説明

カーボンナノチューブ膜の製造方法

【課題】CNTが均一に分散したCNT膜を得る。
【解決手段】CNTと、水溶性キシランのようなCNTを可溶化する水溶性の可溶化剤と水系溶媒を混合して、CNTが溶解した溶液を作製する工程と、ガラス板などの細胞を培養するための基材の表面にCNTが溶解した溶液を滴下等に供給して、基材表面に液層を形成する工程と、液層を残した状態で前記水系溶媒を蒸散し、溶液中のCNTを析出させて、当該基材表面にCNTを沈着させる工程と、前記基材表面を水で洗浄する工程とによって基材表面に含むCNT膜を有する細胞培養用の器具を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブ膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(以下「CNT」と称する場合がある。)は、1原子の厚さの炭素原子でできたグラフェンシートが単層又は多層の同軸管状になったものである。CNTは、化学的、電子的及び力学的に優れた物理特性があることから樹脂や金属との複合材料として注目されている。また、近年では、医療分野や食品科学分野への応用も期待されており、CNTを利用した細胞培養用の担体や容器、さらにはこれを利用した細胞培養方法及び治療方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1(特開2009−144218号公報)には表面にCNT層を有する細胞培養容器が開示されている。この細胞培養容器は、細胞培養に用いられるガラス製ディッシュなどの各種基材表面にCNT層を有する。CNT層の形成には、CNTを水又は水と炭素数が1〜4程度の低級アルコールとの混合溶媒に分散したCNT分散液が用いられ、当該分散液の塗布と乾燥の繰り返しによりCNT層が形成されている。このCNT層で覆われた細胞培養容器のCNT膜上で、マウス骨芽細胞(MCT3−E1)、マウス骨髄間葉系幹細胞(ST2細胞)、ラット歯髄細胞(RPC−C2A)、口腔扁平上皮がん細胞(KB)、ヒト至急頚部類上皮がん細胞(HeLa)、ヒト胎児上皮細胞(HE293)及びマウス胎児皮膚繊維芽細胞(NIH−3T3)を培養すると細胞増殖促進効果が認められた。
【0004】
特許文献2(特開2009−502242号公報)にはCNTなどのナノ繊維を含むナノフィブリル構造体で覆われた細胞培養製品、移植片、インプラントなど、生体に適用される医療器具が開示されている。この細胞培養製品等は、表面にCNTの分散・溶解液から生成したメッシュ様のネットワークを備え、当該ネットワークが少なくとも1種のペンダント型アミン含有基などを有するポリマーによってコーティングされている。この細胞培養製品等は細胞付着性が良好で、例えば褐色細胞腫由来株(PC12)などでは、神経細胞への分化を促進する。
【0005】
特許文献3(特表2009−502308号公報)にはCNTが分散した培養液中で細胞を培養したり、幹細胞治療剤と共にCNTを体内に注入したりすることが提案されている。ここでは、CNTが幹細胞であるP19 EC細胞や神経細胞であるSK−NSH細胞、星状膠細胞に結合することに着目し、in vivoにおいて、移植された細胞が被移植組織においてネットワークを形成する際の支持体として利用され、細胞増殖や分化を促進した。この結果、CNTがin vivoにおいて幹細胞の長期生存を助け、持続的な治療効果に寄与する。
【0006】
特許文献4(特開2005−137059号公報)には、CNTがフラーレンに結合した複合体と細胞外マトリックスからなる三次元培養担体が培養槽内に設置されたバイオリアクターが開示されている。この三次元培養担体は前記CNTとフラーレンの複合体と、コラーゲンやフィブリン、フィブロネクチンなど、動物組織中で細胞外にあって安定な生体構造の維持に係わるタンパク質との混合物である。このバイオリアクターにおいて、ヒト肝がん細胞(HepG2やFor−2)や間質細胞、また植物細胞など、広範囲の細胞の増殖が促進される。
【0007】
特許文献5(特開2006−502308号公報)には、CNTと樹脂の混合物を焼成して、樹脂を炭化させたカーボン複合体からなる細胞培養用担体が開示されている。この細胞培養用担体は表面の一部にCNTが露出している。この担体を用いてリンパ芽球細胞(Molt−4)を培養すると増殖率が向上し、細胞の生存期間が伸長するだけでなく、培養した細胞は担体から容易に分離される。
【0008】
特許文献6(特開2005−270397号公報)には、CNTから人工気管や人工消化管を作成することが提案されている。
【0009】
さらに、非特許文献1(F. WATARI, et al., "Proliferation of osteoblast cells on nanotubes", Front. Mater. Sci. China, 3(2009), 169-173)には、CNTなどのナノチューブ上でヒト骨肉腫由来骨芽細胞様株化細胞Saos2が増殖が促進されることが報告されている。非特許文献2(Michiko TERADA et al., "Development of a multiwalled carbon nanotube coated collagen dish", Dental Materials J, 28(2009), 82-88)には多層CNT(MWNT)をコラーゲンディッシュ上にコーティングした細胞培養容器が開示されている。この細胞培養容器では、マウス骨芽細胞様株化細胞MC3T3-E1がコラーゲン上に比べてよく接着し、増殖率は劣るものの増殖はすることが報告されている。
【0010】
非特許文献3(Yuki Usui et al., "Carbon Nanotubes with High Bone-Tissue Compatibility and Bone-Formation Acceleration Effects", Small, 4(2008), 240-246)には、骨欠損部位に多層CNT(MWNT)でできたパーティクルを移植し、生体内において骨形成の促進効果を調べたところ、MWNTパーティクルを骨膜下に移植した場合、MWNTパーティクルを移植しなかった場合に比べて骨沈着がやや早くなることが報告されている。
【0011】
非特許文献4(Mooney E, Dockery P, Greiser U, Murphy M, Barron V, Carbon nanotubes and mesenchymal stem cells: biocompatibility, proliferation and differentiation., Nano letters 8, 2137-2143, (2008))には、単層CNT(SMNT)又は多層CNT(MWNT)を添加した培養液中でヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hMSC)を培養、および、SWNTまたはMWNTを添加した分化誘導培養液中でhMSCを分化誘導したところ、骨分化誘導条件でもいずれも対照と比較的比べて同程度の骨分化しか見られなかったという結果が報告されている。
【0012】
非特許文献5(Liu D et al., "Inhibition of proliferation and differentiation of mesenchymal stem cells by carboxylated carbon nanotubes", ACS Nano, 4(2010), 2185-2195)には、培養液中にSMNTとMWNTを混合して、昆明マウス骨髄由来間葉系幹細胞を培養したところ、骨分化や細胞増殖を促進する効果はなく、むしろ骨分化や細胞増殖を阻害することが開示されている。
【0013】
一方、非特許文献6(Oh S et al., "Stem cell fate dictated solely by altered nanotube dimension", Proc Natl Acad Sci U S A 106(2009), 2130-2135)、非特許文献7(McCullen SD et al., "Characterization of electrospun nanocomposite scaffolds and biocompatibility with adipose-derived human mesenchymal stem cells", Int J Nanomedicine, 2(2007), 253-263)、非特許文献8(Kaur G et al,, "Regulation of osteogenic differentiation of rat bone marrow stromal cells on 2D nanorod substrates. Biomaterials", 31(2010),1732-1741)には、それぞれCNT以外のナノチューブ、例えば酸化チタンナノチューブ(非特許文献6)やエレクトスピニングにより得られたナノ組成物(非特許文献7)、タバコモザイクウイルスで作製されたナノロッド(非特許文献8)が、間葉系幹細胞の骨分化を促進することが報告されている。
【0014】
上記のように、CNTが各種細胞の増殖を促進することやCNT以外のナノチューブが幹細胞の分化を促進するという事例は報告されているが、これまでのところ、特許文献2で開示された褐色細胞腫由来株(PC12)から神経細胞への分化を除き、未だ生体外において、幹細胞の分化を制御する方法は細胞、特に幹細胞の分化を促進させる効果があったとの報告は見あたらず、CNTを利用して幹細胞の分化を制御する方法は確立されていない。
【0015】
このような状況下において、特許文献7(特開2006−63307号公報)や特許文献8(国際公開公報WO2007/83771号)、特許文献9(特開2007−215542号公報)には、CNTを均一に分散・溶解したCNT分散・溶解液及びそれを利用してCNT膜を形成する方法並びにそれを利用した成型品などが本願発明者らによって開示されている。
【0016】
特許文献7には、CNTを環状グルカンの溶液に溶解したCNT溶液を、プラスチック製のフィルムやガラス板の表面に塗布して、当該表面にCNTコーティング層を形成することが開示されている。また、当該CNT溶液にポリマーを配合して成型品を製造することが開示されている。この溶液は高濃度のCNTが安定かつ均一に溶解した水溶液であり、この溶液の利用が化粧品や医薬品などCNTの利用用途を広げる。また、得られたコーティング層は導電性や透過性を有し、強度が高められた成型品が得られる。
【0017】
また、特許公報8や9には、CNTを水溶性キシランの水溶液に溶解した溶液を、プラスチック製のフィルムやガラス板の表面に塗布して、当該表面にCNTコーティング層を形成する方法や溶解液を乾燥してフィルムを製造することが開示されている。この溶液も、高濃度でかつ長期に亘って安定なCNTの水溶液であって、当該溶液から透明性及び導電性に優れたCNTコーティング層やフィルムが形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2009−144218号公報
