも高いとポリアルキレンオキシドが溶解しないため反応が進まない。水の含有量はさらに好ましくは、30〜60%である。
環状エーテルは、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキサン、1,3−ジオキソラン、モルフォリンであることが好ましい。
【0023】
反応温度は、好ましくは0〜60℃である。副生成物の産生を抑制するためには、反応を0〜10℃で行うことがより好ましい。
反応環境は弱酸性下が好ましい。さらに好ましくはpH6〜7である。
その他の製法として、カルボキシメチルセルロース・有機アンモニウム塩を介してハロゲン化ポリアルキレンオキシドと反応させる方法が挙げられる。
【0024】
その場合の反応溶媒は、メタノール、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン単独、または混合物であることが好ましい。
反応温度は、好ましくは0〜60℃である。さらに好ましくは0〜40℃である。
【実施例】
【0025】
以下の実施例により、本発明の詳細をより具体的に説明する。しかし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
本実施例に使用したカルボキシメチルセルロースナトリウムはシグマ・アルドリッチ製(平均分子量700,000、n=2,900)。その他の試薬についてはテトラヒドロフラン、0.1M HCl、0.1M NaOH、1−Ethyl−3−[3−(dimethylamino)propyl]−carbodi−imide(EDC)、1−Hydroxybenzotriazole monohydrate(HOBt)は、和光純薬工業(株)製、ジェファーミン(登録商標)XTJ−507(ポリ(プロピレングリコール)/ポリ(エチレングリコール)の共重合比が39/6、概略分子量が2,000)はハンツマン・コーポレーション製を使用した。
【0026】
[実施例1]
カルボキシメチルセルロースナトリウム100mgを水16mlに溶解し、さらにテトラヒドロフラン24mlを加えた。この溶液に、ジェファーミン(登録商標)XTJ−507 149mg(0.000075mol)(カルボキシメチルセルロースのカルボキシル基100当量に対し20当量)を加え、更に0.1M HCl/0.1M NaOHを添加し、pH6.8に調整した。1−Ethyl−3−[3−(dimethylamino)propyl]−carbodiimide(EDC)16mg(0.000082mol)、1−Hydroxybenzotriazole monohydrate(HOBt)12mg(0.000082mol)をテトラヒドロフラン/水=3/2 10mlに溶解し反応系に添加した後、終夜攪拌を行った。攪拌後透析により精製を行い、さらに凍結乾燥し目的の化合物を得た。確認はHNMR(日本電子 JNM−alpha400)により行い、目的物の生成を確認した。凍結乾燥品10mgをイオン交換水990mgに溶解し、濃度1wt%のハイドロゲルを調整した。このハイドロゲルの相転移挙動を調べるために、Rheometer RFIII(TA Instrument)を使用し、10〜50℃の温度領域で複素弾性率、粘度の測定を行った。その結果を図1に示す(G:複素弾性率、Eta:粘度を表す)。30℃付近より、複素弾性率、粘度の上昇が確認され50℃で飽和に達した(すなわちゾルからゲルへの転移を表す)。つまり、30〜50℃付近で温度相転移が起こったことが明らかとなった。
【0027】
[実施例2]
ジェファーミン(登録商標)XTJ−507 446mg(0.00022mol)(カルボキシメチルセルロースのカルボキシル基100当量に対し60当量)、1−Ethyl−3−[3−(dimethyl−amino)propyl]−carbodiimide(EDC) 47mg(0.00025mol)、1−Hydroxybenzotriazole monohydrate(HOBt)37mg(0.00025mol)とした以外は、実施例1と同様にカルボキシメチルセルロース化合物を得た。複素弾性率、粘度の温度による変化の測定結果を図2に示す。
【0028】
[比較例1]
カルボキシメチルセルロース10mgを、水990mgに溶解し、実施例1と同様に相転移挙動の観察を行った。結果を図3に示す。
【0029】
[図の説明]
相転移の温度制御については、実施例1,2に対応する図1,2の曲線が立ち上がる温度、つまり相転移開始温度を比較するとカルボキシメチルセルロースに導入されるジェファーミン(ポリアルキレンオキシド誘導体)の量が多いほど、低温側にシフトしていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のカルボキシメチルセルロース化合物は温度応答性ハイドロゲルであり、内視鏡手術をターゲットとした再生医療におけるInjectable gelとして有用である。本発明のハイドロゲルは、体温より低温の領域では液状で細胞や液性因子を簡単に混入でき、体内に注入すると体温によりゲルになることで、取扱い性にすぐれたScaffoldとして期待される。
すなわち体温付近で相転移を起こすことが可能な本発明のハイドロゲルはInjectable gelとしては有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1のカルボキシメチルセルロース化合物の複素弾性率、粘度の温度による変化。
【図2】実施例2のカルボキシメチルセルロース化合物の複素弾性率、粘度の温度による変化。
【図3】比較例1のカルボキシメチルセルロースの複素弾性率、粘度の温度による変化。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化1】

(ここでRは、OH、ONa、ポリプロピレングリコールまたはポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)とからなる共重合体であるポリアルキレンオキシド誘導体残基であり、Rの5〜100%がポリアルキレンオキシド誘導体残基であるものとする。またnは100〜10,000までの整数である。)
で表されるカルボキシメチルセルロース化合物。
【請求項2】
請求項1に記載のカルボキシメチルセルロース化合物からなるハイドロゲル。
【請求項3】
カルボキシメチルセルロースとポリプロピレングリコールまたはポリ(プロピレングリコール)およびポリ(エチレングリコール)との共重合体であるポリアルキレンオキシド誘導体とを、カルボキシメチルセルロースのカルボキシル基100当量に対し、ポリアルキレンオキシド5〜100当量の割合で、溶媒に溶解し、触媒下反応させることによる請求項1に記載のカルボキシメチルセルロース化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−2063(P2007−2063A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−182166(P2005−182166)
【出願日】平成17年6月22日(2005.6.22)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】