説明

ガスクラスターイオンビームを用いた飛行時間型二次イオン質量分析装置

【課題】照射面の二次元情報を保持したまま高質量数の二次イオンをパルス化できるガスクラスターイオンビームを用いた飛行時間型二次イオン質量分析装置を提供する。
【解決手段】
分析試料5の照射面から放出される二次イオンは、照射面の二次元情報を保持したまま引出電極15で引き出され、パルスゲート電極部に入射する。第一の通過孔23aから第一、第二の電極21a、21b間に進入した二次イオンはパルス電圧により加速される。第二の通過孔23bを通過した二次イオンは空間的・時間的収束をおこなう複数の扇形静電型分析器からなる分析器40に進入する。パルスゲート電極部で加速された二次イオンのみが選別されるとともに同一の電荷質量比を有する二次イオンは照射面の二次元情報を保持したままイオン検出器50に同時に入射して位置と時刻が検出されるように複数の静電型分析器が配置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクラスターイオンビームを一次イオンビームに用いた飛行時間型二次イオン質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型二次イオン質量分析法(Time of flight secondary ion mass spectrometry、以降TOF−SIMSと称する)はイオン源から数10keVの加速エネルギーで引き出された一次イオンを試料に照射し、試料から生成された二次イオンの質量を飛行時間に従って同定し、試料表面の原子・分子組成を明らかにする方法である。試料表面をGaイオンやAuイオン等の液体イオンビームによって二次元スキャンすると、質量の二次元分布を数μm以下の空間分解能で得ることができる。最近では有機物に対する二次イオン収率の向上を目指してGaイオンやAuイオンに変わって、BiイオンやC60イオンが使用され始めている。
【0003】
一方これらのイオンに比べて、数百から数千の多数の原子・分子のサイズからなるガスクラスターイオンビーム(GCIB)は一個あたりのエネルギーが数eV以下と小さいため、GCIBを一次イオンとして用いる事ができれば、高分子試料をフラグメントに分解することが少なく、分子イオンの検出が期待できる。また二次イオン収量が大きいため感度向上が期待でき、TOF−SIMSの応用範囲が拡大すると考えられる。
【0004】
しかしながら、一次イオンビームとしてGCIBを従来の液体金属イオンに置き換えて使用すると次のような二つの問題点が生じる。
一つ目の問題点は、GCIBではクラスターサイズに対応して数10eV程度のエネルギー分布を持ち、レンズの色収差に起因するビームの広がりが不可避であるため、数μm程度のビーム径を得ることが困難なことである。従って、GCIBによって試料表面を二次元スキャンする場合、上述の液体イオンビームのような空間分解能を得ることはビーム光学系を複雑化し困難であった。
【0005】
二つ目の問題点は、GCIBは広いサイズ分布を有するために、一定エネルギーで加速されたGCIBはサイズによって速度が異なり、試料までのドリフト空間を走行中にサイズに従い分離してしまい、従来のビームのように数nsec以下の短いイオンパケットを生成することが困難なことである。後述するように、TOF−SIMSでは一次ビームのイオンパケットの時間幅が小さいほど大きい質量分解能を得られるのだが、GCIBでは高々数μsecのイオンパケットしか得ることができない。従ってGCIBを試料に連続的に照射し、照射面から放出される二次イオンをパルス化する技術が必要である。
GCIBをTOF−SIMSの一次イオンビームとして用いるためにはこれらの2つの課題を解決する必要がある。
【0006】
特許文献2では、イメージング質量分析計において、0.5〜1mm程度のビーム径を有する一次イオンビームを試料に照射し、広い照射面から脱離した二次イオンの相対位置関係を保持したまま、TOF−SIMSを用いて試料の二次元質量分布を得る方法が開示されている。つまり、試料表面をイオンビームで二次元スキャンするのではなく、照射面の異なる位置から放出される二次イオンの相対位置関係をそのまま保持させる方法により、一つ目の課題は解決できると考えられる。