【特許文献2】特開2009−502242号公報
【特許文献3】特表2009−502308号公報
【特許文献4】特開2005−137059号公報
【特許文献5】特開2006−502308号公報
【特許文献6】特開2005−270397号公報
【特許文献7】特開2006−63307号公報
【特許文献8】国際公開公報WO2007/83771号
【特許文献9】特開2007−215542号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】F. WATARI, et al., "Proliferation of osteoblast cells on nanotubes", Front. Mater. Sci. China, 3(2009), 169-173
【非特許文献2】Michiko TERADA et al., "Development of a multiwalled carbon nanotube coated collagen dish", Dental Materials J, 28(2009), 82-88
【非特許文献3】Yuki Usui et al., "Carbon Nanotubes with High Bone-Tissue Compatibility and Bone-Formation Acceleration Effects", Small, 4(2008), 240-246
【非特許文献4】Mooney E, Dockery P, Greiser U, Murphy M, Barron V, Carbon nanotubes and mesenchymal stem cells: biocompatibility, proliferation and differentiation., Nano letters 8, 2137-2143, (2008)
【非特許文献5】Liu D et al., "Inhibition of proliferation and differentiation of mesenchymal stem cells by carboxylated carbon nanotubes", ACS Nano, 4(2010), 2185-2195
【非特許文献6】Oh S et al., "Stem cell fate dictated solely by altered nanotube dimension", Proc Natl Acad Sci U S A 106(2009), 2130-2135
【非特許文献7】McCullen SD et al., "Characterization of electrospun nanocomposite scaffolds and biocompatibility with adipose-derived human mesenchymal stem cells", Int J Nanomedicine, 2(2007), 253-263
【非特許文献8】Kaur G et al,, "Regulation of osteogenic differentiation of rat bone marrow stromal cells on 2D nanorod substrates. Biomaterials", 31(2010),1732-1741
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
ところで、特許文献2におけるCNTなどのナノ繊維を含むナノフィブリル構造体で覆われた細胞培養容器等は、幹細胞の分化の促進には有効である。当該ナノフィブリル構造体は、CNTのネットワークが当該ネットワークに結合させるペンダント型の反応性基とペンダント型アミンを含む官能基を有するポリマーであって、該ポリマーによってコーティングされたのが特許文献2の細胞培養容器等である。この容器の製造にはポリマーによるコーティング作業を要するので作業工程が煩雑となり、しかも均一な製品が得がたいという問題がある。
【0021】
また、特許文献1における細胞培養容器は、水又は水とアルコールの混合液を用いているために、比較的簡便な作業で製造され得る。しかしながら、混合液の単回塗布により製造された細胞培養容器では十分な細胞増殖促進効果が得られず、複数塗布、好ましくは10回以上塗布と乾燥を繰り返して製造する必要があり、やはり製造工程に過大な作業量を要することになっていた。
【0022】
一方、本願発明者らの提案による特許文献7〜9による方法であれば、比較的高濃度のCNTを安定に分散させることができるので、単回塗布によっても十分な量のCNTを塗布できる利点がある。また、分散性も優れているので、単回塗布でも極めて薄いCNT膜を形成でき、安定した品質の細胞培養容器を得ることができる。
【0023】
しかしながら、この細胞培養容器においては、水溶性の環状グルカンやグルクロノキシラン等の水溶性キシランの水溶液にCNTを溶解した溶液を用いるので、得られたCNT膜中に可溶化剤である環状グルカンや水溶性キシランが残留する。このために、細胞の増殖や分化が阻害される懸念があった。
【0024】
そこで、CNT以外にポリマーや水溶性の可溶化剤を含まないCNT膜で覆われた細胞培養容器を簡単な製造工程によって製造できるので、細胞の増殖や分化を促進して好ましい効果が得られると考えられた。
【0025】
本発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、本発明の目的は、ポリマーや水溶性の可溶化剤を含まないCNT膜を基材表面に薄膜でコーティングする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本願発明者らは、グルクロノキシラン等の水溶性キシラン溶液におけるCNTの溶解特性に着目したところ、水溶性キシランの水溶液においては、水溶性キシランの濃度を高めていくとある濃度を境にしてCNTの溶解度が急速に低下する現象を見いだした。そして、この現象を利用すれば細胞培養用の器具にほぼCNTのみからなるCNT薄膜を形成することができ、可溶化剤等に影響を受けることなく、細胞の増殖を促進し、あるいは幹細胞を分化させることができるのではないかと考え、本願発明を想起した。
【0027】
つまり、本発明のカーボンナノチューブ膜の製造方法は、基材表面にカーボンナノチューブ膜を製造する方法であって、カーボンナノチューブとカーボンナノチューブを可溶化する水溶性の可溶化剤と水系溶媒を含み、カーボンナノチューブが溶解された溶液を作製する工程と、前記溶液を前記基材表面に供給する工程と、前記供給された溶液の溶媒の蒸散により溶液中のカーボンナノチューブを析出させて、当該基材表面にカーボンナノチューブを付着させる工程と、前記カーボンナノチューブが付着した基材表面を水で洗浄する工程を含む。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、CNT溶液の供給、溶媒の蒸散、水洗という簡単な工程でほぼCNTのみからなる薄膜のCNT膜を細胞培養用の基材表面に形成できる。そして、このCNT膜を備えた細胞培養用の器具は、各種細胞の増殖促進だけでなく、骨芽細胞の分化も促進する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】図1はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性との関係を示す図である。
【図2】図2はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性との関係を示す図である。
【図3】図3はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性の関係を示す図である。
【図4】図4はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性の関係を示す図である。
【図5】図5はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性の関係を示す図である。
【図6】図6はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性の関係を示す図である。
【図7】図7はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性の関係を示す図である。
【図8】図8はグルクロノキシラン水溶液のグルクロノキシラン濃度とCNTの溶解性の関係を示す図である。
【図9】図9はCNT(SWNT)膜のAFM観察による画像である。図9AはCNT膜の表面画像、図9Bは図9Aに示された線上における断面画像である。
【図10】図10はCNT(MWNT)膜のAFM観察による画像である。図10AはCNT膜の表面画像、図10Bは図10Aに示された線上における断面高さを示す画像である。
【図11】図11は市販品ディッシュにおけるCNT膜のAFM観察による画像である。図11AはCNT膜の表面画像、図11Bは図11Aに示された線上における断面高さを示す画像、図11Cは図11Aに示された線上における断面高さを示す画像である。
【図12】図12はCNT膜におけるGXの残留性を調べるためのチャートである。
【図13】図13は培養されたHOS細胞の増殖を示す図である。図13Aは培養開始1日目の細胞数を示す図、図13Bは培養開始3日目の細胞数を示す図、図13Cは培養開始1日目から3日目の細胞増殖率を示す図である。
【図14】図14は培養されたHOS細胞の顕微鏡画像である。
【図15】図15はPLO上で培養されたHOS細胞(1%FBS培地)のAFM画像である。図15Aは細胞表面の拡大画像、図15Bは図15Aに示された線上における断面高さを示す画像である。
【図16】図16はCNT(SWNT)膜上で培養されたHOS細胞(1%FBS培地)のAFM画像である。図16Aは培養面の表面画像、図16Bは細胞表面の拡大画像、図16Cは図16Bに示された線上における断面高さを示す図である。
【図17】図17はCNT(MWNT)膜上で培養されたHOS細胞(1%FBS培地)のAFM画像である。図17Aは培養面の表面画像、図17Bは細胞表面の拡大画像、図17Cは図17Bに示された線上における断面高さを示す図である。
【図18】図18は培養されたHOS細胞(10%FBS培地)のAFM画像であって、各列とも上段の画像は細胞表面の画像、下段の画像は上段の画像に示された線上における断面高さを示す図である。
【図19】図19は培養されたHOS細胞(1%FBS培地)の蛍光顕微鏡観察による画像である。各列とも上段の画像はアクチンフィラメントの観察画像、中段の画像はビンキュリンの観察画像、下段は両者を同時に観察した際の画像である。
【図20】図20は培養されたHOS細胞(10%FBS培地)の多重蛍光顕微鏡観察による画像である。各列とも上段はアクチンフィラメントの観察画像、中段はビンキュリンの観察画像、下段は両者を同時に観察した際の画像である。
