説明

カロテノイド類の製法

【課題】
カロテノイド生産性微生物、好ましくは細菌、さらに好ましくはパラコッカス属細菌の流加培養において、培養後期に炭素源の流加を制限することにより、流加による液量増加を抑制せしめ、カロテノイド、特にAxを効率良く生産する方法を提供する。
【解決の手段】
カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、培養後期に炭素源を制限して培養することにより、カロテノイド類の生産を阻害することなく微生物の増殖を抑制し、炭素源を制限しない場合に比べてカロテノイド類含量の高い微生物菌体を回収することを特徴とするカロテノイド類の製造方法を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品用色素や抗酸化剤として有用なカロテノイド、特にアスタキサンチンを微生物により製造する方法に関する。詳しくは、カロテノイド生産菌の流加培養において、培養後期に炭素源の流加を制限することにより、カロテノイドの生産を抑制することなく微生物の増殖を抑制し、カロテノイド含量の高い微生物菌体を生産する方法である。
【背景技術】
【0002】
β‐カロチン、リコペンなどに代表されるカロテノイドのうちアスタキサンチン(以下「Ax」と略記する。)は、オキアミ、カニ、エビなどの甲殻類やマダイ、サケ、マスなどの魚類、フラミンゴなどの鳥類、藻類や微生物等に広く分布する天然の化合物である。近年はAxがサケやマス、マダイ等の養殖魚の色揚げ剤や鶏卵の色調改善剤として需要が増加している。またAxには抗酸化活性や抗癌活性などの様々な生理的作用が確認され、医薬品や健康補助食品としての利用も注目されている。
【0003】
Axの製造方法としては、化学合成法、天然物からの抽出法、微生物による発酵生産法などがあるが、現在は主に価格等の要因から化学合成法による製品が広く流通している。しかし、化学合成法では原料に臭素および塩素を含むハロゲン系化合物や重金属類を使用するため安全性に懸念があり(例えば、特許文献1参照)、消費者の自然、天然志向にともない天然物由来のAxへの要求が強くなっている。
【0004】
天然物からの抽出法としてはオキアミ等からの抽出する方法があるが、これらは含量が低く、採取、抽出、精製などに多大な労力を要し、コスト的に問題があった。
【0005】
微生物を利用した製法としては、酵母ではファフィア・ロドチーマ(Phaffia rhodozyma)(例えば、非特許文献1参照)、藻類ではヘマトコッカス・プルビアリス(Hematococcus pluvialis)(例えば、非特許文献2参照)の報告がある。しかしながらファフィア酵母は増殖速度が遅いため培養日数が長く、細胞壁が強固なために抽出効率が低く、含量が少ないためコスト高である。またヘマトコッカス藻類は増殖速度が非常に遅いために非常に培養日数が長く、光を必要とするため立地条件や設備などに制約がある他、クロロフィルなどの夾雑物の除去が必要になりコスト高である。
【0006】
これらの問題を解決する方法として、細菌によるカロテノイド生産法が提案されている。例えば海洋性アグロバクテリウム属細菌N‐81106(特許生物寄託センターでの受託番号:FERM P‐12782)の培養により得る方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。藻類や酵母に比べて細菌は一般的に増殖が速く、また細胞壁が脆弱であり、藻類とことなりクロロフィルなどのカロテノイド以外の色素を含まず、酵母のように副生成物の多糖類を生産しないという利点があるためである。当該発明によればAxを含有した菌体が迅速に得られ、さらに菌体を回収した後、アセトンなどの有機溶媒と菌体を混和・攪拌するだけで容易にAxを抽出できるという利点がある。なお、この微生物は後に16sリボゾーマルRNA遺伝子の配列解析が行われた結果、パラコッカス属細菌と再同定された。海洋バイオテクノロジー研究所においてMBIC01143としても登録され、その諸性質に関する情報の概略は国立遺伝学研究所日本DNAデータバンク(DDBJ)や米国NIHのデーターベース(NCBI)より入手することができる(例えば、非特許文献3、4参照)。また該微生物を用いて変異育種を行ない、Axの生産能が向上したTSUG1C11(受託番号:FERM P−19416)株の取得やTSN18E7(受託番号:FERM P−19746)が報告されている(例えば、特許文献3参照)。また、本微生物の効率の良い培養方法としては、特に流加培養の好適な方法は全く知られていなかった。
