ガウジングレス完全溶込み溶接方法
【課題】ガウジング工程を要することなく、かつ、開先面内に継手拘束のための仮付け溶接が必要な長尺継手に対しても、高温ワレのない完全溶込みの両面溶接継手を得ることができるガウジングレス完全溶込み溶接方法を提供する。
【解決手段】先行溶接と後行溶接とにより両面開先継手をガウジングなしで完全溶込み溶接するガスメタルアーク溶接において、継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、初層溶接の先行側の開先面内に仮付け溶接を行い、仮付けビードの有無にかかわらず、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接し、後行溶接では、溶込み深さが開先ルートフェイスの厚さ以上となるような溶接条件で初層後行側を溶接して、初層先行側と初層後行側の溶込みをラップさせることにより、ガウジングを行わずに開先ルート部の完全溶込みを得る。
【解決手段】先行溶接と後行溶接とにより両面開先継手をガウジングなしで完全溶込み溶接するガスメタルアーク溶接において、継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、初層溶接の先行側の開先面内に仮付け溶接を行い、仮付けビードの有無にかかわらず、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接し、後行溶接では、溶込み深さが開先ルートフェイスの厚さ以上となるような溶接条件で初層後行側を溶接して、初層先行側と初層後行側の溶込みをラップさせることにより、ガウジングを行わずに開先ルート部の完全溶込みを得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスメタルアーク溶接(GMAW)による両面開先継手の完全溶込み溶接方法に係り、特に橋梁や鉄骨などの鋼構造製品において完全溶込みが要求される短尺から長尺の両面継手の先行側および後行側の初層溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
両面開先継手の完全溶込み溶接の模式図を図13に示す。すなわち、(a)図に示す先行側溶接では、ルート部に溶込み不良を起こし欠陥が発生しやすいため、(b)図に示すように、後行側の溶接に先立ち、先行側溶接のルート部を裏面側からはつり取った後に、(c)図に示す後行側溶接を行うものである。(b)図に示すガウジング工程は、現状、自動化されておらず、人間の介在が必要であるため、溶接ロボットなどを使用した溶接自動化の阻害要因となっていた。
【0003】
そこで、上記課題の対策として、ガウジングなしで完全溶込み溶接を行う方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。これは、両面溶接にてガウジングなしで完全溶込みを行うマグ溶接方法において、アークスタート端部に耐火物製エンドタブを使用し、アークスタート時の溶接電流を定常電流よりも20〜200A増加した高電流で溶接するものである。
【0004】
【特許文献1】特開平2−63683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
両面開先継手の完全溶込み溶接において、開先精度が良好で、かつ溶接条件を安定に制御できれば、溶接条件裕度は狭いが、初層の先行側と後行側の溶込みをラップさせ、完全溶込み継手を得ることは可能である。特許文献1は、この考え方に基づくものであるが、溶接開始直後から安定した溶融池が形成されるまでの過渡部において、溶込みの浅い箇所が生じるため、エンドタブやスタート時の溶接電流増加、あるいはスタート部の開先形状変化により対応しようとするものである。
しかし、特許文献1に示す技術は、その明細書に明記されているように、溶接長が100mm程度の短尺継手だけに適用が限定されている。すなわち、溶接長が1mを超えるような長尺の溶接継手では、継手拘束のために、開先面内に仮付け溶接を行う必要があるが、この場合には、仮付けビード部で溶込みが浅くなるため、上記の従来技術では対応がきわめて困難である。
また、長尺継手では、短尺継手と比較して、開先加工精度や組立精度が低下するため、溶接条件裕度に問題があった。具体的には、開先ルートフェイスが厚い場合には、先行側と後行側の開先ルート部の溶込みがラップせず融合不良が発生しやすい。また、逆に開先ルートフェイスが小さい場合やルートギャップが大きい場合には、先行側の初層溶接において溶接アークが開先ルート部を貫通し、過剰な裏波ビードが形成されるため、先行側の初層溶接ビードに高温ワレが生じやすいという問題があった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、以下の3点である。
(1)自動化を阻害する裏面からのガウジング工程を排除すること
(2)両面開先ルートの溶込みを確保し、高温ワレを排除すること
(3)開先面内仮付けによる拘束が必要な長尺継手にも適用範囲を拡げること
従って、本発明は、上記の課題を解決するガウジングレス完全溶込み溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明に係るガウジングレス完全溶込み溶接方法は、先行溶接と後行溶接とにより両面開先継手をガウジングなしで完全溶込み溶接するガスメタルアーク溶接において、
継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、初層溶接の先行側の開先面内に仮付け溶接を行い、
仮付けビードの有無にかかわらず、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接し、
後行溶接では、溶込み深さが開先ルートフェイスの厚さ以上となるような溶接条件で初層後行側を溶接して、初層先行側と初層後行側の溶込みをラップさせることにより、ガウジングを行わずに開先ルート部の完全溶込みを得ることとするものである。
【0008】
すなわち、本発明によるガウジングレス完全溶込み溶接方法のポイントは、次の2点である。
(1)初層先行側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接すること。
(2)継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、開先面内仮付け溶接を初層先行側の開先だけに行うこと。