【図21】図21は培養されたrMSCの顕微鏡画像である。各列それぞれ上段の画像は培養開始3日目の観察画像、中段の画像は同1週間目の観察画像、下段の画像は同3週間目の観察画像である。
【図22】図22はALP染色されたrMSCの顕微鏡画像である。図22AはPLO上において培養されたrMSCの画像、図22BはCNT(SWNT)膜上において培養されたrMSCの画像、図23CはCNT(MWNT)膜上において培養されたrMSCの画像である。
【図23】図23は培養されたrMSCにおけるALP活性量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明のCNT膜の製造方法は、基材表面にCNT膜を製造する方法であって、CNTとCNTを可溶化する水溶性の可溶化剤と水系溶媒を含み、CNTが溶解された溶液を作製する工程と、前記溶液を前記基材表面に供給する工程と、前記供給された溶液の溶媒の蒸散により溶液中のCNTを析出させて、当該基材表面にCNTを付着させる工程と、前記CNTが付着した基材表面を水で洗浄する工程を含む。
【0031】
本発明は、水溶性キシランの水溶液において、水溶液の温度を一定にした状態で、水溶性キシランの濃度を高めると当該溶液に可溶化するCNT量が、ある水溶性キシラン濃度を境にして減少するという事象に基づいて想起された発明である。
【0032】
図1はCNTを水溶性キシランの1つであるグルコノキシラン(以下「GX」ということがある。)の水溶液に溶解した場合の水溶性キシラン濃度とCNTの溶解度との関係を示す図である(実施例1参照)。図1において、CNTの溶解度は相対吸光度として示されている。CNTはGXの水溶液に高濃度で安定かつ均一に溶解することが知られている(例えば、特許文献8や9参照)。このとき、図1に示すように、GX濃度が高まるにつれCNTを溶解した溶液の吸光度は徐々に高まるが、GX濃度がある濃度(以下、「変曲点濃度」という場合がある。)以上になるとCNTを溶解した溶液の吸光度は低下することが本発明者らのその後の研究により見いだされた。例えば、図1の場合、超音波ホモジナイザーによって溶解した場合、変曲点濃度は約0.2%(約2mg/ml)である。このことは、CNTを溶解したGX水溶液中のGX濃度が変曲点濃度よりも高くなると、GXが析出しない状態でCNTのみが析出し得ることを意味する。すなわち、CNTが溶解したGXの水溶液を、CNT膜を形成しようとする基材表面に供給する。その後、供給された溶液から溶媒を蒸散させると、供給された溶液中におけるGXの濃度が高まりCNTが基材表面に析出して付着する。この付着したCNTが、CNT分子の一部において重なりあったネットワークを形成し、基材表面にCNT膜として出現する。こうして得られたCNT膜を含む膜を水洗すると、GXが、基材表面に付着せずに基材表面に析出したCNTと一緒に洗い流され、基材表面にCNT膜が残る。なお、本発明において、CNT分子とは、グラフェンシートが単層又は多層の同軸管状になったチューブ体の1本を意味する。
【0033】
本発明のCNT膜は、顕微鏡観察した場合に、露出した基材表面が全く観察されない場合のみならず、露出した一部基材表面が観察される場合も含む。
【0034】
得られたCNT膜では、CNT分子が会合することなく1本1本のチューブとして存在している。また、CNTの膜は、均質に溶解したCNTの溶液から析出したCNTから形成されたものであるので、低濃度のCNT溶液からCNT膜を形成した場合には、CNTが一部において重なり合っただけの薄層のCNTの膜が形成されうる(図9や図10参照)。この点、特許文献1ではCNTの分散液からコーティング膜が形成されているので、CNTが局在化しやすく、CNTのネットワークが十分に形成されないだけでなく、コーティング膜はCNTが会合した状態で存在することが懸念される(特許文献1参照)。
【0035】
(1)CNT溶液の調製
本発明においては、まず、CNTと当該CNTを可溶化する水溶性の可溶化剤を含む水系溶液が調製される。本発明において、CNTは単層CNT(SWNT)又は多層CNT(MWNT)であり得る。
【0036】
(1.CNT)
CNTは、炭素の同素体であり、複数の炭素原子が結合して筒状に並んだものである。CNTとしては、任意のCNTを用いることができる。CNTの例としては、単層CNT及び多層CNT、及びこれらがコイル状になったものが挙げられる。単層CNTは、グラファイトシートが一重で筒状になったものであり、多層CNTは、グラファイトシートが2層以上同心円状に重なったものである。本発明で用いられるCNTは、多層CNTでも単層CNTでもよいが、より好ましくは単層CNTである。CNTの片側が閉じた形をしたカーボンナノホーン、その頭部に穴があいたコップ型のナノカーボン物質、両側に穴があいたCNTなども用いることができる。
【0037】
CNTは、任意の直径(外径)のものが使用される。CNTの直径は好ましくは約0.4nm以上であり、さらに好ましくは約0.5nm以上であり、さらに好ましくは約0.6nm以上であり、さらに好ましくは約1.0nm以上であり、最も好ましくは約1.2nm以上である。CNTの直径は好ましくは約100nm以下であり、より好ましくは約60nm以下であり、さらに好ましくは約40nm以下であり、さらに好ましくは約30nm以下であり、さらに好ましくは約20nm以下であり、さらに好ましくは約10nm以下であり、さらに好ましくは5nm以下であり、さらに好ましくは約4nm以下であり、さらに好ましくは約3nm以下であり、さらに好ましくは約2nm以下であり、最も好ましくは約1.5nm以下である。
【0038】
単層CNTの場合、その直径は好ましくは約0.4nm以上であり、さらに好ましくは約0.5nm以上であり、さらに好ましくは約0.6nm以上であり、さらに好ましくは約1.0nm以上であり、最も好ましくは約1.2nm以上である。単層CNTの場合、その直径は好ましくは約5nm以下であり、より好ましくは約4nm以下であり、より好ましくは約3nm以下であり、より好ましくは約2nm以下であり、最も好ましくは約1.5nm以下である。
【0039】
多層CNTの場合、その直径は好ましくは約1nm以上であり、より好ましくは約2nm以上であり、より好ましくは約3nm以上であり、より好ましくは約4nm以上であり、より好ましくは約5nm以上であり、より好ましくは約10nm以上であり、より好ましくは約20nm以上であり、より好ましくは約30nm以上であり、より好ましくは約40nm以上であり、最も好ましくは約60nm以上である。多層CNTの場合、その直径は好ましくは約100nm以下であり、より好ましくは約60nm以下であり、より好ましくは約40nm以下であり、より好ましくは約30nm以下であり、より好ましくは約20nm以下であり、最も好ましくは約10nm以下である。本明細書中で、多層ナノチューブについて直径という場合、最も外側のCNTの直径をいう。
【0040】
CNTは、任意の長さ(すなわち、軸方向長さ)のものであり得る。CNTの長さは、好ましくは約0.6マイクロメートル以上であり、より好ましくは約1マイクロメートル以上であり、さらに好ましくは約2マイクロメートル以上であり、最も好ましくは約3マイクロメートル以上である。CNTの長さは、好ましくは約1000マイクロメートル以下であり、より好ましくは約500マイクロメートル以下であり、より好ましくは約200マイクロメートル以下であり、より好ましくは約100マイクロメートル以下であり、より好ましくは約50マイクロメートル以下であり、より好ましくは約20マイクロメートル以下であり、より好ましくは約15マイクロメートル以下であり、さらに好ましくは約10マイクロメートル以下であり、最も好ましくは約5マイクロメートル以下である。
【0041】
本発明に用いられるCNTは、市販のものであっても、当該分野で公知の任意の方法によって製造されてもよい。CNTは例えば、シンセンナノテクポート社(Shenzhen Nanotech Port Co., Ltd.)、CARBON NANOTECHNOLOGIES INC.、SES RESEARCH、昭和電工社などから販売されている。
【0042】
CNTの製造方法の例としては、二酸化炭素の接触水素還元法、アーク放電法(例えば、C.Journetら、Nature(ロンドン), 388(1997), p.756を参照)、レーザー蒸発法(例えば、A. G. Rinzlerら、Appl. Phys. A, 1998, 67, p.29を参照)、CVD法、気相成長法、一酸化炭素を高温高圧化で鉄触媒と共に反応させて気相で成長させるHiPco法(例えば、P. Nikolaevら、Chem. Phys. Lett., 1999, 313, p.91を参照)などが挙げられる。
【0043】
CNTは、洗浄、遠心分離、ろ過、酸化、クロマトグラフィーなどによって精製されたものであっても、未精製のものであってもよい。精製されたものであることが好ましい。用いられるCNTの純度は、任意であり得るが、好ましくは約5%以上、より好ましくは約10%以上、さらに好ましくは約20%以上、さらに好ましくは約30%以上、さらに好ましくは約40%以上、さらに好ましくは約50%以上、さらに好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上である。CNTの純度が高いほど、特有の機能が発現されやすい。なお、本明細書中でCNTの純度という場合、特定の分子量の1種類のCNTとしての純度ではなく、CNT全体としての純度をいう。すなわち、CNT粉末がAという特定の分子量のCNT30重量%と、Bという特定の分子量のCNT70重量%とからなっている場合、この粉末の純度は100%である。もちろん、用いられるCNTは、特定の直径、特定の長さ、特定の構造(単層か多層か)などについて選択されたものであってもよい。
【0044】
本発明に用いられるCNTは、ボールミル、振動ミル、サンドミル、ロールミルなどのボール型混練装置等を用いて粉砕したもの、又は化学的処理もしくは物理的処理によって短く切断されたものであってもよい。
【0045】
(2.可溶化剤)
本発明の可溶化剤はCNTを水系溶媒に可溶化する任意の物質である。本発明において可溶化とは、難溶性又は不溶性であった物質が可溶性になるか若しくは可溶性物質と同様の挙動をするようになることを言う。CNTが溶液中に均質に溶解していることは、CNT溶液を約7,000gで5〜30分間の遠心分離して沈殿が生じなければ溶解していると言える。また、CNT溶液中のCNTを遠心分離などにより回収し、溶媒で洗浄して回収物中に存在する可溶化剤を除いた後、原子間力顕微鏡を用いて確認することもできる。
【0046】
