説明

ガスケット用素材及びその製造方法

【課題】従来のクロメート被膜またはノンクロメート被膜が成膜されたガスケット用素材と同等以上の耐熱性を有し、更に170℃を超える高温の不凍液性に対する耐性も備え、環境面においても問題のないガスケット用素材を提供する。
【解決手段】鋼板の片面または両面に、無機酸化物と、酸成分と、金属または金属化合物とを含む処理液を塗布し、加熱乾燥して前記酸成分と、前記金属または金属化合物との反応生成物中に前記無機酸化物の無機原子が溶解して一部固溶体を形成してなる被膜を成膜し、次いで、前記被膜上にポリブタジエンとフェノール樹脂とを溶剤に溶解してなるプライマー溶液を塗布し、乾燥させてプライマー層を形成し、次いで、前記プライマー層上にゴム層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のエンジンに装着されるガスケット用の素材、並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のエンジンに装着されるガスケット、特にヘッドガスケット用として、ステンレス鋼板にゴム層を積層したゴムコーティングステンレス鋼板が広く使用されている。また、ゴム層をより強固に保持するために、ステンレス鋼板の片面または両面に、クロム化合物、リン酸及びシリカからなるクロメート被膜を成膜し、クロメート被膜の上にゴム層を積層したものも知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、近年の環境上の問題から、クロメート被膜の代わりに、チタン化合物とフッ化物とを含む有機−無機複合被膜のようなノンクロメート被膜を成膜したガスケット用素材が広まりつつある(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
【特許文献1】特開平3−227622号公報
【特許文献1】特開2002−264253号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のクロメート被膜またはノンクロメート被膜が成膜されたガスケット用素材は、耐熱性に優れ、また、100℃付近の不凍液に対する耐性は十分で、密封性を確保することができる。しかし、高温、特に170℃を超える高温に熱せられた不凍液と接触すると、急激に密着性が低下する。
【0006】
そこで本発明は、従来のクロメート被膜またはノンクロメート被膜が成膜されたガスケット用素材と同等以上の耐熱性を有し、更に170℃を超える高温の不凍液性に対する耐性を備え、環境面においても問題のないガスケット用素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、このような従来の問題点に着目し、鋭意検討した結果、無機酸化物と、酸成分と、金属または金属化合物とを含む液を塗布し、加熱乾燥させて被膜を成膜し、その上にポリブタジエンとフェノール樹脂とからなるプライマー層を介してゴム層を形成することにより上記目的が達成されることを見出した。
【0008】
即ち、本発明は上記目的を達成するために、以下を提供する。
(1)車両のエンジンに装着されるガスケット用の素材を製造する方法であって、鋼板の片面または両面に、無機酸化物と、酸成分と、金属または金属化合物とを含む処理液を塗布し、加熱乾燥して前記酸成分と、前記金属または金属化合物との反応生成物中に前記無機酸化物の無機原子が溶解して一部固溶体を形成してなる被膜を成膜し、次いで、前記被膜上にポリブタジエンとフェノール樹脂とを溶剤に溶解してなるプライマー溶液を塗布し、乾燥させてプライマー層を形成し、次いで、前記プライマー層上にゴム層を形成することを特徴とするガスケット用素材の製造方法。
(2)無機酸化物が、液相シリカ、気相シリカ、液相ジルコニア、気相ジルコニア、液相チタニア及び気相チタニアから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)記載のガスケット用素材の製造方法。
(3)ポリブタジエンが、マレイン変性ポリブタジエン、エポキシ変性ポリブタジエン、ウレタン変性ポリブタジエンまたはアクリル変性ポリブタジエンから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)または(2)記載のガスケット用素材の製造方法。
(4)上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の製造方法により得られ、鋼板の片面または両面に、酸成分と、金属または金属化合物との反応生成物中に無機酸化物の無機原子が溶解して一部固溶体を形成してなる被膜上に、ポリブタジエンとフェノール樹脂とからなるプライマー層を介してゴム層が形成されていることを特徴とするガスケット用素材。
