説明

カーボンナノチューブ電子イオン化装置

質量分析計に使用されるイオン源で、電子ビームを放出する電子エミッタアセンブリ、イオン化室、電子レンズおよび少なくとも1つの電極を具備する。前記電子エミッタアセンブリは、基板に固定されており前記電子ビームを放出するカーボンナノチューブ束と、前記電子ビームの放出を制御する第1制御格子と、前記電子ビームのエネルギーを制御する第2制御格子を含む。前記イオン化室は、前記電子ビームを導入させる電子ビーム入口と、試料を導入する試料入口と、イオン化試料分子を出すイオンビーム出口を含む。前記電子レンズは、前記電子エミッタアセンブリと前記イオン化室の間に配置され、前記電子ビームを集束する。前記少なくとも1つの電極は、前記イオンビーム出口の近傍に配置され、前記イオン化室から出る前記イオン化試料分子を集束する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計に使用されるイオン源に関する。特に本発明は、質量分析計に使用される、カーボンナノチューブを用いて構成されたイオン源に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計はさまざまな試料の分析に有効な機器である。質量分析を行う時には、試料を気化する必要があり、試料気体分子をイオン源によってイオン化する。効率の良いイオン源であれば、より多くの試料分子をイオン化して、アナライザの種別ごとに最適なイオンビームを生成する。最も一般的なイオン源は電子イオン化(EI)を利用する。EIイオン源は、フィラメントからの熱放出によって電子を生成する。このフィラメントは、その中を流れる電流によって高温に熱せられ、イオン化室の外に設けられている。生成された電子を、電界によって加速することによって、望ましいエネルギーレベルにまで上げる。通常は約70eVまで上げるが、約10eVから150eV以上の範囲内であれば良い。なおこのエネルギーレベルは、フィラメントとイオン化室の電位差によって決まる。生成された電子が試料気体分子とイオン化室内で衝突すると、各気体分子は電子を失い、プラスの電荷を帯びる。試料気体分子は、正電荷を帯びると、加速されイオン化室の外に出て行き、静電場を印加され、質量分析計の入口へと導かれていく。
【0003】
質量分析計に使用されるEIイオン源の構成については、さまざまなものが提案されてきたが、最も一般的なものはニーアが考案した構成とその変形である。図1に示す2つの図は、ニーアが提案した構成を持つ基本のイオン源を示す。このイオン源は、電子ビーム19を生成する高温のフィラメント10を用いている。x軸をイオン源からイオンが出て行く方向、y軸を質量分離の方向、z軸をx軸とy軸の両方に対して垂直な方向とすると、図1に示す2つのうち一方の(a)は、xz面で見た図を、他方の(b)はxy面で見た図を示している。電子ビーム19は通常、エネルギーレベルが約70eVになるまで加速される。電子ビーム19は、高真空の条件下で、イオン化室11に導入される分子と反応する。この結果、分子イオンとフラグメントイオンが発生して、加速され、イオン化室11を出て行く。
【0004】
電子ビームは完全にまとまっているわけではないので、一対の永久磁石14を設けて、電子ビーム19がらせん状に進んでいくように調整する。永久磁石14を設けることで、電子の動きが制限され、電子ビームが細くなる。電子は、磁場に直交する方向に動くと偏向され、らせん状の軌道を描くことになる。このようにすることで、電子ビーム19と気体分子が、イオン化室11中のプラスイオンが発生する領域において衝突しやすくなる。そのため、感度が良好になり、分解能も高くなる(イオンエネルギーの幅が小さくなる)。
【0005】
イオン化で得られた荷電粒子は、イオンリペラー12に押されてイオン化室11の出口に向かう。さらに、荷電粒子は加速電位15によって加速、集束半板16によって集束、アルファスリット17によって選別される。こうして、集束されたイオンビーム18が生成される。イオンビーム18はこの後、質量フィルタ(不図示)に導入され、質量電荷比に基づいて分離される。
【0006】
