説明

カルボン酸エステル連続製造用触媒およびそれを用いた連続製造方法

【課題】酸素の存在下で高いアルデヒドまたはアルコール転化率と高いカルボン酸エステル選択性を長期に渡り安定して実現するカルボン酸エステル製造用触媒を提供する。
【解決手段】アルコール同士またはアルデヒドとアルコールをパラジウムを含む触媒と反応させてカルボン酸エステルを連続的に製造するに際して、触媒中のパラジウムのうち、下記式(1)のPd−Hの割合が0.001モル%以上10モル%以下で含まれる状態に維持する方法が、反応器入口酸素分圧と出口酸素分圧を、両者の相乗平均で計算される平均酸素分圧に対して、10〜1/10倍の範囲に制御する方法であることを特徴とするカルボン酸エステル製造用触媒。
(Pd−Hの割合%)=(脱離した水素のモル数×2)×100/(触媒中のPdのモル数)・・・(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素の存在下でアルコール同士またはアルデヒドとアルコールを反応させてカルボン酸エステルを製造する方法に関し、高いアルデヒドまたはアルコール転化率と高いカルボン酸エステル選択性を長期に渡り安定して実現する触媒を提供する。
【背景技術】
【0002】
アルコール2分子と酸素からパラジウム/活性炭触媒を用いてカルボン酸エステルを合成する反応は、古くは1968年 東京大学 功刀教授らの研究を嚆矢とする(非特許文献1)。この研究に先立つこと、1960年代、ロシアのMoiseevらは塩化パラジウム触媒を用いたエタノールの脱水素反応によるアセトアルデヒドの合成を、イギリス ICI社らのグループは、塩化パラジウム−塩化銅触媒を用いたアルデヒド、アルコール、酸素からのエステル合成反応をそれぞれ研究していた。功刀教授らのグループは、アルコール同士の反応、さらには、アルデヒドとアルコールの反応へと展開し、学問的興味の対象にとどまっていた該反応系の工業的有用性を飛躍的に高めた。
【0003】
本件発明者らは、工業的に有用なメタクリル酸メチル又はアクリル酸メチルを製造する方法として、メタクロレイン又はアクロレインをメタノールと酸素と反応させて、直接メタクリル酸メチル又はアクリル酸メチルを製造する酸化エステル化法について鋭意検討を重ねた。この製法ではメタクロレイン又はアクロレインをメタノール中で分子状酸素と反応させることによって行われ、パラジウムと鉛、ビスマス、タリウム、水銀を含む触媒が知られ(特許文献1)、また、パラジウムとこれら金属との金属間化合物を触媒とする例が開示されている(特許文献2)。
これらの触媒系では、すべてにおいて、金属パラジウムが必須であり活性種であると記載されており、金属パラジウムによりアルデヒドあるいはアルコールの活性水素が引き抜かれ、生成したアシル中間体とアルコキシ中間体がパラジウム上でカップリングする機構が功刀らにより提案されている。
【0004】
したがって、引き抜かれた活性水素が結合しているパラジウム(以下、しばしば水素化パラジウムと略記する)は反応が進行していれば必ず存在する化合物であるが、水素化パラジウム自体には本件反応を触媒する能力のないことが、功刀らの研究、あるいは、本件発明者らの検討によって明らかとなった。
たとえば、功刀らの論文によれば(非特許文献2)、メタノールからギ酸メチルを合成する反応を液相で行うと、反応は進行するものの経時的に活性が低下してしまう。功刀らの考察によれば、水素を吸蔵したパラジウム(σ´)が、酸素による再賦活を受けずに触媒機能を持たないパラジウム(σ´´)に変化してしまうと述べられている。この場合、触媒は気相中、200℃程度の高温で空気(酸素)で処理しないと活性が戻らないとも述べられている。なお、σは金属パラジウムを示す。
【0005】
