説明

カーボンナノチューブを付着した合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体およびそれらの製造方法

【課題】 導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、面状発熱性、熱伝導性等に優れ、それらの特性の持続性に優れ、しかも柔軟性、風合、加工性、取り扱い性、軽量性等に優れる合成繊維、合成繊維製糸及び繊維構造体、並びにそれらの製造方法の提供。
【解決手段】 繊維表面にカーボンナノチューブが付着している合成繊維、合成繊維製糸及び繊維構造体であって、これらは、合成繊維、合成繊維製糸、或いは合成繊維及び/又は合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体を、合成繊維又は合成繊維製糸の一部又は全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満又は分解温度未満の温度で、カーボンナノチューブを分散させた分散液で処理して合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面に連続的に繋がったカーボンナノチューブを付着させる方法で円滑に製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブが付着した合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体並びにそれらの製造方法に関する。より詳細には、本発明は、ナノ(nm)サイズの微細なカーボンナノチューブが繊維表面に強固に付着した合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体、並びにそれらの製造方法に関するものである。繊維表面にカーボンナノチューブが付着した本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体は、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、面状発熱性、熱伝導性能などの特性に優れると共に柔軟性、加工性、風合、触感、軽量性などにも優れており、本発明の製造方法による場合は、前記した優れた合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体を円滑に製造することができる。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、ポリオレフィン繊維、アクリル繊維などの合成繊維は、機械的特性、耐薬品性、耐候性、取り扱い性などに優れることから、衣料、寝装品、インテリア繊維製品、産業資材、医療用資材などをはじめとして多くの用途で汎用されている。
しかしながら、合成繊維を用いた製品は、摩擦などによって静電気を発生し易い。静電気が発生すると、塵埃を吸引して美観が低下したり、放電による衝撃や不快感を人体に与えるだけでなく、帯電電荷の放電時のスパークによる電子機器への障害、引火性物質への引火爆発などを引き起こすことがある。
【0003】
静電気の発生や帯電に伴う上記した問題を解決するために、合成繊維や合成繊維製布帛に導電性を付与するための技術が従来から多く提案されている。代表的な従来技術としては、導電性カーボンなどの導電性粒子を重合体中に添加し、それを用いて溶融紡糸などによって導電性粒子を練り込んだ合成繊維を製造し、当該合成繊維を用いて布帛などを製造したもの(特許文献1、2など)、合成繊維や合成繊維製布帛などの表面にカーボンブラックなどの導電性粒子をバインダーで付着させたもの(特許文献3、4など)を挙げることができる。
【0004】
しかしながら、導電性カーボンなどの導電性粒子を添加した重合体を用いて得られる合成繊維は、導電性粒子が繊維表面の全体に均一に露出しておらず、繊維表面の一部で導電性粒子が露出しているに過ぎないため、導電性が十分ではなく、しかも当該合成繊維を用いて製造した布帛では導電性能にバラツキが生じ易い。
また、合成繊維の表面にカーボンブラックなどの導電性粒子をバインダーによって付着したものでは、通常μmオーダーのサイズを有する導電性粒子を合成繊維表面に付着させる必要があることから、合成繊維(モノフィラメント)の太さを30デシテックス以上の太繊度にしなければならず、それに伴って合成繊維の柔軟性の低下、製編織などの加工性の低下、風合の低下などが生じ易く、しかも繊維表面に付着させた導電性粒子が摩擦や洗濯などによって脱落し易く、導電性能の耐久性に劣っている。
さらに、合成繊維を用いて製造した布帛にカーボンブラックや金属粒子などの導電性粒子をバインダーなどによって付着させたものは、柔軟性が低く、布帛表面からの導電性粒子の脱落が生じ易い。
【0005】
また、近年、放送、移動体通信、レーダー、携帯電話、無線LAN、パーソナルコンピューターなどにおいて電磁波が広く用いられるようになっており、それに伴って生活空間に電磁波や磁気が散乱し、ヒトにおける電磁波・磁気障害、電子機器の誤作動などが問題になっている。かかる点から、導電性金属粒子を含有または付着させて導電性にすることによって電磁波遮蔽能を付与した合成繊維や合成繊維製布帛が知られており、電磁波遮蔽能を有する布帛は、衣類、壁面被覆材料、機器用カバー、間仕切りなどに用いて、人体や電子機器などを電磁波障害から保護することが考えられる。
しかしながら、導電性金属粒子を含有または付着させた従来の電磁波遮蔽性の合成繊維や布帛は、付着金属粒子・切片の脱落による性能低下や発塵の問題があり、未だ十分に満足のゆくものではない。
【0006】
一方、カーボンナノチューブは、1991年に日本で発見されて以来、その優れた機械的特性、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱安定性などの特性を活かすべく、様々な用途や製品への利用が試みられている。しかし、カーボンナノチューブは、カーボンナノチューブ間のファンデルワールス力によって凝集が生じ易く、それに伴って複数本のカーボンナノチューブが集合した“バンドル構造”(結束構造)を形成してしまうため、カーボンナノチューブ本来のnmオーダーのサイズメリットや、上記した優れた機械的特性、電気伝導率、熱安定性などを十分に活かせないでいるのが実状である。
【0007】
【特許文献1】特開平11−350296号公報
【特許文献2】特開2003−73915号公報
【特許文献3】特開2003−89969号公報
【特許文献4】特表2005−539150号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、面状発熱、熱伝導性などの性能に優れ、繊維からの導電性粒子の脱落がなく前記した性能を長期にわたって維持することができ、しかも柔軟性、加工性、風合、触感、軽量性などにも優れる繊維、糸および繊維構造体を提供することである。
さらに、本発明は、前記した良好な性能を備える繊維、糸および繊維製品を、簡単に、円滑に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは前記した目的を達成するために鋭意検討を重ねてきた。その結果、カーボンナノチューブを分散させた分散液を用いて、合成繊維、合成繊維製糸或いは合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面にカーボンナノチューブを施すことで、カーボンナノチューブが繊維表面に斑なく且つ強固に付着すること、それに伴って、極めて優れた導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などを有し、しかも洗濯や摩擦などによってカーボンナノチューブが繊維表面から脱落せず導電性能などの前記性能の耐久性に優れるものが得られることを見出した。
【0010】
さらに、本発明者らは、繊維表面にサイズが極めて小さく且つ導電性に優れたカーボンナノチューブを少量付着させるものであるために、繊維または繊維構造体にカーボンナノチューブを付着させた場合の質量変化量を極力抑えることができるとともに、繊維径の小さな合成繊維を用いることができ、従来技術に比べて、柔軟性、風合、加工性などに優れる、導電性能、帯電防止性、電磁波・磁気遮蔽性の合成繊維、合成繊維製糸、繊維構造体が得られることを見出した。
また、本発明者らは、その際に、カーボンナノチューブとしてラマン分光分析で波長514nmの光にて測定されるID/IGの値が0.2以下のものを用いると、カーボンナノチューブを付着した合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能などが一層良好になることを見出した。
【0011】
また、本発明者らは、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体における繊維表面にカーボンナノチューブを付着させるに当たって、カーボンナノチューブを含む水性分散液として、界面活性剤、特に両性イオン界面活性剤の存在下に水性媒体のpHを4.0〜8.0に保持しながらカーボンナノチューブの分散処理を行って得られた水性分散液を用いると、当該水性分散液中には、カーボンナノチューブが凝集せずに微細な粒径で良好に分散しているために、繊維表面にカーボンナノチューブを斑なく付着させ得ることを見出し、それらの種々の知見に基づいて本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、
