説明

カルボン酸及びカルボニル化合物の同時定量方法及びそれに用いられる吸着剤、更には捕集管

【課題】
カルボニル化合物とカルボン酸の測定を同時に行うことができる方法、それに用いられる吸着剤、及びそれを用いた捕集管を提供すること。
【解決手段】
2,4−ジニトロフェニルヒドラジンとリン酸を含浸させた担体を有し、リン酸は、担体に対し0.2〜2(容量/重量)%の範囲内で含有されている吸着剤とする。また、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンにカルボン酸及びカルボニル化合物を反応させる工程、該反応したカルボン酸及びカルボニル化合物を定量する工程、を有するカルボン酸及びカルボニル化合物を同時定量する方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボン酸類及びカルボニル化合物を吸着する吸着剤に関し、特に、屋外や室内の大気中に含まれる微量のカルボン酸類及びカルボニル化合物を測定するための吸着剤として好適なものである。
【背景技術】
【0002】
プロピオン酸や酪酸などのカルボン酸類は、環境省により特定悪臭物質に上げられ、基準値が定められている。また、ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドなどのカルボニル化合物は、いわゆるシックハウス症候群の原因であるばかりでなく、癌をも惹き起す虞があるため、厚生労働省により指針値が策定されている。
【0003】
従来の技術として、カルボニル化合物の測定方法としては2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(以下「DNPH」という)誘導化−HPLC、GC法があり、カルボン酸類の測定方法としてはアルカリビーズ捕集−エステル化−GC法がある。特にDNPH誘導化を用いたカルボニル化合物(及びケトン類)の測定方法は75年前から行われており現在でも有用なものとして用いられている(例えば下記非特許文献1参照)。
【非特許文献1】C.F.H.Allen、Am.Chem.Soc.、1930年、52巻、2955頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、カルボン酸はアルデヒドが酸化されて生成することが多いため、カルボン酸とカルボニル化合物を同時に測定することは重要である。特に、カルボン酸とカルボニル化合物を同時に測定することができれば、大気化学の重大な課題の一つである有機化合物の光酸化反応の解明に役立つことが期待される。
【0005】
しかしながら、上記カルボニル化合物の測定方法を用いた場合であってもカルボン酸の測定ができるとする報告もなく、また、上記カルボン酸類の測定方法も操作が非常に煩雑で労力を要し、また、カルボニル化合物の測定方法として用いることはできない。即ち、カルボニル化合物とカルボン酸の測定を同時に行う方法は開発されていない。なおここで「カルボニル化合物」とは、アルデヒド、ケトンを含む概念である。
【0006】
以上、本発明は上記課題に着目してなされたものであって、カルボニル化合物とカルボン酸の測定を同時に行うことができる方法、それに用いられる吸着剤、及びそれを用いた捕集管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための手段として、本発明は具体的には以下の手段を採用する。
【0008】
即ち、本発明に係る吸着剤は、DNPHとリン酸を含浸させた担体を有し、リン酸は担体に対し0.2〜2(容量/重量)%含まれることを特徴の一つとする。
【0009】
従来、カルボン酸とDNPHとの反応は起こらないと考えられており、反応吸収によるカルボン酸の捕捉はできないと考えられていた。ところが、本発明者らは鋭意検討を行った結果、DNPHとカルボン酸とを反応させることによりカルボニル化合物とカルボン酸とを同時に測定することを見出し本発明に想到した。特に、DNPHと酸とを担体に含浸させてカルボン酸を一旦担体に吸着させることでカルボン酸を濃縮し、共存するDNPHとの反応を促進し、カルボン酸からヒドラジド誘導体を生成させることができることを発見した。そしてこのヒドラジド誘導体をHPLCで完全に分離することで検出が可能となることもわかった。なおヒドラジド誘導体は非常に安定であり、更には波長340〜350nm程度の光で簡単に検出が可能である。これによりカルボニル化合物とカルボン酸の測定を同時に行うことができる吸着剤となる。なお、ヒドラジド誘導体は下記式で示されるものである。また、式中のXは水素又はアルキル基である。大気中に存在すると考えられるカルボン酸により種々異なるものが得られる。なお、アルキル基の場合、炭素数が1〜5程度であるものが非常に好適に用いることができる。
