説明

カーボンブラック表面上にある官能基を定量する分析方法

【課題】カーボンブラックの表面上に存在する官能基、特に、カルボキシル基、ラクトン基、及びフェノール性水酸基の量を、その目的とする表面官能基に応じて極めて低コストで安全に、しかも簡単に定量する分析方法に関する。
【解決手段】カーボンブラックに対して少なくとも2種以上の異なる酸解離定数を有する塩の水溶液を別々に添加して中和の滴定を行い、前記の複数の塩水溶液とカーボンブラックとの反応により算出されたそれぞれの中和滴定値間での絶対値によりカーボンブラック表面にある特定の表面官能基を定量する分析方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンブラック(CB)の表面上に存在する酸素含有官能基、特に、カルボキシル基、ラクトン基、及びフェノール性水酸基の量を、その目的とする官能基に応じて極めて低コストで安全に、しかも簡単に定量することのできるカーボンブラックの表面官能基の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンブラックは、厳密に制御された条件下のファーネス炉内で発生させた高温燃焼ガス中へ、および/または外部で発生させて炉内に導入された高温燃焼ガス中へ、原料炭化水素を噴霧させ、この原料炭化水素の熱分解または不完全燃焼により生産される産業上有用な原材料であり、ゴム配合時の組成物に対して機械的性質、特に引張り強さ、耐摩耗性などの特性を飛躍的に向上させることができるという特異な性質を有することから、タイヤをはじめとする各種ゴム製品の充填補強剤として広く用いられるとともにその色彩的特徴である黒色度を利用して各種塗料、インキ用原材料としても利用されている。
【0003】
カーボンブラックの表面上には各種の官能基が存在している事は広く知られており、これらの官能基の存在量により、特に塗料用やインキ用のカーボンブラックとしての特性、例えば溶剤への分散性、着色剤としての黒色度などが影響を受けるため、カーボンブラック表面上での官能基の化学反応性を利用して表面改質を行ったカーボンブラックの製造及び使用が検討されるようになっている。すなわち、カーボンブラックの表面には、一般に、カルボキシル基、ラクトン基、フェノール性水酸基及びカルボニル基等の酸素含有官能基が存在することは当業者によく知られている事実であり、このような種々の表面官能基の量によって、カーボンブラックの特性が大きく変化することも知られていることである。例えば、カルボキシル基が多くなると、カーボンブラックの親水性が大きくなり、水系溶剤との相溶性が向上して容易に分散される事が知られており、例えば特開2003−183540号公報において、「ヒドロキシル基の解離定数は8〜10で、カルボキシル基の解離定数2〜5に比べて非常に大きいので水分散性に関係する官能基はカルボキシル基が支配的となる」とあるように、カーボンブラック表面上の官能基は酸解離定数(pKa)が低い程、水への分散性に大きく影響すると考えられる。また、カルボキシル基またはフェノール性水酸基量が多くなると、セルロース系繊維やタンパク質繊維等へ染着性が向上することなどが見出されている。
【0004】
上述のことから、カーボンブラック表面上の酸素含有官能基の含有量を官能基毎に容易、且つ低コストで測定できる分析方法が必要となっている。
カーボンブラックの表面酸素含有官能基を分析する方法の例としては、次のような方法、すなわち選択的中和法や真空熱分解法などを挙げることができる。
【0005】
選択的中和法
この分析方法の原理は、表面に存在する酸素含有官能基の酸解離定数の差を利用して強塩基で中和滴定を行うことにある。すなわち、カーボンブラック表面上の官能基は、この基に近接する環境、言い換えればどのような結合で構成されているか、またはどんな官能基が隣接しているかによってある範囲の酸解離定数(pKa)を有しているが、この表面官能基のpKaの数値範囲の前後にある少なくとも2種類の酸の水溶液を用い、これらの塩との中和反応により測定された絶対値からカーボンブラック表面上にある官能基量を定量する方法である。この方法では結晶内部に存在する官能基を完全に滴定することができないが、ゴムなどの配合成分と界面で直接相互作用を持つ表面上に存在する官能基を測定する方法として重要である。しかしながら、強塩基での中和滴定では表面上のフェノール性水酸基より酸解離定数の大きいラクトン基、カルボキシル基などの官能基量の総量として測定され、また、より塩基度の小さい炭酸水素化合物を用いた中和滴定でもラクトン基より酸性度の大きな成分をすべて測定してしまい、各官能基量を分離して測定するという意図で実施されたものではなかった。