【0007】
工業的な微生物の培養、特に大腸菌や酵母の培養において、必要な栄養源を一度に仕込んで行う回分培養法に比べて、培養中に培地成分を追加しながら培養する流加培養法により目的物や微生物菌体が高い収率で得られることがあることが知られている。ここで培養中に培地成分を追加することを流加と呼ぶ。流加培養は供給する栄養源の濃度を任意に、多くの場合は低い濃度に、制御ができる利点があり、高濃度基質により目的物の生産や増殖が阻害される場合や、アルコールや有機酸などの副生成物が生産される場合に、それらを抑制できるためである。特に培地成分のうち、グルコースのような糖類を高濃度とした場合に異化物抑制と呼ばれる目的物の生産が抑制されることや、メタノールやアルコール類を高濃度にした場合にはその毒性により微生物の増殖が抑制されることが良く知られている。また、グルコースを高濃度とした場合には、酵母の場合ではエタノールが、大腸菌の場合では酢酸が蓄積し、それらがそれぞれ20g/L又は5g/Lを超えると副生成物により増殖が抑制されることが知られている。また、副生物の生産は増殖を抑制するだけでなく、目的物質の品質を低下させることや精製を困難にさせることになり好ましくないことである。しかしながらこれらの知見は、主に大腸菌や酵母の培養において観察される現象であり、当該発明の対象となるカロテノイド生産性微生物においては、栄養源の濃度が与える影響はこれまでまったく知られていなかった。
【0008】
対象となる栄養源としては消費量が多い糖類などの炭素源があげられるが、その消費速度は微生物の生育状態により一定ではないため、培養中に炭素源の濃度を一定に維持するためには微生物の生育状態を何らかの方法でモニターしつつ、流加量を制御する必要がある。そのために種々の提案がなされている。例えば、酸素消費量を指標として炭素源を流加する方法が知られている。この方法では供給ガスおよび排気ガス中の酸素濃度差より酸素消費量が求められる。しかしながら酸素濃度の測定は比較的誤差が大きく、またレスポンスが遅いという欠点があり、培養中の微生物活性を精度良く推定できないため、予想を越えた変化が起きた場合には制御が困難になるという問題がある。排ガス組成の分析による方法としては呼吸商(RQ)を指標として流加を行う方法も知られている。呼吸商は例えば酵母の培養において醗酵と呼吸の割合を示す指標であり、微生物の代謝状態を大きく反映するという利点がある(例えば、非特許文献5参照)。しかしながら酵母以外の微生物においてはその有効性は明らかではなく、また、呼吸商は供給ガスおよび排気ガスとの酸素濃度及び炭酸ガス濃度差から計算されるため、上記の酸素濃度測定の問題が存在するだけでなく、酸素濃度と炭酸ガス濃度の二つの指標の測定値からの計算が必要であり、データー処理が比較的複雑であるという問題があった。その他の物理化学的指標として、pHの変化や溶存酸素(DO)の変化を利用した方法があるが、これらはセンサーの応答速度等に問題があり、炭素源が枯渇した場合にはその修正へのレスポンスが遅く、枯渇によるストレスが生じて生物代謝活性に変化が生じる問題がある。オンライングルコース分析計による方法では、必要サンプル量、分析時間、精度、安定性、液性等の影響から長時間の安定制御に問題がある。オンラインレーザー濁度計による方法は菌体が高密度になると精度が低下するなどの問題があった(例えば、非特許文献6参照)。
【0009】
以上のことから、新たな方法の提案が求められていただけでなく、これらは酵母や大腸菌を対象として開発された方法であるため、本願発明の対象となるカロテノイド生産性の細菌に対するこれらの指標の有効性は全く知られていないという問題があった。
【0010】