本発明における可溶化剤として、当該可溶化剤の溶液にCNTを溶解した場合に、図1に示すように、低濃度から高濃度に可溶化剤の濃度を高めると、当該可溶化剤の溶液におけるCNTの溶解度がある濃度(「変曲点濃度」と言う場合がある。)を境に減少するという挙動を示す物資が好ましく用いられる。本発明の製造方法は、可溶化剤の濃度を高めることによって可溶化剤の溶液に溶解しているCNTを析出させ、CNT膜を形成させるものである。従って、変曲点濃度よりも高い可溶化剤濃度におけるCNTの濃度が変曲点濃度におけるCNTの濃度よりも小さくなればよい。また、変曲点濃度よりも低い可溶化剤濃度におけるCNTの溶解性の変化はどのような変化であってもよく、変曲点濃度に向かって次第に高くなる場合(例えば図1参照)や変曲点濃度よりも低い濃度ではほとんど変化しない場合でもよい。また、変曲点濃度におけるCNTの濃度と、変曲点濃度よりも高濃度におけるCNTの濃度差が大きくなる物質がより好ましい。この点において、CNTが分散した溶液から塗膜を形成し、溶媒を蒸散させて製造したCNT膜とは異なる。
【0047】
本発明における可溶剤として、特許文献8や9に示された水溶性キシランが例示される。以下においては、可溶化剤として水溶性キシランを用いた例について説明する。本明細書において「キシラン」とは、β−1,4結合によって連結された2以上のキシロース残基を含む分子をいう。本明細書中では、キシロース残基のみから構成される分子(すなわち、純粋なキシロースポリマー)に加えて、それらの修飾された分子、及びアラビノース残基などの他の残基が純粋なキシロースポリマーに結合した分子をも「キシラン」という。純粋なキシロースポリマーは、重合度5までは6mg/mL以上の濃度で水に溶解する。しかし、重合度6以上では水への溶解度は6mg/mL未満である。
【0048】
本発明では上記キシランの中でも水溶性キシランが用いられる。本明細書において水溶性キシランとは、β−1,4結合によって連結された6以上のキシロース残基を含む分子であって、20℃の水に6mg/mL以上溶解する分子をいう。水溶性キシランは、純粋なキシロースポリマーではなく、キシロースポリマー中の少なくとも一部の水酸基が他の置換基(例えば、アセチル基、グルクロン酸残基、アラビノース残基など)に置き換わっている分子である。キシロース残基のみからなるキシランの水酸基が他の置換基に置き換わることにより、キシロース残基のみからなるキシランよりも水溶性が高くなることがある。キシロース残基のみからなるキシランの水酸基が他の置換基に置き換わっている分子は、キシロースポリマーに置換基が結合した分子、又は修飾されたキシロースポリマーということもできる。なお、修飾されたキシロースポリマーは、人為的操作によって製造された分子だけでなく、天然に存在する分子をも含む。
【0049】
水溶性キシランは、その主鎖にキシロース残基又はその修飾物のみを含むことが好ましく、その主鎖にキシロース残基又はアセチル化キシロース残基のみを含むことがより好ましい。本明細書中において、主鎖とは、β−1,4−結合によって連結された最も長い鎖をいう。水溶性キシロースが直鎖状である場合、その分子自体が主鎖であり、水溶性キシロースが分枝状である場合、β−1,4−結合によって連結された最も長い鎖が主鎖である。本発明で用いられる水溶性キシランの主鎖の平均重合度数は、好ましくは約6以上であり、より好ましくは約7以上であり、さらに好ましくは約8以上であり、特に好ましくは約9以上であり、最も好ましくは約10以上である。本発明で用いられる水溶性キシランの主鎖の平均重合度数は、好ましくは約5000以下であり、より好ましくは約1000以下であり、さらに好ましくは約500以下であり、特に好ましくは約100以下であり、最も好ましくは約50以下である。水溶性キシランの主鎖の平均重合度数が高すぎると水溶性が低すぎる場合がある。
【0050】
キシロース残基を修飾する親水基は、キシロース残基の1位、2位、3位又は4位のいずれの位置においても結合し得る。1つのキシロース残基に対する親水基の結合箇所は、4箇所の全てであり得るが、3箇所以下が好ましく、2箇所以下がより好ましく、1箇所であることが最も好ましい。親水基は、キシロースポリマーの全てのキシロース残基に結合していてもよいが、好ましくは一部のキシロース残基にのみ結合している。親水基の結合の割合は、好ましくはキシロース残基10個あたり1個以上であり、より好ましくはキシロース残基10個あたり2個以上であり、さらに好ましくはキシロース残基10個あたり3個以上であり、特に好ましくはキシロース残基10個あたり4個以上であり、最も好ましくはキシロース残基10個あたり5個以上である。親水基の例としては、アセチル基、α−D−グルクロン酸残基、4−O−メチル−α−D−グルクロン酸残基、L−アラビノフラノース残基が挙げられる。
【0051】
キシロースポリマーに4−O−メチルグルクロン酸残基及びアセチル基が結合したものは、一般に、グルクロノキシラン(本明細書では「狭義のグルクロノキシラン」と言う。)と呼ばれる。キシロースポリマーにアラビノース残基及び4−O−メチルグルクロン酸が結合したものは、一般に、アラビノグルクロノキシランと呼ばれる。本発明における「グルクロノキシラン」は、シロースポリマーに4−O−メチルグルクロン酸残基及びアセチル基が結合した狭義のグルクロノキシランやキシロースポリマーにアラビノース残基及び4−O−メチルグルクロン酸が結合した狭義のアラビノグルクロノキシランに限定されず、キシロースポリマーにグルクロン酸残基又はグルクロン酸残基が有する水酸基の一部又は全部がメチル基等の修飾基で修飾されたグルクロン酸残基が結合した分子を包含する。
【0052】
また、本発明では、キシロース残基の2位に他の糖残基が結合している水溶性キシランが好ましく用いられる。この水溶性キシランにおいて、キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計と他の糖残基との割合は、他の糖残基1モルに対し、キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計が20モル以下であることが好ましく、10モル以下であることがより好ましく、6モル以下であることがさらに好ましい。キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計と他の糖残基との割合は、他の糖残基1モルに対し、キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計が1モル以上であることが好ましく、2モル以上であることがより好ましく、5モル以上であることがさらに好ましい。
【0053】
また、本発明では、キシロース残基の2位に4−O−メチル−α−D−グルクロン酸残基がα−1,2−結合している水溶性のキシランが好ましく用いられる。この水溶性キシランにおいて、キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計と4−O−メチル−α−D−グルクロン酸残基との割合は、4−O−メチル−α−D−グルクロン酸残基1モルに対し、キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計が100モル以下であることが好ましく、50モル以下であることがより好ましく、20モル以下であることがさらに好ましい。キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計と4−O−メチル−α−D−グルクロン酸残基との割合は、4−O−メチル−α−D−グルクロン酸残基1モルに対し、キシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計が1モル以上であることが好ましく、5モル以上であることがより好ましく、9モル以上であることがより好ましく、10モル以上であることがより好ましく、14モル以上であることがさらに好ましい。
【0054】
水溶性キシランの数平均分子量は、好ましくは約100万以下であり、より好ましくは約50万以下であり、さらにより好ましくは約10万以下であり、特に好ましくは約5万以下であり、最も好ましくは約2万以下である。水溶性キシランの数平均分子量は、好ましくは約1500以上であり、より好ましくは約2000以上であり、さらにより好ましくは約4000以上であり、特に好ましくは約5000以上であり、格別好ましくは約6000以上であり、最も好ましくは約1万以上である。
【0055】
本発明で用いられる好適な水溶性キシランは、好ましくは木本性植物由来である。水溶性キシランは、植物の細胞壁部分に多く含まれる。木材は特に、水溶性キシランを多く含む。水溶性キシランの構造は、由来する植物の種類に依存して様々である。広葉樹の木材に含まれるヘミセルロースの主成分は狭義のグルクロノキシランであることが公知である。広葉樹に含まれる狭義のグルクロノキシランは、キシロース残基10:4−O−メチルグルクロン酸1:アセチル基6の割合で構成されることが多い。広葉樹のヘミセルロースは本発明で用いられる水溶性キシランを多く含む。広葉樹由来の水溶性キシランは、アラビノース残基をほとんど含まないため特に好適である。一方、針葉樹の木材に含まれるヘミセルロースの主成分はグルコマンナンであり、針葉樹の木材はまた狭義のグルクロノキシランや狭義のアラビノグルクロノキシランも含むことが公知である。なお、グルコマンナンは主鎖がマンノース残基とグルコース残基とから構成されており、その比は一般に、マンノース残基3〜4:グルコース残基1である。従って、本発明で用いられる水溶性キシランはより好ましくは広葉樹由来であり、より好ましくはブナ、カバ、アスペン、ニレ、ビーチ又はオーク由来である。
【0056】
天然に存する水溶性キシランは、異なる分子量を有する種々の分子の混合物である。天然由来の水溶性キシランは、その効果を発揮し得る限り、夾雑物を含んだ状態で使用されてもよく、広い分子量分布を有する集団として使用されてもよく、より狭い分子量分布を有する集団になるように、より高純度に精製されてから使用されてもよい。
【0057】
少量ではあるが、針葉樹、トウモロコシ、イネ、麦などのイネ科の草本植物などにも水溶性キシランは含まれる。これら由来の水溶性キシランは、4−O−メチル−α−D−グルクロン酸残基以外に、α−L−アラビノース残基がキシロース残基に共有結合している。α−L−アラビノース残基の含量が高すぎるとCNTの可溶化効果が得られない場合があるので、α−L−アラビノース残基の含量が高いキシランは本発明における使用には好適ではない。穀類(麦、米)、熊笹などの草本性植物から抽出されるヘミセルロースは、キシロース、4−O−メチルグルクロン酸及びアラビノースから主になるアラビノグルクロノキシランであり、アラビノースの含量が高い。これらの草本性植物由来の水溶性キシランは、水溶性を高めるために一部又は全部のL−アラビノース残基を除去することが望まれる。L−アラビノース残基は、化学的方法又は酵素的方法などの公知の方法によって除去され得る。
【0058】
