説明

カンチレバーセンサを利用するターゲット物質の検出方法及び検出装置

【課題】 ターゲット物質相互間の斥力による影響を回避して、カンチレバーの表面上にターゲット物質認識物質との結合を介して、付着するターゲット物質の面密度をより高めることが可能であり、その荷重によって、カンチレバーの共振周波数の変化量をより大きくでき、高い検出感度でターゲット物質の検出を可能とする検出方法の提供。
【解決手段】 外力を加えて、予め撓んだ状態とした上で、カンチレバーとターゲット物質と接触させると、ターゲット物質同士の斥力が小さい状態で、ターゲット物質認識物質との結合を介して、ターゲット物質の付着がなされ、その後、カンチレバーを撓ませていた外力を取り除き、カンチレバーの共振周波数の変化量を測定すると、より高い検出感度、また、より簡易な手順でターゲット物質の検出が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カンチレバーセンサを利用して、ターゲット物質を検出する方法、ならびに該検出方法に基づく、ターゲット物質の検出装置に関する。特には、原子間力顕微鏡(AFM)等のようなプローブ式顕微鏡において、微小な力の検出用プローブとして利用されている片持ち梁式針(以下、カンチレバー)を応用して、高い検出感度でターゲット物質を検出する方法、ならびに該方法に基づく、高い検出感度を有するターゲット物質の検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
カンチレバーセンサでは、片持ち梁式針(以下、カンチレバー)の撓み量は、カンチレバー表面の曲げ応力に比例するという特質を利用して、曲げ応力の変化を撓み量変化として検出する手法が、多く利用されている。例えば、プローブ式顕微鏡の検出用プローブでは、カンチレバー先端に加わる微小な力、例えば、原子間力の変化を高い感度で検出する手段として利用されている。
【0003】
カンチレバーセンサを応用して、ターゲット物質を検出する方法として、カンチレバー表面にターゲット物質を選択的に結合させることにより、カンチレバー表面の曲げ応力の変化を誘起させる方法が検討されている。例えば、ターゲット物質に対して、特異的な結合性を示す物質(ターゲット物質認識物質)、例えば、ターゲット物質である抗原に対して、特異的な抗原抗体反応性を有する抗体分子をカンチレバーの表面上に固定する。このカンチレバーを、ターゲット物質(例えば、抗原)を含有している試料と接触させると、ターゲット物質(例えば、抗原)は、特異的な結合性を示す物質(ターゲット物質認識物質、例えば、特異的抗体)との結合を介して、カンチレバーの表面上に付着した状態となる。その際、カンチレバー先端部の表面上に付着するターゲット物質自体の荷重に起因して、カンチレバー全体に加わる曲げ応力が増加し、結果的に、カンチレバー先端部の撓み量が増加する。
【0004】
加えて、カンチレバー先端部の表面上に付着するターゲット物質自体の荷重に起因して、カンチレバー全体の質量mも増加するため、カンチレバーの共振周波数ωが変化する。このような原理を応用して、カンチレバーを用いてターゲット物質の検出する方法としては、非特許文献1,2に示すような方法が検討されている。
【0005】
カンチレバーは、片持ちバネの一形態であり、外部から強制振動させた際、特定の周波数において、共振を起こす。このカンチレバーに固有の共振周波数ωは、カンチレバーの質量mと、そのバネ定数kによって決定されている。すなわち、下記式1のように、カンチレバーに固有の共振周波数ωを表記することができる。
【0006】
ω=(k/m)1/2 ・・・ 式1
カンチレバー表面にターゲット物質を選択的に結合させると、カンチレバー先端部の表面上に付着するターゲット物質自体の荷重に起因して、カンチレバー全体の質量mは、m→m+Δmへと増加する。その際、カンチレバーのバネ定数kは変化しないと、前記の質量増加に伴い、カンチレバーの共振周波数がΔω減少する。質量mの増加量Δmは、ターゲット物質の付着量に比例しており、カンチレバー全体の質量mに対して、その増加量Δmが十分に小さな範囲では、近似的に、共振周波数の減少量Δωは、増加量Δmに比例する。従って、共振周波数の減少Δωを検出することによって、カンチレバー上に付着するターゲット物質の有無や量(濃度)を検出することが可能となる。一般に、AFM等で用いられるカンチレバーを用いた場合、質量の変化Δmに対する共振周波数の変化Δωの比率:Δm/Δωは、数pg/Hzといわれている。
【非特許文献1】App.Phys.Lett.69(19),1996 p2834〜2836
【非特許文献2】Sensors and Actuators B,2001 p122〜131
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このカンチレバー共振周波数変化Δωに基づき、カンチレバー上に付着するターゲット物質の有無や量(濃度)を検出手法は、上記のように高い検出感度を有するが、下記する問題を有している。
【0008】
ターゲット物質によっては、ターゲット物質同士が近接すると、ターゲット物質相互間に強い斥力が生じる場合がある。その場合、ターゲット物質相互間の斥力が強すぎて、カンチレバー表面上に高密度にターゲット物質を付着することができない。検体試料中に含まれるターゲット物質の濃度が高くなると、この斥力の影響を受け、カンチレバー表面上に付着するターゲット物質の面密度は、ある水準に達すると、それ以上上昇しなくなる。すなわち、検体試料中に含まれるターゲット物質の濃度と、カンチレバー表面上に付着するターゲット物質の面密度とは比例せず、結果として、カンチレバーの共振周波数変化量Δωの増加も抑えられる。このターゲット物質の濃度範囲に達すると、ターゲット物質の濃度を正確に検出できなくなるという課題を有している。
【0009】
換言すると、ターゲット物質相互間の斥力が強すぎると、試料中に含まれているターゲット物質の濃度がある水準を超えると、平坦に保持されているカンチレバーにおいて、ターゲット物質認識物質との結合を介して、その表面上に付着するターゲット物質の面密度は、それ以上増加しない状態となり、ターゲット物質の濃度を適正に評価できない可能性がある。
【0010】
本発明は前記の課題を解決するものであり、本発明の目的は、カンチレバーの表面にターゲット物質認識物質を高い面密度で固定化している場合にも、前記のターゲット物質相互間の斥力による影響を回避して、固定化されているターゲット物質認識物質との結合を介して、付着するターゲット物質の面密度自体もより高めることが可能であり、その荷重によって、カンチレバーの共振周波数の変化量をより大きくでき、高い検出感度でターゲット物質の検出を可能とする検出方法、ならびに、かかる検出方法に基づく、高感度のターゲット物質の検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記の課題を解決すべく、研究を進めたところ、下記の知見を得た。
【0012】
まず、カンチレバーの両面に同じ面密度でターゲット物質認識物質を固定した場合であっても、外力を加えて、カンチレバーを予め撓ませた状態とすると、凸面側と凹面側との間で、実効的なターゲット物質認識物質の面密度に差違が生じることを見出した。すなわち、撓みの無い状態と比較すると、凸面側では、実効的なターゲット物質認識物質の面密度は、相対的に疎な状態となり、一方、凹面側では、実効的なターゲット物質認識物質の面密度は、相対的に密な状態となっている。
【0013】
ターゲット物質認識物質と結合するターゲット物質は、相互間隔が一定値を下回ると、ターゲット物質相互の間に斥力が生じる場合、カンチレバーに撓みの無い際に、ターゲット物質認識物質と結合したターゲット物質相互の間に斥力が生じる臨界的状態は、ターゲット物質認識物質Nflat分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態に相当する。一方、かかる臨界的状態は、凸面側では、ターゲット物質認識物質Nconvex分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態に相当し、凹面側では、ターゲット物質認識物質Nconcave分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態に相当する。その際、実効的なターゲット物質認識物質の面密度を考慮すると、Nconvex<Nflat<Nconcaveとなり、換言すると、撓みの無い状態と比較すると、凸面側では、より多くの量のターゲット物質を付着させることができ、一方、凹面側では、より少ない量のターゲット物質しか付着させることができないことを見出した。
【0014】
さらに、ターゲット物質認識物質とターゲット物質との結合が一定以上の強さを有する場合、凸面状とすることで高い面密度で表面に付着させたターゲット物質は、カンチレバーを逆方向に撓ませ、凹面状とすると、ターゲット物質相互間により大きな斥力が作用するが、通常、離脱を引き起こすまでには至らないことを見出した。この状態では、前は凹面側であった面は、凸面状となっており、ターゲット物質は、ターゲット物質認識物質Nconcave分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態から、ターゲット物質認識物質Nconvex分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態まで、さらに付着面密度を増加することができる。最終的には、カンチレバーの両面ともに、ターゲット物質認識物質Nconvex分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態とすることも可能である。勿論、カンチレバーを平坦に状態に戻すと、ターゲット物質相互間には斥力が作用するが、一旦、ターゲット物質認識物質との結合により付着しているターゲット物質は、通常、その斥力の起因する離脱を引き起こすまでには至らないことを見出した。
【0015】
少なくとも、カンチレバーの両面にターゲット物質認識物質を固定した上で、カンチレバーを予め撓ませ、一方の面を凸面状として、ターゲット物質をターゲット物質認識物質に結合させ、引き続き、他方の面を凸面状として、ターゲット物質をターゲット物質認識物質に結合させることで、カンチレバーを平坦な状態として、ターゲット物質を付着する場合よりも、より多くのターゲット物質を付着することが可能となることを見出した。すなわち、カンチレバー全体として、より多くのターゲット物質を付着することが可能となると、質量の増加量Δmもより大きくなり、それに伴い、共振周波数の変化量Δωもより大きくすることが可能となる。
【0016】
加えて、この凸面側において、ターゲット物質認識物質と結合したターゲット物質相互の間に斥力が生じる臨界的状態に達するためには、ターゲット物質認識物質Nconvex分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態と平衡する、試料中のターゲット物質濃度Cconvexは、ターゲット物質認識物質Nflat分子当たり、一つのターゲット物質が付着している状態と平衡する、試料中のターゲット物質濃度Cflatと比較すると、より高い濃度となることも判明した。すなわち、カンチレバーセンサによって、定量的な濃度測定が可能な上限濃度(検出可能上限濃度)は、外力を加えて、カンチレバーを予め撓ませた状態における、凸面側の検出可能上限濃度Cconvexは、撓みの無い状態のカンチレバー表面の検出可能上限濃度Cflatよりも高くなり、定量的な測定が有効な範囲も拡大することが判った。
【0017】
本発明者らは、以上の一連の知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち、本発明の第一の形態にかかるターゲット物質の検出方法は、
カンチレバーセンサを利用して、ターゲット物質を検出する方法であって、
(A)カンチレバーセンサを構成するカンチレバー表面に、前記ターゲット物質と結合可能なターゲット物質認識物質を固定する工程;
(C)前記カンチレバーに外力を加えて、少なくとも一方の面を凸として、撓んだ状態で保持する工程;
(D)撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、試料と接触させ、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする工程;
(E)前記カンチレバーに加えた外力を取り除く工程;
(F)ターゲット物質との結合を目的とする、試料との接触を行った後、前記カンチレバーの共振周波数を測定する工程、
(G)前記工程(F)で測定される、試料との接触後のカンチレバーの共振周波数と、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数との差を算出する工程、
を含む
ことを特徴とするターゲット物質の検出方法である。
【0019】
また、本発明の第二の形態にかかるターゲット物質検出装置は、
カンチレバーセンサを利用して、ターゲット物質を検出する検出装置であって、
(a)ターゲット物質認識物質を表面に固定したカンチレバーを具えたカンチレバーセンサ;
(c)前記カンチレバーに外力を加えて、少なくとも一方の面を凸として、撓んだ状態で保持する手段;
(d)前記撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする状態で、試料と接触させる手段;
(e)前記カンチレバーに加えた外力を取り除く手段;