また、流加培養では一般的に栄養源を水溶液として供給して培養するため、時間の経過とともに培養液量が増加していく。一方、微生物培養液は非常に発泡しやすく、そのために消泡センサーにより泡を感知しながら消泡剤を自動添加する操作が一般的に行われる。流加培養においては栄養源流加による培養液量の増加にともなう醗酵槽内での液面上昇のため、培養後期には少量の泡を頻繁に感知して消泡剤が過剰投入されて増殖・生産阻害を起こすことや、消泡センサー電極に泡残渣が付着して絶縁され、消泡剤供給が行われず培養液が吹きあふれるなどのトラブルを起こすことがあった。また液量が増加することにより同一通気量・同一撹拌速度で培養した場合には培養初期と後期とでは培養液への酸素供給量に影響する物理化学的な諸因子が変化し、酸素供給量を厳密に制御することが困難となり、培養の再現性を低下させる原因となっていた。このような問題の解決として、流加した量と同量の培養液を抜取りながら培養を行う方法があるが、この方法では抜取った分の培養液は生産に寄与せず、生産性を著しく低下させるという問題があった。
【0011】
なお、一般的にカロテノイドのような、炭素、水素、酸素のみから構成される化合物を微生物に生産させる場合には、培地中の窒素源にたいして炭素源を過剰に投入する必要があるとされており、上記の問題にもかかわらず、炭素源を流加することは必須であると考えられていた。
【0012】
【特許文献1】米国特許第4283559号明細書
【特許文献2】特許第3570741号公報
【特許文献3】特開2005−58216号公報
【非特許文献1】Andrewes,A.G.ら、Phytochemistry,15,1003,1976年
【非特許文献2】Renstrom,Bら、Phytochemistry,20,2561,1981年
【非特許文献3】国立遺伝学研究所日本DNAデータバンクホームページ(http://www.ddbj.nig.ac.jp/)
【非特許文献4】米国National Institute of Health、National Center of Biotechnology Informationホームページ(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)
【非特許文献5】村山と竹本、東洋曹達研究報告第28巻49−58頁、1984年
【非特許文献6】Hibino W.ら,J. of Ferment. Bioeng.,75,451,1993年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、カロテノイド生産性微生物、好ましくは細菌、さらに好ましくはパラコッカス属細菌の流加培養において、培養後期に炭素源の流加を制限することにより、流加による液量増加を抑制せしめ、カロテノイド、特にAxを効率良く生産する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題に関し鋭意検討した結果、本微生物の培養においては培養の後期において流加を制限すると、培養液量の増加が抑制されるだけでなく、炭素源の枯渇が生ずるため微生物の増殖が抑制され、それにも係らずカロテノイド生産には抑制がかからず継続することを見出し、その結果、培養の後期まで流加を続けた場合よりもカロテノイドを高含量に含有する菌体を回収しうることを見出し、本発明の完成に至った。
【0015】
すなわち本発明は、カロテノイド類を生産する微生物を用いた培養において、培養初期から中期において糖などの炭素源を流加しつつ培養を行い、培養後期において流加量を制限することにより、微生物の増殖を停止させつつカロテノイドを生産させる微生物の培養法、カロテノイド生産性の微生物が細菌である上記の微生物の培養方法、カロテノイド生産性の微生物がパラコッカス属細菌である上記の微生物の培養方法、およびカロテノイド生産性の微生物がパラコッカス属細菌N−81106株またはその変異株である上記の微生物の培養方法の提供に関する。以下本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明に用いる微生物としてはカロテノイドを生産する能力がある微生物であれば特に限定はないが、細菌を用いることができ、特にパラコッカス属細菌が好ましい。その様な細菌としてN−81106株(受託番号:FERM P−14023)やその変異株が知られている。