説明

ガスケット用表面処理ステンレス鋼板およびガスケット用ゴム被覆ステンレス鋼板

【課題】 基材・ステンレス鋼の表面に設けたCrフリーの処理皮膜と、その上に設けた樹脂接着層の相互作用を利用してステンレス鋼とゴム被覆層との密着性を長期にわたって維持すると共に、加工性を向上させたガスケット用表面処理ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】 このガスケット用表面処理ステンレス鋼板は、表面の一部又は全面にチタン化合物,フッ素化合物及びアミン類を含む処理皮膜が形成され、この処理皮膜の上にノボラック型フェノール樹脂を含む接着剤層が設けられていることを特徴とする。処理皮膜に含まれるアミン類がノボラック型フェノール樹脂の架橋反応を促進させ、前記処理皮膜と接着剤層とで、接着性に優れた無機−有機複合皮膜が形成される。この複合皮膜上にゴム被覆層が形成される。
前記処理皮膜は、さらにジルコニウム化合物を含んでも良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用エンジンのシリンダヘッドに組み込まれるガスケットに適した表面処理ステンレス鋼板、およびゴム被覆層の密着性に優れたゴム被覆ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジンのガスケット材として、ゴム被覆金属板の使用が一般的になってきている。シリンダヘッド・ガスケットのゴム被覆金属板は、高温・高圧でかつ過酷な腐食雰囲気に曝されることから、耐熱・耐食性,機械的強度に優れたステンレス鋼が基材に使用されている。ステンレス鋼の表面には、シール性を付与するためにゴム被覆層が設けられているが、シリンダヘッド・ガスケットは高温・高圧の湿潤環境で使用されるため、基材のステンレス鋼からゴム被覆層が剥離し、シール性が低下しやすい。
【0003】
ゴム被覆層の耐剥離性を改善するため、ゴム被覆層の形成に先立って基材のステンレス鋼に粗面化,亜鉛めっき,クロメート処理等の表面処理が施されている。なかでも、クロメート処理は、他の処理法よりもゴム被覆層の密着性向上に有効であり、反応型クロメート処理や電解クロメート処理に比較して操業性,性能共に優れている塗布型クロメート処理が採用されている(特許文献1,2参照)。
塗布型クロメート処理によってゴム密着性に優れたステンレス鋼製ガスケットが得られるものの、環境への配慮からCrを含まない材料開発が強く望まれている。ステンレス鋼製ガスケットの前処理に関しても同様な傾向にあり、早急な対応が望まれている。
そこで、本発明者等は、特許文献3により、基材・ステンレス鋼の表面にCrフリーの有機−無機複合皮膜を設けることにより、ステンレス鋼/ゴム被覆層の密着性が長期にわたっても低下することなく、しかも環境にも悪影響を及ぼさないシール性,耐久性に優れたステンレス鋼板製ガスケットを提案した。
【特許文献1】特開平3−227622号公報
【特許文献2】特公平7−92149号公報
【特許文献3】特開2003−286587号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記特許文献3で提案したガスケット用表面処理ステンレス鋼板は、チタン化合物,フッ素化合物及びフェノール樹脂を含む有機−無機複合皮膜がステンレス鋼板表面の一部又は全面に形成され、フェノール樹脂を含む接着剤層が有機−無機複合皮膜の上に設けられていることを特徴とするものである。フェノール樹脂はゴムとの相溶性が高く、さらに、多くのゴムの分子構造に含まれる二重結合と反応する性質を持っているため、ゴム被覆層との密着性が非常に優れるものである。しかし、ゴム被覆を施すステンレス鋼板は、硬度の高いフェノール樹脂を含む処理皮膜が設けられているために、厳しい加工が施される用途では、処理皮膜の加工追随性が十分ではなく、クラックを生じることもある。