以下、本発明の溶接方法を着想するに至った経緯について説明する。
先行側初層溶接の溶込み形状の模式図を図1に示す。溶込み深さは、(A)図が最も小さく、以下、順に増加し、(E)図が最も大きくなっている。図中、1、2は被溶接部材、3は開先ルート部である。
すなわち、先行側初層溶接の溶込み形状については、次の5つのケースが考えられる。
(A)図 開先ルート部が未溶融
(B)図 開先ルート部が溶融(溶込み下限)
(C)図 溶込み底部が開先ルートフェイスの途中(本発明の標準状態)
(D)図 開先ルートフェイスを完全に溶融(溶込み上限)
(E)図 溶接アークが開先ルートフェイスを貫通し、過大な裏波ビードを形成
両面開先継手のガウジングレス完全溶込み溶接を行う場合、開先ルート部3において、先行側と後行側の溶込みをラップさせる必要がある。従って、初層先行側の溶接では、(D)図に示すように、開先ルートフェイスを完全に溶融して、裏波ビードを形成し、開先裏面側から確認するという方式が、一般的であった。
しかし、実施工における長尺継手では、開先精度が低下するため、ルートギャップなどの僅かな変動があると、(E)図に示すように、溶接アークが開先ルートフェイスを貫通し、過大な裏波ビードが形成され、その結果、高温ワレが発生する場合がある。
【0009】
そこで、本発明では、初層先行側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件、すなわち溶込み底部が(B)〜(D)図に示す範囲となるように溶接を行う。これにより、両面開先継手を、短尺継手から長尺継手に至るまで、自動的にガウジングなしで完全溶込み溶接を行うことが可能となる。
【0010】
上記(2)の開先面内仮付け溶接については、初層先行側と初層後行側に行う2通りの方法がある。また、初層先行側の溶接条件は、開先ルート部を貫通させない場合と貫通させる場合の2通りの条件がある。従って、上記2要因の組合せによる4通りの施工法を表1に比較する。
【0011】
【表1】
【0012】
表1に示すように、開先面内仮付けビードは初層先行側とし、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接した場合にのみ良好な結果が得られることが分かる。
すなわち、本発明が進歩性を有するとした点は、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接すると、開先面内仮付けビードの有無に鈍感であることを発見した点にある。
【0013】
また、本発明に係るガウジングレス完全溶込み溶接方法は、少なくとも初層の先行側の溶接方法には、高速回転アーク溶接方法または揺動アーク溶接方法を採用すると共に、先行溶接側の初層のビード幅をW、ビード高さをHとするとき、ビード断面形状係数H/Wが1.5以下となるように溶接するものである。
【0014】
両面開先の完全溶込み継手に対しては、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接することが有効であるが、この条件を満足するためには、溶接方法として高速回転アーク溶接方法または揺動アーク溶接方法が好ましい。より好ましくは、高速回転アーク溶接方法では溶接アークの回転速度が毎秒10Hz以上、揺動アーク溶接方法では溶接アークの揺動速度が毎秒10Hz以上とする。
これは、溶接アークの高速回転または高速揺動により、浅く幅の広い溶込み形状が得られることと、アークセンサによる溶接線自動倣い性能に優れるため、開先ルート部の溶込み形状の安定化に有効であるためである。
また、高温ワレの発生を防ぐために、先行溶接側の初層のビード断面形状係数H/Wが1.5以下(但し、Wはビード幅、Hはビード高さ)となるように溶接する。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、本発明のガウジングレス完全溶込み溶接方法によれば、仮付け溶接の有無にかかわらず、また短尺から長尺の部材まで、ガウジングなしで完全溶込みの自動溶接を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
本発明のポイントとなる両面開先の初層溶接の模式図を図2に示す。図2(a)は、先行側の初層溶接終了後、図2(b)は後行側初層溶接終了後の模式図である。
また、図3は本発明の溶接方法が適用される両面開先継手形状の一例を示す説明図である。図中、1、2は被溶接部材である。開先角度をθ、開先ルートフェイスをLF、開先ルートギャップをRGとすると、開先形状は、下記の範囲内であることが望ましい。
θ :40゜〜60゜
LF:1〜2mm
RG:0〜1mm
なお、図3では、左右均等の両面レ型開先を紹介したが、左右非対称の両面レ型開先、片面レ型開先、両面X開先の継手にも適用することができる。
【0017】
溶接長が500mmを超えるような長尺継手の場合は、溶接中の部材の熱変形を考慮し、溶接継手の拘束を行う必要があるが、ストロングバックと呼ばれる拘束板を取り付ける方式は煩雑であるため、開先面内に仮付け溶接を行う方式が一般的である。
また、このような両面開先継手の自動溶接を行う場合、2式の溶接トーチで開先の両側から同時に溶接を行う方式が効率的であるが、初層溶接に関しては例外である。すなわち、両面開先継手の初層溶接を2式の溶接トーチで両側同時に行い、開先ルート部の完全溶込みを得ようとすると、両側の溶融池が一体化し、溶接が不安定になると共に、非常に高温ワレの発生しやすいビード形状となる。従って、両面開先継手の初層溶接では、片側ずつ順に溶接するか、溶接進行方向に溶接トーチをオフセットして先行側および後行側溶接を行う方法が一般的である。
【0018】
高温ワレの発生限界については、ビード断面形状係数(ビード形状比ともいう)H/W が有力な指標とされている。図4に、ビード断面形状係数H/Wの定義を示す。ここに、Hはビード高さ、Wはビード幅である。
実際の高温ワレはH/Wだけでなく、溶接電流や溶接速度等の要因も関係しているが、ここではH/Wを用いて、耐高温ワレ性を評価するものとする。
【0019】
H/Wは、以下に示す関係式から概算することができる。図5に、H/Wの演算のためのビード形状および溶込み深さを模式的に示す。図5において、
θ :開先角度(deg)
SD:溶着断面積(mm2)
P :溶込み深さ(mm)
W :ビード幅(mm)
H :ビード高さ(mm)
L :溶着高さ(mm)
とし、溶着部形状を二等辺三角形で近似すると、溶着断面積SDが定まれば、ビード幅Wおよび溶着高さLは一義的に定まる。