【0007】
しかしながら特許文献2には、二つ目の課題である一次イオンビームが連続である場合の二次イオンのパルス化技術は記述されていない。
連続的に生成される二次イオンのパルス化法として、本分野では、ガスクロマトグラフィー(GC−MS)などで用いられる直交加速法が広く知られているが、この方法では試料の二次元位置情報が損なわれてしまうという問題がある。
【0008】
また、連続イオンビームをパルス幅の短いイオンパケットに生成するため、マスゲート(非特許文献1参照)を用いた横型ビーム偏向法(横型ゲート)もよく知られているが、この方法においても分子量の大きなイオンの場合、偏向電場を通過するのに無視できない時間を要し、パルス幅が長くなるという欠点がある。たとえば2mmの有効偏向電場領域を加速エネルギー2keVを有する質量数5000のイオンが通過するのに要する時間は230nsecである。従って偏向電極にはパルス幅115nsec以上の電圧パルスを印加しなければならない。パルス幅を短くするために偏向電場のビーム進行方向(軸方向)長さを極端に短くする必要があるが、ビームをON/OFFするための偏向角を十分に得るためには高い偏向電圧を要するので、偏向電場の軸方向長さは極端に短くはできない。
【0009】
一般に、飛行時間型の質量分析計の分解能RはR=M/ΔM=T/2ΔTで与えられる。ここにTは二次イオンの飛行時間、ΔTは二次イオンパケットの時間幅である。
分解能を大きくするにはΔTを一定に保持しつつ、Tを大きくすればよい。分析計を大型化させず飛行時間Tを大きくする方法としては、同一軌道を周回させる方法(非特許文献2参照)、あるいはイオンミラーを用いた多重反射法(特許文献1参照)が知られているが、二次元情報を維持したまま多重周回や多重反射が可能かどうかは現在のところ不明である。
つまり、GCIBをTOF−SIMSの一次イオンビームとして用いるためには、試料の二次元情報を保持した状態で高質量数の二次イオンをパルス化する技術が必要であるが、現在までその具体的な技術は見つかっていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2009−512162号公報
【特許文献2】特開2007−157353号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】P.R.Vlasak, et al.,Rev.Sci.Instrument.,1996,67(1),p68
【非特許文献2】豊田、J.Vac.Soc.Jpn(真空)、2007、50、No24、p246
【非特許文献3】W.P.Poschenrieder,Int.J.Mass Spectrom.Ion Phys.,1972,9,p357
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記従来技術の不都合を解決するために創作されたものであり、その目的は、照射面の二次元情報を保持したまま高質量数の二次イオンをパルス化できるGCIBを用いたTOF−SIMS装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明は、真空槽と、前記真空槽内を真空排気する真空排気装置と、前記真空槽内に配置される分析試料の表面にガスクラスターイオンビームを照射し、前記ガスクラスターイオンビームが照射された照射面から、前記分析試料のイオンから成る正または負電荷を有する二次イオンを放出させるイオン銃と、前記照射面から放出された前記二次イオンを前記分析試料上から引き出す引出電極と、前記引出電極によって引き出された前記二次イオンがパルス加速されるパルスゲート電極部と、前記パルスゲート電極部で加速された前記二次イオンの空間的・時間的収束をおこなう複数の扇形静電型分析器と、前記複数の扇形静電型分析器を通過した前記二次イオンの入射位置を入射時刻に対応して検出するイオン検出器とを有するTOF−SIMS装置であって、前記パルスゲート電極部は、前記引出電極で加速された前記二次イオンの進行方向に配置され、第一、第二の通過孔がそれぞれ設けられた第一、第二の電極と、前記第一の電極にパルス状の電圧を印加し、前記第一の通過孔から前記第一、第二の電極間に進入した前記二次イオンを前記第一の電