説明

カーボンナノチューブの評価方法

【課題】カーボンナノチューブの特性を損なわずに、カーボンナノチューブの欠陥を簡単且つ確実に評価することができる、カーボンナノチューブの評価方法を提供する。
【解決手段】カーボンナノチューブをエタノールなどの溶媒に入れて超音波で分散させ、このカーボンナノチューブを含む溶媒を金属基板にエアブラシなどで吹き付けた後に乾燥させることによって、金属基板に固定されたカーボンナノチューブに、HやDなどの気体を吸着させた後、昇温させて昇温脱離スペクトルを測定し、得られた昇温脱離スペクトルのピーク温度やピーク形状に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を判断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブの評価方法に関し、特に、単層カーボンナノチューブの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、黒鉛結晶の薄層を円筒状に巻いた構造、すなわち、炭素分子の六員環が亀甲模様のように配列した平面状または曲面状のグラフェンシートを円筒状に巻いた構造を有し、その直径は数nm〜数十nm、長さは直径の数十倍〜数千倍以上である。このようなカーボンナノチューブは、円筒状に巻いたグラフェンシートが実質的に1層である単層カーボンナノチューブと、2層以上である多層カーボンナノチューブに分類される。なお、単層カーボンナノチューブは、外径が小さく、表面エネルギーが大きいので、一本のチューブとして存在せず、複数のチューブが寄り集まってバンドルを形成することによって安定化を図っている。
【0003】
多層カーボンナノチューブは、導電性、高弾性、高強度などの特性を有しているが、単層カーボンナノチューブは、金属性や半導体性になるという電気的特性、極めて強靭で高弾性を有するという機械的特性、ダイヤモンドより優れた熱伝導性、分子の吸着吸蔵特性など、多層カーボンナノチューブとは異なる特性を有している。このような特性により、単層カーボンナノチューブは、水素吸蔵材料、静電防止剤、導電性インク、電界効果トランジスタ、燃料電池触媒担体、二次電池負極材など、種々の技術分野に応用することが期待されている。
【0004】
一般に、カーボンナノチューブは、アーク放電法、レーザー蒸着法、熱CVD法などの各種の方法によって製造されている。これらの方法のうち、アーク放電法は、不活性ガス中で数mmの間隔で配置された炭素電極間に電圧を印加してアーク放電により陰極にカーボンナノチューブを堆積させる方法であり(例えば、特許文献1および2参照)、他の方法と比べて、構造欠陥が少ないカーボンナノチューブを安価に生成することができる。アーク放電法では、炭素棒に充填する触媒金属の有無によって単層カーボンナノチューブと多層カーボンナノチューブを作り分けることができ、また、触媒金属の種類によってチューブの直径や長さを制御することもできる。
【0005】
アーク放電法で合成した単層カーボンナノチューブは、合成したままの状態であれば、両端に複数個の炭素分子の五員環から構成されるエンドキャップを有している。これらのエンドキャップは、円筒状の単層カーボンナノチューブの両端を塞ぐように配置しているので、単層カーボンナノチューブを水素吸蔵材料として使用する場合には、チューブの内側も水素の吸着サイトとして利用して多量の水素を吸蔵することができるように、エンドキャップを除去することが必要になる場合がある。
【0006】
単層カーボンナノチューブのエンドキャップを除去する方法として、ミリングによる粉砕(ミリング処理)などの物理的手法と、大気中における加熱による燃焼酸化(燃焼酸化処理)などの化学的手法がある。しかし、単層カーボンナノチューブのエンドキャップをミリング処理によって除去すると、単層カーボンナノチューブの円筒構造が破壊されて微細化し、単層カーボンナノチューブの独特な細孔を活用できなくなるという問題がある。特に、単層カーボンナノチューブを水素吸蔵材料として使用する場合、単層カーボンナノチューブのエンドキャップを除去する方法として、炭素カーボンナノチューブのバンドルの各チューブ間の隙間やチューブ内部の細孔などの特異な構造を保持したまま、水素の吸着に対してより最適な構造に改質することができる方法を使用する必要がある。そのため、単層カーボンナノチューブのエンドキャップを除去する方法として、燃焼酸化処理のような化学的手法を使用するのが好ましい。
【0007】
また、単層カーボンナノチューブのエンドキャップを除去するために、大気中における加熱による燃焼酸化処理を行うと、単層カーボンナノチューブから不純物を除去して単層カーボンナノチューブを精製することもできる。この燃焼酸化によって単層カーボンナノチューブを精製すると、単層カーボンナノチューブに不純物が混入することがなく、均一に化学反応させることができ、粒子が凝集しないなどの利点がある。
【0008】
このようにして製造されたカーボンナノチューブは、ラマン散乱分光法、透過型電子顕微鏡(TEM)像、BET法による比表面積測定、熱重量分析などによって評価することができる。