高温のフィラメントと試料気体分子が反応することにより、フィラメントの仕事関数が変化する可能性がある。電子ビーム19の強度を一定に保つべく、EIイオン源には通常、電子トラップ13が設けられる。電子トラップ13は、イオン化室11を出て行く電子ビーム19の一部を捕獲するとともに、フィラメント10を流れる電流に対しフィードバックコントロールを行うために、電子ビーム19の強度を監視することもある。このフィードバックコントロールによって、フィラメント10は電子トラップ13が監視する電子ビーム19の強度を一定に保つことができる。
【0007】
通常のEIイオン源で使用されるフィラメント10は、耐熱性金属から成るワイヤーでできている。フィラメント10は、その中を流れる電流によって、熱イオン放出が生じる温度(約摂氏2,000度)まで熱せられる。フィラメント10は通常、(例えば、フィラメント10とイオン化室11に対して電位差を印加することによって)イオン化室11に対してマイナスの電界中に置かれる。こうすることで、高温のフィラメント10から放出された電子は電界の傾きに従って加速される。電子ビームの並進運動エネルギーは、試料気体分子と電子の反応に本質的な影響を与える。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般的なイオン源の設計については確立された方法があるが、イオン源の性能は設計上の細かな違いが多く重なることで変わる。電子衝突や化学イオン化方式のイオン源で用いられるフィラメントアセンブリに関してはいくつか問題があるが、最大の問題として、電子放出の始点や軌道が不明確であることが挙げられる。また、電子放出は物質の気化の影響を受け、フィラメントの寿命が短縮されてしまう。気化した試料と高熱のフィラメントが反応し、フィラメントの仕事関数が変化する可能性があるためである。上述したが、トラップ電極(図1の参照番号13)は電子ビーム19の強度を調整するためフィードバック回路に組み込まれることもあるが、トラップ電流を調整するとフィラメントの温度が変化してしまう。このため、イオン源の温度分布にばらつきが生じ、フィラメントアセンブリの位置ずれが生じる可能性がある。結果として、絶対感度、相対感度や分子フラグメンテーションの程度が変化する。上記の理由から、試料が複雑な混合物の場合、各構成成分の寄与度について不確定要素の除去ができず、質量スペクトルを簡略化することは非常に困難である。
【0009】
以上より、質量分析を簡略化するべく、イオン源中で生成される電子ビームは、安定しているとともに、予測可能な軌跡と均一な密度を有することが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施形態は、質量分析計に使用されるイオン源に関する。本発明の実施形態に係るイオン源は、電子ビームを放出する電子エミッタアセンブリであって、基板に固定されており前記電子ビームを放出するカーボンナノチューブ束と、前記電子ビームの放出を制御する第1制御格子と、前記電子ビームのエネルギーを制御する第2制御格子を含む、電子エミッタアセンブリと、イオン化室であって、該イオン化室に前記電子ビームを導入させる電子ビーム入口と、試料を導入する試料入口と、イオン化試料分子を出すイオンビーム出口を含む、イオン化室と、前記電子エミッタアセンブリと前記イオン化室の間に配置され、前記電子ビームを集束する電子レンズと、前記イオンビーム出口の近傍に配置され、前記イオン化室から出る前記イオン化試料分子を集束する、少なくとも1つの電極とを具備する。
【0011】
本発明の一実施形態はまた、質量分析計に使用されるイオン源であって、カーボンナノチューブエミッタが微小イオン化室に組み込まれているものに関する。本発明の実施形態に係るイオン源は、電子ビームを放出するカーボンナノチューブ束を含むイオン化室であって、前記カーボンナノチューブ束は該イオン化室の第1の壁の導電面に固定されているイオン化室と、前記イオン化室に備えられ、試料を導入する試料入口と、前記イオン化室に備えられ、イオン化試料分子を出すイオンビーム出口と、前記イオンビーム出口の近傍に配置され、前記イオン化室を出る前記イオン化試料分子を集束する、少なくとも1つの電極とを具備し、前記導電面と前記イオン化室の第2の壁に備えられた電子エネルギー板は、前記カーボンナノチューブ束による前記電子ビームの放出に必要な電界が発生するように、電源に接続されている。