【化1】

(Xは水素又はアルキル基)
【0010】
ここで酸は、カルボン酸がDNPHと反応する際に触媒として用いられるものであり、酸としては、担体の周囲近傍に安定的に存在する必要から不揮発性のリン酸が極めて好適である。
【0011】
またDNPHと不揮発性の酸を担持する担体としては、様々なものを使うことができるが、例えばシリカゲル、フロリジル、アルミナ、ろ紙、ODS、XAD−2などを用いることができる。なお、含浸されるリン酸の容量は、担体の重量に対して0.2〜2(容量/重量)%範囲内で含まれていることが望ましい。
【0012】
また、本発明にかかるカルボン酸及びカルボニル化合物を定量する方法は、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンにカルボン酸及びカルボニル化合物を反応させる工程、を有していることを特徴のひとつとする。特に、吸着したカルボン酸を加熱することによりヒドラジド誘導体の生成を極めて効率よく促進させることができるためより望ましい。
【0013】
また、本発明にかかる捕集管は、筒状の容器と、筒状の容器内部に配置される吸着剤と、吸着剤を挟持する一対の多孔質フィルタと、を有し、吸着剤は、DNPHとリン酸を含浸させた担体を有し、リン酸は担体に対し0.2〜2(容量/重量)%含まれることを特徴の一つとする。
【発明の効果】
【0014】
以上により、カルボニル化合物とカルボン酸の測定を同時に行うことができる方法及びそれに用いられる吸着剤、更には捕集管を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための最良の形態について図面を用いて説明する。
【0016】
本実施形態は捕集管に係るものである。図1に本実施形態に係る捕集管(以下単に「本捕集管」ともいう。)を示す。
【0017】
本実施形態に係る捕集管1は、筒状の容器2と、この容器内に配置される吸着剤3と、この吸着剤を挟持する一対の多孔質フィルタと、を有して構成されており、吸着剤はDNPHとリン酸が含有されてなるシリカゲルを含んで構成されている。
【0018】
容器2は、筒状であって、両端に開口部を有して構成されている。容器の材質については特段限定は無いが、吸着剤を目視できることや取扱いの容易性などの観点からプラスチックで構成されていることが好適である。容器2の一方の開口部には流量を一定に調整するマスフローコントローラーを介して吸引ポンプが接続されており(図示省略)、他の一方の開口部より大気を取り入れて吸着剤にカルボン酸及びカルボニル化合物を吸着し、測定することができる。
【0019】
一対の多孔質フィルタは、吸着剤を容器に充填させ、容器内に流れる大気中の所望成分を吸着剤に十分に吸着させることができるようにするためのものであって、気体を透過させることができる限りにおいてさまざまな材料を用いることができるが、例えばポリエチレンなどが好適である。
【0020】
また、本実施形態に係る吸着剤は、本実施形態に係るDNPHはシリカゲルに含浸されている。従来、カルボン酸とDNPHとの反応は起こらないと考えられていた。ところがカルボン酸を一旦シリカゲルに吸着させることでカルボン酸が濃縮され、共存するDNPHとの反応が促進され、カルボン酸から酸ヒドラジド誘導体を生成させることができるようになる。そしてこのヒドラジド誘導体をHPLCで十分に分離することで検出が可能となる。なおヒドラジド誘導体は非常に安定であり、更には波長340〜350nm程度の光で検出が可能である。これによりカルボニル化合物とカルボン酸の測定を同時に行うことができる吸着剤となる。なお本実施形態で用いられるDNPHがカルボン酸をヒドラジド誘導体とするのは下記反応によると考えられる。なお後述の実施例において明らかとなるが、ヒドラジド誘導体を検出するに先立ち、吸着剤を加熱することは極めて有用であり、その温度としては60℃以上100℃未満の範囲内にあることが望ましく、より望ましくは60℃以上80℃以下である。