(1)カーボンナノチューブを分散させた分散液を用いて、合成繊維または合成繊維製糸の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、合成繊維または合成繊維製糸の繊維表面にカーボンナノチューブを付着させた合成繊維または合成繊維製糸である。
また、本発明は、
(2)前記(1)の合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体である。
さらに、本発明は、
(3)カーボンナノチューブを分散させた分散液を用いて、合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、繊維構造体を構成する繊維の表面にカーボンナノチューブを付着させた繊維構造体である。
【0013】
また、本発明は、
(4) カーボンナノチューブの付着による合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の質量の増加分が、カーボンナノチューブを付着する前の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の質量に対して0.1〜30質量%である前記(1)〜(3)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;
(5)合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の一部または全部が、ポリエステル、ポリアミド、ポリオレフィンおよびアクリル系重合体から選ばれる1種または2種以上の重合体からなっている前記(1)〜(4)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;
(6)合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面に付着しているカーボンナノチューブが、ラマン分光分析で波長514nmの光にて測定されるID/IGの値が0.2以下のカーボンナノチューブである前記(1)〜(5)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;および、
(7)カーボンナノチューブが、バインダーを用いるかまたは用いずに、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面に付着している前記(1)〜(6)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;
である。
【0014】
そして、本発明は、
(8)カーボンナノチューブを分散させた分散液が、カーボンナノチューブを界面活性剤の存在下に水に分散させた水性分散液である前記(1)〜(7)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;
(9)カーボンナノチューブを分散させた分散液が、界面活性剤の存在下に水性媒体のpHを4〜8に維持しながらカーボンナノチューブの分散処理を行って得られた水性分散液である前記(1)〜(8)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;
(10)界面活性剤が、両性イオン界面活性剤である前記(8)または(9)に記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;および
(11)繊維表面に付着したカーボンナノチューブがネットワークを形成してなることを特徴とする前記1〜10のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体である。
【0015】
また、本発明は、
(12)電気抵抗値が1×10-2〜1×109Ω/cmの導電性の合成繊維または合成繊維製糸であるか、または表面漏洩電気抵抗値が1×10-2〜1×109Ω/□の導電性の繊維構造体である前記(1)〜(11)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;
(13)電磁波・磁気遮蔽性の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体である前記(1)〜(11)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;および
(14)面状発熱性の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体である前記(1)〜(11)のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体;
である。
【0016】
さらに、本発明は、
(15)合成繊維、合成繊維製糸、或いは合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体を、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、カーボンナノチューブを分散させた分散液で処理して、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面にカーボンナノチューブを形成・付着させることを特徴とする、カーボンナノチューブが繊維表面に付着した合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の製造方法である。
【0017】
また、本発明は、
(16)カーボンナノチューブを分散させた分散液が、カーボンナノチューブを界面活性剤の存在下に水に分散させた水性分散液である前記(15)に記載の製造方法;
(17)カーボンナノチューブを分散させた分散液が、界面活性剤の存在下に水性媒体のpHを4〜8に維持しながらカーボンナノチューブの分散処理を行って得られた水性分散液である前記(16)に記載の製造方法;および
(18)界面活性剤が、両性イオン界面活性剤である前記(16)または(17)に記載の製造方法;
である。
そして、本発明は、
(19)カーボンナノチューブを分散させた分散液が、バインダーを含有するかまたはバインダーを含有しない分散液である前記(15)〜(18)のいずれかに記載の製造方法である。
また、本発明は、
(20)カーボンナノチューブが、ラマン分光分析で波長514nmの光にて測定されるID/IGの値が0.2以下のカーボンナノチューブである前記(15)〜(19)のいずれかに記載の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体では、それらを構成する繊維の表面に、カーボンナノチューブが斑なく且つ強固に付着している。そのため、繊維表面にカーボンナノチューブが付着した本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体は、極めて優れた導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性など有し、しかも洗濯や摩擦などによってカーボンナノチューブが繊維表面から脱落しないので、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などの耐久性に優れている。
さらに、本発明は、繊維表面にサイズが極めて小さく且つ導電性に優れたカーボンナノチューブを少量付着させるものであるために、繊維または繊維構造体にカーボンナノチューブを付着させた場合の質量変化量を極力抑えることができるとともに、繊維径の小さな合成繊維を用いることができ、従来技術に比べて、柔軟性、風合、加工性、取り扱い性などに優れる、導電性、帯電防止性、電磁波・磁気遮蔽性の合成繊維、合成繊維製糸、繊維構造体を得ることができる。
特に、繊維表面にカーボンナノチューブが均一に薄層状(連続したネット)で強固に付着した本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体は、上記した特性を活かして、帯電防止性能や電磁波・磁気遮蔽性能を有する作業着やユニフォームなどの衣類用途、カーテンなどのインテリア用途、除電バグフィルター、電磁波遮蔽性の産業資材、放熱体などの種々の用途に有効に使用することができる。
また、ラマン分光分析で波長514nmの光にて測定されるID/IGの値が0.2以下のカーボンナノチューブを繊維表面に付着した本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体は、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などの性能に一層優れている。
【0019】
合成繊維、合成繊維製糸、或いは合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体を、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、カーボンナノチューブを分散させた分散液で処理する本発明の製造方法によって、繊維表面にカーボンナノチューブが斑なく且つ強固に付着した合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体を円滑に且つ確実に得ることができる。