(f)ターゲット物質との結合を目的とする、試料との接触を行った後の前記カンチレバーの共振周波数を測定する手段;
(h)試料との接触後のカンチレバーの共振周波数測定値と、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数とから算出される共振周波数差に基づき、該カンチレバー表面に固定されているターゲット物質認識物質に対して結合したターゲット物質の有無、あるいは、結合したターゲット物質の量を算出する手段
を具えている
ことを特徴とするターゲット物質検出装置である。
【発明の効果】
【0020】
本発明にかかるターゲット物質の検出方法の原理では、予めカンチレバーを撓ませた状態とした上で、カンチレバーとターゲット物質とを接触させることによって、ターゲット物質同士の斥力が小さい状態で、カンチレバー表面にターゲット物質を付着させることが可能となる。その際、カンチレバーの両面に対して、ターゲット物質認識物質を固定する形態を選択し、それぞれの面について、予めカンチレバーを撓ませた状態とした上で、カンチレバーとターゲット物質とを接触させることによって、ターゲット物質同士の斥力が小さい状態で、カンチレバー表面にターゲット物質を付着させることが可能となる。結果として、カンチレバー表面上には、両面合わせて、ターゲット物質をより多く付着した状態とでき、この状態で、ターゲット物質の付着に起因する、カンチレバーの共振振動数の変化を測定することによって、ターゲット物質のより高感度な検出が可能となり、または、より簡易な検出手段による測定が可能となる効果が得られる。
【0021】
さらに、カンチレバーに付着するターゲット物質の最大量が増加することで、測定装置の測定上限(飽和検出量)が高くなり検出範囲が広がる、という効果も得られる。
【0022】
加えて、カンチレバーの片面のみにターゲット物質認識物質を固定する必要はなく、換言すれば、カンチレバーの一方の面のみにターゲット物質認識物質を固定するために要する工程を省くことが可能となるという利点もある。特に、カンチレバーの両面にターゲット物質認識物質を固定すると、温度等の外的要因によって、カンチレバーに反りが導入される現象も回避でき、この種の外的要因に起因する、カンチレバーの反りなどのノイズ要因を較正するため、比較用カンチレバーの利用、較正用のソフトウエアの付加を行わなくとも、高い信頼性を有する測定が可能となる。すなわち、カンチレバーの片面のみにターゲット物質認識物質を固定化するための付加的な工程を省ける利点以上に、カンチレバーの両面の状態が相違することに由来する、温度等の外的要因に起因するトラブルや、誤検出の問題も大幅に低減する上で、大きな貢献を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
上述の本発明にかかるターゲット物質の検出方法は、
カンチレバーセンサを利用して、ターゲット物質を検出する方法であって、
(A)カンチレバーセンサを構成するカンチレバー表面に、前記ターゲット物質と結合可能なターゲット物質認識物質を固定する工程;
(C)前記カンチレバーに外力を加えて、少なくとも一方の面を凸として、撓んだ状態で保持する工程;
(D)撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、試料と接触させ、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする工程;
(E)前記カンチレバーに加えた外力を取り除く工程;
(F)ターゲット物質との結合を目的とする、試料との接触を行った後、前記カンチレバーの共振周波数を測定する工程、
(G)前記工程(F)で測定される、試料との接触後のカンチレバーの共振周波数と、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数との差を算出する工程、
を含む
ことを特徴とするターゲット物質の検出方法であるが、
その際、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数を測定するため、
前記工程(A)と前記工程(C)の間に、
(B)前記カンチレバーの前記初期共振周波数を測定する工程、
を設けている構成とすることが好ましい。
【0024】
更には、前記工程(D)と前記工程(E)の間に、
(C’)前記カンチレバーに、前記工程(C)において加えられる外力とは逆の方向の外力を加えて、前記工程(C)における撓みの方向に対して、反対方向に撓んだ状態で保持する工程、
(D’)該反対方向に撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、試料と接触させ、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする工程、
をさらに含む構成とすることが望ましい。
【0025】
また、かかる本発明の検出方法に基づく、本発明のターゲット物質検出装置は、
カンチレバーセンサを利用して、ターゲット物質を検出する検出装置であって、
(a)ターゲット物質認識物質を表面に固定したカンチレバーを具えたカンチレバーセンサ;
(c)前記カンチレバーに外力を加えて、少なくとも一方の面を凸として、撓んだ状態で保持する手段;
(d)前記撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする状態で、試料と接触させる手段;
(e)前記カンチレバーに加えた外力を取り除く手段;
(f)ターゲット物質との結合を目的とする、試料との接触を行った後の前記カンチレバーの共振周波数を測定する手段;
(h)試料との接触後のカンチレバーの共振周波数測定値と、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数とから算出される共振周波数差に基づき、該カンチレバー表面に固定されているターゲット物質認識物質に対して結合したターゲット物質の有無、あるいは、結合したターゲット物質の量を算出する手段
を具えている
ことを特徴とするターゲット物質検出装置であり、
特に、前記(f)試料との接触を行った後の前記カンチレバーの共振周波数を測定する手段において、該共振周波数の測定に利用する、カンチレバーを強制的に振動させるための振動子は、
前記(a)カンチレバーセンサ中に組み込む、あるいは、測定に際して、前記(a)カンチレバーセンサに接触させる形態に作製することが可能であり、一般に、望ましい形態である。
【0026】
以下に、本発明を詳しくに説明する。
【0027】
図を参照して、本発明にかかるカンチレバーセンサを利用した、ターゲット物質の検出方法の検出原理を模式的に説明する。
【0028】
図1(a)のように、チップ11から突き出すように設置されたカンチレバー13の表面にターゲット物質認識物質12を予め固定する。このカンチレバーの一端が自由端の状態で、自然振動させると、カンチレバーの先端は、かかる状態におけるカンチレバーの質量mと、バネ定数kに依存する共振周波数ω0で振動する。この図1(a)に示す状態のカンチレバーが示す共振周波数を、該カンチレバーの「初期共振周波数」ω0iと呼ぶ。
【0029】
また、チップ11に対して、発振子10を取り付け、周波数ωの強制振動を付加すると、カンチレバーも、この周波数ωで撓み振動を開始する。その際、強制振動の周波数ωと、カンチレバーに固有の共振周波数ω0との差違が大きい場合、カンチレバー先端部の周期的な変位の振幅は、小さなものとなる。一方、強制振動の周波数ωと、カンチレバーに固有の共振周波数ω0とが一致すると、共振状態となるため、カンチレバー先端部の周期的な変位の振幅は、極大を示す。すなわち、図4に示すように、強制振動の周波数ωに対して、そのときのカンチレバー先端部の周期的な変位の振幅をプロットすると、カンチレバーに固有の共振周波数ω0において、極大となるようなピークを示す。
【0030】
カンチレバー13を自然振動させ、共振周波数を測定することも可能であるが、チップ11に発振子10を取り付け、この発振子10に交流電圧(不図示)を印加して、周波数ωの強制振動を付加して、図4に示すような、強制振動の周波数ωに対して、そのときのカンチレバー先端部の周期的な変位の振幅をプロットとした結果から、振幅が極大を示す周波数を、カンチレバーに固有の共振周波数ω0の実測値とすることもできる。
【0031】
次に、図1(b)のように、カンチレバーに外力14を加えて、ターゲット物質認識物質12が固定されているカンチレバーを、凸状に撓んだ状態とする。この凸状に撓んだ状態を保持したまま、カンチレバー13とターゲット物質15と接触させる。予めカンチレバー13を撓んだ状態とすることによって、カンチレバーの凸面側では、撓みの無い状態に較べて、表面に固定されているターゲット物質認識物質は、実効的に疎な状態となっている。
【0032】
図1(c)のように、カンチレバーの凸面側では、撓みの無い状態に較べて、ターゲット物質認識物質と結合したターゲット物質同士の間隔も開いており、ターゲット物質相互間の斥力16が小さい状態で、カンチレバーの凸面側表面にターゲット物質が付着する。逆に、カンチレバーの凸面側では、撓みの無い状態に較べて、表面に固定されているターゲット物質認識物質は、実効的に密な状態となっている。そのため、ターゲット物質認識物質と結合したターゲット物質は、ターゲット物質相互間の斥力16の影響が及ばない間隔を達成するため、より低い面密度でしか、カンチレバー表面に付着しない。
【0033】
その後、図1(d)のように、前の外力14の除き、それとは逆方向の変位を引き起こす外力14’を加え、前が凹面側となっていた面が、凸面側となるように、カンチレバーを逆方向に撓んだ状態とする。その時、凹面側(図では上側)となる表面では、ターゲット物質認識物質12と結合したターゲット物質15の面密度は高いため、ターゲット物質同士の間隔は狭まり、場合によっては、ターゲット物質相互間に斥力が働く状態となる。しかし、一度付着したターゲット物質15は、ターゲット物質認識物質12と安定に結合した状態となっており、このターゲット物質相互間の斥力によって、脱離が引き起こされることはない。
【0034】
一方、図1(d)のように、新たに凸面側となった面(図では下側)では、表面に固定されているターゲット物質認識物質は、実効的に疎な状態となっており、既にターゲット物質認識物質と結合したターゲット物質同士の間隔も大きく開いている。そのため、図1(e)のように、新たに凸面側となった表面には、ターゲット物質相互間の斥力16が小さい状態で、さらにターゲット物質15が付着する。すなわち、新たに凸面側となった表面でも、高密度にターゲット物質15が付着した状態となる。
【0035】
最後に、図1(f)のように、カンチレバーを撓ませていた外力14’を取り除き、カンチレバー13が平坦な状態とする。勿論、ターゲット物質認識物質12と結合したターゲット物質15の面密度は高いため、ターゲット物質同士の間隔は狭まり、場合によっては、ターゲット物質相互間に斥力が働く状態となる。しかし、一度付着したターゲット物質15は、ターゲット物質認識物質12と安定に結合した状態となっており、このターゲット物質相互間の斥力によって、脱離が引き起こされることはない。
【0036】
このカンチレバー13の両面に、高密度にターゲット物質15が付着した状態で、カンチレバーの共振周波数を測定する。試料との接触を行った後に測定される、カンチレバーの共振周波数を、「ターゲット物質付着処理後の共振周波数」ω0fと呼ぶ。実際に、カンチレバー13の表面に、ターゲット物質認識物質12との結合を介して、ターゲット物質15が付着すると、カンチレバーの質量は、当初の値mから、付着したターゲット物質15による荷重増加に相当する質量増加分Δmを含む、m+Δmに変化する。従って、「初期共振周波数」ω0iと「ターゲット物質付着処理後の共振周波数」ω0fとは相違しており、その差Δω0=(ω0i−ω0f)を算出し、差Δω0=(ω0i−ω0f)に基づき、カンチレバー表面へのターゲット物質付着の有無やその付着量を検出する。
【0037】
なお、予め、ターゲット物質を付着させる前に、「初期共振周波数」ω0iを測定している場合、前記の差Δω0=(ω0i−ω0f)の算出には、その実測値を用いる。一方、同一条件で、ターゲット物質認識物質12の固定化を行った同種のカンチレバーでは、本質的に「初期共振周波数」ω0iは同じ値となるため、別途、同種のカンチレバーで測定された「初期共振周波数」ω0iの値を、代表値として利用するもできる。
【0038】
カンチレバーを撓ませることの効果を、ターゲット物質認識物質の1つである抗体を例に挙げて説明する。平均的な抗体分子(Fab)2の長手サイズは、約15nmであり、Fabの可変領域VHとVL相互の間隔に起因する、その上部の開き幅は、約10〜20nmといわれている。図1(a)の様に、抗体分子(Fab)2が密集して固定化されている場合、撓みの無い状態では、当然、抗体分子同士の間隔は、各抗体分子の上部の開き幅によって制限され、10〜20nmとなっている。外力を加えて、厚さT1μm、長さL=500μmのカンチレバーを、曲率半径rの円弧形状に撓ませ、その先端での撓み量Δd(変位量)が50μmになったと仮定する。すなわち、この円弧の角度をθとすると、θが十分に小さな範囲では、
L=r×θ、
Δd=r−rcosθ≒r×θ×sinθ≒r×θ2
と、近似的に表すことが可能である。従って、曲率半径rは、r≒L2/Δdとなる。
【0039】