【0009】
一般に、光を物質に入射すると、光の一部が非弾性的に散乱され、散乱光には、入射光(励起光)と同じ波数の光vの他に、波数の異なるv±vの光がごく僅かだけ含まれている。この現象はラマン効果と呼ばれ、励起光と分子振動や固体のフォノンまたはその他の素励起などとの相互作用による散乱はラマン散乱と呼ばれている。生じた励起光との波数のずれvは、ラマンシフトと呼ばれ、物質に固有な値となる。従って、ラマン散乱を測定すれば、物質中の素励起の状態を調べることができ、また、温度や圧力を変化させてラマン散乱を測定すれば、散乱強度やピーク位置のシフトなどの変化から物質内の状態の変化を調べることができる。
【0010】
ラマン散乱分方法をカーボンナノチューブの評価に用いる場合、カーボンナノチューブの格子振動は、グラファイトの振動が基本となっているが、カーボンナノチューブ特有の周期性から新たな効果が生じる。例えば、1枚のグラフェンシートを継ぎ目なく円筒状に巻くと、ブリージングモードと呼ばれる振動モードが出現する。この振動モードの振動数はチューブの直径に反比例することが知られているので、ラマン散乱によりブリージングモードの振動数を測定すると、チューブの直径の分布を知ることができる。また、カーボンナノチューブ固有のラマンバンドであるGバンドのスペクトル強度と、アモルファスカーボン由来のDバンドのスペクトルの強度の比(G/D比)を、合成後の単層カーボンナノチューブの純度を表す指標(不純物の混入度合いを表す尺度)とすることができる。
【0011】
また、単層カーボンナノチューブのTEM像から、単層カーボンナノチューブがバンドルを形成していることや、単層カーボンナノチューブの壁面に欠陥が生じているか否かを確認することができる。また、酸化処理した単層カーボンナノチューブと酸化処理しない単層カーボンナノチューブのBET法による比表面積を測定することにより、酸化処理による比表面積の変化を調べることができる。さらに、熱重量分析により単層カーボンナノチューブ中に含まれる不純物の量を判断することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2004−210555号公報(段落番号0043)
【特許文献2】特開2006−16282号公報(段落番号0010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者らの研究により、カーボンナノチューブに酸化処理を施すと、カーボンナノチューブに欠陥が生じることがわかった。そのため、このような酸化処理によって生じたカーボンナノチューブの欠陥を修復することが望まれる。また、カーボンナノチューブの特性を損なわずにカーボンナノチューブの欠陥が修復されたか否かを簡単且つ確実に評価することができる方法が望まれる。
【0014】
しかし、ラマン散乱分光法による評価では、カーボンナノチューブの直径の分布や純度を示す指標を得ることができるが、カーボンナノチューブの欠陥を評価することができない。また、BET法による比表面積測定により酸化処理による比表面積の変化を調べることができ、熱重量分析によりカーボンナノチューブ中の不純物の量を判断することができるが、これらの方法では、カーボンナノチューブの欠陥を評価することができない。さらに、TEM像による評価では、カーボンナノチューブの壁面に欠陥が生じているか否かを確認することができるが、TEM像においてカーボンナノチューブの壁面が不鮮明か否かによって欠陥が生じているか否かを確認することができるに過ぎず、カーボンナノチューブの欠陥を具体的な数値に基づいて客観的に評価することはできない。
【0015】
したがって、本発明は、このような従来の問題点に鑑み、カーボンナノチューブの特性を損なわずに、カーボンナノチューブの欠陥を簡単且つ確実に評価することができる、カーボンナノチューブの評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、カーボンナノチューブに気体を吸着させた後、昇温させて昇温脱離スペクトルを測定し、得られた昇温脱離スペクトルのピーク温度およびピーク形状に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価することにより、カーボンナノチューブの特性を損なわずに、カーボンナノチューブの欠陥を簡単且つ確実に評価することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明によるカーボンナノチューブの評価方法は、カーボンナノチューブに気体を吸着させた後、昇温させて昇温脱離スペクトルを測定し、得られた昇温脱離スペクトルのピーク温度およびピーク形状に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価することを特徴とする。このカーボンナノチューブの評価方法において、カーボンナノチューブが単層カーボンナノチューブであるのが好ましい。また、カーボンナノチューブに吸着させる気体として水素または重水素を使用することができる。また、昇温脱離スペクトルの所定の温度範囲におけるピークの数や、昇温脱離スペクトルのピークの半値幅に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価するのが好ましい。さらに、カーボンナノチューブに気体を吸着させる前に、カーボンナノチューブを溶媒に入れて超音波で分散させ、このカーボンナノチューブを含む溶媒を金属基板に吹き付けた後に乾燥させるのが好ましい。