本件発明者らも同様の実験で、エタノールから酢酸エチルを合成する反応を窒素中で行ったところ、反応は進行し酢酸エチルが生成するが、ある時点で反応が停止してしまう。このときの触媒状態を昇温脱離装置を用いて調べたところ、大量の水素を含有していることがわかった。本件発明者らは、この実験に引き続き、エタノール液相中80℃程度の比較的低温で酸素を含むガスを流す実験をしたところ、安定して酢酸エチルが得られることを確認している。
さらに特許文献2には、パラジウム−鉛系触媒が例示され、反応系に微量の鉛化合物を共存させると、高いアルデヒド転化率と高いカルボン酸エステル選択率が維持できて好ましいと開示されている。そこで、本件発明者らも、反応系に鉛化合物を共存させて反応を行っていたが、場合によっては、アルデヒド転化率、カルボン酸エステル選択率ともに経時的に低下してしまうことがあり、調べて見ると、そのような場合には触媒中に水素が多く含有され、水素化パラジウムの含有率が高い場合があることが判明した。
【0006】
水素化パラジウムは反応中かならず生成する重要な反応中間体であるにもかかわらず、それ自身は反応に全く寄与せず、場合によっては、転化率と選択率を悪化させてしまう、言ってみれば触媒毒である。
反応が進行すれば触媒上に必ず存在するが、その割合が大き過ぎても反応を阻害してしまう。高いアルデヒドまたはアルコール転化率と高いカルボン酸エステル選択性を実現し、それを長期に渡り安定して維持するためには、触媒上のパラジウムのうちの水素化パラジウムを所望の範囲に制御する方法を確立することが、触媒技術開発の重要な課題として求められていた。
【非特許文献1】工業化学雑誌 71、1517、(1968)
【特許文献1】特公昭62−7902号公報
【非特許文献2】日本化学会誌 2265頁 (1972)
【特許文献2】特開平9−57114号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、酸素の存在下でアルコール同士あるいはアルデヒドとアルコールを、パラジウムを含む触媒と反応させてカルボン酸エステルを製造する触媒に関し、高いアルデヒドまたはアルコール転化率と高いカルボン酸エステル選択性を長期に渡り安定して実現するカルボン酸エステル製造用触媒を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本件発明者らが鋭意検討した結果、触媒上のパラジウムのうち、水素化パラジウムの割合を10モル%以下にすることで、上記課題を解決できることが判明し、本件発明の端緒を得た。
いわば触媒毒でもある水素化パラジウムをこれほど大量に含有していても、それでもなお高い反応性を示すことは、触媒技術の常識からは考えにくい、驚くべき事実であり、当業者も予想できなかった。
さらに、驚くべきことには、触媒毒である水素化パラジウムを0.001モル%という極めて微量ではあるが触媒上に存在させておくことで、高い反応性を長期に渡って安定して維持できるという予想もできなかった事実を見出すに至り、本件発明を完成させることができた。
【0009】
いわゆる触媒毒であってもごく微量であれば選択性の向上に寄与する場合があるという経験則は、触媒技術の分野では時折耳にするところではあるが、毒が寿命を延ばすという事実は、当業者も全く予想すらできなかった驚嘆すべき事実であった。
そして、この触媒上のパラジウムのうちの水素化パラジウムの割合を制御する方法として、本件発明者らは、反応器中の酸素分圧に着目し、酸素の供給方法を工夫して酸素分圧を適切な範囲に制御するという簡便な方法を見出すに至り、本件発明を完成させることができた。
すなわち、本件発明は、以下1.から6.の発明に係わる。
【0010】
1.酸素の存在下でアルコール同士またはアルデヒドとアルコールをパラジウムを含む触媒と反応させてカルボン酸エステルを連続的に製造するに際して、触媒中のパラジウムのうち、下記式(1)のPd−Hの割合が0.001モル%以上10モル%以下で含まれる状態に維持する方法が、反応器入口酸素分圧と出口酸素分圧を、両者の相乗平均で計算される平均酸素分圧に対して、10〜1/10倍の範囲に制御する方法であることを特徴とするカルボン酸エステル製造用触媒。