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、基材・ステンレス鋼の表面にCrフリーの処理皮膜を設けることにより、その上に形成した樹脂接着剤層の作用を利用してステンレス鋼とゴム被覆層との密着性を長期にわたって維持するとともに、加工性を向上させ、かつ環境にも悪影響を及ぼさないステンレス鋼板製ガスケットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のガスケット用表面処理ステンレス鋼板は、その目的を達成するため、ステンレス鋼板表面の一部又は全面にチタン化合物,フッ素化合物及びアミン類を含む処理皮膜が形成され、該処理皮膜の上にノボラック型フェノール樹脂を含む接着剤層が設けられていることを特徴とする。
処理皮膜は、さらにジルコニウム化合物を含んでも良い。
そして、ガスケット用ゴム被覆ステンレス鋼板は、ノボラック型フェノール樹脂を含む接着剤層上にゴム被覆層が積層されている。
【発明の効果】
【0006】
本発明のガスケット用表面処理ステンレス鋼板は、基材・ステンレス鋼板の表面にチタン化合物,フッ素化合物,アミン類を含む処理皮膜を形成し、当該処理皮膜に接する接着剤層にノボラック型フェノール樹脂を含ませている。この表面処理ステンレス鋼板にゴム被覆を施すと、処理皮膜に含まれるアミン類と接着剤層中のノボラック型フェノール樹脂とが架橋反応し、強固な一次結合が形成される。しかも、処理皮膜はチタン化合物,フッ素化合物を含むためにバリア性が高く高温安定性にも優れている。したがって、ステンレス鋼本来の優れた耐食性を活用しながら、加工性,シール性,耐久性に優れた自動車エンジンのシリンダヘッド・ガスケットとして使用される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
ガスケットの使用環境を考慮するとゴム被覆層の密着性低下は、エンジン冷却水に含まれるエチレングリコールが大きく影響していると考えられる。エチレングリコールの影響は、溶解性パラメータを用いて説明できる。特許文献3で説明した通りである。
エチレングリコールを含む環境では、水単独の環境に比較して溶解性パラメータがゴム成分の溶解性パラメータに接近するため、ゴム被覆層へのエチレングリコールの浸透,ゴム被覆層の膨潤,水分の浸透が生じやすい。
【0008】
他方、エンジン運転中、ゴム被覆層の表面は120〜150℃程度に加熱される。加熱されたゴム被覆層は、水分がゴム被覆層に浸透・透過しやすく、エチレングリコールによる膨潤作用を一層受けやすくなる。基材・ステンレス鋼板表面に形成した表面処理皮膜が浸透水との水和反応や浸透水の吸着が生じると、ゴム/ステンレス鋼界面の浸透圧が上昇し、微小な浸透圧フクレが発生しやすくなると推察される。浸透圧フクレは、剥離の起点として作用しゴム被覆層の剥離を促進させる。
【0009】
エンジン冷却液に含まれているエチレングリコールがゴム被覆層の密着性低下に影響を及ぼしているとの前提に立って、浸透水との水和反応及び浸透水の吸着が生じにくい表面処理方法を種々調査・検討した。その結果、ステンレス鋼板表面に、チタン化合物,フッ素化合物及びアミン類を含む難溶性でゴム被覆層との接着性に優れる無機−有機複合皮膜を形成することが有効であることを見出した。この皮膜を介在させると、ゴム被覆層の密着性が高く、耐久性に優れたガスケット用ゴム被覆ステンレス鋼板が得られることに到達した。
【0010】
この無機−有機複合皮膜は、ステンレス鋼板上にチタン化合物,フッ素化合物及びアミン類を含む処理皮膜を形成した後、ノボラック型フェノール樹脂を含有する接着剤層を形成するときに生成される。なお、本明細書中に記載の「処理皮膜」,「接着剤層」及び「無機−有機複合皮膜」の関係は、図1に示す通りである。無機−有機複合皮膜1は、処理皮膜2とその上に形成した接着剤層3とで構成されている。図1中、4はステンレス鋼板、5は被覆ゴム層である。
【0011】
処理皮膜2中に含まれるアミン類がその上に形成された接着剤層3中のノボラック型フェノール樹脂と架橋反応を起こして、ステンレス鋼と強固に結合した無機−有機複合皮膜1が形成されることになる。
また、この無機−有機複合皮膜1上にゴム被覆5を施すと、先にも述べたように、フェノール樹脂がゴム被覆層との相互間での架橋反応を促進させる成分として働き、ゴム被覆層5をステンレス鋼板4上に強固に接着させることになる。