【0018】
また、カーボンナノチューブに吸着させる気体としてHまたはDを使用し、昇温速度を0.2K/sとして測定された昇温脱離スペクトルにおいて、温度19.0〜22.0Kに半値幅1.5K以下、好ましくは1.0K以下のピークを有するカーボンナノチューブが、欠陥が存在しないカーボンナノチューブまたは欠陥が殆どないカーボンナノチューブであると評価することができる。なお、本明細書中において、「欠陥が存在しない」とは、透過型電子顕微鏡(TEM)によるカーボンナノチューブの格子像が鮮明に観察されることをいい、例えば、TEM像で100nm四方に1nm程度の欠陥が10個以下しか確認されない程度をいう。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、カーボンナノチューブの特性を損なわずに、カーボンナノチューブの欠陥を簡単且つ確実に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】単層カーボンナノチューブの試料4の熱重量分析の測定結果を示す図である。
【図2】単層カーボンナノチューブの試料4にHを曝露した後の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【図3】単層カーボンナノチューブの試料5にHを曝露した後の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明によるカーボンナノチューブの評価方法の実施の形態では、カーボンナノチューブを溶媒に入れて超音波で分散させ、このカーボンナノチューブを含む溶媒を金属基板に吹き付けた後に乾燥させることによって、金属基板に固定されたカーボンナノチューブに、水素(H)や重水素(D)などの気体を吸着させた後、昇温させて昇温脱離スペクトルを測定し、得られた昇温脱離スペクトルのピーク温度およびピーク形状に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価する。
【0022】
具体的には、単層カーボンナノチューブのようなカーボンナノチューブをエタノールなどの溶媒に入れて超音波で分散させ、このカーボンナノチューブを含む溶媒を金属基板にエアブラシなどで吹き付けた後に乾燥させることによって、カーボンナノチューブを金属基板に固定する。なお、カーボンナノチューブをシートまたはフィルム状にして金属基板に固定してもよい。その後、昇温脱離スペクトル測定用の四重極質量分析計と、試料に気体を直接吹き付けるための気体曝露用のオリフィス(細孔)を有するガスドーザーとを備えた装置を使用して、カーボンナノチューブに、吸着気体としてHまたはDを吹き付けて吸着させた後、昇温させて昇温脱離スペクトルを測定し、得られた昇温脱離スペクトルのピーク温度やピーク形状に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価する。
【0023】
例えば、カーボンナノチューブにHまたはDを吹き付けて吸着させた後、昇温速度0.2K/sで昇温させて昇温脱離スペクトルを測定し、この昇温脱離スペクトルにおいて温度19.0〜22.0Kに半値幅1.5K以下、好ましくは1.0K以下のピークを有するカーボンナノチューブが、欠陥が存在しないカーボンナノチューブまたは欠陥が殆どないカーボンナノチューブであると評価することができる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明によるカーボンナノチューブの評価方法の実施例について詳細に説明する。
【0025】
[実施例1]
まず、評価対象となるカーボンナノチューブとして、以下のようにアーク放電法により単層カーボンナノチューブを合成した。
【0026】
アーク放電装置に装着する一対の電極として、直径10mmの炭素棒の陰極と、3.2mmの穴にFe、Ni、S(質量比10:10:1)の混合粉末からなる金属触媒が充填された直径6mm、長さ85mmの炭素棒の陽極を使用した。
【0027】
上記の一対の電極をアーク放電装置のチャンバに装着し、チャンバ内をロータリーポンプで排気して1.33Pa以下の真空状態にした後、電極を接触させた状態で80Aの直流電流を流し、抵抗加熱によって陽極に充填したグラファイトと金属触媒粉末を7分間ベーキング処理し、その際に付着した油分も蒸発させて除去した。次いで、チャンバ内の圧力が1.3×10Paになるようにヘリウムガスを満たし、電極間距離を5mmに保ちながら70Aの電流で7分間アーク放電を行った。その後、装置および生成物を冷却し、装置内の天板および内壁上部に堆積したチャンバ煤と、陰極に堆積した陰極煤を回収した。
