説明

カンキツ加工品の識別方法

【課題】 シイクワシャー加工品について、他のカンキツ類を原料として含有するカンキツ加工品と識別する方法を提供すること。
【解決手段】 シイクワシャー加工品中のカルコン配糖体の有無を調べ、その結果から当該加工品の原料を判別することを特徴とするシイクワシャー加工品の識別方法、特に該加工品中のカルコン配糖体の有無を調べて、その結果から原料としてカラマンシーが用いられているか否かを判別する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カンキツ加工品の識別方法に関し、詳しくはミカン区に属するシイクワシャーや温州ミカンの加工品の原料中にトウキンカン区のカラマンシーを含むものであるかを判別することによりカンキツ加工品を識別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
沖縄で産出されるシイクワシャー(Citrus depressa HAYATA)は、他のカンキツ類と比べてポリメトキシフラボノイド成分であるノビレチン、タンゲレチン等を多量に含有する特徴的なカンキツである。このポリメトキシフラボノイド成分に発ガン抑制作用、ガン転移抑制作用が認められ(非特許文献1)、さらに、その加工品(果汁・ペースト)も血糖上昇抑制作用を有していることが報告されるに及び、シイクワシャーの生果、加工品に対する需要が高まっている。
【0003】
このような状況下、シイクワシャー以外の原料を用いたカンキツ加工品が市販されるようになり、需要者のみならず食品行政上でも問題となっている。
【0004】
【非特許文献1】Bracke,M.E.(1994), Food Technology, 48, 104
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、シイクワシャーおよび/または温州ミカンを原料とする加工品について、他のカンキツ類を原料として含有するカンキツ加工品と識別する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者らは、カンキツ属、特に後生カンキツ亜属のミカン区のシイクワシャー、温州ミカンおよびトウキンカン区のカラマンシーに含まれる成分について比較、検討した。その結果、両者はポリメトキシフラボノイド成分の含有量に差が認められること並びに後者にのみカルコン配糖体が含まれていることを見出した。そこで、かかる知見に基づいてカンキツ加工品、特にシイクワシャーや温州ミカンの加工品中のカルコン配糖体の有無を指標としてカンキツ加工品を識別する方法を確立し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、請求項1記載の本発明は、カンキツ加工品中のカルコン配糖体の有無を調べ、その結果から当該加工品の原料を判別することを特徴とするカンキツ加工品の識別方法である。
請求項2記載の本発明は、カンキツ加工品中のカルコン配糖体の有無を調べ、その結果から当該加工品の原料としてカラマンシーが用いられているか否かを判別することを特徴とする請求項1記載のカンキツ加工品の識別方法である。
請求項3記載の本発明は、カンキツ加工品が、シイクワシャー果汁である請求項1または2記載のカンキツ加工品の識別方法である。
請求項4記載の本発明は、カルコン配糖体が3',5'−ジ−C−β−グルコピラノシルフロレチンである請求項1〜3のいずれかに記載のカンキツ加工品の識別方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、カンキツ加工品の原料として用いられているカンキツについてシイクワシャーおよび/または温州ミカン以外のものを含んでいるかどうかを識別して、シイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とするカンキツ加工品であるか否かを判定することができる。
【0009】
請求項1記載の本発明によれば、カンキツ加工品中のカルコン配糖体の有無を調べ、その結果から当該加工品の原料を判別して当該加工品がシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とするものであるか否かを識別することができる。
【0010】
請求項2記載の本発明によれば、カンキツ加工品の原料としてカラマンシーが用いられているか否かを判別することにより、当該加工品がシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とするものであるか否かを識別することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