【0012】
本発明の一実施形態はさらに、質量分析計に関する。本発明の実施形態に係る質量分析計は、カーボンナノチューブから構成されたイオン源と、前記イオン源に接続され、質量電荷比に基づいてイオン化試料分子を分離する質量フィルタと、前記質量フィルタに接続され、前記イオン化試料分子を検出するイオン検出器とを具備する。
【0013】
本発明の上記以外の目的や効果は、以下の説明及び付記する請求項で明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)および(b)は、ニーアが考案した設計を採用した、従来のイオン源を示す図である。
【0015】
【図2a】端部が閉じたMWCNTを示す図である。
【0016】
【図2b】本発明の一実施形態に係るCNTエミッタアセンブリの主要構成要素を示す図である。
【0017】
【図3】(a)および(b)は、本発明の一実施形態に係る、CNTイオン源を示す図である。
【0018】
【図4ab】本発明の一実施形態に係る、CNTイオン源を示す図である。
【0019】
【図4c】本発明の一実施形態に係る、CNTイオン源を示す図である。
【0020】
【図5】本発明の一実施形態に係る質量分析計を示す概略図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の実施形態は、質量分析に使用されるイオン源に関する。本発明の実施形態に係るイオン源はカーボンナノチューブを用いて構成されており、信頼性の高い電子ビームの生成が可能で、長寿命である。
【0022】
カーボンナノチューブ(以下CNTと略す)は、グラファイトシートから形成される継ぎ目のない管状の物質で、完全なフラーレンキャップを有する。最初に発見されたCNTは、図2の(a)に示す多層同軸管状であった(多層CNT:MWCNT)がその後、遷移金属触媒を用いることにより単層CNT(SWCNT)も作り出された。CNTは、ナノスケール電子機器や高強力素材、電界放出、走査型プローブ顕微鏡法、ガス貯蔵などの分野で有用性が期待されている。
【0023】
CNTはフィールドエミッタとして使用する場合、仕事関数が低く、耐久性と熱的安定性に優れるという特徴を持つ。このため、CNTフィールドエミッタは低電圧で駆動できる。また、使用中に生じる気体との反応に対する耐性が向上するので、寿命を長くすることができる。CNTをフィールドエミッタとして使用した例やCNTフィールドエミッタアレイの製造方法については、米国特許第6440761号(Choi)などを参照されたい。
【0024】
図2の(b)はCNTフィールドエミッタアセンブリ200を示している。アセンブリ200は、導電層を有する基板20と、該導電層に固定され、平行に配列されたCNT束21を備える。CNT束21の端部の真上に絶縁状態で、第1格子アセンブリ(放出制御格子)22が、必要な電子放出が行え、電子が第2格子アセンブリ(エネルギー制御格子)23を通過できるような位置に設けられている。なお、第2格子アセンブリ23はエネルギー制御電位Veに接続されている。放出された電子は第2格子アセンブリ23を通過し、電位Viによって決まる電流強度を持つイオン化領域(例えば図3(a)のイオン化室34)に向かう。電位Viは、トラップ電極(例えば図3(a)の電子トラップ35)を含むフィードバック回路を通して放出電流密度を制御する。電位Veは、電子エネルギーを調整する。通常は70eVに設定される。以上の構成により、CNTフィールドエミッタアセンブリ200が生成する電子ビームは、単一エネルギーで、均一な密度、所定の空間上の始点、および規定の軌跡を有することになる。
【0025】