そのような変異株としてTSUG1C11株(受託番号:FERM P−19146)やTSN18E7(受託番号:FERM P−19746)およびTSTT052(受託番号:FERM P−20690)をあげることができる。なお、N−81106株は当初その菌学的性質よりアグロバクテリウム アウランティアカム sp. Nov.として同定されて特許出願されたが、後に16sリボゾームRNA遺伝子の配列解析により、パラコッカス属に再同定された(国立遺伝学研究所日本DNAデータバンクホームページ(http://www.ddbj.nig.ac.jp/)。N−81106株は細胞中にAxを主なカロテノイドとして蓄積するが、その他にβ−カロテン、β−クリプトキサンチン、3−ヒドロキシエキネノンカンタキサンチン、3’−ヒドロキシエキネノン、シス−アドニキサンチン、アドニルビン、アドニキサンチンなどの多様なカロテノイドを蓄積することも知られている(Yokoyama & Miki,FEMS Micorilogy Letters 128、139〜144頁,1995年)。
【0017】
本発明に用いる培地としては、細菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであればいずれを使用してもよい。流加に使用する炭素源に特に限定はなく、例えばグルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、粗糖、糖蜜などがあげられる。これらを培地に任意の濃度に仕込んで培養を開始し、微生物の増殖により消費されて目的の濃度になった後、別途調製した高濃度の溶液をポンプ等で培養液に流加する。このとき炭素源としてグルコースを用いる場合、好ましい開始時の濃度は0〜20g/Lである。また流加用のグルコース溶液の濃度は、培養液の液量の増加が抑えられるため高濃度であることが好ましく、300〜900g/Lの溶液が使用される。培養時の炭素源濃度の制御法に特に限定はないが、例えば以下の流加式(1)に基づいて流加用の溶液を培養液内に送液することにより、目的の濃度に制御される。
F=A×f×(CCO2out−CCO2in) (1)
式(1)中、Fは炭素源流加速度(単位:g/min)を意味する。Aの値は係数(単位:g/L)であり、使用する醗酵槽やガス分析計の機種、そして微生物の種類や生育状態に応じて設定される定数である。本定数は予備実験で求めた値にもとづき、微生物の生育状態に応じて、適宜適切な値に設定を変更していくことが好ましい。一般的に培養の初期では高い値となり、後期では低い値となる。fは発酵槽に供給する空気の通気量(単位:L/min)であり、1分間あたりの空気の流量を示す通気量fの値も任意に設定されるが、通常0.1〜5.0VVM(培養液1Lに対して0.1〜5.0L/min)が好ましく用いられる。CCO2outは排気ガス中の炭酸ガス濃度(単位:容量%)、CCO2inは供給ガス中の炭酸ガス濃度(単位:容量%)を表す。
【0018】
流加により制御される目的の濃度は炭素源が枯渇せず、また10g/Lを越えない濃度が好ましく、より好ましくは6g/L以下の濃度である。炭素源濃度が10g/Lを超えた状態で培養を行うと有機酸が副成物として生産され、目的物であるカロテノイドに混入して品質を低下させるため好ましくないだけでなく、多量に蓄積した場合には微生物の生育やカロテノイドの生産を抑制する。特に100g/Lを超えると生育やカロテノイドの生産が大きく阻害される。炭素源の枯渇は、微生物の種類や生育の状態により影響が異なるが、カロテノイド生産菌の培養においてはその培養初期から中期に枯渇が生じると、生育やカロテノイド生産への阻害が生じる。枯渇した状態が継続する期間も影響があり、数分間の枯渇であれば大きな影響はないが、10分間以上の枯渇してDOが上昇した状態が継続すると、カロテノイドの生産が抑制される。枯渇が生じたことを見分ける方法に特に限定は無いが、呼吸活性の低下により知ることが出来る。呼吸活性の低下は、例えば培養液の溶存酸素濃度(DO)の上昇、排ガス中の酸素濃度の上昇や炭酸ガス濃度の低下、pHの上昇として現れる。特にDOを好適な指標とすることができる。炭素源の濃度が十分に維持されている場合には、微生物の呼吸により酸素が消費されるためDOは酸素飽和濃度より低い値に維持されるが、炭素源の枯渇により微生物の呼吸活性が低下してDOが急激に上昇するためである。