極から前記第二の電極に向けて加速させるパルス電源とを有し、前記パルスゲート電極部で加速された前記二次イオンは、電荷質量比に応じた時刻で、所定の収束位置で収束した後、前記二次イオンの空間的・時間的収束をおこなう前記複数の扇形静電型分析器に入射するようにされ、前記複数の扇形静電型分析器は、それぞれ環状の外周電極と前記外周電極の内周に位置する内周電極によって形成される環状のイオン通路を有し、前記外周電極と前記内周電極の間に印加される電圧により、前記イオン通路に入射した前記二次イオンは、電荷質量比に応じた時間で前記イオン通路を通過するようにされたTOF−SIMS装置である。
【0014】
本発明はTOF−SIMS装置であって、前記複数の扇形静電型分析器は、入射した前記二次イオンの電荷質量比が同じでもエネルギーが大きいほど長い時間で通過させるように構成されている。
【発明の効果】
【0015】
一次イオンビームを試料表面でスキャンすることなく試料の二次元質量分布を検出できるので大幅な計測時間の短縮になる。
GCIBを一次イオンビームに利用すると高分子、生体試料に対しても二次元質量分布を検出可能になるので、医療分野等に応用範囲が飛躍的に拡大する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のTOF−SIMS装置の一例の内部構成図
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明であるGCIBを使用したTOF−SIMS装置の構造を説明する。図1は本発明であるTOF−SIMS装置10の一例の内部構成図を示している。
TOF−SIMS装置10は真空槽11と真空排気装置12を有している。真空排気装置12は真空槽11に接続され、真空槽11内を真空排気可能に構成されている。
真空槽11内には試料台14が配置され、試料台14には分析試料5が載置されている。
【0018】
TOF−SIMS装置10は銃口からGCIBを放出可能なイオン銃13を有している。イオン銃13は銃口が真空槽11内に位置するように真空槽11の内壁を気密に貫通して設置され、真空槽11内の分析試料5表面にGCIBを照射できるように構成されている。
真空槽11内の分析試料5表面と対面する位置には数Φの開口径の平板形状の引出電極15が配置されている。
【0019】
分析試料5を載置する試料台14には試料電源16が電気的に接続され、二次イオンの正又は負の電荷に対応して、負又は正の直流電圧が印加される。引出電極15は電気的に接地され、試料台14と引出電極15との間に電場を形成できるように構成されている。
【0020】
後述するように分析試料5にGCIBが照射されると、照射面から放出される二次イオンは、分析試料5と引出電極15との間の電場により、照射面での、分析試料5から引出電極15に向けて加速されて引き出される。
【0021】
引出電極15のビーム下流(引出電極15で引き出された二次イオンの進行方向)には平板形状の第一、第二の電極21a、21bがこの順に並んで配置されている。第一、第二の電極21a、21bにはそれぞれ第一、第二の通過孔23a、23bが設けられている。ここでは第一、第二の通過孔23a、23bの大きさはどちらもΦ3あり、第一、第二の電極21a、21bの間の間隔は10mmにされている。
【0022】
第一の電極21aにはパルス電源22が電気的に接続され、第二の電極21bは電気的に接地されている。パルス電源22は第一の電極21aにパルス状の電圧を印加して、第一、第二の電極21a、21b間に電場を形成できるように構成されている。
【0023】
後述するように照射面での相対的な二次元位置関係を維持したまま第一の通過孔23aから第一、第二の電極21a、21b間に進入する二次イオンは、第一、第二の電極21a、21b間の電場により、第一の電極21aから接地された第二の電極21bに向けて加速され、第二の通過孔23bを通過した後、二次イオンの電荷質量比(q/m)に応じた時刻に所定の収束位置(以後、空間収束点30と呼ぶ)で収束するようにされている。ここでqとmはそれぞれ二次イオンの電荷と質量を示している。
【0024】
第一、第二の電極21a、21b間に位置する二次イオンを、進行方向に垂直な平面内での相対的な二次元位置関係を維持したまま、電荷質量比に応じた時刻に所定の空間収束点30で収束させるような加速をパルス加速と呼ぶ。