脱離した水素のモル数 × 2
Pd−Hの割合(%)=―――――――――――――――― × 100 ・・・(1)
触媒中のPdのモル数

【0011】
2.該Pd−Hの割合が、その割合を0.001モル%以上10モル%以下で含まれる状態に維持する方法のうち、1)パラジウムをPd−Hにする方法が、該アルコールおよび/または該アルデヒドと接触させることであり、2)該Pd−HをPd−Hでないパラジウムにする方法が、Pd−Hを酸素と接触させることであることを特徴とする上記1.記載のカルボン酸エステル製造用触媒。
3.該接触が、パラジウムに接触するアルコールおよび/またはアルデヒドが液体および/または気体であり、Pd−Hに接触する酸素の少なくとも一部が、該アルコールおよび/またはアルデヒドに溶解および/または混合されている酸素であることを特徴とする上記2.記載のカルボン酸エステル製造用触媒。
4.アルコールがメタノールおよび/またはエタノールで、アルデヒドがアクロレイン又はメタクロレインである上記1.〜3.のいずれか記載のカルボン酸エステル製造用触媒。
5.該カルボン酸エステルの製造方法が、上記1.〜3.のいずれか記載の触媒を用いることを特徴とするカルボン酸エステル連続製造方法。
6.アルコールがメタノールおよび/またはエタノールで、アルデヒドがアクロレイン又はメタクロレインである上記5.記載のカルボン酸エステル製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の触媒を用いることで、高いアルデヒド転化率と高いカルボン酸エステル選択性を長期間に渡り安定して維持でき、その有用性は高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下本件発明を詳細に説明する。
本件発明における水素化パラジウムを定義する。
水素化パラジウムとしては、PdH、PdH0.6という理想型の化合物が知られているが(化学大辞典 共立出版社 (1963))、水素化パラジウムは典型的な侵入型化合物であり(同)、パラジウムと水素の比率が不定比である化合物を形成することもあり得る。
従って、本件発明における水素化パラジウムも、パラジウムを利用した水素分離膜や分離膜反応器の技術分野で模式的にしばしば用いられる「Pd−H」という形式的な1対1の化合物(例えばScience誌 vol.295 P.105 (2002))である可能性も考えられる。
【0014】
本件発明は、水素化パラジウムの種類を同定することが発明の目的ではないので、以下のように定義する。
a. 反応終了後、Pd−Hの割合が変化しない条件で(実質的に酸素に触れない条件等)で触媒スラリーから触媒を、ろ過、沈降分離など公知の方法で分離する。有機金属錯体などを扱うときにしばしば用いられる、常時脱酸素脱水分操作が行われているドライボックス中で作業することが望ましい。本件発明者らは、反応終了後の触媒が空気中で赤熱あるいは発火し極めて危険な事態を招いてしまった苦い経験を持つ。脱酸素操作は特に厳重に行わなければならない。
b. 測定セル(石英ガラス製)をプログラム昇温して、真空で引きながら脱離してくるガスをガスクロマトグラフィーや質量分析計で分析する昇温脱離装置を用意し、反応液を充分分離させた後の触媒をセルに仕込む。
【0015】
c. 温度を徐々に上げながら、脱離してくるガスのうち、水素の量を定量する。質量分析計を用いると、他の有機物などの妨害を受けずに質量数2(測定する分子あるいは原子の質量mを価電子数eで除した数、以下m/eと表記する)で水素の脱離挙動を追跡できるので好ましい。b.およびc.の具体的な例としては、日本ベル社製 昇温脱離装置MULTITASK−T.P.D.を用いて、100℃/時間で連続的に昇温するプログラムを用い、該昇温脱離装置に付属の質量分析装置を用いて、脱離してくる水素の量を定量する方法が例示される。