すなわち、SD、W、Lには、下記の関係が成立する。
SD=L2 ・tan(θ/2) ・・・・(1)
W=2L・tan(θ/2) ・・・・(2)
図5の模式図に示すように、溶込み底面形状がビード表面と平行であると近似すれば、ルートフェイス面の溶込み深さPとビード高さH、溶着高さLには、下記の関係が成立する。
H=L+P・cos(θ/2) ・・・・(3)
従って、開先角度θ、溶着断面積SD、ルートフェイス部の溶込み深さPが定まれば、一義的にビード断面形状係数H/Wが定まる。
【0020】
例えば、開先角度θ=55゜、溶着断面積SD=25mm2、溶込み深さP=2.0mmの場合、ビード断面形状係数H/Wは、表2に示すように、約1.2程度となる。
【0021】
【表2】
【0022】
本発明では、H/Wを1.5以下に抑えるようにして高温ワレの発生を防いでいる。 後述する実施例では、溶込みを2mm、溶着量を25mm2程度に設定し、H/Wを1.2程度に抑えるために、開先角度を55゜としている。
【0023】
従って、本発明では、上記の溶込み、溶着量、および開先角度に適合するように、溶接条件(溶接電流、アーク電圧、溶接速度のほか、アーク回転条件(回転速度、回転直径)またはアーク揺動条件(揺動速度、揺動幅)を含む)を溶接試験により求めたものである。
先行溶接側の溶接条件は、先行側の溶込み深さが浅く、溶込みの幅が広くなるようにすることが望ましい。これによって、H/Wを1.5以下にすることができ、高温ワレの発生を防ぐことができるからである。
【0024】
上記の溶接条件を満足させるために、溶接方法としては、高速回転アーク溶接方法または高速揺動アーク溶接方法を採用する。
図6は高速回転アーク溶接方法を示す説明図で、図7は高速揺動アーク溶接方法を示す説明図である。各溶接装置のトーチ部は図示しない多関節溶接ロボットのアーム先端部に取り付けられている。
【0025】
図6、図7において、11、12はトーチ電極、13は溶接ワイヤ、14は溶接アーク、15はトーチ電極(回転トーチ)11の回転(旋回)支点、16はトーチ電極(揺動トーチ)12の揺動(回転)支点である。
回転トーチの電極11の回転機構、揺動トーチの電極12の揺動機構は公知のため図示は省略するが、例えば、回転機構については、トーチ電極11をモータにより偏心ギヤ機構を介して回転支点15を中心として円錐運動をさせる構成とすることにより、溶接アーク14を図示矢印方向に円運動させることができる。
トーチ電極11の回転速度はモータの回転数を検出し、モータ回転数により調整することができ、溶接アーク14(溶接ワイヤ13)の回転直径は偏心ギヤの偏心量を変更することで調整することができる。
また、揺動機構については、例えば、トーチ電極12をステッピングモータにより揺動支点16を中心に正逆回転(揺動)させる構成とすることにより、溶接アーク14を図示矢印方向に揺動させることができる。
トーチ電極12の揺動速度はステッピングモータの回転数により調整することができ、溶接アーク14(溶接ワイヤ13)の揺動幅はステッピングモータの回転角度を変更することで調整することができる。
さらに、高速回転アーク溶接、高速揺動アーク溶接のいずれにおいてもアークセンサによる自動溶接線倣い制御が可能である。
【0026】
図8は高速回転アーク溶接方法により溶込み形状(ビード断面形状係数H/W)を改善することができることを示したもので、アークの回転条件によりH/Wの変化を示す説明図である。高速揺動アーク溶接方法の場合でも同様の効果がある。
図8(A)に示すように、アーク回転なしの場合は、アーク圧力や入熱が開先ルート部に集中するため、溶込み深さは大となる。
一方、図8(B)、(C)のように回転アークの場合は、アーク圧力や入熱が分散するため、開先ルート部の溶込みが減少し、H/Wの値が減少する。この効果は、回転速度が速いほど、また回転直径が大きいほど顕著である。従って、アーク回転条件(回転速度・回転直径)の選定により、ビード断面形状係数H/Wを上述の1.5以下に制御することができる。
【0027】
回転アークのビード形状改善効果について調べた結果を図9に示す。図9はアーク回転速度に対する溶込み深さおよびビード形状比の関係をあらわしたグラフである。
開先角度、溶接条件等は次の通りとしたものである。
・ 溶接ワイヤ:1.6φソリッドワイヤ
・ シールドガス:CO2
・ 開先角度:55度
・ 溶接電流:Ia=350A
・ アーク電圧:Et=30V
・ 溶接速度:Vz=50cm/min
・ アーク回転直径:D=3mm
図9から、アーク回転速度が10Hz以上であれば、ビード形状比H/Wが1.5以
下となり、回転なしの場合に比べて、ビード形状を著しく改善できることがわかる。また、溶込み深さについても小さく抑えることが可能である。さらに、アーク回転速度が30Hz以上の場合は、ビード形状比および溶込み深さ共にほぼ一定となるので、アーク回転速度は最大でも50Hz程度を目安とすればよい。従って、アーク回転速度は10〜50Hzの範囲内にあれば十分に良好なビード形状および溶込み深さを得ることができる。
【0028】
図10は上記図9の実験における溶込み形状の模式図を示すものである。図10に示すように、回転なしの場合は高温ワレが発生した。アーク回転速度が10〜50Hzの場合は良好な溶込み形状および溶込み深さとなっていることがわかる。
【0029】
次に、図11は開先ルートギャップがある場合のビード形状をアーク回転の有無で比較した説明図である。溶接電流や溶接速度などのアーク回転以外の溶接条件は同じである。
アーク回転なしの場合は、アークが開先ルート部に集中しているため、僅かなルートギャップでもアークが開先ルートフェイスを貫通して過剰な裏波が形成され、H/Wが増加するため、高温ワレが発生する場合がある。
一方、回転アークではアーク圧力や入熱が分散するため、いわゆる「なべ底」状の溶込み形状となり、ルートフェイス貫通に対するルートギャップ幅の許容値は大幅に改善できる。
従って、ガウジングなしの完全溶込み溶接では、ルートギャップが過大な場合(1mm以上の場合)には、継手拘束のための仮付け溶接とは別に、ルートフェイス貫通の防止を目的としたシールビードをおく必要があるが、高速回転アーク溶接を採用した場合には、多少のルートギャップに対しては、シールビードを省略できるメリットがある。なお、高速揺動アーク溶接方法の場合でも同様の効果がある。
【0030】
ところで、溶接長が100mm前後の短尺継手の場合は仮付け溶接の必要性はあまりないが、溶接長が1mを超えるような長尺継手の場合には継手拘束のための仮付け溶接が必要になる場合がある。