【0006】
真空熱分解法
この方法は、カーボンブラックをセル内に入れて真空にした後、所定温度までの加熱により発生したガスの種類(CO、CO、O、HO等)および発生時の温度から、カーボンブラック表面官能基量を定量(測定)する方法である。すなわち、熱分解で発生するガスの種類がカーボンブラック表面の官能基の種類によって決まることを利用した方法であり、発生した気体が二酸化炭素の場合はカルボキシル基やラクトンに起因した成分に起因し、一酸化炭素の場合はフェノールやキノンに起因するとして算出するものである。これらの真空熱分解発生ガスを定量することにより表面官能基の量を定量する方法としては、滴定法、オルザットガス分析装置を利用する方法、ガスクロマトグラフを利用する方法等が挙げられる。
【0007】
上記の発生した熱分解ガスの定量方法の他の実施例として、一定過剰の水酸化バリウム溶液に二酸化炭素を通して固定し塩酸標準液で逆滴定する方法がある。また、一酸化炭素の定量では、これを二酸化炭素にまで酸化した後、同様な方法で処理することにより定量を行うが、この方法では二酸化炭素の全量が水酸化バリウム溶液と完全に反応せず、定量的な沈殿物生成による固定化がされない可能性がある。
【0008】
一方、上記の真空熱分解法において、オルザットガス分析装置を用いる場合には、ガスビュレットで一定量の試料ガスを取り、二酸化炭素のみをピペット内にて吸収液に接触させ、その吸収減量をもって二酸化炭素の量として定量する。次に酸素、一酸化炭素についても、それぞれ別のピペット内に満たした吸収液で同様の操作を行い、その減量を酸素、一酸化炭素の量として定量する。この場合、吸収液を振とうすることができないため吸収不完全による誤差を生じやすいだけでなく、大掛かりな装置と煩雑な操作を必要とするという欠点を有する。
【0009】
また、ガスクロマトグラフを用いた場合には、上記の2つの定量方法に比較すると煩雑さは少ないが、定量する際に検量線を作成しなければならない。その検量線を作成するためには標準物の調製が必要であり、またガスクロマトグラフへの標準ガスの定量的な注入が難しい等の問題点を伴う。
【0010】
加えて、熱分解法によって測定された表面官能基濃度は、ゴムなどの配合成分と界面で直接相互作用を持たないと考えられるカーボンブラック内部に存在する酸素含有成分まで包含するものであるため測定数値がそのままゴム配合成分の界面との相互作用の大きさとして見なす(評価する)ことはできない。
【0011】
特許上での従来技術としては、次のような特許文献がある。
1.特許文献1(特開平11−92703号公報)
「少なくとも水とカーボンブラックとを含有する水性顔料インキ組成物において、該カーボンブラックのX線光電子分光法による表面酸素濃度が、炭素原子を基準として原子数比で0.07以上であり、X線光電子分光法による表面カルボキシル基炭素濃度と表面水酸基炭素濃度との和が0.5%以上である水性顔料インキ組成物」が開示されており、カーボンブラック表面酸素濃度の測定方法としてX線光電子分光法が用いられている。しかしながら、この方法ではかなり高価な装置と測定前に表面官能基をX線光電子分光法で測定可能な官能基に改質させる必要があり、手軽に適用できる方法ではない。この方法に近似した別の例が下記の特許文献2等に見ることができる。
2.特許文献2(特開2004−61179号公報)
「材料表面に存在する官能基の検出方法であって、真空チャンバー内に配置した被検出材料の表面に、この表面上の検出しようとする官能基とのみ反応する化合物のガスを噴霧して前記官能基と化合物とを反応させ、次いで大気にさらすことなく被検出材料の表面にX線を照射してX線光電子分光分析法(XPS)により前記官能基と化合物の反応体を検出することを含む、官能基の検出方法。」が開示されており、材料表面の官能基測定方法としてX線光電子分光法が用いられている。しかしながら、この方法でもやはり高価な装置と測定前の処理が必要となり、手軽に適用できる方法ではない。
3.特許文献3(特開2001−56328号公報)