d. 脱離した水素分子のモル数、触媒中のPdのモル数を求めて、パラジウム原子対水素原子比=1:1として、触媒中のPd−Hの、触媒中のPdに対する割合を計算する。触媒中のPd量は、例えば、触媒を熱王水で溶解させて、原子吸光分析装置で分析して求めることができる。Pd−Hの割合は以下の式(1)から求める。

脱離した水素のモル数 × 2
Pd−Hの割合(%)=―――――――――――――――― × 100 ・・・(1)
触媒中のPdのモル数

【0016】
このようにして定量したPd−Hの、触媒中のPdに対する割合は、上限は10モル%以下、好ましくは3モル%以下、更に好ましくは1モル%以下である。下限は0.001モル%以上、好ましくは0.003モル%以上、更に好ましくは0.01モル%以上である。
Pd−Hの割合が10モル%以上大きいと反応を阻害する効果が顕著となり好ましくない。Pd−Hの割合が0.001モル%以下では、触媒寿命を維持できずやはり好ましくない。
Pd−Hの割合の制御は種々の方法が考えられ、Pd−Hを生成させる方法としては、アルデヒドやアルコールなどの活性水素を持つ化合物と接触させる方法が簡便で好ましい。
活性水素を持つ化合物との接触は、例えば、液相で活性水素を持つ化合物の液体中にパラジウムを含む触媒を懸濁させて行っても良いし、活性水素を持つ化合物、例えばプロピレンやアルデヒドやアルコールの蒸気とパラジウムを含む触媒を気相で接触させてもよい。
【0017】
水素ガスとパラジウムを含む触媒を接触させても良いし、いわゆるスピルオーバーと呼ばれる、担持触媒表面を別の金属上で解離した水素が高速で移動する現象を利用してパラジウムに水素を供給しても良い。
液相で接触させる場合には、活性水素を持つ化合物が液体状態を維持できる温度であればよく、一般には該活性水素を持つ化合物の沸点以下の温度範囲が選ばれる。気相で接触させる場合には、温度については、活性水素を引き抜く反応速度が充分であれば良く、一般には、25℃以上の温度範囲が選ばれる。
Pd−Hを金属Pdに戻す方法としては、酸素を含むガスに接触させる方法が簡便であり、好ましく例示される。本願発明者らは、Pd−Hが空気中で酸素と赤熱しながら反応する様子を何回か観察したことがあり、接触させる際の温度は、25℃以上であれば充分である。
【0018】
例えば、酸素に接触させたからといって、Pd−Hが100%金属パラジウムまで戻るとは限らず、大部分がパラジウムに戻っても、一部がPd−Hのままで残っている可能性も十分考えられるため、本願発明では、このような状況も加味して、Pd−HをPd−Hでないパラジウムにする方法として、酸素に接触させることが良い。
接触させる酸素は、気体状の酸素はもとより、液体に溶解している酸素ガス、金属と結合している酸素でも良い。液体に溶解している酸素ガスは、その濃度を容易に制御できること、気相に比べて格段に酸素濃度が低く、Pd−Hとの反応を制御し易いことなどから、好ましい実施様態である。金属と結合している酸素も、反応が穏やかであり、Pd−Hと反応させながら、その金属によるパラジウムの修飾も期待できるため、好ましい実施様態である。
【0019】
この方法以外にも、例えば水素化反応を受けやすい二重結合を有する化合物と接触させてPd−Hを金属Pdに戻す方法も良いし、逆スピルオーバーと呼ばれる、担持触媒表面上の水素が金属を経由して気相に脱離する現象を利用しても良い。
Pd−Hの割合の制御は、上記のように種々の方法があるが、反応系へ供給する酸素の量を制御して行うのが簡便で実用的であり、本件発明は反応器中の、適切な酸素分圧分布を規定するものである。以下に説明する酸素分圧の制御と、上記の種々のPd−Hの割合の制御方法を併用することも好ましい実施様態の一つである。
反応器中の酸素分圧のうち反応器入口酸素分圧と出口酸素分圧は、平均酸素分圧(反応器入口酸素分圧と出口酸素分圧の相乗平均)に対して、下限は1/10倍以上、好ましくは1/6以上、更に好ましくは1/4倍以上であり、上限は10倍以下、好ましくは6倍以下、更に好ましくは4倍以下である。