本発明では、水溶性キシランが、キシロース残基又はアセチル化キシロース残基と、アラビノース残基と4−O−メチルグルクロン酸残基とからなることが好ましい。この実施態様において、水溶性キシラン中のL−アラビノース残基1に対してキシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計は、好ましくは約7以上であり、より好ましくは約10以上であり、さらに好ましくは約20以上である。また、この実施態様において、水溶性キシラン中のL−アラビノース残基1に対してキシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計は、好ましくは約100以下であり、より好ましくは約60以下であり、さらに好ましくは約40以下である。
【0059】
前記の水溶性キシランにおいては、キシロース残基とL−アラビノース残基との割合は、L−アラビノース残基1モルに対し、キシロース残基が7モル以上であることが好ましく、10モル以上であることがより好ましく、20モル以上であることがさらに好ましい。L−アラビノース残基1モルに対するキシロース残基の比に上限はなく、L−アラビノース残基1モルに対して、キシロース残基は例えば、100残基以下、60残基以下、40残基以下などである。
【0060】
本発明の特に好ましい実施態様では、水溶性キシランは好ましくはL−アラビノース残基を含まない。当該水溶性キシランは、キシロース残基又はアセチル化キシロース残基と4−O−メチルグルクロン酸残基とからなる。この実施形態において、水溶性キシラン中の4−O−メチルグルクロン酸残基1に対してキシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計は、好ましくは約1以上であり、より好ましくは約5以上であり、さらに好ましくは約9以上であり、さらに好ましくは約10以上であり、さらにより好ましくは約14以上である。この実施形態において、水溶性キシラン中の4−O−メチルグルクロン酸残基1に対してキシロース残基及びアセチル化キシロース残基の合計は、好ましくは約100以下であり、より好ましくは約50以下であり、さらに好ましくは約20以下である。本発明のさらに望ましい実施態様では、水溶性キシランはアセチル化キシロース残基を含まない。
【0061】
水溶性キシランは、例えば木材から、公知の方法に従って精製される。水溶性キシランの精製方法としては、例えば、脱リグニン処理した木材を原料として、10%程度の水酸化カリウム溶液で抽出する方法などが挙げられる。水溶性キシランはまた、木材から製造された粉末セルロースを水に分散し、この溶液を濾紙、0.45μmフィルター、0.2μmフィルターで順次濾過して得られる濾液を乾燥することによっても得られる。例えば、特許文献8の調整例1に記載された水溶性キシランの製造方法がある。
【0062】
(3.溶媒)
本発明で用いられる溶媒は、可溶化剤が溶解しうる溶媒であり、より好ましくは可溶化剤が室温(約20℃)で1リットルあたり約10g以上溶解できる溶媒である。このような溶媒は水系溶媒であり、水及び水と混和性のある任意の有機溶媒である。本発明で用いられる水系溶媒は、より好ましくは水又は水と当該有機溶媒との混液であり、最も好ましくは水である。有機溶媒の例としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、アセトニトリル、プロピオニトリル、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、メチルイソブチルケトン、メチルエチルケトン、γ−ブチルラクトン、プロピレンカーボネート、スルホラン、ニトロメタン、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、N−メチルピロリドン、ベンゼン、トルエン、キシレン、塩化メチレン、クロロホルム、ジクロロエタンが挙げられる。
【0063】
水と有機溶媒とを混合する場合、溶媒全体のうちの水の割合は、約50容積%以上であることが好ましく、約60容積%以上であることが好ましく、約70容積%以上であることが好ましく、約80容積%以上であることが好ましく、約90容積%以上であることが好ましく、約95容積%以上であることが最も好ましい。水と混合される有機溶媒は、1種類であっても2種類以上であってもよい。環境への影響及び人体への影響などを考慮すると、溶媒は水であるか又は主に水からなること、つまり、溶媒の約80容積%以上が水である溶媒が好ましい。
【0064】
溶媒に可溶化剤、例えば水溶性キシランを添加して、可溶化剤の溶液を作製し得る。可溶化剤溶液中の可溶化剤の濃度は、可溶化剤が溶解し得る限り、任意に設定され得る。本発明においては、CNTを可溶化する最大の濃度、つまり変曲点濃度又はその近傍が選択される。可溶化剤溶液中の可溶化剤の濃度を変曲点濃度の近傍に調整することで、多量のCNTを溶解させることができる。また、この濃度よりも極端に高い濃度や極端に低い濃度は好ましくない。CNT溶液の作製時におけるCNTの溶解度と、溶媒の蒸散により可溶化剤の濃度が高くなった際におけるCNTの溶解度との差が小さく、CNT膜の形成が不十分になる場合がある。
【0065】
可能化剤の濃度は、可溶化剤の種類によっても異なるが、例えば0.01重量%以上であり、好ましくは0.05重量%以上であり、好ましくは0.1重量%以上であり、好ましくは1重量%以上、好ましくは2重量%以上、さらには5重量%以上である。また、可溶化剤の濃度は10重量%以下であり、好ましくは5重量%以下であり、好ましくは2重量%以下であり、さらには1重量%以下である。また、可溶化剤として水溶性キシランを用いる場合は、水溶性キシラン溶液中の水溶性キシランの濃度は、好ましくは0.05重量%以上であり、より好ましくは0.1重量%以上であり、より好ましくは0.2重量%以上である。溶液中の水溶性キシランの濃度は、好ましくは5重量%以下であり、好ましくは2重量%以下であり、好ましくは1.5重量%以下であり、より好ましくは1重量%以下、さらに好ましくは0.5重量%以下である。例えば、0.05重量以上1重量%以下、好ましい場合では0.05重量%以上0.5重量%以下の濃度範囲となる量であることが好ましい。最も好ましいのは、CNTの溶解量が最も高くなる濃度である。
【0066】
(4.CNT溶液の調製)
次いで、可溶化剤を含む混合液に、CNTを添加してCNTの溶液を得る。添加するCNTは、粉末の形態であることが好ましい。また、水溶性キシランとCNTとを予め混合した後、これに溶媒を添加することによってCNT溶液を得てもよい。また、他の機械的手段によって充分に混合してもよい。
【0067】
添加されるCNTの量は任意に設定され得る。また、その量は、可溶化剤、例えば水溶性キシランの溶液に飽和するCNTの量が最も好ましく、その量以下の量でもよい。また、その量以上の添加量であってもよい。溶解せずに溶液に分散しているCNTは、例えば遠心分離により除去されうるからであり、溶液の上清を供給すればよいからである。添加されるCNTの量は、例えば、溶液100重量部に対して0.1重量部以上、0.2重量部以上、0.5重量部以上、1重量部以上、又は5重量部以上であり得る。添加されるCNTの量は、例えば、溶液100重量部に対して10重量部以下、7.5重量部以下、5重量部以下、3重量部以下、は約1重量部以下であり得る。
【0068】
次いで、例えば溶媒との混合物に超音波を投射することにより該CNTを溶解させる。超音波を投射する方法は、水溶性キシラン溶液にCNTを均一に溶解させ得る方法である限り、その超音波の投射方法、周波数、時間などの条件は特に限定されるものではない。超音波を投射する際の温度及び圧力も、水溶性キシラン及びCNTを含む溶液が、液体状態を保つ条件であればよい。例えば、水溶性キシラン及びCNTを含む溶液をガラス容器に入れ、バス型ソニケーターや超音波ホモジナイザーを使用して、室温で超音波を投射することが行われる。超音波ホモジナイザーは、溶液に超音波振動を加えた際に生じるキャビテーションを利用して、溶液中の物質に激しい衝撃を加える装置である。キャビテーションとは、加えられた超音波振動が圧力波となり、溶液の中での局所的な圧力低下により形成される無数の極めて小さな気泡が連続してつぶれることであり、圧力波のサイクルが負のときに形成された気泡が、正のときにつぶれ、溶液中の物質に激しい衝撃を繰り返し与える。超音波ホモジナイザーは発振面が円錐形になったホーンを有しており、溶液に漬けたホーンの先端から投射された振動エネルギーが溶液を入れたカップの中央に集中し、強い衝撃が与えられる。CNTの溶解性を高めるには超音波ホモジナイザーがより好ましい。溶液のゼータ電位を測定した結果によると、超音波ホモジナイザーを用いるとゼータ電位が低くなる傾向にあり、CNTの会合が緩和されやすく、水溶性キシラン溶液への溶解性が上がるからである。
【0069】
超音波発振機における定格出力は、超音波発振機の単位底面積当たり約0.1ワット/cm以上が好ましく、約0.2ワット/cm以上がより好ましく、約0.3ワット/cm以上がより好ましく、約10ワット/cm以上がより好ましく、約50ワット/cm以上がより好ましく、約100ワット/cm以上が最も好ましい。超音波発振機における定格出力は、超音波発振機の単位底面積当たり約1500ワット/cm以下が好ましく、約750ワット/cm以下がより好ましく、約500ワット/cm以下がより好ましく、約300ワット/cm以下が最も好ましい。発振周波数は約10KHz以上が好ましく、約15KHz以上がより好ましく、約20KHz以上が最も好ましい。発振周波数は20から50KHzの範囲で使用することが好ましい。振幅は、約20μm以上であることが好ましく、約30μm以上であることが最も好ましい。振幅は、約40μm以下であることが好ましい。また、超音波投射処理の時間は約1分間〜約3時間が好ましく、より好ましくは約3分間〜約30分間である。超音波を投射する際又はその前後に、ボルテックスミキサー、ホモジナイザー、スパイラルミキサー、プラネタリーミキサー、ディスパーサー、ハイブリットミキサーなどの撹拌装置を用いてもよい。混合物の温度は、CNTが分解又は変質せず、溶媒が揮発しすぎない温度であれば任意の温度であり得る。例えば、約5℃以上であり、好ましくは約10℃以上であり、さらに好ましくは約15℃以上であり、さらに好ましくは約20℃以上であり、最も好ましくは約25℃以上である。混合物の温度は、例えば、約100℃以下であり、好ましくは約90℃以下であり、さらに好ましくは約80℃以下であり、さらに好ましくは約70℃以下であり、最も好ましくは約60℃以下である。もっとも、CNTが可溶化剤の溶液に溶解される限り、超音波の投射による方法に限らず、攪拌など機械的な手段によってもよい。
【0070】