この点、従来のクロメート皮膜/ゴム間の密着性が主として水素結合に拠っていることに比較し、本発明では共有結合によって無機−有機複合皮膜/ゴム被覆層間の密着性を高めているので、加工性が向上しているばかりでなく、過酷な環境下でも優れた密着性が長期にわたって維持される。
【0012】
さらに、上記無機−有機複合皮膜中に含まれるチタン化合物,フッ素化合物も、当初に形成する処理皮膜の皮膜成分となるチタンイオン,フッ素イオンを含む処理液をステンレス鋼板表面に塗布し乾燥することによって形成される。
チタン及びジルコニウムは、皮膜中に主として非晶質の酸化物や水酸化物となって存在しており、皮膜を形成する緻密な骨格となっている。フッ素イオンはステンレス鋼板の表面をエッチングして、処理皮膜の密着性を高める働きをする。処理皮膜中には、チタン及びジルコニウム、さらにステンレス鋼板表面から溶出した金属と結び付いて、難溶性のフッ化物として含まれる。
【0013】
次に、具体的な実施形態について説明する。
基材に使用されるステンレス鋼板は、ガスケット成形後に要求される機械的特性や耐食性に優れている限り、鋼種に特段の制約が加わるものではない。クロムフリーの処理皮膜の形成に先立って、ステンレス鋼板を必要に応じて洗浄することが好ましい。洗浄には、アルカリ系洗浄液,界面活性剤を含む洗浄液及び/又はリン酸,フッ酸,硝酸,塩酸等の酸性水溶液が使用される。洗浄によってステンレス鋼板表面から油,表面酸化物等が除去され、皮膜形成用処理液に対する親和性の高い表面に改質される。そのため、洗浄されたステンレス鋼板を処理すると、均一な無機−有機複合皮膜が形成され、密着性に優れたゴム被覆層が形成されたガスケット用の表面処理鋼板が得られる。
【0014】
処理皮膜形成用のクロムフリー処理液中のチタン化合物は、酸化チタン,チタン酸,チタン酸ナトリウム等のチタン酸塩、フッ化チタン酸,フッ化チタン酸ナトリウム等のフッ化チタン酸塩等の化合物により導入される。フッ素化合物は、HF,H2TiF6,H2ZrF6,H2HfF6,H2SiF6,H2GeF6,H2SnF6,HBF4等のフルオロアシッドを単独あるいは複合して配合することにより導入される。
【0015】
アミン類としては、ノボラック型フェノール樹脂の架橋剤として働くものであれば、脂肪族アミン,環状脂肪族アミン,芳香族アミンのいずれも使用できる。アミン基の形態としては、1級,2級,3級を問わず使用できる。例えば、エチレンジアミン,テトラメチレンジアミン,ヘキサメチレンジアミン,ジエチレントリアミン,トリエチレンテトラミン等の脂肪族アミン、イソフォロンジアミン,ヘキサメチレンテトラミン等の環状脂肪族アミン、ジアミノジフェニルメタン等の芳香族アミンが挙げられる。
【0016】
ジルコニウム化合物は、酸化ジルコニウム,ジルコニウム酸,ジルコニウム酸ナトリウム等のジルコニウム酸塩、フッ化ジルコニウム酸,フッ化ジルコニウム酸ナトリウム等のフッ化ジルコニウム酸塩等の化合物により導入される。
アミン類は極性の高い水溶性の分子であるため、容易に処理液に含有させることができる。したがって、前記のチタン化合物,フッ素化合物,ジルコニウム化合物を含有した処理液に配合することにより、安定な処理液が得られる。
【0017】
処理皮膜を形成するための処理液の塗布には、ロールコート,スプレー,浸漬等を採用可能であるが、塗布量の調整が容易なことからロールコート法が好ましい。塗布に際し処理液を特に加熱する必要はなく,室温の処理液をステンレス鋼板に塗布できる。処理液が塗布されたステンレス鋼板は、80〜280℃程度の温度域で乾燥される。
【0018】
処理皮膜は、好ましくは乾燥付着量が20〜200mg/m2となる塗布量で皮膜形成用処理液をステンレス鋼板に塗布し、乾燥することによって形成される。処理皮膜は、20mg/m2以上の乾燥付着量で均一皮膜としてステンレス鋼板表面に形成され、十分な保護作用を発現する。しかし、200mg/m2を超える乾燥付着量では、処理皮膜の加工性が低下しステンレス鋼板から剥離・脱落しやすくなる。
【0019】
皮膜中のチタン化合物は、主として酸化物或いは水酸化物が三次元に高分子化した形で存在し、皮膜の緻密性を発現する。ステンレス鋼板表面近傍では、処理皮膜を乾燥する過程で、チタンの水酸化物はステンレス鋼板表面の水酸基と縮合反応を生じるため、ステンレス鋼板に対する密着性に優れた処理皮膜を形成する。