この外力に因る撓みの曲率半径rが、およそ5000μmとなる場合、カンチレバー表面上に固定されている長手サイズ約15nmの抗体分子先端部の間隔は、この撓みに伴い、率にして0.3%程度拡がることになる。すなわち、抗体分子先端部の間隔は、0.3〜0.6Å程度拡がることになる。その抗体分子先端部の可変領域VHとVLに結合する抗原分子相互の間隔は、この抗体分子先端部の間隔の拡がりよりも、さらに大きな拡がりを示すことになる。その間隔拡がりの程度は、抗原分子の長手サイズが大きくなるとともに大きくなる。その結果、抗体と結合した抗原同士間の斥力は、撓みの無い場合と比較すると、予めカンチレバーを撓ませておくことで弱まり、抗原分子の長手サイズが大きくなると、一層その効果は増すことになる。
【0040】
本発明にかかるターゲット物質の検出方法について、その工程をより詳しく説明する。
【0041】
(工程A)カンチレバーの表面にターゲット物質認識物質を固定する工程
カンチレバー:
カンチレバーの形状・材質は、ターゲット物質分子同士の斥力程度の応力によって、所望の撓みが発生可能である限り、特に、限定はされない。なお、固定化されるターゲット物質認識物質の面密度、付着されるターゲット物質の付着量範囲を事前に検討した上で、最適の素材、形状を選択することが好ましい。カンチレバー全体のバネ定数は、一般的なプローブ顕微鏡のカンチレバー型プローブにおいて採用される、0.01〜100N/m程度の範囲内であれば、通常、問題無く利用できる。但し、検出対象のターゲット物質の種類や、カンチレバーの素材・形状によっては、カンチレバー全体のバネ定数は、前記の範囲以外に設定することも可能である。
【0042】
また、カンチレバーが静電気を帯びると、静電的な相互作用に起因する力によって、カンチレバー全体が撓んだ状態となる可能性がある。このターゲット物質同士の斥力とは、無関係な撓みの発生要因を排除するため、カンチレバー自体の素材に、導電性を示す材料を利用することが望ましい。例えば、カンチレバー本体を、半導体や絶縁性素材で作製する場合は、その表面を金属被膜でコーティングする形態とする、あるいは、半導体材料に、その導電性を向上させるようなドーパントを添加し、導電性半導体材料とすることが好ましい。
【0043】
さらには、後述の工程Bに関する説明中に例示するように、光学的手法でカンチレバー先端部の撓み量(変位量)振幅を検出する場合は、検出に利用するレーザ光をカンチレバー表面で反射させる必要がある。その際、必要に応じて、カンチレバー先端部の少なくとも一部に、光反射率を向上させる処理、例えば、アルミニウム金属コート膜等の、表面コーティングを施すこともできる。
【0044】
上記のバネ定数、導電性、表面の光反射率等の要件を満足するカンチレバーの一例として、例えば、ボロン等をドープしたn型シリコンウエハに対して、半導体加工プロセスを適用することで作製される、厚さ(T)数μm程度、長さ(L)数百μm程度、幅(W)数十μm程度の、長方形形状のカンチレバーや、厚さ(T)数μm程度、根本から先端までの長さ(L)数百μm程度、一片の幅(W)数十μm程度の、V字型またはU字型のカンチレバーを挙げることができる。但し、カンチレバーだけでは取り扱いが困難であるため、一辺が数mm以上の大きさのチップに、前記のカンチレバーが取り付けられたような形状に、一体加工することが好ましい。また、プローブ顕微鏡用のプローブとして市販されている、長さ5mm程度、幅2mm程度、厚さ1mm程度のチップの先端に、厚さ(T)5μm程度、長さ(L)200μm程度、幅(W)35μm程度のカンチレバーが形成されているカンチレバー付きチップを転用することもできる。また、チップの中央に穴が空いていて、その穴中にカンチレバーが突きだしているような構造のものは、チップの先端からカンチレバーが突き出した構造のものより、チップを取り扱う際、カンチレバー部を破損させるトラブルの発生頻度を大幅に減らすことができる。さらに、後述する変位量測定装置にチップを装着する際に、カンチレバーが傾いて装着され、カンチレバー先端部の撓み量(変位量)を誤検出するトラブルの発生頻度も大幅に減らすことができる。
【0045】
なお、カンチレバーの共振周波数を測定する際、チップ部分を振動子で振動させ、周波数ωの強制振動を起こさせるが、この振動子はカンチレバー付きチップに組み込んだ形態とすることもでき、あるいは、測定装置側に組み込み、チップに接触させる形態とすることもできる。また、外力を印加して、予めカンチレバーを撓んだ状態に保持する手段や、共振周波数の検出に利用する手段をカンチレバーに組み込んでしまう形態に関しては、工程B、工程Cの説明中にて詳説する。
【0046】
ターゲット物質およびターゲット物質認識物質:
ターゲット物質は、それを特異的に結合することが可能なターゲット物質認識物質が存在するものならば、イオン種や、高分子であってもよく、特に、その形態は限定されない。また、ターゲット物質とターゲット物質認識物質との結合を行う際には、両者の結合の促進または橋渡しする第三の物質を添加してもよい。本発明が適用可能なターゲット物質とターゲット物質認識物質の組み合わせの例として、以下のようなものを挙げることができる。
(1)ターゲット物質は、1〜数個の原子で構成される分子あるいはイオン種で、ターゲット物質認識物質は。かかるターゲット物質の分子やイオン形状に対して、ちょうど合うような、相補的な形状を示す高分子、またはそのような高分子を官能基として含んでいる巨大高分子。
【0047】
具体的には、カリックス[n]アレーンは、側鎖やnの数値によって、様々なイオン種やフラーレンなどと特異的に結合することが、化学 Vol.53 No.3 p26〜(1998)に紹介されている。また、キチンやキトサンのアミノ基は、ポリアクリル酸(PAA)と水素結合した状態で、PAAのカルボキシル基部分(−COO-)に、カルシウム・カチオン種(Ca2+)が特異的に付着することが、Chemistry Letters 1999 p199〜に報告されている。
(2)ターゲット物質は、アミノ酸、ペプチド・タンパク質、あるいは、これらの配糖体、糖鎖との結合体など、抗原分子であり、ターゲット物質認識物質は、前記抗原分子と特異的な抗原・抗体反応する抗体。あるいは、例えば、ビオチンとアビジンなど、リガンド分子とその受容体の組み合わせ。
【0048】
特異的な結合を行う、リガンド分子とその受容体に関しては、様々な組み合わせが報告されている。一方、抗原分子に対する特異的抗体に関しては、抗原分子に応じた、目的とする抗体の創製方法、特に、モノクローナル抗体の単離・精製方法も確立されている。さらに、種々のモノクローナル抗体に関しては、市販もされている。
(3)ターゲット物質は、DNAやRNA分子であり、ターゲット物質認識物質は、該ターゲット物質の一本鎖核酸分子の塩基配列に対して、それ相補的な塩基配列を有し、該ターゲット物質の一本鎖核酸分子とハイブリド体を形成する一本鎖DNA、PNA。
【0049】
ターゲット物質となる、一本鎖核酸分子に対して、その塩基配列中から、該ターゲット物質に特有な数十塩基長の部分塩基配列を選択し、それと相補的な関係の数十塩基の塩基配列を有する一本鎖DNAをハイブリダイゼーション反応用のプローブとして利用することができる。なお、数十塩基の塩基配列を有する一本鎖DNAは、市販のDNA合成装置を利用することで、簡単に合成することが可能である。
【0050】
ターゲット物質認識物質をカンチレバー表面上に固定する方法:
ターゲット物質認識物質の固定方法は、特には、限定はなく、用いるターゲット物質認識物質の特性に合わせて、適切な方法を選択すればよい。例えば、ターゲット物質認識物質、あるいは、ターゲット物質認識物質を側鎖に持つ巨大高分子が有機溶媒等に溶解する場合、ターゲット物質認識物質や巨大高分子を溶解した溶液をカンチレバー表面に滴下し、スピンコートする方法、あるいは、溶液中にカンチレバーを浸漬した後、引き上げるディップコート法が適用可能である。また、インクジェット技術などを用いて、溶液の微細液滴を吹き付ける方法は、例えば、複数のカンチレバーが並んだアレイに対して、個々のカンチレバーに別のターゲット物質認識物質を塗布する場合に有効である。また、ターゲット物質認識物質が、抗体分子や一本鎖DNAの場合、分子の一端にチオール基(−SH)を結合させ、一方、カンチレバーの表面上に金や白金被膜層をコートした上で、該金や白金被膜層へ結合する方法も、一般的に利用される手法である。例えば、ターゲット物質認識物質がビオチンの場合、ビオチンにチオール基(−SH)を導入したビオチンチオールの作製法と、導入されたチオール基(−SH)を利用して、金基板上へ結合させる方法が、Science,262,p1706〜(1993)に報告されている。また、カンチレバーの表面が、金属や金属酸化物で構成されている場合、ビオチンシランを利用して、シラン部分の反応を介して、結合させる手法が、特開平7−260790号公報に開示されており、本発明でも利用できる。
【0051】
(工程B)カンチレバーの初期共振周波数を測定する工程
カンチレバーを振動させる方法:
自由振動を行わせて、カンチレバーの共振周波数を測定する際には、カンチレバーの先端部が撓むように、外部から単一パルス状の外力(衝撃)を加えて、振動を誘起する。この自由振動の誘起に利用する単一パルス状の外力(衝撃)は、特に限定されない。例えば、工程Cでも触れるカンチレバーをたわませる手段を用いて、カンチレバーが破損・変形されない程度の衝撃を加える手法を利用することもできる。
【0052】
一方、カンチレバー付きチップに強制振動を印加して、カンチレバーを所定の周波数で強制振動させる方法は、例えば、タッピングAFMや周波数変調方式AFM等で一般的に使われている、カンチレバー付きチップにピエゾ発振子を接触させて、このピエゾ発振子に、所定の周波数の交流電圧を加えて、強制的に振動させる方法を利用することができる。
【0053】
共振周波数の測定方法:
カンチレバーの共振周波数を測定する方法は、特に限定されない。例えば、カンチレバーを自由振動させ、その自由振動の振動周波数として、共振周波数を測定する方法を用いることができる。自由振動を誘起する手段としては、カンチレバーに初期撓みを生じるため、衝撃を加える方法を利用することができる。また、強制振動を行わせた際、その振動振幅の周波数依存性に基づき、共振周波数を求める方法を用いることもできる。この強制振動を行わせる場合、カンチレバーの根元部を所定の周波数で微小振動させることで、カンチレバーを撓み振動させる手法が利用可能である。例えば、カンチレバー付きチップに対して、発振素子を用いて、そのチップ部を強制的に振動させ、カンチレバーを撓み振動させる方法が考えられる。
【0054】
いずれの測定方法を用いる場合も、カンチレバーの撓み振動は、カンチレバー先端部の周期的な撓み変位量を測定することにより検出する。このカンチレバー先端部の撓み変位量を測定する方法としては、カンチレバーの先端にレーザ光線を照射し、撓み変位に起因する反射光のズレを検出する「光てこ法」や、光ファイバを用いて、カンチレバーの先端にレーザ光線を照射し、反射光も同じ光ファイバに導き、入射光と反射光の干渉波の変化に基づき、光ファイバ先端からカンチレバーの先端までの光路長の変化、すなわち、カンチレバー先端の撓み変位量を検出する干渉法といった光学的な検出方法が利用できる。また、カンチレバーに、ピエゾ素子などの歪み検出素子を張り合わせて、撓み変位量を圧電効果による抵抗値の変化として検出する方法、あるいは、導電性のカンチレバーと平行に電気的に絶縁された電極を設置し、平行平板型コンデンサーを構成し、その静電容量の変化に基づき、電極間の平均距離の変化、すなわちカンチレバー先端の撓み変位量を検出する方法を利用することもできる。
【0055】
カンチレバーの自由振動の振動周波数を測定する際には、カンチレバー先端部の周期的な撓み変位量を検出し、その周期的変化の周波数を測定すればよい。また、カンチレバーを発振子で強制的に振動させる場合は、カンチレバー先端部の周期的な撓み変位量を検出し、その振幅を測定し、振幅の周波数依存性を求める。カンチレバーの共振周波数は、求められた振幅の周波数依存性において、振幅が極大を示す周波数として求められる。
【0056】
なお、カンチレバー自体に、ピエゾ・センサや発振子などの何らかの素子を貼り付ける場合、工程Aでカンチレバーを作製する際に、同時に、これらの素子を作り込むことになる。その際、貼り付けられる素子が、逆にカンチレバーの剛直性を必要以上に上昇させる、あるいは、カンチレバー自身の素材と貼り付けた素子の素材との間の熱膨張率差のため、貼り付けた素子とカンチレバーとの界面領域が、バイメタル素子のように温度に応じて撓み変形を起こす、といった問題に対する配慮が必要である。
【0057】
カンチレバー先端部の周期的な撓み変位量を検出し、その検出結果に基づき、共振周波数を求める操作には、上記共振周波数を測定する専用の電子回路を用いてもよい。また、強制振動を誘起させる発振子に、所定の周波数の交流電圧を供給する電源装置等、測定装置全体の制御も考慮すると、ADコンバータなどアナログ信号を取り込む機能を備えたパーソナルコンピュータ(以下、パソコン)を利用して、測定条件の制御と、検出結果に基づき、共振周波数を求める演算処理とを、一括して行う構成を用いてもよい。
【0058】
(工程C)カンチレバーに外力を加えて、撓んだ状態で保持する工程
カンチレバーを予め撓ませ、その撓んだ状態に保持する方法は、特に限定されない。例えば、カンチレバーの先端をカンチレバーと同程度の大きさ形状・素材のもので押す、またはフック付きニードルで引くといった機械的な手法により、所望の外力が印加されている状態とする、機械的な撓みの形成方法が利用できる。また、工程Bの説明中に記述した、カンチレバーにピエゾ素子を張り合わせた形態では、このピエゾ素子に電圧を印加して、歪みを引き起こし、カンチレバーを変形させる方法が利用できる。その他、導電性を有する、V字型またはU字型のカンチレバー二つを上下に対向させて配置した状態とし、カンチレバー両者にそれぞれ電流を流し、発生する磁界による静電的力によって、撓ませる方法、予め、カンチレバーの先端に鉄等の磁性材料を組み込み、電磁石で吸引することで、撓ませる方法を採用することもできる。さらには、後述する工程Dにおいて説明するように、一定の流量・流速・方向で試料溶液または気体をカンチレバー表面に吹き付け、撓んだ状態とする方法なども利用可能である。