さらに、本発明において、カーボンナノチューブの分散液として、界面活性剤、特に両性イオン界面活性剤の存在下に、水性媒体のpHを4〜8に保持しながらカーボンナノチューブの水中に分散させる処理を行って得られた水性分散液を用いた場合には、当該水性分散液中にカーボンナノチューブが凝集せずにより微細なサイズで良好に分散していることにより、繊維表面にカーボンナノチューブをより均一に付着させ得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明について詳細に説明する。
本発明は、繊維表面にカーボンナノチューブが付着した合成繊維、合成繊維製糸、前記合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体、並びに繊維表面にカーボンナノチューブが付着した繊維構造体を包含する。
【0021】
本発明における合成繊維は、繊維形成性の合成高分子材料(合成有機重合体)を用いて形成した繊維であり、本発明の合成繊維は、1種類の合成有機重合体(以下単に「重合体」ということがある)から形成されていてもよいし、2種類以上の重合体から形成されていてもよい。本発明における合成繊維の具体例としては、ポリエステル、ポリアミド、ポリオレフィン(ポリプロピレン、ポリエチレンなど)、アクリル系重合体、ポリウレタン、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニリデン、ポリ塩化ビニルなどの繊維形成性の重合体の1種または2種以上を用いて形成した合成繊維を挙げることができる。
本発明の合成繊維が2種以上の重合体を用いて形成した合成繊維である場合は、2種以上の重合体の混合物を用いて形成した混合紡糸繊維であってもよいし、または2種以上の重合体が海島構造、芯鞘構造、サイドバイサイド型貼合せ構造、海島構造と芯鞘構造とが組み合わさった構造、サイドバイサイド型貼合せ構造と海島構造が組み合わさった構造などをなして複合した複合紡糸繊維であってもいずれでもよい。
そのうちでも、本発明の合成繊維は、ポリエステル、ポリアミド、ポリオレフィンまたはアクリル系重合体の1種または2種以上からなる合成繊維であることが、合成繊維へのカーボンナノチューブの付着性が良好であり、しかも耐久性が良好である点から好ましく、特にポリエステル繊維であることが前記した特性に加えて熱安定性および寸法安定性が良好である点からより好ましい。
【0022】
本発明の合成繊維は、長繊維(フィラメント)であってもよいしまたは短繊維であってもよい。長繊維(フィラメント)であると、作業着やユニフォームなどの衣料用途、カーテンなどのインテリア用途、除電バグフィルターや電磁波遮蔽材などとして用いられる布帛の製造に有効に用いることができる。
本発明の合成繊維の横断面形状は特に制限されず、丸形断面を有する通常の合成繊維であってもよいし、または丸形断面以外の異形断面を有する合成繊維であってもよい。異形断面繊維である場合は、その横断面形状は、例えば、方形、多角形、三角形、中空形、偏平形、多葉形、ドッグボーン型、T字形、V字形などのいずれであってもよい。そのうちでも、本発明の合成繊維は、丸形断面を有する合成繊維であることが、繊維表面全体にカーボンナノチューブを均一に付着させ得る点から好ましい。
また、本発明の合成繊維の太さ(単繊維繊度)は特に制限されないが、一般的には0.5〜1000dtex、更には1〜100dtex、特に5〜50dtexであることが、繊維構造体に少量を組み込む際の設計の容易さや、少量の本発明の繊維をより均一に繊維構造体中に分散させることによる目的性能の発現とコストパフォーマンスの点から好ましい。
【0023】
本発明の合成繊維製糸は合成繊維を用いて形成した糸であり、当該合成繊維製糸は合成繊維のみから形成されていてもよいし、または合成繊維と非合成繊維(天然繊維、再生繊維および/または半合成繊維)を組み合わせて形成されていてもよい。また、本発明の合成繊維製糸は、モノフィラメント糸、マルチフィラメント糸、加工したマルチフィラメント糸、紡績糸、テープヤーン、およびそれらの組み合わせなどのいずれであってもよい。本発明の合成繊維製糸が、合成繊維と非合成繊維を組み合わせて製造した複合糸[例えば合成繊維と天然繊維(綿、麻、ウール、絹など)、再生繊維(レーヨン、キュプラなど)および/または半合成繊維(アセテートなど)を混紡して形成した紡績糸など]である場合は、合成繊維製糸(複合糸)の表面へのカーボンナノチューブの付着が良好に行われるように、合成繊維製糸(複合糸)の質量に対して合成繊維の含有割合が0.1質量%以上、特に30質量%以上であることが好ましく、また合成繊維製糸(複合糸)の表面の0.1%以上、特に30%以上が合成繊維によって占められていることが好ましい。
また、本発明の合成繊維製糸の太さは、15〜100dtex、特に20〜50dtexであることが、カーボンナノチューブを付着した糸の取り扱い性(製編織性、他種繊維との交撚、カバリングなど)や、これを用いて作成する生地設計の容易さなどの点から好ましい。
【0024】
次に、本発明でいう繊維構造体とは、合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した構造体を意味し、繊維構造体は合成繊維および合成繊維製糸の一方または両方のみから形成されていてもよいし、或いは合成繊維および合成繊維製糸の一方または両方と、非合成繊維[例えば綿、麻、ウール、絹などの天然繊維、レーヨン、キュプラなどの再生繊維、アセテートなどの半合成繊維など]および/または非合成繊維製糸を用いて形成されていてもよい。
本発明における繊維構造体の例としては、織布、編布、不織布(湿式不織布、乾式不織布、スパンボンド不織布など)、レース地、網などの布帛類、前記した布帛の2種または3種以上を組み合わさったシート状物、板状物などを挙げることができる。
【0025】
繊維表面にカーボンナノチューブが付着した本発明の合成繊維では、合成繊維の表面の一部(局所)だけではなく、合成繊維の表面の全体またはほぼ全体をカバーするようにしてカーボンナノチューブが繊維表面に付着していることが好ましく、それによって導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などが優れたものになる。
また、繊維表面にカーボンナノチューブが付着した本発明の合成繊維製糸では、糸の表面に位置する合成繊維の表面の全体にまたはほぼ全体にカーボンナノチューブが付着していることが、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などが優れたものになる点から好ましい。合成繊維製糸が、モノフィラメント糸ではなくて、マルチフィラメント糸や紡績糸である場合は、糸の内側に位置する繊維表面(糸表面に露出していない繊維表面)には、カーボンナノチューブは付着していてもよいしまたは付着していなくてもよいが、糸の表面に位置する繊維の表面だけでなく、糸の内部に位置する繊維の表面にもカーボンナノチューブが付着していると、合成繊維製糸の導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などが一層良好になる。
【0026】
合成繊維および合成繊維製糸におけるカーボンナノチューブの付着量は、合成繊維および合成繊維製糸の種類、用途、カーボンナノチューブの種類、カーボンナノチューブ分散液の濃度などに応じて調整し得るが、一般的には、合成繊維または合成繊維製糸の質量に対してカーボンナノチューブの付着量は、0.1〜30質量%、特に1〜20質量%であることが、合成繊維および合成繊維製糸からのカーボンナノチューブの脱落防止、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などの点から好ましい。
なお、カーボンナノチューブがバインダーを用いて合成繊維および合成繊維製糸の表面に付着している場合は、前記したカーボンナノチューブの付着量は、バインダーを含まないカーボンナノチューブ自体の付着量をいう。
【0027】
合成繊維または合成繊維製糸の繊維表面にカーボンナノチューブを前記した量で付着させることによって、一般に、電気抵抗値が1×10-2〜1×109/cm、特に1×10-2〜1×106Ω/cmの範囲にあり、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能に優れる合成繊維または合成繊維製糸を得ることができる。
ここで、本明細書における合成繊維または合成繊維製糸の電気抵抗値および電磁波減衰率は、以下の実施例に記載する方法で測定した電気抵抗値および電磁波減衰率をいう。
【0028】
カーボンナノチューブが繊維表面に付着した本発明の合成繊維および/または合成繊維製糸は、各種の繊維構造体、例えば、織布、編布、不織布(湿式不織布、乾式不織布、スパンボンド不織布など)、レース地、網などの布帛類、前記した布帛の2種または3種以上を組み合わさったシート状物や板状物などの製造に有効に用いることができる。
カーボンナノチューブが表面に付着した合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて前記した繊維構造体を製造するに当たっては、カーボンナノチューブが表面に付着した合成繊維および合成繊維製糸の一方または両方だけを用いて繊維構造体を製造してもよいし、または繊維表面にカーボンナノチューブが付着した合成繊維および合成繊維製糸の一方または両方と共に他の繊維および/または糸を併用して繊維構造体を製造してもよい。