枯渇を防ぐため、DOの急激な上昇に連動させて炭素源を追加することもできる。排ガス組成やpHを枯渇の指標として用いる場合にはDOを指標とした場合に比較して応答が遅い傾向があるのでより注意が必要となる。ここで炭素源濃度が0g/Lの場合でも呼吸活性の低下が生じていない場合は枯渇した状態ではない。かかる状況は菌体の消費速度と炭素源の補給速度が一致している場合に生じる。この場合は炭素源濃度が0g/Lであっても、微生物の代謝状態を良好に維持するために必要な炭素源は補給されており、生育およびカロテノイド生産ともに良好に進行する。
【0019】
炭素源の流加の指標とする炭酸ガス濃度の分析法には特に限定は無く、通常市販されている培養装置用の排ガス分析計を用いることができるが、データー処理の効率化のためにパーソナルコンピューター等のデーター処理装置へのデーター転送が可能な装置が好ましい。炭素源の送液量の制御方法にも特に限定はなく、排ガス中の炭酸ガス濃度の分析値より式Iに基づいて遂次適切な送液量を計算して送液ポンプ流速を修正しつつ連続的に炭素源を供給することもでき、また一定の流速に設定したポンプを間歇的に動作させることにより、任意に設定した期間内の平均送液量が式Iにより求められる目的の送液速度に一致するように制御することもできる。これらの制御は手動で行うこともでき、パーソナルコンピューターや専用の制御装置を解して自動的に行うこともできる。
【0020】
以上のように培養初期から中期までは炭素源の供給速度を微生物による消費速度とほぼ一致させて培養を行うが、後期には供給を制限する。
【0021】
なお、本発明における培養後期に特に限定はないが、好ましくは炭素源の制限を行わずに培養した場合に得られる菌体量の60%にまで菌体が増殖した時点以降の任意の時点を、より好ましくは80%にまで増殖した時点以降の任意の時点をさす。
【0022】
また、炭素源の供給の制限とは、制限を開始する直前の消費速度に対して供給速度を低くすること、好ましくは直前の消費速度の50%以下、より好ましくは80%以下に制限することを称する。完全に流加を停止してしまうこともこの範囲内である。
【0023】
窒素源には酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、ペプトン、コーンスティープリカー、酵母エキスなどが、無機塩にはリン酸1ナトリウム、リン酸2ナトリウム、リン酸1カリウム、リン酸2カリウム等のリン酸塩や塩化ナトリウムなどが、金属イオンには塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、塩化第1鉄、塩化第2鉄、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム・2水和物、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸銅、塩化銅、硫酸マンガン、塩化マンガンなどが、ビタミン類として酵母エキスやビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシン等が使用できる。
【0024】
本発明における培養の条件については、細菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであれば特に限定はないが、培養温度は15〜40℃が好ましく、pHは6〜8が好ましい。培養時間は任意に設定できるが、カロテノイドが十分に生産される時間であることが好ましく、通常は数時間〜200時間の間に設定される。
【0025】
本発明におけるカロテノイドの分析方法は、菌体または培養液から安定に効率良く回収されれば特に限定はなく、例えば抽出溶媒としてはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルフォキシド等がよい。抽出されたカロテノイドの定量は、各種カロテノイドが分離され定量性に優れる高速液体クロマトグラフィーによる行なうことが好ましい。
【0026】