【0020】
反応器中の酸素分圧が平均酸素分圧の1/10倍よりも小さい場合には、本件反応が実質的に進行しなくなり好ましくない。
反応器中の酸素分圧が平均酸素分圧の10倍よりも大きい場合には、本件触媒の性能を長期間に渡り安定して維持することが困難となりやはり好ましくない。
反応器内における酸素分圧の分布は用いる反応器の形式により異なるが、例えば、攪拌槽反応器の場合には、入口から入った酸素を含むガスは瞬時に気相部のガスと混合されるので、入口と出口の酸素分圧は実質同じであり、本願の好ましい実施様態の一つである。
反応器が、例えば、気泡塔反応器の場合には、入口と出口で酸素濃度が異なり、本願ではその広がり具合を、両者の相乗平均に対する倍率として規定している。
【0021】
本発明において使用するアルデヒドとは、脂肪族飽和アルデヒド、脂肪族不飽和アルデヒド、芳香族アルデヒド;並びにこれらアルデヒドの誘導体であり、例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、イソブチルアルデヒド、グリオキサールなどの脂肪族飽和アルデヒド;アクロレイン、メタクロレイン、クロトンアルデヒドなどの脂肪族不飽和アルデヒド;ベンズアルデヒド、トリルアルデヒド、ベンジルアルデヒド、フタルアルデヒドなどの芳香族アルデヒド;上記アルデヒド類のジメチルアセタール、ジエチルアセタールなどのアルデヒドの誘導体、などがあげられる。これらのアルデヒドは単独もしくは任意の二種以上の混合物として用いることができる。特に、アクロレインとメタクロレインは好ましく用いられる。
【0022】
本発明において使用するアルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、オクタノールなどの脂肪族飽和アルコール;エチレングリコール、ブタンジオールなどのジオール;アリルアルコール、メタリルアルコールなどの脂肪族不飽和アルコール;ベンジルアルコールなどの芳香族アルコールなどがあげられる。特にメチルアルコール、エチルアルコールなどの低級アルコールが反応が速やかで好ましい。これらのアルコールは単独もしくは任意の二種以上の混合物として用いることができる。
本発明反応において、アルデヒドとアルコールとの反応を行う場合、アルデヒドとアルコールとの使用量比は、例えばアルデヒド/アルコールのモル比で10〜1/1000のような広い範囲で実施できるが、一般にはアルデヒドの量が少ない方が好ましく、1/2〜1/50の範囲にするのが好ましい。
【0023】
反応の全圧は減圧から加圧下の任意の広い圧力範囲で実施することができるが、通常は1〜20kg/cm2 の圧力で実施される。反応系に供給する酸素の分圧は、反応器出口側の酸素分圧が0.8kg/cm2 以下となるように管理するのが好ましく、より好ましくは0.4kg/cm2 以下である。一方、反応器流出ガスの酸素濃度が爆発範囲(8 %)を越えないように全圧を設定するとよい。
本発明反応は、気相反応、液相反応、潅液反応などの任意の従来公知の方法で実施できる。例えば液相で実施する際には気泡塔反応器、ドラフトチューブ型反応器、撹拌槽反応器などの任意の反応器形式によることができる。反応器形式も固定床式、流動床式、撹拌槽式などの従来公知の任意の形式によることができる。
【0024】
反応は、無溶媒でも実施できるが、反応成分に対して不活性な溶媒、例えば、ヘキサン、デカン、ベンゼン、ジオキサンなどを用いて実施することができる。
本発明に用いる触媒はパラジウムを含むことが必須である。さらに、パラジウムとX(Xは鉛、ビスマス、水銀、タリウムから選ばれる少なくとも1種類以上の金属)が含まれる触媒も好ましく用いられ、パラジウムとXが合金、金属間化合物を形成しても良い。