【化2】

(Xは水素又はアルキル基)
【実施例】
【0021】
本実施形態に係る捕集管を実際に作成し、本吸着剤の効果について確認を行った。以下説明する。
【0022】
(効果の確認)
まず60/100メッシュのシリカゲル100gを純水とアセトニトリルで洗浄した。次に、2,4−ジニトロフェニルヒドラジン塩酸塩0.36gとリン酸1mlとを150mlのアセトニトリルに溶かし、上記洗浄したシリカゲルと混ぜた後、ロータリーエバポレーターで40℃において減圧乾燥した。そしてこれを図1に示す容器に充填し、捕集管とした。
【0023】
その後、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピルアルデヒド、ブチルアルデヒドをそれぞれ5ppm含有する標準試料を用意し、上記用意した捕集管に吸引ポンプを用いて吸引させた。なお、吸引ポンプの吸引量は50ml/分とした。
【0024】
その後、この捕集管を80℃で加熱し、その後アセトニトリル5 mlで抽出し、抽出液を350nmの波長の光を用いたHPLCによる検出を行った。図2にこの結果を示す。この結果、350nmの波長の光により、カルボニル化合物とカルボン酸の測定を同一のHPLCで検出することができ、これを定量することが可能であることが確かめられた。なお図中FCはギ酸誘導体を、ACは酢酸誘導体を、PCはプロピオン酸誘導体を、BCは酪酸誘導体を、FAはホルムアルデヒド誘導体を、AAはアセトアルデヒド誘導体を、PAはプロピオンアルデヒド誘導体を、BAはブチルアルデヒド誘導体をそれぞれ示す。
【0025】
なお、HPLCにおいて用いた標準試料としてのヒドラジド誘導体は、DNPHとカルボン酸とを純水中で混合し、黄淡色の沈殿を精製させた後、純水で洗浄し、エタノールで再結晶化させることで精製した。例えばギ酸の場合、50mlのギ酸に5gのDNPHを入れた後、純水50mlを加え24時間室温で静置し、生成した沈殿を純水で洗浄し、エタノールで再結晶化した。ギ酸以外のカルボン酸は触媒として硫酸を使用した。合成したその他のヒドラジド化合物、その極大吸収波長及び分子吸光係数、融点について下記表1に示す。
【表1】

【0026】
以上、本実施例によりカルボニル化合物とカルボン酸とを同時に測定することが可能な捕集管、吸着剤を提供することが可能であることが確かめられた。
【0027】
(リン酸を用いた場合におけるリン酸濃度とカルボン酸との反応効率の検討)
上記例ではリン酸をシリカゲルに対し1(容量/重量)%となるよう選択したが、ここではリン酸の含浸量を0.1〜10(容量/重量)%まで様々に設定することで影響を検討した。この結果を図3に示す。図3はギ酸との反応効率を調べた結果であり、横軸はリン酸の含浸の割合((容量/重量)%)を、縦軸はギ酸の回収率をそれぞれ示す。
【0028】
この結果、リン酸が0.1〜4(容量/重量)%の範囲内であれば60%程度の回収率を示し、特に0.2〜2(容量/重量)%の範囲内であれば100%に近い回収率を得ることができた。すなわち、本結果によると、酸としてリン酸を、担体としてシリカゲルを用いた場合、0.1〜4(容量/重量)%の範囲内、より望ましくは0.2〜2(容量/重量)%の範囲内にあることが吸着剤として有用であることが確認できた。
【0029】
(吸着剤の加熱によるヒドラジド誘導体化の検討)
また上記吸着剤に対し、加熱によるヒドラジド誘導体化に対する影響を検討した。酸としてはリン酸を、担体としてはシリカゲルを用い、リン酸のシリカゲルに対する割合は1(容量/重量)%とした。この結果を図4に示す。なお、本件等では先ほどと同様誘導体化させるカルボン酸としてギ酸を用いた。ギ酸の吸着量は0.3μmolである。また図中、横軸は加熱の時間を、縦軸は分離された誘導体の量を示す。
【0030】
図4によると、加熱温度が上昇するに従い誘導体の生成量は増加の傾向を示しており、特に60℃以上であることが望ましいことがわかる。ただし、100℃の場合、加熱時間が2時間を経過した時点で最大値を示し、それ以後は減少傾向を示している。したがって、100℃以下の温度で加熱を行うことが望ましいことが確認できた。すなわち、加熱温度としては60℃以上100未満の範囲内であることが好ましい。