【0025】
引出電極15によって引き出された二次イオンをパルス加速する装置をパルスゲート電極部と呼ぶと、パルスゲート電極部は第一、第二の電極21a、21bとパルス電源22とで構成されている。
【0026】
空間収束点30のビーム下流側には時間的・空間的収束が可能な複数の扇形静電型分析器40が配置されている。ここではこのような分析器40の一例としてTRIFT型分析器が配置されている(非特許文献4)。
【0027】
ここで「時間的収束」とは、分析器40への二次イオンの入射点からイオン検出器50に到達するまでの飛行時間が、入射する二次イオンの質量の違いにより生じる時間の違い以外全く同じになる、すなわち、初期条件(光軸に垂直な面内での位置座標、角度及びエネルギー)が違っても、質量と電荷が同じであれば、全く同時にイオン検出器50に到達することを意味する。
【0028】
「空間的収束」とは分析器40の入射点における光軸(中心軌道)に垂直な平面内での相対的な二次元位置関係(二次イオン像)を保持したまま、エネルギーの初期条件に依存せずイオン検出器50に拡大または縮小を除いて入射する、すなわち結像することを意味する。つまり、複数の二次イオンの試料上での相対的な二次元位置関係と同じ二次元位置関係でイオン検出器50の検出面に到達することを意味する。
【0029】
空間収束点30からTRIFT型分析器40までの経路を第一のドリフト距離L3と呼ぶ。パルスゲート電極部で加速された二次イオンは、電荷質量比に応じた時刻で空間収束点30で収束した後、第一のドリフト距離L3経路中に設置されたレンズ35によって平行化して、TRIFT型分析器40に入射するようにされている。TRIFT型分析器40では分析試料5からの二次イオン像が検出位置で結像するためには入射二次イオンは平行化されていることが必要である。
(非特許文献4)B.W.Schueler,Microsc.Microanal.Microstruct,3(1992)p119
TRIFT型分析器40はここでは三つの曲線部411、412、413と四つの直線部D1、D2、D3、D4を有し、直線部と曲線部は真空槽11内で全体として環状になるように交互に並んで配置されている。TRIFT型分析器40の曲率R0=Dとすると、符号D1、D2、D3、D4の直線部の長さはそれぞれD/2、D、D、D/2である。
【0030】
曲線部411、412、413はそれぞれ外周電極41a1、41a2、41a3と、外周電極41a1、41a2、41a3の内周に位置する内周電極41b1、41b2、41b3を有している。以後外周電極41a1、41a2、41a3と内周電極41b1、41b2、41b3との間の位置で形成される環状の通路をイオン通路と呼ぶ。
【0031】
外周電極41a1、41a2、41a3と内周電極41b1、41b2、41b3には不図示の電源装置が電気的に接続され、電源装置は外周電極41a1、41a2、41a3と内周電極41b1、41b2、41b3との間のイオン通路に電場を形成するように構成されている。
【0032】
分析器40に入射する二次イオンは、二次イオンの電荷質量比に応じた時間でイオン通路を通過し、かつ同じ電荷質量比でもエネルギーが大きい二次イオンはエネルギーが小さい二次イオンより長い時間でイオン通路を通過するようになっている。
【0033】
具体的には、イオン通路内では、同一の電荷質量比を有する複数の二次イオンのうち、エネルギーの大きい二次イオンはエネルギーの小さい二次イオンより外周電極41a1、41a2、41a3に近い経路を飛行し、実質的に長い飛行距離を飛行するため、イオン通路を通過するまでに長い時間がかかる。
【0034】
TRIFT型分析器40からイオン検出器50までの経路を第二のドリフト距離L4と呼ぶと、分析器40を通過した二次イオンは、第二のドリフト距離L4を飛行してイオン検出器50に入射するようになっている。
【0035】
同一の電荷質量比を有する複数の二次イオンのうち、エネルギーの大きい二次イオンはエネルギーの小さい二次イオンより第一のドリフト距離L3と第二のドリフト距離L4とを短い時間で通過するが、その時間差だけ、イオン通路を通過するのに長い時間がかかるようにされている。
