説明

ガスクロマトグラフ質量分析装置

【課題】 He由来バックグラウンドの主原因であるHe*を根本的に除去することができるガスクロマトグラフ質量分析装置を提供する。
【解決手段】 MS部30の真空チャンバ31内に配設されたイオン化室32に排気用開口を設け、該排気用開口に接続された真空ポンプ38によって生じる圧力差を利用して、イオン化室32に導入されたHe及びイオン化室32内で発生したHe*を信号イオンの取り出し方向とは異なる方向に排出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ質量分析装置(以下、適宜GCMSと略す)は、図3に示すように、試料に混在する各成分を時間的に分離するためのガスクロマトグラフ部(以下、適宜GC部と略す)10と、GC部10で分離された成分を質量数(質量/電荷)に基づいて分離・検出するための質量分析部(以下、適宜MS部と略す)30をインターフェイス部20で連結した構成を有している。MS部30は試料を電離するためのイオン化用電子源(フィラメント)33が配設されたイオン化室32と、イオン化した試料を質量に基づいて分離するQMF(Quadrupole-mass-filter、四重極マスフィルタ )などの質量分離器36と、該質量分離器36によって分離されたイオンを検出する検出器37を備えている。イオン化室32で発生したイオンはイオン化室32と引き出し電極34との間の電位差によってイオン化室32から引き出され、イオン輸送光学系35を介して質量分離器36に進入する。
【0003】
試料は、キャリアガスである希ガス(通常Heを用いる)と混合されてGC部10に導入され、該GC部10のカラム12で分離されてMS部30のイオン化室32に導入される。通常、イオン化室32では70 eVの電子ビームによって試料が電離されるが、この時、試料と共にイオン化室32に流入したHeガスも電離・励起される。Heが電離されるとHe+(電離エネルギー:24.6 eV)が生成されるが、Heが基底状態よりも高いエネルギー準位で寿命の長い準安定状態に励起されると、He*(メタステーブルヘリウム、21S He*の励起エネルギ:20.61 eV、23S He*の励起エネルギー:19.82 eV)が生成される。
【0004】
キャリアガスHeから生成されるHe+やHe*は、高感度分析を行う場合に無視できないバックグラウンド成分となり、S/N比低下の要因となる。但し、He由来バックグラウンドのうち、He+に起因するものは、適当な電磁界を設けることにより、He+がイオン検出器37に到達する前に除去することが可能である。
【0005】
これに対し、He*は電気的に中性であるため電磁界によって除去することができない。真空チャンバ31内に残存するHe*はエネルギーを運ぶキャリアとして振る舞い、周囲の原子・分子と相互作用してイオン化現象を引き起こす。例えば、金属表面原子とHe*が相互作用すると、He*は金属表面原子に電子を与えてHe+となる。このような現象は共鳴イオン化と呼ばれる。また、装置内の残留ガス(X)のような絶縁物とHe*が相互作用すると、相手原子(分子)を電離してX+を生成する。このような現象はペニングイオン化と呼ばれる。すなわち、He*に起因するバックグラウンドには、He*自身が検出器37に到達することによって生じるものだけでなく、He*から二次的に生成されるHe+やX+が検出器37で検出されることによって生じるものもある。
【0006】
なお、He以外の希ガスにも準安定状態が存在し、これらをGCMSのキャリアガスとして使用する場合にも同様の問題が生じる。しかし、準安定希ガスの中でも、He*の内部エネルギーが最も大きく、他の原子・分子との相互作用によるイオン化が起こりやすい。
【0007】
そこで、このようなバックグラウンドを低減するためのものとして、装置を構成する光学要素の光軸を一部、同一直線上からずらしたオフアクシス(off-axis)方式のGCMSが開発されている(特許文献1)。これは、イオン化室と質量分離器の間、又は質量分離器と検出器の間で光軸をずらし、直進してくるHe*をイオン光軸上から逸脱させて質量分離器又は検出器への進入を阻止することにより、He*に起因するバックグラウンドの発生を抑えるものである。
【0008】