【0028】
このようにして回収された煤中には、単層カーボンナノチューブの他に不純物が含まれているので、以下のように不純物を除去した。
【0029】
まず、単層カーボンナノチューブ以外のアモルファスカーボンを燃焼によって除去するために、回収した煤を大気中において450℃で30分間加熱した後、500℃で30分間加熱した。なお、回収した煤中には、金属触媒を包含しているフラーレンが存在しており、この加熱によってフラーレンを破壊した。次に、この加熱後の煤を塩酸に浸し、室温下で24時間放置した後、ろ過し、蒸留水で洗浄し、乾燥させて、煤中に残留していた金属触媒を除去した。
【0030】
得られた煤を大気中において500℃で30分間加熱した。次に、この加熱後の煤を塩酸に浸し、室温下で24時間放置した後、ろ過し、蒸留水で洗浄し、乾燥させて、煤中に残留していた金属触媒を除去した。
【0031】
このようにして合成した単層カーボンナノチューブを真空中または希ガス中で加熱することによって、単層カーボンナノチューブの試料1〜5を得た。すなわち、試料1として、合成した単層カーボンナノチューブをアルゴン中において1000℃で1時間加熱し、試料2として、試料1を550℃で1時間酸化処理した。また、試料3として、合成した単層カーボンナノチューブを真空中において1200℃で3時間加熱し、試料4として、試料3を550℃で1時間酸化処理した後に真空中において1200℃で1時間加熱し、試料5として、試料4を450℃で30分間酸化処理した。さらに、比較試料として、高配向性熱分解グラファイト(Highly Oriented Pyrolytic Graphite(HOPG))を用意した。
【0032】
試料1〜5について、ラマン散乱によりブリージングモードの振動数を測定したところ、ブリージングモードのピーク値の波数は、試料1では167cm−1、試料2〜5では161cm−1であり、単層カーボンナノチューブの直径を求めたところ、試料1では1.45nm、試料2〜5では1.51nmであった。単層カーボンナノチューブの直径は、アーク放電の際に使用する触媒に依存するが、試料1〜5で使用した触媒は全て同一であり、放電時の電流および放電時間も同一であることから、直径がよく一致している。また、試料2〜5で行った酸化処理や真空加熱によって単層カーボンナノチューブの直径が変化しないことが確認された。また、ラマン散乱分光測定により、カーボンナノチューブ固有のラマンバンドであるGバンドのスペクトル強度と、アモルファスカーボン由来のDバンドのスペクトルの強度の比(G/D比)は、試料1では144、試料2では105、試料3では73、試料4では72、試料5では62であった。これらのG/D比はいずれも、一般に高純度といわれる値になっている。
【0033】
試料1〜5をTEMで観察したところ、試料の長さ(チューブの長さ)は1〜3μm程度であり、チューブの全長が比較的長いハイウェイジャンクション型と呼ばれる単層カーボンナノチューブであった。また、試料3(合成後の試料を真空中で加熱した試料)のTEM像では、単層カーボンナノチューブがバンドルを形成し、各々の単層カーボンナノチューブの壁面が鮮明に確認された。一方、試料3を酸化処理した後の試料についてTEM像で観察したところ、単層カーボンナノチューブがバンドルを形成していることが確認されたが、試料3のTEM像と比べて、単層カーボンナノチューブの壁面が不鮮明になっていた。このように単層カーボンナノチューブの壁面が不鮮明になっているのは、酸化処理によって単層カーボンナノチューブの炭素が酸素と反応して欠陥が生じたためであると考えられる。また、試料4(試料3を酸化処理した後に真空下で加熱した試料)のTEM像では、単層カーボンナノチューブがバンドルを形成していることが確認されたが、試料3を酸化処理した後の試料のTEM像のような不鮮明なカーボンナノチューブの壁面は観察されず、酸化処理していない試料3のTEM像と類似したTEM像が得られた。このように試料3のTEM像と類似したTEM像が得られたことから、酸化処理によって単層カーボンナノチューブに生じた欠陥が、真空加熱によって修復されたことがわかる。さらに、試料5(試料4を酸化処理した試料)のTEM像では、カーボンナノチューブの壁面を確認することはできたが、試料3や試料4と比べると鮮明ではなかった。
【0034】
試料1〜5についてBET法による比表面積を測定したところ、試料1では545m/g、試料2では640m/g、試料3では282m/g、試料4では444m/g、試料5では570m/gであった。試料1(合成後の試料をアルゴン中で加熱した試料)と試料2(試料1を酸化処理した試料)を比較すると、比表面積が545m/gから640m/gに大きくなっている。また、試料3(合成後の試料を真空中で加熱した試料)と試料5(試料3を酸化処理した後に真空中で加熱し、その後、酸化処理した試料)を比較すると、比表面積が282m/gから570m/gに大きくなっている。これらの結果から、酸化処理を施すことによって、単層カーボンナノチューブの比表面積が増大することがわかる。