限定されるものではないが、他の繊維および/または糸を併用して繊維構造体を製造する場合の例としては、通常のポリエステル加工糸を用いて織布や編布を形成する際に、カーボンナノチューブを付着した合成繊維製糸(例えばカーボンナノチューブを付着したポリエステルマルチフィラメント糸など)を経糸および/または緯糸の一部として用いるか或いは編糸の一部として用いて、織布または編布を製造することや、カーボンナノチューブを付着した短繊維状の合成繊維とカーボンナノチューブを付着させてない他の短繊維(合成繊維、非合成繊維)を併用して不織布を形成することなどを挙げることができる。その際の、カーボンナノチューブを付着した合成繊維および/または合成繊維製糸の使用割合は、形成する繊維構造体の種類、用途などに応じて調整することができる。
【0029】
カーボンナノチューブを繊維表面に付着した合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて繊維構造体を製造する代わりに、カーボンナノチューブの付着してない合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて既に作製されている繊維構造体を用いて、その繊維表面にカーボンナノチューブを付着させて繊維構造体を構成する繊維の表面にカーボンナノチューブが付着した繊維構造体を製造してもよい。
その場合に、カーボンナノチューブを付着させる繊維構造体は、合成繊維および合成繊維製糸の一方または両方のみから形成されていてもよいし、或いは合成繊維および合成繊維製糸の一方または両方と、非合成繊維[例えば綿、麻、ウール、絹などの天然繊維、レーヨン、キュプラなどの再生繊維、アセテートなどの半合成繊維など]および/または非合成繊維製糸を用いて形成されていてもよい。合成繊維および合成繊維製糸の一方または両方と非合成繊維および/または非合成繊維製糸から形成されている繊維構造体を用いる場合は、繊維構造体を構成する繊維表面へのカーボンナノチューブの付着が良好に行われるようにするために、繊維構造体を構成する繊維および/または糸の0.1質量%以上、特に30質量%以上が合成繊維および/または合成繊維製糸からなるようにすることが好ましい。特に、繊維構造体の表面部分では、合成繊維および/または合成繊維製糸の割合を前記した30質量%以上、またはそれよりも多くすることが好ましい。
繊維表面にカーボンナノチューブが付着した本発明の繊維構造体では、繊維構造体の表面に位置する繊維の表面の全体にまたはほぼ全体にカーボンナノチューブが付着していることが、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などが優れたものになる点から好ましい。繊維構造体の内側に位置する繊維の表面には、カーボンナノチューブは付着していてもよいしまたは付着していなくてもよいが、繊維構造体の表面に位置する繊維の表面と共に繊維構造体の内部に位置する繊維の表面にもカーボンナノチューブが付着していると、繊維構造体の導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などが一層良好になる。
【0030】
繊維構造体におけるカーボンナノチューブの付着量(カーボンナノチューブの付着による質量の増加分)は、繊維構造体の種類、用途、カーボンナノチューブの種類、カーボンナノチューブ分散液の濃度などに応じて調整できるが、一般的には、カーボンナノチューブを付着させる前の繊維構造体の質量に対して、0.1〜30質量%、特に1〜20質量%であることが、繊維構造体からのカーボンナノチューブの脱落防止、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などの点から好ましい。
なお、カーボンナノチューブがバインダーを用いて繊維構造体に付着している場合は、前記したカーボンナノチューブの付着量は、バインダーを含まないカーボンナノチューブ自体の付着量をいう。
【0031】
繊維構造体を構成する繊維の表面にカーボンナノチューブを前記した量または厚さで付着させることによって、一般に、表面漏洩電気抵抗値が1×10-2〜1×109Ω/□、特に1×10-2〜1×106Ω/□の範囲にあり、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などに優れる繊維構造体を得ることができる。
ここで、本明細書における繊維構造体の表面漏洩電気抵抗値および電磁波減衰率は、以下の実施例に記載する方法で測定した電気伝導度および電磁波減衰率をいう。
【0032】
カーボンナノチューブとしては、炭素の六員環配列構造を有する1枚のシート状のグラファイト(グラフェンシート)、または炭素の六員環に五員環または七員環が組み合わさった構造を有する1枚のシート状グラファイトが筒状に丸まってできた直径が数nm程度の単層カーボンナノチューブ、前記筒状のシートが軸直角方向に複数積層した多層カーボンナノチューブ、単層カーボンナノチューブの端部が円錐状で閉じたカーボンナノコーンなどが知られている。本発明では、前記したカーボンナノチューブの1種類を単独で合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面に付着させてもよいし、または前記したカーボンナノチューブの2種類以上を合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面に付着させてもよい。
そのうちでも、本発明では、カーボンナノチューブとして、筒状のグラフェンシートが軸直角方向に複数層積層した多層カーボンナノチューブを用いることが、カーボンナノチューブ自体の強度の向上の点から好ましい。
【0033】
また、カーボンナノチューブとしては、ラマン分光分析で波長514nmの光にて測定されるID/IGの値が0.2以下、特に0.1以下のものが、カーボンナノチューブを形成しているグラフェンシート内およびカーボンナノチューブの表面における構造欠陥が少なくて導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などに優れることから好ましく用いられる。しかも、前記ID/IGの値が0.2以下のカーボンナノチューブは、カーボンナノチューブ表面における極性基(水酸基、カルボキシル基など)が少なくて疎水性を有していて界面活性剤との親和性が高く、合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の表面処理用として有用な、安定なカーボンナノチューブの分散液(特に水性分散液)を形成する。
【0034】
本発明で用いるカーボンナノチューブの製造方法は特に制限されず、従来から知られている方法によって製造することができる。
何ら限定されるものではないが、前記ID/IGの値が0.2以下の多層カーボンナノチューブは、例えば以下の方法で製造することができる。
触媒[鉄、コバルト、モリブデンなどの遷移金属またはフェロセン、前記金属の酢酸塩などの遷移金属化合物と、硫黄または硫黄化合物(チオフェン、硫化鉄など)の混合物など]、原料(ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭化水素、一酸化炭素、エタノールなどのアルコール類など)を、雰囲気ガス(アルゴン、ヘリウム、キセノンなどの不活性ガス、水素など)と共に300℃以上に加熱してガス化して生成炉に導入し、800〜1300℃、好ましくは1000〜1300℃の範囲内の範囲内の一定温度で加熱して触媒金属を微粒子化させると共に炭化水素を分解させることによって微細炭素遷移を生成させる。これにより生成した炭素遷移は、未反応原料、非繊維状炭化物、タール分および触媒金属を含有していて純度が低く、結晶性も低いので、次に800〜1200℃の範囲内の好ましくは一定温度に保持された熱処理炉で処理して未反応原料やタール分などの揮発分を気化して除き、その後に2400〜3000℃の温度でアニール処理して、カーボンナノチューブにおける多層構造の形成を一層促進すると共にカーボンナノチューブに含まれる触媒金属を蒸発することによって製造することができる。
【0035】
カーボンナノチューブの前記ID/IGの値が0.2以下となるのは、上記した製法におけるアニール処理に起因する。上記のアニール処理によって、カーボンナノチューブは、軸直交断面が多角形状となり、併せて真密度が1.89g/cm3から2.1g/cm3に上昇し、積層方向およびカーボンナノチューブを構成する筒状のグラフェンシートの面方向の両方向において緻密で欠陥の少ない多層カーボンナノチューブが形成される。その結果、カーボンナノチューブの曲げ剛性(E1)が向上し、カーボンナノチューブを水などの分散媒中に分散させたときにカーボンナノチューブ間の凝集が防止され、当該分散液を用いて合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の表面にカーボンナノチューブの付着させたときに、厚さが均一で薄層状のカーボンナノチューブ付着層が良好に形成される。しかも、上記したアニーリング処理を経て得られたカーボンナノチューブは、触媒金属が蒸発除去されているので、安全性の点でも優れている。
【0036】