以上の方法により、培養液量の増加に起因する過度の発泡によるトラブルやカロテノイドの生産阻害を防げるようになり、培養後期に炭素源の供給を制限することでカロテノイドの生産を抑制することなく微生物の増殖を抑制してカロテノイドを高含量に含有する菌体を調製できるようになり、さらには原料のロスが抑えられ、培養後に残留する糖類による目的物の分離精製の妨害、培養廃液による環境汚染の防止の効果も得られるようになった。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、以下の効果を奏することができる。
【0028】
本発明により、カロテノイド生産性微生物の流加培養において培養後期の炭素源流加を制限した結果として、カロテノイド、特にアスタキサンチンを効率良く生産することが可能となっただけでなく、過剰の原料による生産コスト上昇が抑制され、培養廃液中の残留有機物が減少するため環境汚染の低減や廃液処理コストの抑制の効果も得られ、さらには流加による培養液量の増加による通気効率の変化が抑制されるとともに培養液の発泡によるトラブルが生じるリスクを低減することとなった。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更が可能であることは言うまでもない。
【0030】
(カロテノイドの抽出と定量法)
適量な培養液を1.5ml容エッペンドルフチューブを用いて、15,000回転、5分間遠心分離を行ない菌体を得た。この菌体に20μlの純水に懸濁し、次いで240μlのジメチルホルムアミドおよび240μlのアセトンを加え約1時間振とうし、カロテノイドを抽出した。この抽出液を15,000回転、5分間遠心分離により残渣を除去後、Tskgel ODS−80TMカラム(東ソー社製)を用いた高速液体クロマトグラフィー(以下「HPLC」と略記する。)でアスタキサンチンを定量した。なおAxの分離はA液として純水とメチルアルコールの5体95の混合溶媒、B液としてメチルアルコールとテトラヒドロフランの7体3の混合溶媒を用い、1ml/minの流速でA液を5分間カラムに通過させた後、同じ流速A液からB液へ5分間の直線濃度勾配を行ない、さらにB液を5分間通過させることにより行なった。Ax濃度は470nmの吸光度をモニターし、既知濃度のAx試薬(シグマ製)で作成した検量線より濃度を算出した。
【0031】
(実施例1)流加培養での菌体収量の測定
表1に示した組成の培地300mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌後、N−81106株の変異株の一つであるTSTT051株(受託番号:FERM P−20690)として寄託)を植菌し、25℃で1日間、毎分100回転の振とう速度で前々培養を行なった。
【0032】
【表1】

次いで表2に示した組成の培地100mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌し、上記培養液5mlを植菌して25℃で約18時間、毎分100回転の振とう速度で前培養した。
【0033】
【表2】

さらに、表3に示す組成の培地からグルコースと金属塩を除いたもの約1.4Lを3Lの発酵槽に入れ、121℃、20分間で滅菌後、グルコースと金属塩を補充し、さらに前培養の培養液90mlを添加し本培養を開始した。培養温度は22℃、pHは7.0〜7.4とした。培養時pHは微生物の増殖に伴って低下するので10%アンモニア水の添加により所定範囲に制御した。また微生物への酸素供給のため空気を1.8L/minの速度で通気し、培養開始からは120時間目までは490rpmで、120時間目以降は660rpmで撹拌した。炭素源の流加には700g/Lのグルコースを使用した。培養装置はエイブル社のBMS−03PIを、排ガス分析装置はエイブル社のDEX−2562を使用した。
【0034】
【表3】

グルコース濃度を維持するため、パーソナルコンピューターを解し、エイブル社の培養制御プログラムを用いて、流加式(1)に基づいて流加ポンプを間歇的に動作させることによりグルコースの流加を行った。流加ポンプにはワトソン・モーロー社の定量ポンプ101U(低速型)を使用し、流速は0.3g/minに設定した。式(1)のAの値は培養開始時から53時間までを3.9、以降は3.3に設定した。培養中はグルコース分析計(装置名;YSI社2700)を用いて定期的にグルコース濃度を測定した。