【0035】
試料4について昇温速度1K/sで熱重量分析を行ったところ、図1に示すように、500℃付近までは実質的に質量の減少はなく、500℃付近から急激に質量が減少した。一般にアモルファスカーボンなどの不純物は350〜500℃の温度領域で燃焼するので、500℃付近からの質量の減少は単層カーボンナノチューブの質量の減少であると考えられる。したがって、試料4は、不純物の少ない単層カーボンナノチューブであることがわかる。
【0036】
昇温脱離スペクトル測定用の四重極質量分析計と、金属基板に固定した試料に気体を直接吹き付けるための気体曝露用の直径20μmのオリフィス(細孔)を有するガスドーザーとを備えた装置を使用して、試料1〜5および比較試料(HOPG)の温度を13Kに保持し、それぞれの試料に、吸着気体としてHまたはDを流量1L/sで吹き付けて吸着させた後、昇温速度0.2K/sで昇温させて昇温脱離スペクトルを測定した。
【0037】
なお、単層カーボンナノチューブの粉状の試料1〜5を金属基板に固定するために、それぞれの試料10mgをエタノール100ccに入れた後に、超音波(200W、39kHz)で60分間分散させ、これを銀パッドに固定された1cmの銅基板にエアブラシで吹き付けた後、液垂れしない程度にドライヤーで乾燥した。また、比較試料(HOPG)については、試料10mgを銅基板に直接固定した。
【0038】
試料4にそれぞれ50L、100L、200L、300L、500LのHを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、図2に示すように、曝露量300〜500Lで試料温度20.5Kに鋭いピークが観測され、曝露量300Lおよび500Lで半値幅0.9Kであった。また、試料4に50L、100L、300L、500L、700L、1000LのDを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量300〜1000Lで試料温度20.3Kに鋭いピークが観測され、曝露量700Lおよび1000Lで半値幅0.9Kであった。
【0039】
また、試料4に150LのHと150LのDをこの順序で曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、Hについて試料温度21.0Kに半値幅0.5Kの鋭いピークが観測され、Dについて試料温度21.1Kに半値幅0.7Kの鋭いピークが観測された。また、試料4に150LのDと150LのHをこの順序で曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、Hについて試料温度21.0Kに半値幅0.4Kの鋭いピークが観測され、Dについて試料温度21.2Kに半値幅0.5Kの鋭いピークが観測された。
【0040】
試料1にそれぞれ50L、100L、300L、500Lおよび700LのDを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量100Lで試料温度22.3Kに半値幅3.7Kの鋭いピークが観測され、曝露量700Lで試料温度20.9Kに半値幅2.6Kの鋭いピークと27.5Kに半値幅0.7Kの鋭いピークが観測された。なお、27.5Kのピークは曝露量100Lで観測されておらず、曝露量300Lから出現した。
【0041】
試料2にそれぞれ30L、50L、70L、100L、300L、500LのDを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量100Lで試料温度33.5Kに半値幅6.7の鋭いピークが観測され、曝露量500Lで試料温度30.6Kにピークトップを有し、半値幅13.0Kのブロードなピークが観測された。なお、このブロードなピークは、2つのピークから構成されていると考えられる。
【0042】
試料3にそれぞれ50L、300L、500L、700L、1000LのHを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量300〜1000Lで試料温度19.0Kに鋭いピークが観測され、曝露量1000Lで半値幅1.4Kであった。また、試料3にそれぞれ50L、100L、500L、700L、1000LのDを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量500〜1000Lで試料温度19.7Kに鋭いピークが観測され、曝露量1000Lで半値幅0.7Kであった。
【0043】