本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体では、カーボンナノチューブは、バインダーを用いることなく繊維表面に付着していてもよいし、またはバインダーの併用下に繊維表面に付着していてもよい。バインダーを用いない場合および用いる場合のいずれの場合も、カーボンナノチューブが露出した状態(カーボンナノチューブの表面がバインダーによって完全に被覆されずにカーボンナノチューブの少なくとも一部が外部に露出した状態)で繊維表面に付着していることが必要である。かかる点から、バインダーの併用下に繊維表面に付着させる場合は、バインダーによってカーボンナノチューブの表面が完全に被覆されてしまわないように、バインダーの使用量や性状などに注意を払うことが必要である。
繊維表面に付着したカーボンナノチューブの表面がバインダーによって完全に被覆されてしまうと、カーボンナノチューブが本来有する導電性、帯電防止性、熱伝導性などの性能が合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体に付与されにくくなる。
合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体がポリエステル繊維から形成されている場合には、ポリエステル繊維とカーボンナノチューブとの親和性が高いため、バインダーを用いなくてもカーボンナノチューブのポリエステル繊維の繊維表面に強固に付着し、少量のバインダーを用いることでカーボンナノチューブの繊維表面への付着強度が一層高くなる。
【0037】
カーボンナノチューブをバインダーの併用下に合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の繊維表面に付着させる場合は、バインダーとして、繊維との接着性の良好な性質を有するものを用いることが好ましく、バインダーの具体例としては、酢酸ビニル系、アクリル樹脂系、ポリエステル系などを挙げることができる。
バインダーを使用する場合は、カーボンナノチューブの表面を完全に被覆することなくカーボンナノチューブを繊維表面に円滑に付着させるようにする点から、バインダーの使用量を、カーボンナノチューブの質量に基づいて、付着させるカーボンナノチューブの50〜400質量%、特に100〜300質量%とすることが好ましい。
【0038】
繊維表面にカーボンナノチューブが付着した本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体は、合成繊維または合成繊維製糸の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体を、カーボンナノチューブを分散させた分散液で処理することにより円滑に製造することができる。
カーボンナノチューブを分散させた分散液による合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の処理は、合成繊維または合成繊維製糸の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度+2℃以上で且つ当該重合体の融点または分解温度−10℃以下の温度で行うことが、カーボンナノチューブの付着がより良好に行われる点から好ましい。
上記処理は、カーボンナノチューブを分散させた分散液の温度を、合成繊維または合成繊維製糸の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ融点未満または分解温度未満の温度に保った状態で用いて行うとよい。その際に、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の温度をも合成繊維または合成繊維製糸の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ融点未満または分解温度未満の温度にしておくと、カーボンナノチューブを繊維表面に一層強固に付着させることができる。
【0039】
合成繊維または合成繊維製糸が2種類以上の重合体から形成されている場合は、繊維または糸の表面に位置する重合体のガラス転移温度以上で且つ融点未満または分解温度未満の温度でカーボンナノチューブの分散液で処理するのがよく、特に合成繊維または合成繊維製糸を構成する2種類以上の重合体のすべてのガラス転移温度以上で且つすべての重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、カーボンナノチューブの分散液で処理することが好ましい。
なお、本明細書でいう合成繊維または合成繊維製糸の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度および融点は、DSC(示差走査熱量測定装置)を使用して、JIS K 7121法にしたがって測定したガラス転移温度および融点をいい、また、重合体の分解温度は、重合体の分解開始温度をいう。
【0040】
カーボンナノチューブの分散液におけるカーボンナノチューブの濃度は特に制限されないが、一般的には、分散液の全質量に基づいてカーボンナノチューブの含有量が0.5〜5.0質量%、特に0.8〜3.0質量%の分散液を用いることが、カーボンナノチューブの凝集防止、分散液の取り扱い性、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体へのカーボンナノチューブの均一被覆性などの点から好ましい。
【0041】
カーボンナノチューブを分散させるための分散媒(液体媒体)としては、処理対象である合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度よりも高い沸点を有し、且つ合成繊維、合成繊維製糸、繊維構造体の品質低下、溶解、膨潤などを招かない液体媒体であればいずれも使用可能であり、合成繊維、合成繊維製糸、繊維構造体を構成する重合体の種類などに応じて決めることができる。そのうちでも、水が、ポリエステル、ポリアミド、ポリオレフィン、アクリロニトリル系重合体などのような繊維を形成する重合体のガラス転移温度よりも高い沸点を有していて且つ前記重合体からなる繊維の溶解や膨潤、物性低下などを生じないので好ましく用いられる。
【0042】
また、処理に用いるカーボンナノチューブの分散液は、水などの液体媒体中にカーボンナノチューブを凝集することなく安定に分散させるために、界面活性剤を含有することが好ましい。
界面活性剤としては、両性イオン界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤のいずれもが使用できる。
両性イオン界面活性剤の具体例としては、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンのポリマーやポリペプチドなどの両性イオン高分子、3−(N,N−ジメチルステアリルアンモニオ)プロパンスルホネート、3−(N,N−ジメチルミリスチルアンモニオ)プロパンスルホネート、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート(CHAPS)、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−2−ヒドロキシプロパンスルホネート(CHAPSO)、n−ドデシル−N,N'−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート、n−ヘキサデシル−N,N'−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート、n−オクチルホスホコリン、n−ドデシルホスホコリン、n−テトラデシルホスホコリン、n−ヘキサデシルホスホコリン、ジメチルアルキルベタイン、パーフルオロアルキルベタイン、レシチンなどを挙げることができ、これらの1種または2種以上を用いることができる。
【0043】
また、陰イオン性界面活性剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、アルキルスルホン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩、アルキル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーエルリン酸塩などを挙げることができる。
陽イオン性界面活性剤としては、例えば、テトラアルキルアンモニウム塩、トリアルキルベンジルアンモニウム塩、アルキルピリジウム塩などを挙げることができる。
非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン多価アルコール脂肪酸部分エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルなどを挙げることができる。
【0044】
そのうちでも、界面活性剤としては両性イオン界面活性剤が好ましく用いられる。両性イオン界面活性剤は、カーボンナノチューブ間のファンデルワールス力による凝集およびバンドル形成を防ぎながら、カーボンナノチューブを水などの分散媒中に安定に微細に分散させることができる。そのため、両性イオン界面活性剤の使用下にカーボンナノチューブを分散させた分散液を用いて合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体を処理すると、カーボンナノチューブをそれらの繊維表面に、斑なく付着させることができる。