溶液中のCNTの濃度は、CNTが溶解可能である限り、任意に設定され得る。溶液中のCNTの濃度は、好ましくは30mg/L(約0.003重量%)以上であり、より好ましくは50mg/L(約0.005重量%)以上であり、さらに好ましくは100mg/L(約0.01重量%)以上であり、さらに好ましくは150mg/L(約0.015重量%)以上であり、さらに好ましくは300mg/L(約0.03重量%)以上であり、さらに好ましくは400mg/L(約0.04重量%)以上であり、さらに好ましくは500mg/L(約0.05重量%)以上であり、さらに好ましくは600mg/L(約0.06重量%)以上であり、さらに好ましくは700mg/L(約0.07重量%)以上であり、最も好ましくは800mg/L(約0.08重量%)以上である。溶液中のCNTの濃度はまた、1g/L(約0.1重量%)以上、2g/L(約0.2重量%)以上、3g/L(約0.3重量%)以上、4g/L(約0.4重量%)以上又は5g/L(約0.5重量%)以上であることが好ましい場合がある。CNTが溶解し得る限り、本発明の溶液中に含まれるCNTの濃度に上限はなく、その飽和濃度が最も好ましい。溶液中に含まれるCNTの濃度は、通常、100g/L(約10.0重量%)以下、70g/L(約7.0重量%)以下、50g/L(約5.0重量%)以下、40g/L(約4.0重量%)以下、30g/L(約3.0重量%)以下、20g/L(約2.0重量%)以下、15g/L(約1.5重量%)以下、10g/L(約1重量%)以下、5g/L(約0.5重量%)以下、2g/L(約0.2重量%)以下又は1g/L(約0.1重量%)以下である。なお、これらの濃度は20℃で測定した濃度である。
【0071】
この溶液中にはCNTが溶解している。ここにおいて、CNTが溶解しているとは、CNTを含む溶液を、20℃にて2,200×gで10分間遠心分離した後にその液体全体にCNTが依然として分布しており、CNTを含む溶液の呈色の低下、沈澱などが認められないことをいう。溶液中では、CNTは、ほぼ単一の分子として溶解している。
【0072】
溶液中に溶解又は分散しているCNTの量は、例えば、70,000×g、15分間遠心分離してCNTを回収し、重量を測定することにより測定することができる。また、「Chem. Commun. J. p.193(2001)」に記載差れているように、CNTの濃度は、500nmでの吸光度と極めて良好な相関関係があり、水溶性キシランはこの波長での吸収はない。
【0073】
(5.基材表面への供給)
上記で得られた溶液は、基材表面に供給され、基材表面に液の層を形成する。溶液の供給は、塗布や滴下などの方法により行われる。溶液の塗布量は適宜定められ得る。CNTの溶液の塗布量は、基材の表面積1cmに対して、0.001ml以上、好ましくは0.01ml以上、好ましくは0.05ml以上である。CNTの溶液の塗布量は、基材の表面積1cmに対して、0.5ml以下、0.1ml以下、好ましくは0.05ml以下である。
【0074】
塗布の方法は、基材の表面に液の層を形成できる方法であれば特に限定されない。ここで、液の層は、塗膜のように薄く膜状になった液層に限らず、窪みに液を入れた場合に出来る液溜まりや液滴のように膜とは認識できないような厚みのある液層を含む。例えば、グラビアコーター、ロールコーター、カーテンフローコーター、スピンコーター、バーコーター、リバースコーター、キスコーター、ファンテンコーター、ロッドコーター、エアドクターコーター、ナイフコーター、ブレードコーター、キャストコーター、スクリーンコーター等を用いた塗布方法、エアスプレー、エアレススプレー等のスプレーコーティング等を用いた噴霧による方法、ディップ等の浸漬方法等が用いられる。塗布は刷毛を用いた手塗りによっても行われる。また、基材の表面に液滴を滴下する方法でもよい。細胞培養用のシャーレや有穴プレートのように窪みを有する基材であれば、当該窪みにCNTの溶液を投入して、液の層を形成し得る。
【0075】
基材の具体例として、細胞培養用の器具や体内埋め込み型医療器具が例示される。細胞培養用の器具は、細胞の培養に用いられるあらゆる器具であって、プレパラート用のスライドガラス、カバーガラス、シャーレ(laboratory dish)、ペトリ皿、細胞や培養液を入れる窪みを有する有穴プレート、培養液を入れるボトル、3次元的に細胞を増殖させるための立体構造を有する細胞培養用の支持体を含む。体内埋め込み型医療器具とは、一時的又は継続的に体内に埋め込まれて使用される医療器具を意味し、移植用に形成された骨や歯(いずれも人工のものを含む)、骨欠損部位や皮膚欠損部位に適用される補綴材、カテーテル、人工関節、骨スクリュー、人工歯根、人工椎体、人工椎間板、骨補填材、骨プレートなどを含む。幹細胞の培養・分化のためには、細胞培養用の器具、医療器具が好適である。
【0076】
これらの基材は任意の材料、例えばプラスチック、高分子化合物、金属、セラミック又はこれらから選ばれる1種又は2種以上を含む複合材からなどから構成され得る。金属としては、金、銀、銅、白金、パラジウム、金合金、白金合金、銀合金、銅合金、金銀パラジウム合金、ステンレス鋼、コバルト−クロム合金、チタン合金、チタンニッケル合金などがある。プラスチックや高分子化合物としては、コラーゲン、ゼラチン、フィブリン、キチン、アルブミン、再生セルロース、セルロースジアセテート、セルローストリアセテート、ポリ乳酸、ポリラクチド(PLA)、ポリグリコール酸、ポリグリコリド(PGA)、ポリラクトン、ポリカプロラクトン(PCL)、ポリホスファゼン、ポリアクリロニトリル、ポリカーボネートポリエーテル、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリビニルアルコール、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレンテレフタラート、シリコーン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレン、ポリスチレン、ABS樹脂、AS樹脂、メタクリル樹脂、ポリブタジエン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリフッ化ビニリデン、ポリエステル、ポリアミド、ポリイミド、ポリアラミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンエーテル、ポリエーテルニトリル、ポリアミドイミド、ポリエーテルサルホン、ポリサルホン、ポリエーテルイミド、ポリブチレンテレフタレート、ポリウレタン、そのフィルム、発泡体及びエラストマー、天然ゴム、合成ゴムなどがある。セラミックスとしては、ガラス、アルミナ、ジルコニア、バイオガラス、ハイドロキシアパタイトなどがある。ハイドロキシアパタイトは、一般組成をCa(POOH、とする化合物であり、CaHPO 、Ca(PO、CaO(PO、Ca10(PO(OH)、CaP11、Ca(PO、Ca、Ca(HPO)・HOなどリン酸カルシウムと称される1群の化合物を含む。Ca成分の一部分は、Sr、Ba、Mg、Fe、Al、Y、La、Na、K、Zn、Mn、Hなどから選ばれる1種以上で置換されてもよい。
【0077】
これらの基材には、少なくともその一つの面状に薄膜を形成させるので、該薄膜の密着性を向上させる目的で上記フィルム表面をコロナ表面処理又はプラズマ処理することが好ましい。
【0078】
(6.塗膜の乾燥)
次に基材表面に供給された溶液は乾燥に付され、溶媒が蒸散される。乾燥は、自然乾燥又は強制乾燥であり得る。自然乾燥は自然の状態で放置することである。強制乾燥は、強制的に高温にした環境下で放置することである。乾燥時の温度は、10℃以上、好ましくは20℃以上、好ましくは30℃以上、より好ましくは40℃以上である。乾燥時の温度は100℃以下、好ましくは80℃以下、好ましくは70℃以下、より好ましくは60℃以下である。
【0079】
基材表面にCNTが少なくとも析出するまで、乾燥に付される。乾燥時間は適宜選択されうる。本発明においてCNTが析出するとは、可溶化剤である水溶性キシラン濃度の高まりに従って、基材表面上の溶液に溶解できなくなったCNTが基材表面に出現することである。少なくともCNTが析出するとは、出現したCNTがネットワークを形成する程度に、CNTが基材表面に出現することであり、CNTによるネットワークが基材表面に形成された後は溶媒が蒸散しなくなるまで乾燥してもよいことを含む。本発明においては、水溶性キシランとCNTの溶液が基材表面に残る状態、つまり液の層を維持した状態で溶媒を蒸散するのが好ましい。これにより、析出したCNTが基材表面に付着して、CNTのネットワークからなるCNT膜が形成される。
【0080】
(8.溶液の除去)
溶媒の蒸散により、基材表面には析出したCNTが付着すると共に水溶性キシランとCNTを含む溶液が残る。この場合には、残った溶液を除去する。除去は任意的工程である。除去は吸引によることもできるが、除去のための特別な装置は不要である。基材表面を傾けると基材表面の溶液が流れ落ちる。形成されたCNT膜は、基材表面における分子間力によって基材表面に付着し、基材の傾斜では表面から剥離しない。
【0081】
(9.水洗)
溶媒を蒸散させた後の基材表面は水洗される。水洗により、基材の表面に残留していたGX及び余剰のCNTが洗い流され、基材表面上にCNT膜が残る。その後、必要に応じて乾燥に付される。乾燥は、自然乾燥又は強制乾燥であり得る。自然乾燥は自然の状態で放置することである。強制乾燥は、強制的に高温にした環境下で放置することである。乾燥時の温度は、10℃以上、好ましくは20℃以上、好ましくは50℃以上、より好ましくは80℃以上、より好ましくは100℃以上である。乾燥時の温度は200℃以下、好ましくは150℃以下、好ましくは120℃以下、より好ましくは100℃以下である。この乾燥により基材表面にCNT膜が固定される。
【0082】
(10.幹細胞の分化)
CNT膜を備えた細胞培養用の器具は細胞培養のために使用される。本発明の細胞培養用の器具は公知の器具と何ら変わるところなく使用できる。また、本発明の製造方法により形成されたCNT膜は幹細胞の分化を刺激し、又は促進しうる。分化を刺激するとは、CNT膜を有しない細胞培養用の器具において分化が生じなかった細胞が、CNT膜を有する細胞培養用の器具において分化が生じることであり、分化を促進するとは、CNT膜を有しない細胞培養用の器具で培養した場合に比べて、分化を生じる細胞数が多いことあるいは分化を生じるまでの期間が短くなることを言う。
【0083】
幹細胞は、未分化かつ無限定増殖及び特定細胞への分化能を有する細胞である。幹細胞は、胚性幹細胞(ES細胞)及び胚性生殖細胞(EG)及び誘導多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell, iPS細胞)を含む全能性幹細胞(pluripotent stem cell)と組織幹細胞(tissue stem cell)であり得る。組織幹細胞は、体性幹細胞(somatic stem cell)もしくは成体幹細胞(adult stem cell)とも称される。胚性幹細胞は胚盤胞の内部細胞塊(ICM)に由来し、胚性生殖細胞は5−10週齢の生殖隆起(gonadalridge)の始原生殖細胞に由来する。組織幹細胞は胚組織、胎児組織及び成体組織で発見され、発生過程の組織や器官の形成と、障害時の再生・修復に関わる。全能性幹細胞は生体外(in-vitro)で無限定増殖し、3種類の胚葉(外胚葉、中胚葉と内胚葉)に由来する多様な細胞に分化する能力を有する。一方、組織幹細胞はそれが由来する特定組織に分化できる能力を有し、自己複製能力を、その染色体テロメアの伸長を伴わない60回以内の体細胞分裂回数により制限される場合が多い。幹細胞の起源は全ての組織である。分化には、例えば、骨髄、血液、肝臓、皮膚、腸、膵臓、脳、骨格筋及び歯髄から主に分離された幹細胞が好ましく用いられ、特に骨髄から分離された幹細胞がより好ましい。