本発明は、基本的に仮付けビードの有無にかかわらず、ガウジングなしの完全溶込み溶接を実現することを特徴とするものである。
そして、継手拘束のための仮付け溶接が必要な場合には、先行側の開先面内に仮付け溶接を行うこととするものである。その理由は、表1で説明したが、詳細を以下に説明する。
【0031】
<後行側の開先面に仮付けビードをおいた場合>
完全溶込みを要求される両面継手では、仮付けビードは開先ルート部に溶接されるが、仮付けビードの溶接品質は保証されていないので、本溶接にて完全に再溶融する必要がある。
例えば、両面レ形開先継手においてガウジングなしの完全溶込み溶接が要求される場合、開先ルートフェイスの厚さは1〜2mm程度が標準的と思われる。一方、継手拘束のための仮付けビードの「のど厚」は3mm程度以上が標準的である。
従って、後行側の開先面内に仮付けビードをおいた場合、初層先行側の溶接で仮付ビードを再溶融するのは不可能であるため、初層後行側の溶接によりその仮付けビードを再溶融する必要がある。この場合、さらに開先ルート部も確実に溶融するためには、溶接電流を通常よりも大幅に高く設定する必要がある。しかし、このような大電流の深溶込み溶接条件では、前述のH/Wが大きくなり、高温ワレの危険性が大きいため、現実的ではない。
【0032】
<先行側の開先面に仮付けビードをおいた場合>
開先ルートフェイスの厚さが1〜2mm程度の両面レ形開先において、溶込み深さが浅く、溶込み幅が広くなるような溶接条件・回転条件を選定し、先行側の初層の溶接試験を行った結果、図12に示すように、開先ルート部の溶込み深さは、仮付けビード20のある箇所と無い箇所でほとんど変化がなかった。なお、図12の仮付けビード20はあくまでもわかりやすくするために模式的に示したものであり、実際には初層先行側溶接により再溶融されており、仮付けビード20の輪郭部が存在するものではない。
これは、溶込み深さが浅く、溶込み幅が広い溶接条件・回転条件による高速回転アーク溶接方法では、溶接アークの圧力や入熱がアーク直下の開先ルート部に集中せず、周辺に分散するため、開先ルート部におかれた仮付けビードに対して溶込み形状が鈍感になるためと推察される。
以上の理由から、継手拘束のための仮付け溶接が必要な場合には、先行側の開先面内に仮付け溶接を行うこととするものである。
【0033】
図12に示したように、初層先行側の溶接は仮付けビードに対して溶込み形状が鈍感ではあるが、完全溶込み溶接継手が得られる仮付けビードの「のど厚」サイズについては、当然、実用的には制約がある。すなわち、通常、仮付けビードのサイズの「のど厚」は5mm以内となるように管理するが、これを越える場合には仮付けビードの「のど厚」が5mm以内となるようにグラインダ等を用いて研削除去すれば、ガウジングなしで完全溶込み溶接が可能となる。
【実施例】
【0034】
本発明の実施例として、図3に示した両面レ形開先継手を以下の条件により溶接した。
1.両面レ形開先継手の仕様
溶接長:2000mm
材質:SM490
板厚T:25mm
開先形状:両面レ形開先(左右均等)
開先角度θ:55゜
ルートフェイスLF:1.5mm
ルートギャップRG:最大1mm
溶接姿勢:横向き
2.開先面内仮付け溶接
先行側の開先ルート部に半自動GMAWで施工した。
仮付けピッチ:約300mm
仮付けビード長:約30mm
溶接ワイヤ:1.2mm径ソリッドワイヤ
シールドガス:Ar−20%CO2
裏当材:なし
(標準溶接条件)
溶接電流:180A
アーク電圧:18V
溶接速度:50cm/min程度
3.溶接プロセスおよび溶接装置
高速回転アーク式GMAW
溶接ワイヤ:1.6mm径ソリッドワイヤ
シールドガス:Ar−20%CO2
裏当材:なし
高速回転アーク溶接トーチを搭載した多関節溶接ロボットにて自動溶接した。
片側開先が4層10パスの多層盛り溶接
初層溶接はアークセンサによる溶接線自動倣い制御を実施
表側(先行側)と裏側(後行側)を1台のロボットで、1パスずつ交互に溶接
4.初層溶接条件
溶接速度 先行:45cm/min 後行:50cm/min
溶接電流 先行:350A 後行:400A
アーク電圧 先行:27V 後行:28V
回転速度 先行:50Hz 後行:30Hz
回転直径 先行:3mm 後行:2mm
5.2層目以降の溶接条件
溶接速度:30〜60cm/min
溶接電流:260〜400A
アーク電圧:24〜30V
6.溶接結果
超音波探傷試験の結果、欠陥はなく合格であった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の溶接方法の適用範囲を先行側初層溶接の溶込み状態により示す模式図。
【図2】初層先行側溶接を実施したときの溶込み形状を示す模式図。
【図3】本発明の溶接方法が適用される開先形状の一例を示す説明図。
【図4】ビード断面形状係数H/Wの定義を示す図。
【図5】ビード断面形状係数H/Wの演算のためのビード形状および溶込み深さを示す模式図。
【図6】高速回転アーク溶接方法を示す説明図。
【図7】高速揺動アーク溶接方法を示す説明図。
【図8】アークの回転条件による溶込み形状(ビード断面形状係数H/W)の変化を示す説明図。
【図9】溶込み深さおよびビード形状比に及ぼすアーク回転速度の影響の調査結果を示す図。
【図10】図9の実験における溶込み形状の模式図。
【図11】開先ルートギャップがある場合のビード形状をアーク回転の有無で比較した説明図。
【図12】仮付けビードの有無による初層先行側溶接ビードの溶込み形状の模式図。
【図13】従来のガウジングあり完全溶込み溶接方法の模式図。
【符号の説明】
【0036】
1、2 被溶接部材
3 開先ルート部
11 トーチ電極(回転トーチ)
12 トーチ電極(揺動トーチ)
13 溶接ワイヤ
14 溶接アーク
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスメタルアーク溶接(GMAW)による両面開先継手の完全溶込み溶接方法に係り、特に橋梁や鉄骨などの鋼構造製品において完全溶込みが要求される短尺から長尺の両面継手の先行側および後行側の初層溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