両性イオン界面活性剤としては、上記で具体例として挙げたもののいずれもが使用でき、そのうちでも、3−(N,N−ジメチルステアリルアンモニオ)プロパンスルホネート、3−(N,N−ジメチルミリスチルアンモニオ)プロパンスルホネート、特に3−(N,N−ジメチルステアリルアンモニオ)プロパンスルホネート、3−(N,N−ジメチルミリスチルアンモニオ)プロパンスルホネートが好ましく用いられる。
【0045】
カーボンナノチューブの分散液における界面活性剤の使用量は、カーボンナノチューブの種類、分散媒体の種類、界面活性剤の種類などに応じて異なり得るが、一般的には、カーボンナノチューブの質量に基づいて、界面活性剤を0.1〜50質量%、特に0.2〜30質量%の割合で用いることが好ましい。界面活性剤の使用量が多すぎると、導電性が低くなり望ましくない。
【0046】
界面活性剤、特に両性イオン界面活性剤を用いたカーボンナノチューブの分散液では、界面活性剤の液体媒体(水など)への溶解を促進してその界面活性作用を十分に発揮させるために、分散液中にハイドレート(水和安定剤)を添加することが好ましい。
水和安定剤の種類は、界面活性剤の種類、液体媒体の種類などによって異なり得るが、液体媒体として水を使用した場合は、例えば、グリセリン、非イオン性界面活性剤などの1種または2種以上を用いるとよい。
水和安定剤の使用量は、界面活性剤の質量に基づいて、0.01〜30質量%、特に0.2〜10質量%であることが好ましい。
【0047】
また、バインダーを併用してカーボンナノチューブを合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体における繊維表面に付着させる場合は、カーボンナノチューブの分散液中に、上記したバインダーを上記した量で含有させておくとよい。
【0048】
本発明で用いるカーボンナノチューブの分散液の調製方法は特に制限されず、カーボンナノチューブ間の凝集、バンドル化を生ずることなく、カーボンナノチューブが水などの液体媒体中に微分散状態で安定に分散した分散液を調製することのできる方法であれば、いずれの方法で調製してもよい。
そのうちでも、本発明では、カーボンナノチューブの分散液として、カーボンナノチューブを、界面活性剤、特に両性イオン界面活性剤の存在下に、水性媒体のpHを4.0〜8.0、特に5.5〜6.5に保持しながら水性媒体(水)中に分散させる処理を行って得られる分散液が特に好ましく用いられる。その際の分散処理は、分散装置としてメディアミルを用いて行うのが好ましい。メディアミルの具体例としては、ビーズミル、ボールミルなどを挙げることができる。ビーズミルを用いる場合には、直径が0.1〜10mmのジルコニアビーズ、特に好ましくは0.1〜1.5mmのジルコニアビーズなどが好ましく用いられる。
この調製方法で得られる分散液においては、界面活性剤によってカーボンナノチューブ間のファンデルワールス力による凝集およびバンドル形成を生ずることなく、水性媒体中に微分散状で安定に分散しているので、この分散液を用いて処理を行うと、繊維表面にカーボンナノチューブを均一に付着させることができる。
【0049】
カーボンナノチューブの分散液による合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の処理方法は特に制限されず、合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の繊維表面にカーボンナノチューブを均一に付着させ得る方法であればいずれの方法で行ってもよい。
処理方法としては、例えば、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体をカーボンナノチューブの分散液中に浸漬する方法、タッチ式ローラを用いたサイジング装置、ドクター、パッド、噴霧装置、糸プリント装置などの被覆装置を用いて合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体にカーボンナノチューブの分散液を施す方法を挙げることができる。
そのうちでも、カーボンナノチューブの分散液中に浸漬する方法、糸プリント方法が、合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の繊維表面にカーボンナノチューブを均一に付着できる点から好ましく採用される。
カーボンナノチューブの分散液による上記した含浸処理やその他の処理は、1回だけの操作で行ってもよいし、または同じ操作を複数回繰り返して行ってもよい。
【0050】
カーボンナノチューブの分散液による合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体の処理は、繊維表面にカーボンナノチューブを強固に付着させるために、前記したように、分散液の温度を、合成繊維、成繊維製糸および繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ融点未満または分解温度未満の温度にした状態で用いて行うようにするとよい。
カーボンナノチューブの分散液で処理を行った合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体は、液体媒体を除去し、乾燥することで、繊維表面にカーボンナノチューブが均一に薄層状態で付着した本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体となる。
その際の乾燥温度は、カーボンナノチューブの分散液で用いた液体媒体(分散媒)の種類に応じて決めればよく、分散媒として水を用いた場合には、合成繊維素材の材質にもよるが、通常、100〜230℃程度の乾燥温度が採用される。
【0051】
上記により得られるカーボンナノチューブを繊維表面に付着した本発明の合成繊維および合成繊維製糸は、各種繊維構造体の製造に有効に用いることができる。
そして、それによって得られる繊維構造体、および繊維構造体の繊維表面にカーボンナノチューブを直接付着させた繊維構造体は、その優れた導電性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などを活かして、例えば、帯電防止性能や電磁波・磁気遮蔽性能を有する作業着やユニフォームなどの衣類用途、カーテン、壁面被覆材料、間仕切りなどのインテリア用途、除電バグフィルター、機器用カバー、電磁波遮蔽性の産業資材などの種々の用途に有効に使用することができる。
【実施例】
【0052】
以下に実施例などにより本発明について具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。以下の例において、各物性などの測定または評価は次のようにして行った。
【0053】
(1)繊維を形成している重合体のガラス転移温度および融点:
DSC(示差走査熱量測定装置;TAインスツルメント製「Q1000型DSC」)を使用して、JIS K 7121法にしたがって、繊維を形成している重合体のガラス転移温度および融点を測定した。
【0054】
(2)カーボンナノチューブのID/IG値:
堀場ジョバン・イボン社製のラマン分光分析装置(LabRam 800)を使用し、アルゴンレーザの514nmを用いてカーボンナノチューブのID/IG値を求めた。
【0055】
(3)繊維構造体(織布)および糸におけるカーボンナノチューブの付着量:
カーボンナノチューブを付与した後の生地質量(糸の場合は繊度)と、付与する前の生地質量(糸の場合は繊度)との差を、付与する前の生地質量(糸の場合は繊度)で割ることにより、カーボンナノチューブまたは、カーボンナノチューブとバインダーの合計の比率を求め、バインダーを用いている場合にはカーボンナノチューブとの比率を勘案し、付与する前の生地単位面積(糸の場合は単位質量)当たりのカーボンナノチューブの付着量を算出した。
【0056】
(4)合成繊維製糸の電気抵抗値:
合成繊維製糸(導電性マルチフィラメント糸)から、長さ方向に沿って100mごとに長さ10cmの試験片を20個採取した。長さ10cmの個々の試験片を東亞電波工業社製の電極ボックス「SME−8350」に載置し、試験片の両端間に1000Vの電圧をかけて、測定環境20℃、30%RHの条件下で、東亞電波工業社製の電気抵抗測定装置「SME−8220」を使用して電気抵抗値(Ω/cm)を測定し、20個の試験片の平均値を採って糸の電気抵抗値(Ω/cm)とした。
【0057】
(5)繊維構造体(織布)の表面漏洩電気抵抗値:
JIS L 1094に従って糸の電気伝導度および繊維構造体(織布)の表面漏洩電気抵抗値を測定した。
【0058】
(6)繊維構造体(織布)の洗濯堅牢度:
JIS L 0217の103法に従って洗濯を行い、洗濯後の堅牢度(洗濯堅牢度:変退色および汚染)をJIS L 0844の「A−2号」に従って評価した。
【0059】
《実施例1》
(1)カーボンナノチューブの水性分散液の調製:
(i) 3−(N,N−ジメチルステアリルアンモニオ)プロパンスルホネート(両性イオン界面活性剤)2.0g、グリセリン(水和安定剤)5mlおよび脱イオン水495mlを混合して、界面活性剤の水溶液(pH6.5)を調製した。