【0084】
骨髄から分離される幹細胞は、造血系幹細胞(HSC:hematopoietic stem cell)、間葉系幹細胞(MSC:mesenchymal stem cell)などを含み得る。MSCは、臍帯血(cord blood)、脂肪組織(adipose tissue)などにも含まれることが報告されているので、骨髄由来の細胞については骨髄間質細胞(BMSC:bone marrow stromal cell)とも呼ばれる。MSCは骨、軟骨、脂肪組織、心筋、腱などに分化する能力を持つ。HSCは血球(赤血球、白血球各種細胞、血小板)、免疫担当細胞(B細胞、T細胞、リンパ球)などに分化できる能力を有する。
【0085】
本発明のCNT膜は、細胞の分化にも寄与しうる。特にMSCの分化に寄与し、骨芽細胞への分化を促進し得る。また、骨芽細胞における石灰化を促進する。間葉系幹細胞に由来する骨芽細胞(osteoblast)は、アルカリフォスファターゼ(ALP:alkaline phosphatase)の活性が高い細胞で、βグリセロリン酸存在下でコラーゲン線維の表面にリン酸カルシウムを沈着させて骨形成を行う。造血系幹細胞に由来する破骨細胞(osteoclast)は多核の大型の細胞で、骨基質を溶かす作用がある。従って、本発明の分化誘導には骨芽細胞がより好ましく用いられる。また、歯髄に由来する間葉系幹細胞(MSC)は、象牙(質)芽細胞に分化し、歯の形成に係ることが知られている。歯髄由来の間葉系幹細胞も本発明の分化誘導に用いられる。
【0086】
頭部を構成する骨の形成と首から下部にある骨格を構成する骨とは異なる。外胚葉(ectoderm)由来の神経堤(神経冠)細胞(NCC: neural crest cell)に由来する一部の細胞が間葉系幹細胞に類似した性質を有し、これから分化した骨芽細胞が頭部を構成する骨を形成する。中胚葉(mesoderm)由来の間葉系幹細胞から分化した骨芽細胞が首から下部にある骨格を構成する骨を形成する。本発明において用いられる骨芽細胞は、頭部の骨形成のための間葉系幹細胞及び首から下部にある骨格を構成する骨形成のための間葉系幹細胞の両者を含み得る。
【0087】
骨芽細胞への分化や骨分化誘導は、培養細胞中に生成されたALPの活性により確認できる。対照となるCNT膜を有しない対照の細胞培養用の器具で培養した場合に比べて、ALPの活性が高ければ、分化が促進されたと言える。なお、本願発明者らの実験では、特許文献1に記載された細胞培養用の器具における分化誘導では間葉系幹細胞の骨分化を促進する効果は見られなかった(データ示さず)。一方、本発明のCNT膜を表面に備えた細胞培養用の器具における培養では骨分化の促進が見られた。両者の間で相違が見られる理由については説明できないが、CNT膜におけるCNT分子の会合度の違いによるものと考えられる。
【0088】
このように、本発明のCNT膜は、細胞培養用の器具において幹細胞の分化に利用される。また、本発明のCNT膜は、外胚葉由来の神経堤(神経冠)細胞(NCC)の分化誘導も行い得る。NCCは、骨髄、毛包、後根神経節(DRG)から分離される。NCCは本来末梢神経系に分化する能力を有するが、中枢神経系の再生にも寄与しうる。さらに、MSCは骨のほか、軟骨、脂肪組織、心筋、腱、などにも分化する能力を有する。従って、本発明のCNT膜を有する細胞培養用の支持体は、体内に埋め込まれ、各種臓器や神経などの修復(再生治療)としても好適に利用され得る。
【0089】
本発明のCNT膜を備えた細胞培養用の器具は、細胞増殖用の器具としても利用されうる。細胞増殖とは細胞が増殖することであり、分化をも含み得る。増殖可能な細胞は制限がなく、例えば、上皮細胞、繊維芽細胞、血管内皮細胞、肝細胞、神経細胞、がん細胞等の接着性細胞、胚性幹細胞(ES細胞)及び胚性生殖細胞(EG)を含む全能性幹細胞や組織幹細胞のような幹細胞を含み得る。
【0090】
細胞が由来する動物種は、ヒト、犬、猫、馬、牛などの哺乳類、鳥類などのすべての動物種を含む。
【0091】
幹細胞の分化や細胞の培養に用いられる培地の制限はない。これらの培地は例えば、種々の組成のイーグル培地、RPMI培地、HaM's培地、Fisher's培地、MCDB培地等を含み得る。イーグル培地は、BM培地、MEM培地、DMEM培地等を含み得る。このうち、哺乳動物細胞の培養においては例えばイーグル培地を好ましく採用し得る。上記培地は5〜10%程度の血清を含む血清培地、あるいは5%未満の血清を含む血清培地、さらには実質的に血清を含まない無血清培地であり得る。
【0092】
培養手法は特に限定されず、培養する細胞や目的とする細胞培養物に応じた培養方法、培養条件等を適宜選択し得る。培地の組成や濃度、培養温度、培養期間等の条件は任意である。例えば、一般的な哺乳動物細胞の場合、室温から哺乳動物の体温程度の温度、例えば20〜40℃程度、より好ましくは33〜38℃程度の培養温度が採用され得る。また、例えば半日〜12ヶ月程度、好ましくは1週間〜3カ月、より好ましくは1週間〜4週間の培養期間が好ましく採用され得る。培地のpH上昇を防止するために、培養雰囲気中のCO濃度はほぼ一定に保たれるのが好ましい。そのCO濃度は、例えば0.5〜10%以下、好ましくは1〜8%、より好ましくは3〜7%、最も好ましいのは5%程度である。
【実施例1】
【0093】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。本発明は以下の実施例のみに限定されない。
【0094】
(CNT溶液の調製)
水溶性キシランとしてグルクロノキシラン(スロヴァキア科学アカデミー製、数平均分子量18,000、キシロース残基:4−O−メチル−D−グルクロン酸残基=10:1;アセチル化なし;ブナ由来:及び江崎グリコ製Lot.080126)を用いた。
【0095】
CNTとして、単層CNT(SWNT:名城ナノカーボン製、マークプラズマジェット法及びUnidym製、HiPCO法)並びに多層CNT(MWNT:バイエル製DP-LP150P、CVD法及びナノシル製NC7000、CVD法)を用いた。
【0096】
各GXの0.01mg/ml、0.05mg/ml、0.1mg/m、0.2mg/ml、0.5mg/ml、1.0mg/mlの水溶液を調製し、その1mlにそれぞれ上記CNTの4mgを添加し、室温(20℃)にて50分間超音波を連続的に投射した。超音波ホモジナイザー(BRANSON製 Sonifier 450)及びバスタイプ超音波洗浄器(SHARP製 T-304)を用いて超音波を投射し、CNTを溶解及び分散させた。
【0097】
この溶液を、高速遠心機(HITACHI製himac CR22)を用いて20℃、10分間、1,630Gで遠心分離し、さらにその上清を20℃、15分間、23,800Gで遠心分離して、上清を分取した。
【0098】
(グルクロノキシラン溶液におけるCNTの溶解性)
上清中のCNTの溶解度を測定した。その結果は図1〜8に示された。溶解度は500nmにおける吸光度で示した。吸光度の測定は室温(15〜25℃)にて行われた。また、吸光度の測定には分光光度計(島津製作所製UV-1600PC)を用いた。
【0099】
各図に示すように、いずれの場合もある濃度(変曲点濃度)に至るまではGX濃度が高くなるにつれ、CNTの溶解度は高くなる傾向にあるが、当該変曲点濃度よりGX濃度が高くなればCNTの溶解度が低下した。これにより、低い濃度のGX水溶液中に溶解していたCNTは、水の蒸散に従って濃度が高くなったGX水溶液に溶解されずに析出し得ることが理解された。
【0100】
(CNT膜の形成)
CNTの溶解性が最もよかった1mg/ml又は2mg/ml濃度のGX水溶液3mlに、12mgのCNTを添加した後、上記の条件に従って2種類の超音波装置を用いてCNTを分散し、遠心分離(20℃、10分間、1,600G)による上清をCNT溶液とした。
【0101】
この溶液の全量を細胞培養用のシャーレ(Laboratory dish:IWAKI製、直径35mm)に添加し、室温で2日間静置した。静置後、シャーレを傾斜することによりシャーレ上のCNT溶液を除去した。次いでシャーレ表面を大量の水で3回洗浄した後、60℃で乾燥させ、シャーレにCNT膜を形成した。
【0102】
(AFM分析)
得られたCNT膜をAFM(原子間力顕微鏡)で観察した。シャーレ表面に傷をつけないようにCNT膜を5mm四方に切り取り観察に供した。Veeco製MMAFM型マルチモードを使用し、Tappingモードで測定した。プローブはModel:RTESP、Part:MPP-11100-10を使用し、大気中、室温(15〜25℃)にて行った。また、その断面画像から接着しているCNTの直径を測定し、全20カ所の測定からその平均値を求めた。その代表的な画像を図9及び図10に示した。図9はそれぞれSWNTが使用されたCNT膜(スロヴァキア科学アカデミー製のGX水溶液に、名城ナノカーボン製のCNTを溶解した溶液を使用)の例であり、図10はMWNTが使用されたCNT膜(スロヴァキア科学アカデミー製のグルクロノキシラン水溶液に、バイエル製のCNTを溶解した溶液を使用)の例である。参考のために、市販品である未使用の名城ナノカーボン製の単層CNTコートディッシュについても同様に観察した。その画像を図11に示した。
【0103】
SWNTが使用されたCNT膜ではCNTの直径は平均1.64nm、MWNTが使用されたCNT膜ではCNTの直径は約14.9nm、参考例であるCNT膜では7.1〜9.4nmと算出された。使用したSWNTの直径は約0.5〜1.8nm、MWNTの直径は約5.0〜10nmであり、本発明のCNT膜では、CNTの会合が緩和され、十分に分散されたCNT膜が形成されていると言える。
【実施例2】
【0104】
(細胞培養用の器具の作製)
細胞培養のためにCNT膜を備えた細胞培養用の器具(カバーガラス)を新たに作製した。0.2mg/mlのGX水溶液(スロヴァキア科学アカデミー製、数平均分子量18,000、キシロース残基:4−O−メチル−D−グルクロン酸残基=10:1;アセチル化なし)の3mlに、12mgのSWNT(名城ナノカーボン製)及びMWNT(バイエル製DP-LP150P)を添加した後、実施例1に記載の条件に従って超音波ホモジナイザーを用いてCNTを溶解した。このCNT溶液の1mlを、直径12mmのカバーガラス上に滴下し、60℃で乾燥して溶媒をほぼ蒸散させた。次いで、十分に水洗した後、60℃で十分に乾燥して、CNT膜を備えたカバーガラスを作製した。
【0105】
(GXの残留)