図3の(a)は、本発明の一実施形態に係るCNTエミッタアセンブリ30を含むイオン源300をXZ面で見た図である。本図では、イオン化室34と電子トラップ電極35に対するCNTエミッタアセンブリ30と電子レンズ31の位置関係を示す。図示される通り、CNTエミッタアセンブリ30は、電界放出により電子ビーム32を生成する。電子ビーム32は、電子レンズ32に集束されて細いビームとなり、電子ビーム入口38を通ってイオン化室34へと入る。その後、イオン化室34で試料気体分子と反応し、イオン化試料分子を生成する。該イオン化試料分子は、分子イオンとフラグメントイオンを含むこともある。該イオン化試料分子はリペラー電極36によって押され、イオンビーム出口29を通ってイオン化室34を出る。イオン化室34を出た後、イオン化試料分子は少なくとも1つの電極および/または板37によって集束され、細いイオンビーム33となる。なお、前記少なくとも1つの電極および/または板37は、例えば、集束半板37a、スリット板37b、アルファ板37cを含んでいてもよい。イオンビーム33はこの後、分析を行うため質量フィルタおよび/またはアナライザ(不図示)に導入されてもよい。
【0026】
さらに図3の(a)を見ると、電子トラップ35がある。電子トラップ35はイオン化室34から出てきた電子ビーム32の一部を捕獲する。実施の形態によっては、電子トラップ35はフィードバック回路35aおよび電源35bに接続され、CNTエミッタアセンブリ30による電子ビーム32の生成を制御するとしてもよい。電子トラップ35とフィードバック回路35aは、電子トラップ35が捕獲した電子ビーム32に基づいて、電子ビーム32の生成を制御し一定のレベルを維持するよう調整することができる。
【0027】
図3の(b)は、図3(a)に示されたイオン源300を他方向から見た図である。本図に示す通り、イオン化室34は、気体化試料を導入する試料入口28と、イオン化試料分子(イオンビーム33)がイオン化室34から出るためのイオンビーム出口29を有する。少なくとも1つの電極および/または板37は、イオン化室34から出るイオンビーム33を集束するためイオンビーム出口29の付近に配設される。該少なくとも1つの電極37は、イオン化試料分子を抽出および集束してイオンビーム33を生成してもよい。また、このイオン化試料分子の抽出は、イオンリペラー36と、イオン化室34およびスリット板37bに印加される加速電位によって促進するとしてもよい。該少なくとも1つの電極37は、例えば、集束半板37a、スリット板37b、アルファスリット37cを含む。イオンビーム33は、イオン化室34を出た後、質量フィルタおよび/またはアナライザ(不図示)に入る前に、集束半板37a、スリット板37bおよび/またはアルファスリット37cによって集束されるとしてもよい。
【0028】
図4の(a)、(b)および(c)は、本発明の一実施形態に係る、CNTイオン源を示す。CNTイオン源400は、微小質量分析計での使用に特に適している。図4の(a)は、イオン源400をxz面で見た側面図である。図4の(b)は、図4の(a)で示された、イオン源400中のCNT電子エミッタおよび/またはイオン源アセンブリ40の一部を拡大して示した図である。図4の(c)は、イオン源400をxy面で見た図である。
【0029】
図4の(a)と(b)に示すように、CNT電子エミッタ40は基板層41とその上に形成されたCNT層42を含む。微小質量分析計に使用されるCNT電子エミッタ40の望ましい実施形態は、例えば、約0.1cmのCNTアレイでおよそ10本のMWCNTを含む。しかし、当業者であれば、本発明の開示範囲を超えることなく、CNTアレイの寸法および密度を変更できることに想到するであろう。ここで、CNTの主な合成方法としては、米国特許第6333016B1号(Resasco et al.)とその引用文献に開示されているように、炭素を用いるレーザーアブレーション、グラファイト棒を用いて行うアーク放電、炭化水素を用いる化学気相成長(CVD)法の3つが挙げられる。これら3方法のうち、CNT機器を製造する上で最も用途が広いのは、CVD法とフォトリソグラフィーの組み合わせである。さまざまな構成をもつ高品質のCNT機器が現在多く市販されているが、本発明の実施形態での使用に適しているCNT機器としては、モレキュラー・ナノシステムズ(米国カリフォルニア州パロ・アルト)のものが例として挙げられる。
【0030】
CNT層42は、欠陥のないCNTを並列に非常に規則正しく並べたアレイから構成されてもよい。使用するCNTは、SWCNT、MWCNTのいずれか、もしくは両方の組み合わせでもよい。MWCNTとSWCNTのどちらであっても、サイズ分布が小さく、周期性が大きく、アレイ密度が高いものを製造することができる。このような特性を持つので、生成する電子ビームは安定し、予測可能で、均一な密度を有することができる。望ましい実施形態に係るCNT層42は、MWCNTから形成される。