(ii) 上記(i)で得られた界面活性剤の水溶液500mlおよびカーボンナノチューブ(ナノカーボンテクノロジース株式会社製「MWCNT−7」、ID/IG=0.08)15.2gを、ボールミル胴体(円筒形、内容積=1800ml、ボールの直径=15mm、ボール量の充填量=3200g)に入れて手でかきまぜてペースト状物とした後、ボールミル胴体を回転架台(アサヒ理化研究所製「AS ONE」)に載せて1時間撹拌してカーボンナノチューブを含有する液状物とした。
(iii) 上記(ii)で生成したカーボンナノチューブを含有する液状物の全量をボールミル胴体から取り出して、(i)と同様に調製した界面活性剤の水溶液500mlを追加した上で、ビーズミル(WAB社製「ダイノーミル」、 筒形状、内容積=2000ml、直径0.6mmのジルコニアビーズを1800g充填)に充填して、回転数300回/分の条件下に60分間撹拌して、両性イオン界面活性剤を含有するカーボンナノチューブの水性分散液[カーボンナノチューブの濃度=1.5w/v%(1.47w/w%)]を調製した。なお、ビーズミルによる撹拌操作中、水性分散液のpHは5.5〜6.8に維持されていた。
(iv) 上記(iii)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液を、走査型電子顕微鏡を使用して観察したところ、水性分散液中でカーボンナノチューブの凝集体は観察されず、分散粒子の98%が0.2μm以下の微細粒子状をなしており、分散性に優れていた。
【0060】
(2)織布へのカーボンナノチューブの付着処理:
上記(1)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液を90℃に加熱し、当該水性分散液中に、市販のポリエステル織布(財団法人日本規格協会製「ポリエステル」、タフタ、目付=58g/m2、織布を形成するポリエステルのガラス転移温度=69℃)を浴比=1:15で浸漬して、ワッシャー染色機により染色処理を施した後、遠心脱水した後、180℃で2分間乾燥した。この操作を、合計で3回繰り返して、カーボンナノチューブが付着した織布を得た。
(3) 上記(2)で得られた織布におけるカーボンナノチューブの付着量、繊維表面におけるカーボンナノチューブの付着厚さを上記した方法で測定したところ、付着量は織布1g当たり0.03g、および織布1m2当たり1.5gであった。
また、上記(2)で得られた織布の表面漏洩電気抵抗値は、洗濯前が1.3×104Ω/□で、洗濯20回後(各洗濯をJIS L 0217の103法に従って実施)では1.2×106Ω/□であった。
また、上記(2)で得られた織布の洗濯堅牢度は、変退色4−5級、汚染5級と良好であった。
【0061】
《実施例2》
(1)カーボンナノチューブの水性分散液の調製:
(i) 実施例1の(ii)において、更にバインダー(明成化学社製「メイバインダーNS」、ポリエステル系)を固形成分換算で25.5g添加した以外は実施例1の(i)〜(iii)と同様にして、両性イオン界面活性剤を含有するカーボンナノチューブの水性分散液[カーボンナノチューブの濃度=1.5w/v%(1.48w/w%)、バインダーの含有量=2.0w/v%(1.92w/w%)]を調製した。なお、ビーズミルによる撹拌操作中、水性分散液のpHは5.6〜6.8に維持されていた。
(ii) 上記(i)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液を、走査型電子顕微鏡を使用して観察したところ、水性分散液中でカーボンナノチューブの凝集体は観察されず、分散粒子の98%が0.2μm以下の微細粒子状をなしており、分散性に優れていた。
【0062】
(2)織布へのカーボンナノチューブの付着処理:
上記(1)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液を90℃に加熱し、当該水性分散液中に、実施例1の(2)で使用したのと同じポリエステル織布を浴比=1:15で浸漬して、ワッシャー染色機により染色処理を施した後、遠心脱水した後、180℃で2分間乾燥した。この操作を、合計で2回繰り返して、カーボンナノチューブが付着した織布を得た。
【0063】
(3) 上記(2)で得られた織布におけるカーボンナノチューブの付着量を上記した方法で測定したところ、付着量は織布1g当たり0.05g、および織布1m2当たり2.5gであった。
また、上記(2)で得られた織布の表面漏洩電気抵抗値は、洗濯前が1.0×105Ω/□で、洗濯20回後(各洗濯をJIS L 0217の103法に従って実施)では7.6×105Ω/□であり、良好な洗濯耐久性を示した。
また、上記(2)で得られた織布の洗濯堅牢度は、変退色5級、汚染5級と良好であった。
【0064】
《実施例3》
(1)カーボンナノチューブの水性分散液の調製:
(i) 実施例1の(ii)において、バインダー(明成化学社製「メイバインダーNS」、ポリエステル系)を固形成分換算で25.5g添加した以外は実施例1の(i)〜(iii)と同様にして、両性イオン界面活性剤を含有するカーボンナノチューブの水性分散液[カーボンナノチューブの濃度=1.5w/v%(1.48w/w%)、バインダーの含有量=2.5w/v%(2.35w/w%)]を調製した。なお、ビーズミルによる撹拌操作中、水性分散液のpHは5.6〜6.7に維持されていた。
(ii) 上記(i)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液を、走査型電子顕微鏡を使用して観察したところ、水性分散液中でカーボンナノチューブの凝集体は観察されず、分散粒子の98%が0.2μm以下の微細粒子状をなしており、分散性に優れていた。
【0065】
(2)ポリエステル加工糸へのカーボンナノチューブの付着処理:
(i) 上記(1)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液を90℃に加熱し、当該水性分散液中に、一般的なサイジング糊付け手法を採用して市販のポリエステル加工糸(南亜社製ポリエステルウーリー加工糸、84T―36、糸を形成するポリエステルのガラス転移温度=69℃)を浸漬し、次いで170℃で2分間乾燥した。この操作を、合計で2回繰り返して、カーボンナノチューブが付着したポリエステル加工糸を得た。
(ii) 上記(i)で得られたポリエステル加工糸におけるカーボンナノチューブの付着量を上記した方法で測定したところ、付着量はポリエステル加工糸1g当たり0.03gであった。
また、上記(i)で得られたポリエステル加工糸の電気抵抗値は1.3×105Ω/cmであった。
【0066】
(3)織布の作製:
(i) 上記(2)で得られたカーボンナノチューブを付着したポリエステル加工糸を、市販のポリエステル加工糸(南亜社製ポリエステルウーリー加工糸、84T―36)を使用して常法により織布を作製する際に、経糸中に5mm間隔および緯糸中に5mm間隔で打ち込んで、カーボンナノチューブ付着加工糸を織り込んだ織布(タフタ、目付=80g/m2)を作製した。
(ii) 上記(i)で得られた織布の表面漏洩電気抵抗値は、洗濯前が2.7×106Ω/□で、洗濯20回後(各洗濯をJIS L 0217の103法に従って実施)では5.0×106Ω/□であり、良好な洗濯耐久性を示した。
また、上記(i)で得られた織布の洗濯堅牢度は、変退色5級、汚染5級と良好であった。
【0067】
《実施例4》
(1)カーボンナノチューブの水性分散液の調製:
実施例3の(1)と同様にしてカーボンナノチューブの水性分散液を調製した。
(2)ナイロン加工糸へのカーボンナノチューブの付着処理:
(i) 上記(1)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液を60℃に加熱し、当該水性分散液中に、一般的なサイジング糊付け手法を採用して市販のナイロン加工糸(暁星社製ナイロンウーリー加工糸、44T―10、糸を形成するナイロンのガラス転移温度=47℃)を浸漬し、次いで130℃で2分間乾燥した。この操作を、合計で2回繰り返して、カーボンナノチューブが付着したナイロン加工糸を得た。
(ii) 上記(i)で得られたナイロン加工糸におけるカーボンナノチューブの付着量を上記した方法で測定したところ、付着量はナイロン加工糸1g当たり0.04gであった。
また、上記(i)で得られたナイロン加工糸の電気抵抗値は2.2×106Ω/cmであった。
(3)編地の作製:
(i) 上記(2)で得られたカーボンナノチューブを付着したナイロン加工糸を、市販のナイロン加工糸(暁星社製ナイロンウーリー加工糸、44T―10)を使用して常法により丸編地を作製する際に、7mm間隔にカーボンナノチューブ付着加工糸を編み込み、編地(天竺編、目付=120g/m2)を作製した。
(ii) 上記(i)で得られた編地の表面漏洩電気抵抗値は、洗濯前が4.9×106Ω/□で、洗濯20回後(各洗濯をJIS L 0217の103法に従って実施)では8.8×106Ω/□であり、良好な洗濯耐久性を示した。
また、上記(i)で得られた編地の洗濯堅牢度は、変退色5級、汚染5級と良好であった。
【0068】
《実施例5》
(1)カーボンナノチューブの水性分散液の調製:
実施例3の(1)と同様にしてカーボンナノチューブの水性分散液を調製した。
(2)ポリプロピレン加工糸からなる編地へのカーボンナノチューブの付着処理:
ポリプロピレン加工糸(三洋紡織社製、110T−36、糸を形成するポリプロピレンのガラス転移温度=−20℃)を用いて常法により丸編地(目付け90g/m2)を作製し、このポリプロピレン丸編地を、上記(1)で得られたカーボンナノチューブの水性分散液(水性分散液の温度90℃)中に、浴比=1:15で浸漬して、ワッシャー染色機により染色処理を施した後、遠心脱水した後、120℃で2分間乾燥した。この操作を1度行ない、カーボンナノチューブが付着したポリプロピレン編地を得た。