【0059】
いずれの手法を選択する場合も、カンチレバーに印加される外力によって、カンチレバーが破損したり、塑性変形を引き起こしたりしないように、カンチレバーの材質、形状に応じて、印加される外力の大きさ、保持される撓みの曲率の範囲を事前に検討することが必要である。
【0060】
(工程D)カンチレバーをターゲット物質を含む試料に接触させる工程
予め撓んだ状態に保持されているカンチレバーを、ターゲット物質を含む試料と接触させる方法は、特に限定されない。試料が液体である場合は、カンチレバーを試料中に浸漬すればよい。また、試料が気体である場合は、カンチレバーを試料雰囲気中に曝せばよい。また、試料溶液または気体を一定の流量・流速・方向でカンチレバーの表面に吹き付ける形態を採用することもできる。その際、試料溶液または気体を一定の流量・流速・方向でカンチレバーの表面に吹き付けることにより、カンチレバーを撓んだ状態に保持するとともに、ターゲット物質との接触もなされ、工程Cと工程Dを同時に行う形態とすることも可能である。
【0061】
工程Dは、カンチレバーを変位量測定装置に組み込んだ状態で行ってもよい。また、工程Bの終えた後、変位量測定装置からカンチレバーを取り外し、カンチレバーを撓んだ状態に保持する機構を備えた、脱着が容易なカセットに取り付け、工程Cを行い、このカセットに取り付けた状態で、工程Dを実施することができる。すなわち、フィールドや医療現場など、試料をサンプリングする場所において、このカセットに取り付けた状態のカンチレバーを利用して、工程Dを実施することができる。
【0062】
その後、ターゲット物質付着処理工程を終えたカセットを回収して、再び、カセットから取り外しや、ターゲット物質の付着がなされたカンチレバーを変位量測定装置にセットしなおし、ターゲット物質の付着後の、カンチレバーの共振周波数の測定を行う。すなわち、回収されたカセットは、一か所にまとめた上で、ターゲット物質の付着後の、カンチレバーの共振周波数の測定をまとめて行うも可能となる。
【0063】
(工程C’)カンチレバーに外力を加えて、逆方向に撓んだ状態で保持する工程
工程C’では、カンチレバーに、工程Cとは逆方向の力を加えることで、工程Cでは、凹面だった側が、凸面になるようにカンチレバーを逆に撓ませる。なお、逆方向の外力を加え、逆方向に撓んだ状態にする方法は、工程Cと同様に、特に限定されない。
【0064】
(工程D’)カンチレバーをターゲット物質を含む試料に接触させる工程
前記工程C’により、凹面だった側が、凸面になるようにカンチレバーを逆に撓ませる状態とした上で、工程D’では、カンチレバーを、ターゲット物質を含む試料にさらに接触させる。工程D’において、ターゲット物質を含む試料に接触させる方法は、工程Dと同様に特に限定されない。
【0065】
(工程E)カンチレバーに印加された外力を取り除く工程
工程C、あるいは、工程C’おいて、外力を印加して、強制的に撓んだ状態に保持されているカンチレバーは、印加されている外力を取り除くと、この強制的な撓みは解消され、カンチレバーの先端が自由端となる「解放」状態となる。この印加されている外力を取り除く際、いきなり、カンチレバーに印加されている外力をゼロにすると、蓄えられている弾性応力によって、カンチレバーは振動を始める。この振動は次第に減衰して、最終的には、カンチレバーは制止する。
【0066】
ただし、撓んだ状態で保持されている際、カンチレバー全体が凸面状とするため、カンチレバーの先端部に外力を印加しているが、その撓み量が大きいと、いきなり、カンチレバーに印加されている外力を取り除き、自由振動を行わせると、大きな振幅で振動を開始する。すなわち、カンチレバーを大きな撓み量で反復的に撓ませる状態が継続すると、カンチレバーが反復的な曲げ応力印加に起因する機械的な疲労を起こし、破損を生じる可能性がある。この点を考慮し、カンチレバーに印加されている外力を徐々に減らして、振動の発生を回避しつつ、最終的に印加される外力をゼロにすることが望ましい。この外力を徐々に取り除く段階に要する時間は、カンチレバーのバネ定数に依存しており、すなわち、カンチレバーの素材や形状に依存する。実際に測定に利用するカンチレバーと、全く同じ素材、形状のカンチレバーを利用して、事前に、外力を徐々に取り除く段階に適する外力の低下速度を検討した上で、適宜決定することが可能である。
【0067】
また、いきなり、カンチレバーに印加されている外力を取り除いた際に、発生する振動の振幅を抑制し、速やかに減衰するとうに、例えば、カンチレバーの根本部分にダンパーを取り付け、振幅を制限し、同時に、弾性応力の減衰を行う形態を利用することもできる。また、いきなり、カンチレバーに印加されている外力を取り除いた際に、発生する振動によって、カンチレバーの先端が反対方向に方向に撓む状態を回避するように、ストッパーを作用させ、強制的に振動を止める手法の利用も考えられる。
【0068】
このダンパーや、ストッパーを取り付けている場合、カンチレバーの共振周波数の測定に際して、その自由振動を阻害する要因とならないように、予め取り外した上で、共振周波数の測定を実施することが必要となる。
【0069】
(工程F)ターゲット物質の付着処理後の、カンチレバーの共振周波数を測定する工程
ターゲット物質の付着処理を終えた後、カンチレバーの共振周波数を測定する。その際、ターゲット物質付着処理後のカンチレバーの共振周波数は、上記工程Bで利用する測定方法と同様の測定手順に従って、測定する。
【0070】
なお、カンチレバー表面にターゲット物質が付着し、ターゲット物質の荷重によりカンチレバー全体の質量増加が生じていると、測定される「ターゲット物質付着処理後の共振周波数」ω0fは、上記工程Bで測定される「初期共振周波数」ω0iとは異なったものとなっている。
【0071】
(工程G)前記工程(B)で測定される「初期共振周波数」ω0iと前記工程(F)で測定される「ターゲット物質付着処理後の共振周波数」ω0fの差を算出する工程
工程Bで測定した「初期共振周波数」ω0iと、工程Fで測定した「ターゲット物質付着処理後の共振周波数」ω0fとの差Δω0=(ω0i−ω0f)をパソコン等で計算し、さらに、この差Δω0に基づき、カンチレバー表面にターゲット物質が付着することに由来する質量変化の有無や質量変化量を算出する。
【0072】
なお、「初期共振周波数」ω0iの実測値に代えて、カンチレバーの推定初期共振周波数を用いて、差Δω0=(ω0i−ω0f)を算出することもできる。
【0073】
なお、上記の説明では、本発明の検出原理を説明する上で、説明を簡単にする目的で、一本のカンチレバーを有するセンサを用いる形態について記述したが、複数のカンチレバーを有するセンサ構成を利用することもできる。
【0074】
例えば、複数のカンチレバーを並べたアレイ構成を利用し、複数のカンチレバー表面に同一のターゲット物質認識物質を固定し、それら複数のカンチレバーの共振周波数変化量Δω0の測定結果を平均して、この平均値に基づき、付着しているターゲット物質の量を算定する形態を採用すると、試料中に含まれるターゲット物質の検出を、より精度で行うことが可能となる。
【0075】
また、複数のカンチレバーを並べたアレイ構成を利用し、個々のカンチレバーに別のターゲット物質認識物質を固定すると、各カンチレバーの共振周波数変化量Δω0の測定結果に基づき、一度に複数のターゲット物質を検出する形態とすることも可能である。
【0076】
また、別の例として、並列した二本のカンチレバーを一組とし、一方はターゲット物質認識物質を固定した検出用カンチレバーとし、もう一方はターゲット物質認識物質と似てはいるがターゲット物質とは結合しない物質を固定して、対比用カンチレバーとすると、カンチレバーの共振周波数変化量Δω0測定時に、両者の変化量Δω0を同時に測定し、対比することで、カンチレバーのバネ定数kの変化に起因する共振周波数変化を考慮した上で、カンチレバー表面にターゲット物質が付着することに由来する質量変化の有無や質量変化量を算定することが可能となる。
【0077】
その際、対比用カンチレバー表面には、ターゲット物質が付着していない点を利用し、測定用カンチレバーの共振周波数と、対比用カンチレバーの共振周波数との差は、測定用カンチレバー上に付着しているターゲット物質の有無、ならびにその付着量を反映する。一方、対比用カンチレバーにおける、「初期共振周波数」と、「ターゲット物質付着処理後の共振周波数」との差は、試料との接触に伴い、カンチレバーのバネ定数kの変化の有無、あるいは、その程度を算出する基礎とすることができる。
【0078】
なお、本発明にかかるターゲット物質の検出方法の原理に基づく、ターゲット物質検出装置の装置構成は、上記の工程(A)〜工程(G)に対応する装置構成を備えることが好ましい。具体的には、
(a)ターゲット物質認識物質を表面に固定したカンチレバーを具えたカンチレバーセンサ;
(b)ターゲット物質認識物質を表面に固定したカンチレバーの初期共振周波数を測定する手段;
(c)前記カンチレバーに外力を加えて、ターゲット物質認識物質が固定されている一方の面を凸として、撓んだ状態で保持する手段;
(d)前記撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする状態で、試料と接触させる手段;
(e)前記カンチレバーに加えた外力を取り除く手段;
(f)ターゲット物質との結合を目的とする、試料との接触を行った後の前記カンチレバーの共振周波数を測定する手段;
(g)試料との接触を行った後の前記カンチレバーの共振周波数と、カンチレバーの初期共振周波数との差を算出する手段;
(h)試料との接触後のカンチレバーの共振周波数測定値と、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数とから算出される共振周波数差に基づき、該カンチレバー表面に固定されているターゲット物質認識物質に対して結合したターゲット物質の有無、あるいは、結合したターゲット物質の量を算出する手段
を具えていることを特徴とするターゲット物質検出装置とすると、より好ましい。
【0079】
以上に説明したように、本発明にかかるターゲット物質の検出方法の原理では、予めカンチレバーを撓ませた状態とした上で、カンチレバーとターゲット物質とを接触させることによって、ターゲット物質同士の斥力が小さい状態で、カンチレバー表面にターゲット物質を付着させることが可能となり、付着後、カンチレバーを撓ませている外力を取り除くと、カンチレバーの表面には、高い面密度で付着したターゲット物質は、そのターゲット物質間の斥力によって、脱落することなく、付着状態を維持する。この状態で、高い面密度で付着したターゲット物質による荷重増加を反映する、カンチレバーの共振周波数変化量を測定することによって、ターゲット物質のより高感度な検出が可能となっており、または、より簡易な検出手段による測定が可能になる。
【実施例】
【0080】
以下、具体例を示し、本発明をさらに詳しく説明する。なお、下記の具体例は、本発明にかかる最良の実施形態の一例であるが、本発明は、これら具体例の態様に限定されるものではない。
【0081】
(実施態様1)
本実施態様では、ターゲット物質のアビジンを、ターゲット物質認識物質として、ビオチンを利用して、ビオチンを固定化したカンチレバーセンサによって検出する事例を示す。すなわち、ビオチンは、アビジンと特異的に結合する補酵素であり、ターゲット物質のタンパク質を、それと特異的な結合能を有する基質物質との複合体形成を介して、カンチレバー表面に付着させる事例に相当する。
【0082】
この態様で利用するカンチレバーセンサは、一本のカンチレバーで構成される形態である。カンチレバーの共振周波数の測定は、付設する発振子によって、カンチレバーを所定の振動周波数で強制振動させ、その際、カンチレバー先端部の振幅(撓み量の変化幅)を光てこ法を利用して測定する。強制振動条件において、その振動周波数ωに対して、観測されるカンチレバー先端部の振幅(撓み量の変化幅)をプロットし、極大を与える振動周波数ωをカンチレバーの共振周波数ω0の実測値とする。
【0083】
なお、同一工程で作製されるカンチレバーは、カンチレバー自体の質量m、バネ定数kは、本質的に同じとなるように、作製精度、特性の再現性を高めており、同一工程で作製したカンチレバーの共振周波数は、ほぼ同様の値となっている。従って、アビシンの検出に利用するカンチレバーの初期共振周波数の測定を行った後、比較用に用いるカンチレバーに関しては、その初期共振周波数の測定は省くこともできる。
【0084】
(1)カンチレバー表面へのビオチンの固定化
検出に利用するカンチレバーセンサは、カンチレバーの表面に予め金コートを施した後、金に対するスルファニル基(−SH)の反応性を利用して、スルファニル基(−SH)を導入したビオチン(ビオチンチオール)を金コート膜上に固定化したものである。
【0085】
図2(a)に、シリコン基板から通常の半導体製造プロセスを利用して作製する、カンチレバー付きチップ自体の構造を模式的に示す。縦横10mm、厚さ1mm程度の正方形チップ31の中心に、カンチレバー33が形成されている。図2(b)に示すように、カンチレバー33は、厚さ1μm、長さ500μm、幅100μmの片持ち梁状の構造であり、シリコン基板をエッチング加工することで作製する。このエッチング加工によって除去される部分は、正方形チップ31の中心に、直径600μmの穴32となる。この穴32の中央に、カンチレバー33が突き出した形状とする。この加工工程後、カンチレバー付きチップA、Bは、そのカンチレバーa、bの上面、下面ともに、金蒸着膜をコートする。