【0036】
言い換えると、同一の電荷質量比を有する二次イオンは、エネルギーの差に依らず、第一のドリフト距離L3とイオン通路と第二のドリフト距離L4の全体を同じ時間で通過するようにされている。
【0037】
さらに、分析器40は、一端から入射する複数の二次イオンを、入射するときの進行方向(光軸)に垂直な平面内での相対的な二次元位置関係と同じ二次元位置関係で他端から射出するように構成されている。
【0038】
二次イオンは照射面での相対的な二次元位置関係を保持したまま分析器40の一端に入射するので、照射面での相対的な二次元位置関係と同じ二次元位置関係で分析器40の他端から射出され、第二のドリフト距離L4を互いに平行に飛行した後、照射面での相対的な二次元位置関係と同じ二次元位置関係を保持したままイオン検出器50に入射する。
【0039】
イオン検出器50は平面状に束ねられた多数のチャンネル型二次電子増倍管を有するマイクロチャンネルプレート(MCP)であり、入射する二次イオンの入射位置を入射時刻に対応して検出するように構成されている。
【0040】
真空槽11の外側にはデータ処理部51が配置されている。データ処理部51はイオン検出器50とパルス電源22に接続され、パルス電源22でのパルス電圧の印加開始時刻と、イオン検出器50で検出される二次イオンの入射時刻とから、当該二次イオンの電荷質量比を計算するように構成されており、従って、計算結果から分析試料5の照射面を構成する原子・分子の電荷質量比の二次元分布を得ることができる。
【0041】
本発明のTOF−SIMS装置10を用いた質量分析方法を説明する。
真空槽11内を真空排気する。以後、真空排気を継続して、真空槽11内の真空雰囲気を維持する。
真空槽11内の真空雰囲気を維持しながら不図示の搬入機構により真空槽11内に分析試料5を搬入し、引出電極15と対面する試料台14上に配置する。試料台14にここでは2000Vの電圧を印加し、電気的に接地された引出電極15との間に電場を形成しておく。
【0042】
イオン銃13から分析試料5の照射面にGCIBを照射する。以後、照射面の質量分析を終えるまでGCIBの照射を継続する。
GCIBが照射された照射面から、分析試料5のイオンからなる正または負電荷を有する二次イオンが放出される。この二次イオンは、分析試料5と引出電極15の間の電場により照射面での相対的な二次元位置関係を維持したまま、分析試料5から引出電極15に向けて互いに平行に飛行するように加速される。
【0043】
引出電極15により加速された一価の二次イオンのエネルギー分布は、中心値が2000eVに数eV〜数10eVの初期エネルギーを付加した分布になる。
引出電極15によって引き出された二次イオンは、照射面での相対的な二次元位置関係を維持したまま、パルスゲート電極部の第一の通過孔23aから、第一、第二の電極21a、21b間に進入し、第二の通過孔23bを通過する。
【0044】
TRIFT型分析器40の三つの曲線部411、412、413を、二次イオンの進行方向の上流側から下流側に向かって順に第一、第二、第三の静電分析器と呼ぶ。
第一、第二、第三の静電分析器411、412、413の外周電極41a1、41a2、41a3に正電圧を、内周電極41b1、41b2、41b3に負電圧を印加し、2100eVより大きく2200eVより小さいエネルギーの二次イオンが通過できるような電場をイオン通路に形成しておく。
【0045】
ここでは第一の静電分析器411の下流側の直線部D2にはスリット43が配置されている。スリット43は第一の静電分析器411に入射する二次イオンのうちエネルギーが2100eV以下若しくは2200eV以上の二次イオンの飛行経路と交差するように配置されている。
【0046】
パルスゲート電極部の第二の通過孔23bを通過した二次イオンは、照射面での相対的な二次元位置関係を維持したまま、第一のドリフト距離L3を飛行した後、第一の静電分析器411に入射する。
【0047】
後述するパルス電圧印加工程の前は、一価の二次イオンは2100eVより小さいエネルギーで第一の静電分析器411に入射するので、スリット43に衝突して吸収され、イオン検出器50には到達しない。