チタン化合物の効果は、皮膜中のTi換算付着量3mg/m2以上で顕著になり、処理皮膜の密着性及び加工性が向上する。しかし、40mg/m2を超えるTi換算付着量では、チタン化合物による改善効果が飽和し、却って処理皮膜の加工性低下,コスト上昇等の原因になりやすい。
【0020】
フッ素化合物は、処理液中でフッ化物イオンに解離し、処理液中の酸成分と共にステンレス鋼板表面をエッチングする作用を呈する。フッ化物イオンによるエッチング作用は皮膜中のF換算付着量7mg/m2以上で顕著になるが、70mg/m2を超える過剰量のフッ素化合物が含まれると却って処理皮膜の骨格を形成するチタン及びジルコニウムの酸化物を主体とする三次元ネットワークを寸断させることになるため、処理皮膜の脆弱化を招き、ステンレス鋼板に対する密着性が低下する傾向が窺われる。また、フッ化物イオンは、界面のpH上昇に伴ってステンレス鋼板表面から溶出した金属イオンと反応して難溶性のフッ化鉄等のフッ化物を形成し、無機−有機複合皮膜の形成を促進させる。
【0021】
さらに、チタン化合物及びフッ素化合物が共存する系では,チタンのフッ化物錯体が形成され,フッ化物イオンの解離が抑制される。そのため、ステンレス鋼板表面に対する過剰反応や処理液の急激な劣化も少ない。また、H2TiF6を使用する場合、チタン成分及びフッ素化合物の双方を処理液に同時導入できる。
【0022】
処理皮膜は、さらにZr換算付着量10mg/m2以下のジルコニウム化合物を含むことができる。ジルコニウム化合物は、チタン化合物と同様な作用を呈し、酸化物或いは水酸化物が高分子化したネットワークとなり、難溶性の処理皮膜を形成する。処理皮膜中では、チタンとジルコニウムは分離されることなく、複合酸化物となっている。ジルコニウム化合物の添加によって、処理皮膜の加工性が向上するが、多すぎるジルコニウム化合物の添加は処理コスト上昇の原因となるので、ジルコニウム化合物を添加する場合には上限を10mg/m2に規制する。
【0023】
処理液に配合されるアミン類としては、前記したように、脂肪族アミン,環状脂肪族アミン,芳香族アミンのいずれも使用できるが、特に脂肪族アミンは中性の多座配位子として働き、処理液中に存在するチタン,ジルコニウム等の金属イオンに配位してキレートを形成するため、処理液の安定性が向上する利点がある。また、配合するアミン類の分子中に、2つ以上のアミノ基が存在することが好ましい。少なくとも1つのアミノ基が処理皮膜中の金属と結合し、少なくとも別の1つのアミノ基が接着剤層と結合するため、アミン類で処理皮膜−接着剤層間を架橋させることができる。
【0024】
処理液をステンレス鋼板に塗布すると、処理液に配合されたアミン類は、存在する部位により様々な挙動を示す。処理皮膜と下地金属の界面では、処理皮膜の加熱過程でアミン類は金属表面の水和酸化物と脱水縮合することで一次結合を形成し、処理皮膜と下地金属間の強固な密着性発現に寄与する。皮膜中のアミン類は、金属間の橋架けの一部なり、皮膜の気密性を向上する。一方、皮膜表面に存在するアミン類は、そのままの形で残り、その後に被覆されるノボラック型フェノール樹脂中に浸透される。そして、樹脂の架橋反応を促進させて前記処理皮膜と一体化し、強固な無機−有機複合皮膜がステンレス鋼板上に形成される。
【0025】
処理液には、処理皮膜に柔軟性を付与するために、ポリアクリル酸,水溶性エポキシ樹脂等のフェノール樹脂を除く水溶性,或いは水分散性のポリマーを含ませても良い。また、コロイダルシリカ,シランカップリング剤,化成処理に常用される消泡剤,界面活性剤等を適宜添加しても良い。
【0026】
ノボラック型フェノール樹脂を主成分とする接着剤層の膜厚は、乾燥膜厚で0.1〜10μmの範囲にあることが好ましい。乾燥膜厚0.1μm以上の接着剤層で無機−有機複合皮膜が均一皮膜になり、密着性も向上する。しかし、10μmを超える乾燥膜厚では、加工時にクラック,パウダリング等の欠陥が皮膜に生じやすくなる。
【0027】