【0086】
ビオチンに対して、スルファニル基(−SH)を導入したビオチンチオールのエタノール溶液(0.5mM)中に、金蒸着膜コートを施したカンチレバー付きチップを30分間浸漬する。金被膜表面へのビオチンの固定化処理後、ビオチンチオールのエタノール溶液から取り出し、未反応ビオチンチオールの除去のため、エタノールで3回洗浄する。洗浄後、乾燥を行った後、シリコン基板から上記のサイズで、ダイシング処理を行って、カンチレバー付きチップを切り離す。
【0087】
その結果、カンチレバー付きチップA、Bは、本質的に全く等しい、両面ビオチン固定型のカンチレバーセンサとなる。
【0088】
(2)ビオチン固定カンチレバーセンサを利用するアビジンの検出
次に、両面ビオチン固定型のカンチレバーセンサを利用して、アビジンを検出する手順を説明する。
【0089】
図3に、カンチレバーの共振周波数の測定に利用する装置の構成を模式的に示す。この測定装置は、カンチレバー先端の撓み量を検出するために利用する、光てこ法を応用した変位量測定装置と、カンチレバーを所定の周波数ωで強制振動させるピエゾ素子型発振子とで構成されている。その際、カンチレバーを所定の周波数ωで強制振動させた状態で、カンチレバー先端の撓み量の変化幅(振幅)を測定し、各振動周波数ωに対する、カンチレバー振動の振幅をプロットし、その極大を与える振動周波数を、カンチレバーの共振周波数ω0の実測値とする。
【0090】
カンチレバー付きチップ31を固定するステージ41は、チップと接する面はチップ形状に合わせて窪んでおり、かつチップと接触する面は、鏡面加工し、平坦な面とされている。クランプ42で、チップ31をステージ41に固定する際、チップ31自体の装着位置は、高い精度と再現性で同じ位置となる。一方、半導体レーザ発信器43から放出されるレーザ光線44は、レンズ45を通して、カンチレバー先端部に照射される。カンチレバー先端部で反射された反射光46は、ディテクタ47に達する。ディテクタ47は、上下2個のフォトダイオード(不図示)より構成される、所謂、二分割センサである。上下2個のフォトダイオードの信号は、それぞれ2チャンネルAD変換ボードを介して、デジタル情報として、パソコン48に入力される。
【0091】
ステージ41には、チップ31と接触するように、ピエゾ発振子40が埋め込まれている。該ピエゾ発振子40を、所定の周波数ωで発振させることにより、チップ31を介して振動が伝播される結果、カンチレバー33は、該振動周波数ωで強制振動される状態となる。
【0092】
この強制振動によって、カンチレバー先端部の撓み量が周期的に変化すると、先端部に対する、レーザ光線44の入射角θが変化し、対応して、反射光の反射角θも変化し、反射光の軌跡は、46’の様なズレ状態と、46’’の様なズレ状態との間を周期的に往復する。カンチレバー33が静止している状態において、ディテクタ47の二分割センサ上に入射される反射光の中心軸は、レーザ光線44の入射角θが当初の角度θ0である状態で、上下2個のフォトダイオードの境界線上に位置するように、半導体レーザ発信器43とディテクタ47の位置合わせがなされる。一般に、そのゼロ点調整がなされた状態では、上下2個のフォトダイオードへの入射光強度に比例する、出力信号強度は等しくなるように、位置合わせがなされる。
【0093】
カンチレバー先端の撓み量が変化すると、レーザ光線44の入射角θが、当初の角度θ0から変位すると、最終的に、二分割センサ上に入射される反射光の中心軸は、上下2個のフォトダイオードの境界線上から、上下2個のフォトダイオードの何れかに偏る位置に変位する。その結果、上下2個のフォトダイオードへの入射光強度に比例する、出力信号強度に差違が生じる。両者の出力信号強度の差違に基づき、二分割センサ上に入射される反射光の中心軸の、上下2個のフォトダイオードの境界線上からの変位量を算出し、さらに、カンチレバー先端部に対するレーザ光線44の入射角θが、当初の角度θ0から変位した量Δθを算出する。これら一連の演算処理は、パソコン48内において、データ解析プログラムに従って実施される。
【0094】
強制振動状態では、カンチレバー先端の撓み量は周期的に変動し、対応して、当初の角度θ0から変位した量Δθも周期的に変動する。すなわち、反射光の軌跡が、46’の様なズレ状態と、46’’の様なズレ状態となる二つの時点の変位量Δθ(極大値と極小値)に基づき、カンチレバー先端の撓み量δにおける極大値δmaxと極小値δminをそれぞれ算出し、その差(δmax−δmin)を、カンチレバー先端の撓み量の変動幅(振幅)実測値とする。
【0095】
ピエゾ発振子40の発振周波数は、その駆動電源である、オシレータ49から供給される高周波電圧の周波数に一致している。この高周波電圧の周波数を、ω1からω2まで、連続的に変化させて、各振動周波数ωにおける、カンチレバー先端の撓み量の変動幅(振幅)実測値を測定する。撓み量の変動幅(振幅)実測値を、振動周波数ωに対してプロットすると、図4に示すように、カンチレバーの共振周波数ω0に相当する振動周波数領域で、振幅は極大を示す。換言すると、撓み量の変動幅(振幅)実測値(δmax−δmin)を、振動周波数ωの関数として、数値微分を行って、微分係数:d(δmax−δmin)/dω=0となる振動周波数ωを算定し、カンチレバーの共振周波数ω0の実測値:ω0-obsとする。
【0096】
なお、当初の角度θ0から変位した量Δθから、カンチレバー先端の撓み量δを算出する操作では、カンチレバー付きチップ31のカンチレバー形状、例えば、カンチレバー33の長さ、カンチレバー33上におけるレーザ光線44の当初の照射位置、当初の撓み量(または、曲率半径)ならびに、検出結果から算出される、当初の角度θ0から変位した量Δθに基づき、カンチレバー先端の撓み量δを算出する。この当初の角度θ0から変位した量Δθから、カンチレバー先端の撓み量δを算出する操作、さらには、撓み量の変動幅(振幅)実測値(δmax−δmin)を振動周波数ωの関数として、数値微分し、カンチレバーの共振周波数ω0の実測値:ω0-obsを算定する操作などの数値演算処理も、パソコン48内において、対応するデータ解析プログラムに従って実施される。加えて、オシレータ49から供給される高周波電圧の周波数を、ω1からω2まで、連続的に変化させて、各振動周波数ωにおける、当初の角度θ0から変位した量Δθの極大値Δθmaxと極小値Δθminを測定する操作も、パソコン48による制御プログラムに従って、自動化された測定ルーチン化がなされている。
【0097】
両面ビオチン固定型のカンチレバーAを利用して、アビジンの検出を行う前に、予め、ビオチン固定カンチレバー付きチップAを変位量測定装置にセットし、そのカンチレバーの先端部におけるレーザ光線44の照射スポット位置が、所定の位置となるように、レーザ発信器43と集光レンズ45とからなる、入射光源系の光軸を微調整する。併せて、反射光の受光系を構成する二分割センサ型ディテクタ47の位置を微調整し、二分割センサ上に入射される反射光の中心軸が上下2個のフォトダイオードの境界線上に位置するようにする。具体的には、二分割センサを構成する、上下2個のフォトダイオードへの入射光強度に比例する、出力信号強度が、等しくなるように、二分割センサ型ディテクタ47の位置を微調整する。
【0098】
引き続き、オシレータ49から供給される高周波電圧の周波数を、ω1からω2まで、連続的に変化させて、各振動周波数ωにおける、カンチレバー先端の撓み量の変動幅(振幅)を実測し、その実測値(δmax−δmin)を基に、該ビオチン固定カンチレバーaの初期の共振周波数実測値:ω0-obs-Aiを算定する。
【0099】
以上の「初期の共振周波数」の実測を終えた後、カンチレバー付きチップAを取り外し、図5に示すように、プローブ顕微鏡用の探針53付きカンチレバー52を具えたチップ51を、スペーサ54を介して、該チップ31の上面に取り付け、カンチレバー33の先端に、探針53が接触する状態とする。その結果、探針53の接触点に印加される外力のため、カンチレバー33は、上面を凸にして撓んだ状態となる。ここでは、厚さ1μm、長さ500μm、幅100μmの片持ち梁状構造のカンチレバー33に対して、その先端における撓み量が、約100μmとなる当接条件(特には、スペーサ54の厚さ)を選択している。
【0100】
この探針53付きカンチレバー52を具えたチップ51を取り付けた状態で、カンチレバー付きチップAをアビジン水溶液に浸漬する。所定時間を経過した後、アビジン水溶液からカンチレバー付きチップAを取り出し、蒸留水で洗浄を行う。カンチレバー表面に固定されているビオチンとの結合を介して、安定に付着するアビジンを除き、カンチレバー表面に物理的吸着しているアビジンなどは、蒸留水洗浄によって、除去される。蒸留水洗浄後、表面にアビジンが付着しているカンチレバー付きチップAを自然乾燥する。
【0101】
「初期の共振周波数」実測値の測定に用いた共振周波数測定装置に、ビオチンとの結合を介して、安定にアビジンの付着がなされているカンチレバー付きチップAを再セットし、その表面にアビジンが付着しているカンチレバーaの共振周波数を実測する。表面にアビジンが付着しているカンチレバーaの共振周波数実測値:ω0-obs-Afと、該ビオチン固定カンチレバーaの「初期共振周波数」実測値:ω0-obs-Aiとの差、Δω0-obs-A=(ω0-obs-Ai−ω0-obs-Af)を算出する。
【0102】
一方、カンチレバー付きチップBに関しては、そのビオチン固定カンチレバーbは、上記ビオチン固定カンチレバーaと本質的に同一に作製されており、すなわち、該ビオチン固定カンチレバーbの「初期の共振周波数」実測値は、ビオチン固定カンチレバーaの初期の共振周波数実測値:ω0-obs-Aiと同じ値となる。実際に、該ビオチン固定カンチレバーbの「初期共振周波数」を実測したところ、該ビオチン固定カンチレバーbの「初期共振周波数」実測値:ω0-obs-Biは、該ビオチン固定カンチレバーaの「初期共振周波数」実測値:ω0-obs-Aiと、測定誤差内で一致している。
【0103】
カンチレバー付きチップBに対しても、図5に示すように、プローブ顕微鏡用の探針53付きカンチレバー52を具えたチップ51を、スペーサ54を介して、該チップ31の上面に取り付け、カンチレバー33の先端に、探針53が接触する状態とする。その結果、探針53の接触点に印加される外力のため、カンチレバー33は、上面を凸にして撓んだ状態となる。ここでは、厚さ1μm、長さ500μm、幅100μmの片持ち梁状構造のカンチレバー33に対して、その先端における撓み量が、約100μmとなる当接条件(特には、スペーサ54の厚さ)を選択している。
【0104】
この探針53付きカンチレバー52を具えたチップ51を取り付けた状態で、カンチレバー付きチップBを純水に浸漬する。所定時間を経過した後、純水からカンチレバー付きチップBを取り出し、自然乾燥する。
【0105】
共振周波数測定装置に、純水浸漬処理を施したカンチレバー付きチップBをセットし、その表面にアビジンの付着がなされていないカンチレバーbの共振周波数を実測する。表面にアビジンの付着がなされていないカンチレバーbの共振周波数実測値:ω0-obs-Bfと、該ビオチン固定カンチレバーbの「初期共振周波数」実測値:ω0-obs-Bi≒ω0-obs-Aiとの差、Δω0-obs-B=(ω0-obs-Ai−ω0-obs-Bf)を算出する。
【0106】
Δω0-obs-Bから、アビジンを検出できない場合の共振周波数の変動量を求めることができる。
【0107】
具体的には、このΔω0-obs-B=(ω0-obs-Ai−ω0-obs-Bf)は、ビオチン固定カンチレバーを、アビジンを含有していない試料溶液と接触させた状態、すなわち、ビオチン固定カンチレバーの表面に付着されるアビジンは存在してなく、カンチレバー全体の質量mの増減はないが、水性溶媒に浸漬することに起因して、カンチレバーのバネ定数が、kから(k−Δk)に変化することによって、初期の共振周波数:ω0-i=(k/m)1/2から、浸漬処理後の共振周波数:ω0-Bf=([k−Δk]/m)1/2へと変化することを、反映している。
【0108】
Δω0-obs-Aから、アビジンを検出したことに由来する共振周波数の変動量を求めることができる。
【0109】
具体的には、このΔω0-obs-A=(ω0-obs-Ai−ω0-obs-Af)は、ビオチン固定カンチレバーを、アビジンを含有している試料溶液と接触させた状態、すなわち、ビオチン固定カンチレバーの表面にアビジンが付着される結果、カンチレバー全体の質量は、mから(m+Δm)に増加し、同時に、水性溶媒に浸漬することに起因して、カンチレバーのバネ定数が、kから(k−Δk)に変化することによって、初期の共振周波数:ω0-i=(k/m)1/2から、アビジン付着後の共振周波数:ω0-Af=([k−Δk]/[m+Δm])1/2へと変化することを、反映している。
【0110】
前記の対応に基づき、
Δω0-obs-B=(ω0-obs-Ai−ω0-obs-Bf
≒[(k/m)1/2−([k−Δk]/m)1/2]
Δω0-obs-A=(ω0-obs-Ai−ω0-obs-Af
≒[(k/m)1/2−([k−Δk]/[m+Δm])1/2]
Δω0-obs-A−Δω0-obs-B≒{([k−Δk]/m)1/2−([k−Δk]/[m+Δm])1/2
ω0-obs-Ai≒(k/m)1/2