「カーボンブラックの表面官能基を定量する方法であって、カーボンブラックを加熱して前記表面官能基に起因する気体を発生させる気体発生工程と、特定の気体との接触により、接触したその気体のモル量に応じて変色する検知剤に、前記気体発生工程により発生した気体を接触させてその検知剤を変色させる検知工程を少なくとも包含する表面官能基定量方法」が開示されているが、この方法は1000℃以上の温度で0.1秒間以上加熱して気体を発生させ、その測定された特定の気体の濃度によって分析対象カーボンブラックの表面官能基の量を定量する方法であるが、前述したように測定値はカーボンブラック内部に存在する酸素含有成分まで包含することとなるため測定数値がそのまま配合成分、例えばゴム成分の界面との相互作用と関連付けることはできないという欠点がある。
【0012】
このように、これまでの何れの表面官能基の定量方法においても、一般的に非常に煩雑な操作が必要であり、迅速なカーボンブラックの表面官能基量測定法であっても測定数値がそのまま配合成分界面との相互作用と関連付けることはできないという欠点があるので、これを克服した分析方法が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平11−92703号公報
【特許文献2】特開2004−61179号公報
【特許文献3】特開2001−56328号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は従来技術に存した上記のような課題に鑑み発明されたものである。すなわち本発明は、カーボンブラックの表面上に存在する酸素含有官能基を定量する分析方法であって、カーボンブラックに対して少なくとも2種以上の異なる酸解離定数を有する塩の水溶液を別々に添加して中和の滴定を行い、当該複数の塩水溶液とカーボンブラックとの反応により個別に算出された中和滴定値間の絶対値の差によりカーボンブラック表面にある特定の官能基を定量する分析方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の目的を達成するカーボンブラックの表面官能基の定量分析方法は下記に示すとおりである。
本発明の第1は、カーボンブラックに対して少なくとも2種以上の異なる酸解離定数を有する塩の水溶液を用いて別個に中和滴定を行い、夫々の塩とカーボンブラックの表面上に存在する官能基とを反応させることで算出された中和滴定値間の絶対値の差により、カーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法に関する。
本発明の第2は、前記官能基がカルボニル基である請求項1記載のカーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法に関する。
本発明の第3は、前記塩の陽イオン成分がアルカリ金属である請求項1または2記載のカーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法に関する。
本発明の第4は、前記塩の陰イオン成分がギ酸、酢酸、ピルビン酸である請求項1または2記載のカーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法に関する。
すなわち、本発明は前述の選択的中和法の概念をより詳細にカーボンブラックの種々の表面官能基を分離して定量する事の出来る分析方法に適用したものであって、その概念を以下に記述する。
図1の最下段に表示された化合物名は代表的な酸またはアルカリ化合物であり、左に行くほど酸としての特性が大きな化合物である。各化合物の上に表示してある数字はその化合物に固有の酸解離定数(pKa)であり、2価化合物(炭酸)では第1段の解離定数が記載されている(炭酸水素ナトリウムに該当するpKa=6.3)。上段に表示してある化合物の構造は、カーボンブラック表面上に存在している酸素含有官能基の酸−塩基解離図上における各々の位置を模式的に示したものであり、下段に表記された化合物のアルカリ金属(好ましくはナトリウム)塩の水溶液中で、カーボンブラック表面上に存在する酸素含有官能基との中和反応を行った場合、その成分よりも図中左側にある酸素含有官能基の定量ができる事を示している。例えば、酢酸のナトリウム塩(酢酸ナトリウム)水溶液を用いてカーボンブラック表面上の酸素含有官能基との中和反応を行った場合、該溶液のナトリウム塩のナトリウムイオンと、酢酸よりも酸解離定数(pKa)の小さい(pKa4.76以下の)カーボンブラック表面上の酸素含有官能基(カルボキシル基やスルホン基等)とが優先して反応する。一方、酢酸よりも酸解離定数(pKa)が大きい(pKa4.76より大きい)カーボンブラック表面上の酸素含有官能基(ラクトン基やフェノール基)とは反応しない事から、図1中の酢酸よりも酸解離定数(pKa)の小さいカーボンブラック表面上の表面官能基を選択的に中和する事が可能となる。