CNT膜に残留するGXの検出を試みた。GXの存在量は、標準品となるGXがなく、GXの分子量によっても異なる。そこで、CNT膜の調整に用いたGXを用いて作製した標準サンプルと対比することで、GXの存否を確認することにした。色素(RBB:レナゾール・ブリリアント・ブルー;スロヴァキア科学アカデミー製)で標識されたGXの水溶液(0.2mg/ml)の3mlに、12mgのSWNT(名城ナノカーボン製)を添加し、上記と同様にしてCNT膜を有するカバーガラスを作製した。また、色素で標識されたGXの水溶液の1mlをカバーガラスに滴下し、60℃で乾燥して標準サンプルを作製した。なお、標準サンプルは水洗されていない。それぞれ標準サンプル及びCNT膜を備えたカバーガラスについて、それぞれ400nm〜800nmにおける透過率を、分光光度計を用いて測定した。その結果を図12に示す。色素による吸収が見られる約500〜約700nmにおいて、CNT膜を有するカバーグラスの透過率は低下せず、非処理のカバーグラスとほぼ同じ透過率であった。この結果から、基材(カバーグラス)上に形成されたCNT膜はGXを含まないと言える。
【0106】
(骨芽細胞の培養)
上記カバーグラス上において、骨芽細胞のモデル株であるヒト骨肉腫由来細胞(HOS細胞)を培養し、細胞の接着量及び細胞の形態を観察した。対照としてポリ−L−オルニチン(PLO)の膜を表面に備えたカバーグラスを用いて同様に培養を行った。PLO水溶液(0.1mg/ml)にカバーグラスを37℃で12時間浸した後、室温で風乾させてPLOの膜を有するカバーガラスを作製した。培養には1%FBS(Cat No.12603C、Lot No.6M0672、65℃、30min非働化済)を含むMEM培地(Earle's minimum essential medium)と10%FBSを含むMEM培地を用いた。MEM培地は10mg/mlのNEAA(non-essential amino acid solution)、抗生物質−抗真菌剤 Mix(Antibiotic-Antimycotic:Invitrogen 15240-062)を含む。各培地にて0.5×10cells/mlの細胞濃度でHOS細胞を蒔き、37℃、5%COに調整されたインキュベーターで3日間培養した。培養開始1日目、3日目に、4%のパラホルムアルデヒド−リン酸緩衝液を添加して、細胞固定を行った。固定後、それぞれ光学顕微鏡による形態観察、細胞数の計測、AFM観察及び蛍光顕微鏡観察を実施した。
【0107】
(初期接着量の計測)
HOS細胞の初期接着量が、培養開始1日目に固定した細胞の顕微鏡画像(図14参照)をもとにした単位面積当たりの細胞数を数えることによって求められた。その結果を図13に示す。10%FBS含有条件下におけるHOS細胞の初期接着量は、SWNTとMWNTのいずれのCNTを用いた場合でも、対照の初期接着量と同等の値を示したが、1%FBS添加条件下の初期接着量は対照の初期接着量よりも小さかった。また、10%FBS添加条件下の細胞増殖率は対照のそれとほぼ同じであったのに対し、1%FBS添加条件下の細胞増殖率は対照のそれよりも小さくなった。10%FBS添加条件下では培養された細胞は均一に進展したのに対し、1%FBS添加条件下では細胞同士が接着する傾向にあり、凝集した細胞群が多く見られた(図14参照)。CNT膜を有する細胞培養用の器具を利用した場合でも、FBSの添加量を多くした培地を用いれば、CNT膜表面に細胞の付着が良好に観察され、増殖性に影響を及ぼすことなく培養できた。
【0108】
(AFM観察)
細胞が付着したカバーガラスをAFM観察に供した。Veeco製MMAFM型マルチモードを使用し、Tappingモードで測定した。プローブはModel:RTESP、Part:MPP-11100-10を使用し、大気中、室温(15〜25℃)にて行った。その結果を図15〜図17に示す。1%FBS添加条件下では細胞同士の接着がみられ、10%FBS添加条件下では細胞同士の接着はみられなかった。しかしながら、AFM観察によると、1%FBS添加条件及び10%FBS添加条件いずれの培養条件でも、突起状の仮足が観察された(図16及び図17参照)。また、細胞が存在する場所における表面高さを測定したところ、1%FBS添加条件下では、その表面高さは対照の表面高さよりも大きな値を示したが、10%FBS添加条件下ではその表面高さは対照の表面高さとほぼ同じであった。1%FBS条件下では、接着性は良好であるとは言えないがCNT膜が接着性を阻害するものではなかった。一方、10%FBS条件下では良好な接着性を示した。以上の結果から、CNT膜を備えたカバーガラスは接着性細胞の培養に使用し得るものと判断される。
【0109】
(蛍光顕微鏡観察)
アクチンフィラメント、ビンキュリン及び核を対象とする多重蛍光染色法により染色された細胞を顕微鏡観察に供した。PLOを用いた対照では、アクチンフィラメントは密な繊維状の網目構造を有し、ストレスファイバーが形成された。1%FBS培養条件下ではアクチンフィラメントの構造を形成しなかったのに対し、10%FBS培養条件下では、対照と同様に、アクチンフィラメントは密な繊維状の網目構造を有し、ストレスファイバーが形成された。また、PLOを用いた対照では、ビンキュリンが染色されたフォーカルアドヒージョンが多く観察された。一方、1%FBS培養条件下ではフォーカルアドヒージョンが観察されなかったのに対し、10%FBS培養条件下では、対照と同様に、フォーカルアドヒージョンを有する糸状仮足が多く観察された。
【0110】
上記形態観察、初期接着量(細胞数)、AFM観察、蛍光顕微鏡観察から、CNT膜が形成されたカバーガラスは、細胞の接着性が良好で、細胞培養の足場として利用できることが確認された。
【0111】
(幹細胞の分化)
次に、上記CNT膜を有するカバーガラス上で、ラット骨髄由来の間葉系幹細胞(rMSC)を分化誘導した。分化誘導には、分化誘導因子としてデキサメタゾン、アスコルビン酸、β−グリセロリン酸をそれぞれ10mg/mlを含む15%FBS添加MEM培地を用いた。MEM培地は10mg/mlのNEAA(non-essential amino acid solution)、抗生物質−抗真菌剤 Mix(Antibiotic-Antimycotic:Invitrogen 15240-062)を含む。各培地にて0.5×10cells/mlの細胞濃度でrMSCを蒔き、37℃ 5%COに調整されたインキュベーターで3週間培養した。培養開始から1週間経過後及び3週間後に、4%のパラホルムアルデヒド−リン酸緩衝液を添加して、細胞固定を行った。固定後、初期骨分化の指標であるアルカリフォスファターゼ(ALP)染色及び細胞抽出液のALP活性の測定を行った。対照としてCNT膜を有しない培養皿を用いて同様に培養を行った。
【0112】
培養された細胞の顕微鏡画像を図21に、ALP染色された細胞の顕微鏡画像を図22に、ALP活性の測定結果を図23に示す。ALP染色は次の方法によった。0.3g/LNaphtol AS-MX phosphate、5mg/mlN,N-Dimethylformamide、0.6g/LFast Blue BB Saltを0.2Mトリス緩衝液に溶解したALP染色液を用いて細胞を染色した(ALP染色)。細胞固定後、上記のALP染色液を添加し、37℃、5%CO気流下にて30分間静置後、ALP染色液を除去、PBSで2回洗浄したものを観察および撮影した。ALP活性の測定はp−ニトロフェニルリン酸基質法によった。
【0113】
培養開始3日目の細胞はいずれも進展した形態で接着していることが観察された。1週間目には、対照に比べてCNT膜を有するカバーガラス上の細胞は部分的に集まっていることが観察され、3週間目には細胞が集まっていることが顕著に観察された。また、3週間目にはCNT膜上の細胞は、初期石灰化の様子も観察された。また、ALP染色を行った細胞の画像からも、対照に比べて広範囲でALP染色された細胞が観察された。さらに、培養開始後1週間目のCNT膜上の細胞は、対照に比べて高いALP活性が認められ、培養開始後3週間目のCNT膜状の細胞は、対照に比べてさらに高いALP活性が認められた。このように本発明の製造方法により製造されたCNT膜上では、骨芽細胞の分化が促進されることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明によると、CNTの会合がなく、均一にCNTが分散したCNT膜を表面に備えた細胞培養用の器具が提供される。この細胞培養用の器具を用いれば、幹細胞の分化を誘導して、例えば骨形成の促進に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面にカーボンナノチューブ膜を製造する方法であって、
カーボンナノチューブとカーボンナノチューブを可溶化する水溶性の可溶化剤と水系溶媒を含み、カーボンナノチューブが溶解された溶液を作製する工程と、
前記溶液を前記基材表面に供給する工程と、
前記供給された溶液の溶媒の蒸散により溶液中のカーボンナノチューブを析出させて、当該基材表面にカーボンナノチューブを付着させる工程と、
前記カーボンナノチューブが付着した基材表面を水で洗浄する工程を含むカーボンナノチューブ膜の製造方法。
【請求項2】
前記可溶化剤が、水系溶媒に溶解した溶液において、当該可溶化剤の濃度を高めた場合に、ある濃度を境にしてカーボンナノチューブの溶解度が低下する特性を有する物質である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記水溶性の可溶化剤は、水溶性キシランである請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記水溶性キシランは、グルクロノキシランである請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記基材は、プラスチック、高分子化合物、金属、セラミック又はこれらから選ばれる1種又は2種以上を含む複合材からなる請求項1〜4の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項に記載の製造方法により得られたカーボンナノチューブ膜を表面に有する物品。
【請求項7】
前記物品は、細胞培養用の器具又は体内埋め込み型医療器具である請求項6に記載の物品。
【請求項8】
請求項7に記載の細胞培養用の器具を用いる幹細胞の分化誘導方法。
【請求項9】
前記幹細胞は組織幹細胞である請求項8に記載の分化誘導方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2012−140284(P2012−140284A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293835(P2010−293835)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)刊行物名 日本農芸化学会関西支部 第465回講演会・ミニシンポジウム 講演要旨集 (2)発行日 平成22年7月3日 (3)発行所 社団法人日本農芸化学会 関西支部 (4)該当ページ 第18ページ
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】