上記したように、本発明は、カンキツ加工品がシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とするものであるか否かを識別することを基本とするものである。特に、原料中にカラマンシーが含まれているか否かを迅速に、かつ簡便な方法で正確に判別することを目的とする。
したがって、本発明が適用されるカンキツ加工品は、分類学的にシイクワシャーや温州ミカンが属するカンキツ属後生カンキツ亜属のミカン区の他に、トウキンカン区に属するカラマンシーを原料として用いる可能性のあるものである。加工品としては、例えば果汁、ドレッシングなどが挙げられる。
【0012】
ミカン区に属するカンキツ類としては、シイクワシャーの他に温州ミカン等が挙げられる。また、トウキンカン区のカンキツ類としては、カラマンシー、シキキツがある。これらは、いずれもカンキツ加工品の原料として用いられるものである。
【0013】
これらのカンキツ類には、ポリメトキシフラボノイド成分が含まれているが、その種類によって、当該ポリメトキシフラボノイド成分の種類や含有量が相違していることが知られている。例えば、シイクワシャーにはノビレチン、タンゲレチンなどのポリメトキシフラボノイド成分が多量に含まれている。
一方、トウキンカン区のカンキツ類であるカラマンシーには、カルコン配糖体が特異的に含まれており、該化合物の具体例が以下に示す3',5'−ジ−C−β−グルコピラノシルフロレチン(以下、フロレチン配糖体と略記することがある)であることが明らかとなった。
【0014】
【化1】

【0015】
したがって、カンキツ加工品中の上記特定の成分について分析することにより、該カンキツ加工品の原料として用いられているカンキツ類の種類を識別することができる。すなわち、一つの方法として、予めシイクワシャーのみを原料とするカンキツ加工品中に含まれる特定成分の含有量を求めておき、対象とするカンキツ加工品における当該特定成分の含有量を測定し、この値を標準品であるシイクワシャーのみを原料とするカンキツ加工品の測定値と比べることによって、対象のカンキツ加工品がシイクワシャーのみを原料とする製品であるか否かを識別することができる。
これに対して、本発明では、カンキツ加工品中のカルコン配糖体の有無を調べ、その結果から当該加工品の原料を判別して当該加工品がシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とするものであるか否かを識別する方法である。
【0016】
以下に、カンキツ加工品が、果汁である場合について述べる。なお、果汁の製造には、完熟果実を用いるのが一般的である。
当該カンキツ加工品中にカルコン配糖体が含まれているか否かを調べるため、分析用の試料を用意する。通常、分析は薄層クロマトグラフィ(TLC)、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)で行う。TLC分析を行う場合、まず果汁に0.5〜2.0倍量の溶媒(例えばメタノール、エタノール等)を加え、ホモジナイズしてホモジネート抽出液を得る。予めメタノール、水で洗浄したセップパック(例えば、C18Sep‐Pak) に該抽出液を通過させて固相処理する。同様に、水、10%メタノールも通過させることによって、糖などの展開の阻害要因となる非吸着物を除去する。最後に、メタノールを通過させてセップパック中の吸着物を集める。
得られた通過溶離液を窒素乾固して約1/4程度に濃縮する。これを、TLC分析用試料として用いる。
【0017】
TLCによるカルコン配糖体であるフロレチン配糖体の分析は、例えばメルク社製シリカゲルTLCプレートなどの薄層板を展開槽に入れ、クロロホルム、メタノールおよび水で調製した展開溶媒を用いて行うことができる。なお、10%硫酸溶液を用い、加熱処理することにより、目的とする成分の検出を行う。
【0018】
カンキツ加工品(果汁)中にカラマンシーの属するキンカン属特有のフロレチン配糖体が含まれる場合は、TLCプレートのRf0.2の位置に該配糖体によるスポットが出現する。このことから、試料中にカラマンシー果汁が含まれていること、すなわちシイクワシャーおよび/または温州ミカン以外の原料を使用していることが判別できる。一方、Rf0.2の位置にフロレチン配糖体によるスポットが認められない場合は、試料中にカラマンシー果汁が含まれていないこと、すなわちシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料としていることが分かる。
【0019】
次に、HPLCによるフロレチン配糖体の分析は、果汁に2〜3倍量の抽出溶媒(例えば、メタノール、エタノールなど)を加えた後、超音波処理により抽出する。得られた抽出液を定容・ろ過したものを、HPLC分析用試料として用いる。