【0031】
(実際の大気におけるカルボン酸類及びカルボニル化合物の分析)
上記の例で作成した捕集管と同様の捕集管を用いて、実際の大気に含まれるカルボン酸及びカルボニル化合物類の分析を行った。この結果を図5に示す。なお本分析では図1に示す捕集管を二つ直列に接続し、一方の開口部に吸入ポンプを接続し大気を捕集管に吸引し、吸着剤にカルボン酸及びカルボニル化合物類を吸着させた。なお、吸着後、吸着剤の加熱を行わなかった場合(室温20℃)、80℃で吸着剤加熱を行った場合それぞれについて分析を行った。
【0032】
図5によると、加熱を行わなかった場合は誘導体化がほとんど起こらず,少量のギ酸しか検出されなかったが、80℃で加熱を行った場合は、全て誘導体化し,酢酸及びギ酸について完全な検出が確認できた。また,第一段の捕集管(Primary)の吸着量に対し、第二段の捕集管(Secondary)の吸着量が十分に少ないことから,一段目の捕集管に全てのカルボン酸が吸着したことが確認できた。したがって、本捕集管によると、大気中のカルボン酸及びカルボニル化合物類を完全に吸着でき、定量が可能であることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】捕集管の断面概略図
【図2】カルボン酸及びカルボニル化合物の同時測定の結果を示す図。
【図3】リン酸濃度とカルボン酸との反応効率の検討を示す図。
【図4】吸着剤の加熱によるヒドラジド誘導体化の効率の検討結果を示す図。
【図5】実際の大気におけるカルボン酸類及びカルボニル化合物の分析結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2,4−ジニトロフェニルヒドラジンとリン酸を含浸させた担体を有し、
前記リン酸は、前記担体に対し0.2〜2(容量/重量)%の範囲内で含有されている吸着剤。
【請求項2】
前記担体はシリカゲルであることを特徴とする請求項1記載の吸着剤。
【請求項3】
2,4−ジニトロフェニルヒドラジンにカルボン酸及びカルボニル化合物を反応させる工程、
該反応したカルボン酸及びカルボニル化合物を定量する工程、を有するカルボン酸及びカルボニル化合物を同時定量する方法。
【請求項4】
2,4−ジニトロフェニルヒドラジンにカルボン酸及びカルボニル化合物を反応させる工程の後、
該反応したカルボン酸及びカルボニル化合物を定量する工程の前に、
前記反応したカルボン酸を加熱する工程を有することを特徴とする請求項3記載のカルボン酸及びカルボニル化合物を同時定量する方法。
【請求項5】
筒状の容器と、該筒状の容器内部に配置される吸着剤と、該吸着剤を挟持する一対の多孔質フィルタと、を有する捕集管であって、
前記吸着剤は、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンとリン酸を含浸させた担体を有し、
前記リン酸は、前記担体に対し0.2〜2(容量/重量)%の範囲内で含有されている吸着剤である捕集管。
【請求項6】
前記担体はシリカゲルであることを特徴とする請求項5記載の捕集管。
【請求項7】
下記式で示される酸ヒドラジド誘導体。
【化1】

(Xは水素又はアルキル基)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−231252(P2006−231252A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−52139(P2005−52139)
【出願日】平成17年2月25日(2005.2.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年9月1日から3日 社団法人日本分析化学会主催の「日本分析化学会 第53年会」において文書をもって発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年(2004年)10月20日から22日 社団法人大気環境学会主催の「第45回 大気環境学会年会」において文書をもって発表
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】