両面開先継手の完全溶込み溶接の模式図を図13に示す。すなわち、(a)図に示す先行側溶接では、ルート部に溶込み不良を起こし欠陥が発生しやすいため、(b)図に示すように、後行側の溶接に先立ち、先行側溶接のルート部を裏面側からはつり取った後に、(c)図に示す後行側溶接を行うものである。(b)図に示すガウジング工程は、現状、自動化されておらず、人間の介在が必要であるため、溶接ロボットなどを使用した溶接自動化の阻害要因となっていた。
【0003】
そこで、上記課題の対策として、ガウジングなしで完全溶込み溶接を行う方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。これは、両面溶接にてガウジングなしで完全溶込みを行うマグ溶接方法において、アークスタート端部に耐火物製エンドタブを使用し、アークスタート時の溶接電流を定常電流よりも20〜200A増加した高電流で溶接するものである。
【0004】
【特許文献1】特開平2−63683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
両面開先継手の完全溶込み溶接において、開先精度が良好で、かつ溶接条件を安定に制御できれば、溶接条件裕度は狭いが、初層の先行側と後行側の溶込みをラップさせ、完全溶込み継手を得ることは可能である。特許文献1は、この考え方に基づくものであるが、溶接開始直後から安定した溶融池が形成されるまでの過渡部において、溶込みの浅い箇所が生じるため、エンドタブやスタート時の溶接電流増加、あるいはスタート部の開先形状変化により対応しようとするものである。
しかし、特許文献1に示す技術は、その明細書に明記されているように、溶接長が100mm程度の短尺継手だけに適用が限定されている。すなわち、溶接長が1mを超えるような長尺の溶接継手では、継手拘束のために、開先面内に仮付け溶接を行う必要があるが、この場合には、仮付けビード部で溶込みが浅くなるため、上記の従来技術では対応がきわめて困難である。
また、長尺継手では、短尺継手と比較して、開先加工精度や組立精度が低下するため、溶接条件裕度に問題があった。具体的には、開先ルートフェイスが厚い場合には、先行側と後行側の開先ルート部の溶込みがラップせず融合不良が発生しやすい。また、逆に開先ルートフェイスが小さい場合やルートギャップが大きい場合には、先行側の初層溶接において溶接アークが開先ルート部を貫通し、過剰な裏波ビードが形成されるため、先行側の初層溶接ビードに高温ワレが生じやすいという問題があった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、以下の3点である。
(1)自動化を阻害する裏面からのガウジング工程を排除すること
(2)両面開先ルートの溶込みを確保し、高温ワレを排除すること
(3)開先面内仮付けによる拘束が必要な長尺継手にも適用範囲を拡げること
従って、本発明は、上記の課題を解決するガウジングレス完全溶込み溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明に係るガウジングレス完全溶込み溶接方法は、先行溶接と後行溶接とにより両面開先継手をガウジングなしで完全溶込み溶接するガスメタルアーク溶接において、
継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、初層溶接の先行側の開先面内に仮付け溶接を行い、
仮付けビードの有無にかかわらず、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接し、
後行溶接では、溶込み深さが開先ルートフェイスの厚さ以上となるような溶接条件で初層後行側を溶接して、初層先行側と初層後行側の溶込みをラップさせることにより、ガウジングを行わずに開先ルート部の完全溶込みを得ることとするものである。
【0008】
すなわち、本発明によるガウジングレス完全溶込み溶接方法のポイントは、次の2点である。
(1)初層先行側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接すること。
(2)継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、開先面内仮付け溶接を初層先行側の開先だけに行うこと。
以下、本発明の溶接方法を着想するに至った経緯について説明する。
先行側初層溶接の溶込み形状の模式図を図1に示す。溶込み深さは、(A)図が最も小さく、以下、順に増加し、(E)図が最も大きくなっている。図中、1、2は被溶接部材、3は開先ルート部である。
すなわち、先行側初層溶接の溶込み形状については、次の5つのケースが考えられる。
(A)図 開先ルート部が未溶融
(B)図 開先ルート部が溶融(溶込み下限)
(C)図 溶込み底部が開先ルートフェイスの途中(本発明の標準状態)
(D)図 開先ルートフェイスを完全に溶融(溶込み上限)
(E)図 溶接アークが開先ルートフェイスを貫通し、過大な裏波ビードを形成
両面開先継手のガウジングレス完全溶込み溶接を行う場合、開先ルート部3において、先行側と後行側の溶込みをラップさせる必要がある。従って、初層先行側の溶接では、(D)図に示すように、開先ルートフェイスを完全に溶融して、裏波ビードを形成し、開先裏面側から確認するという方式が、一般的であった。
しかし、実施工における長尺継手では、開先精度が低下するため、ルートギャップなどの僅かな変動があると、(E)図に示すように、溶接アークが開先ルートフェイスを貫通し、過大な裏波ビードが形成され、その結果、高温ワレが発生する場合がある。
【0009】
そこで、本発明では、初層先行側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件、すなわち溶込み底部が(B)〜(D)図に示す範囲となるように溶接を行う。これにより、両面開先継手を、短尺継手から長尺継手に至るまで、自動的にガウジングなしで完全溶込み溶接を行うことが可能となる。
【0010】
上記(2)の開先面内仮付け溶接については、初層先行側と初層後行側に行う2通りの方法がある。また、初層先行側の溶接条件は、開先ルート部を貫通させない場合と貫通させる場合の2通りの条件がある。従って、上記2要因の組合せによる4通りの施工法を表1に比較する。
【0011】
【表1】
【0012】
表1に示すように、開先面内仮付けビードは初層先行側とし、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接した場合にのみ良好な結果が得られることが分かる。