接着剤層を形成するための接着剤には、ノボラック型フェノール樹脂と架橋剤としてのアミン類の他にエポキシ樹脂,未加硫ゴム,加硫剤,充填剤,加硫促進剤等を添加しても良い。ゴム被覆層に対する密着性がさらに向上した接着剤層が得られる。
接着剤層を形成するための処理液の塗布には、ロールコート,スプレー,浸漬等を採用可能であるが、塗布量の調整が容易なことからロールコート法が好ましい。塗布に際し処理液を特に加熱する必要はなく,室温の処理液をステンレス鋼板に塗布できる。処理液が塗布されたステンレス鋼板は、80〜240℃程度の温度域で乾燥される。
【0028】
処理皮膜が形成されたステンレス鋼板上に接着剤層を形成するための処理液を塗布し、加熱・乾燥すると、上記のように、処理皮膜に含まれているアミン類が接着剤層に含まれているノボラック型フェノール樹脂の架橋反応を促進して互いの層間接着力を強化し、ステンレス鋼板表面に対して密着性に優れた無機−有機複合皮膜が形成される。
この無機−有機複合皮膜上に、ガスケット材として用いるためのゴム被覆層を形成する。
【0029】
無機−有機複合皮膜上に形成されるゴム被覆層には、通常使用されているNBR,水素化NBR,フッ素ゴム,シリコーンゴム,アクリルゴム,エピクロルヒドリドンゴム,EPDM,塩素化ゴム,クロロスルホン化ポリエチレン等が使用される。ゴム被覆層の形成には、ゴム塗料を塗布し乾燥する方法が簡便であり工業生産にも適している。
ゴム塗料も、ロールコート,スプレー,浸漬等で塗布でき、予め加熱しておく必要はない。ゴム塗料の乾燥・加硫条件はゴムや加硫剤の種類によって異なるが、一般的には150〜200℃の温度域で30〜60分加熱する方法が採用される。
【0030】
ゴム被覆層を形成するゴム塗料には、接着剤成分と同様なノボラック型フェノール樹脂を添加することもできる。ゴム中に添加されたノボラック型フェノール樹脂も架橋反応を起こし、上記無機−有機複合皮膜とゴム被覆層との接合強度が向上する。
さらに、ゴム塗料には、未加硫ゴムの他に加硫剤,充填剤,加硫促進剤等を配合してもよい。強靭で弾性に富んだゴム被覆層が形成される。
【0031】
フェノール樹脂は、耐熱性,耐水性,接着性にも優れているので、シリンダヘッド・ガスケットのように高温・高圧でしかも部分的に水溶液と接する環境下での使用に好適な材料である。しかも、無機−有機複合皮膜中に含まれているノボラック型フェノール樹脂は層間で架橋されているため、ゴム被覆層の密着性に優れたガスケット用ゴム被覆ステンレス鋼板が得られる。
【実施例】
【0032】
〔本発明例1〜6〕
板厚0.2mmのSUS301Hステンレス鋼板の圧延材をリン酸塩処理液で処理した後、表1に示したアミン類含有のクロムフリー処理液を塗布し、200℃で1分乾燥することによってクロムフリー処理皮膜を形成した。
次いで、前記処理皮膜の上に、表2に示す接着剤層を形成するための処理液をロールコータで塗布し、150℃×10分の加熱・乾燥を行なうことで、膜厚1μmの接着剤層を形成した。その後、170℃×1時間の加熱・加硫処理によって膜厚20μmの水素化NBR被覆層、或いはフッ素ゴム被覆層を形成した。
【0033】

【0034】

【0035】
〔比較例1,2〕
本発明例1と同様にリン酸塩処理したステンレス鋼板に六価クロムイオン:20g/l,三価クロムイオン:20g/l,リン酸:40g/l,シリカ:80g/l,ポリメタクリル酸メチル:40g/l組成の処理液を塗布し、80℃×1分の加熱・乾燥によってCr換算付着量:40mg/m2のクロメート皮膜を形成した。次いで、シランカップリング剤を塗布し、180℃×10分の熱処理を施した後、表2のポリオール加硫フッ素ゴム塗料を用いゴム被覆層を設けた。
比較例1では、本発明例1と同様に処理液1を使用して処理皮膜を形成した後、レゾール型フェノール樹脂を含有した接着剤dを塗布・乾燥し、次いで水素化NBRゴム被覆層を設けた。比較例2では、フェノール樹脂を含有した処理液cを塗布して処理皮膜を形成した後、本発明例4と同様に接着剤cを塗布・乾燥し、次いでフッ素ゴム被覆層を設けた。
作製した各ゴム被覆ステンレス鋼板を以下の不凍液密着性試験及び加工部密着性試験に供した。
【0036】
〔不凍液密着性試験〕