【0031】
電源44(電界を発生させるためのもの)を基板層41とイオン化室64に備えられた電子エネルギー板43に印加すると、CNT層42から電子が放出され、加速されて、電子エネルギー層43に向かう。従来のEIイオン源と同様に、電界44は、分子のフラグメンテーションが発生するために望ましいエネルギーレベルの電子ビームを生成できるよう制御してもよい。通常の場合、この電界は10eVから150eVの範囲内で維持される。望ましい実施の形態では、電子ビームのエネルギーレベルが約70eVとなるよう調整される。
【0032】
使用方法としては、気相状態の試料を試料入口46からイオン化室64(図4の(b)または(c)を参照のこと)に導入する。試料入口46はレーザー加工されたリークアセンブリでもよいし、機械加工された適切な他種の開口でもよい。試料分子45は、イオン化室64内に入るとCNT層42から放出された電子ビーム47と反応する。この結果、試料分子45はイオン化される(帯電する)。イオン化された試料分子45は、イオン化室64内に設けられた、電極であるイオンリペラー48に押され、イオンビーム出口66に向かう。抽出レンズL1はイオンビーム出口66の付近に配設されており、1つ以上の電極を含む。また、抽出レンズL1には、荷電分子45をイオンビーム出口66からイオン化室64の外に出すように、電位が印加されている。荷電分子45は、イオン化室64から出ると、少なくとも1つの電極を含む一連の集束レンズL2によって集束され、高度に集束した分子イオンビーム49となる。分子イオンビーム49はその後、質量分析計(不図示)の一部で、質量電荷比(m/z)に基づき荷電イオン45を分離・検出する質量フィルタ(質量アナライザ)に導入される。
【0033】
図5は、本発明の一実施形態に係る、CNTイオン源(図3および図4を参照のこと)を用いた質量分析計の概略図である。本図によると、質量分析計50はイオン源51、質量フィルタ52および検出器53を備える。イオン源51には、図3もしくは図4に示すCNTイオン源を使用してもよい。イオン源51は試料分子をイオン化し集束して、細いイオンビーム57を生成する(図3および図4を参照のこと)。
【0034】
イオンビーム57は質量フィルタ52に導入され、荷電粒子は質量電荷比に基づいて分離される。本発明の実施形態には、例えば磁場型、電場型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型などの公知の質量フィルタのうち、いずれを使用してもよい。分離された荷電粒子はイオン検出器53によって検出される。イオン検出器53に関しても、本発明の実施形態においては、どの種のものでも適切なイオン検出器を使用してよい。
【0035】
さらに、質量分析計50は、質量フィルタ52へのイオンビーム57の導入を制御する電気モジュール54を含む。電気モジュール54によるこの導入制御は、CNT層(図4の参照番号42)から放出される電子ビーム(図4の参照番号47)の生成の制御または、質量フィルタ52へのイオンビーム57の導入の制御のいずれかを行うことによって、実施することができる。望ましい実施の形態によれば、電気モジュール54はCNT層(図3および図4を参照のこと)から放出される電子ビームの生成を制御する。質量フィルタ52へのイオンビーム57導入を制御するより、CNT層による電子ビーム生成を制御する方が望ましい理由としては、他の条件をすべて同じとすれば、イオンビームより電子ビームを止めるほうが、必要な時間がかなり短くてすむためである。この理由は、エネルギーレベルが比較可能な場合、分子イオンのサイズは電子より少なくとも1万倍大きいので、電子の進行速度はイオンより100倍以上早いためである。従って、電子ビームの停止・開始にかかる時間は、イオンビームの場合に比べると、少なくとも100倍短い。
【0036】