試料5に50L、100L、300L、500L、700LのHを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、図3に示すように、曝露量500Lおよび700Lで試料温度19.4Kと26.8Kにそれぞれ鋭いピークが観測され、曝露量700Lの場合、19.4Kのピークの半値幅は4.3K、26.8Kのピークの半値幅は1.1Kであった。また、試料5に50L、100L、200L、300L、500L、700LのDを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量500Lおよび700Lで試料温度20.9Kと26.9Kにそれぞれ鋭いピークが観測され、曝露量700Lの場合、20.9Kのピークの半値幅は4.3K、26.9Kのピークは0.9Kであった。
【0044】
また、試料5に150LのHと150LのDをこの順序で曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、Hについて試料温度20.3Kに半値幅3.7Kと試料温度29.9Kに半値幅1.1Kのピークがそれぞれ観測され、Dについて試料温度21.4Kに半値幅4.2Kのピークと試料温度30.0Kに半値幅0.8Kのピークがそれぞれ観測された。また、試料5に150LのDと150LのHをこの順序で曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、Hについて試料温度20.0Kに半値幅3.5Kのピークと試料温度28.3Kに半値幅0.4Kのピークがそれぞれ観測され、Dについて試料温度20.9Kに半値幅3.5Kのピークと試料温度28.3Kに半値幅0.4Kのピークがそれぞれ観測された。
【0045】
比較試料(HOPG)に0.5L、1L、3L、7L、10L、30LのHまたはDを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、0.5LのHを曝露した場合、試料温度17.2Kに半値幅4.1Kのピークが観測され、さらに曝露量を増加させると、ピークの形状を保ったまま10L付近で飽和し、曝露量30Lで試料温度17.2Kに半値幅5.3Kのピークが観測された。一方、0.5LのDを曝露した場合、試料温度18.3Kに半値幅6.7Kのピークが観測され、さらに曝露量を増加させると、ピークの形状を保ったまま10L付近で飽和し、曝露量30Lで試料温度15.3Kに半値幅4.1Kのピークが観測された。
【0046】
上述したように、試料3(合成後の試料を真空中で加熱した試料)を酸化処理した後の試料のTEM像から、酸化処理によって単層カーボンナノチューブに欠陥が生じていることがわかるが、試料3と試料4(試料3を酸化処理した後に真空中で加熱した試料)を比較すると、酷似した単層カーボンナノチューブのTEM像が観測され、HおよびDのいずれの場合もピーク温度とピーク形状が非常に良く似た昇温脱離スペクトルが得られるので、酸化処理によって単層カーボンナノチューブに生じた欠陥(格子欠陥)が真空加熱によって格子欠陥が修復されたことがわかる。
【0047】
[実施例2]
60質量%のカーボンブラック(東海カーボン株式会社製のシーストTA)に40質量%のコールタールピッチを添加して混合した。粘土状の硬さが見られたら、固練り(硬いケーキ状の状態における混合に時間をかける操作)を3時間行って、混合物にせん断を作用させて混ざりを良くした。この固練り終了後、円板状(約φ100×20mm)のモールドに詰めて、130℃で50kg/cmの圧力を3分間加えて成形した。次に、モールドを外して、窒素雰囲気下において昇温速度5℃/分で1000℃まで加熱し、この温度で2時間保持して焼成を行った後、徐冷し、φ100×20mmの円板を作製した。この円板から6mm×6mm×70mmの角棒を作製し、中心にφ3.2mm、深さ50mmの穴を開け、この穴にFe、Ni、S(質量比10:10:1)の混合粉末からなる金属触媒を充填して陽極を作製した。
【0048】
このようにして作製した陽極を使用した以外は、実施例1の試料4の製造方法と同様の方法(合成した単層カーボンナノチューブを真空中において1200℃で3時間加熱し、次いで、550℃で1時間酸化処理した後に真空中において1200℃で1時間加熱する方法)により、単層カーボンナノチューブの試料6を得た。このようにして得られた試料6について、実施例1と同様の評価を行った。
【0049】
試料6について、ラマン散乱によりブリージングモードの振動数を測定したところ、ブリージングモードのピーク値の波数は、161cm−1であり、単層カーボンナノチューブの直径を求めたところ、1.51nmであった。また、ラマン散乱分光測定により、カーボンナノチューブ固有のラマンバンドであるGバンドのスペクトル強度と、アモルファスカーボン由来のDバンドのスペクトルの強度の比(G/D比)は、72であった。
【0050】
試料6をTEMで観察したところ、試料の長さ(チューブの長さ)は1〜3μm程度であり、チューブの全長が比較的長いハイウェイジャンクション型と呼ばれる単層カーボンナノチューブであった。また、TEM像では、単層カーボンナノチューブがバンドルを形成し、各々の単層カーボンナノチューブの壁面が非常に鮮明に確認された。このTEM像から、欠陥が存在しないか、あるいは欠陥が殆どないカーボンナノチューブであることがわかる。
【0051】