【発明の効果】
【0009】
本発明のガスケット用素材は、従来のクロメート被膜またはノンクロメート被膜が成膜されたガスケット用素材と同等以上の耐熱性を有し、170℃を超える高温の不凍液性に対する耐性も備える。また、クロムを含まないため環境保全やリサイクル性においても有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を説明する。本発明では、先ず、鋼板に、無機酸化物と、酸成分と、金属または金属化合物とを含む処理液を塗布し、加熱乾燥して被膜を成膜する。
【0011】
無機酸化物は、耐熱性や、高温の不凍液性に対する耐性(以下、「耐高温不凍液性」ともいう)を付与する成分である。そのため、得られる被膜中に均一に分散していることが好ましく、処理液中での分散性に優れるものが好ましい。また、プライマー層との密着性にも優れるものが好ましい。これらの点を考慮すると、液相シリカ、気相シリカ、液相ジルコニア、気相ジルコニア、液相チタニア及び気相チタニアが好ましく、それぞれ単独で、あるいは適宜組み合わせて使用する。中でも、液相ジルコニア及び気相ジルコニアがプライマー層との密着性が特に高いため好ましい。
【0012】
酸成分は、正リン酸、縮合リン酸及び無水リン酸等のリン酸、酢酸、蟻酸、硫酸、硝酸、フッ化水素酸、フルオロ錯体、有機酸等が好ましい。酸成分はそれぞれ単独で使用してもよいが、2種以上を混合して使用することが好ましい。2種以上を混合することで、金属成分との反応効率が高まり、酸成分と金属または金属化合物との反応生成物の生成が早まる。
【0013】
特に、フルオロ錯体は安定して反応効率を上げるのに適している。フルオロ錯体として、フルオロチタン酸、フルオロジルコン酸、フルオロシリコン酸、フルオロアルミン酸、フルオロリン酸、フルオロコバルト酸、フルオロ硫酸、フルオロホウ酸等を例示できる。また、フルオロ錯体と他の酸成分とを併用する場合、フルオロチタン酸またはフルオロジルコン酸を用いることが好ましい。それにより、金属または金属化合物との反応効率がより高まる。
【0014】
金属は、鉄、亜鉛、ニッケル、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、マグネシウム、マンガン、カルシウム、タングステン、セリウム、バナジウム、リチウム、コバルト等が好ましい。また、金属化合物は、これら金属の酸化物、水酸化物またはフッ化物等を使用できる。これらの金属及び金属化合物は、それぞれ単独で使用してもよく、適宜組み合わせて使用してもよい。
【0015】
特に、鉄、亜鉛、アルミニウム、チタン、ジルコニア、並びにこれら金属の酸化物、水酸化物、フッ化物は上記の酸成分との反応性が高く、反応生成物の生成が早くなるため好ましい。
【0016】
処理液における無機酸化物、酸成分、金属または金属化合物の3成分の比率は、無機酸化物が10〜60質量%、より好ましくは30〜50質量%、酸成分が5〜50質量%、より好ましくは10〜30質量%、金属または金属化合物が1〜30質量%、より好ましくは5〜20質量%である。このような配合比率とすることで、反応効率が高く、また、得られる被膜の耐熱性、耐高温不凍液性、プライマー層との密着性が優れるようになる。
【0017】
処理液は、無機酸化物、酸成分、金属または金属化合物を適当な溶剤に分散、溶解させて得られる。溶剤は、安価で、取り扱い性に優れることから水が好適である。処理液における無機酸化物、酸成分、金属または金属化合物の合計含有量には制限がなく、塗布に適した濃度に調整される。溶剤量が多過ぎると加熱乾燥に長時間を要し、溶剤量が少なすぎると塗布性が悪くなるため、例えば溶剤に水を用いた場合は水分量を処理液全量の10〜60質量%とするのが適当である。
【0018】
処理液の塗布方法には制限がなく、ロールコーター等の公知の塗布手段を用いることができる。
【0019】
塗布された処理液の乾燥は、150〜250℃の温度にて行う。この加熱乾燥の間に、酸成分と、金属または金属化合物とが反応し、更に反応生成物中に無機酸化物の無機原子が溶解して一部固溶体を形成し、これら複合物からなる被膜を形成する。即ち、複合物は、反応性生物の結晶格子の一部が無機原子で置換された状態となる。被膜量は制限されるものではないが、実用上50〜1000mg/m2程度が適当である。
【0020】
尚、本発明では、鋼板の種類に制限がなく、ステンレス鋼板(フェライト系/マルテンサイト系/オーステナイト系ステンレス)、鉄鋼板、アルミニウム鋼板等を使用することができる。