【0020】
HPCLによるフロレチン配糖体の分析は、例えばLiChrospher100RP-18などのカラムを使用し、移動相にメタノールおよび20mM リン酸水溶液を用いグラジエント方式、カラム温度40℃で行うことができる。なお、波長286nmにおける吸光度を計測することにより、目的成分の検出を行う。
【0021】
カンキツ加工品(果汁)中にフロレチン配糖体が含まれる場合は、該配糖体によるピーク(Rt25.3分)が認められる。このことから、試料中にカラマンシー果汁が含まれていること、すなわちシイクワシャーおよび/または温州ミカン以外の原料も含有するカンキツ加工品であることが判別できる。一方、Rt25.3分のフロレチン配糖体によるピークが認められない場合は、試料中にカラマンシー果汁が含まれていないこと、すなわちシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とした加工品であることが分かる。
【0022】
果汁以外のカンキツ加工品について識別を行う場合も、上記と同様の方法によって識別することができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0024】
実施例1
材料の調製
基準の100%果汁(ストレート果汁)として、沖縄県経済連農産加工工場から入手したシイクワシャー果汁並びにフィリピン産のカラマンシー果汁を用いた。
また、試料用のシイクワシャー加工品(果汁)として、沖縄県で入手した市販品11種類および福岡市内で入手した市販品1種類を用いた。
【0025】
試薬
カルコン配糖体として、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構果樹研究所から分与された3',5'-ジ-C-β-グルコピラノシルフロレチンの標準品(フロレチン配糖体)を用いた。
TLC分析用の展開溶媒として、クロロホルム(和光純薬製)、メタノール(和光純薬製)を用い、固相処理に使用するメタノールは和光純薬製を用いた。HPLC分析において移動相として用いたメタノールは和光純薬製を用い、抽出に使用したエタノールは、和光純薬製を用いた。また、HPLC用フィルターは、酢酸セルロース フィルタ 0.45μm(アドバンテック社製)を用いた。
【0026】
実験方法
TLC分析試料の調製
TLC分析のための基準品、シイクワシャーストレート果汁、カラマンシーストレート果汁および試料である市販シイクワシャー果汁加工品から以下の方法で抽出して分析用試料を得た。
まず、果汁10mlに等量のメタノールを添加し、ホモジナイザー(商品名:ポリトロンホモジナイザー P-1型、セントラル科学貿易製)で1分間ホモジナイズした後、試料2mlをメタノールおよび水で洗浄したセップパック(商品名:C18Sep-Pak、ウォーター社製)に通過させた。
次いで、同様に水2ml、10%メタノール2.5mlをセップパックに通過させ、展開阻害要因である糖などの非吸着物を洗浄・廃棄した。最後に、メタノール2mlを通過させ、C18Sep-Pak中の吸着物を回収し、これを窒素乾固により1/4量程度に濃縮後、TLC分析に供した。
【0027】
TLC分析
上記のように調製した試料をTLCに供した。なお、展開溶媒としてクロロホルム/メタノール/水(65:35:5)を用いた。展開槽として蓋付のガラス製容器を使用し、これに加熱乾燥した薄層板(商品名:シリカゲル60F254 20x20cm、メルク社製)を収納した。各試料を展開させた後、各スポットの検出は、10%H2SO4溶液を噴霧した後、加熱により発色させて行った。結果を図1および図2に示す。
【0028】
実験結果
図1に示したように、カラマンシーストレート果汁のスポットは、図中左端の標準試薬(フロレチン配糖体)のスポット(Rf0.2)と同位置にある。また、試料Aについても、同位置にスポットが出現し、フロレチン配糖体の存在が確認された。このことから、これらの試料はカラマンシーを原料として用いていることが分かった。一方、シイクワシャーストレート果汁にはフロレチン配糖体の存在を示す位置にスポットが出現しなかった。
また、図2に示したように、試料A〜Gには、カラマンシーストレート果汁の場合と同様に、フロレチン配糖体の存在を示すRf0.2の位置にスポットが認められた。なお、試料H、Iには、フロレチン配糖体の存在を示す位置に肉眼的に判別できるスポットは認められなかった。
しかし、試料J、KおよびLについては、フロレチン配糖体の存在を示すRf0.2の位置にスポットが出現しなかった。このことから、試料J、KおよびLはシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とする果汁であることが分かった。