また、本発明に用いる触媒は、異種元素としてFe、Te、Ni、Cr、Co、Cd、In、Ta、Cu、Zn、Zr、Hf、W、Mn、As、Ag、Re、Sb、Sn、Rh、Ru、Ir、Pt、Au、Ti、Al、B、Si、Ge、Se、Ta等を含んでもよい。これらの異種元素は通常、5質量%、好ましくは1質量%を超えない範囲で含むことができる。以下、質量%は、担持触媒の場合は、担体を100質量%とした場合の割合を、担体を用いない触媒の場合は、パラジウムを100質量%とした数値である。
【0025】
さらにはアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物から選ばれる少なくとも一員を含むものは反応活性が高くなるなどの利点がある。アルカリ金属、アルカリ土類金属は通常0.01〜30質量%、好ましくは0.01〜5質量%の範囲から選ばれる。
これらの異種元素、アルカリ金属、アルカリ土類金属化合物などは結晶格子間に少量、侵入したり、結晶格子金属の一部と置換していてもよい。また、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属化合物は、触媒調製時にパラジウム化合物あるいはXの化合物を含む溶液に加えておき担体に吸着あるいは付着させてもよいし、あらかじめこれらを担持した担体を利用して触媒を調製することもできる。また、反応条件下に反応系に添加することも可能である。
【0026】
これらの触媒構成要素は単独にあるいはシリカ、アルミナ、シリカアルミナ、チタン、炭酸塩、水酸化物、活性炭、ジルコニアなどの担体に担持されたものがよい。
本発明におけるパラジウム担持触媒の担持量は、通常0.1〜20質量%、好ましくは1〜10質量%であり、アルカリ金属化合物もしくはアルカリ土類金属化合物を使用する場合、担持量は、通常、0.01〜30質量%、好ましくは0.01〜15質量%である。
本発明の触媒は公知の調製方法で準備することができる。パラジウムのみの場合は市販のパラジウム/活性炭触媒を用いるのが簡便である。パラジウムとX(Xは鉛、ビスマス、水銀、タリウムから選ばれる少なくとも1種類以上の金属)を含む触媒の場合について、代表的な触媒調製方法について説明すれば、たとえば、可溶性の鉛化合物および塩化パラジウムなどの可溶性のパラジウム塩を含む水溶液に担体を加えて加温含浸させ、パラジウム、鉛を含浸する。ついでホルマリン、ギ酸、ヒドラジンあるいは水素ガスなどで還元する。この例で示すならば、パラジウムを担持する前に鉛を担持してもよいし、パラジウムと鉛を同時に担持してもよい。
【0027】
触媒調製のために用いられるパラジウム化合物は、例えば蟻酸塩、酢酸塩などの有機酸塩、硫酸塩、塩酸塩、硝酸塩のごとき無機酸塩、アンミン錯体、ベンゾニトリル錯体、アセチルアセトナート錯体、カルボニル錯体などの有機金属錯体、酸化物、水酸化物などのなかから適宜選ばれるが、パラジウム化合物としては塩化パラジウム、酢酸パラジウムなどが好ましい。
X(Xは鉛、ビスマス、水銀、タリウムから選ばれる少なくとも1種類以上の金属)の化合物としては硝酸塩、酢酸塩などの無機塩、ホスフィン錯体など有機金属錯体を用いることができ、硝酸塩、酢酸塩などが好適である。
【0028】
またアルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物についても有機酸塩、無機酸塩、水酸化物などから選ばれる。
触媒の使用量は、反応原料の種類、触媒の組成や調製法、反応条件、反応形式などによって大巾に変更することができ、触媒をスラリー状態で反応させる場合には反応液1リットル中に0.04〜0.5kg使用するのが好ましい。
本発明の反応は、反応系にアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の化合物(例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、カルボン酸塩など)を添加して反応系のpHを6〜9に保持することが好ましい。特にpHを6以上にすることで触媒中のX成分(Xは鉛、ビスマス、水銀、タリウムから選ばれる少なくとも1種類以上の金属)の溶解を防ぐ効果がある。これらのアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の化合物は単独もしくは二種以上組み合わせて使用することができる。