以上の関係式から、最終的に、[m+Δm]/mを算出することも可能であり、すなわち、ビオチン固定カンチレバーの表面に付着しているアビジンに起因する質量増加Δmの推定が可能とある。
【0111】
(実施態様2)
本実施態様では、ターゲット物質のカルシウムイオン(Ca2+)を、ターゲット物質認識物質としてキトサンを利用して、キトサンを固定化したカンチレバーセンサによって検出する事例を示す。すなわち、キトサンは、一旦、ポリアクリル酸(PAA)と水素結合し、このキトサンと水素結合した状態のPAAは、カルシウムイオンと特異的な結合性を有する特徴を利用し、PAAを補助剤とし、キトサンをターゲット物質認識物質とする事例に相当する。
【0112】
なお、キトサン(β−1,4−ポリ−D−グルコサミン)に代えて、β−D−マンヌロン酸(β−D−マンノピラヌロン酸)とα−L−グルロン酸(α−L−グロピラヌロン酸)からなるポリウロン酸である、アルギン酸を、陰性対照として利用する。糖鎖状の繊維状高分子であるキトサン(β−1,4−ポリ−D−グルコサミン)と同様に、粘質多糖の一種であるアルギン酸も、常温では水に溶けにくい繊維状高分子であるが、PAAと水素結合による複合体形成を行わない。従って、アルギン酸は、カルシウムイオン(Ca2+)を固定化する機能を発揮しないものである。
【0113】
(1)カンチレバー表面へのキトサン、または、アルギン酸の固定化
検出に利用するカンチレバーセンサは、センサを構成するカンチレバーは2本一組であり、2本のカンチレバー先端における撓み量差の検出には、分波されたレーザ光線を、光ファイバを用いて、それぞれのカンチレバー先端部に照射し、その反射光による干渉波を測定し、撓み量差(光路長差)を算出する手法を採用している。
【0114】
一方のカンチレバーの表面には、キトサンが固定化され、他方のカンチレバーの表面には、アルギン酸が固定化されている2本一組のカンチレバーを具えるセンサチップC、Dを、下記の手順に従って作製する。
【0115】
図6(a)に、シリコン基板から通常の半導体製造プロセスを利用して作製する、カンチレバー付きチップ自体の構造を模式的に示す。縦横10mm、厚さ1mm程度の正方形チップ31の中心に、2本一組のカンチレバー63、63’が形成されている。カンチレバー63、63’は、ともに厚さ1μm、長さ500μm、幅100μmの片持ち梁状の構造であり、50μmの間隔で平行に配置されている。図6(b)に示すように、カンチレバー63、63’は、その上面は、チップ上面と一致するように、シリコン基板をエッチング加工することで作製する。このエッチング加工によって除去される部分は、正方形チップ31の中心に、直径600μmの穴32となる。この穴32の中央に、2本一組のカンチレバー63、63’が突き出した形状とする。
【0116】
この加工工程により作製される、カンチレバー付きチップCにおいては、2本一組のカンチレバー63、63’に相当するものを、それぞれ、カンチレバーc、c’と表記する。また、カンチレバー付きチップHにおいては、2本一組のカンチレバー63、63’に相当するものを、それぞれ、カンチレバーd、d’と表記する。
【0117】
次に、このカンチレバー付きチップC、Dが作製されている基板をスピンコータにセットし、カンチレバーcおよびカンチレバーdに対して、1.0%の酢酸水溶液にキトサンを1.0%溶解したキトサン酢酸水溶液を滴下し、2000rpm20secの条件でスピンコートする。スピンコート後、乾燥させることで、カンチレバーcおよびカンチレバーdを、その表面にキトサンがコートされているカンチレバーとする。一方、基板をスピンコータにセットし、カンチレバーc’およびカンチレバーd’に対して、60℃に加熱して溶解した1.0%アルギン酸水溶液を滴下し、2000rpm20secの条件でスピンコートする。スピンコート後、乾燥させることで、カンチレバーc’およびカンチレバーd’を、その表面にアルギン酸がコートされカンチレバーとする。
【0118】
2本一組のカンチレバーの表面に、それぞれ異なるコートを施した後、シリコン基板から上記のサイズで、ダイシング処理を行って、2本一組のカンチレバー付きチップを切り離す。
【0119】
(2)キトサン固定カンチレバーとアルギン酸固定カンチレバーを具えたカンチレバーセンサを利用するカルシウムイオンの検出
次に、カンチレバーセンサを利用して、カルシウムイオンを検出する手順を説明する。
【0120】
まず、実施例1と同様に、カンチレバー付きチップCのカンチレバーc,c’の初期共振周波数測定を行う。その際、共振周波数の測定方法は、実施例1とほぼ同様であり、各カンチレバーを所定の周波数ωで強制振動させた状態で、各カンチレバー先端の撓み量の変化幅(振幅)を測定し、各振動周波数ωに対する、各カンチレバー振動の振幅をプロットし、その極大を与える振動周波数を、各カンチレバーの共振周波数ω0の実測値とする。
【0121】
一方、カンチレバー振動の振幅測定は、カンチレバーの先端に光ファイバでレーザ光線を照射し、反射したレーザ光線を同じ光ファイバで受光して、カンチレバー先端の撓み量の変化(光路長変化)は、撓み量の変化(光路長変化)に起因する反射光の位相変化を、干渉光として測定する。干渉光の強度は、前記強制振動の周波数ωに従って、反復的に変動する。測定された干渉光の強度と、その周期的な変化に基づき、各カンチレバー先端の撓み量の変化幅(振幅)を算出する。算出される振幅が最大になる周波数を初期共振周波数とする。なお、周波数ωで強制振動がなされていない状態、すなわち、光ファイバの先端が停止している状態において、予め、光ファイバの端面とカンチレバー先端との相対的位置を微調整し、カンチレバーcおよびc’それぞれの先端にレーザ光線をあてる。
【0122】
引き続き、ピエゾ発振子の駆動電源である、オシレータから供給される高周波電圧の周波数を、ω1からω2まで、連続的に変化させて、各振動周波数ωにおける、カンチレバー先端の撓み量の変動幅(振幅)を実測し、その実測値(δmax−δmin)を基に、カンチレバーcおよびc’の初期の共振周波数実測値:ω0-obs-ciとω0-obs-c'iをそれぞれ算定する。
【0123】
図7に、カンチレバーセンサ31が具えている2本一組のカンチレバーを、キトサンあるいはアルギン酸のコートが施されている表面が凸にして撓んだ状態とした上で、PAAを添加した炭酸カルシウム水溶液71中に浸漬するための装置の構成を模式的に示す。図7(a)に示すように、2本一組のカンチレバー付きチップCは、PAAを添加した炭酸カルシウム水溶液71がパドル72の回転で一定の流速で循環する流路73に挿入される。その際、PAAを添加した炭酸カルシウム水溶液71が、カンチレバーセンサ31の穴32を通過するため、2本一組のカンチレバー74は、この流れによる外力を受け、図7(b)に示すように、所定の曲率半径で撓った状態に保持される。この状態で、一定時間、流路73中に静置する。
【0124】
次いで、パドル72を一度停止し、流路73内の水溶液の流れが止まった後、パドル72を逆回転させる。パドル72の回転方向が逆転したため、流路73中を、PAAを添加した炭酸カルシウム水溶液71が、一定の流速で逆方向に循環する。その際、PAAを添加した炭酸カルシウム水溶液71が、カンチレバーセンサ31の穴32を通過するため、2本一組のカンチレバー74は、この流れによる外力を受け、図7(b)に示す向きと逆の向き、所定の曲率半径で撓った状態に保持される。この状態で、また、一定時間、流路73中にカンチレバー付きチップCを静置する。
【0125】
その後、パドル72を停止し、流路73内の水溶液の流れが止まった後、2本一組のカンチレバー付きチップCを水溶液から取り出す。取り出したカンチレバーセンサ31は、数回蒸留水で洗浄した後、自然乾燥する。
【0126】
最後に、再びカンチレバーc,c’の共振周波数測定を行い、PAAを添加した炭酸カルシウム水溶液浸漬処理後の共振周波数実測値:ω0-obs-cfとω0-obs-c'fをそれぞれ算定する。「初期共振周波数」実測値と、「浸漬処理後の共振周波数」実測値との差を、それぞれ、Δω0-obs-c=(ω0-obs-ci−ω0-obs-cf)、Δω0-obs-c'=(ω0-obs-c'i−ω0-obs-c'f)とする。
【0127】
同様に、カンチレバー付きチップDのカンチレバーd,d’についても、予め、各振動周波数ωにおける、カンチレバー先端の撓み量の変動幅(振幅)を実測し、その実測値(δmax−δmin)を基に、カンチレバーdおよびd’の初期の共振周波数実測値:ω0-obs-diとω0-obs-d'iをそれぞれ算定する。その後、上記チップCに施した浸漬処理の手順に準じて、チップDを純水が一定の流速で流れる水路に挿入し、純水浸漬処理を行い、次いで、自然乾燥する。
【0128】
最後に、再びカンチレバーd,d’の共振周波数測定を行い、純水浸漬処理後の共振周波数実測値:ω0-obs-dfとω0-obs-d'fをそれぞれ算定する。「初期共振周波数」実測値と、「浸漬処理後の共振周波数」実測値との差を、それぞれ、Δω0-obs-d=(ω0-obs-di−ω0-obs-df)、Δω0-obs-d'=(ω0-obs-d'i−ω0-obs-d'f)とする。
【0129】
カンチレバーの表面にコートされているキトサン層、ならびに、アルギン酸層は、水溶液または純水中に浸漬した場合、水を吸水する結果、膨潤を起こす。この膨潤に伴って、カンチレバーのバネ定数kは、当初の乾燥状態と、膨潤した状態では、k→(k−Δk)に変化する。そのため、純水浸漬処理を施したカンチレバーd,d’では、キトサン層、ならびに、アルギン酸層に対して、なんらの付着も生じていないが、「初期共振周波数」実測値と、「浸漬処理後の共振周波数」実測値との差、Δω0-obs-dとΔω0-obs-d'は、共にゼロではない。しかしながら、なんらの付着も生じていないため、Δω0-obs-dとΔω0-obs-d'の間の差違は小さな値となる。
【0130】
また、アルギン酸層を具えているカンチレバーc’でも、カルシウムイオンを捕捉した状態のPAAの付着は生じていないが、カンチレバーのバネ定数kは、当初の乾燥状態と、膨潤した状態では、k→(k−Δk)に変化する。そのため、カンチレバーc’においても、「初期共振周波数」実測値と、「浸漬処理後の共振周波数」実測値との差、Δω0-obs-c'は、ゼロではない。
【0131】
一方、キトサン層を具えているカンチレバーcでは、そのカンチレバーの両面ともに、カルシウムイオンを捕捉した状態のPAAの付着が生じており、カンチレバー全体の質量mは、当初の乾燥状態から、膨潤した状態となる間に、m→(m+Δm)と増加する。勿論、カンチレバーcでも、カンチレバーのバネ定数kは、当初の乾燥状態と、膨潤した状態とで、はk→(k−Δk)に変化しており、カンチレバー全体の質量mの増加に起因する影響もある。この二つの要因によって、カンチレバーcにおいて観測される、「初期共振周波数」実測値と、「浸漬処理後の共振周波数」実測値との差、Δω0-obs-cを、カンチレバーc’のΔω0-obs-cと比較すると、カルシウムイオンを捕捉した状態のPAAの付着量に比例する、明確な相違を示す。
【0132】
例えば、前記の対応に基づき、
ω0-obs-ci=ω0-obs-di≒(k/m)1/2
Δω0-obs-d=(ω0-obs-di−ω0-obs-df
≒[(k/m)1/2−([k−Δk]/m)1/2]
Δω0-obs-c=(ω0-obs-ci−ω0-obs-cf
≒[(k/m)1/2−([k−Δk]/[m+Δm])1/2]
Δω0-obs-d−Δω0-obs-c≒{([k−Δk]/m)1/2−([k−Δk]/[m+Δm])1/2
以上の関係式から、最終的に、[m+Δm]/mを算出することも可能であり、すなわち、キトサン層を設けているカンチレバーcの表面の付着している、カルシウムイオンを捕捉した状態のPAAの付着に起因する質量増加Δmの推定も可能とある。
【0133】
少なくとも、カンチレバーの両面にキトサン層を形成しているカンチレバーcにおいては、カンチレバーの両面に対して、それぞれ予め撓んだ状態とした上で、カルシウムイオンを捕捉した状態のPAAの付着を行うことで、その付着量の増すことができ、質量増加Δmを大きくすることが可能である。カルシウムイオンを捕捉した状態のPAAの付着量を反映する、カンチレバーcとカンチレバーc’の間、あるいは、カンチレバーcとカンチレバーd’の間における共振振動数変化の相違、Δω0-obs-c'−Δω0-obs-cまたはΔω0-obs-d−Δω0-obs-cを容易に測定することが可能である。
【0134】
(実施態様3)
本実施態様では、ターゲット物質のDNAを、ターゲット物質認識物質として、特定の塩基配列を有する一本鎖DNAを利用して、該一本鎖DNAを固定化したカンチレバーセンサによって検出する事例を示す。すなわち、プローブ・ハイブリダイゼーション反応を利用して、プローブ用の一本鎖DNAと、相補的な塩基配列を含んでいる検出対象DNAとのハイブリッド体形成を介して、検出対象DNAのみを選択的にカンチレバー表面に付着させる事例に相当する。
【0135】
また、カンチレバーセンサは、複数種のDNAプローブを、それぞれ個別のカンチレバー表面に固定化し、このプローブ固定カンチレバー複数をアレイ状に配置することで、所謂、マルチプローブアレイ型のセンサとする。例えば、試料中に含有される検出対象DNAの塩基配列の中に、これら複数種のDNAプローブの塩基配列に対して、相補的な塩基配列部分が存在しているか否かの検出に利用することもできる。
【0136】
(1)カンチレバー表面への一本鎖DNAの固定化