【0035】
また、培養槽内の培養液量を一定にするため、第二の同形式のポンプを用いて流加したグルコース溶液と同量の培養液を抜取りつつ培養を行った。第二のポンプの動作速度は流加ポンプに連動させた。
【0036】
培養装置の概略図を図1に示した。
【0037】
微生物の増殖は培養液の660nmの濁度により測定した。160時間培養を行ったところ、培養液の濁度は420に達した。予め求めた濁度と菌体密度の相関式より、菌体収量は105g/Lと求められた。このときの培養を追跡した結果を図2に示した。また、培養液中のグルコース濃度を推移を図3に示した。本菌体収量の80%に達する時間は培養開始後約100時間目であり、この時点より後を培養後期と判断し、実施例2に述べる炭素源制限の指標とすることとした。
【0038】
培養液中のカロテノイド組成を追跡すると、140時間目においてアスタキサンチン含量が最も高い値を示した(637mg/L)。このとき、その他のカロテノイドとして、アドニキサンチン(108mg/L)、フェニコキサンチン(274mg/L)、カンタキサンチン(183mg/L)、エキネノン(164mg/L)、β−カロテン(9mg/L)が生産されていた。アスタキサンチンを初めとするこれらカロテノイドの総量(以下、総カロテノイドと称する。生産量1375mg/L)も140時間で最も高い値となった。140時間目における菌体量は100g/Lであり、この時点での菌体当りのアスタキサンチン含量は0.64重量%、総カロテノイド含量は1.4重量%と計算された。
【0039】
この培養において最終的なグルコースの流加量は830ml(700g/Lのグルコース溶液として)だった。
【0040】
(実施例2) 炭素源制限の効果
培養開始後100時間目にグルコースの流加を停止したことを除き、実施例1と同様に実験を行った。
このときの培養を追跡した結果を図4に示した。また、培養液中のグルコース濃度を推移を図5に示した。
流加の停止と同時に微生物の増殖は停止し、培地中の菌体量は約100時間目に80g/Lに達したまま増加は認められなかった。一方、カロテノイド生産は流加停止後も引き続き継続し、140時間目における培養液中のアスタキサンチン生産量は684mg/Lと、実施例1と比較して若干高いアスタキサンチン収量が得られた。その他のカロテノイドとして、アドニキサンチン(117mg/L)、フェニコキサンチン(244mg/L)、カンタキサンチン(184mg/L)、エキネノン(144mg/L)、β−カロテン(5mg/L)が生産されていた(総カロテノイド量、1378mg/L)。140時間目における菌体当りのアスタキサンチン含量は0.87重量%、総カロテノイド含量は1.6重量%と計算された。即ち炭素源の制限によってカロテノイドの生産を維持したまま菌の増殖が抑制された結果、実施例1に比較して菌体当りのカロテノイド含量を上昇せしめることができた。
【0041】
最終的なグルコース流加量は550ml(700g/Lのグルコース溶液として)であり、実施例1に対してグルコース流加量を34%削減することができた。
【0042】
(実施例3)
培養温度を25℃としたことと第二のポンプを用いた培養液の抜取り操作を行わなかったことを除き、実施例1と同様に培養を開始した。また培養開始後100時間目においてグルコース消費速度を測定し、そのグルコースの供給速度をその10%に設定した。なお、100h目の消費速度は1.8g/L・hであり、供給速度がその10%になるよう式1のA値を設定して約0.2g/L・hの流加速度になるように調節し、以下そのA値のまま排ガス中の炭酸ガス濃度への比例制御によりグルコースの送液を行った。
【0043】
培養開始後、145時間目における培地中の菌体量は80g/Lだった。アスタキサンチン量は780mg/Lであり、その他のカロテノイドとしてアドニキサンチン(267mg/L)、フェニコキサンチン(119mg/L)、カンタキサンチン(118mg/L)、エキネノン(113mg/L)、及びβ−カロテン(7mg/L)が検出された(総カロテノイド量、1400mg/L)。
【0044】