(3) 上記(2)で得られたポリプロピレン編地におけるカーボンナノチューブの付着量を上記した方法で測定したところ、付着量は編地1g当たり0.07g、および編地1m2当たり6.3gであった。
また、上記(2)で得られたポリプロピレン編地の表面漏洩電気抵抗値は、洗濯前が1.7×106Ω/□で、洗濯20回後(各洗濯をJIS L 0217の103法に従って実施)では8.6×106Ω/□であり、良好な洗濯耐久性を示した。
また、上記(2)で得られたポリプロピレン編地の洗濯堅牢度は、変退色4級、汚染4級と良好であった。
【0069】
《比較例1》
(1) 実施例1の(2)において、カーボンナノチューブの分散液の温度を50℃[(ポリエステルのガラス転移温度(69℃)よりも低い温度]にして織布の処理を行った以外は、実施例1の(1)および(2)と同様の操作を行って、カーボンナノチューブが付着した織布を得た。
(2) 上記(1)で得られた織布を電子顕微鏡によって観察したところ、織布にカーボンナノチューブが均一に付着しておらず、カーボンナノチューブの付着していない白色部分が所々に存在し、付着ムラがあった。
また、上記(1)で得られた織布の表面漏洩電気抵抗値は、洗濯前が1.0×1012Ω/□と高く、導電性に劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体は、それらを形成する合成繊維の繊維表面に微細なカーボンナノチューブが均一に且つ強固に付着していて、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、面状発熱性、熱伝導性などに優れ、しかも洗濯や摩擦などによってカーボンナノチューブが繊維表面から脱落しないので、導電性能、帯電防止性能、電磁波・磁気遮蔽性能、熱伝導性などの耐久性に優れ、しかも柔軟性、風合、取り扱い性、加工性などにも優れているので、それらの特性を活かして、例えば、帯電防止性能や電磁波・磁気遮蔽性能を有する作業着やユニフォームなどの衣類用途、カーテンなどのインテリア用途、除電バグフィルター、電磁波遮蔽性の産業資材などの種々の用途に有効に使用することができる。
そして、本発明の製造方法により、繊維表面にカーボンナノチューブが強固に付着した前記合成繊維、合成繊維製糸および繊維構造体を円滑に確実に製造することができるので、本発明は、実用性に優れていて産業上有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブを分散させた分散液を用いて、合成繊維または合成繊維製糸の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、合成繊維または合成繊維製糸の繊維表面にカーボンナノチューブを付着させたものである合成繊維または合成繊維製糸。
【請求項2】
請求項1の合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体。
【請求項3】
カーボンナノチューブを分散させた分散液を用いて、合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、繊維構造体を構成する繊維の表面にカーボンナノチューブを付着させたものである繊維構造体。
【請求項4】
カーボンナノチューブの付着による合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の質量の増加分が、カーボンナノチューブを付着する前の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の質量に対して0.1〜30質量%である請求項1〜3のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項5】
合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の一部または全部が、ポリエステル、ポリアミド、ポリオレフィンおよびアクリル系重合体から選ばれる1種または2種以上の重合体からなっている請求項1〜4のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項6】
合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面に付着しているカーボンナノチューブが、ラマン分光分析で波長514nmの光にて測定されるID/IGの値が0.2以下のカーボンナノチューブである請求項1〜5のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項7】
カーボンナノチューブが、バインダーを用いるかまたは用いずに、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面に付着している請求項1〜6のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項8】
カーボンナノチューブを分散させた分散液が、カーボンナノチューブを界面活性剤の存在下に水に分散させた水性分散液である請求項1〜7のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項9】
カーボンナノチューブを分散させた分散液が、界面活性剤の存在下に水性媒体のpHを4〜8に維持しながらカーボンナノチューブの分散処理を行って得られた水性分散液である請求項1〜8のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項10】
界面活性剤が、両性イオン界面活性剤である請求項8または9に記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項11】
繊維表面に付着したカーボンナノチューブがネットワークを形成してなることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項12】
電気抵抗値が1×10-2〜1×109Ω/cmの導電性の合成繊維または合成繊維製糸であるか、または表面漏洩電気抵抗値が1×10-2〜1×109Ω/□の導電性の繊維構造体である請求項1〜11のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項13】
電磁波・磁気遮蔽性の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体である請求項1〜11のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項14】
面状発熱性の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体である請求項1〜11のいずれかに記載の合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体。
【請求項15】
合成繊維、合成繊維製糸、或いは合成繊維および/または合成繊維製糸を用いて形成した繊維構造体を、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の一部または全部をなす重合体のガラス転移温度以上で且つ当該重合体の融点未満または分解温度未満の温度で、カーボンナノチューブを分散させた分散液で処理して、合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の繊維表面にカーボンナノチューブを付着させることを特徴とする、カーボンナノチューブが繊維表面に付着した合成繊維、合成繊維製糸または繊維構造体の製造方法。
【請求項16】
カーボンナノチューブを分散させた分散液が、カーボンナノチューブを界面活性剤の存在下に水に分散させた水性分散液である請求項15に記載の製造方法。
【請求項17】
カーボンナノチューブを分散させた分散液が、界面活性剤の存在下に水性媒体のpHを4〜8に維持しながらカーボンナノチューブの分散処理を行って得られた水性分散液である請求項16に記載の製造方法。
【請求項18】
界面活性剤が、両性イオン界面活性剤である請求項16または17に記載の製造方法。
【請求項19】
カーボンナノチューブを分散させた分散液が、バインダーを含有するかまたはバインダーを含有しない分散液である請求項15〜18のいずれかに記載の製造方法。
【請求項20】
カーボンナノチューブが、ラマン分光分析で波長514nmの光にて測定されるID/IGの値が0.2以下のカーボンナノチューブである請求項15〜19のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−261108(P2010−261108A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−225966(P2007−225966)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【出願人】(591045105)クラレリビング株式会社 (21)
【出願人】(000005913)三井物産株式会社 (37)
【Fターム(参考)】