検出に利用するマルチプローブアレイ型センサでは、各プローブに対して、それぞれ、上下一組の電気的に絶縁された電極付きV字型カンチレバーが向き合った構造に配置されている。図8に示すように、互いに向かい合って配置され、導電性材料で作製される、上下一組のV字型カンチレバーに電流を流すと、電磁気力が発生し、すなわち、その電流の方向に従って、引力または斥力が発生する。また、上下一組のV字型カンチレバーに含まれる導電性層は、コンデンサーを構成しており、その間隔の変化は、かかるコンデンサーの静電容量の変化を引き起こす構成となっている。
【0137】
従って、この特徴を利用することで、上下一組のV字型カンチレバーに、互いに逆方向の電流を流すと、引力が発生し、V字型カンチレバーを撓ませることが可能である。また、V字型カンチレバー先端の撓み量の変化に起因して、その間隔の変化が引き起こされると、かかるコンデンサーの静電容量の変化として検出が可能である。
【0138】
(上下一組のV字型カンチレバーを具えたチップの作製)
図8に、絶縁体製基板の上面と下面に形成される、上下一組の電極付きV字型カンチレバーが、互いに向き合った配置に設けられているセンサチップの構造を模式的に示す。チップ81は、絶縁体製基板を利用して作製されており、チップ81の中央部分に、V字型カンチレバーをアレイ状に配置するための、縦幅5mmのスリット82が設けられている。
【0139】
チップ81の上面には、上面側のV字型カンチレバー83と一体化して形成される導線84−1、84−2に対して、電流を供給する際に利用される電極85−1、85−2が設けられる。対応して、チップ81の下面には、下面側のV字型カンチレバー83’と一体化されている導電性層で形成される導線84−3、84−4に対して、電流を供給する際に利用される電極85−3、85−4が設けられる。なお、図8(a)には、チップ81の上面側の導線84−1、84−2と電極85−1、85−2のみを表示しているが、下面側の導線84−3、84−4と電極85−3、85−4は、対応する位置に配置されている。
【0140】
上面側のV字型カンチレバー83と、下面側のV字型カンチレバー83’とは、両者の間に100μmの間隔を設けて、スリット82中に突き出した形状で設けられる。すなわち、チップ81において、スリット82の一つの長辺に沿って、100μmの間隔を与えるスペーサ部分に相当する、厚さ1μmの絶縁体層を残し、絶縁体製基板に対して、エッチング処理が施されている領域が設けられている。なお、上下一組のV字型カンチレバーで構成されるコンデンサー構造において、その静電容量へ主要な寄与を有する部分は、スリット82中に突き出した形状の上下一組のV字型カンチレバー部分と、厚さ1μmの絶縁体層を挟んで、導線84−1、84−2と導線84−3、84−4とが配置される部分となる。上下一組のV字型カンチレバーにおける先端の撓み量の変化に起因する静電容量変化を検出する際、上下一組の導線が厚さ100μmの絶縁体層を挟んでいる部分の寄与を抑えておくことが望ましい。従って、上下一組のV字型カンチレバーの間隙を調整するスペーサ部分に相当する、所定の厚さを有する絶縁体層は、高い絶縁特性を有し、同時に、誘電率は低い絶縁材料を選択することが好ましい。また、チップ81自体も、高い絶縁特性を有し、同時に、誘電率は低い絶縁材料で構成することが望ましく、例えば、石英基板を用いることが好ましい。
【0141】
V字型カンチレバー83と83’は、導電性材料のn型シリコンをエッチング加工して、厚さ5μm、根本から先端までの距離500μm、幅100μmのV字型形状に作製する。また、導線84−1、84−2と導線84−3、84−4も、それぞれ、V字型カンチレバー83と83’と一体化し、n型シリコンをエッチング加工して作製する。加えて、一体化されるV字型カンチレバーと導線は、n型シリコン層の上面、下面には、膜厚約100nmの金蒸着膜を付加し、金/n型シリコン/金の積層構造とされている。
【0142】
金とn型シリコンの熱膨張係数は異なっており、周辺温度が変動した際、金/n型シリコンの二層構造では、表面応力が誘起され、撓みを生じるが、金/n型シリコン/金の三層積層構造では、上面と下面とで誘起される応力が互いに相殺する結果、全体として、温度変動に起因する撓みの発生は抑制される。加えて、V字型カンチレバー部の上面、下面は、金蒸着膜で被覆する形態となっており、スルファニル基(−SH)の金に対する反応性を利用して、一本鎖DNAの結合を行うことが可能である。勿論、金/n型シリコン/金の三層積層構造を用いると、上面と下面の金蒸着膜は、全体の導電率を向上する機能も有している。
【0143】
さらに、V字型カンチレバー83の先端には、GdFeを蒸着する(不図示)。この磁性材料GdFeを利用して、カンチレバー83は、磁界の影響を受けるようになっている。
【0144】
4種のDNAプローブを用いて、マルチプローブアレイ型センサを構成する際には、上下一組の電極付きV字型カンチレバー4組;(e1,e’1)〜(e4,e’4)を、横長のスリット82にアレイ状に配置する。
【0145】
(DNAプローブ用の一本鎖DNAの作製)
DNAプローブ用の一本鎖DNAは、所定の塩基配列を有する、化学合成オリゴDNAを利用する。一本鎖DNAの合成は、DNA自動合成機(ABI社製、381A)を利用して行うことができる。合成される一本鎖DNAの5’末端に、金蒸着膜上への結合に利用するスルファニル基(−SH)を導入する。チオールモディファイア(Thiol−Modifier:Glen Research社製)を利用し、DNA自動合成機による合成時に、5’末端にチオール基導入を行う。合成後、通常の脱保護処理を行って、化学合成オリゴDNAを回収する。次いで、高速液体クロマトグラフィーを利用し、精製を行い、目的とする塩基配列を有し、5’末端にチオール基導入処理がなされた一本鎖DNA標品を得る。
【0146】
表1に示す、4種のDNAプローブ:Probe E1〜E4を調製する。
【0147】
DNAプローブ:Probe E1は、市販のクローニングベクターである、プラスミドpUC18中のマルチクローニングサイト部分のうち、EcoRIおよびSacI認識部位の部分に相当する塩基配列(配列番号:1)を有する一本鎖DNAである。
【0148】
DNAプローブ:Probe E2は、プラスミドpUC18中のマルチクローニングサイト部分のうち、BamHIおよびXbaI認識部位の部分に相当する塩基配列(配列番号:2)を有する一本鎖DNAである。
【0149】
DNAプローブ:Probe E3は、プラスミドpUC18中のマルチクローニングサイト部分のうち、PstIおよびSphI認識部位の部分に相当する塩基配列(配列番号:3)を有する一本鎖DNAである。
【0150】
DNAプローブ:Probe E4は、プラスミドpUC18中のマルチクローニングサイト部分のうち、SphIおよびHindIII認識部位の部分に相当する塩基配列(配列番号:4)を有する一本鎖DNAである。
【0151】
【表1】

【0152】
(一本鎖DNAのカンチレバー表面への固定化)
4種の一本鎖DNA(DNAプローブ):Probe E1〜E4を、それぞれ、最終濃度が1μMになるように、10mMのTris−HCl緩衝液中に溶解して、4種のDNAプローブ水溶液を調製する。マイクロピペットを用いて、Probe E1水溶液を、上下一組のカンチレバー(e1,e’1)に、Probe E2水溶液を、上下一組のカンチレバー(e2,e’2)に、Probe E3水溶液を、上下一組のカンチレバー(e3,e’3)に、Probe E4水溶液を、上下一組のカンチレバー(e4,e’4)に、それぞれ滴下する。滴下されたDNAプローブ溶液の液滴は、上下一組のカンチレバーを包み込み、隣接する液滴とは混じり合わないようにする。その状態で、しばらく静置した後、1M NaCl/50mMリン酸緩衝液(pH7.0)を数回滴下して、未固定の一本鎖DNAを洗浄除去する。この工程で、上下一組のカンチレバーのそれぞれ外側の面上に一本鎖DNAが固定される。
【0153】
(3) ターゲットDNAの調製
下記の6種の鎖状DNA;ターゲットDNA1〜ターゲットDNA6を調製する。
【0154】
ターゲットDNA1は、プラスミドpUC18を、消化酵素EcoRIで消化した鎖状DNAである。すなわち、プラスミドpUC18中には、EcoRI認識部位は、マルチクローニングサイト部分に唯一存在するのみであり、このEcoRI認識部位で消化される結果、得られる鎖状DNAは、EcoRI認識部位をもはや有していない。
【0155】
ターゲットDNA2は、プラスミドpUC18を、消化酵素BamHIで消化した鎖状DNAである。すなわち、プラスミドpUC18中には、BamHI認識部位は、マルチクローニングサイト部分に唯一存在するのみであり、このBamHI認識部位で消化される結果、得られる鎖状DNAは、BamHI認識部位をもはや有していない。
【0156】
ターゲットDNA3は、プラスミドpUC18を、消化酵素PstIで消化した鎖状DNAである。すなわち、プラスミドpUC18中には、PstI認識部位は、マルチクローニングサイト部分に唯一存在するのみであり、このPstI認識部位で消化される結果、得られる鎖状DNAは、PstI認識部位をもはや有していない。
【0157】
ターゲットDNA4は、プラスミドpUC18を、消化酵素HindIIIで消化した鎖状DNAである。すなわち、プラスミドpUC18中には、HindIII認識部位は、マルチクローニングサイト部分に唯一存在するのみであり、このHindIII認識部位で消化される結果、得られる鎖状DNAは、HindIII認識部位をもはや有していない。
【0158】
ターゲットDNA5は、プラスミドpUC18を、消化酵素KpnIで消化した鎖状DNAである。すなわち、プラスミドpUC18中には、KpnI認識部位は、マルチクローニングサイト部分に唯一存在するのみであり、このKpnI認識部位で消化される結果、得られる鎖状DNAは、KpnI認識部位をもはや有していない。但し、マルチクローニングサイト部分に含まれる、EcoRI、BamHI、PstI、HindIII認識部位は残存している。
【0159】
ターゲットDNA6は、プラスミドpUC18を、消化酵素EcoRIとHindIIIで消化し、二つの断片とした後、電気泳動によって、分子量の大きい鎖状DNA断片のみを回収・精製したものである。消化酵素EcoRIとHindIIIで消化すると、プラスミドpUC18中のマルチクローニングサイト部分は、分子量の小さな鎖状DNA断片となる。従って、分子量の大きい鎖状DNA断片は、マルチクローニングサイト部分に存在する、EcoRI、BamHI、PstI、HindIII認識部位を含んでいない。
【0160】
(4)マルチプローブアレイ型のセンサを利用するターゲットDNAの検出
上記の4種のDNAプローブ:Probe E1〜E4を用いて、作製されているマルチプローブアレイ型のセンサを利用して、前記6種の鎖状DNA;ターゲットDNA1〜ターゲットDNA6の検出を行う手順を説明する。
【0161】
予め、作製されているマルチプローブアレイ型のセンサについて、上下一組のカンチレバー(e1,e’1)〜(e4,e’4)のそれぞれの「初期共振周波数」ω0-obs-e1i〜ω0-obs-e4iを測定する。
【0162】
まず、図9(a)に示すように、電極85−1、85−2に直流電源91を接続し、導線84−1、84−2にパルス状の直流電流を流し、上下一組のカンチレバー83、83’のうち、上側のV字型カンチレバー83の先端に設けているGdFeを磁化する。この磁化操作を、上側のカンチレバーe1〜e4に対して、それぞれ行う。次いで、直流電源91を取り外し、電極85−3、85−4に、高周波オシレータ49を接続し、下側のV字型カンチレバー83’に形成されている導線84−3、84−4に高周波電流を流す。高周波オシレータ49は、パソコン48で制御されており、その制御により、供給される高周波電流の周波数ωの設定、周波数ωの掃引がなされる。下側のV字型カンチレバー83’の導線84−3、84−4に流れる高周波電流により、周波数ωで振動する磁界が誘起される。上側のV字型カンチレバー83の先端に設ける磁化されたGdFeと、下側のV字型カンチレバー83’において誘起されている振動磁界の間に磁気力が発生する。その結果、振動磁界の周波数ωに従って、引力・斥力が発生し、上側のV字型カンチレバー83と下側のV字型カンチレバー83’は、対象的に振動する。電極85−1、85−3に静電容量計92を接続し、上下一組のカンチレバー83、83’間の静電容量を測定すると、周波数ωでの振動に伴い、上下一組のカンチレバー83、83’間の間隙が変動することに起因する、周期的な容量変化が測定される。この周期的な容量変化の振幅は、強制振動による上下一組のカンチレバー83、83’の撓み振動の振幅の和に対応している。
【0163】
上下一組のカンチレバー83、83’は、本質的に同じ構成とされており、その共振周波数は等しくなっており、前記の電磁気力により強制振動させ、その周波数ωにおける周期的な容量変化の振幅ΔC(ω)を測定する。この容量変化の振幅ΔC(ω)が極大となる周波数ω、すなわち、上下一組のカンチレバー83、83’の撓み振動の振幅の和が極大を示す周波数ωを、上下一組のカンチレバー83、83’の「共振周波数」実測値とする。
【0164】
初期状態で測定される、上下一組のカンチレバー(e1,e’1)〜(e4,e’4)の「共振周波数」実測値を、それぞれの「初期共振周波数」実測値ω0-obs-e1i〜ω0-obs-e4iとする。
【0165】
次いで、図9(b)のように、上下一組のV字型カンチレバーに対して、高周波オシレータ49から、電極85−3、85−4に供給される電流を直流電流とし、上側のV字型カンチレバー83の先端に設ける磁化されたGdFeと、下側のV字型カンチレバー83’において誘起されている磁界との間に生じる電磁気力が、引力となるように、その電流方向を選択する。この引力によって、互いに内側に撓み、カンチレバーの外面を凸形状として撓んだ状態のV字型カンチレバー93および93’となる。