また二価以上の二次イオンは2200eVより大きいエネルギーで第一の静電分析器411に入射するので、スリット43に衝突して吸収され、イオン検出器50には到達しない。
【0048】
次にパルス電圧印加工程として、第一の電極21aに急峻な立ち上がりで200Vの正電圧(パルス電圧と呼ぶ)を印加し、少なくともパルス電圧の印加開始時に第一の通過孔23aを通過している二次イオンが第二の通過孔23bを通過するまでの時間はパルス電圧を印加し続ける。
【0049】
第一、第二の電極21a、21bの間にはE1=2×104V/mの大きさの電場が形成される。第一、第二の電極21a、21bの間に位置する二次イオンは形成された電場E1により、第一の電極21aから第二の電極21bに向けて加速され、第二の通過孔23bを通過する。
【0050】
第二の通過孔23bを通過した後の二次イオンの飛行距離をL2とすると、第一、第二の電極21a、21bにパルス電圧の印加を開始してから二次イオンが距離L2まで飛行するのに要する所要時間t1-2は次式で与えられる。第一項は第一、第二の電極21a、21b間での所要時間、第二項は第二の通過孔23bを通過してからの所要時間である。
【0051】
【数1】

【0052】
ここに、U1=U0(1+δ)
0:引出電極15での加速電圧
δ=ΔU/U0 ΔU:第一の通過孔23aに入射するときの二次イオンのエネルギー(初期エネルギー)分布の半値全幅
2=U1+E1×s
s:パルス電圧の印加を開始した時刻における第一、第二の電極21a、21b間での二次イオンの位置(第二の電極21bから測定した距離)
δ<<1、E1×s/U0<<1として上式を級数展開し、一次の項を求めると
【数2】

【0053】
第一項はL2=2U0/E1=200mmと選ぶことによりゼロになる。つまりt1-2はパルス電圧の印加を開始した時刻における二次イオンの位置sに依存しなくなり、δ=0とすると、同一の電荷質量比(q/m)を有する二次イオンはL2=200mmの位置に同時に到達することになる。L2=200mmの位置が前述の空間収束点30である。
【0054】
第二項は同一の電荷質量比(q/m)を有する二次イオンの初期エネルギー分布ΔUに基づくL2の位置での時間差(L2の位置を通過する時刻の分布の半値全幅)である。以後この第二項の値をδの時間差と呼ぶ。
【0055】
上述のように初期エネルギー分布の半値全幅ΔUは数10eVに達する場合もある。二次イオンの加速電圧U0=2000V、ΔU=20Vとすると、δ=ΔU/U0=0.01(1%)となる。
【0056】
パルス電圧で加速された一価の二次イオンは、第二の通過孔23bを通過するまでに、δ=0とすると、2000eVより大きく2200eVより小さい範囲のエネルギーに加速され、照射面での二次元相対位置関係を維持したまま、第一のドリフト距離L3を飛行した後、TRIFT型分析器40に入射する。
【0057】
前述のようにTRIFT型分析器40のイオン通路の電場は2100eVより大きく2200eVより小さいエネルギーの二次イオンを通過させるように設定されているので、このエネルギー範囲の一価の二次イオンはスリット43に衝突せずにイオン通路を通過する。
【0058】
なおパルス電圧で加速された二価以上の二次イオンは、2200eVより大きいエネルギーで第一の静電分析器411に入射するので、スリット43に衝突して吸収され、イオン通路を通過しない。
【0059】
δ=0とすると、同時に空間収束点30を通過する同一の電荷質量比を有する複数の二次イオンのうち、エネルギーの大きい二次イオンはエネルギーの小さい二次イオンより短い時間で第一のドリフト距離L3を通過し、早い時刻に第一の静電分析器411の一端に入射するが、曲率半径が大きいためにイオン通路を長い時間で通過するので、エネルギーの小さい二次イオンより遅い時刻に第三の静電分析器413の他端から射出され、短い時間で第二のドリフト距離L4を通過して、エネルギーの小さい二次イオンと同じ時刻にイオン検出器50に入射する。
【0060】
しかしながら、同一の電荷質量比を有する複数の二次イオンは空間収束点30を通過時にδの時間差を有しているので、δの時間差を有したままTRIFT型分析器40に到達することになる。
イオン検出器50は入射する二次イオンの入射位置を入射時刻に対応して検出する。
【0061】