本発明反応は、100℃以上の高温でも実施できるが、好ましくは30〜100℃、さらに好ましくは60〜90℃である。反応時間は設定した条件により異なるが通常1〜20時間である。
【実施例】
【0029】
以下、実施例をもって本発明の実施の形態を具体的に説明する。
(1) 本件発明における触媒の取り扱いについて説明する。
有機金属錯体を取り扱う際に用いるドライボックスを用意し、その中で触媒をハンドリングした。ドライボックスの中に流す窒素は、液体窒素ボンベより供給し、大型オキシゲントラップ(GLサイエンス社製酸素除去管の商品名)などの脱酸素塔と水素化カルシウムや五酸化リンを充填した脱水分塔を通した窒素を循環させながら常時脱酸素脱水分操作を行った。
また、乾燥窒素下では静電気を帯びやすくなることは、有機金属化合物を扱う際の常識である一方で、パラジウム金属は常磁性を示すため、ドライボックス内は常に消磁操作が行われると良く、接地をとることも好ましい。
Pd−Hの定量は、日本ベル社製 昇温脱離装置MULTITASK−T.P.D.を用い、セル温度を室温から450℃まで100℃/hで昇温し、脱離してくるガスを質量分析計でm/e=2を水素として計測した。
特に、脱離する水素が少ない場合は、触媒サンプル量を増やす必要があり、触媒層に温度勾配がついてしまい温度に対する脱離量の変化が緩慢になる場合もあるので、複数回に渡って測定して、明らかに異常な場合を除き、確からしい測定値の平均値を求めるのが好ましい測定方法である。
【0030】
(2) 触媒の参考製造例
a. パラジウム単身の触媒は、功刀らの論文(工業化学雑誌 71、1517、(1968))記載の方法により、5重量%パラジウム/活性炭触媒を調製した。
【0031】
b. パラジウムおよび鉛を含む触媒は、担体として富士シリシア社製のシリカゲル(キャリアクト10 商標登録 平均粒子径 50μm)を用いて、特許文献2記載の方法に従い、パラジウム5重量%、鉛5重量%、マグネシウム4重量%を担持した触媒を調製した。
【0032】
(3) 反応成績の分析
反応液ならびに反応器出口ガスの分析は、通常のガスクロマトグラム法にて、島津製作所製GC−8A型機に化学品検査協会製G−100カラム(ほぼ沸点順に溶出する)を装着し、恒温槽をプログラム昇温させて、水素炎検出器(FID)を用いて行った。
転化率と選択率の表記は、アルコール同士の反応の場合は供給したアルコール基準、アルデヒドとアルコールの反応の場合は供給したアルデヒド基準とした。メタクロレインとメタノールを用いた場合は、プロピレン選択性、副生するギ酸メチルの生成したMMAに対するモル比もあわせて比較した。
【0033】
[実施例1]
電磁誘導撹拌器付き60mlのステンレス製オートクレーブに上記(2)−a.の触媒4.0g、原料として、エタノールを30ml加え、滞留時間2時間となる様にエタノールを連続的に供給し、温度80℃、圧力5kg/cm2 、回転数1000rpm(撹拌チップ速度:1.2m/s)、 出口酸素濃度7%となる様に、空気および窒素を供給し連続反応を約200時間行った。エタノール転化率 83%、酢酸エチル選択率94%で安定していた。Pd−Hモル比は3モル%であった。
【0034】
[実施例2]
上記(2)−b.の触媒150gを、液相部が1.2リットルのステンレス製外部循環型気泡塔反応器に仕込み、34重量%のアクロレイン/メタノールを0.54リットル/h、NaOH/メタノールを0.06リットル/hで供給し、温度80℃、圧力5.03kg/cm2 で、反応器出口酸素濃度が4%(酸素分圧0.20kg/cm2 )となるように空気量を調整しながら反応を行った。反応液のpHが7.1となるようにNaOH濃度調製し、また、供給原料液中の鉛濃度が20ppmとなるように酢酸鉛をアクロレイン/メタノールに溶かして連続的に供給した。反応は約200時間行った。アクロレイン転化率61%、アクリル酸メチル選択率90%で安定していた。Pd−Hの割合は0.12モル%であった。