【0016】
本発明において用いられる塩として、まず酸生成基としては、pKaが図1で示されたラクトン基より小さい側にあり、またCB表面上に存在する無水カルボキシル基及び鎖状カルボキシル基を中和滴定するのに好適で、且つ入手しやすく、更にスルホン基を含まない官能基を定量する事が出来、加えて無水カルボキシル基と鎖状カルボキシル基を別々に中和滴定で分離できる酸生成成分ということで、酢酸基、ギ酸基、およびピルビン酸基が望ましい。
【0017】
他方、塩基生成基としては、塩とカーボンブラックの表面官能基との反応性が小さいため、なるべく強い成分、即ちアルカリ金属を含む塩を用いるのが好ましい。
【0018】
CB表面上の官能基を中和滴定により評価した従来法では、水酸化ナトリウム水溶液を用いてカーボンブラックと中和反応させた場合にはフェノール性水酸基よりも左側にある酸性成分の全量(全酸性度)が評価され、炭酸水素ナトリウム水溶液と中和反応させた場合には、フェノール基を含まない、より酸性度が大きな成分(強酸性度)が中和滴定で測定されることを示している。
【0019】
この水酸化ナトリウム水溶液及び炭酸水素ナトリウム水溶液を夫々用いた中和滴定により得られた測定値の差からフェノール性水酸基成分に相当する弱酸性含有量を評価(上記と同じ)する方法が従来までの選択的中和法であるが、炭酸水素ナトリウム水溶液よりも小さな酸解離定数(pKa)をもつ化合物の水溶液を用いた中和滴定に関して記載している技術文献はなく、したがってラクトン基から左側にある表面官能基については分離して評価(上記と同じ)すること自体実施されず、また評価(上記と同じ)しようとする発想も存在しなかったのが現状である。
【0020】
しかしながら、ラクトン基から左側にある表面官能基はゴム等の配合成分に配合された場合にその性能に大きな影響を及ぼす特性であり、このために本発明で例示されたカーボンブラックに対して少なくとも2種以上の異なる酸解離定数(pKa)を有する塩の水溶液を別々に添加し、前記の複数の塩水溶液とカーボンブラックとの反応により算出された中和滴定値間の絶対値の差によりカーボンブラック表面にある酸素含有官能基を定量する分析方法が必要となり、このたびの発明を完成させたものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、カーボンブラックの表面上に存在する酸素含有官能基を定量する方法であって、カーボンブラックに対して少なくとも2種以上の異なる酸解離定数(pKa)を有する塩の水溶液を別々に添加し、前記の複数の塩水溶液とカーボンブラックとの反応により算出された中和滴定値間の絶対値の差により今まで分離して測定されていなかったカーボンブラック表面上にある酸素含有官能基を別々に定量する分析方法を提供するものであって、カーボンブラック表面上の酸素含有官能基の含有量を官能基毎に容易、且つ低コストで測定できる分析方法の提供であり、かつ、この分析法により得られた測定値によって、カーボンブラック表面上の官能基の影響を明確に把握することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】代表的なカーボンブラック表面の酸素含有官能基および酸またはアルカリ化合物の酸解離定数(pKa)を示す図である。
【図2】測定例1における中和滴定量(A)と測定例2における中和滴定量(B)との差:中和滴定量(A−B)とムーニースコーチ特性の関係を示す図である。
【図3】比較例における中和滴定量(C)とムーニースコーチ特性の関係を示す図である。
【0023】
本発明のカーボンブラック表面の酸素含有官能基の定量分析方法におけるより具体的な実施態様では、酸解離定数(pKa)が4.76である酢酸のナトリウム塩(酢酸ナトリウム)水溶液を用いてカーボンブラック表面の酸素含有官能基の中和反応をすることにより、カーボンブラック表面に存在する、図1上方に図示された環状カルボキシル基、鎖状カルボキシル基およびスルホン基に該当する官能基成分が中和反応により定量され、また酸解離定数(pKa)が3.76であるギ酸のナトリウム塩(ギ酸ナトリウム)水溶液を用いてカーボンブラック表面の酸素含有官能基と中和反応をすることにより最も酸性度が大きなスルホン基量が定量される。これら2つの中和滴定から得られた測定値の差からカーボンブラック表面上に存在する環状カルボキシル基、鎖状カルボキシル基を含む酸素含有官能基に該当する表面官能基量を得ることができる。