【0021】
次いで、上記被膜の上に、プライマー層を形成する。プライマー層は、ポリブタジエンとフェノール樹脂とを溶剤に溶解してなるプライマー溶液を前記被膜の表面に塗布し、乾燥させることで得られる。
【0022】
ポリブタジエンには、ポリブタジエン、水素添加型ポリブタジエン、変性ポリブタジエンがあるが、前記被膜との接着性が高くなることから変性ポリブタジエンが好ましく、具体的にはマレイン変性ポリブタジエン、エポキシ変性ポリブタジエン、ウレタン変性ポリブタジエン、アクリル変性ポリブタジエンを好適に使用できる。また、フェノール樹脂はノボラック、レゾールの何れも使用できる。ポリブタジエン及びフェノール樹脂は、それぞれ単独で使用してもよく、適宜組み合わせて使用してもよい。特に、上記被膜との接着を重視する場合はレゾール型フェノール樹脂を用い、ゴム層との接着を重視する場合はノボラック型フェノール樹脂を用いる。
【0023】
プライマー溶液におけるポリブタジンとフェノール樹脂との配合比率は、ポリブタジエンが5〜50質量%、より好ましくは10〜30質量%、フェノール樹脂が50〜95質量%、より好ましくは70〜90質量%である。
【0024】
また、プライマー溶液にはカップリング剤を配合してもよく、その配合量はポリブタジエンとフェノール樹脂との合計量(固形分)に対し0.5〜20質量%の割合が好ましい。プライマー溶液におけるポリブタジエンとフェノール樹脂の合計含有量には制限がなく、塗布に適した濃度に調整される。溶剤量が多過ぎると乾燥に長時間を要し、溶剤量が少なすぎると塗布性が悪くなるため、溶剤量は83〜95質量%が適当である。
【0025】
プライマー溶液の塗布方法には制限がなく、ロールコーター等の公知の塗布手段を用いることができる。
【0026】
塗布されたプライマー溶液の乾燥は、150〜250℃の温度にて行う。この乾燥の間に、生成したプライマー層と、前記被膜とが強固に密着する。プライマー層の膜厚は制限されるものではないが、実用上1〜10μmが適当である。
【0027】
そして、プライマー層上にゴム層を形成して本発明のガスケット素材が完成する。ゴム層を形成するゴムは、公知のものでかまわないが、耐熱性や耐薬品性に優れるNBR、フッ素ゴム、シリコンゴム、アクリロブタジエンゴム、HNBR、EPDM等が好適である。また、ゴム層の形成には、ゴム材料を適当な溶剤に溶解させたゴム液またはラテックスを、スキマコーターやロールコーター等で20〜130μmの厚さに塗布し、塗膜を150〜250℃で加硫接着させればよい。
【0028】
上記の如く得られる本発明のガスケット用素材は、耐熱性に優れるとともに、耐高温不凍液性にも優れる。これは、以下の作用によるものと考えられている。
【0029】
運転時にエンジンのヘッドガスケットに加わるダメージとして、(1)不凍液や油のゴム層への浸透によるゴム/鋼板間の密着破壊、(2)燃焼熱によるゴム/鋼板間の密着破壊hが考えられる。このような密着破壊を防ぐため、鋼板とゴム層(またはプライマー層)間にクロメート被膜やノンクロメート被膜を介在させていたが、燃焼ガス付近で高温に熱せられた不凍液は容易にゴム層に浸透し、これら被膜とゴム層(またはプライマー層)間の密着を破壊する。そのため、高温に熱せられた不凍液でも密着を維持するには、高温の不凍液に晒されても被膜及びプライマー層とも構造が安定で、プライマー層自体が不凍液を浸透しにくく、被膜とプライマー層との間の接着強度が強固である必要がある。本発明では、プライマー層に耐高温不凍液性を示すポリブタジエンとフェノール樹脂との混合物を用い、更にその下地層として酸成分と、金属または金属化合物との反応生成物中に無機酸化物の無機原子が溶解して一部固溶体を形成してなる被膜を設けることで、プライマー層の密着強度を高めている。即ち、下記(1)〜(3)の作用により、170℃以上の高温の不凍液下での接着強度が高まる。
(1)プライマー層に含まれるポリブタジエンまたは変性ポリブタジエンにより、不凍液に対する該プライマー層の耐性が高まる。
(2)ポリブタジエンまたは変性ポリブタジエン、フェノール樹脂が、被膜中の無機酸化物と強固に結合する。
(3)酸成分と金属または金属化合物とからなる反応生成物が、高温の不凍液で分解されず鋼板との結合を強固に維持する。
【実施例】
【0030】
以下に本発明を、実施例および比較例を挙げて更に詳しく説明する。但し、これらの実施例は本発明の説明のために記載するものであり、本発明を限定するものではない。
【0031】
(試料の作製)