菌体のアスタキサンチン含量は0.98重量%、総カロテノイド含量は1.78重量と計算された。グルコースを制限しつつも流加したことで、流加を制限せずに実施した実施例1や流加を停止した実施例2に示す結果に比べて、菌体当りのカロテノイド含量は高いものとなった。
【0045】
最終的なグルコースの流加量は750ml(700g/Lのグルコース溶液として)であり、実施例1に対してグルコース流加量を約10%削減することができた。
【0046】
(比較例1)
実施例3と同様に25℃で第二のポンプによる培養液の抜取り操作を行わずに培養を開始したが、培養時間100時間目以降もグルコースを制限せずに流加した。培養開始後145時間目における菌体量は実施例3と同量の80g/Lだったが、アスタキサンチン量は433mg/Lにとどまった。その他のカロテノイドとしてアドニキサンチン(49mg/L)、フェニコキサンチン(304mg/L)、カンタキサンチン(313mg/L)、エキネノン(67mg/L)、β−カロテン(2mg/L)が生産された(総カロテノイド量、1170mg/L)。即ち、実施例3に比較してフェニコキサンチンとカンタキサンチンを除き、何れのカロテノイドの生産量とも低いものだった。
【0047】
菌体当りのアスタキサンチン含量は0.54重量%、総カロテノイド含量は1.46重量%だった。
【0048】
最終的なグルコースの流加量は実施例1とほぼ同等の850ml(ただし、700g/Lのグルコース溶液)だった。本実験においては培養後期の流加の制限や培養中の培養液の抜き取りによる液量調節をおこなわなかったため、流加により醗酵槽内の液量が増加して酸素供給の効率が低下したことなどの影響のためカロテノイド生産が阻害されたものと考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】微生物の培養に用いる醗酵槽の概略図を示す。図中、P1はグルコースの流加に用いる定量ポンプであり、P2は醗酵槽内の液量調節のための第二の定量ポンプである。
【図2】流加培養における微生物の増殖とカロテノイド量を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、*は微生物の菌体量(単位はg/L)、●はアスタキサンチン量(単位はmg/L)、○は総カロテノイド量(単位はmg/L)を示す。
【図3】流加培養におけるグルコース濃度の推移を示した図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図4】培養後期にグルコース供給の停止を行う流加培養における微生物の増殖とカロテノイド量を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、*は微生物の菌体量(単位はg/L)、●はアスタキサンチン量(単位はmg/L)、○は総カロテノイド量(単位はmg/L)を示す。
【図5】培養後期にグルコース供給の停止を行う流加培養におけるグルコース濃度の推移を示した図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、培養後期に炭素源を制限して培養することにより、カロテノイド類の生産を阻害することなく微生物の増殖を抑制し、炭素源を制限しない場合に比べてカロテノイド類含量の高い微生物菌体を回収することを特徴とするカロテノイド類の製造方法。
【請求項2】
微生物が細菌であることを特徴とする請求項1に記載のカロテノイド類の製造方法。
【請求項3】
細菌がパラコッカス属細菌であることを特徴とする請求項2に記載のカロテノイド類の製造方法。
【請求項4】
カロテノイド類を生産する微生物がパラコッカス属細菌N−81106株またはその改変株であることを特徴とする請求項3に記載のカロテノイド類の製造方法。
【請求項5】
カロテノイド類を生産する微生物がパラコッカス属細菌N−81106株の改変株TSTT052株(受託番号:FERM P−20690)であることを特徴とする請求項4に記載のカロテノイド類の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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