【0024】
本発明に用いるカーボンブラックの種類は特に限定されない。市販の酸性カーボンブラック、中性カーボンブラック、塩基性カーボンブラックの何れであっても、また、ファーネスブラック及びチャンネルブラックの何れであっても、その表面官能基の定量分析を良好に行い得る。
【0025】
また、本発明によるカーボンブラック表面上の官能基測定法においては、市販の中性若しくは塩基性カーボンブラックまたは酸性カーボンブラックを更に酸化処理して親水性基を導入した表面改質カーボンブラックの表面官能基の定量分析にも良好に適用することができる。当該酸化処理方法として、空気接触による酸化法では窒素酸化物やオゾンとの反応による気相酸化法、また硝酸、過マンガン酸カリウム、重クロム酸カリウム、亜塩素酸、過塩素酸、次亜ハロゲン酸塩、過酸化水素、臭素水溶液、オゾン水溶液等の酸化剤を用いる液相酸化法等が挙げられる。その他、プラズマ処理等により表面を酸化処理したカーボンブラックについても同様に適用することができる。
【実施例】
【0026】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、勿論本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0027】
カーボンブラック試料の酸化処理を次のようにして行った。
容積200mlの擦り合せ丸底フラスコ中にISAF級カーボンブラック(商品名:旭#80)50gを入れ、次のような割合で濃度を調製した硝酸水溶液[濃硝酸(60%):水=1:3(試料1)、1:1(試料2)、1:0(試料3)]100mlをそれぞれ加えた。フラスコに玉付き冷却器を接続し、マントル加熱器に丸底フラスコを設置して還流を開始してから30分間酸化処理を行った。還流終了後、カーボンブラックをろ過して分離し、乾燥機中、125℃で乾燥し、酸化処理カーボンを得て試料とした。
【0028】
測定例1〔酢酸ナトリウム水溶液を用いたカーボンブラック表面官能基の中和反応〕
上記した酸化処理方法で得られた、表面官能基量を調製した3種類のカーボンブラック試料を作成し、これに未処理のカーボンブラックをコントロールとして含めた4試料に酢酸ナトリウム水溶液を添加してカーボンブラック表面官能基との中和反応を下記の手順により実施した。
CB表面の酸性度の定量方法は以下の通りである。105℃にて1時間乾燥したCB試料を各1g秤量し200ml三角フラスコへ移し、2mNに調製した酢酸ナトリウム(pKa=4.76)を加え、速やかに密栓した。その後、マグネチックスターラで室温にて4時間攪拌した後に濾過し、ろ液を2mN水酸化ナトリウムで中和滴定した。
【0029】
測定例2〔ギ酸ナトリウム水溶液を用いたカーボンブラック表面官能基との中和反応〕
上述と同じ試料を用い、ギ酸のナトリウム塩(ギ酸ナトリウム)水溶液を用いた以外は測定例1に記載したと同様の手順によりカーボンブラック表面基との中和反応を実施した。
【0030】
比較例1〔炭酸水素ナトリウム水溶液を用いたカーボンブラック表面基との中和反応〕
上述と同じ試料を用い、炭酸水素ナトリウム水溶液を用いた以外は測定例1に記載したと同様の手順によりカーボンブラック表面基との中和反応を実施した。
【0031】
測定例1及び測定例2の手順により測定されたカーボンブラックの表面上に存在する酸素含有官能基量の測定値及びその差分を表1に示した。
図1で示されるように、測定値の差は、酢酸の酸解離定数(pKa)4.76とギ酸の酸解離定数(pKa)3.76との間に存在するカーボンブラック表面上のカルボキシル基、特にカルボキシル基の近傍位置に酸素原子などの電気陰性度が大きな原子が存在しているカルボキシル基に対応する成分及びカルボキシル基が芳香環に直接結合している、即ち図1においては安息香酸ライクのカルボキシル基に相当する成分の測定値に該当する。酸解離定数(pKa)値とはどの程度プロトン(H)を放出し易いかを表しており、その値が小さい程プロトンを放出し易い。カルボキシル基がプロトン放出し易いかどうかはプロトンを放出した後、残った陰イオンがどのくらい安定しているかと相関がある。残った陰イオンが安定して存在する事が出来る程、プロトンを放出し易く酸解離定数(pKa)値が低くなる。カルボキシル基がプロトン放出後の陰イオンが安定して存在する事が出来るその度合いはそのα位の元素及びその構造に影響を受ける。