すなわち、本発明が進歩性を有するとした点は、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接すると、開先面内仮付けビードの有無に鈍感であることを発見した点にある。
【0013】
また、本発明に係るガウジングレス完全溶込み溶接方法は、少なくとも初層の先行側の溶接方法には、高速回転アーク溶接方法または揺動アーク溶接方法を採用すると共に、先行溶接側の初層のビード幅をW、ビード高さをHとするとき、ビード断面形状係数H/Wが1.5以下となるように溶接するものである。
【0014】
両面開先の完全溶込み継手に対しては、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で先行側初層を溶接することが有効であるが、この条件を満足するためには、溶接方法として高速回転アーク溶接方法または揺動アーク溶接方法が好ましい。より好ましくは、高速回転アーク溶接方法では溶接アークの回転速度が毎秒10Hz以上、揺動アーク溶接方法では溶接アークの揺動速度が毎秒10Hz以上とする。
これは、溶接アークの高速回転または高速揺動により、浅く幅の広い溶込み形状が得られることと、アークセンサによる溶接線自動倣い性能に優れるため、開先ルート部の溶込み形状の安定化に有効であるためである。
また、高温ワレの発生を防ぐために、先行溶接側の初層のビード断面形状係数H/Wが1.5以下(但し、Wはビード幅、Hはビード高さ)となるように溶接する。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、本発明のガウジングレス完全溶込み溶接方法によれば、仮付け溶接の有無にかかわらず、また短尺から長尺の部材まで、ガウジングなしで完全溶込みの自動溶接を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
本発明のポイントとなる両面開先の初層溶接の模式図を図2に示す。図2(a)は、先行側の初層溶接終了後、図2(b)は後行側初層溶接終了後の模式図である。
また、図3は本発明の溶接方法が適用される両面開先継手形状の一例を示す説明図である。図中、1、2は被溶接部材である。開先角度をθ、開先ルートフェイスをLF、開先ルートギャップをRGとすると、開先形状は、下記の範囲内であることが望ましい。
θ :40゜〜60゜
LF:1〜2mm
RG:0〜1mm
なお、図3では、左右均等の両面レ型開先を紹介したが、左右非対称の両面レ型開先、片面レ型開先、両面X開先の継手にも適用することができる。
【0017】
溶接長が500mmを超えるような長尺継手の場合は、溶接中の部材の熱変形を考慮し、溶接継手の拘束を行う必要があるが、ストロングバックと呼ばれる拘束板を取り付ける方式は煩雑であるため、開先面内に仮付け溶接を行う方式が一般的である。
また、このような両面開先継手の自動溶接を行う場合、2式の溶接トーチで開先の両側から同時に溶接を行う方式が効率的であるが、初層溶接に関しては例外である。すなわち、両面開先継手の初層溶接を2式の溶接トーチで両側同時に行い、開先ルート部の完全溶込みを得ようとすると、両側の溶融池が一体化し、溶接が不安定になると共に、非常に高温ワレの発生しやすいビード形状となる。従って、両面開先継手の初層溶接では、片側ずつ順に溶接するか、溶接進行方向に溶接トーチをオフセットして先行側および後行側溶接を行う方法が一般的である。
【0018】
高温ワレの発生限界については、ビード断面形状係数(ビード形状比ともいう)H/W が有力な指標とされている。図4に、ビード断面形状係数H/Wの定義を示す。ここに、Hはビード高さ、Wはビード幅である。
実際の高温ワレはH/Wだけでなく、溶接電流や溶接速度等の要因も関係しているが、ここではH/Wを用いて、耐高温ワレ性を評価するものとする。
【0019】
H/Wは、以下に示す関係式から概算することができる。図5に、H/Wの演算のためのビード形状および溶込み深さを模式的に示す。図5において、
θ :開先角度(deg)
SD:溶着断面積(mm2)
P :溶込み深さ(mm)
W :ビード幅(mm)
H :ビード高さ(mm)
L :溶着高さ(mm)
とし、溶着部形状を二等辺三角形で近似すると、溶着断面積SDが定まれば、ビード幅Wおよび溶着高さLは一義的に定まる。
すなわち、SD、W、Lには、下記の関係が成立する。
SD=L2 ・tan(θ/2) ・・・・(1)
W=2L・tan(θ/2) ・・・・(2)
図5の模式図に示すように、溶込み底面形状がビード表面と平行であると近似すれば、ルートフェイス面の溶込み深さPとビード高さH、溶着高さLには、下記の関係が成立する。
H=L+P・cos(θ/2) ・・・・(3)
従って、開先角度θ、溶着断面積SD、ルートフェイス部の溶込み深さPが定まれば、一義的にビード断面形状係数H/Wが定まる。
【0020】
例えば、開先角度θ=55゜、溶着断面積SD=25mm2、溶込み深さP=2.0mmの場合、ビード断面形状係数H/Wは、表2に示すように、約1.2程度となる。
【0021】
【表2】
【0022】
本発明では、H/Wを1.5以下に抑えるようにして高温ワレの発生を防いでいる。 後述する実施例では、溶込みを2mm、溶着量を25mm2程度に設定し、H/Wを1.2程度に抑えるために、開先角度を55゜としている。
【0023】
従って、本発明では、上記の溶込み、溶着量、および開先角度に適合するように、溶接条件(溶接電流、アーク電圧、溶接速度のほか、アーク回転条件(回転速度、回転直径)またはアーク揺動条件(揺動速度、揺動幅)を含む)を溶接試験により求めたものである。
先行溶接側の溶接条件は、先行側の溶込み深さが浅く、溶込みの幅が広くなるようにすることが望ましい。これによって、H/Wを1.5以下にすることができ、高温ワレの発生を防ぐことができるからである。
【0024】
上記の溶接条件を満足させるために、溶接方法としては、高速回転アーク溶接方法または高速揺動アーク溶接方法を採用する。
図6は高速回転アーク溶接方法を示す説明図で、図7は高速揺動アーク溶接方法を示す説明図である。各溶接装置のトーチ部は図示しない多関節溶接ロボットのアーム先端部に取り付けられている。
【0025】
図6、図7において、11、12はトーチ電極、13は溶接ワイヤ、14は溶接アーク、15はトーチ電極(回転トーチ)11の回転(旋回)支点、16はトーチ電極(揺動トーチ)12の揺動(回転)支点である。
回転トーチの電極11の回転機構、揺動トーチの電極12の揺動機構は公知のため図示は省略するが、例えば、回転機構については、トーチ電極11をモータにより偏心ギヤ機構を介して回転支点15を中心として円錐運動をさせる構成とすることにより、溶接アーク14を図示矢印方向に円運動させることができる。