パルス電源22でのパルス電圧の印加開始時刻と、イオン検出器50で検出される二次イオンの入射時刻とから、二次イオンの電荷質量比を計算する。ここではイオン検出器50に到達する二次イオンは一価なので、電荷質量比から質量を計算してもよい。計算結果から、分析試料5の照射面を構成する原子・分子の二次元の相対位置情報と電荷質量比の情報の両方を同時に得ることができる。
【0062】
次に本発明であるTOF−SIMS装置10の質量分解能R=m/Δmを評価する。ここでΔmは質量分布におけるピークの半値全幅である。
空間収束点30からTRIFT型分析器40を経由してイオン検出器50までの飛行距離、すなわち第一のドリフト距離L3とイオン通路と第二のドリフト距離L4との和をL5とすると、質量分解能Rは次式で表される。
【0063】
【数3】

【0064】
ここにv0=√(2qU0/m)である。
ここでは飛行距離L5=2mであり、質量分解能Rを評価すると、L5/L2=10、δ=0.01より、R=1000の質量分解能が得られることがわかる。
【0065】
本発明のTOF−SIMS装置10では、パルスゲート電極部と引出電極15の間に、二次イオンの初期エネルギー分布の半値全幅ΔUを小さくするエネルギーフィルターを配置してもよい。この場合には上式の結果から質量分解能Rの向上に繋がるので好ましい。
【符号の説明】
【0066】
5……分析試料
10……飛行時間型二次イオン質量分析装置(TOF−SIMS)
11……真空槽
12……真空排気装置
15……引出電極
21a、21b……第一、第二の電極
22……パルス電源
23a、23b……第一、第二の通過孔
40……複数の扇形静電型分析器(TRIFT型分析器、分析器)
41a1、41a2、41a3……外周電極
41b1、41b2、41b3……内周電極
50……イオン検出器


【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽と、
前記真空槽内を真空排気する真空排気装置と、
前記真空槽内に配置される分析試料の表面にガスクラスターイオンビームを照射し、前記ガスクラスターイオンビームが照射された照射面から、前記分析試料のイオンから成る正または負電荷を有する二次イオンを放出させるイオン銃と、
前記照射面から放出された前記二次イオンを前記分析試料上から引き出す引出電極と、
前記引出電極によって引き出された前記二次イオンがパルス加速されるパルスゲート電極部と、
前記パルスゲート電極部で加速された前記二次イオンの空間的・時間的収束をおこなう複数の扇形静電型分析器と、
前記複数の扇形静電型分析器を通過した前記二次イオンの入射位置を入射時刻に対応して検出するイオン検出器と
を有する飛行時間型二次イオン質量分析装置であって、
前記パルスゲート電極部は、前記引出電極で加速された前記二次イオンの進行方向に配置され、第一、第二の通過孔がそれぞれ設けられた第一、第二の電極と、前記第一の電極にパルス状の電圧を印加し、前記第一の通過孔から前記第一、第二の電極間に進入した前記二次イオンを前記第一の電極から前記第二の電極に向けて加速させるパルス電源とを有し、
前記パルスゲート電極部で加速された前記二次イオンは、電荷質量比に応じた時刻で、所定の収束位置で収束した後、前記二次イオンの空間的・時間的収束をおこなう前記複数の扇形静電型分析器に入射するようにされ、
前記複数の扇形静電型分析器は、それぞれ環状の外周電極と前記外周電極の内周に位置する内周電極によって形成される環状のイオン通路を有し、前記外周電極と前記内周電極の間に印加される電圧により、前記イオン通路に入射した前記二次イオンは、電荷質量比に応じた時間で前記イオン通路を通過するようにされた飛行時間型二次イオン質量分析装置。

【図1】
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【公開番号】特開2011−228069(P2011−228069A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−95415(P2010−95415)
【出願日】平成22年4月16日(2010.4.16)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】