さらに、本発明の実施形態に係るCNT電子エミッタは、高速でのスイッチング(高頻度でスイッチのオン・オフを行うこと)が可能なので、パルス状のイオン化を行うことができる。例として、図3の(a)と図4の(b)を参照して説明すると、電子ビーム47とイオンリペラー48を交互にオンにすることで、電子ビーム47のエネルギーや軌跡を歪めることなく、リペラー48の電圧を比較的高く設定することができ、イオン抽出が高速で行われることにつながる。
【0037】
図5に戻って、質量分析計50はコンピュータ55に制御されるとしてもよい。コンピュータ55は汎用コンピュータでもよいし、イオン源51による試料イオン化を始めとして質量フィルタ52の動作(例えば、電場や磁場に傾きをつけること)、イオン検出器53による荷電粒子の検出を制御するためのインターフェース56やプログラムを含む専用コンピュータでもよい。また、コンピュータ55は、上述したパルス状のイオン化またはイオン源とリペラー電位を交互にオンにするスイッチングなどを可能にする電気モジュール54を制御する。他の実施形態では、電気モジュールは、質量分析計50ではなくコンピュータ55に組み込まれることもある。
【0038】
以上の実施例は説明のため挙げたにすぎない。当業者であれば、開示範囲を超えずにさまざまな変形例を実施できることに想到するだろう。例えば、図4に示すイオン源は、一般的に四角い(箱型の)イオン化室64と円盤状のCNT層を有するが、他の形状でもかまわない。
【0039】
本発明の効果を以下に述べる。本発明の実施形態に係るイオン源を設計するに当たり、コンピュータプログラムを用いてイオン軌跡のシミュレーションを行ったり、イオン源の性能特性に関わる可変要因の数を減らしてもよい。また、イオン源の使用に際しては、同じコンピュータプログラムを用いて、CNTイオン源の性能の変化を計測・監視してもよい。イオン源の性能の変化を監視しその理由を解明できるということは、機器の校正が簡単に行えるということである。校正の方法としては、例えば、1種類の証明済み混合校正ガスを評価しソフトウェア補正を実施するとともにアプリケーションガスライブラリを用いることで行う。こうすることで、従来のEIイオン源を使用した質量分析計に比べ、動作が非常に簡略化される。CNTイオン源の場合、定期的にフィラメントを交換する必要がないので、性能および信頼性が非常に高く交換部品がない、汎用工業用ガスアナライザを提供することができる。つまり、定期的メンテナンスのため真空を解除する必要がなくなり、ポンプダウンタイムを短縮する必要性がなくなることから、従来のターボ分子真空ポンプの代わりにイオンポンプを使用することができるからである。本発明に係るCNTイオン源は、使用される際の熱摂動を最大限減らすことができるとともに、高速の電圧調整に対応できるので、質量分析をパルス状で行うことができる。
【0040】
上記の説明では限られた数の実施の形態を挙げたが、当業者であれば、本開示内容に基づき、該開示内容の範囲を超えない他の実施の形態に想到すると思われる。従って、本発明の開示範囲は、付随する請求項によって限定される。
【符号の説明】
【0041】
10 フィラメント
11 イオン化室
12 イオンリペラー
13 電子トラップ
14 磁石
15 加速電位
16 集束半板
17 アルファスリット
18 イオンビーム
19 電子ビーム
20 基板
21 CNT束
22 放出制御格子
23 エネルギー制御格子
30 CNTエミッタ
31 電子レンズ
32 電子ビーム
33 イオンビーム
34 イオン化室
35 電子トラップ
40 CNT電子エミッタ
41 基板
42 CNT層
43 電子エネルギー板
45 試料イオン
46 レーザー加工リークアセンブリ
48 イオンリペラー
49 イオンビーム
L1 抽出レンズ
L2 集束レンズ
64 イオン化室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析計に使用されるイオン源であって、
電子ビームを放出する電子エミッタアセンブリであって、基板に固定されており前記電子ビームを放出するカーボンナノチューブ束と、前記電子ビームの放出を制御する第1制御格子と、前記電子ビームのエネルギーを制御する第2制御格子とを含む、電子エミッタアセンブリと、
イオン化室であって、該イオン化室に前記電子ビームを導入させる電子ビーム入口と、試料を導入する試料入口と、イオン化試料分子を出すイオンビーム出口とを含む、イオン化室と、