トーチ電極11の回転速度はモータの回転数を検出し、モータ回転数により調整することができ、溶接アーク14(溶接ワイヤ13)の回転直径は偏心ギヤの偏心量を変更することで調整することができる。
また、揺動機構については、例えば、トーチ電極12をステッピングモータにより揺動支点16を中心に正逆回転(揺動)させる構成とすることにより、溶接アーク14を図示矢印方向に揺動させることができる。
トーチ電極12の揺動速度はステッピングモータの回転数により調整することができ、溶接アーク14(溶接ワイヤ13)の揺動幅はステッピングモータの回転角度を変更することで調整することができる。
さらに、高速回転アーク溶接、高速揺動アーク溶接のいずれにおいてもアークセンサによる自動溶接線倣い制御が可能である。
【0026】
図8は高速回転アーク溶接方法により溶込み形状(ビード断面形状係数H/W)を改善することができることを示したもので、アークの回転条件によりH/Wの変化を示す説明図である。高速揺動アーク溶接方法の場合でも同様の効果がある。
図8(A)に示すように、アーク回転なしの場合は、アーク圧力や入熱が開先ルート部に集中するため、溶込み深さは大となる。
一方、図8(B)、(C)のように回転アークの場合は、アーク圧力や入熱が分散するため、開先ルート部の溶込みが減少し、H/Wの値が減少する。この効果は、回転速度が速いほど、また回転直径が大きいほど顕著である。従って、アーク回転条件(回転速度・回転直径)の選定により、ビード断面形状係数H/Wを上述の1.5以下に制御することができる。
【0027】
回転アークのビード形状改善効果について調べた結果を図9に示す。図9はアーク回転速度に対する溶込み深さおよびビード形状比の関係をあらわしたグラフである。
開先角度、溶接条件等は次の通りとしたものである。
・ 溶接ワイヤ:1.6φソリッドワイヤ
・ シールドガス:CO2
・ 開先角度:55度
・ 溶接電流:Ia=350A
・ アーク電圧:Et=30V
・ 溶接速度:Vz=50cm/min
・ アーク回転直径:D=3mm
図9から、アーク回転速度が10Hz以上であれば、ビード形状比H/Wが1.5以
下となり、回転なしの場合に比べて、ビード形状を著しく改善できることがわかる。また、溶込み深さについても小さく抑えることが可能である。さらに、アーク回転速度が30Hz以上の場合は、ビード形状比および溶込み深さ共にほぼ一定となるので、アーク回転速度は最大でも50Hz程度を目安とすればよい。従って、アーク回転速度は10〜50Hzの範囲内にあれば十分に良好なビード形状および溶込み深さを得ることができる。
【0028】
図10は上記図9の実験における溶込み形状の模式図を示すものである。図10に示すように、回転なしの場合は高温ワレが発生した。アーク回転速度が10〜50Hzの場合は良好な溶込み形状および溶込み深さとなっていることがわかる。
【0029】
次に、図11は開先ルートギャップがある場合のビード形状をアーク回転の有無で比較した説明図である。溶接電流や溶接速度などのアーク回転以外の溶接条件は同じである。
アーク回転なしの場合は、アークが開先ルート部に集中しているため、僅かなルートギャップでもアークが開先ルートフェイスを貫通して過剰な裏波が形成され、H/Wが増加するため、高温ワレが発生する場合がある。
一方、回転アークではアーク圧力や入熱が分散するため、いわゆる「なべ底」状の溶込み形状となり、ルートフェイス貫通に対するルートギャップ幅の許容値は大幅に改善できる。
従って、ガウジングなしの完全溶込み溶接では、ルートギャップが過大な場合(1mm以上の場合)には、継手拘束のための仮付け溶接とは別に、ルートフェイス貫通の防止を目的としたシールビードをおく必要があるが、高速回転アーク溶接を採用した場合には、多少のルートギャップに対しては、シールビードを省略できるメリットがある。なお、高速揺動アーク溶接方法の場合でも同様の効果がある。
【0030】
ところで、溶接長が100mm前後の短尺継手の場合は仮付け溶接の必要性はあまりないが、溶接長が1mを超えるような長尺継手の場合には継手拘束のための仮付け溶接が必要になる場合がある。
本発明は、基本的に仮付けビードの有無にかかわらず、ガウジングなしの完全溶込み溶接を実現することを特徴とするものである。
そして、継手拘束のための仮付け溶接が必要な場合には、先行側の開先面内に仮付け溶接を行うこととするものである。その理由は、表1で説明したが、詳細を以下に説明する。
【0031】
<後行側の開先面に仮付けビードをおいた場合>
完全溶込みを要求される両面継手では、仮付けビードは開先ルート部に溶接されるが、仮付けビードの溶接品質は保証されていないので、本溶接にて完全に再溶融する必要がある。
例えば、両面レ形開先継手においてガウジングなしの完全溶込み溶接が要求される場合、開先ルートフェイスの厚さは1〜2mm程度が標準的と思われる。一方、継手拘束のための仮付けビードの「のど厚」は3mm程度以上が標準的である。
従って、後行側の開先面内に仮付けビードをおいた場合、初層先行側の溶接で仮付ビードを再溶融するのは不可能であるため、初層後行側の溶接によりその仮付けビードを再溶融する必要がある。この場合、さらに開先ルート部も確実に溶融するためには、溶接電流を通常よりも大幅に高く設定する必要がある。しかし、このような大電流の深溶込み溶接条件では、前述のH/Wが大きくなり、高温ワレの危険性が大きいため、現実的ではない。
【0032】
<先行側の開先面に仮付けビードをおいた場合>
開先ルートフェイスの厚さが1〜2mm程度の両面レ形開先において、溶込み深さが浅く、溶込み幅が広くなるような溶接条件・回転条件を選定し、先行側の初層の溶接試験を行った結果、図12に示すように、開先ルート部の溶込み深さは、仮付けビード20のある箇所と無い箇所でほとんど変化がなかった。なお、図12の仮付けビード20はあくまでもわかりやすくするために模式的に示したものであり、実際には初層先行側溶接により再溶融されており、仮付けビード20の輪郭部が存在するものではない。
これは、溶込み深さが浅く、溶込み幅が広い溶接条件・回転条件による高速回転アーク溶接方法では、溶接アークの圧力や入熱がアーク直下の開先ルート部に集中せず、周辺に分散するため、開先ルート部におかれた仮付けビードに対して溶込み形状が鈍感になるためと推察される。
以上の理由から、継手拘束のための仮付け溶接が必要な場合には、先行側の開先面内に仮付け溶接を行うこととするものである。