【0029】
実施例2
材料の調製と試薬は、実施例1と同じである。
【0030】
実験方法
HPLC分析試料の調製
HPLC分析のための、シイクワシャーストレート果汁、カラマンシーストレート果汁および市販シイクワシャー果汁加工品から以下の方法で抽出して分析用試料を得た。
試料果汁3mlにエタノール7mlを添加し、超音波処理(30分間)によって果汁成分の抽出を行った後、定容・ろ過(フィルター)し、HPLC分析に供した。
【0031】
HPLC分析
上記のように調製した試料について、以下の条件でHPLC分析を行い、フロレチン配糖体の含有量を測定した。結果を表1に示す。
装置: ポンプ(商品名:島津LC-10、島津製作所製)
UV-VIS検出器(島津製作所製)
カラム: LiChrospher100:RP-18
(粒径5μm、125x4 mm)
カラム温度:40℃
移動相: メタノール(A):20mM リン酸水溶液(B)
0-5-45分、20-20-45%(A in B)
流速: 0.9ml/分
検出波長: 286nm
分析時間: 45分
溶出方式: グラジエント方式
【0032】
【表1】


n.d.:未検出、偽:偽和製品の疑いあり、真:真正製品と認められる
試料のうち、H,I,Lは10%果汁飲料、Kは40%果汁飲料であり、他は全て100%果汁である。
【0033】
表1から明らかなように、試料A〜Gには、基準試料であるカラマンシー果汁と同様に、フロレチン配糖体の存在が確認され、原料にカラマンシーを含む果汁であることが分かった。また、試料HとIについても、少量ではあるが、フロレチン配糖体が検出され、これらの果汁も原料にカラマンシーを含むことが分かった。
しかし、試料J、KおよびLからは、カラマンシーに特異的に含まれるフロレチン配糖体が検出されなかった。このことから、試料J、KおよびLはシイクワシャーおよび/または温州ミカンのみを原料とする果汁であることが分かった。
【0034】
また、シイクワシャーストレート果汁、カラマンシーストレート果汁および試料の市販シイクワシャー果汁加工品FとJについてのHPLC分析のクロマトグラムを図3に示した。この図から、カラマンシーストレート果汁には、フロレチン配糖体によるピーク(Rt25.3分)が認められた。また、試料Fには、二つの高いピークが認められ、これらはフロレチン配糖体によるピークおよびシイクワシャー果汁に見られるヘスペリジンのピークと溶出時間が同じであると認められたことから、試料Fはカラマンシーを原料として含む加工品であることが明らかとなった。
一方、シイクワシャーストレート果汁および試料Jには、フロレチン配糖体によるピークは認められず、ヘスペリジンよるピーク(Rt28.4分)のみが認められた。このことから、これらの果汁は原料としてカラマンシーを使用していないことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、果汁等のカンキツ加工品の識別に利用され、当該カンキツ加工品が、その原料として、シイクワシャー以外のもの、特にカラマンシー果実を含有するものであるか否かを簡便に、かつ正確に判定して、カンキツ加工品の真偽を識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】カンキツ果汁のTLC分析結果を示す。
【図2】カンキツ果汁のTLC分析結果を示す。
【図3】カンキツ果汁のHPLC分析結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンキツ加工品中のカルコン配糖体の有無を調べ、その結果から当該加工品の原料を判別することを特徴とするカンキツ加工品の識別方法。
【請求項2】
カンキツ加工品中のカルコン配糖体の有無を調べ、その結果から当該加工品の原料としてカラマンシーが用いられているか否かを判別することを特徴とする請求項1記載のカンキツ加工品の識別方法。
【請求項3】
カンキツ加工品が、シイクワシャー果汁である請求項1または2記載のカンキツ加工品の識別方法。
【請求項4】
カルコン配糖体が3',5'−ジ−C−β−グルコピラノシルフロレチンである請求項1〜3のいずれかに記載のカンキツ加工品の識別方法。


【図3】
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【図1】
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【図2】
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