【特許文献1】米国特許第3410997号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のようなオフアクシス方式のGCMSにおいて、光軸が同一直線上に配置されていない光学要素間を連結するためには、図4に示すように、両者の間に曲線状光軸を有するイオン輸送光学系40を設ける必要がある。このようなイオン輸送光学系40は、一般的な直線状光軸を有するイオン輸送光学系に比べて、設計・製作上の難易度が高いため、装置の製造コストの増大を招くという問題がある。更に、このような曲線状光軸を有するイオン輸送光学系40では、信号イオンの損失が生じる可能性がある。
【0010】
また、オフアクシス方式によれば、指向性を持ってQMFへ進行してくるHe*を除去することはできるが、浮遊しながら流れていくHe*や、Heや残留ガスと衝突して直線と異なる軌道をとるHe*は、上記曲線状光軸を有するイオン輸送光学系40を逸脱することなく通過してしまい、除去することができない場合がある。また、上記イオン輸送光学系40を逸脱したHe*が真空チャンバー内壁に衝突してHe+となったり、残留ガスXと相互作用してX+を生成したりして、これら二次的なイオンがイオン検出器に到達してしまう場合もある。
【0011】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、単純な構造によってHe由来バックグラウンドの主原因であるHe*を根本的に除去することができるガスクロマトグラフ質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係るガスクロマトグラフ質量分析装置は、ガスクロマトグラフ部のカラムで分離された試料を質量分析部の真空室内に配設されたイオン化室へ導入するガスクロマトグラフ質量分析装置において、
a)前記イオン化室に設けられた排気用開口と、
b)該排気用開口に接続された真空ポンプと、を有することを特徴とする。
【0013】
一般的に、MS部のイオン化室には、試料を含んだキャリアガスをイオン化室へ導入するための開口と、電子銃から発射された電子ビームを通過させるための開口、及びイオン化室で生成された信号イオンを質量分離器の方に引き出すための開口、の3種類の開口が設けられている。従来の装置では、He*やHeをイオン化室から排出する経路が、イオン引き出し用の開口しかなく、また、イオン化室後段のイオン輸送光学系側が高真空となっているため、He*やHeがイオン輸送光学系方向へ流れ出していた。本発明はイオン化室に新たにHe*及びHeを排出するための開口(排気用開口)を設け、該排気用開口に接続された真空ポンプによって、イオン化室の外部に対して負圧を発生させるものである。この時、イオン化室内部で生成された信号イオンは従来どおりイオン引き出し電界の作用によって引き出されて質量分離器に導入されるが、電気的に中性なHe*やHeは上記真空ポンプによって生じる圧力差によって上記排気用開口からイオン化室の外部に排出される。
【0014】
なお、本発明のガスクロマトグラフ質量分析装置は、イオン化室に新たに排気用開口を設けたことによる引き出し電界の乱れを抑えるため、上記排気用開口を金属メッシュで被覆したものとすることが望ましい。
【発明の効果】
【0015】
上記のように、本発明のガスクロマトグラフ質量分析装置は、イオン化室に新たに真空排気系を設けることにより、イオン化室で発生したHe*やHeを信号イオンの引き出し方向とは異なる方向へ排出することができ、He*及びそれに起因する二次イオンが検出器で検出されるのを防いでバックグラウンドを低減させることができる。また、オフアクシス法を用いることなく、He*を根本的に除去することができるため、製造コストを抑えることができると共に、曲線光軸光学系を用いた場合に懸念される信号イオンの損失がなく、信号強度を維持したままバックグラウンドを低減することができるため、He由来バックグラウンドが問題となる高感度分析において、S/N比の高い分析を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、実施例を用いて本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0017】
[実施例]
本実施例のガスクロマトグラフ質量分析装置は、図1に示すように、GC部10とMS部30をインターフェイス部20で連結した構成から成る。
【0018】
GC部10に於いて、カラムオーブン13により適度の温度に加熱されたカラム(キャピラリカラム)12には、インジェクタ11の一部である試料気化室を介して所定流量のキャリアガス(Heガス)が供給され、マイクロシリンジ等により試料気化室に注入された液体試料は即座に気化してキャリアガス流に乗ってカラム12内に送られる。カラム12を通過する間に試料ガス中の各成分は時間的に分離されてその出口に到達し、インターフェイス部20を介して試料導入管21からMS部30のイオン化室32に導入される。