【0033】
図12に示したように、初層先行側の溶接は仮付けビードに対して溶込み形状が鈍感ではあるが、完全溶込み溶接継手が得られる仮付けビードの「のど厚」サイズについては、当然、実用的には制約がある。すなわち、通常、仮付けビードのサイズの「のど厚」は5mm以内となるように管理するが、これを越える場合には仮付けビードの「のど厚」が5mm以内となるようにグラインダ等を用いて研削除去すれば、ガウジングなしで完全溶込み溶接が可能となる。
【実施例】
【0034】
本発明の実施例として、図3に示した両面レ形開先継手を以下の条件により溶接した。
1.両面レ形開先継手の仕様
溶接長:2000mm
材質:SM490
板厚T:25mm
開先形状:両面レ形開先(左右均等)
開先角度θ:55゜
ルートフェイスLF:1.5mm
ルートギャップRG:最大1mm
溶接姿勢:横向き
2.開先面内仮付け溶接
先行側の開先ルート部に半自動GMAWで施工した。
仮付けピッチ:約300mm
仮付けビード長:約30mm
溶接ワイヤ:1.2mm径ソリッドワイヤ
シールドガス:Ar−20%CO2
裏当材:なし
(標準溶接条件)
溶接電流:180A
アーク電圧:18V
溶接速度:50cm/min程度
3.溶接プロセスおよび溶接装置
高速回転アーク式GMAW
溶接ワイヤ:1.6mm径ソリッドワイヤ
シールドガス:Ar−20%CO2
裏当材:なし
高速回転アーク溶接トーチを搭載した多関節溶接ロボットにて自動溶接した。
片側開先が4層10パスの多層盛り溶接
初層溶接はアークセンサによる溶接線自動倣い制御を実施
表側(先行側)と裏側(後行側)を1台のロボットで、1パスずつ交互に溶接
4.初層溶接条件
溶接速度 先行:45cm/min 後行:50cm/min
溶接電流 先行:350A 後行:400A
アーク電圧 先行:27V 後行:28V
回転速度 先行:50Hz 後行:30Hz
回転直径 先行:3mm 後行:2mm
5.2層目以降の溶接条件
溶接速度:30〜60cm/min
溶接電流:260〜400A
アーク電圧:24〜30V
6.溶接結果
超音波探傷試験の結果、欠陥はなく合格であった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の溶接方法の適用範囲を先行側初層溶接の溶込み状態により示す模式図。
【図2】初層先行側溶接を実施したときの溶込み形状を示す模式図。
【図3】本発明の溶接方法が適用される開先形状の一例を示す説明図。
【図4】ビード断面形状係数H/Wの定義を示す図。
【図5】ビード断面形状係数H/Wの演算のためのビード形状および溶込み深さを示す模式図。
【図6】高速回転アーク溶接方法を示す説明図。
【図7】高速揺動アーク溶接方法を示す説明図。
【図8】アークの回転条件による溶込み形状(ビード断面形状係数H/W)の変化を示す説明図。
【図9】溶込み深さおよびビード形状比に及ぼすアーク回転速度の影響の調査結果を示す図。
【図10】図9の実験における溶込み形状の模式図。
【図11】開先ルートギャップがある場合のビード形状をアーク回転の有無で比較した説明図。
【図12】仮付けビードの有無による初層先行側溶接ビードの溶込み形状の模式図。
【図13】従来のガウジングあり完全溶込み溶接方法の模式図。
【符号の説明】
【0036】
1、2 被溶接部材
3 開先ルート部
11 トーチ電極(回転トーチ)
12 トーチ電極(揺動トーチ)
13 溶接ワイヤ
14 溶接アーク
【特許請求の範囲】
【請求項1】
先行溶接と後行溶接とにより両面開先継手をガウジングなしで完全溶込み溶接するガスメタルアーク溶接において、
継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、初層溶接の先行側の開先面内に仮付け溶接を行い、
仮付けビードの有無にかかわらず、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で初層先行側を溶接し、
後行溶接では、溶込み深さが開先ルートフェイスの厚さ以上となるような溶接条件で初層後行側を溶接して、初層先行側と初層後行側の溶込みをラップさせることにより、ガウジングを行わずに開先ルート部の完全溶込みを得ることを特徴とするガウジングレス完全溶込み溶接方法。
【請求項2】
少なくとも初層の先行側の溶接方法には、高速回転アーク溶接方法または揺動アーク溶接方法を採用すると共に、先行溶接側の初層のビード幅をW、ビード高さをHとするとき、ビード断面形状係数H/Wが1.5以下となるように溶接することを特徴とする請求項1記載のガウジングレス完全溶込み溶接方法。
【請求項1】
先行溶接と後行溶接とにより両面開先継手をガウジングなしで完全溶込み溶接するガスメタルアーク溶接において、
継手拘束のために開先面内に仮付け溶接を行う場合には、初層溶接の先行側の開先面内に仮付け溶接を行い、
仮付けビードの有無にかかわらず、先行溶接側の溶接アークが開先ルートフェイスを貫通せず、かつ、開先ルート部が溶融するような溶接条件で初層先行側を溶接し、
後行溶接では、溶込み深さが開先ルートフェイスの厚さ以上となるような溶接条件で初層後行側を溶接して、初層先行側と初層後行側の溶込みをラップさせることにより、ガウジングを行わずに開先ルート部の完全溶込みを得ることを特徴とするガウジングレス完全溶込み溶接方法。
【請求項2】
少なくとも初層の先行側の溶接方法には、高速回転アーク溶接方法または揺動アーク溶接方法を採用すると共に、先行溶接側の初層のビード幅をW、ビード高さをHとするとき、ビード断面形状係数H/Wが1.5以下となるように溶接することを特徴とする請求項1記載のガウジングレス完全溶込み溶接方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2008−43986(P2008−43986A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−223487(P2006−223487)
【出願日】平成18年8月18日(2006.8.18)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月18日(2006.8.18)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】
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