前記電子エミッタアセンブリと前記イオン化室の間に配置され、前記電子ビームを集束する電子レンズと、
前記イオンビーム出口の近傍に配置され、前記イオン化室から出る前記イオン化試料分子を集束する、少なくとも1つの電極と、
を具備する、質量分析計に使用されるイオン源。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブ束は、単層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブ、または単層カーボンナノチューブと多層カーボンナノチューブとの組み合わせのいずれかを含む、請求項1に記載のイオン源。
【請求項3】
前記イオン化試料分子の前記イオン化室からの放出を促進するべく、前記イオン化室の内部に、さらにイオンリペラーを具備する、請求項1に記載のイオン源。
【請求項4】
電子ビーム放出に対するフィードバックコントロールを行うべく、前記イオン化室を出る前記電子ビームの一部を取り込むトラップ電極をさらに具備する、請求項1に記載のイオン源。
【請求項5】
前記少なくとも1つの電極は、集束半板、スリット板、アルファ板、抽出レンズ、または集束レンズのうち、少なくとも1つを含む、請求項1に記載のイオン源。
【請求項6】
前記第2制御格子は、前記電子ビームのエネルギーが約70eVとなるように、電源に接続されている、請求項1に記載のイオン源。
【請求項7】
質量分析計に使用されるイオン源であって、
電子ビームを放出するカーボンナノチューブ束を含むイオン化室であって、前記カーボンナノチューブ束は該イオン化室の第1の壁の導電面に固定されているイオン化室と、
前記イオン化室に備えられ、試料を導入する試料入口と、
前記イオン化室に備えられ、イオン化試料分子を出すイオンビーム出口と、
前記イオンビーム出口の近傍に配置され、前記イオン化室を出る前記イオン化試料分子を集束する、少なくとも1つの電極と、
を具備し、
前記導電面と前記イオン化室の第2の壁に備えられた電子エネルギー板は、前記カーボンナノチューブ束による前記電子ビームの放出に必要な電界が発生するように、電源に接続されている、イオン源。
【請求項8】
前記カーボンナノチューブ束は、単層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブ、または単層カーボンナノチューブと多層カーボンナノチューブとの組み合わせのいずれかを含む、請求項7に記載のイオン源。
【請求項9】
前記イオン化試料分子の前記イオン化室からの放出を促進するべく、前記イオン化室の内部に、さらにイオンリペラーを具備する、請求項7に記載のイオン源。
【請求項10】
前記少なくとも1つの電極は、集束半板、スリット板、アルファ板、抽出レンズ、または集束レンズのうちの少なくとも1つを含む、請求項7に記載のイオン源。
【請求項11】
質量分析計であって、
カーボンナノチューブから構成されたイオン源と、
前記イオン源に接続され、質量電荷比に基づいてイオン化試料分子を分離する質量フィルタと、
前記質量フィルタに接続され、前記イオン化試料分子を検出するイオン検出器と、
を具備する、質量分析計。
【請求項12】
前記イオン源は、
電子ビームを放出する電子エミッタアセンブリであって、基板に固定されており前記電子ビームを放出するカーボンナノチューブ束と、前記電子ビームの放出を制御する第1制御格子と、前記電子ビームのエネルギーを制御する第2制御格子を含む、電子エミッタアセンブリと、
イオン化室であって、該イオン化室に前記電子ビームを導入させる電子ビーム入口と、試料を導入する試料入口と、イオン化試料分子を出すイオンビーム出口とを含む、イオン化室と、
前記電子エミッタアセンブリと前記イオン化室の間に配置され、前記電子ビームを集束する電子レンズと、
前記イオンビーム出口の近傍に配置され、前記イオン化室から出る前記イオン化試料分子を集束する、少なくとも1つの電極と、
を含む、請求項11に記載の質量分析計。
【請求項13】
前記カーボンナノチューブ束は、単層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブ、または単層カーボンナノチューブと多層カーボンナノチューブとの組み合わせのいずれかを含む、請求項12に記載の質量分析計。