【0019】
MS部30において、イオン化室32には電子ビームを発生するためのフィラメント33が付設されており、イオン化室32に導入された試料分子は電子ビームによってイオン化される。発生したイオンは引き出し電極34がつくる電界によってイオン化室32の外側に引き出され、直線状光軸を有するイオン輸送光学系35により収束されてQMF(又は他の質量分離器)36の長軸方向の空間に導入される。QMF36には直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧が印加され、該印加電圧に応じた質量数(質量m/電荷z)を有するイオンのみがその長軸方向の空間を通過し、検出器37に到達して検出される。イオン化室32、イオン輸送光学系35、QMF36及び検出器37は、図示しない真空ポンプにより真空吸引される真空チャンバ31内に配設されている。
【0020】
イオン化室には、図2に示すように、GC部10から試料を導入させるための試料導入用開口32a、フィラメントから発生する電子ビームを通過させるためのビーム用開口32b、32c、及びイオン化室で発生したイオンを取り出すためのイオン取り出し用開口32dに加えて、He*及びHeを排出するための排気用開口32eが設けられている。該排気用開口32eは真空チャンバ31の外部に設けられた真空ポンプ38に接続されており、更に、該排気用開口32eには、イオン化室32からのイオンの引き出しに悪影響を及ぼすことがないように、金属製メッシュ39が張られている。
【0021】
上記構成から成る本実施例のガスクロマトグラフ質量分析装置においては、イオン化室で発生した信号イオンS+は、引き出し電界により、イオン化室32からイオン輸送光学系領域へと引き出されるが、試料と共にイオン化室32に導入されたHeや、該Heが電子ビームで励起されて生じたHe*は、電気的に中性なため引き出し電界の影響を受けず、排気用開口32eからイオン化室32外部へ排出される。
【0022】
このように、He*やHeを信号イオンS+と別方向に排気することで、He*やこれに起因するHe+やX+などの二次イオンがイオン輸送光学系内で信号イオンと混ざるのを防止し、バックグラウンドの発生を抑えることができる。
【0023】
以上、実施例を用いて本発明のガスクロマトグラフ質量分析装置を実施するための最良の形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で種々の変更が許容されるものである。例えば、本発明のガスクロマトグラフ質量分析装置は上記のようにHeをキャリアガスとして使用する場合に限らず、他の希ガスをキャリアガスとして使用する場合においても同様に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施例であるガスクロマトグラフ質量分析装置の概略構成を示す断面図。
【図2】同実施例のガスクロマトグラフ質量分析装置のイオン化室周辺の構成を示す断面図。
【図3】従来のガスクロマトグラフ質量分析装置の概略構成を示す断面図。
【図4】曲線状光軸を有するイオン輸送光学系を示す図。
【符号の説明】
【0025】
10…GC部
11…インジェクタ
12…カラム
13…カラムオーブン
20…インターフェイス部
21…試料導入管
30…MS部
31…真空チャンバ
32…イオン化室
32a…試料導入用開口
32b、32c…ビーム用開口
32d…イオン取り出し用開口
32e…排気用開口
33…フィラメント
34…引き出し電極
35、40…イオン輸送光学系
36…質量分離器
37…イオン検出器
38…真空ポンプ
39…金属製メッシュ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスクロマトグラフ部のカラムで分離された試料を質量分析部の真空室内に配設されたイオン化室へ導入するガスクロマトグラフ質量分析装置において、
a)前記イオン化室に設けられた排気用開口と、
b)該排気用開口に接続された真空ポンプと、
を有することを特徴とするガスクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
上記排気用開口を金属メッシュで被覆したことを特徴とする請求項1に記載のガスクロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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