水素結合、電気陰性度の高い元素及び共鳴効果を持つ元素が存在すると電子状態は安定する。逆に電気陰性度が低い元素が存在すると電子状態は不安定になる。したがって、共鳴効果及び水素結合効果により安定して陰イオンが存在する事の出来るぎ酸の方が環状カルボキシル基よりも酸解離定数が低く、ぎ酸の塩と環状カルボキシル酸基との中和反応は進行しない。一方、α位が電気陰性度の低い炭素原子と結合している酢酸に比較して、α位に芳香族が結合している環状カルボキシル基は、その共鳴効果で安定した陰イオンとして存在することの出来るために酸解離定数は低い。そのため酢酸の塩と環状カルボキシル基は中和反応が進行する。したがって、酢酸ナトリウム溶液で中和される官能基より酸性側の官能基量からギ酸ナトリウム溶液で中和される酸性側の官能基量を引くと環状カルボキシル基を定量することが出来る。
【0032】
【表1】

【0033】
比較例1の手順により測定されたカーボンブラックの表面上の官能基量の測定値を表2に示した。図1で示されるように、測定値は炭酸の酸解離定数(pKa)6.52以下に存在するカーボンブラック表面上のカルボキシル基、スルホン基等の種々の官能基に対応する成分の測定値に該当し、各成分の総量が測定される。
【0034】
【表2】

【0035】
ゴム配合特性との関連性
表1に示した各カーボンブラック試料を用い、表3に示した配合割合で未加硫ゴム配合物を調製し、ムーニー粘度を測定し、その結果を表4、図2および図3に示した。
【0036】
【表3】

【0037】
【表4】

【0038】
結果の考察
図2から明らかなように、実施例にて得られた各測定値間の差は未加硫ゴムのムーニースコーチ特性と非常に良好な逆相関関係を有する。これは、加硫時に添加される亜鉛華のイオン化が、本発明により定量されるカルボキシル基によって促進される為であり、その結果加硫が促進され、ムーニースコーチ特性への影響を与える為と推察される。また、図3から明らかなように、比較例にて得られた測定値は未加硫ゴムのムーニースコーチ特性と良好な相関関係を有しない。これは加硫時に添加される亜鉛華のイオン化を促進しない官能基も定着してしまうためであると考えられる。よって、本発明の定量方法によって、ムーニースコーチ特性を評価する手段として利用することができる。
【0039】
その活用例として、ギ酸ナトリウム水溶液を用いたカーボンブラック表面官能基との中和反応による表面官能基量と未加硫ゴムのムーニースコーチ特性との相関性に適用したが、他の化合物を用いた測定値をその他のゴム特性、例えばカーボンブラック配合時にゴム組成物に大きな影響を与える補強特性、あるいは反発弾性特性にも活用できることが可能であり、カーボンブラックの特定の表面官能基とゴム特性との相関性の解明に資するところも大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンブラックに対して少なくとも2種以上の異なる酸解離定数を有する塩の水溶液を用いて別個に中和滴定を行い、夫々の塩とカーボンブラックの表面上に存在する官能基とを反応させることで算出された中和滴定値間の絶対値の差により、カーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法。
【請求項2】
前記官能基がカルボニル基である請求項1記載のカーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法。
【請求項3】
前記塩の陽イオン成分がアルカリ金属である請求項1または2記載のカーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法。
【請求項4】
前記塩の陰イオン成分がギ酸、酢酸、ピルビン酸である請求項1または2記載のカーボンブラックの表面上に存在する官能基を定量する分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−232196(P2011−232196A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−103235(P2010−103235)
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年11月30日 炭素材料学会発行の「第36回 炭素材料学会年会要旨集」に発表
【出願人】(000116747)旭カーボン株式会社 (19)
【Fターム(参考)】