【請求項14】
前記イオン源は、前記イオン化試料分子の前記イオン化室からの放出を促進するべく、前記イオン化室の内部に、さらにイオンリペラーを具備する、請求項12に記載の質量分析計。
【請求項15】
前記イオン源は、電子ビーム放出に対するフィードバックコントロールを行うべく、前記イオン化室を出る前記電子ビームの一部を取り込むトラップ電極をさらに具備する、請求項12に記載の質量分析計。
【請求項16】
前記少なくとも1つの電極は、集束半板、スリット板、アルファ板、抽出レンズ、または集束レンズのうちの少なくとも1つを含む、請求項12に記載の質量分析計。
【請求項17】
前記第2制御格子は、前記電子ビームのエネルギーが約70eVとなるように、電源に接続されている、請求項12に記載の質量分析計。
【請求項18】
前記イオン源は、
電子ビームを放出するカーボンナノチューブ束を含むイオン化室であって、前記カーボンナノチューブ束は該イオン化室の第1の壁の導電面に固定されているイオン化室と、
前記イオン化室に備えられ、試料を導入する試料入口と、
前記イオン化室に備えられ、イオン化試料分子を出すイオンビーム出口と、
前記イオンビーム出口の近傍に配置され、前記イオン化室を出る前記イオン化試料分子を集束する、少なくとも1つの電極と、
を具備し、
前記導電面と前記イオン化室の第2の壁に備えられた電子エネルギー板は、前記カーボンナノチューブ束による前記電子ビームの放出に必要な電界が発生するように、電源に接続されている、請求項11に記載の質量分析計。
【請求項19】
前記カーボンナノチューブ束は、単層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブ、または単層カーボンナノチューブと多層カーボンナノチューブとの組み合わせのいずれかを含む、請求項18に記載の質量分析計。
【請求項20】
前記イオン化試料分子の前記イオン化室からの放出を促進するべく、前記イオン化室の内部に、さらにイオンリペラーを具備する、請求項18に記載の質量分析計。
【請求項21】
前記少なくとも1つの電極は、集束半板、スリット板、アルファ板、抽出レンズ、または集束レンズのうちの少なくとも1つを含む、請求項18に記載の質量分析計。
【請求項22】
前記質量フィルタは、磁場型、電場型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型から選択した方式に基づいて構成されている、請求項11に記載の質量分析計。
【請求項23】
前記イオン源に接続され、電子ビームの放出を制御する電気モジュールをさらに具備する、請求項11に記載の質量分析計。
【請求項24】
該質量分析計に接続されているコンピュータをさらに具備する、請求項11に記載の質量分析計。
【請求項25】
前記コンピュータは前記イオン源の動作を監視するプログラムを含む、請求項24に記載の質量分析計。

【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図3】
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【図4ab】
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【図4c】
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【図5】
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【公表番号】特表2007−511064(P2007−511064A)
【公表日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−539944(P2006−539944)
【出願日】平成16年11月12日(2004.11.12)
【国際出願番号】PCT/US2004/037956
【国際公開番号】WO2005/048290
【国際公開日】平成17年5月26日(2005.5.26)
【出願人】(504024036)サーモ フィッシャー サイエンティフィック インク (6)
【Fターム(参考)】