自動車エンジン用不凍液(トヨタ純正ロングライフクーラント)を50%含む水溶液を120℃に加熱し、膜厚20μmのゴム被覆層が設けられたステンレス鋼板を浸漬した。浸漬時間が500時間に達した時点で水溶液からゴム被覆ステンレス鋼板を引き上げ、24時間後にゴム被覆層を密着試験した。
密着試験では、カッターナイフにより下地・ステンレス鋼に達する間隔1mm,桝目100個の碁盤目状切込みを入れ、接着テープの貼り付け・引き剥がし後にゴム被覆層の剥離状況を観察した。ゴム被覆層が剥離した桝目の個数をカウントし、剥離個数を剥離度(%)として密着性を評価した。
【0037】
〔加工部密着性試験〕
各ゴム被覆ステンレス鋼板から切り出した試験片を、ギアオーブンに入れ、200℃×100時間の過熱試験に供した。
加熱劣化された試験片を取り出し、ゴム被覆層が外側になるように直径1mmの金属棒に巻付けて180°折り曲げ加工した。曲げ部外側に接着テープを貼り付け、接着テープを強制的に引き剥がした後、ゴム被覆層の剥離の有無を調査した。剥離が全く生じていない場合を5点、5%以内の剥離を4点、5%を超えて20%以下の剥離を3点、20%を超えて50%以下の剥離を2点、50%を超える剥離を1点として加工部密着性性を評価した。
その結果を表3に示す。
【0038】
表3の結果にみられるように、チタン化合物,フッ素化合物及アミン類を含む処理皮膜が形成され、その上にノボラック型フェノール樹脂含有接着剤層を形成した本発明例1〜3、更にジルコニウム化合物を配合した本発明例4〜6は、何れも不凍液密着性試験でのゴム被覆層の剥離度が6%以下であり、また、加熱劣化させた後の加工部密着性も4点以上の良好な性能を呈した。
この性能は、従来の塗布型クロメート皮膜を形成したものを凌駕する性能を呈した。優れた不凍液密着性試験及び加工部密着性は、処理皮膜/接着剤層間でアミン類が架橋反応をすることにより、強固な層間密着性が発現したことに起因する。
【0039】
他方、接着剤に経時的な硬化反応が進行するレゾール型フェノール樹脂を使用した比較例1の場合、不凍液密着性は優れるものの、加熱による接着剤の硬度が高くなりすぎるため、加工部密着性が劣った。また処理皮膜にノボラック型フェノール樹脂を配合した比較例2では、比較例1と同様に、不凍液密着性は優れるものの、処理皮膜中のフェノールが加熱とともに硬化するため、加工を施した部分でのゴム被覆層の密着性が大きく劣った。
自動車エンジンに使用されるガスケットは、必ず高温環境に曝されるため、加熱時の経時的な密着性の保持は必須の性能である。
【0040】

【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明表面処理鋼板における各層の関係を説明する図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼板表面の一部又は全面にチタン化合物,フッ素化合物及びアミン類を含む処理皮膜が形成され、該処理皮膜の上にノボラック型フェノール樹脂を含む接着剤層が設けられていることを特徴とするガスケット用表面処理ステンレス鋼板。
【請求項2】
処理皮膜は、さらにジルコニウム化合物を含むものである請求項1に記載のガスケット用表面処理ステンレス鋼板。
【請求項3】
ステンレス鋼板表面の一部又は全面にチタン化合物,フッ素化合物及びアミン類を含む処理皮膜が形成され、該処理皮膜の上にノボラック型フェノール樹脂を含む接着剤層が設けられ、該接着剤層上にさらにゴム被覆層が設けられていることを特徴とするガスケット用ゴム被覆ステンレス鋼板。
【請求項4】
処理皮膜は、さらにジルコニウム化合物を含むものである請求項3に記載のガスケット用ゴム被覆ステンレス鋼板。

【図1】
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【公開番号】特開2006−169550(P2006−169550A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−359466(P2004−359466)
【出願日】平成16年12月13日(2004.12.13)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】