試料6についてBET法による比表面積を測定したところ、310m/gであった。また、 試料6について昇温速度1K/sで熱重量分析を行ったところ、500℃付近までは実質的に質量の減少はなく、500℃付近から急激に質量が減少した。一般にアモルファスカーボンなどの不純物は350〜500℃の温度領域で燃焼するので、500℃付近からの質量の減少は単層カーボンナノチューブの質量の減少であると考えられる。したがって、試料6は、不純物の少ない単層カーボンナノチューブであることがわかる。
【0052】
試料6にそれぞれ50L、100L、200L、300L、500LのHを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量300〜500Lで試料温度20.5Kに鋭いピークが観測され、曝露量300Lおよび500Lで半値幅0.9Kであった。また、試料6に50L、100L、300L、500L、700L、1000LのDを曝露した後の昇温脱離スペクトルでは、曝露量300〜1000Lで試料温度20.3Kに鋭いピークが観測され、曝露量700Lおよび1000Lで半値幅0.9Kであった。
【0053】
本実施例のようにアーク放電時の陽極の炭素棒としてアモルファスカーボンからなる炭素棒を使用すると、350℃付近の低温度から酸化が開始されるので、単層カーボンナノチューブの精製工程において大気中における燃焼酸化温度を下げることができ、酸化処理によってカーボンナノチューブの欠陥が生じるのを防止することができるため、欠陥(格子欠陥)が殆ど存在しないカーボンナノチューブを製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブに気体を吸着させた後、昇温させて昇温脱離スペクトルを測定し、得られた昇温脱離スペクトルのピーク温度およびピーク形状に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価することを特徴とする、カーボンナノチューブの評価方法。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブが単層カーボンナノチューブであることを特徴とする、請求項1に記載のカーボンナノチューブの評価方法。
【請求項3】
前記気体が水素または重水素であることを特徴とする、請求項1または2に記載のカーボンナノチューブの評価方法。
【請求項4】
前記昇温脱離スペクトルの所定の温度範囲におけるピークの数に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価することを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載のカーボンナノチューブの評価方法。
【請求項5】
前記昇温脱離スペクトルのピークの半値幅に基づいて、カーボンナノチューブの欠陥を評価することを特徴とする、請求項1乃至4のいずれかに記載のカーボンナノチューブの評価方法。
【請求項6】
前記カーボンナノチューブに気体を吸着させる前に、前記カーボンナノチューブを溶媒に入れて超音波で分散させ、このカーボンナノチューブを含む溶媒を金属基板に吹き付けた後に乾燥させることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれかに記載のカーボンナノチューブの評価方法。
【請求項7】
前記気体がHまたはDであり、前記昇温の速度が0.2K/sであり、前記昇温脱離スペクトルにおいて温度19.0〜22.0Kに半値幅1.5K以下のピークを有するカーボンナノチューブが、欠陥が存在しないカーボンナノチューブまたは欠陥が殆どないカーボンナノチューブであると評価することを特徴とする、請求項1乃至6のいずれかに記載のカーボンナノチューブの評価方法。
【請求項8】
前記気体がHまたはDであり、前記昇温の速度が0.2K/sであり、前記昇温脱離スペクトルにおいて温度19.0〜22.0Kに半値幅1.0K以下のピークを有するカーボンナノチューブが、欠陥が存在しないカーボンナノチューブまたは欠陥が殆どないカーボンナノチューブであると評価することを特徴とする、請求項1乃至6のいずれかに記載のカーボンナノチューブの評価方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−242231(P2009−242231A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−59160(P2009−59160)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年9月22日 American Chemical Society発行の「The Journal of Physical Chemistry C, 2007, 111」に発表
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000224798)DOWAホールディングス株式会社 (550)
【Fターム(参考)】