【0166】
ターゲットDNAを含む水溶液を、予め90℃に加熱して、含まれる二本鎖DNAをディネーチャーし、二本の一本鎖DNAに分離させる。このディネーチャー処理済みの一本鎖DNAを含む水溶液を、マイクロピペットで、マルチプローブアレイ型のセンサの、内側に撓んだ状態とされている上下一組のV字型カンチレバー(e1,e’1)〜(e4,e’4)に滴下する。各液滴は、上下一組のカンチレバー(e1,e’1)〜(e4,e’4)を、それぞれ包むようにする。この状態で一定時間静置した後、電極85−3、85−4に供給される直流電流の電流方向を反転させる。その結果、上側のV字型カンチレバー83の先端に設ける磁化されたGdFeと、下側のV字型カンチレバー83’において誘起されている磁界との間に生じる電磁気力は、斥力となる。その際、図9(c)のように、この斥力によって、互いに外側に撓み、カンチレバーの内面を凸形状として撓んだ状態のV字型カンチレバー94および94’となる。この状態で、さらに一定時間静置した後、電流の供給を停止する。最終的に、上下一組のカンチレバー(e1,e’1)〜(e4,e’4)そえぞれに、1M NaCl/50mMリン酸緩衝液(pH7.0)を数回滴下して、未結合の一本鎖DNAを洗浄除去し、静置乾燥する。
【0167】
マルチプローブアレイ型のセンサの各V字型カンチレバー(e1,e’1)〜(e4,e’4)上に固定化されている4種のDNAプローブ:Probe E1〜E4との、ハイブリダイゼーション反応を、前記の手順で行った後、再び、それぞれの共振振動数を測定する。共振振動数の測定は、上記と同様の手順で実施する。ハイブリダイゼーション反応後に測定される共振振動数を、それぞれの「浸漬処理後の共振周波数」実測値ω0-obs-e1f〜ω0-obs-e4fとする。各上下一組のカンチレバー(e1,e’1)〜(e4,e’4)について、「浸漬処理後の共振周波数」実測値ω0-obs-e1f〜ω0-obs-e4fと、「初期共振周波数」実測値ω0-obs-e1i〜ω0-obs-e4iとの差:Δω0-obs-g1=(ω0-obs-e1i−ω0-obs-e1f)からΔω0-obs-e4=(ω0-obs-e4i−ω0-obs-e4f)を算出する。
【0168】
ハイブリダイゼーション反応によって、DNAプローブに対象となる一本鎖核酸がハイブリダイズすると、カンチレバー全体の質量mは、ハイブリダイゼーション反応の前後において、ハイブリダイズする一本鎖核酸の量に比例して、m→(m+Δm)と増加する。一方、カンチレバーのバネ定数kも、ハイブリッド体相互の斥力が存在すると、ハイブリダイゼーション反応の前後において、k→(k+Δk)と増加する。例えば、V字型カンチレバー(e1,e’1)上のDNAプローブE1にハイブリッド体形成が生じると、前記の対応に基づき、
ω0-obs-e1i≒(k/m)1/2
ω0-obs-e1f≒([k+Δk]/[m+Δm])1/2
Δω0-obs-e1=(ω0-obs-e1i−ω0-obs-e1f
≒[(k/m)1/2−([k+Δk]/[m+Δm])1/2]
のような共振周波数の変化が引き起こされる。
【0169】
ターゲットDNA1〜6に関して、上記の手順に従って、ハイブリダイゼーション反応後に測定される静電容量「浸漬処理後の共振周波数」実測値と、初期状態における「初期共振周波数」実測値の測定結果に基づき、その差違を算出し、ハイブリダイゼーション反応の前後における各V字型カンチレバー全体の質量m、バネ定数kの変化の有無を算出する。
【0170】
表2に、ハイブリダイゼーション反応の前後における各V字型カンチレバー全体の質量m、バネ定数kの変化に起因する共振周波数変化の有無を、ターゲットDNA1〜6に関して纏めて示す。
【0171】
【表2】

【0172】
ハイブリダイゼーション反応の前後において、各V字型カンチレバーの共振周波数変化を有する場合、かかるV字型カンチレバー上に固定化されるDNAプローブと、ターゲットDNAとがハイブリッド体を形成し、V字型カンチレバー上に付着が生じていることを示している。従って、各V字型カンチレバー共振周波数変化の有無の測定結果に基づき、各ターゲットDNAが、EcoRIおよびSacI、BamHIおよびXbaI、PstIおよびSphI、SphIおよびHindIIIの4組の認識部位を有しているか否かの判定を行うことが可能である。
【0173】
一般に、マルチプローブアレイ型のセンサとして、上下一組のV字型カンチレバーn組をアレイ状に配置し、各上下一組のV字型カンチレバーに対して、異なる塩基配列を有するDNAプローブを固定化することで、ターゲットDNA中に、n種類のプローブの塩基配列が含まれるか否かの判定を行うことが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0174】
本発明によれば、1〜数個の原子で構成される分子あるいはイオン種、アミノ酸・ペプチド・タンパク質ならびに、これらの配糖体、糖鎖との結合体などを含む抗原分子、DNAやRNAの核酸分子をターゲットとする、高感度の検出方法・装置を提供することができる。それに伴い、水中や大気中に微少に存在する物質、例えば、大気中の希ガスや有毒ガスなどを検知するガスセンサ、あるいは、大気中の臭い物質などを検知する臭いセンサ(人工嗅覚)、水中のウランや希少金属といった有用資源、環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質)や環境汚染物質、バクテリアなどの検出装置、血液や呼気中の何らかの指標物質やウイルス等を検出する医療機器、遺伝子診断用の特定DNA配列検出装置などに、本発明の原理を応用することで、その検出感度を向上させることも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0175】
【図1】本発明にかかるカンチレバーセンサを利用する、ターゲット物質の検出方法において利用する作用原理を模式的に示す図である。
【図1−1】本発明にかかるカンチレバーセンサを利用する、ターゲット物質の検出方法において利用する作用原理を模式的に示す図である。
【図2】本発明において利用されるカンチレバーセンサの一形態を示し、一本のカンチレバー付きチップの構成の一例を模式的に示す図である。
【図3】本発明において利用される、カンチレバーの共振周波数の測定装置の一例であり、カンチレバー先端の撓み量を測定するための、光てこ方式の変位量検出装置を応用する装置構成例を模式的に示す図である。
【図4】カンチレバーを強制振動させた際、カンチレバーの共振周波数近傍における、振動周波数と振幅との関係を模式的に示す図である。
【図5】本発明において利用される、カンチレバーに撓みを導入する手段の一形態を示し、プローブ顕微鏡用カンチレバー探針を利用して、外力を印加する手法の一例を模式的に示す図である。
【図6】本発明において利用されるカンチレバーセンサの一形態を示し、二本一組のカンチレバー付きチップの構成の一例を模式的に示す図である。
【図7】本発明において利用される、カンチレバーに撓みを導入した状態で、ターゲット物質に接触させるための装置の一例を模式的に示す図である。
【図8】本発明において利用されるカンチレバーセンサの一形態を示し、二本一組のV字型カンチレバー付きチップの構成の一例を模式的に示す図である。
【図9】本発明において利用される、二本一組のV字型カンチレバーに撓みを導入する手段、ならびに、該V字型カンチレバー先端の撓み量変化を静電容量変化を介して検出する手段を利用し、カンチレバーの共振周波数を測定する手段の一例を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0176】
10 カンチレバーを振動させる発振子
11 カンチレバーを固定しているチップ
12 ターゲット物質認識物質
13 カンチレバー
14 カンチレバーを撓ませる外力
15 ターゲット物質
16 ターゲット物質同士の斥力
31 カンチレバー付きチップ
32 カンチレバーを納めた穴
33 カンチレバー本体
41 変位量測定装置のカンチレバー付きチップ固定ステージ
42 変位量測定装置のカンチレバー付きチップ固定用クランプ
43 レーザ光源
44 レーザ光線
45 レンズ
46、46’、46’’ カンチレバー先端で反射したレーザ光線
47 レーザ光線ディテクタ
48 ADコンバータ付き、装置制御用パソコン
49 高周波オシレータ
51 プローブ顕微鏡用カンチレバーのチップ部分
52 プローブ顕微鏡用カンチレバー本体
53 プローブ顕微鏡用カンチレバー探針
54 カンチレバーのたわみ量調整用のスペーサ
63、63’ カンチレバー本体
71 PPAを含む炭酸カルシウム水溶液
72 水流を起こすためのパドル
73 水溶液の流路
74 水流によって撓んだカンチレバー本体
81 カンチレバーアレイ付きチップ
82 カンチレバーを納めたスリット
83、83’ V字型カンチレバー本体
84−1〜4 導線
85−1〜4 電極
91 電源装置
92 静電容量計
93、93’ 電磁気力で内側に撓んだV字型カンチレバー本体
94、94’ 電磁気力で外側に撓んだV字型カンチレバー本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンチレバーセンサを利用して、ターゲット物質を検出する方法であって、
(A)カンチレバーセンサを構成するカンチレバー表面に、前記ターゲット物質と結合可能なターゲット物質認識物質を固定する工程;
(C)前記カンチレバーに外力を加えて、少なくとも一方の面を凸として、撓んだ状態で保持する工程;
(D)撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、試料と接触させ、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする工程;
(E)前記カンチレバーに加えた外力を取り除く工程;
(F)ターゲット物質との結合を目的とする、試料との接触を行った後、前記カンチレバーの共振周波数を測定する工程、
(G)前記工程(F)で測定される、試料との接触後のカンチレバーの共振周波数と、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数との差を算出する工程、
を含む
ことを特徴とするターゲット物質の検出方法。
【請求項2】
試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数を測定するため、
前記工程(A)と前記工程(C)の間に、
(B)前記カンチレバーの前記初期共振周波数を測定する工程、
を設けている
ことを特徴とする請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記工程(D)と前記工程(E)の間に、
(C’)前記カンチレバーに、前記工程(C)において加えられる外力とは逆の方向の外力を加えて、前記工程(C)における撓みの方向に対して、反対方向に撓んだ状態で保持する工程、
(D’)該反対方向に撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、試料と接触させ、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする工程、
をさらに含む
ことを特徴とする請求項1に記載の検出方法。
【請求項4】
カンチレバーセンサを利用して、ターゲット物質を検出する検出装置であって、
(a)ターゲット物質認識物質を表面に固定したカンチレバーを具えたカンチレバーセンサ;
(c)前記カンチレバーに外力を加えて、少なくとも一方の面を凸として、撓んだ状態で保持する手段;
(d)前記撓んだ状態で保持する前記カンチレバーを、ターゲット物質認識物質に対するターゲット物質の結合を可能とする状態で、試料と接触させる手段;
(e)前記カンチレバーに加えた外力を取り除く手段;
(f)ターゲット物質との結合を目的とする、試料との接触を行った後の前記カンチレバーの共振周波数を測定する手段;
(h)試料との接触後のカンチレバーの共振周波数測定値と、試料との接触前の該カンチレバーの初期共振周波数とから算出される共振周波数差に基づき、該カンチレバー表面に固定されているターゲット物質認識物質に対して結合したターゲット物質の有無、あるいは、結合したターゲット物質の量を算出する手段
を具えている
ことを特徴とするターゲット物質検出装置。
【請求項5】
前記(f)試料との接触を行った後の前記カンチレバーの共振周波数を測定する手段において、該共振周波数の測定に利用する、カンチレバーを強制的に振動させるための振動子は、
前記(a)カンチレバーセンサ中に組み込む、あるいは、測定に際して、前記(a)カンチレバーセンサに接触させる形態に作製されている
ことを特徴とする請求項4に記載の検出装置。

【図1】
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【図1−1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−10518(P2007−10518A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−192606(P2005−192606)
【出願日】平成17年6月30日(2005.6.30)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】