【0035】
[比較例1]
出口酸素濃度を1%とした以外は実施例1と同様の反応を行った。反応は安定して進行した。エタノール転化率は23%、酢酸エチル選択率は89%だった。Pd−Hの割合は15モル%であった。
【0036】
[比較例2]
出口酸素濃度を8%になるように調整した以外は実施例2と同様の反応を行った。アクロレイン転化率、アクリル酸メチル選択率ともに経時的に低下した。
反応時間30時間ではアクロレイン転化率58%、アクリル酸メチル選択率85%であったが、反応時間207時間では、アクロレイン転化率38%、アクリル酸メチル選択率55%であり、アクロレイン転化率もアクリル酸メチル選択率も下げ止まる傾向は見られなかった。Pd−Hの割合は0.0005モル%であった。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、酸素の存在下でアルコール同士あるいはアルデヒドとアルコールをパラジウムを含む触媒と反応させてカルボン酸エステルを製造する触媒に関し、高いアルデヒドまたはアルコール転化率と高いカルボン酸エステル選択性を長期に渡り安定して実現するカルボン酸エステル製造用触媒を提供するのに好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素の存在下でアルコール同士またはアルデヒドとアルコールをパラジウムを含む触媒と反応させてカルボン酸エステルを連続的に製造するに際して、触媒中のパラジウムのうち、下記式(1)のPd−Hの割合が0.001モル%以上10モル%以下で含まれる状態に維持する方法が、反応器入口酸素分圧と出口酸素分圧を、両者の相乗平均で計算される平均酸素分圧に対して、10〜1/10倍の範囲に制御する方法であることを特徴とするカルボン酸エステル製造用触媒。

脱離した水素のモル数 × 2
Pd−Hの割合(%)=―――――――――――――――― × 100 ・・・(1)
触媒中のPdのモル数

【請求項2】
該Pd−Hの割合が、その割合を0.001モル%以上10モル%以下で含まれる状態に維持する方法のうち、1)パラジウムをPd−Hにする方法が、該アルコールおよび/または該アルデヒドと接触させることであり、2)該Pd−HをPd−Hでないパラジウムにする方法が、Pd−Hを酸素と接触させることであることを特徴とする請求項1記載のカルボン酸エステル製造用触媒。
【請求項3】
該接触が、パラジウムに接触するアルコールおよび/またはアルデヒドが液体および/または気体であり、Pd−Hに接触する酸素の少なくとも一部が、該アルコールおよび/またはアルデヒドに溶解および/または混合されている酸素であることを特徴とする請求項2記載のカルボン酸エステル製造用触媒。
【請求項4】
アルコールがメタノールおよび/またはエタノールで、アルデヒドがアクロレイン又はメタクロレインである請求項1〜3のいずれか記載のカルボン酸エステル製造用触媒。
【請求項5】
該カルボン酸エステルの製造方法が、請求項1〜3のいずれか記載の触媒を用いることを特徴とするカルボン酸エステル連続製造方法。
【請求項6】
アルコールがメタノールおよび/またはエタノールで、アルデヒドがアクロレイン又はメタクロレインである請求項5記載のカルボン酸エステル製造方法。

【公開番号】特開2006−142162(P2006−142162A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333409(P2004−333409)
【出願日】平成16年11月17日(2004.11.17)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】