ステンレス鋼板の両面に、ロールコーターで表1に示す配合の処理液を塗布し、塗膜を180℃で乾燥させ被膜を形成した。尚、被膜量は何れも50〜90mg/m2の範囲である。次いで、被膜またはステンレス鋼板(比較例1)の上に、表1に示す配合のプライマー溶液を塗布し、塗膜を180℃で乾燥させプライマー層を形成した。次いで、プライマー層の上に、ニトリルゴムを溶剤で溶かした液をロールコーターにて塗布し、180℃で10分間加硫接着させてゴム層を形成して試料とした。
【0032】
(評価)
1.高温不凍液に対する耐久性
自動車ラジエター用クーラント液(トヨタ純正ロングライフクーラント)の液面に対して垂直となるように、上記で作製した試料を浸漬し、液温170℃で500時間放置した。そして、クーラント液から試料を取り出し、下記に示す碁盤目剥離試験及び描画試験を行った。
【0033】
1.1碁盤目剥離試験
JIS−K5400に準拠し、下記に示す手順にて行った。
(1)試料の両面に隙間間隔2mmの碁盤目状の切り傷を付け、碁盤目が100個できるようにする。
(2)碁盤目の上に粘着テープを張り付け、消しゴムで擦って粘着テープを完全に付着させる。
(3)テープ付着1〜2分後に、粘着テープの一方の端を持ち、試料表面に対して垂直方向に瞬間的に引き剥がす。
(4)引き剥がした後の試料表面を観察し、残存する碁盤目の数を数える。
結果を、表2の「耐高温不凍液性」の「碁盤目剥離試験」の欄に示す。欄中の「/」の左右の数値は、各面(表面/裏面)での残存数を示しており、例えば100とあるのは、テープを引き剥がしたときに一つも剥離しないことを示し、50とあるのは半分の50個が剥離したことを示す。
【0034】
1.2描画試験
JIS−K6894に規定される描画試験機を用い、試料の一方の面に半径4.5mmの螺旋を25回描き、下記の基準にて評価した。結果を、表2の「耐高温不凍液性」の「描画試験」の欄に示す。
<評価基準>
5点:ゴム層が完全に残存している.
4点:ゴム層が一部脱落している
3点:ゴム層の約半分が脱落している
2点:ゴム層がわずかに残存している
1点:ゴム層が完全に脱落している
【0035】
2.耐熱密着性
作製した試料を200℃で500時間加熱放置し、その後、上記と同様の碁盤目剥離試験を行った。結果を表2の「耐熱性」の欄に示した。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
表2に示すように、本発明に従う実施例1〜6の試料は、何れもクロメート処理を行った試料と同等の良好な耐熱性を有するとともに、耐高温不凍液性が格段に優れることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のエンジンに装着されるガスケット用の素材を製造する方法であって、
鋼板の片面または両面に、無機酸化物と、酸成分と、金属または金属化合物とを含む処理液を塗布し、加熱乾燥して前記酸成分と、前記金属または金属化合物との反応生成物中に前記無機酸化物の無機原子が溶解して一部固溶体を形成してなる被膜を成膜し、次いで、前記被膜上にポリブタジエンとフェノール樹脂とを溶剤に溶解してなるプライマー溶液を塗布し、乾燥させてプライマー層を形成し、次いで、前記プライマー層上にゴム層を形成することを特徴とするガスケット用素材の製造方法。
【請求項2】
無機酸化物が、液相シリカ、気相シリカ、液相ジルコニア、気相ジルコニア、液相チタニア及び気相チタニアから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載のガスケット用素材の製造方法。
【請求項3】
ポリブタジエンが、マレイン変性ポリブタジエン、エポキシ変性ポリブタジエン、ウレタン変性ポリブタジエンまたはアクリル変性ポリブタジエンから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2記載のガスケット用素材の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載の製造方法により得られ、鋼板の片面または両面に、酸成分と、金属または金属化合物との反応生成物中に無機酸化物の無機原子が溶解して一部固溶体を形成してなる被膜上に、ポリブタジエンとフェノール樹脂とからなるプライマー層を介してゴム層が形成されていることを特徴とするガスケット用素材。

【公開番号】特開2008−88850(P2008−88850A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−268748(P2006−268748)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(000110804)ニチアス株式会社 (432)
【Fターム(参考)】